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閑話 降臨

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

「どこだ、どこにいる?」

「よく探せよジジイ!」

「ひょっとしたら、消滅してんじゃないのー?」


 魔喰ライの王コリュルスアウェッラーナの姿を探しているラドゥーンたちがあまりにも必死すぎて、あたしは思わず茶々を入れた。

 とたん、二人がピタリと動きを止めた。ぐりんと首だけこっちを向く動きがシンクロしすぎていて、ちょっとオモシロコワい。


「ふざけたことを言うなババア!」


 目を血走らせた形相はともかく、反発してくるのはわかってた。

 だけど次の言葉は、予想外だった。


「せっかく四方から血を浴びせたのだぞ?!」

「『……どういう意味だ』」


 じわりと、ボニーさんからも警戒が伝わってくる。


供物(くもつ)だよ」


 なんだそれ。という表情のせいか、『魔術師』が言葉を足した。


「俺たちも長年かけて準備はしてきてたってことだ」

「だがな。あれだけ執念深く魔喰ライの王を封じたんだ、森の連中(森精)が執着してないわけがない。ならば妨害をしかけてくるだろうって予測もしていた。やつらと真っ向からやり合うのは面倒なんでな。だったら裏をかくのが妥当だろうが」

「『つまり、森の民の目を盗んで封印を緩めようとしていたと。それが四方から血を浴びせることだったと。そういうことか?』」

「ああ」


 ボニーさんの確認に、二人は平然と頷いた。


「幸い、人間同士の争いならば奴らは介入しない。ならば、人を動かして血を流させるのが効率もいい」

「『一番効率がいいのが、戦争ってことか』」

「不便なことも多かったが、ゲーム設定はこういうところじゃじつに好都合だったよ。この世界に呼び込んだ連中が喜んで血を流してくれる」

「ついでに帝国の組織を使えば、他国にもいろいろと手は打てる」


 背筋がぞわぞわするのを感じながら、あたしは思わずボニーさんに目をやった。


「『四方から血を注いだと言ったな。つまりそれは天空の円環へのマーキングとは別に、ということか』」

「そうさ。それぞれ火種は撒いておいたんだがなあ」

「まさかランシアインペトゥルスなんて一番端っこが名乗りを上げるとも思わなかったけどな」

「『各地方の混乱は、そういうことか』」


 あたしたちが最初に受けた襲撃は、グラディウスファーリーの、いや、星屑(異世界人格)を搭載されたテルミニス一族による戦略シミュレーションゲーム感覚な侵攻だった。なぜか生き残りは乙女ゲームに内政チートいえーな発想を混ぜこんでたけど。

 グラディウス地方全体でいうならい諸国の船乗りたちにも星屑を搭載し、ランシア地方までの足に使ったりもしていた。だけどその身体に仕込まれていた魔術陣からすると、魔術師を殺させるのがメインだったんじゃないのかとさえ思えてしまう。

 じわじわと星屑たちで覆い尽くされつつあったスクトゥムは言うに及ばず。

 ランシアインペトゥルスもシルウェステルさんの暗殺、星屑による拉致誘拐。そしてペルさんたち森精の遺棄、夢織草(ゆめおりそう)による辺境伯家や王弟の懐柔……というより薬物汚染と、手を替え品を替えいろんな被害を受けていた。

 他のランシア地方の国々だって、何をどれだけ仕込まれているかわからない。

 クラーワ諸国もそうだ。どれだけ星屑たちが散らばっていたのか、最も詳しく理解しているのはたぶん捕獲にまわった闇森の森精たちかもしれない。


 これらの星屑たちがもたらした被害は、すべてラドゥーンたちのちょっかいだった、そういうことか。


〔ヤバさがもここに極まれりって感じだね……〕


 ボニーさんが溜息のような心話をよこした。


〔こいつら、言ってることが本当ならスクトゥム帝国を生贄にするだけじゃない。ゲーム感覚の星屑たちを煽りながら、この世界全体を計画的に、しかも組織的に生贄にしようとしていたってことなる。しかもその一部は成功していたとか。

 おまけにそれが本気で世界を壊せる魔王降臨の闇黒儀式のためだとか。……だけど〕


 なんですか、ボニーさん?


「『だがそれだけじゃないのだろう?』」

「なんのことだ?」

「『魔喰ライの王への祈祷文。あれを使ってさらに魔力を送り込んでいたな』」

「解読したのか」


 なにそれ訊いていない。


「『勢いよく吸い過ぎだ。対象の灰すら残さず吸い上げるほど吸収スピードも吸引力も上がるくせに、なみの魔力吸収陣よりちょびっとしか使える魔力が増えないのはどういうわけだと考えれば、すぐに答えは出る。――まさか、吸収した魔力を溜め込み、祈祷文の通り、コリュルスアウェッラーナへと送り出す構造になってたとはな』」

「…………」


 無言でこちらをにらみつける二人に、あたしはボニーさんの指示通り舌を動かし続けた。


「『それもこれも魔喰ライの王コリュルスアウェッラーナの降臨実現をさらに早めるため。それはわかった。だが魔喰ライの王を降臨させて、喰って――その力を我が物にして、どうする気だ?』」

「豚に餌をやるのは肉にするためと決まっているだろう?黄金の林檎(この世界)をさんざん囓って太った魔喰ライの王もおれの糧にして、そして」


 マグヌス=オプスがふっと笑みを浮かべた。


「この世界から出て行くのさ」

「『なに』」


 まさか、帰れるの?!


「といってもオレやジジイの、もとの世界に戻れるわけじゃない」

「戻りたいとも思わないがな」


 『魔術師』の台詞をひったくると、マグヌス=オプスはあたしを指した。


「シシャ、あんたは疑似的不老不死と言ったか。疑似だろうがなんだろうが、寿命も若さも思い通りになる方法を確立したと思ったら、世界の方が先にガタが来ているとか。冗談じゃないだろう?――だったら」

「魔喰ライの王にさんざん囓られまくったこの世界は、涸渇した鉱山みたいなもんだ。残りかすにもう用はない。オレたちはまだまだ遊び足りない。だから次の世界へ、強くてニューゲームをしに行きたい。そんだけだ」


 ――こいつら!


「『この世界を、別の異世界へ飛ぶスプリングボード、いやリソースにする気か!』」

「それのどこが悪い。――そもそもシシャ、あんたのもとの世界は魔法が使えたか?使えなかったのなら、この世界で魔法が使えることに、その差はなぜか、考えたことがあったか?」

「『いいや』」


 あたしも思ってもみなかったことだったが、はっきりボニーさんまでとまどった気配がした。


「この世界が魔力を吸い取っているからだとよ。まあこの世界だけじゃないのかもしれんが」


 『魔術師』がしゃしゃり出てきた。


「俺やクソジジイ以外にもラドゥーンには魔術師はいた。そいつらの考察結果だ。魔術で顕界した物質の代わりに消滅する魔力は、なぜ涸渇しないのか。いくら魔術師たちの魔力が回復するといっても、その手段は周囲から集めた魔力を蓄積するのが基本だろう?ならば他の世界から、さらに魔力を集めてきているんじゃないかというわけだ」

「魔力と、魔力に換算しやすい種々のエネルギーを吸い取って、変換効率の悪い、物質だけ残った末期の世界。そいつがオレたちのいた世界なんだとよ」

「『……できの悪い熱力学だな。だが、どれだけ魔力を溜め込んでも、それだけで別の世界へと飛べるわけがないだろう』」

「まあそいつもコリュルスアウェッラーナを喰らってからの話……なんだが……」

「『……アレを喰うつもりか?腹を壊すだろうな。いろんな意味で』」


 どうやらボニーさんが捕捉していたものを、マグヌス=オプスも見つけたらしい。皮肉たっぷりのボニーさんの言葉にも反応しない。


 少し前から、ボニーさんに見ているものを知らされていたから、あたしも把握はしている。

 マグマに突っ込まれていたせいか、神器の先端部分は赤熱――いや、ひょっとしたら真っ白に輝くほど熱せられていたのかもしれない。

 いまだにじわじわと紫がかった暗い赤に変わりつつあるとはいえ、見ただけでどれだけ高温なのかと思ってしまう、その、穂先の間近から。

 人の頭と四肢が生えているのを。


「な、なんだ、ありゃぁ……」


 これまで聞いたこともないような声が、マグヌス=オプスの口から漏れた。『魔術師』は声もない。というか、完全に顎を落っことしている状態だ。


〔まーでもよく考えれば、これも当然の事態と言えるんだろうねー……〕


 虚を突かれたのも一瞬。ボニーさんは冷静に心話をよこした。

 

〔魔喰ライの王コリュルスアウェッラーナって名前はたいそうだけどさあ。『魔術師』がいかにも極秘事項の大公開って感じに喋ってくれたように、ただの森精なんでしょ。もとは。だったらいくら大柄長身でも、魔喰ライになって、あの裏切り者みたいに多少体型が変わったとしても、その身体は人間並の大きさでしょう。それが山岳サイズとかいう、スケール違いな巨大武器に一撃くらったら。ねえ〕


 対戦車とか対建造物用の迫撃砲ですら、撃たれたら人間なんて原型とどめないから。ミンチ程度にでも名残が留まればまだましだと思うの。

 などと続けるボニーさんの狙いはどこにあるのかわからない。

 けれども、どうやらあたしも一周回って恐怖が麻痺しちゃったらしい。


 あたしも左目を隠すように拳を当てると、中に望遠鏡術式を顕界した。この方が光の調整がやりやすい。

 ……うん。なんというか。胴体に大穴どころじゃないんだろうな。これ。

 というか、それでも叩かれた蚊ぐらいには原型をとどめてるあたり、さすがと言えばいいのか、なんなのか。

 四肢はすべて穂先から生えているかのように、欠けもなくくっついている。

 頭もだ。銀髪……というより、光を弾きすぎてほとんど真っ白にしか見えないんだけども、真下に垂れ下がっているのが見える。


 不意に、どくんと。神器が抜けきるまで間遠にはなっていたものの聞こえてきた響きが伝わってきた。

 拍動だ。


「お、おい」


 上ずった声を『魔術師』が上げた。


「今、腕が動かなかったか?」

「なに?!」


 全員の視線が集中するなかで、確かに神器に貼りついていた右手がぴくりと動いた。

 やがてその動きが他の四肢や頭にも伝わりだした。


〔わあ。てんでばらばらにうごく人体の欠片って、ものすごくシュールっ〕


 そんなこと言ってる場合じゃないでしょうに。

 微妙にのんきなことを心話で伝えてくるボニーさんにあたしは思わず突っ込んだ。

 それに泥の手とか作って星屑たちを脅かしてた当人がいいますかね。


〔言いますよ。だって自分の身体でやってんじゃないし。が、問題はだ。なんでこの状態で生きてられんの、ってことですよ。魔喰ライだからってステキ解答はさておいて。――いや。ちょっと。これは〕


 不意に、真面目モードに切り替わったボニーさんの『声』に、あたしは思わず息を呑んだ。


〔神器に刻まれている魔術陣のうち、圧縮はいい。均質化も素材強度をさらに高めるために必要だったんだろう。折れぬように、ずっと押さえ込めるようにということなら強固も不壊もまだわかる。固着も銛先のカエシかって術式じゃあるが、抜けないようにというのはわからなくもない。だけど……〕

「『永続化の魔術陣だと?これは』」

「なんだと」


 ラドゥーンたちはすごい勢いで、あたしの顔と穂先の先端を交互に見比べた。


「見えているのか。魔術陣が」

「『コリュルスアウェッラーナが見えていれば見えるはずだ』」


 そっけなくボニーさんは言い捨てたが、真面目な話、あたしじゃ象嵌になっていてもそこまですばやく術式は解析できない。

 それにかまわずどんどんとボニーさんは話を進める。


「『おそらく永続化と強靱化の魔術陣で、他の魔術陣の持続性を高めようという狙いがあったのだろう。――が、それが妙な具合に作用している』」

「どんなふうにだ、シシャ」

「『おっと。それ以上近づかないでもらおうか』」


 勢い余ってあたしにせまってこようとした二人を、ボニーさんは鎌杖を振って牽制した。


「『それ以上近づくのなら、これ以上話すことはないが?』」

「……しょうがねえ。話の間、シシャには近づかないと誓約しようじゃないか。お前もそれでいいな?」

「……ああ」


 しぶしぶという様子で『魔術師』が頷いた。


「『ならば話そう。――魔喰ライの王にも、永続化の効力が及んでいる』」

「は?」

「へ?」


 ……つまり、コリュルスアウェッラーナが生きているのは、魔喰ライだからというよりも、あの槍に刺されちゃったから、ということに?


〔しかも、他の魔術陣とも妙な風に噛み合っちゃってる〕


 押さえ込む対象がいなければ、封印は続けられない。だから封印対象の存在が必要となる。

 奇妙な逆転の構造に、封印条件として、コリュルスアウェッラーナの生存が組み込まれてしまっている。


〔拡大率上げてごらんな。うっすら黒っぽい煙が腕とか首の付け根から上がってるのが見えるから。神器に刻まれた魔術陣の中には断熱ってのはなかったから、たぶんかなりの高熱が伝導しててもおかしかないんだけどさ……〕


 このままだと死ぬと判断した当人がやったのか、それとも偶然かはわからない。けれど魔喰ライの王は、おそらくかつてコリュルスアウェッラーナという名すら与えられなかった森精の一人は、神器と魔術的に一体化することで、胴体が粉砕された状態でも、地の底で生き延びてきたのだろう。

 だけどその状態で、術式のせいで、何千年だか何万年だかわからないけど生かされ続けてるって。なんて拷問。


 ……いや地獄の責め苦とかのレベルでしょこれ!生身の人間が耐えきれるとは思えない!

 あたしだったら発狂している。絶対に。


〔だからって、永続化を解除するためにあの穂先からコリュルスアウェッラーナを解放できるかっていうと……〕


 解放するためには、その一体化を解かなければならない。

 だけど封印条件と結びついている以上、一体化が解除されたとたん、コリュルスアウェッラーナがどうなるかわからない。

 消滅ならまだいいほうだろう。


「……いや、無理にもほどがあるでしょこれ」

「「何が無理だ」」


 思わず口から本音がこぼれたら、ラドゥーンたちに睨まれた。だけどあたし悪くないでしょ!


「『コリュルスアウェッラーナを神器から抜き取るのがだ。そっちもよく考えろ。神器と魔喰ライの王が一体化している意味を。なぜ神器が宙に浮いたままだと思う?』」

「それは解放条件を満たしたから、抜けたに決まって……」


 声が止まった。


「『抜けるだけなら、浮き続けている必要はない』」


 魔力を吸わせればいいとばかりにベヒモスを喰わせ、人の血を吸わせたラドゥーンたちのたくらみは、たしかに神器の封印を解くに至った。特にあの魔力塊の射出はダメ押しになっただろう。

 けれども、それだけで数兆トンはありそうな岩石の塊を、標高何千mだかしらないけれども、天空の高みへと浮かせ続けるというのは不可能だろう。

 ならば、ラドゥーンたちのやらかし以外にその原因があると見るべきなんだろうけど。


「『神器そのものの力ではなさそうだな』」

「なぜそんなことが言える?」

「『刻まれた魔術陣からの推測だ。反重力、あるいは浮遊能力を示すようなものは見えない。となると、手段まではわからんが、コリュルスアウェッラーナが神器を浮遊させているのだろうとな。お前たちラドゥーンが貢ぎに貢いだ大量の魔力と、人血を取り込んで』」


 ヒュッと『魔術師』の喉が鳴った。


「や、やれやれ。最悪は想定の左斜め下45度を錐もみ急降下しやがるって本当だな」


 かろうじてマグヌス=オプスはいつものように軽口を叩いて見せた。

 だけどよく見るとその薄ら笑いもかすかに引きつり、だくだく冷や汗をかいている。

 彼らもようやくやらかした事の大きさに気づいたようだ。


 コリュルスアウェッラーナが、自身の一体化した神器をその意思で動かしている。

 つまりそれは、神器が魔喰ライの王のモノになったことを意味していると。


〔いわんこっちゃない。だから自分の手に負えないものに手を出すんじゃいけませんって言ってんのにね〕


 いや、ボニーさんはそんなふうに相手に説明してあげるほど優しくなかったじゃないですか。


〔まーそうだけどー。……しかし、いくら魔喰ライとはいえ、ここまで生存を術式に依存した状態になってしまっていると……森精たち基準でも生物とは言えないね、ある意味。あれはもはや破壊術式だ。攻撃魔術よりもさらに危険なやつ〕


 そんなものが質量兵器と一体化しているとか。自律型神の杖というやつか。

 こうもまじめに目の前に世界の危機があると、乾いた笑いしか出てこない。

 だのにボニーさんはさらりと付け加えた。

 もし、ゲラーデのプーギオがアエギスの野で理性を失っていたら、ああなっていたかもしれないと。


 さすがにそれは震えるわ!よくまあそんな危険物を肋骨の中に隠し持って、長旅を続けてきたもんだと!

 てか、回りを巻き込まないようにとかはどうせボニーさんのことだから安全策を施してあったんでしょうけど!

 それがボニーさんの安全を計算に入れてないんだろうなってことはわかりますよいい加減に!


「……なあ。なんか、顔がこっち向いてないか?」


 あたしたちがごちゃごちゃとやりとりをしていた間も事態は変わっていたらしい。


「見られてる感じがひしひしとするんだが」


 振り仰がずともそもそもが持つ魔力量の違いだろうか。肌がチリチリするのがよくわかった。

 

〔こっち見んなって言っても、聞いてくれそうにないよね。というか〕

「『……メテオストライクとは言わん。ただ重力に任せて降ってくるだけでも死ねるな』」


 ぼそっと言うとラドゥーンたちは固まった。


「豚とか屠殺するとか言ったから、怒ってるんじゃないかなあ」


 誰をとは言わないけれど、なんて言う必要もないだろうけれども。

 だがそのつけたしで、硬直していた二人は開き直った。というか、ヤケになったらしい。


「ええい、こんなところでやられてたまるか!」


 マグヌス=オプスは懐から何枚もの陣符を取りだし、『魔術師』は小石……ではなく魔晶(マナイト)かな?を取りだした。


「こんな荒れ果てた世界なんかとっととおん出て、もっと豊かな世界でチートの限りを尽くしてやる!」

「オレは幸せになりたいだけなんだがな。永久に!」


 やけになった様子のラドゥーンたちをしりめに、一方のあたしたちは。

 心話で素早くやりとりをすると……じりじり後ずさりを始めていた。


 正直、あれだけの質量物体が至近距離に降ってくるだけでも相当なダメージになってしまう。

 だから、少しでも遮蔽をとらねばという判断だ。

 分離行動前に、コールナーたちへボニーさんが退避ルートを見つけてきてくれるように頼んでおいてくれたので、いざとなったら撤退と行動方針は決まってた。

 三十六計逃げるにしかずとボニーさんがつぶやいていたけれど、いやあ用意周到って大事。


 このままあたしたちは山をコリュルスアウェッラーナからの掩体にしながら、大急ぎで姿を隠すことになっている。

 距離を取る方が先かとも思ったんだけど、〔ここからランシア山までの距離を考えたら、ぶっちゃけ誤差にしかならんでしょ〕というボニーさんの言葉に納得した。

 それに遮蔽を取る……姿を隠すといっても、いくら残骸のようになった山体を盾にしたところで、いざとなったら砂場のお山をいじめっ子がヤクザキックで蹴散らかすよりもあっさり破壊されるだろう、という予測は当然ついている。

 けれどこの山はベヒモスだ。魔晶の山なら、励起状態にならなくても含有魔力量はなみの岩石より多いはず。

 それに気づけば魔喰ライの王もそっちにかじりつくだろうし、悪くても放出魔力の目眩ましができるだろう、という発想だ。


 じわじわと、上空にも注意を払いながら後退をするうち。

 その魔喰ライの王の身体……というか、四肢のバランスが不意にずるりとずれた。


「へ」

「は?」


 気の抜けたラドゥーンたちの声。それとともに、足の一本がついたままの穂先が浮遊能力を失ったのか、遙か彼方へと墜落を始めた。


〔グラミィ、上!〕


 ボニーさんの『声』に従って、神器のさらに上空を見れば。

 紅金月(ルベラウム)蒼銀月(カルランゲン)、二つの満月の間に小さな――コリュルスアウェッラーナよりもさらに小さな人影が宙に浮いていた。

 いや、戦っていた。


 なんで。


 反撃だろうか。

 コリュルスアウェッラーナから放たれた触手か細い槍の束のような何か。だが人影は掌をそっと差し伸べただけで。

 それを消滅させた。


 なんで。


 あたしは反射的に望遠鏡術式を最大に跳ね上げた。 

 薄暗い視界に、ようやく捕らえた人影は。

 腰まである髪に覆われて、顔はいまいち判然としない。が、その制服は。


 なんで。

 

〔どうしたグラミィ〕

「なんで、あたしの学校の制服を着た人が、魔喰ライの王と戦ってるの……?」

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