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レジナ潰える

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

 怪我人たちを乗せた最初の船が岸辺を離れてゆく。それを見送りもせず、アロイスたちは徒歩で戦場を東に進んだ。

 幻惑狐(アパトウルペース)たちが運んできた小さな石板に従い、物資を略奪しに行くのだ。

 それを見ていたアーノセノウスもまた身を転じかけ。足をふらつかせた。


「アーノセノウスさま」

「大事ない、クラウス」

「ですが」

「大事ない。――わたしはシルを信ずると決めた。ゆえにわたしはわたしのなすべきをなす。ここで倒れてなどおれん」

「――は」


 忠実なる老侍従はためらい、しかしうなずいだ。

 

「ではまずは、休養と、魔力(マナ)の回復をなさいませ」

「……確かにな。魔力も底を突けば、魔術師は役立たずの見本にしかならぬか」


 血の気の戻りきらぬくちびるで、かすかに彩火伯(さいかはく)は笑った。


「では、厄介な荷物は大人しく積み込まれておこう。――ゆくぞ」

「は」


 次々と魔術師たちが乗り込んだ船も、また流れを下っていく。


 消耗した魔術師は戦力としてあてにはならぬ。だが、船を操るグラディウスの船乗りたちはもとより、アロイスたちも彼らの船が下流で襲われるおそれは低いと見ている。

 なにせ昨夜はあの骸の魔術師が、夜通しアビエス河の水から魔力を吸い上げていたのだ。


 河の水に浸した骨の指先から、氷が生じていくさまは手品のようにも見えたものだ。

 その不可思議な美とは裏腹に、大量の氷は一時流れを覆い、岸辺の草をも削る威力を振るった。

 あれでは流れを(さかのぼ)らんとする船があっても、押し戻され、あるいは氷の重みにへし曲げられる。役には立つまいとは、グラディウスの船乗りたちの断言だ。レジナへとアビエス河で向かってくる兵団とぶつかるおそれはほぼなくなったと見ていいだろう。


 その意味では、川べりに兵を伏せられたほうが面倒ではある。

 ただ、すでに日は落ちつつあり、暗闇を見通す訓練を受けている騎士や魔力を見る魔術師の多いこちらが有利といえよう。

 とうに逃げ散ったスクトゥムの兵たちと同士討ちをしてくれていれば、さらに楽なのだが。


 戦場を横切りつつ、今後の算段に頭を巡らしていたアロイスに、スコルピウスが話しかけてきた。


「しっかし、あの彩火伯さまがよくまあ名誉導師を行かせましたな」


 とうに船団の中で、あの骸の魔術師が彩火伯に異様なほど鬼胎を抱か(案じら)れていることは知れ渡っている。


「そうだな」


 その理由を唯一知るアロイスは無難に相槌を打った。しずかな決意を満たした湖面のようなアーノセノウスの表情が、安堵と憂慮の色を同時に顔に浮かべた、その侍従の姿が自然と脳裏に浮かんでいた。


「元魔術伯の現上級導師と、無爵も辞退なされたゆえとか伺う現在唯一無二の名誉導師、どちらがえらいのかも微妙なところですが」

「だがシルウェステル師は、常に彩火伯さまにお譲りになる」


 だから魔術師たちもうまく束ねられている。それもこれも疑われ傷つけられても最終的に赦し、和解をさしだし、功績を血の繋がらぬ兄へと譲ってきた、骸の魔術師の献身あってのこと。

 切りかかっておいて赦しを得た自分が言えることではないが。


 アロイスの口元にかすかに苦笑が湧き、きゅうとニクスが鳴いた。すると他の幻惑狐たちがぴょいぴょいとアロイスたちめがけ走り寄ってきた。


「お前たちが見張っていてくれたのか。ご苦労だったな」


 アロイスたちはてんでに手近な頭を撫でてねぎらった。人の言葉を操り、かの骸の魔術師の身柄を保護すると主張してきた時にはさすがに驚いたが、彼らにも心があり、考えがある。そのことは以前からわかっていたことだ。


 スクトゥムの残党を警戒しつつ、アロイスたちは手早く馬を荷馬車につないだ。


「荷馬が残されていたのは、じつにありがたいですな」

「我々が牽かねばならぬ羽目になるのは勘弁だ」

「幻惑狐たちもさすがに荷車を牽いてはくれませんしな」


 物資を積むより早く荷馬車にちゃっかりと乗り込んだ幻惑狐たちの姿に、騎士たちは笑った。


 のんびりと話をしているようだが、彼らの動きは速い。

 スクトゥムの残兵はほとんど逃げ散ったとはいえ、こちらも寡兵の身である。おまけに自分の骨身には無頓着なようでいて、生身の人間の安全には心配性かと思うほどにとことん気を遣う名誉導師の言葉に従い、下流に拠点を移すことになっている。

 荷馬に牽かせるとはいえ、これ以上暗くなっては移動に障りも増える。


 敵影の有無にも気を配りながら、アロイスたちは街道を南進した。

 さすがに荷馬車で戦場だったテストゥド平原を駆け抜けるわけにもいかない。泥濘と死体と泥ダルマの残骸が散らばる上に、樹の魔物たちがいるのだ。

 幻惑狐たちの先導で少人数が通り抜けるぶんにはましだろうが、さもなくば闇森と同じと考えよとあの骸の魔術師には伝えられている。


 重い荷馬車はのろかったが、彼らの表情は明るかった。六倍以上の軍勢を相手に、ほぼ完勝といってもいい。

 あとはあの骸の魔術師たちに引きずられてきた脱走者への尋問をするだけだ。そしてレジナを開城させ、スクトゥム全土に勝利を、この戦役の終了を告げさせる。

 星と共に歩む者(森精)はまったくの味方ではないと骸の魔術師は繰り返し強調していたが、利害の一致は永劫ではなく、その時々で手を結びあう相手が変わるのも当然のこと。かなうならば骸の魔術師には末永く人型の森との交渉を願いたいものだが……。


 不意に、幻惑狐たちが一斉に身構えた。


「!」


 不審を言葉にするより早く、アロイスもまた異様な感覚に襲われた。

 騎士は迷わず、魔術陣を刻んだ石弾を上空めがけなげうった。骸の魔術師から預かっていた魔術陣弾の中には、飛び道具ではない用途で作られたものも多い。

 三つの赤く、巨大な火球は一呼吸ほど姿を維持すると、爆発をすることもなく、そのままゆらぎ消えた。


「隊長、いったい?!」


 脇を歩いていたスコルピウスが驚いたように叫んだ。

 赤の火球三連発は『非常事態発生。全力で逃走せよ』を意味する。


「逃げるぞ。急げ!レジナから遠ざかるのだ!」

「はっ?!はっ!」


 戦闘において相手より優位に立つための技術の一つだが、アロイスは慌てたところを味方にすらほとんど見せたことがない。

 それが焦りも露わにひらりと馬車の御者台に飛び乗ったのだ。その姿に、徒歩で周囲をかためていた兵も、みな速度を上げた荷馬車に走って乗り込んだ。

 鞭を入れずとも荷馬は人よりさとく、異様な気配に泡を吹いて全力疾走に移っていた。


「なんだ。これは」


 一息つけばスコルピウスも弩兵だ。グラディウスの船乗りに勝るとも劣らぬと自負する風読みのカンが反応していた。

 が、あまりにもそれは異様にすぎた。

 徒歩の間、風はほとんど生じてはいなかった。周囲の草、木の梢をみるだに、それは今も変わらぬはずだ。だのに速度を上げつつあるとはいえ、軍馬よりのろいはずの荷馬車の台板へ這いつくばらずにはいられぬ。

 荷馬車の速度によるものではない、すさまじい向かい風に吹き倒されているかのように感じているからだ。

 いや。これは向かい風というよりも。背後で大気が何かに吸い込まれているかのようだ。


 振り返り、スコルピウスは息を呑んだ。


「隊長!レジナが――!」


 配下の叫びにアロイスは振り返り、そして思わず動きを止めた。


「レジナが、沈んでいく……」


 高く長くそびえ立っていた、あの城壁が。

 城壁からかすかに見えていた、宮殿の巨影が。

 下の方から水に漬けた砂の城のように、すべてぐずぐずと崩れていく。




***




(ほね!)


 フームスが激しく鳴いた。

 あたしは動けずにいた。

 樹の魔物たちから伝わってくるのは、レジナから突然魔力が失われる様子だった。

 急激な冷え。空気はダイヤモンドダストを生み、それは瞬時により細かく、そして消えていく。

 カンの鋭い幻惑狐たちは警戒の鳴き声を立てながら、城壁を駆け上がり、その外へと身を投げ出す。

 自殺行為のようだが、しかしきちんと足場を土で作っての脱出だ。

 だが、内側の城壁の中まで入り込んでいた幻惑狐たちがいた。

 宮殿内部にまで入り込んでいては、レジナの外へ逃げ出すのも間に合わない。

 あたしは何もできずに、ただ感知していた。フォンスとカリゴの断末魔の苦しみを。悲鳴を上げながら倒れ凍り、そして息絶えていくさまを。

 

 幻惑狐ばかりではない。

 温度がさらに低下する中、力が抜けたように倒れ込み、ミイラ化する人々の姿が、魔力をすさまじい勢いで吸い取られ、立ち枯れる樹の魔物たちの声なき絶叫が。


〔ボニーさん!〕


 プルヌスたち越しとはいえ、グラミィも悲鳴を上げた。

 今は見るな、目をそらせ。繋がりを遮断しろ。自分を守れ。

 さもないと――持っていかれるぞ。


〔でも。これは……〕


 耐えたか。

 ああ。でも許せないね。もともと許しようのない連中だったけどな。


「おっさんたち。レジナに何をした?」


 再び口調を変えたグラミィに、ラドゥーンたちはかすかに表情を動かした。


「ほう」

「ここにいるのにレジナの様子がわかんのか。たいしたもんだ」

「特異能力者なのか、それともそんなアイテムをどこで拾ってきたのかは知らんが、じつに興味深い」

「ふざけんな!てか、人が聞いてることにちゃんと返事もできないんだ、おっさんたちってば」


 牙を剥いた子猫でもなだめるように、『将軍』はまあまあと手をひらひら振った。


「なーに、俺たちラドゥーンの一人がベヒモスを起こしただけさ」

「……ラドゥーン?ベヒモス?」


 いやいやおまえらがラドゥーンって自称してるのは知ってるけど。それってたしかギリシア神話由来の名称だろが。

 だけどベヒモスって、もとはヘブライかアラビア系だったはずなんだけど。節操のないやつら。


〔ボニーさん……〕


 ツッコミにグラミィが呆れたような目になったが、それでいい。

 腹立つ連中なのはわかるが、頭に血をのぼせたまんま相手ができると思うなよ、グラミィ。


〔あ。……はい〕


 もともとこいつらラドゥーンたちは、カリュプスでゾンビさんや『聖女』を、灰塵すら余さず魔力吸収陣に喰わせていた連中だ。

 つまり、もともと人間を魔力というリソースにしてしまおうという発想の持ち主であり、レジナの惨劇はその発展形に過ぎない。

 そう考えれば、こいつらが『何をしでかした』のか、理解はできた。したくなくてもしなければいけないのなら、できるくらいには。

 だけど、『なぜ、なんのために』そんな真似をしたのかはわからない。

 それは、次にこいつらが何をするつもりなのか読めないということになる。


 情報を絞り取らねば。せめて、こいつらの目的と手段を知り、これ以上の惨劇を阻止するためにも。


〔……ええ!〕

「わけわかんないこと並べ立てて、煙に巻こうっての?」

「そういうわけじゃないさ」


 聞こうとする姿勢になったグラミィに、ラドゥーンたちはにやにやと説明を始めた。


「俺たちがなぜこの丘山を目指したか、教えてやろう。――この一帯はまるまる岩石の塊だ」

「見ればわかるじゃん、そんなこと」

「そうだな。ただし、ただの岩石じゃねえ。ちょっと変わった魔晶(マナイト)ってやつだ」

「へっ?!」


 グラミィは絶句した。

 通常の魔晶は、不安定な魔力の結晶だ。その名の通り結晶質で半透明、人の血に触れると励起状態――魔力を放出するようになるが、そうまでしなくても、衝撃を与えただけで蛍石のようにほのかに光り、わずかながらも魔力を放つ。

 それに魔力だまりで産出される魔晶は小さい。通常砂粒程度で小指の爪程度に育てば御の字、これまで発見された最大の魔晶とやらも、たしか人間サイズがせいぜいだったはずだ。

 だが『将軍』の言葉が正しければ、この丘陵地帯すべてが不透明かつ巨大な魔晶でできているということになる。

 そんな魔晶、あたしは聞いたことがない。

 森精たちは知っているのか。いやそもそも魔晶に魔力だまりの主だったコールナーが気づくだろうに。


「ここの魔晶は恥ずかしがり屋の上にさみしがり屋でな」

「いくら衝撃を与えようが砕こうが、励起状態にしてやらないと、普通の岩石とほとんど見分けが付かぬ。ただ、砕いて放置しておくと、他の欠片と融合しあうというおもしろい性質を持っている。興味深いだろう?」

「これほど大きく成長したのもそのせいかもな。ともあれ、俺たちラドゥーンはベヒモスと呼んでいる」

「……神話違いの解釈違いなんじゃね?てゆーか、せっかくラドゥーンとか名乗ってるんなら、ベヒモスじゃなくて黄金の林檎とか言えばいいのに」

「あいにくと、黄金の林檎は別にあるんでな」

「へえ?でもさー、それならヘスペリデス(黄昏の娘たち)とか呼べば良かったのに。てかそっち方面で思いつかないとか、さびしいおっさんたちだね!」

「ぐっ」

 

 こっそり神話知識を囁いてあげてたグラミィの毒舌に、『将軍』がよろめいた。


「お、俺たちはラドゥーンだ。希望を見せつけ、絶望として喰らう者……」


 そのわりにはグラミィの舌先三寸で自分が絶望してんじゃん。

 勝手に絶望してればいいと思うが、人まで巻き添えにすなや。


「漫才はもういいだろう」


 溜息を飲み込んだ『魔術師』が口を挟んできた。正直口の軽い『将軍』より、この『魔術師』の方が、危険な気配がする。

 グラミィ、気をつけて。ガードとフォローはしてるけど。


〔わかってます〕

「じゃあ話は戻すけど……、そのベヒモスを起こしたって、どういうこと?」

「ふむ。どこから話せばよいか。……知ってるかどうかは知らんが、魔晶は魔術陣や誓約書を描くインクの原料にもなる」


 それは知ってた。魔晶は超貴重なので、当然のことながらそれらのインクも目の玉が飛び出て転がっていくくらいには高価なことも。

 おまけに、魔術と違い、陣符などの魔術陣は消費する魔力量が増えるという効率の悪さ。


「しかし、魔晶をどれだけ丁寧にすりつぶして微細な粉末にしても、所詮は点線の集合体にしかならん。が、このベヒモスを使えば」

「魔力の流れはロスなく完全につながる、そういうこと」


 ……ようやくわかった。アエスで作られていた陣符が、何で印刷されていたのか。

 カリュプスで刻まれていた、床一面に広がっていた魔術陣がどのように作られていたのかも。


 魔術陣は大きく描けば大きく描くほど、発動までに必要とする魔力が多くなるぶん、高い威力となりやすい。おまけにより複雑な構成を入れ込むことができるので、顕界する現象にさまざまな設定をしたり、発動停止の条件式を場合分けしたりすることもできるようになる。

 が、巨大な魔術陣、それこそカリュプスにあったようなサイズの魔術陣などとというものは、通常存在しない。あたしもフルーティング城砦の城壁に防護用の魔術陣を仕掛けたからわかるが、大きな魔術陣になればなるほど、生半可な素材では発動すらしなくなるからだ。

 ちなみに通常であれば魔力を通しやすくするために、魔術具にも使われる魔物素材なども併用するらしいのだが、あたしは素材としてよりあわせた髪の毛を使った。

 魔力を蓄積し、適度に放出してくれる人髪は魔術陣素材としてはかなり上級のものになる。とはいえ方向を揃え、さらに一本ずつ丁寧につなぎ合わせておかないと、魔力はうまく流れない。その下準備たるや、めちゃくちゃ大変だったというね……。


 だから、素材同士が勝手にくっつき合い、きちんと魔力を通す回路として自動的に安定してくれるというのが、相当なアドバンテージになることはわかる。


「それをどこに使ったと思う?」

「まさか。レジナにしかけた魔術陣も?!」

「半分正解だ」


 イヤな笑いを『将軍』が浮かべた。


「レジナは檻さ。アホどもを入れておくのに都合のいい檻兼エネルギー変換貯蔵装置ってところだ。ブタを殺して肉にして運べば、輸送コストもかかる、腐敗のリスクだってある。おまけにイキが悪くなる。だったら追い立て、檻に押し込めばいい。肉にするまで活かしておくのが、一番いい保存方法だってことだ」

「都合のいいことに、異国人が攻めてきた。となれば冒険者気取りも商人たちも、大量の物資と人間が集まる場所へと我先にやってくる。恐怖に駆られた連中も庇護を求めて駆け込んでくるわけだ」

「まさか疫病まで同時発生するとは思わなかったけどな。だがブタと違って、役に立つまで生きてりゃそれで十分だ」

「あんたたち……!」


 そのために都市人口が増えるように都市化を進行させ、そしてその都市に巨大な魔力吸収陣をしかけておいたというのか。


 だが、一つ疑問が残る。

 平常時でもあれだけの賑わいを見せていたレジナだ。避難民の存在を考えると数十万人、いや百万人以上はいてもおかしくはない。

 しかし、生きた人間から搾取できる魔力は膨大だ。あのカリュプスでさえサンクトス、異世界転移者と思しき犠牲者一人から絞り取った魔力でも、さまざまな魔術式を長期間使用し続けることができていた。

 ならば、あれだけの人数から絞り出した魔力は天文学的な量になるだろう。それを一度に得て、いったい何をしようとするのか。


 そもそも、こいつらがここに来た意味は、留まり続けている意味はなんだ。

 ベヒモスの存在は理由にならない。なぜならその欠片を砕き散らした都市でも魔術陣は描けるからだ。

 それに魔力吸収陣というのは、ただ魔力を吸収し、ためこむだけの機能しかない魔術陣だ。レジナ一つ犠牲にしたとしても、何か別の術式に使おうというのなら、魔術師がその魔力を使えるようにするか、別の魔術陣につなげなければならない。


 いや。砕き散らす……砕石……敷き詰める。まさか!


「レジナだけじゃないんだな。魔術陣をしかけたのは」

「まさか、他の都市にも?!」

「そいつも半分だけ正解だ。スクトゥム全土が魔術陣なのさ」

「そんな!都市と都市をつなげるもの……なんて……」


 グラミィも気づいたか。


「街道があるじゃないか」


 あたしの着ているこのシルウェステルさんのローブは、魔力吸収陣にクロックアップ陣、防護陣に補修陣と複層的にいくつもの魔術陣が仕込まれている。

 それらをつなぎ合わせ、魔力の通りを保証しているのは――おそらく、シルウェステルさん当人の髪の毛だ。


 それと同じように、レジナを崩壊させてまで得た膨大な魔力を、街道の砕石に混ぜたベヒモスを通じ、別の魔術陣に送っているのであれば。


 スクトゥム帝国は本国のみならず属州すら貫く、何本もの街道が網の目のように張り巡らされている。

 本街道から伸びる脇街道枝街道、そして抜け道のような間道もまた。

 つまりそれは、どこの魔術陣をどの都市を犠牲にして集めた魔力で発動させるか、任意で可能ということになりかねない!


「む」

「どうした『魔術師』」

「おかしい。予測より魔力の到達が遅いぞ」

「どっかで詰まってんのか?!」


 何があった?

 ひょっとして……あれか!

 あたしは思わずにやりとした。


〔ボニーさん?〕


 ほら、スクトゥムの進軍を妨害するのに、あたしとコールナーであちこちの街道に破壊工作しかけたじゃない?

 あの時、あたしも使ってたんだよね。魔力吸収陣。


〔あ〕


 励起状態にしてやらないと、通常の岩石と同じようにふるまうベヒモス。

 ……ひょっとしたら他の舗装材同様、ベヒモスからも魔力吸ってたりして。


〔魔力の抜けた魔晶って、崩壊しますよね〕


 だね。

 ベヒモスが融合し合って大きくなっていたら、魔力を吸い尽くすのもそれなりに手こずりはするだろう。崩壊しきらない可能性もある。

 だけど、含有魔力が減れば確実に強度は下がるのだ。


 おまけに、あの時魔力吸収陣から吸い上げた魔力で、水や氷も発生するよう、他の魔術陣も仕掛けてたからなあ。

 そんなこんなで魔力的にも物理的にもダメージ受けてたら、ベヒモスの魔力経路も寸断されたりすると思うの。


 もちろん、各スクトゥムの軍だってバカじゃない。輜重隊の荷車が通れるようには街道も補修していたとは思う。

 ただ、そんな時までベヒモスを補修剤として持ち歩いてたかっていうと……疑問だよねぇ。


〔むしろ魔力経路の維持っていう面じゃあ、補修どころかずたずたになってたんじゃ〕


 どうやら嫌がらせは思わぬ効果があったらしい。

 はっは、ざまーみろ。


〔怪我の功名っていうんですか、これ?〕


 ……グラミィ、ひど!

 正しい表現なんだけど刺さりすぎ。

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