表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
326/372

戦塵吹き散りて

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

〔ボニーさん……〕


 青い顔でふらふら近づいてきたグラミィが、いきなりしゃがみこんだ。

 大丈夫?と問いかける間もなく、コールナーの影で嘔吐しはじめる。


(なにをする)


 驚く間もなく、不快げにコールナーが歯を剥いた。

 薄くなりつつもまだ残っていた霧のかたまりが飛んできたかと思うと、急に濃くなり、少量の水に変わって地面を濡らす。


 湿地の主ではあるが、コールナーは結構な潔癖症である。泥どころか身体の汚れすら、その異能を使って絶対拒否なので、突然間近で吐かれるとか、怒るのも無理はないけど。


(コールナー。グラミィが無礼をしてすまない。だけど、こらえてやってはくれまいか)

(…………)


 一角獣(ウニコルレノ)は不満げに鼻を鳴らした。だがあたしが迷い森を解除したおかげで、ようやく顕界できるようになった魔術で地面を掘って穴を作り、汚物を始末すると、黙って立ち位置をずらしただけですませてくれた。


 あたしはお骨だし、五感も魔力(マナ)知覚の応用による疑似的なものが基本だ。

 時々魔物や動物たちの感覚を共有させてもらうことはある。だがそれは、どうも彼らの意識に捕らわれてしまうせいか、微妙に人間の感覚とはずれてしまうようだ。

 馬たちに青草と干し草の食べ比べとか善意で感覚共有されても、ちょーっと困るんだけどね。むこうの世界の居酒屋で、まれまれ勃発する焼き鳥のタレ派塩派論争みたいなノリに巻き込まれて、どっち派?と問い詰められても。


 だけどそのおかげで、肉食系魔物である幻惑狐(アパトウルペース)たちに血腥い情景を見せられても、あまり嫌悪は強く感じなかったりする。

 それに、アルボー水没を防いだ時のように、広範囲の樹の魔物たちから無制限に情報を受け取ったり、混沌録へのサイコダイブをやらかした経験に比べたら、疑似五感のさらに種族特性疑似なぞははるかにマシだ。

 あれごちゃ混ぜになるからね、五感も憎悪も信念も執着も時間系列も。吐き気とか感じてる暇もないくらいですから。


 一方、グラミィは生身の人間だ。

 グラミィも感覚共有を幻惑狐たちにしてもらったりするが、あたしと違って直結じゃない。幻惑狐たちに化かしてもらう、という一手間をかけてもらってる。

 あたしとの心話だって最近は樹の魔物たちごし、それもこの戦闘が始まってからは、とりわけ情報の取捨選択がしやすいプルヌスたち経由だ。

 幻惑狐たちにスクランブルしてもらったり、プルヌスたちに調整かけてもらった情報を受け取るってのは、あたしもやってもらったからわかるが、どうしても皮一枚隔てた感があるのよね。


 で、だ。

 今までプルヌスに隠し森の外側の情報もグラミィへ送ってもらっちゃいたが、それは言ってみればディスプレイ越しに戦場を眺めていたものだろう。それをいきなり生身の感覚ダイレクトに切り替えられたようなもんと考えれば、そりゃ吐きもする。

 あたしが幻惑狐たちに伝えられてきているだけでも、泥と血の匂いが、内臓を割かれた悪臭が、人の焼けた匂いが広がっているのだから。

 ただ、それすら幻惑狐たちにとっては『ごはんのにおいー』でしかない。

 そしてそれを嫌悪感なく、そういうものだと受け入れてしまえているあたしの方が、人間としては異様なのだろう。


 その証拠に――というべきか。

 アロイスたち、隠れ森の外にいて、この状態を作り出した伏兵たちは、いつもどおりの表情だ。

 もう血臭にも鼻がイカれているというのもあるだろうけど。

 だけど気づけば、ずっと隠れ森の中に隔離されていた魔術師たちの中にも、この戦場の匂いに耐えきれず、口元を押さえたり、しゃがみ込んでたりするいる人がけっこういる。

 文字通り酸鼻な光景だもの。しかたのないことかもしれない。


〔どうして、そんなに冷静に見てられるんですかボニーさんは!こんなに、目の前で、人がたくさん死んでるんですよ!〕


 げっそりした様子でグラミィが話しかけてきた。

 口を自前の魔術で出した水ですすいだものの、鞍上のあたしを見上げるのはまだ涙目だ。


 ……正直、この戦闘を開始する前まで、あたしが一番警戒していたのは、自分が魔喰ライに堕ちることだった。

 戦場に骨身を置く以上は、瀕死者は身近にも出るだろう。そして魔術を使えば――比喩的な表現ではあるが――腹が減る。

 いくら昨晩の裡に、アビエス河の水から吸収して満タンにした魔力も、戦闘が終われば底を突いていて当然。そこでうっかりあたしが誰かを自身の手の骨に掛け、その魔力を啜ってしまえば、インスタントに魔喰ライ爆誕の危険ですよ。

 だからあたしはアロイスやスコルピウスたちが提案してくれた、引き撃ちの囮となった。迷い森の統御にあたしが魔力も意識も向けるかわりに、コールナーに守ってもらうというやり方を取った。

 あえて言おう。罠に同士討ち、自分の手を汚さずに勝ちを取りに行く卑怯なやり方と、他人に批難されようが、自身の罪悪感に苛まれようが、これは、あたしの意志(わがまま)で選んだ安全策なのだと。


〔安全策って……〕


 敵を殺すのを仕方のないことだとは言わない。言いたくはない。だけど多少言い訳めいたことを言わせてもらうならば、六千以上VS約一千の多勢に無勢ですよ。罠でも何でも使えるものを使わなければ、壊滅していたのはあたしたちだ。


 ま、まあ、だからって六千の軍勢をすべて迷い森の中で引き回して壊滅させたわけじゃない。

 東の街道近くを見てごらん。無傷に近い軍勢は、まだあたしたちより多く残っているんですよ。

 アロイスたちが隊列を整え、警戒を解かないのはそのせいだ。


〔え〕


 グラミィがはっと目を向けた先には、後衛だったらしき部隊がいた。

 霧はあらかた吹き払われ、迷い森も隠し森も解除していれば、スクトゥム軍からも、この状況はよく見えているだろう。

 ……小荷駄隊のやつだろうか、荷車で障壁を作られたら厄介かな。

 木製の荷車なんて、火矢か火球で燃やすのがセオリーだろうが、なにせこっちは魔術師たちもガス欠に近いし、矢もあらかた撃ち尽くしている。


〔なんのセオリーですか。まったく〕


 発火陣を仕込んだ石弾を投石帯(スリング)で飛ばせばいけるかもしれないが、そもそも投石は矢よりも射程距離が短い。延伸を仕込んでいない火球と同等ぐらいか。

 と、いうことは、そこまで誰かが近づかねばならないわけだが……。


 考え込むあたしの袖を、グラミィがひっぱった。


〔あの。ボニーさん。逃げてます。敵が〕


 は?


 慌てて敵の横手に回り込んだ幻惑狐たちの耳目を借りれば、なんか叫んでいる声が聞こえてきた。


「yabbe! makefaisedkakudaro kore」

「soutoufeizuni haurimaeni nigero!」

「deathpenakurattara oozonda!」


 ……人間の言葉、それも星屑(異世界人格者)たちの喋る日本語などわからない幻惑狐たちの耳越しでは、正直何を言っているのかよくわからないレベルだ。

 それでも慌てている気配はわかる。攻撃よりも退却を選びかけているということも。


 倒れ伏す死体は自軍がほとんど。

 おまけに前中衛にいた指揮官とおぼしき士官は、スコルピウスの狙撃であらかた斃れている。

 寡兵だと舐めていただろうあたしたちとの戦力差を見せつけられては、なるほど、防御を固めて徹底抗戦なんて気など失せてもおかしくない。

 が、やたらと動きが速いのはなぜだ。


 星屑たちは荷車を放り出してばらばらに逃げていく。それを阻止しようとする者がいないあたり、統率がとれているのかいないのか。

 中には逆に荷馬に山と荷物を背負わせて蹴られていたり、自分の背中どころか腹側にも抱えて、よてよてと移動していったりと欲どおしいやつもいるが……?


 多少人の数が減って、あたしは判断が速かった理由を悟った。荷車の数が多すぎるのだ。


 いや、スクトゥム軍が道中略奪などを許さなかったってのは知ってた。補給をまかなえていたのも、そのための小荷駄隊が多かったのも、知ってはいた。

 あたしだっていろいろ妨害を主要な街道にしかけていたんですよ。なのに通常よりも時間がかかる道中で、巨大な胃袋を持つ軍隊を、それも兵士たちだけでなく、馬たちも餓えさせないほどの補給を目的地まで完遂させたとか。あきらかに過多すぎんだろ。


 この世界の戦争のやり方は、物資の補給=現地調達、つまりは基本略奪になる。そこでは敵も味方も関係ない。かつてそこは大いにランシアインペトゥルスでも問題になったところだったりする。

 現状あたしたちの……というか、ランシアインペトゥルス国内の後方部隊の兵站がうまくいっているのは、ジュラニツハスタとの戦い後、略奪補給で生じた恨みつらみから、内乱が発生したという苦い経験がランシアインペトゥルス王国の上層部にあるからというのが大きい。

 広大なイークト大湿原を超えて大軍を送り込むことの危険性をあたしがクウィントゥス殿下に切々と説いたこともある……というのも、隠し味程度には効いているのかもしれないが。


 そんなあたしたちも人のことは言えない。食糧が現地調達に切り替わってから、けっこう日数が経っている。

 そこにあまり罪悪感を覚えてないのは、現地調達の手段をなるべく合法的なものにしてきたからだ。

 属州を通る間はなるべく食糧を売ってもらっていたし、スクトゥム本国でも略奪は……ほどほどどまりなはず。

 帝都レジナに物資を運び込もうとするのはインターセプトさせてもらったが、無人になった村を拠点にする時は、収穫までが異常に短期間な、例のバグったウィキア豆の残りを蒔いたりと自給自足も図っている。


 とはいえ、スクトゥムの人間には毒となる可能性の高いウィキア豆を、スクトゥムとの混血の可能性の高いグラディウスの船乗りさんたちに食べてもらうわけにはいかない。

 そこで今ではウィキア豆は中毒になる危険性の低いランシアインペトゥルスの人たちが主に食べ、グラディウスの人たちにはカリュプスの備蓄からわずかに残っていたトリクティムをかっぱらってきたものや、襲ってきた盗賊たちがためこんでいたおたからを使ってこれまで買い込んできたものを、食べつないでもらっていたりする。


 そんなこちらのつましい台所事情はともかく。

 明らかに、やたら補給部隊に偏った、このスクトゥム軍の編成はおかしいのだ。

 この世界の、この時代の軍事技術に適合していない。


 なにかけったいなことがあったらたいてい星屑たちのせい、というわけでもないが、彼らに現代戦術というやつで知識チートだいえーい、ってなことを考えてたのが一人でも混じっていたのなら、ロジスティクスについての理解が高くてもおかしくはない。

 そしてそういった知識を活かそうと考えたものがいたのなら、スクトゥム軍の現状も納得がいく。


 だけど、輜重隊が多いということは、それだけ行軍速度が遅くなるということなんですよ。

 武装の薄い、戦闘能力の低い輜重兵が多く、戦闘力の高い交戦部隊が少ないということにもなる。

 なぜなら武装ってね、重いんですよ。軽装であっても、行軍中ずっと臨戦態勢を取り続けられるわけなどない。

 ……それを考えると、道中散発的な襲撃をかけてやれば、いい嫌がらせになったかもしんない。それをするにはこちらの手数が少なすぎたわけだが。


〔嫌がらせはともかく。ってことは、むこうの前衛がほぼ壊滅したっぽい、この状態って〕


 彼らにすれば戦闘能力が皆無レベルにまで落ちた、ということなんですよ。無防備に戦場に残されたと思えば、逃げて当然かもね。


 ……あたしがこの戦闘の開始後、恐れていたのは、帝都レジナから出てきた槍騎兵たちだった。

 レジナ=補給基地から出てきたばっかりとか。どう考えても行軍してきた六千の軍勢よりはるかに生きがいい。戦力としての質はそれだけで違う。

 おまけにあの魔力吸収陣つきの槍を、全員が持って出てきたってのがね……。


〔だから、大軍と同士討ちをさせたわけですか〕


 槍を持ってたということだけが理由じゃないけどね。


〔え〕


 確かに魔力吸収陣付きの槍という兵器を一度見た以上、向こうが使用してきても、想定外とはいえない。それにアエギスはいくら本国と属州との境近くとはいえ、スクトゥム本国内部にある。なら本国の中心である帝都を守る武装として、攻撃力だけはバカ高いあの槍が虎の子扱いされていてもおかしくはない、とは思ってた。

 レジナに奇襲っぽくちょっかいをかけた時、バリスタや投石機といった遠距離手段に応用実装してなかった、ってのは幻惑狐たちに確認してもらってたから、実戦試験はともかく、実用投入の可能性は比較的薄いとは思ってたけど。


 だけどあたしが迷い森に突っ込んできた星屑たちを槍騎兵にぶつかりあわせたのは、もっと怖い理由があったからだ。


〔怖い、理由ですか?〕


 証拠を見せようか。


 あたしはアロイスに頼んで、槍騎兵の兜を一つ持ってきてもらった。扱いには十分注意してもらいつつ。


「師のお求めにより持って参りましたが……」


 不審げなアロイスの前で、兜の中をごそごそすれば……あった。


「シル。それはなんだ?」

「『スクトゥムが各国から掠った者、領内で捕らえた他国人に用いておりました喪心陣と同じもののようにございます』」


 寄ってきたアーノセノウスさんたち魔術師部隊にもぴらりと見せれば、全員そろって恐怖とも嫌悪ともつかない、なんとも言えない表情になった。


 ゾンビ化陣の存在に気づいたのは、五感を共有させてもらってた幻惑狐たちの鼻のおかげだ。

 戦闘などという極度の緊張状態に置かれた人間の汗は、彼らの鼻を通すと独特のツンとした臭いに感じられる。

 星屑たちだけでなく、アロイスたち歴戦の兵たちですら、その臭いはごまかせない。

 だけど、槍騎兵たちからは、馬たちの臭いはあっても、彼ら自身の感情を示す臭いがなかったのだ。


 手綱を操る様子が見えなかったのは、両手で槍を振り回す都合があるからかとも思った。

 だが違和感は一つ覚えれば、次々と連れ立って膨らんでいく。

 襲いかかってきた星屑を殲滅する勢いで迎撃していたこと。逆に言えば、攻撃されなければ、ただ馬の足任せとばかり前進を続けていたこと。

 そして泥ダルマの上に乗っていた幻惑狐が近々と視認したのは、明らかに、自発的思考能力の死んでる顔だったのだ。

 表情のない目。しまりのない口元。それらはカリュプスでもとっくりと観察した、ゾンビさんたちと同じように見えた。

 そして確信に近くなっていた推測が、今、物的証拠できっちり裏打ちされてしまったというわけだ。


 ……ゾンビ化された槍騎兵たちは、おそらく彼らが死ぬまで戦闘を全力で行っただろう。

 彼らはダメージ次第で動きが鈍ったり動けなくなったりするが、痛みや恐怖で怯むことはない。死兵なんてもんじゃない恐ろしさだ。

 それに魔力吸収陣付きの槍の威力が乗るとか。

 まともにぶつかりあっていたら、六千の軍勢などいらないレベルであたしたちが壊滅状態に追い込まれていただろう。


「ですがシルウェステル師。どうやって、このような状態の者たちを騎乗させえたのでしょう」


 カリュプスのゾンビさんたちの様子を知っているアロイスが訊いてきた。


 たしかにゾンビさんたちは単純化された信号、あるいは命令に従う。ただしそれは従わせる内容も単純なものだった。

 千人近い人数を完全武装させ、同じく鎧を着せた馬に騎乗させる。ゾンビさんへの命令レベルで達成するのはかなり難しいだろう。

 だけど、あたしにはなんとなく推測がついた。


(おそらくだが、通常の出陣準備をさせたところへ、この魔術陣を仕込んだ兜をかぶらせたのだろうよ)


 ゾンビさんにできない動作は、ゾンビ化される前にさせておけばいい。

 それに歩兵の量産品な兜と違い、槍騎兵、つまり相当お金かかっている部隊のそれは、急所を守るため、個々人の頭部に合わせて作られ、きっちりと装着される。

 つまり、その中にゾンビ化陣を仕込めば効果は十全に発揮される。


〔ってことは……〕

「よもや、と申し上げたいところですが……」

「レジナには、味方すら捨て駒にするにも躊躇しない者が巣くっている、ということか」


 それも、貴重な戦力であるはずの、それこそ虎の子扱いしていたはずの精兵たちですら。


 ぞっとしたのだろう、一斉にレジナを見やった魔術師さんたちが……仲良く顎を落っことした。

 なんぞ?


〔ボニーさん、あれ!見てください!〕


 見やれば槍騎兵たちを出した後、開いていた門は閉ざし……閉ざ……


〔元小荷駄隊が、思い切りぶち壊して中に入ってますね……。がらがら牽いてった荷車を破城槌代わりって……〕


 しかも周囲に散らばる残骸からして、壊れるまで何台もおかわりを叩きつけてたっぽいな。うん。

 お互い一応仲間だろうに、容赦ないなー……。


〔仲間だなんて思ってないのかもしれませんねー……〕


 デスヨネー。星屑だもんねー…………。


 ……あー、うん。でも納得はした。

 負けイベントからのタワーディフェンスミニゲーム。

 そんなふうにでも星屑たちが解釈したのなら、最寄りの城砦都市は格好の防御拠点ってことになるだろうってことも。

 どけどけNPCとばかりに、自分たちの都合しか考えない星屑たちは自国の帝都であろうがずかずか入り込み、勇者的略奪行為に走ることだってあるだろうってことも。


〔勇者が略奪って。古いゲームじゃないでしょうに〕


 クラーワの湿原沿岸部の星屑被害を思えば、納得するしかないか。

 この世界をゲームと錯覚している星屑たちなら、やけくそ半分、人数差頼みでこっちに攻めてくるという可能性も捨てきれなかったんだが……。


「レジナより新たな敵軍が出てくるやもと考えておりましたが、どうやらこれ以上向こうも野戦を行う気はございませんようですな」


 大小ざまざまないくさを経験しているというアロイスの言葉に、ようやくわずかに空気が緩んだ。

 実際、魔力感知で敵軍の攻めや引きの気配を見て取れる魔術師たちの警戒にもひっかかりはしていないようだし。一息つけるのはありがたい。


〔大丈夫とはいえなくても小丈夫ってとこですか?〕


 かもね。

 ならばこちらの損耗確認(ダメージリポート)といくか。

 グラミィ、通訳よろしく。心話の通じるアロイスやコッシニアさんにはともかく、ここからはちゃんと他の人にも会話を訊かせる必要がある。


〔了解ですー〕


 案じてくださいましてありがとうございます、というアロイスの言葉で始まった報告は、ありがたいことにこちら側の被害が極めて軽微なものだった。

対して星屑の歩兵たち、ゾンビ化槍騎兵はほぼ壊滅。泥ダルマエリアでは騎兵の強みも活かしきれず、星屑たちとの同士討ちが繰り広げられた。ようだ。

 しっかし……その死体を残ってた泥ダルマに寄りかからせてたのは誰だよ。

 おかげで見せしめっぽいんだけど。すごく。


 それはまだいいのだが、いくら被害軽微とはいえ、こちらもかなり消耗している。

 直接交戦し続けてくれた暗部のみなさんは、大きな怪我こそほとんどないが、疲労は大きい。

 矢弾はほぼ撃ち尽くしている。

 魔術師たちも、顕界したのは火球という比較的魔力消費量の少ない魔術のみと指定したにもかかわらず、斉射と妨害を繰り返したせいで、相当魔力を使っている。

 これ以上戦闘を続けるのは無理だろう。


 ならば全員一度船に引き揚げてこの場所を動くか、その前に星屑たちが放り出してった物資をありがたく頂戴しておくか……。

 などと、あたしが虫のいい算段を考えていた時だった。


(ほーねー)


 レジナの北側から、樹の魔物たちの葉を震わせ、幻惑狐が鳴いた。

 

(にげたのいるー)


 心話とともに伝えてくれた視覚情報に、あたしは硬直した。

なお昨晩のアビエス河。

骨っ子が河の水から魔力を吸収する

河の水が凍る

どんどん下流へ流氷が流れる

溶けきれなかった流氷の群れに、レジナ奇襲時の氷山から逃げられた船も巻き込む大惨事

街道進軍組を囮に、こっそり河を遡っていたスクトゥム船団、氷にどつかれて大破壊滅


アルベルトゥスくんの結晶による魔力吸収、及び以前のレジナ襲撃時にやらかした氷攻めに続く、さらなるインフラ破壊で、しれっと奇襲される危険を潰してました骨っ子。

そしてウンボー半島の南側は被害甚大。属州はまだしもスクトゥム本国の戦力はがくっと低下しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ