一夜漬け準備の作戦会議(その3)
「骨どの、危ない!」
おっちゃんの声に、とっさにしゃがみこんだあたしの頭蓋骨の上を豪風が吹き抜けた。
というか、かすった?
かわしきったと思ったのに。
だが頸骨の両脇にへろっと垂れ下がったのは、一瞬の交錯でぼろくずになりさがったフードの切れ端だ。
『大きな魔力というのは、それだけで獣が怯え、魔物が襲うようなものです。魔術師が畏れるほどの魔力というのは、普通の動物は近づかず、そして魔物も、よほどのものでない限り襲うことはないと思うのですが……』
ベネットねいさんはそう言っていたが、裏をとるべきだったか。
ちらっと頭蓋骨の裏側(脳味噌なんてないので脳裏というものはない)をかすめた思いは、当のねいさんの叫びに霧散した。
「ボニーさま、それはおそらく四脚鷲です!」
「魔物か!」
ならば釣れたのも納得がいく。だけどこのままでは反撃もままならない。
「魔術士隊の四人、塔の中に早う戻れ!」
〔ボニーさん、あとよろしく!〕
え゛。
ちょぉぉぉっと待てえええええいっっ!
勝手にあたしを囮代わりに置いてくなぁああああっ!
〔たぶん魔物なら、魔力の多いあたしかボニーさんをまず狙いますよね?次点で魔術士隊。妨害しようとした隊長さんたちも危険かと。だからまず狙われそうで、なおかつ狙われたら生命に関わる人間を優先して避難させます!〕
いや、それはそれで正しい判断なんだけどさ!
トリアージっぽいけど!
案山子役推薦からこっち、あたしの扱いひどくね?
「賢女様、骨どのは!」
「おぬしらが先じゃ、早う塔に入れ!」
「ボニーさま、お気をつけて!」
〔ボニーさんなら、大丈夫だと信じてますから!〕
……だからなぜアレクくんたちを押し込みながら、わざわざキランと歯が光ってるスタンプでもついてそうな心話を飛ばしてくるか。
余裕か、余裕なのかグラミィ。
あたしはぜんぜん余裕じゃないぞ。
『温厚なものもいないわけではないようですが、魔物は基本的には野獣の性質を持ちます。また、自分の体内から引き出した魔力を使いこなします』
『それは魔術を使うということかの?』
『いいえ、術式を理解しているかはわかりません。ただ、私が読んだ書物には魔力の渦を使いこなすと書かれていました』
ベネットねいさんの説明を思い出すと、汗腺もないのに冷や汗をかいているような、背骨がドライアイスになったような、そんな気分になってくる。
『強い魔物ほど高い魔力で渦を体内で作り出せるといいますが、それだけでなく他からも頻繁に供給を求めるようです。結果として魔晶のような魔力の強い物を狙ったり、魔術師を襲ったりすることも多いとか。そのため、小型の魔物に魔力を与える代わりに護衛に使う魔術師もいるそうです。もちろん、その報酬には見合った魔力を必要とするため、よほど力がなければ制御は難しいようですが……』
つまり、下手するとこいつは敵の刺客その1!ってことになるんだよー。
しかも、魔術士隊とは別格レベルに強力な魔術師の、オプション扱い!
塔の上を通り過ぎた翼が、ぐるりと輪を描いて戻ってくる。影ですらこの屋上を覆い尽くしそうな大きさだ。
よくあんなばかでかいのが、気配も感じさせずに強襲してきたもんだ。
というか、魔力感知ができる面々が揃ってるというのに、誰一人気づけなかったという時点で、この四脚鷲とかいう魔物は、ヤバい。それだけ優秀なステルス能力があるということだからだ。あなどれん。
奇襲そのものは運良く回避できたし、接近していることに気づいていれば、姿がわからなくなるということはないよう、だが。
背後でおっちゃんたちとグラミィが何やら言い争ってる声が扉越しにしてるけど、無視だ。
さっきは高さがあったのと角度がついてたせいでなんとか回避ができたけど、意識をそらしたらやられかねんのだ。
……ええいっ、オプションごときに負けてたまるか!負ける気も最初からないけどさ!
この状態だと、真横から体当たりで空中にふっとばされるのが一番まずい。でもそれを狙うことはないだろう。
戸口にあっちの翼も引っかかる危険があるからだ。
ならば、猛禽類の攻撃のパターンからして……。
あたしはわざと出入り口近くに立った。
さあこい、囮扱いなら囮としてもちゃんと役立ってやろうじゃないの。
左手を上に掲げて、中指で招いてやったら……。
ぐおっ、ほぼ垂直に真上から来たっ。
左腕をさらに右手で支えてたんだけど、すんごい衝撃。踏ん張ってたはずなのに、思わずよろめいたくらいだ。
だが。
このチキンレースは、あたしの勝ち。猛禽類相手だけどな。
高空から急降下のインパクト直前、左腕前を起点に石弾の応用で粘土を籠手状に発生させたのは、なにもダメージ軽減のためだけじゃない。
きっちり鳥の鉤爪が粘土に食い込んだところで、脛というか羽根の生えている部分のすぐ下まで覆った上に、さらに水分を除去、硬化させて泥岩なみの組成に変えてやったのだ。
鳥もちに自分からつっこんだ気分はいかがかな?
おー、慌ててる慌ててる。
あたしを掴んで持ってくのか、それともとっくに止まってる息の根をさらに念入りに止めてくつもりだったのかはわからんが。逆に捕まえられるとは思わなかったみたいだね。
だが、もう逃がしゃしねえ。
あわよくば、足といっしょにくちばしまで固めてやろうと思ってたのだが、さすがにそれは回避しているようだ。
たぶん、普通の人間相手なら、この状態でもかなりの脅威だろう。なにせ普通の猛禽類でさえ、そのくちばしは頑丈で肉を引き裂くするどい者だ。
急所狙いとばかりに目玉を攻撃したりされてみろ、たまったもんじゃない。
はずなんだろうけど。
はっははー、あたしの眼窩にそんなもんはねえっ!
いやあ、こんな時ばかりは、骨でよかったと心底思えるねー。
さあて、攻撃手段の爪とくちばしが封じられたところで、この急所のないあたしに、どうする気なのかなー?
翼と拳で殴り合うかい?
鳥の翼は力が強いらしいから、また骨が折れちゃうかもしれん。
だがかまわんぞ、骨を折らせて翼を焼く精神で、殴られたら右の拳で殴り返しちゃる。
ちょっと燃えてるかもしんないけど、細けぇことは気にすんな!
あたしの拳が(魔術で物理っぽく)真っ赤に燃える!お前を斃せと轟き(あたしが心話で)叫ぶ!ってね。
……このネタ、グラミィは知ってるかなー……
もしくは、このまままるごと焼き鳥になるまで、火球を連打してオープンなオーブン状態にするのとどっちがいいかなぁ~!
びくうっ!と冠羽を逆立てた鷲は大きく羽ばたきはじめた。
ばさばさ。
ばさばさばさばさ。
ばさばさばさばさばさばさばさばさ……。
重たいのか。この骨だけの身が重たいとでも申すのか。さしわたし5m以上はありそうな翼のくせに、足のちょっとしたアクセサリーにもめげるとは軟弱なやつめ。
体重が気になる女性のなれの果てとしては、持ち上がりすらしないというのはちょっと悲しいぞ。
……というか、骨自体は推定シルウェステルさんのだけあって男性物なんですがね。
ちょんと飛び跳ねてテイクアウトを手伝ってみる。
お、がんばれ、もう少しだ。
……なんだよ、そこで諦めるなよ!熱くなれ !
「〔……いったい何を遊んどるのかね〕」
呆れた声を心話でも送ってこなくてもいいぞ、グラミィ。つーか見てたのね。
〔みんなを避難させてから、いざって時には手助けするつもりでしたから〕
おや。フォローしてくれる気、あったんだ。
〔隊長さんたちを納得させるのがちょっと大変でしたけど、あたしが一番適任だって言い聞かせて。ボニーさんを掴んで飛び去ろうとするなら、まとめて炎でくるんで脅かしてみるとかしようかと思ったんですけど〕
心配してくれるのはありがたいが……。あたしごと炎で包む気だったんかい。
なんか一気にやることなすこと過激になってなくね、元JK?
〔勝てないって相手に思わせるほうが先だと思いましたから。でも、ぜんっぜんそんな心配いらなかったですねー。途中から遊んでるし……というか鳥の方がかわいそうじゃないですかー〕
いやだってこれ、意外とおもしろいのだよ。
間近で見ると、ちゃんと重量を軽減して空気抵抗をコントロールするように、魔力そのものを細かく展開してるんだもの。これがベネットねいさんの言ってた魔力の渦か。
……なるほど、術式による世界の改変、ではなく、魔力による直接的な関与、ってのはこうやるのかー。
四脚鷲の魔力の使い方は、言ってみれば自動車を動かすのにエンジンの内部でガソリンを燃焼させ、動力に変えるのではなく。ガソリンそのものを噴出しているようなものだ。
これは確かに非効率。
けれど、魔力が自分の一部である以上、このやり方の方がより細密に、『考えた通りの現象を起こしうる』のだろう。
さっきのたとえで言うなら、ガソリンに自分の意志を通して自在に動かせるようなものだ。
それを何本もの腕の形にしてサルが木から木へ飛び移るように何かにつかまりながら前進するのか、それともエンジンの代わりにモーターをがりがり回転させるのかは、おそらく使うもののイメージ次第なのだろう。
こんだけ大きい身体の鳥なら、向こうの世界での常識で考えると、普通は気流に乗って滑空する以外の移動はほとんどしないらしいのだが。
この魔力の使い方を見るに、たぶんそんなこと関係ない飛び方をするんじゃないかな、こいつ。自分より大きな獲物を運ぶのもラクラクですなきっと。
しかし、魔力で獲物を選ぶとはいえ、真っ先に骨なあたしを狙うとは。
肉はいらんのか、肉は。
(肉、魔力不要)
お。
心話ができるのかこいつ。
っしゃ、情報源ゲットー!
逃げようったってそうはいかないわ。というか最初から逃がす気はなかったが、さらに決意が固くなったね。
足は…四本もあるけど、全部あたしの腕ごと岩の塊でぎちぎちに固めてくれたもんねー。
つーか、今もじわじわ締まってます。現在進行形。
(骨、畏怖)
しきりにまばたきをしていた鳥の冠羽がぶわっと逆立った。
んー、いまいち表情が読みづらいのでよくわからんが、ひょっとしてだいぶ怯えてんのかなー?
言っとくけど、喧嘩売ってきたのはそっちでしょ?あたしは悪くない。
ということは、大自然の弱肉強食な掟に従って、あんたに何をやったって問題なしオールオッケーってことに!
〔問題ありありですよ。えーかげんにしなさい〕
半目になったグラミィにぺしりとつっこまれそうになった。
杖はやめなさい、杖は。
あたしの頭蓋骨がすっとんっでったらどうする気かい。もー。
……まあ、突然リアルにバトる羽目になったせいか、あたしも変にテンション上がってた。それは認める。
興奮物質も出ないような身体になってるのにハイになる理由はわからんが、ひゃっはーしてどうするよ自分。
〔ヒャッハーしすぎて灰にならないようにしましょうよー〕
グラミィ、座布団一枚。
などと心話であほなやりとりをしながら、あたしは拾ってもらった杖を左腕の下支えに入れた。
これも魔力を通せばそこそこ強い材質になるから、いくらでかくて重いとはいえ、鳥の止まり木がわりにはなるだろう。
断じて火球連打準備のためではない。
さ~て、鳥さんや。焼き鳥になりたくなかったら、じっくりとお話しでもしましょうか。
ひたすら帰りたい気持ちでいっぱいいっぱいみたいだけど、君はいったいどこへ戻る気なのかなー?
(空。風。森)
んー……?
意訳するとこのへんに巣がある、と?
敵側の攻撃オプションじゃないのか?
魔術師、人間からは魔力はもらってないの?
(無。魔力欲求。今不求。骨畏怖)
……つまり、純粋に魔力目当てだったわけね。
じゃあ、魔力はどこから、いや、何から得ているのかな?
(森。肉)
森で、他の動物とか魔物とかを食べて、そこから吸収してる、ってことかな?
……かなりほっとした。
想定してた最悪の状況が考えすぎですんで、本当によかった。
この状態に持ち込めた後、一番心配だったのが『喧嘩に勝って戦略的に負ける』ということだったからだ。
これが敵側に手なづけられてて、あたしがクライたちにやってもらってるように感覚共有でもされてたら情報筒抜けもいいとこだもの。
〔ちなみに、もし想定してた最悪の状況で、手の内をさらしてしまってたら、どうする気だったんですか?〕
んー。
今度は逆に、敵との感覚共有を切らさせない、って方向に持ってったかな?
で、こっちの手に入った情報端末というかこの鳥を、じわじわくちばしの先まで氷漬けにしてくれようかと。
〔鬼ですかボニーさん……〕
いやだって、情報を相手に握られたんなら、使われないようにすることが必要じゃん?
こんだけ強い魔物と感覚共有できるようなめちゃめちゃ強力な魔術師一人か、もしくは従軍してる魔術士隊みたいな少人数ぐらいにしか効果がないとは言え、恐怖を感じてもらってとことん心を折るのに使うしかないと思ったんだけどなぁ?
相手の物理以外の戦力を低下させるのにも役立つし。
そっちもかたかた震えないの。実現しなかった未来像は今後存在しないものなんだから。
それに、魔力が欲しいんなら、あたしがあげてもいいんだよ?
〔ちょっと、ボニーさん!まじでこれ、手なづけるつもりですか?〕
マジです。
(……許?)
うん。その代わり、あたしの言うことを必ず、しっかり聞きなさい。わかった?
(骨、推測美味。理解)
……即答かよ。
わかったんならいいけどさ。
こいつも腹ぺこキャラか。馬たちだけでも十分だっての!
鳥(仮)は、サンダーバード(北米の伝説生物。昔の特急や人形劇じゃないです。)と、鷲から鳶、鶚(みさご。英語にするとオスプレイですな。カワセミっぽく水中にダイヴして魚を捕ります)あたりの猛禽類を混ぜて四本足にした感じです。グリフォンじゃないざんねんないきもの。
本日も拙作をご覧いただきまして、ありがとうございます。
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