魔喰ライ喰ライ
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
一部三人称視点が混じっています。
血の泡を噴いて馬がどうと倒れた。その背から黒毛の幻惑狐が飛び降りる。体勢を崩しながらも、アロイスもまたその後を追うように身軽く着地した。
「戻ったか、アロイス!」
駆け寄ってきたのは魔術師の主従だった。身分を考えるならばいくら王弟の手の者とはいえ、一介の騎士をかつて魔術伯家当主であった者が走り出迎えることなどつねならばあり得ぬだろう。
だがここはまだいくさ場と地続きだ。
「他の者らはどうした。あの地響きはなんだ」
矢継ぎ早に問いかけるのも無理はない。長大なアビエスも川面は地上よりも低く、張り出した岸辺は船からの視界を遮る。
そのうえ彼らが船を止めたのは、すでにあたりが薄暮に沈みつつあってのことだった。
「申し上げます。彩火伯さまもご存じの通り、我々は骸の魔術師どのより幻惑狐を通して伝えられたように、スクトゥムの者どもが逃げ散る際に投げ捨てた輜重を得にまいりました」
「うむ」
「糧食を主に急ぎ取り集め、骸の魔術師どのが足止めをしてくださいました馬をつけ、荷車を連ねて彩火伯さまたちの船を追い、街道を下っていたことにございます。突如幻惑狐たちが鳴き騒ぎ立てたのです。――皆様も魔力の異様な動きをお感じになったのでは?」
「それは確かに」
クラウスがうなずいた。
「グラディウスの魔術師たちがあらかた卒倒してしまっている」
「やはり」
すでにレジナは遙かに見えぬ。だが繊細な魔力操作を得意とするグラディウスの魔術師たちにとり、あのような魔力は迫り来る巨魚にも感じられたのだろう。巨大な物の前に彼我の距離は意味を持たぬ。
どちらかというと魔力に任せてごり押す方が得意なランシアインペトゥルスの魔術師たちの動揺も、魔力を知覚できるアロイスには明らかである。
グラディウスの船乗りたちすら幾分浮き足立っているようにすら見えた。かれらは船の一団の中では、ランシアの騎士たちと同じく、魔力というものにはもっとも疎いだろうがカンは鋭い。青ざめているのはけして戦いの消耗だけではないはずだ。
「上流で激しい魔力の吸収が行われた。それはわかった。アビエスの水も凍り、流れてきたのでな。なんだったのだ、あれは。――レジナは、どうなった?」
端的にアロイスは告げた。
「崩れ去りましてございます」
「なに?」
「我らが逃げ散る直前に見えたのは、王宮とおぼしき丘の上の建物すらともに沈みゆくところ。城壁も下からその姿を失い、地響きを立てて崩壊いたしました。ゆえに他の者どもにはひき続き輜重を運ぶよう命じ、もっとも夜目の利くわたくしが急ぎ報せに参ったのでございます」
「待て」
従者の後ろよりよろめき出た彩火伯は、疲労と恐怖のゆえか一気に老け込んで見えた。
「それでは、シルは。あれは無事なのか」
「……わかりませぬ、としか」
「では、わたしはあれを死にゆかせてしまったというのか」
「お気を確かに、アーノセノウスさま!」
口重く吐き出された言葉に打ちのめされた主を、クラウスが支え止めた。
「――アロイスどの。あのかたはレジナに入られたのか。そうではあるまい」
「……それもわかりませぬ、としか申し上げられませぬ。ですがそうではあるまいと存じます。おそらくは、ですが」
舌人ともども、かれらの使役する幻惑狐たちからの報告を受け、レジナからの逃亡者を追っていったはず。
だがその途中ですら、輜重の回収をと伝えてくるような骸の魔術師だ。彼がどう動くかなど、本人でしかわかりはすまい。
「そうか。わかり申した」
「何がわかったというのだ。クラウス」
「今の我らには、かの方の身を案ずるより何もできぬということがでございます。なればともかく今宵はこれ以上動かず、明日に備えられるべきかと存じますが、いかがでございましょう」
たしかにこの夜闇の中、大軍とは言い切れぬ人数ではあっても、安全な移動は難しい。魔術師たちは魔力を使い果たし、寡兵の身でほぼ一日中戦闘を続けた彼らの余力は無きに等しい。
「アーノセノウスさま。今は御身を養われませ」
「……わかった。取り乱して済まぬ。アロイス」
「は」
「明日以降、またもそなたらの働きに頼ることになろう。詳しい状況を知らねばならぬ」
「ですが村ではややこころもとのうございましょう。都市があれば、そちらでも願いたく」
「了承いたしました。グラディウスの方々に伺ったところ、ウルブスという都市がさらに下流にあるそうですので、そちらにて情報を集めておきましょう」
「頼みます」
しかし次の朝、アロイスたちが向かった都市もまた、廃墟と化していた。
* * *
「『まさかレジナ以外の都市も、コリュルスアウェッラーナに差し出すつもりか!』」
「言わなかったか。すべては餌だと。魔喰ライの王は人の血肉を喜んだというからな、人の魔力は手付けに喰わせ、調伏するための餌としては手頃だ。腹が減ってお代わりがしたいというのなら、その用意もしておくのがいい飼い主というものだろう?」
「く、狂ってる……」
「狂っているのはこの世界の方だ」
胸を張る『魔術師』に、マグヌス=オプスは呆れたように苦笑した。
「お前。そこまで手の内を曝すのか?」
「問題はあるまい?こやつもラドゥーンに加わるか、それとも餌となるか。いずれにせよ、外に漏れるようなことはない」
「違いねえか」
〔ボ、ボニーさん……〕
落ち着け、グラミィ。
あたしもさすがに唖然としたが、素数を数える代わりに形而上学的な脳味噌をぶん回してみようじゃないの。
真面目な話、レジナを壊滅させた時点でこいつらが、最悪スクトゥム帝国の版図すべてを何らかのリソースにする可能性も出てきたとは思ってた。帝都すら無造作に魔力というリソースにしてのけたのだ。彼らにとってスクトゥムにはかけがえのない価値などないのだろうとね。
だがそれでも森精の二の舞――魔喰ライの王コリュルスアウェッラーナを完全に消滅させる、あるいは封印を強固にするためというのなら、まあまあ多大な損耗も覚悟の捨て身戦法とも取れなくもない。
だが、そのリソースすら魔喰ライの王に食わせる――攻撃魔術としてじゃなくね――つもりだというのなら、『魔術師』の台詞もふざけんなよと言うレベルだっての。
「『たとえわたしがお前たちの手を取ろうが、餌にするのが前提だろうに』」
「……なぜそう思う?」
根拠はありますとも。レジナの崩壊のしかただ。
「『自動車モドキで二人だけ逃げだし、このベヒモスの山中まで来たところでこちら側が追いついた。それからレジナは魔力を吸い尽くされて壊滅をした。つまり二人がレジナを離れてから、魔力を吸収する魔術陣は発動をした』」
条件式の設定はかなり厳密だ。それゆえに曖昧な解釈が可能なものは発動しない。
具体的にいうなら『手を離したら発動する』という条件式は組めても、『夜になったら発動する』というものは組めない。
特にこの世界の時間感覚というやつはかなりあいまいなので、『何分たったら』『何時になったら』発動する、という時限式って無理なのよ。
陽動用に発火陣を作ったことがあるが、いやあ、あの時は手こずった。最終的には『手を離したら発動する』条件式をつけた発火陣を内側に仕込んだ石弾を作成。その外側に前日の野営で出た消し炭をびっちりつけて、その上から植物布で巻き立ててしあげたというね。
木炭は紙より低温で燃えやすいというむこうの世界の物理法則は、こっちでもそこそこ有効で、陣によって発生した熱が着火温度の高さに伝導するまでの数分を、周囲のものに延焼するタイムラグとして利用できたのは僥倖だったが。
レジナに仕込まれていた魔術陣が魔力吸収陣であった以上、あたしと同じ手は『魔術師』たちには使えなかったはずだ。
「『レジナを壊滅させた魔術陣は、そっちがここへたどり着くまで作動しなかった。――が、魔力を通すルートが寸断されてることに気づいたのは発動してからだった』」
ということは、『将軍』や『魔術師』が直接レジナ崩壊を遠隔操作したのではない。
ならば、タイミングを計って魔術陣を直接作動させた者がいる。
帝国の帝都を壊滅させたのだ。彼らの計画の中でも、最も重要だと思われる行動を起こす程度には信頼でき、――そして、滅びるレジナに、あるいはその近隣に置いておいてもかまわないような、捨て駒が。
「『魔術陣は魔力と条件式さえ満たせば、魔術師でなくとも発動できる。スイッチ役は、ラドゥーンの一員か?』」
あたしゃ当初はリスポン可能だと思っているような星屑にでも、特別クエストとかいう名目を与えたのかと思っていたが。
「正解だ。その程度には頭が回る相手というのは確かに相手をしていて楽だな」
『魔術師』はゆっくりと唇の両端を吊り上げた。
「次の身体をくれてやる。そう言ったらあっさりのったよ」
「誰だよそのバカは」
「『皇帝』さ」
「ああ。あいつか。なるほど」
マグヌス=オプスも納得したように頷いた。反応はそれだけだった。
〔いやなに冷静に言ってるんですか!ボニーさんも頭おかしいですよ!ただのリモコンがわりに人の命を使い捨てるような、こんな連中の考えることをすんなり理解できちゃうって変でしょうが!〕
グラミィのツッコミは今さらだ。
もともと『魔術師』は、あたしたちの目の前で『将軍』を殺し、その血を持ってベヒモスを励起させた。
マグヌス=オプスも言ってたじゃないか。『魔術師』は他の世界から召喚した自分自身を捨て駒に、ラドゥーン内部の主権争いに勝利したのだと。
行動傾向が見えれば類推は可能だよ。
〔いやでも、ド外道にもほどがありますよ!〕
そのド外道の思考をトレースできるってことにも問題があるってかい?
あいにくだけどそんな相手に勝つには、自分がそれ以上に悪く、汚くなる必要がある時もある。それだけのことだ。そのためには頭もあらゆる手も使いますさ。
グラミィ、覚えとけ。正義は勝つなんてのは嘘っぱちだ。
どんな勝負でも、悪い方が、汚い方が勝ちやすい。
〔そりゃ確かに、ボニーさんを見てれば理解はできますけど!性格が悪い方があくどく有効な手を思いつけるってのは!〕
……ひっかかるものはあるが、そういうことだ。グラミィ、あんたもせめて意地汚く、生き汚くもなるべきだ。潔さなんていらん。
従容と死を待つより、最後の最後まで足掻き続ける方が、確かにみっともなく見えるだろうさ。
諦めが悪い方がかっこ悪くて、情けないだろうさ。だけどその方が勝つんだ。
だからあたしは言葉の毒を撒きながら、やつらの有利を崩すためせっせこと地固めをする。
「『自分自身の一人すら使い潰すか。ラドゥーンとて首が一本しか残らねば、ただの蛇でしかないだろうに』」
「あいつらは俺の影に過ぎん。光と本体さえあれば、影などいつでもいくらでも作れるだろう?数が足りなくなったのなら、また召喚してやればいい。それだけのことだ」
自分の言葉をその通りだと信じ込んでいるのなら。さらに刺さる言葉を向けてやればいい。言葉もまた武器なのだから。
「『そうか。ならばやはり貴様は森の民だな』」
「……なんだと」
『魔術師』が目を据わらせた。
「俺のどこが森の連中と同じだというんだ!取り消せ!」
「『なぜ?この世界の大陸を犠牲にして魔喰ライの王コリュルスアウェッラーナを倒そうとした森の民。この世界の人々を巻き込み、意志と身体を奪った上に、住む世界が違っていたとはいえ、自分自身どころか大量に赤の他人も召喚し、それぞれに自由意志で動いているように思い込ませながら選択肢を搾り、使い捨ての道具として殺してでも目的を達成しようとしたそちら。犠牲がなんであれ誰であれ積極的に出していくのが前提のやり口に、どこに違いがあるとでも?』」
「……」
ほれ言うてみぃとばかりにグラミィが顎をしゃくれば、森精の身をもちながら森精を憎む異世界人は悔しげに黙り込んだ。
あれだけ非難していた相手と同じことをやってやがると言われただけでへこむぐらいならば、やらねばいいものを。
だがあたしが手の骨を緩めてやる必要もない。むしろトラウマ大公開な勢いで盛大につついてやりますとも。
「『真実は時に猛毒。とはいえ痛みに耐えられんような者の手など。使い捨てにされる危険よりなにより、取るべき価値もないというものだな』」
「なあシシャ。あまりいじめてやらんでくれ。これでもオレの弟子なんでな」
マグヌス=オプスが苦笑を浮かべながら割り込んできたが。
「『不肖の弟子とは言ってやらんぞ。師匠にそっくりだからな。やり口もそのまずさもな』」
だがまあまあそのへんで、というようなニュアンスなんか読んでやんない。むしろまとめて迎撃しますとも。
あたしにとっちゃ空気は吸うものであって、読むもんじゃないんですから。
〔もともとボニーさんは呼吸してないでしょう〕
まあそうだけどー。
ともかく、『魔術師』のやりかたは、そしてその『師匠』であるマグヌス=オプスのやりかたは、もう十分にわかっている。
それは、最終的に自分以外をすべて捨て駒とするというものだ。
最終的に切り捨てるべきものに何かを与えるのにも理由があるとしたら、それは。
「心外だな。オレが『魔術師』同様、捨て駒前提のつたない策を練るほど愚かだというのか?」
「『許容はしているだろう?――そもそも、おまえの弟子だという男と、その影は、レジナ以外の都市もすべて人口を集中させ、魔力を効率よく絞り取るための檻だと言った』」
人が檻に入れた家畜に手を掛け餌を与えるのは、太らせてから食べるため。
「『どれだけその仕掛けに時間をかけたか知らないが、マグヌス=オプス、お前も手を加えているのだろう?』」
十の属州と本国、すべての都市をベヒモスでつないだと『魔術師』は言っていた。すべてというのがハッタリだとしても、そこそこ大規模な都市、それもスクトゥム本国のものにレジナ同様魔力吸収陣が仕掛けてあってもおかしくはない。
が、カリュプスにあった魔力吸収陣は、その上に乗った物から魔力を吸い上げるものだった。似たようなタイプのものを使っているとするならば。
それら大都市の地下に、魔術陣は仕掛けてあるということになる。
……いや十年や二十年じゃ都市一つに仕掛けを施すのだって無理でしょ!だって建物が邪魔なら撤去するなりなんなりしなきゃいけないんだもん!
たとえ魔術陣の一部は下水道を使って通せたとしてもだ。ここでもまた必要な年月は加算されるわけで。
わずかに重心をずらしたマグヌス=オプスにあたしは問うた。
「『マグヌス=オプス。魔喰ライの王コリュルスアウェッラーナまでスクトゥムの臣民を餌に手なずけ、調伏したとしてだ。その後はどうする気だ?』」
彼らはラドゥーンという組織ありきとはいえ、実質的に一度はスクトゥム帝国をも操っていた者たちだ。
それが手札であるスクトゥム帝国と引き換えに魔喰ライの王を手に入れたとしても、いやそれだからこ彼らがそこで終わるわけがないとあたしは感じていた。
なぜなら彼らの求める黄金の林檎はまったき物ではない。『魔術師』の言葉を信じるならばという条件はつくものの、ロリカ内海の南側にあるという大陸一つ死の砂漠に変わっているというなら、巨大な傷が入っているのが確定しているわけだ。
しかもコリュルスアウェッラーナのかじりかけ。
おまけにだ。
たとえ完全に膝下に置いたとしても、コリュルスアウェッラーナは魔喰ライの王なんですよ。
普通の魔喰ライでさえ周囲の物質から魔力を盛大に吸うのだ。身の回り10m四方ぐらい、不毛の地に変えるくらいは一瞬ですとも。
ましてその王ともなれば、存在を維持するだけでもどれだけ魔力を必要とするものか。コバルティス海の東を見たって想像もつかん。
コバルティス海の東岸にも広大な砂漠が広がっているが、それもまた魔喰ライの王コリュルスアウェッラーナのもたらしたものであるとは、彼の王と相討った武神アルマトゥーラの勲詩の一節である。
だがこんなことはマグヌス=オプスたちだってわかっているはずだ。魔喰ライの王が武力として誇示しようにも威嚇にすら役に立たない代物だってことを。
高放射線量だだ漏らしな上に、いつ爆発するかわからん核弾頭みたいなもん、手に入れたって完全に制御できてるということにはならないわけですよ。
「『この世界でも滅亡させるつもりか』」
「場合によってはな」
〔ず、ずいぶんあっさり認めましたね……〕
ならば、魔喰ライの王を手に入れたがる理由とは。
「『どうやる気かは知らんが、コリュルスアウェッラーナも喰らう気か。この魔喰ライ喰ライ』」
〔って、ええっ?!〕
グラミィの驚愕をよそに、『魔術師』は顔を引きつらせた。だがマグヌス=オプスは、爆笑しただけだった。
「じつに毎度毎度シシャはいいところを突いてくれる!だがではどうする?いろいろ聞いてきたのはオレたちを阻止するための時間稼ぎのつもりか?無理だがな!」
「『なぜそう言い切れる』」
「こっちも時間稼ぎはしたかったんでね。だらだらと長話に付き合ってくれてありがとよ」
「『なに』」
マグヌス=オプスは片足を上げると、とんと地面を踏んだ。
「あんたらも見たんだろう。『魔術師』が発動させた魔術陣を。――あいつは魔力をただ塊にして、超長距離へと射出するために必要な補助術式さ。あいつで射出角度、方向、射出速度を決定している。だが魔力弾は顕界した火球だのなんだのに比べて射出速度が乗らなくてな。速くしすぎるとほどけちまう」
何度も試作と実験を繰り返したがえらく苦労したんだぜえ、と溜息を吐いてみせるしぐさは芝居がかって見えた。
まあ、あの風のような魔力を飛ばすやり方は、もともと森精たちがちょっと離れたところに魔力を与えるための回復用なはずだもんなあ。
「そいつをどこへ射ったのか、シシャももうわかってるんじゃねえか?――アルマトゥーラ連峰の最高峰、プロエリウムへだ」
プロエリウム……ああ、ランシア山のスクトゥムサイドの呼び名だったか。
なるほど、魔術陣が崖の突端部分なんて不安定な場所にあったわけだ。北北西に近い、射出しやすい向きとかいろいろ考えてのことか。
「ベヒモスの魔力をあらかた喰わせるんだ、魔喰ライの王コリュルスアウェッラーナの覚醒は止められんと思えよ」
「『お前たちが魔喰ライの王を喰らい、その力を我が物とするところを黙って見ていろと?』」
「そのとおり」
そこまで自慢げに笑うってことは、自信があるのは魔術陣の完成度だけじゃないってことか。
魔喰ライ喰ライと煽ってはみたが、正直あたしもどうやってマグヌス=オプスがコリュルスアウェッラーナの力を取り込む気かはわからない。まさか直接噛みつくわけでもないだろうが、それでも前提条件として、魔喰ライの王を無力化できるだけの力を自分が持っている、少なくともそう考えていると見るべきか。
〔お前たちさえいなければーってあたしたちが襲いかかっても、しのげるどころか返り討ちにできる自信があるってことですか?〕
たぶんね。だから諦めろってか。
マグヌス=オプスの性格からいってもあり得そうだな。
〔まずいじゃないですかそれ!〕
ただね、ひっかかってることがあるんですよ。グラミィ、ちょっと聞いてみて。
「『一つ聞くぞ。魔術陣は、魔力塊の射出補助術式だと言ったな?』」
「ああ。打ち出した魔力の角度も軌道も完璧に決まっている。この期に及んで詳しく仕組みを知りたいとでもいうのかい?」
「『いやそれはいい。知に貪欲ではあっても、状況が読めないほど愚かではないつもりだ。――聞きたいこととはこうだ。定まっているというその射出角度や方向というのは、発動してから魔術陣の位置がずれても自動修正がされるのか、というささやかな疑問だよ』」
ええ、がっちり崖ごと崩しちゃいましたよね。あたしが。とろけたベヒモスにスプラッシュドボンしてたじゃん、『魔術師』。
「…………」
「…………」
…………おい。




