閃耀
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
ガイドビーコンとやらは役に立ったのかどうなのか。
魔力塊は天空の円環に到達する前に失速し、へろへろと手前側、スクトゥム側の山肌へと着弾した。
そう見えた瞬間だ。
〔ボニーさん!〕
炸裂というより水風船でも叩きつけたような、びしゃっとした飛び散り方をした魔力塊が光を放った。だがそれは尋常な光じゃなかった。
グラミィも『魔術師』もマグヌス=オプスも、咄嗟に両手を挙げて眼を庇ったものの、悲鳴を上げてうずくまったほどだ。
あたしも反射的に結界を構築したものの、その結界ごと押されてグラミィごとひっくり返りそうになる始末。
真夏の太陽を十ばかり集め、燃やし尽くしたらこうもなろうかという強烈な光は世界を一瞬で白く染め上げ、だがやがてさらに深い闇へと落とし込んでいった。
〔ぼ、ボニーさん?大丈夫ですか?!〕
……まったくもって、大丈夫じゃない。
なんなんだ、今のは。倒れるかと思ったよ。
というかグラミィに捕まえてもらえなかったら、ほんとに吹き飛んでったかもしらん。
(めがしぱしぱ~)
(くらくらする~)
あたしやグラミィのふところに潜り込んでた幻惑狐たちさえ、いっせいに心話で文句を言ってくるとかどんだけだ。
〔いやだってボニーさん、あたしも入れて結界張ってくれましたよね?それでダメージくるとか吹き飛ぶとかって!いったいどんな光ですか?!〕
……ただの強い光じゃなかった、ということでしょうよ。というか、光と衝撃波に分けて考えるべきだろう。
〔!……どういうことです?〕
ダメージをもろにくらうということは、それだけ影響を骨身で理解できるということでもある。
イークト大湿原の上を飛んでて吹き飛ばされた時のことを考えると、『魔術師』が打ち出した魔力塊は確実に、リトスを砕いたアルベルトゥスくんの術式より巨大なエネルギーを放出したということになる。
この山岳地帯を埋め尽くしていた魔晶ベヒモスの魔力、そのあらかたを打ち出したんだし。
にしては、かなり小さかったことに気づかなかったのがミスだった。
〔言われてみれば……〕
砲身相当の魔力筒の口径が小さかったから、それに合わせたんじゃないかな、ぐらいにしか思っていなかったが、相当な密度で圧縮でもしない限り、あのサイズにはならなかっただろう。
それが着弾し、山肌に広がった。つまり圧縮が解除された瞬間、膨張した魔力が何らかの作用を起こし、ここまで余波が届いた。それをあたしたちは光として視認した、ということになる。もっともあたしに眼球はないですが。
……つーか、ここまで余波が届くって。いったいどんだけ圧縮して詰め込んだんだか。洒落にならん強さだぞ。
しかも炸裂した、と認識したのと同じくらいの速度で、光と衝撃波が届くって。
そもそも衝撃波のスピードが尋常じゃない。音を考えればわかる。
大気とか岩盤を伝わってきたのなら、もっと遅くなってもおかしくないのだけど。
〔魔力の衝撃波だから、魔力を伝わってきてたって可能性は?〕
……あるかもね。
どっちにしろ、これだけ離れてる地点にまで、あれだけの余波が届いたんだ。
下手したら着弾地点の周辺なんぞ、大気すら吹き飛ばされたんじゃないかしらん。
仮にだが、もしそのへんに人でもいたら即死で済めばまだいい方だろう。存在していたことすらわからないほど粉砕されててもおかしかない。
闇森の森精たちがあたしたちに魔力を分けてくれたのと、同じ技術を使っているとはとてもじゃないが思えない。
これは十分攻撃手段になりうるだろうが。
〔……うわぁ……..。でもじゃあ、闇森は?!〕
森精たちだって対応はしているだろう。闇森自体が魔喰ライの王コリュルスアウェッラーナの封印監視拠点だという、あたしの推測が当たっていればなおさらだ。
あれだけの膨大な魔力が接近していったのに気づいてないとは思えないし。
あと、着弾地点からはランシア山自体が盾になってるから、直撃はしてないだろう、とは思う。
だけど、どれだけの被害が出ているかはわからない。
これをやらかしてくれたラドゥーンたちの思い通りにはさせないのはもちろんだが、森精たちは頼れないと思っておいた方がいいだろう。
〔その当人たちも余波を受けてりゃ世話ないですけどね……〕
グラミィが目で指した。
「め、目がぁあ目がぁあってか?!」
「……ネタ台詞で遊んでんじゃねーよ、クソジジイ!いったい何がどうなったんだ」
……余裕あんじゃん。
あたしが庇った形になったグラミィはともかく、ラドゥーンたちも思ったよりダメージ受けてないってあたりが微妙に理不尽なんだが。
あたしはお骨ボディのせいで、物理依存度が生身のグラミィたちよりはるかに低い。五感すらあくまでも放出魔力による疑似知覚だ。
それはつまり、グラミィたちより魔力に鋭敏に反応するということでもある。あたしが一番ダメージ受けてる形になってるのには、そういうこともあるのだろう。
幸いにもベヒモスが励起状態になった時のように、周囲に存在する物質すべてが膨大な魔力を放出し続けてるわけじゃないから、あたしの疑似視覚もとりあえずは正常に周囲を認識できている。
だからこそわかる。さっきの光の異常っぷりが。
〔異常?〕
衝撃波を除けば、あの光は、魔力じゃない。物理的な光だ。
あたしは、魔力を色と形あるものとして認識している。
これは疑似知覚もちのあたしだけでなく、グラミィもそうらしい。
魔法ありの世界を描くファンタジーものというのは、魔力を恣意的に割り当てた属性色とやらで表現していることが多いように思う。
味覚や臭い、音といった他の感覚で捕らえられるものとして描写されたのって、あまり見たことがないのだよね。
これには映像作品化される都合だけじゃなく、感覚の特性が関係しているんじゃないかとあたしは密かに疑っている。
色、形、明暗、遠近、角度。
ヒトの五感のうち最も大量の、そして多様な情報を処理できるのは視覚であり、その情報受容の割合は全感覚の8割以上だとかいう話を聞いたことがある。
加えて視覚は、自分から離れたものをも認識できるという特徴がある。
これ、当然のことのように思えるかもしれないが、感覚器の中では特殊な部類に入る。
聴覚を除いた他の感覚――たとえば嗅覚や味覚というのは、その臭いや味を示す分子が受容体に接触しないと反応しない。触覚も感知するには接触、ないし熱源などの対象が直近に存在することが必要になる。
いきおい、至近距離にあるものしか知覚できないわけだ。
まあ他にも内臓など体内を知覚する体性感覚とかいろいろあるようだけどもそれはさておき。
魔力を視覚的情報に翻訳して捕らえている限り、たぶんあたしたちは魔力を魔力としてきちんと認識できていない。グラミィたち生身組の身体感覚が魔力知覚のマスキングをしてしまうという問題とは別次元で。
〔ええー……〕
まじかーって顔になるのもわかるよグラミィ。
むろんあたしも魔力について完全に理解しているとは、未だに言えやしない。使えるものを自分がなんとかできる範囲で使っているだけの無免許運転状態ですから。
それでもわかることはある。あくまでも魔力の塊でしかなかったものが、物理的な光を放つという異常さを。
そして魔力を色や形あるもの、光によって認識できるものと捕らえていれば、物理的な光と混同する可能性も。
だが、魔力ってあくまで魔力でしかないんですよ、変な言い方だけど。
術式に通し、火を発生させるといった手順を踏まずに物理的な光が発生するわけがないのだ。基本的には。
〔なら応用としては?〕
電流が流れるのに付随して発生する火花や熱だの、核分裂反応で発生するチェレンコフ光だのをイメージすれば類推はきく。
魔力塊の魔力の動きに付随する副次的な産物として、あの物理的な光や衝撃波が生じたと考えるのは無理筋でもない気がする
だが副次的産物ですらあそこまで強かったのならば。魔力塊自体のエネルギーがどんだけ膨大だったのか。
いや、塊になった魔力が大量だったことは、この山岳地帯を構成する魔晶が結構な勢いで消滅したことからもわかる。
だが問題は、それが圧縮した状態で、ある程度スピードが乗った状態で――つまりそれなりの運動エネルギーを保持した上――、上空から――つまりそこそこの位置エネルギーも保持した状態で――、山肌に叩きつけられた、ということだ。
〔いやそれ、めちゃくちゃ危険だったってことじゃないですか!〕
危険ですともさ。
だけどやらかした当人たちがその危険性を理解し切れているかというと……。
「暗い、暗すぎるぞ」
「だったら火でも出せよ」
〔あー……、うん。無理でしょうね〕
あれだもんな。
うん。『わかっていない』で確定だわ。
もしくは、『魔喰ライの王コリュルスアウェッラーナの封印を解くのだから、多少の危険は折り込み済み』と思っているか。
だけど強い光は濃い闇を生む。この状況で物理的な明るさを得ようとするのは、正直危険な気がするんだよね。
人間の感覚は疲労する。特に比較対象となる刺激が強ければ強いほど疲れてバカになる。
せめて休ませてあげればいいものの、やたら大きな火球をこさえているとか。魔力知覚も生身の視力も自分で潰すようなものだろうに、何考えてるんだか。
あれだけの巨大エネルギーを叩き込んだ反応が、閃光一発で終わるとも思えないんだけど。
てゆーか、彼らにしてみれば、コリュルスアウェッラーナを解放してからが本番なんだろうけれども。
あたしはランシア山の――いや、アルマトゥーラ連峰を見た。
すでに武神アルマトゥーラの炉は沈みきりその残照も消え、まだ豊饒神フェルタリーテの水瓶も竈の火も見えぬ。
昼と夜の光の狭間は、たしかむこうの世界でも魔物が跳梁跋扈する逢魔が時とかいったろうか。
ならば本格的な百鬼夜行の始まらぬ今のうちに、できることをしとこうじゃないの。
〔何する気ですか?〕
そりゃ最優先は防御と情報収集でしょうよ。
あたしは眼窩に防御結界を張った。さっきグラミィまで庇った時のとは別の、防御用の魔術陣を刻み込むいつものやりかただが、反射や回避ではなくあえて吸収陣を使う。
これなら魔力だけでなくそれによって派生した光もある程度防ぎつつ、観測できると踏んだのだ。
……うん、発想の方向性がよかったみたいだ。いい感じに周囲が知覚できてる。
〔なるほど、強い日差しを防ぐサングラスとかそんな感じなんですね。あたしも真似しましょ……〕
どうしたのさ。あたしを見て絶句するとか。お骨なんていい加減見慣れてるだろうに。
〔いや、やたらつぶらな瞳の頭蓋骨なんて初めて見ましたし!誰得なんですか!キモカワってか、ちょっとカブトムシとかカナブンの複眼みたいにも見えるんですけど!〕
……うーむ。眼窩に直接防御結界を半球体にして嵌めるのはよくなかったか。
コンタクトレンズな発想だったんだけど。乗せるべき眼球はないけど。
〔てか。ボニーさんて、全身の骨でも知覚してるんじゃなかったですか?〕
踵の骨から頭蓋骨のてっぺんからでも、見ようと思えば見えますよ、それは。
だけど生身の体感に合わせた方がやりやすいの。ゆえにどうしても頭蓋骨前方、というか眼窩のあたりに視点を置くのがデフォルトになるというね。
それにお骨全体にこの吸収陣つき防御結界を張ると、たぶん、そのつぶらな瞳ライクに黒光りする全身骨格ができあがるんですが。
カブトムシなみにテカテカなお骨とか、見たいかね?
〔……それは……ちょっと……Gみたいですし……〕
おい。
……安心しなさい、使わないから。全身に張るとか魔力の無駄遣いだし。
もう一つ。わざわざ眼窩にそんなものを施したのは、別の術式も併用するためだ。
〔うわ……ボニーさんなんですかそれ。目隠しゴーグルというかへルメットっぽいやつ〕
術式を顕界した途端、グラミィがあきれ顔になったが。
これは遠くを認識するための術式ですよ。
その実態はというと、まんま双眼鏡の形に結界を整形、ついでに一部に遮光性をつけたものだ。
疑似視覚の基点である眼窩にピントが合うよう、レンズっぽいサムシングを構築してやれば、ランシア山の……ひいてはコリュルスアウェッラーナの封印だの闇森の様子だのが見やすくなるんじゃないかとね。
〔!それ、教えてください!てゆーか、ボニーさんがつけるよりあたしが顕界して、ボニーさんに心話で伝えた方がやりやすそうじゃないですか!〕
遠距離の観測に集中すれば近距離対応がおろそかになる。
だからグラミィにはあたしのバックアップに回ってもらうつもりだったんだが……その方がいいか。
他にやんなきゃいけないこともあるし。
望遠鏡術式を解除したあたしは、グラミィの杖に手の骨を当てて、離した。
これで樹の魔物には情報を伝えといたから。気をつけてね。さっきみたいに強すぎる光を直視したら網膜焼けるから。
一応レンズ部分にも、一定以上の光を遮断するように遮光性はつけておいたけど。
〔りょーかいです、ボニーさん!……えーと凸レンズが目の方で……〕
グラミィが術式の構築にかかりきりになったところで、あたしはプルヌスに呼びかけた。
あたしのお骨に絡まっているラームスの欠片たち、そしてグラミィの杖にもラームスの双子とも言える、ヴィーリの樹杖から分かたれた枝が絡みついている。
崖の上に置いてきたが、『将軍』を苗床とした樹の魔物もいる。彼らと極小のネットワークを結び、安定性を確保すると、あたしは闇森へとつないだ。
都度都度プルヌスたち樹の魔物経由で森精たちにはこっちの状況については伝えてきた。だがラドゥーンたちと対峙してからはしていない。こっちの動きを読ませないためだ。
が、ここから先はばれるリスクを冒しても、やっておくべきだろ――っ?
「なんだ?!」
マグヌス=オプスが目をシパシパさせながら顔を上げたのは、遠くから聞こえてきた音のせいだ。
どおおん、どおおおんというような腹に――というかあたしの場合腰骨と背骨に――響く音。
それとともに、闇森からフィードバックしてきたのは驚愕と恐慌。
森精たちだけじゃない。樹の魔物たちのものも入り混じっている。
(ほね)
(いっしょ)
(まとまる)
フームスがあたしの懐できゅうと鳴くと、アウデンティアを乗っけたままコールナーが駆け寄ってきた。
とっくに道を見つけて降りてこられたのは知ってたけど。無事だったか。なによりだ。
道を作って降りてくるのにも魔力を積極的に使ってきたようだが、それでもコールナーも幻惑狐たちも通常より魔力はたっぷり吸ったまま。
コールナーなどは月光細工を通り越して、蒼白い炎で形作られたようにすら見えるほどだ。
あの光と共に放たれた衝撃波に耐えられたのも、そのおかげだろうか。
ついでに訊こう。頼んだことは。
(……)
一角獣は黙ったまま蹄で一度だけ地を掻いた。頼んだとおり、ずっと心話でも無言を貫いてくれているのもありがたい。
二重三重の意味で助かった。
「……なるほど。獣使いを伏せていたか」
「『さあてね』」
手の内を隠すためか、望遠鏡術式を解除したグラミィが短く答えると、『魔術師』は険悪に目を細めた。
「それがお前たちの自信の源か!」
「あんたたちに咎められる筋合いはないねえ」
女子高生口調からおばーちゃん演技に戻ってるよ、グラミィ。
〔人を手玉に取るにはこっちの方がやりやすいんで〕
マグヌス=オプスには通じなさげなのがなんだけどね。
それでも『魔術師』には通じるから十分か。
「裏切るつもりか!」
はあ?!
「『裏切る?誰が?』」
思わず返答してしまったが、グラミィもほぼ同じ答えを返す気だったらしいな。
「とぼけるな!」
と言われましてもねえ。
「『一つ訊く。いったい、誰が、お前たちの味方をするなぞと世迷い言をほざいたか?』」
ええ、あたしも、グラミィも、そんなことは一っっっっっ言も言ってないんですよ。
話を引き出すために、判断に迷ってるかもなー的なニュアンスは出したかもしれないけど。あれだけ味方も使い捨てますよ宣言しておいて、よくあたしたちが従うと思い込めたもんだ。
「ふざけるな!」
と言われてもなあ。
自分の判断に他者が従わないだけで激昂する、星屑たちのようなこの反応。
〔ちょっと不自然ですよね〕
だね。
ただ、それが『魔術師』の思い込み早のみこみで動き、自分の意思に反するものを徹底的に否定する性格特性によるものなのか。
それとも星屑たちと接しているうちに、ゲームならユーザフレンドリーで当たり前的な、他者NPCには負担を押しつけてかまわない、むしろ当然とするようなバイアスがすり込まれちゃったからなのか。
はたまた身体を入れ替える時なぞに、マグヌス=オプスがなにかしら仕込みを施した結果なのか、その複合なのかはわからない。
「だが、今となっちゃあどうでもいいことだ」
薄ら笑いを浮かべ、マグヌス=オプスは芝居がかった身振りでランシア山を指さした。
「いろいろあったが、終わり良ければすべてよし。もうここまで来たら、あんたたちがオレたちの味方になろうがなるまいがかまわんさ。――見ろ!」
確かに、それどころじゃない。
マグヌス=オプスが指し示す方を見やれば、ランシア山から光の柱が天へと伸びていた。
そしてあたしは知った。神話は確かに真実を語っていたのだと。




