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疑念

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

〔確かに変ですね〕

(追いつけばわかることだろう)


 コールナーはあっさりそういうものの。

 他にも変なことはたくさんある。

 逃走が、なぜあのタイミングだったのか、とか。


 逃走のタイミングは、いつ撤退を決めたかに左右される。 

 六千の軍勢の大半が戦闘不能な状態になったところで、あたしとグラミィは迷い森と隠し森を解除した。

 それまでの戦況は、たぶん帝都レジナからは見えていなかったものと思われる。


〔え。どうしてですか?〕


 もし見えていたら、逃走者たちはどう動いたか?


 モドキといえどもスポーツカー風味という、スピード重視の手段で逃げ出すような連中だ。

 たぶん、我が身かわいさのあまり、周囲は踏み台にするタイプの人間だと思うのよ。

 そんな連中、劣勢が確定した状態で逃げ出す準備を始めててもおかしかない。

 で、戦況が丸見えしていたならば、当然その判断も早まる。逃走のタイミングはより早くなってたはず。


〔というか。同士討ち始めた時点でヤバいと思いますよね。戦況をひっくり返すのに、何か手を打ってくるとかありそうなんですけど〕


 援軍をさらに出そうとするかっていうと……迷わされてるのがわかってたら、躊躇するかもしれないが。

 だがまあ、逃走者、及びその部下など情報提供ができる人間に、迷い森や隠し森を透かし見る能力はないと判断できる論拠にはなるでしょうよ。


 戦場から荷物をかっぱらって逃げ出した星屑(異世界人格者)たちが、レジナへと無理矢理侵入した時もだ。

 荷車がらがら牽いてって、破城槌がわりにぶっつけられそうになる前に、不穏な空気ってやつを察してたら、なにか迎撃とかしておかしくないのよ。それこそ我が身がかわいい人間ならば。

 それこそ、プロテージット門であたしたちに矢を射かけてきたみたいに。

 なのにだよ。通り過ぎた時に気がついた?

 散らばってた荷車に、迎撃の痕がなかったのに。


 狙撃だろうが近接攻撃だろうが魔術攻撃だろうが、ダメージを受ければそれは傷となって後に残る。

 たとえ全部外れたってだよ?周囲に外れ矢の一本や二本、散らばってて当然だと思うんですが。


 戦場に面してないプロテージット門ですら、弓兵がいた。

 だのにテストゥド平原がわの門には、何も防衛のための兵がいなかった。戦場へとあのゾンビ槍騎兵たちを送り出したのにだ。

 あまりにもちぐはぐだ。気持ちが悪いくらいに。


〔なるほど〕


 逃走先もおかしいが、逃走手段だって妙でしょうが。


〔スポーツカーみたいでしたけど、それが?〕


 エンジンどころかモーターの駆動音のような音も幻惑狐(アパトウルペース)たちが聞いていなかったから、アレはむこうの世界の自動車ではない、この世界で作られた自動車モドキだと仮定する。

 仮定した上での推測だが、たぶん、連中が利用できる技術力は相当なものなんだろう。

 なにせ自動車モドキが作れるというのは、相当な精度で加工技術が発達しているということでもある。そして、細かい加工がされた部品が使われているということは、それだけ耐久性のある素材を、あるいは全く同一の規格でスペアの部品を潤沢に用意できるということになるわけだ。

 しかも、あの自動車モドキのフロント部分って、真っ黒だったのよ。


 逃走者の顔バレ防止目的なのかなんなのかは知らない。

 が、むこうの世界だって、フロントガラスにスモークなんて貼った自動車はなかった。それが規則のせいだというのはわかるが、視認性が低減する、つまり視界が悪くなるからってのも規則成立の理由だと思うのよ。

 安全面無視に近い真っ黒さで、幻惑狐たちに見せられたように迷いのない加速ができたということは、無視界走行してる可能性もある、ということになる。

 

 ぶっちゃけ迷い森の機能ってのは、感覚的な錯誤に頼るところが大きい。なので計器便りの走行をされてたら、迷い森を再び構築しようが、霧を出そうが迷わせて足止めというのは無理だろう。

 唯一の救いは、逃走した連中が、持っている技術を広めることにあんまり積極的ではないように見えるということだろう。ひょっとしたら、自分たちの有利に固執するあまり、技術を独占しようとしているのかもしれない。


〔なんでそんなことが、どこからわかるんですか〕


 逃走したのが一台だけだから。

ああ、それと、レジナから出てきたのが、例のゾンビ槍騎兵たちだけだったというのもあるかな。


 自動車ってのは、『工業製品』なんですよ。それをモドキとはいえ作れるのなら、量産も可能と見るべきだろう。

 その技術力を活かせば、戦車……というか、高速破城槌みたいなものになったかもしれないが、少なくとも馬の全力疾走なみの速度で動かせる自走荷台は作れたはずだ。

 そこに城壁に据え付けてたバリスタなぞを乗せてみろ。それだけで移動砲台のできあがりですよ。


 もちろん、バリスタも装填に時間がかかるし、連射式でなければ散発的にしか撃てない。性能がいいとはお世辞にも言えない。が、それでもバリスタって『攻城兵器』なのだ。その威力は歩兵程度じゃ相手にならない。

 もしゾンビさんたちでなく、移動砲台でも城門の外に持ち出されてたら。

 下手したら迷い森にいた遊撃役の人たちも、ただではすまなかったかもな……。


 いやそもそも、自動車モドキレベルの機械化が進められてたら、スクトゥムの情景は大きく変わっていただろう。

 たとえば三圃制同様よく見かけてた、深く掘り起こせる鋤。

 あれのかわりにトラクターが動いていたら。


〔情景どころか農業のやり方も変わってた可能性があるわけですか〕


 そゆこと。

 そして農作物の収量を増やすというのは、国を富ませ、強くする一つの方策でもある。

 ただでさえスクトゥム帝国は、周囲の国々とは比べものにならない国力を誇ってきた。だのにそこを強化されてたら、できることなんてほんとになくなってたろうね。

 下手にスクトゥム一つ沈めようとしても、ほかの国と経済的に繋がってたらそっちまで敵に回しかねんという意味でも。

 

〔だけど、『運営』たちはそれをやっていないと。謎ですね〕


 彼らが突出させた一部の技術に、他の技術が追いつかなかったという可能性もあるけどね。


 たとえば街道。敷石の道というのは、草が生えたままだったり、土が剥き出しになっている道よりも通りやすい。荷車も馬車の類いも楽に通行できているのだろう。

 が、むこうの世界のアスファルトと比べれば、細かな段差、吸水性の悪さ、摩擦係数の低さが問題となる。

 荷車のたぐいだって同じ。ゴムタイヤみたいに弾性があって、摩擦係数が高く、耐久性のある素材で車輪が作られていない以上、速度なんて出せるわけがない。

 そしておそらくは、あのスポーツカーモドキも。


 だからこそ謎なんだよね~、なぜあんなので逃走したのか。


〔見た目だけでも似せたかった、とか〕


 むこうの世界で持てなかったことを実現しようって?

 だけど、とろいスポーツカーってなにさ。

 どんだけスポーツカーに近づけたところで、どれだけ馬力のあるエンジンもどきを乗せたって、あの流線型の車体にみあう、空気抵抗とか気にするレベルの速度になるかというと……ねえ。

 道路事情一つ取ったって無理っぽいんですが。


〔……ひょっとして、ボニーさんが幻惑狐たちとやりとりしながら来たのって、その推測のせいですか?十分追いつけるって目算を立てたからとしか思えないんですけど〕


 いんや?

 ただ、あんなスポーツカー風味を持ちだしてるところで、推測できることはあった。

 彼らは自己顕示欲の塊。つまり、他人に紛れてやり過ごすってことはしないだろう。

 他人を盾に使う可能性はあるが、その可能性を彼ら自身が潰しているってね。


〔潰している?〕


 仮に、道路事情だの動力源問題だのを、それこそ魔法みたいなご都合要素のおかげで、あのスポーツカーモドキの外見に見合うだけのスピードを出せるようにしたとしよう。魔術は万能ではないのだけれども。

 だけど、あの車高が低く流線型の車体のせいで、彼らが自ら盛大に削り落としたものがあるのだよ。

 それは、搭載人数と積載量だ。

 特に搭載人数が致命的でしょうよ。

 むこうの世界でも、たいていあのての自動車って、ツーシーターだったりしない?


〔あ〕


 愛しのマイボディ、シルウェステルさんの名前でアクセスできる限りの魔術知識を、ランシアインペトゥルスの魔術学院を皮切りにかっさらった挙げ句、森精たちどころか混沌録からもこの世界の魔術についての知識を得たあたしが知る限り、この世界にインベントリ的なものは存在しない。

 転移魔術も……まあ、あの地獄門ぐらいしかない。発動するたびに人間がごろごろ死んでくけれども。

 

 欲どおしい星屑だったら、走行速度が出ないってわかった段階で、搭載能力ガチマシを狙ってワンボックスタイプか軽トラ、いや大型トラックにでも変えてきそうな気がするのだが。

 仮にそうしていたとしても、脱走したのが車一台分だけって段階で、武器も揃わず寡兵もいいとこってことになる。


〔あー……、たしかに……〕


 グラミィもイメージしているのは、たぶん道中野盗のアジトからいろいろかっぱらった時のことだろう。

 彼らときたら身にもつけられないようなものまでお宝としてとっておいてたからなあ。

いち早く、あたしたちの襲撃を感知して逃げだそうとしたのもいたらしいが、そいつは自分の荷物どころか、アジトにあったその手の共有財産にまで手を出して袋叩きに遭い、あたしたちの陽動役になっててくれたりもした。


 ざんねんすぎる星屑たちの行動はともかくとして。


 逃走者――おそらくはラドゥーンたち――は、その行動からしてもなみの星屑と同一視はできないだろう。

 だからあたしは警戒をする。一見合理的とは思えない行動にも、なんらかの理由があると想定して、対策を考える。

 それこそ、実は逃走者たちは囮で、追跡しているあたしたちを地獄門から召喚した軍勢で袋叩きにする予定だったりするのかも、ぐらいに。


〔それだけ怖い相手だと考えてるわけですか〕


 ああ、怖いね。

 何が怖いかというと、何を考えているのか見えないのが一番怖い。

 深読みのしすぎ結構。危険を潰すため、やれることをとことんやるだけのこと。


〔って、具体的には何すればいいんですか?この状態で〕


 んー……、そうだなあ……。


 グラミィと相談しながら、あたしは樹の魔物たちとの連携をちょいちょいといじり続けていた。

 彼らのうち、プルヌスはいろいろ機能を制限した代わりに反応が早い。それに対してラームスたちは、あたしの感覚できない情報ですらすべてを捉えてくれる。どちらも重要だ。

 その両方のデータを闇森に送り続けるよう、そして途中で途切れても安定するよう、複数箇所にいる樹の魔物たちに情報のバックアップを願っておいた。

 幸いと言うべきか、アビエス河の流域にはラームスの欠片、ラームスの元であるヴィーリの樹杖の枝がまき散らされている。

 バックアップは十分すぎるほどだろう。


 いつしか道は丘陵地帯から低山に入り、緩やかに、だが明らかに上り坂になっていた。

 曲がりくねったその先であたしは見た。

 ひっくり返った自動車モドキを。

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