火蓋を切って落とすまで
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
スクトゥムの帝都レジナからは、東西南北に四本の街道が延びている。
東はロリカ内海に向けて伸びる、トラスアビエス街道。
西は山脈を越えるカプルサフニクス街道。
南に延びるはコリージャペッリス街道。東がロリカ内海への勝手口なら、こちらこそが表玄関といえよう。
そして北はウンボー半島から陸地へ、他の属州をも貫くペンデラコリウム街道だ。
トラスアビエス街道はアビエスの流れに遮られ、実質的な始まりはといえば、レジナの港湾地区から船が着くらしい端渡からになる。
ペンデラコリウム街道はというと、レジナの北東にあるプロテージット門へと直通し、西のカプルサフニクス街道は南のコリージャペッリス街道と、テストゥド平原で近づき、並ぶようにして帝都レジナへと近づく。
それぞれレジナの違う門につながっていることもあり、この二街道は完全に一つにはなっていない。
が、逆を言うなら、場所を選べばそこそこの人数が固まって街道を移ることも、あるいは街道を無視して移動することも可能だということになる。
カッシウスに赴く前、攪乱行動と称し、アロイスたちとともにアビエスの西岸地域を荒らし回ったのは、単なる侵略行為ではない。
あたしにとっては各街道から進軍してくるとおぼしき、各地からの軍団の足止め以外にも、地勢の確認という意味があったりする。
小細工は所詮小細工でしかない。
本街道にしかけてあるボトルネック部分よりさらに狭いとはいえ、枝街道や脇街道も複数が他の街道につながっているのだ。
早晩あたしの足止めなど、力技で粉砕されるだろうとは、最初から覚悟していましたとも。
それでも待ち受けるにはかなりの余裕を稼げたのだ。文句などない。
時間を稼いでくれたのは、アーノセノウスさんもだ。
アーノセノウスさんとグラディウスの人たちに、各国の代表者として連名で書状を書いてもらったのだが、内容はスクトゥムへの糾弾とこちらの正当性の主張だったりする。
一年と一日前に宣戦布告をしたので、その日時と場所を定めるために来たというのに、いきなり攻撃された。
国から国への使者を攻撃するとは何事だ。我々はその報復を行い、さらに帝都レジナからの謝罪を待っているのである。
そちらの非を認めず、一方的にこの少人数を攻めるつもりなら正義はあると思うな。
これを夜中に幻惑狐たちに頼んで、各軍団の統率者の枕元に届けただけではない。
アロイスの配下にも、偵察ついでに赴いた近隣の都市に矢文として打ち込んでもらっている。
おかげで軍団同士連絡がつくようになってから、一段と進軍速度が落ちたというね。
我ながら右の頬を打たれたら左からリバーブロー、それを目眩ましに背後に低くワイヤーを貼ってスパイクをしかけておいて、挙げ句に右のテレフォンパンチというような所業である。
仕返しとはいえ、見え見えの拳にぶん殴られることを選ぶか、回避しようとして罠にひっくり返るかは相手次第というね。
策の一つとして披露したら、グラミィに呆れを通り越して、気の毒そうな目で見られたのが解せぬ。
〔黒いのはボニーさんの通常営業だからいいですけど。ヘドロに染まんないでくださいね〕
………………。
善処します。
〔ってそれ最初からやる気のない言い方!〕
グラミィにはツッコまれたが、素案はあたしのもんじゃないからね。
そもそも宣戦布告から一年と一年後、開戦の場所と日時を取り決めるという正式な戦いの作法については、糾問使の結果報告後に教えてもらったことだったりする。
いくさを回避したければ、その猶予期間の間に詫びを入れるなり、宣戦布告の撤回なりの交渉努力というものがなされるわけだ。
が、スクトゥムからは梨の礫。喧嘩を売った形となったランシアインペトゥルスの方からも、取り下げることはなかったわけだ。
それを、あたしの立案したエセ電撃戦の口実として使おうと言い出したのはクウィントゥス殿下だったりする。
あたしがヘドロなら、あの内臓ベンタブラック系王弟ときたら、とっくに放射性産業廃棄物にでもどっぷり染まってそうなんですが!
もともと当初スクトゥムに侵入したのはあたしと、リトスまで随伴してくれたヴィーリだった。
その後をグラミィが一隻の船と、それを動かす船員さんたちごと追っかけてきてくれた。それもグラディウス地方各国代表詰め合わせセットな勢いでだ。
これくらいの人数ならば、やや少なくはあるが、正式な国の使節として見ることができる。
口実に合わせるには十分なのだ。
さらにその後、アロイスたちがアーノセノウスさんたちに同行する形で千人近い手勢を引き連れてきてくれたが、そこは危険を察知したから護衛を増量しました、という建前を取れなくはないというね。
いや強引過ぎんだろと、こっそりツッコんだりもしたが、それは置いておこう。
ともあれ、矢文は軍団の長たちを盛大に迷わせることになったとは思う。
そもそも軍団というのは、スクトゥムにおいて、本国や属州の軍事的な国家機関の一部でしかない。
国家的な判断を行う行政トップの手足でしかないんですよ。
それが、仮にも外交使節でございと名乗った一団を自己判断で下手に攻撃でもしてみろ。
国際問題に発展しかねないんですよ。
国の不利益を招くわけにはいかない。
国と国、人と人が争う限り、そこで主張されるのは常に相手の悪であり、己の正義だと知ってはいても、いやそれが理解できる程度には国際行政を知っている者であればこそ。
国際問題にするなら、それは為政者の判断に従うべきであって、軍団の独断でやっちゃいけないことなのだ。
軍団の足が緩んだのも、下手な手出しをすれば、スクトゥムが不正を揉み潰そうとした行為としてとられる可能性に思い至ったからじゃなかろうか。
そして、偵察から別の軍団の接近を知らされ、互いに連絡を取り合った結果が、この緩やかに歩調を合わせ、レジナへと接近しつつあるという行動になったんじゃないかとね。
ただ、いずれにせよ、為政者の判断が下るまで、あたしたち他国の軍勢をそのまま無防備に放置するわけにはいかない。なにせ帝都レジナを一度は攻撃し、さらなる危害を加える可能性のあるものなのだから。
この世界の人間が、軍団の長としてまっとうな判断を下したと考えるならば。急速に鈍くなった軍団の動きは、そんなふうに読み取れる。
の、だが。
〔まっとうな判断なんて、本当に下せるんですかね?〕
グラミィが心話で呟いた。
そう、問題は、軍団の長たちが星屑だという可能性が拭えないことだったりする。
あの星屑製造施設、カッシウスで見つけた資料から、スクトゥム本国の中でも、星屑ではない人はまだいるらしいと知れたのは、案外な僥倖だった。
組織、特に軍団のように縦横の関係がしっかりした組織で人間の中身を入れ替えていくというのは難しいことらしい。
文字通り人が変わってしまったことに疑念を抱かれてしまえば、その前後に何があったか追求する者が出てこないとも限らない。
疑いを持たれないようにするためには、組織の人間をまるっとゾンビ化した上に星屑を搭載する、という手順が必要なのだが。
軍団でそれをやったら、戦闘力など激減する。まず間違いなく。
それは避けねばならない。
ならば、やるとしたら入団直前直後の新兵ということになるわけだ。
上位層、トップはその立場を代行できるような人間が育たない限り、入れ替えるのは難しい。
それに軍団の統率がこうもしっかり行き届いているのを見ると、星屑じゃないのかなという気がしている。
しているのだけれど、それが正しいかどうかは、確かめない限り判明しない。
たとえ星屑であっても、彼らが軍団の長という役割にのっとって演技しているつもりであれば、その行動指針は『スクトゥム帝国の国益』にある。
その場合は、星屑ではない相手同様、ある程度行動が読みやすい。
おそらくは帝都レジナと連絡を取れるようにするのが最優先、行政判断に従って動けるようにする一方で、それまでこちらの行動を掣肘しにかかるだろう、という具合に。
国の判断こそ行動指針。そう割り切ってくれる相手ならばまだ動きは読みやすい。
だけど、国際関係なんて知ったこっちゃない、戦えるならなんでもいいぜヒャッハーな星屑が相手だった場合。
おそらくは、あたしたちを殲滅してから善後策を考える、もしくは考えさせるという方向に出るんじゃなかろうかとね。
だけどこれ、実はロールプレイメインにしても同じ事が言える。
状況変化に対応するためと称して、悪の帝国ごっこを始める可能性があるからだ。
帝都レジナにも、各軍団に届けたのと同じ内容のものを、最初の襲撃の際に届けている。
といっても、幻惑狐たちに届けてもらったわけだが。
襲撃でアビエス河と城門、レジナの外部に意識を釣っておいて、再度謁見の間……は、何か仕掛けられていると困るので、宮殿内の聖堂にこっそりとね。
それがうまく機能するのならば、あたしたちを討つにしても交渉の前哨戦をするにしても、軍団がレジナと連絡を取りあってくれれば、今度はレジナが脳筋の抑えになる、と考えられるのだが。
きっぱり言って、望みは薄い。
そう判断しているのは、レジナを孤立させすぎたせいでもある。
レジナから追撃されないように、最初の襲撃であたしはいろいろと小細工をしかけた。
そのせいなのかどうなのか、レジナ近郊の村々をアロイスたちやグラディウスの船乗りさんたちが交互に襲撃しても、レジナから兵が出てきたことがなかったのだ。
もしそれが書状を読んだからの反応だとすれば、一度しか攻撃されていないというのは、今後さらに被害を拡大させてもいいんだぞ、といいう脅しと受け取った説というのが発生しちゃうんですが。
……まあ、村々の中に無人となったものも少なくはなかったということを考えると、ひょっとしたら兵を出すメリットよりデメリットの方が大きいと判断したからなのかもしれないが。
ウィキア豆中毒を流行病と勘違いしたのか、死者や瀕死者ばかりが置き去りになってたのは、最初拠点にしていたフリーグスという村ばかりではない。
時にはウィキア豆中毒の身を引きずるように、アロイスたちに立ち向かったものもいた。
けれど、次第に増えていったのは、無人の村。家畜や家財道具をありったけ持ち出したとわかる、がらんどうの村だったのだ。
戦場になることを恐れてのことでしょうねとは、アロイスの分析だったけれど、そうであってくれたのならば少しはマシかなと思えてしまう。
何と比べてマシかと言うなら、それはもうカッシウスの犠牲者たちだ。
ゾンビさんにされるのも、焚きつけ代わりに魔力吸収陣に放り込まれるのよりも、逃げ出してくれた方がまだマシでしょうが。
いろいろ悩みながらも、あたしは他にも策を出し、グラミィとともに空を翔け……、そして、船に帰り着いてから二日目の朝。
あたしたちは、スクトゥム軍の姿を目視したのだった。
ま、あたしゃ眼球ないんだけども。
薄い霧は妨げにならない。
西のカプルサフニクス街道と南のコリージャペッリス街道がもっとも接近する曖昧な領域を少し西に外れ、大きく開けたテストゥド平原の北端へとあたしたちは陣取った。
というか、ぶっちゃけ畑です。ここ。
幸いと言うべきか、収穫の終わったトリクティム畑をあたしたちは占拠したのだ。
さすがにまだいろいろ植わっている青物を踏み潰したくはない。
もったいないし、なにより足場が悪い。
それを伝令で知ったか、北のペンデラコリウム街道を進んできたスクトゥム軍も、北東のプロテージット門を素通りすると、レジナを東から回り込むように南東へと向かってきていた。
数人の伝令がレジナに送り込まれたのを、幻惑狐たちに視覚を共有してもらってあたしも確認した。
本来であれば両軍すべての隊列が揃い終わり、やあやあ我こそはと口上を上げるところから、この世界の戦というのは始まるものらしい。
だけど星屑たちにそんな決まりは通用しない。むこうの軍団にこの世界の人間は確かにいるのだろうが、どれだけの人数がそうなのかはわからない。
だからこちらも横紙破りをしでかそうじゃないか。




