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EX.五里霧中の奮戦

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

「なんてひどい罠エリアだよ……」


 星屑(異世界人格者)の一人が、思わずというようにごちた。

 彼らはエリア突入直後に、伏兵と泥ダルマの危険を理解した。せざるをえなかった。

 そして当然のことながら、できるだけ泥ダルマを回避しようとしたのだ。

 それこそが罠の狙いとも知らずに。


 もともと泥ダルマは、骸の魔術師が寡兵の見せかけを微量なりとも嵩増しするという目的で設置したものだった。だがそれはスコルピウスたち罠兵の願いと手管により、単なるブービートラップどころか、もはや地形罠の一部となっていたのだった。


 確かに、星屑たちにもわかりやすく、泥ダルマが少ない地帯はあった。だがそのような場所を選ぶと、しぜん西へと向かう狭いルートを通らねばならない。

 細い列は寸断されやすく、霧の外を狙撃する弩の手練れぶりを見る機会のなかった星屑たちといえど、延びきった列を横あいから襲撃される危険性すら想像できないわけではない。


 ただでさえ身を守るのも困難な上、足元はぬかるみ、不意に足首どころか膝下まではまり込むような深みさえあると知れば、恐る恐るの一歩はそれだけ遅くなる。

 唯一星屑たちが安堵したのは、槍騎兵たちの蹄音もぐっと遅く遠くなったことだった。

 どうやらこの足場の悪さだけは同等に作用したらしい。

 とはいえ。


「へぶぇぅん?!」


 できる限り足を忍ばせ、互いの声すら潜ませていても、盛大に転んでは台無しである。


「ちょ、馬鹿なにやってんだよ!」

「てか音立てんな!」

「いやごめんて。……おっかしーなー」


 足を引っかけるようなものなどなかったはずなのに。縄のようなものに躓いた気がすると首をかしげたのは、幻惑狐(アパトウルペース)たちのしわざである。


 もともと集団で狩りをする習性のある幻惑狐たちは、この戦を魔力(マナ)と快適さを提供してくれる大事な仲間、骸の魔術師(ほね)の頼みを受けた、大規模な狩りとして認識していた。

 同行している人間たちに彼らの狩りのしかたを教え込み、その分け前も獲らねばならぬ。当然手加減などするわけもない。


 だが、彼らは自分たち一体一体が極めて弱いことを知っている。

 だから無理などしない。

 その一方で。


「お、かわいいのいた」

「は?何寝とぼけたことを……って……」

「うわ。マジ戦場の癒し」

「こっちこないかなぁ」


 ちーちちちと呼ばれ、きゅうと小首を傾げた幻惑狐の様子に、それまできりきりと張り詰めていた星屑たちが、一斉にぽわんとした顔になった。


 幻惑狐たちは、骸の魔術師と同行していた間、自分たちの外見が人間、それも星屑たちに好まれやすいものであることを学習している。

 それはつまり、害意を持たれにくいがゆえに、狩りを成功させやすいということでもある。

 

 無害な小動物を装う囮の幻惑狐にのこのこ近づいた星屑たちは、軒並み魔物たちの操る泥縄に転倒させられ、土刃で首を裂かれ、あるいは潜んでいた伏兵に仕留められた。

 自慢げに太い尾をゆらゆら振ってみせる幻惑狐たちに、泥ダルマたちを隠れ蓑にしていた者らは警戒しつつも目元を緩ませた。

 伏兵たちは敵に情けなどかけるつもりはない。手心や容赦というものがないのは幻惑狐以上だろう。

 星屑たちにとっては踏んだり蹴ったりもいいところだろう。

 だが戦場で気を緩める方が愚かなのだ。


  個人プレイに慣れているのは星屑も同じだが、国は違えど暗部の人間が多い伏兵たちの方が、当然のことながら戦闘技術ははるかに上。

 おまけに骸の魔術師に渡された、森精の森の一部だとかいう枝葉の御利益のせいだろうか。魔力の影響があるという霧の中にあっても、視界が限られわずかに身体が重く感じられる程度で、スクトゥムの兵たちのように錯乱一歩手前のような行動に出る者はいなかった。


 伏兵たちは奮い立った。泥塊ばかりの南側は泥濘も多く、土を操る幻惑狐たちの加勢も相当な威力がある。これで下手な負けようなどできるわけもない。

 しかも殿(しんがり)をあの骸の魔術師と部隊長であるアロイスがつとめているのだ。無様は見せられぬ。


「……」


 遠くから聞こえた蹄の音にぴくりと反応した者が、得物同士を数度打ち合わせた。後退の合図だ。

 蹄の音が、骸の魔術師を乗せた一角獣(ウニコルレノ)と、槍騎兵を乗せ、馬蹄をつけた馬では違う。

 あれは、敵だ。

 しかも槍騎兵は、味方であるはずの歩兵にすら容赦のない攻撃をする。こちらも歩兵ばかりである以上、まともに戦えば苦戦する相手であることに間違いはない。


 すみやかに伏兵たちは幻惑狐たちの尻尾を追った。魔物たちについていけば、このまま西側へと撤退できるはずだ。

 アエギスの戦いでは、慣れぬ船を足場の戦いのさなか、われから戦場の奥まで飛んで行ったとはいえ、骸の魔術師を巨大な危険にさらしてしまった。

 思わぬ隠し球のおかげで危機を脱したとはいえ、なにもなしえなかったではすまされない。

 ならば、アエギスの仇はここレジナで討つ。スクトゥムの兵たちを手ひどく叩くべきである。

 ただし殲滅に捕らわれてはならない。こちらの手傷が増えるということは、寡兵の自軍が存続の危機にすらさらされるということでもあるのだから。

 ここは敵同士噛み合わせておくべきなのだ。




 ***




「霧が……晴れた?」


 テストゥド平原を底に沈めた膨大な霧は、一角獣の異能のみで成り立つものではない。

 その大元は自然現象だ。


 そも、霧は水よりも冷えた風によって作られる。

 すでに秋も深まり、夜の冷えは川より平原の方がきつい。アビエスの流れからテストゥド平原へと水を多量に流し上げたのは、樹の魔物たちに求められて骸の魔術師がしでかしたことだ。

 が、霧を生んだのはその小細工ばかりでもない。

 川面もまた冷たい夜風に霧を生み、霧は風に運ばれ周囲の野へと広がる。

 いずれも日が昇り大地にぬくみが籠もれば、晴れていく程度のものだ。


「川だ!川が見えるぞ!」


 理屈はともかく。

 伏兵たちからも逃れた少数の星屑たちは、霧からよろめき出ていた。泥濘に転びさんざん脅かされたことで、始めはおっかなびっくりといった様子だったものの、水面の輝きに力を得たように川へと走りよる。


「走り回っているうちに平原の東から西へ移動してきたってことか」

「ずいぶんと移動しちまったもんだな。本隊どこだよ」


 彼らは視界が開けたことに安堵の息を満腔一杯に吐いた。

 が、視界が開けたということは、そのぶん狙われやすくなるということでもある。

 そもそも霧が失せたことも、迷い森を抜けたということを意味するものではない。


 気の抜けた様子で言い合っていた一団が、背後からの蹄音にはっと身構えた。

 霧よりゆらりと現れた騎兵は――黒柄の槍。


「ペイルライダー……じゃない?」

「じゃあ、やつはどこだ?」


 身を寄せ合い、星屑たちは慌ただしく周囲に頭を巡らした。


「おい」


 北のレジナ側を見ていた一人が鋭く声を上げた。


「いたぞ!ペイルライダーだ!」


 それまで気づけなかったのが不思議なほど、一角獣にまたがった黒ローブの肩に光る鎌刃は紛れようもなかった。

 だがその姿のある川べりは足場も悪いはず。なのになぜそのような場所にとどまっているのか。


 不審に思うこともなく、死の化身の周囲に集まり、隊列を整え明らかに待ち構えている様子の兵士たちすら気にもとめず。星屑たちは突撃を始めた。

 ボスキャラ(骸の魔術師)を斃しさえすれば、接敵さえすれば戦闘は勝利で終わると思っているかのように。

 そのさまは、ある意味黒柄の槍騎兵から逃げるようにも見えた。

 

 だが、川縁近い泥濘に踏み込んだところで。

 

「ぐがっ?!」


 その先頭にいた者が短い苦鳴を上げて倒れた。


「なんだ?!」

「石だ!」

「ただの石じゃねえよ」


 右往左往するスクトゥム軍につめたく言葉を吐き捨てたのは、岸辺に留められた船の上からだった。


 これまでも敵の帝都近くに碇泊していても見とがめられることすらなかったのは、骸の魔術師が枝を挿し、迷い森の認識阻害能力を発揮するよう樹の魔物たちに願ったためだ。

 アビエス河を下ってきた船団に、今なお傷はあれども欠けはないのはそのためだ。


 その一番岸側よりの船に、骸の魔術師たちは投石隊を伏せておいたのだった。

 貴重な近接戦闘能力持ちの伏兵に深追いを固く禁じたのも、二の策、三の策とたたみかけるだけの手立てがあってのこと。


 横からの投石に射竦められ、突進の止まった星屑たちめがけ、いい的ござんなれとばかりに骸の魔術師に合流した弓兵が残り少ない矢をつがえる。

 それを見てようやく星屑たちは散開した。

 さらに骸の魔術師たちに走って接近する者たちがいる。

 それらを囮に、船へと向かう一団がある。

 弓兵は少人数だが当たれば致命傷。だが当たらなければどうということはないということなのか、それとも止まっていれば自滅するというやけくそなのか。


「弾幕ってのはよ!密度がなけりゃ意味がねーんだよ!」


 それは盲めっぽう打ち込んでいればの話だ。


 投石も矢も、遠距離攻撃は接近してその利点を殺し、黙らせなければ被害が拡大するばかり。

 その星屑たちの判断は、間違ってはいない。

 しかし、精度が違う。戦意が違う。

 視界を遮る霧の中、不可視に近い伏兵と罠に襲われ、背後からは槍騎兵が追ってくる。さんざん神経のすり減るような持久戦で走り回らされた星屑たち。

 それに対し、弓兵が放つは、外れ矢一つも出ぬ無駄のなさ。ここで骸の魔術師たちに敵を近づけてはならぬと理解しているからこその必死。

 そして船の投石兵たちは待ちくたびれるほどに待機していたのだ。


「なんでこんなに狙撃精度が高いんだ?!」

「攻撃ロジック強すぎだろ!」


 船に留め置かれた彼らは、そのほとんどがこれまでの戦いで傷を負った者たちだ。中でも重傷のものばかりである。

 迷い森に踏み込ませ、引きずり回すという消耗戦を大軍相手に挑む以上、長時間戦闘を続けられるだけの体力と集中力、そしてなにより機動力がどうしても必要となる。

 ならば、足手まといとなる重傷者は布陣に加えることなどできぬ。

 その一方、留め置くことで少しでも傷の養生をさせておこうという判断もあった。


 だが絶対安静と言われている彼らの中にも、手厚い手当のおかげで容態が安定し、意識のはっきりしている者は多い。

 片腕は使えなくても足は、足が動かなくても手は自由に使えるという者も、また。

 なのに、あの彩火伯が、骸の魔術師が囮とならねばならぬような、全軍の壊滅か、それとも生還かを賭けるような総力戦のさなか、手当てをしてじっと寝ていろというのはさすがにうなずけない。

 せめて、何か役立たせてくれと願った彼らに、ならばと提案されたのが、投石帯(スリング)での遠距離攻撃だったのだ。


「次の弾くれ」

「あいよ。ほれ」


 動揺した星屑の一団に、さらに横からの投石が降り注いだ。


 幸いと言うべきか、あの骸の魔術師たちが不審な施設から持ち帰ったもの――消耗品の中には、矢弾以外にも多少の革や布があったのだ。

 服や革鎧の修復用のつもりだったらしいが、それらが真っ先に投石帯の材料となったのはいうまでもない。


 ありあわせの投石帯は、帯状に細く切った片側に、指が一本通る程度の穴を開けただけの簡素なものだ。

 さすがに本職のアロイスらランシアインペトゥルスの騎士たちが持っているものとはつくりも、そして射撃の精度もおそらくは比べものにはならない。

 それでも数が揃えば、一つの戦闘中ならば実用に耐えうるのだ。

 事前準備さえしておけば。


 目の辺りに包帯を巻いたままの者が手探りで投石帯の上に矢弾を置き、半分に畳む。

 取りやすいように揃えたものを布の上にまとめたものを、片腕を吊ったままの者が無事な手を使って引き寄せ、一つを握り振り回し石弾を放つ。

 放った側から口を使って外した投石帯を、添え木の足を畳んだ者が回収し、揃えて矢弾の準備に間に合わせる。


 同じ遠距離武器でも両手が必要な弓や、全身を使わねば弦も張れぬ弩と違い、投石帯なら片腕が使えなくても、一人でも射撃ができる。

 しかし、それを分業制にすることで、こうも効率よく投石の雨を作るとは。


 確かに、弾幕というのは密度が高ければ高いほど効果がある。

 なにもできないでじりじりしていた恨みつらみを今ここで晴らそうというのか、すさまじい勢いで弾の雨は星屑たちに降り注いだ。

 しかも、ただの石弾ではない。


 魔術陣を刻んであるという骸の魔術師が作り出した弾は、だすだすだすと盛大に飛んで行く。

 射出速度が跳ね上がるだけのものなど、児戯にも等しい。

 着弾とともにカスタネーア()の実殻のように、鋭い棘を生やすもの。

 火球に化けたり巨大な音と光を発生するものなどは、無機質に追ってきた槍騎兵の馬をさらに狂乱させた。

 その蹄にかかるもの、倒れた馬体の下敷きになるもの。広がる被害の中には、当の槍騎兵たちの姿もあった。

 が、それも長くは続かず。


「投げ尽くしたみてえだなあ!チャンスだ」


 石弾の雨が小止みになったと見て、船団へと星屑たちが走り――盛大につっこんだ。

 泥の中から跳ね上がった網へと。


「よっしゃ、かかったぞ」

マリアナのお恵み(大漁)ってほどでもねえけどな!」

「大物一匹でよしとしようじゃねえか!」


 船に留め置かれたのは重傷者ばかりではない。

 重傷者を守るため、またいざという時船を守り避難させることもできるように、最少限の船乗りたちもまた船団には残されていたのだ。

 怪我は軽く、五体満足であるのに貧乏くじを引かされたという、彼らの憤懣は盛大にため込まれていた。

 そのぶつけどころが向こうからやってきたのだ。遠慮などするわけもない。


 シーディスパタの船乗りが発動させたのは、折られたマストを再利用した跳ね上げ罠である。網猟の道具を魔改造したものだ。

 すばやく船から飛び降りた船乗りたちは、身動きできずにもがいている者らに、不織布を何枚か重ねて縫い合わせた袋を振り下ろした。

 中にみっしりと詰まった砂は、星屑どころか重装備の槍騎兵すらのけぞらせた。


「また伏兵かよ。卑怯者!」

「あ?」


 船乗りたちは鼻で笑った。


「てめえらが言うのか、それを」

「でえいちおれたちの船を俺たちが守らねえでどうする」

「ただでさえ、おんぶに抱っこじゃなあ。これ以上格好が付かねえだろうが」


 そうそうとうなずき合う彼らは一様に、不審な施設からあの骸の魔術師たちが戻ってきたときの姿を思い出していた。

 なんと魔術師たちは伝令に走らせた男を背に乗せ、さらにその背に荷を重ねたランシアインペトゥルスの騎士だけでなく、一角獣にまで荷物を山と載せてきたのだ。

 開いた口が塞がらないとはこのことである。


 あの魔物がよくもまあ、荷馬のような真似を許したと思ったが、骸の魔術師の背中にもいろいろくくりつけてあったのを考えると、懐く相手が同行者同様、物資を山と背負って帰ってこようとしたのを、一角獣も見るに見かねたんだろう。というのが、なんとなくの共通理解になっている。


「やべえ、逃げろ!」


 北は大鎌と矢、南は黒柄槍、西は投石とみるみる数を減らした星屑たちは、霧に閉ざされたままの東へ逃げ込もうとした。

 しかし、その目の前で霧が大きく吹き散らされた。


「貴様らに帰る場所などあろうと思うてか?」


 その前に立ち塞がったのは、魔術師たちであった。

 すでにその杖先には火球が顕界されている。


「え、ちょ、うわああ!」


 隠し森を維持していた舌人の老婆は、プルヌス越しに情報を送りあっていた骸の魔術師の合図を待っていた。

 骸の魔術師たちどころか船団にすら、角度と距離があっては誤射のしようもないという地点に敵がさしかかるタイミングでの、隠し森の解除。

 その中で魔力の回復に努めていた魔術師たちは、三段撃ちよろしく交互に入れ替わっては連続で火球を打ち続けた。

 

 彼らが斉射をやめ、北の一団へと合流した時には、もはや、立っている星屑たちの姿はなかった。

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