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閑話 冥府に追われて

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

 戦闘において全滅とは、三割が戦闘不能状態に陥った状態をいう。らしい。どこで仕入れた知識だったかは忘れた。

 だけど、だったら周囲一帯が死体で埋め尽くされているこの状況は、いったいなんと言えばいいのだろう?


「お、おい、あの鎌のやつ」

「ガチ骨だ!」

「死神コスなんかじゃねえ!美少女NPCじゃねえのか!だまされた!」


 大鎌を持った黒ローブといういかにもなテンプレ死神が、輝く枝角というテンプレではない巨大な一角獣に乗って現れたときには驚いた。

 処女厨(ユニコーン)が触れることを許す相手なんて決まってる、だったらフードの中身は死神少女ってやつだと俺も思っていた。

 だけどそこで、あえてのテンプレ死神かよと。

 がっかりできるだけ、余裕があったともいえる。


「いや、あの馬、てか一角獣。青白っぽくね?」


 青白い馬に乗った骸骨。どこかの掲示板で読んだペイルライダーまんまじゃねえか。

 

「じゃ、じゃあまさか、あれは……」

「ペイルライダー!」


 やべえと感じたその時、そいつがこちらを睥睨し――嗤笑した。

 

 怖じ気づいたと悟られたか。それとも俺たちの居竦んだ醜態が、そこまでおもしろかったか。

 腹を立てる間もなく、やたらリズミカルな、カスタネットみたいな音がいくつも辺りに響いていた。

 強ばった指で剣の柄を握りしめてわかった。

 鳴っているのは、俺たちの歯だ。


「なんでこんな始まりの地みたいなところに、ワールドヒストリークエストのラスボス級がいるんだよォ?」

「いくらレイドイベだって、こんな小規模なウォークエ始まりとか。マジかよ……」

「なんとかなるのか?」

「いや詰んでるだろ。完全負けイベントじゃねーかこれ……」


 だけど反発なんて感じなかった。そんな物を感じている暇はなかった。


「だはははは!」

「何笑ってんだよ?!」

「ぶはは!いやもうだって笑うしかないだろ?これ絶対超広範囲攻撃がくるやつじゃねーか」

「そんで吹っ飛ばされる俺らな」

「「「見てみろ、俺らがゴミのようだ」」」


 戦闘に入れるモンスターならば、必ず斃せる。

 妥当なレベルに上げてから、相性のいい装備をしてから。一パーティでダメならレイドやレギオンで。

 条件づき無敵状態という厄介な相手だって、ギミックを探して無敵状態を解除してからなら、絶対に。

 攻略法を探し、手順を踏む必要はあるが、何度死に戻りをしてもいつかは必ず到達できる高み。

 ゲームならば当然だ。

 だけどあの骸骨から、一角獣から、周囲から漂ってくる威圧感は、そんな脳天気な楽観を根こそぎ吹き飛ばしていた。


「レギオン規模でないと無理じゃね?」

「いやでもこれだけの人数がいるなら、なんとかなるんじゃ?」

「指揮官誰にすんべ」

「通しだろ。へたに変えても混乱するだけだ」


 それでも、真剣に勝ち筋を検討するパーティがあった。


「ええい、もう、なにがなんだかわかんねえけど、やるこた変わんねえだろ!」

「とりあえずやれるだけやってやらあ!」


 やけくそ半分、突貫を始めた連中も多い。

 俺たちを含め。


 ……ひょっとしたら、そのままリザインだとかいうコマンドを使えばよかったのかもしれない。

 周囲に味方がいない状況か、すべての味方がリザインに同意しないと成功率が低いとかなんとかいうが、試すだけ試しておけばよかった。

 そうと気がついたのは、てんでんばらばらに霧の中につっこみ,騎兵の一隊とぶつかった時だったが。


「んな?」

「どっから出てきやがった、この軍隊?」

「どうでもいい、やっちまえ!


 いやまて。

 騎手は骸骨だけじゃなかったのか?


 恐ろしく敵兵は静かだった。

 軍馬は戦意にはやっているのか、いなないたり蹄を鳴らしたりしていた。だが風変わりなスケイルメイルの騎兵たちといったら、異様なほど声を上げなかったのだ。

 戦闘SEでよくありがちな鬨の声、悪態、伝令の声。そんなもんはいっさいない。

黒く不吉な感じのする紋様の槍を淡々と振り回すところは、いっそ機械仕掛けめいていて。

 これまで戦ったことのある人型エネミーどもより、AIの性能が悪いのかと思ったが。


「ちきしょう、こいつら、けっこう手強いぞ!」

「どこにこんな人数を隠してやがった!」


 蹄を盾でなんとか防いだものの、持っていかれそうになった腕はそれきり痺れたままだ。

 叫び交わす声は悲鳴のようと我ながら思った。けれど上ずるのを止めることはできなかった。

 息がうまく吸えない。戦場の雰囲気に呑まれているだけにしてもおかしい。

 首根っこを押さえつけられているような、この状況は。まさか、こいつら。


「これが、冥府かよ!」

「ペイルライダーの取り巻きか!」


 誰かの叫びで納得がいった。

 状態異常付与能力持ち。他のゲームでもアンデッド系とか毒蛇系のモンスターによくあるやつだ。黄泉から出てきた亡霊の取り巻きとかいう設定なら、持っていてもおかしくはない。

 ならば、対策も同じはず。


 親玉の威圧感からして取り巻きですら楽に勝てる相手とは思えない。

 耐性付与の装身具を手に入れていないのもまずいが、だが準備不足だけで詰むわけがない。何かお助けギミック、能力封じとか耐性付与のがあるはずだ。

 けれど、どこに?


「ペイルライダーはどこだ?!ボスを斃せば取り巻きは弱体化するやつじゃねえのか?」


 仲間の声に見回しても、ぞわりと渦巻く霧の彼方にすら、あの死神な姿は見えない。どんどん騎兵は増えてくる。


「とにかく、こいつらをなんとかしねえと!」


 俺たちは必死に戦った。だけど騎兵というのがこれほど戦闘能力の高いユニットだとは考えもしなかった。

 特にやばいのは馬だった。馬はただ移動力を上げるものじゃない。ハミを噛んだ口元から泡を滴らせつつ、血走った目で睨まれ、それ自体が超強力な戦闘ユニットなんだといやでも理解させられた。


 脇へ回ったやつの剣は、馬上に届かずその前に槍で巻き上げられた。その反対では器用に角度を変えた馬の後ろ脚に胸を蹴飛ばされ、宙を舞ったやつが血反吐を吐いた。

 その時には、必死に後退しようとしたやつが騎手に刺され……ミイラ化した挙げ句ポリゴン(灰塵)になっていた。


「よくもやりやがったな!」


 数少ない槍使いが逆しまに突き上げた槍に刺されて痙攣しても、痛みも恐怖も感じていないかのようにどろりとした目の色は変わらず、苦鳴は聞こえない。それがいっそう死霊じみていた。


「離れろ、距離を取るんだ!」


 誰の声かはわからない。だけどもたらされた指示に、蛍光灯に突撃する夏の虫のように俺たちは飛びついた。

 だが槍騎兵たちだって見逃すわけもない。追ってくるのが蹄の音でわかった。


 一度敵対したら殺すか殺されるか、決着がつくまで追いすがってくるという行動ルーチンが組まれているとしたら厄介だ。

 馬の足相手に走り比べをしたところで、今の俺たちが敵うわけもない。武装しているというのはそれだけで、安定の悪い錘をつけているようなものだ。

 だけど、俺たちが騎兵と比べて有利なことが一つだけあった。人数だ。


 ばらばらに散開――いや、ほとんど敗走に近い――時に味方を盾にし、転倒した仲間を後に、俺たちはいつの間にか結構な距離を移動していたらしい。

 そこはさらなる魔境だった。


「うびゃぉぇぁ?」


 音もなく現れた人影に仲間が珍妙な悲鳴を上げた。

 が、むこうは身じろぎひとつしない。

 足音を忍ばせ、おそるおそる近づけば。


「な、なんだこれ」

「泥ダルマか……?」


 泥人形というほどリアルじゃない。

 霧のあちこちに点在していたのは。おおまかに人の形をしているだけの泥の塊だった。

 だが、妙にファイティングポーズというか、いかにも動き出しそうな形に生々しさがある。


「何のために作ったんだか」

「案山子代わりかもな」


 びびったのをごまかすように蹴った泥人形が、ぐらんと崩れ――頭が落ちた。

 そいつの足の上に。


 骨の砕けた音は、悲鳴にかき消された。


「頭は石か!」


 うっかり触れば頭に据えた石が落ちるしかけ。単純だが、この状態で移動の足を物理で潰されるというのは致命的だ。


「ばっかでー、ブービートラップにひっかかってやんの」

「下手に触らなきゃいいだけじゃねーの」


 鼻で笑って俺たちを追い越していったパーティの一人が、ぐらりとよろめき――崩れ落ちた。

 脇腹から刃を生やして。


「……は?」


 半笑いで振り返ったやつが、喉を割かれてのけぞった。

 霧の中、噴き上がる血しぶきだけが、異様なほど鮮やかだった。


「やべえ、気をつけろ!」


 とっさにパーティ残りの三人で背中合わせになった。


「あの泥ダルマ、動くのか……?」

「いや、伏兵がいたんじゃね?」


 どっちにしても凶悪すぎる。


 周囲は霧で相変わらず見通しが利かない。

 うっすらと見える影はただの泥ダルマか、デストラップか。それとも伏兵か。

 フルマラソンを全力疾走したように、はくはくと胸郭内で暴れ回る心臓をなだめながら、周囲を伺っていた時だ。

 蹄の音が近づいてきた。


「まじぃな、槍騎兵が来んぞ!」


 迎撃するには、この死角を潰すフォーメーションを解かなければならない。

 しかし、死角を作ればどこから刃が飛んでくるかわからない。


『こんなところにいられるか!帰らせてもらう!』

「……いやそれ死にフラグなやつだろ」

「てか帰れるもんならとっくに帰ってるわ」


 遠くから聞こえてきた声に、仲間の二人は条件反射のようにつっこんだ。

 余裕あるんじゃねーかと思ったが、横目で見れば二人とも額に冷や汗がびっしり浮いている。それはたぶん俺も同じなんだろう。


「お前もなんかつっこめよ」

「……どこへ行こうというのかね?」

「「それ敵サイドの台詞な」」

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