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滄海変じて蒼森となる(その2)

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

 慌てて地上へ上がると、野営用の土ドームがやたらと周囲に馴染みきっていた。

 ここまで完全に自然物のように見えるレベルの偽装を、しかも挨拶代わりにやってのけるってのは……。

 

 やっぱり。


(連れてきたぞ)


 コールナーの心話にヴィーリが振り向いた。


「ラミナどの。落ち着くが良い」


 硬直しきってた彼女が、ぎぎぎっと音がしそうな動きでグラミィに向けたのは、半泣きの顔。


「……ムリです……」


 ラミナちゃんが、ヴィーリとこんな至近距離で接するのは、たぶん初めてだ。

 ヴィーリがアエギスの野へ、コールナーを連れてきた時のことは、船の中にいたから知っているだろうが。

 あの時だって、わりとすぐにヴィーリは去ってったもんな。


 だけど、いつもならヴィーリにくっついて、盛大なもふもふ団子を形成してるはずの、ターレムたち幻惑狐(アパトウルペース)すら、今日はあたしの方に寄ってきているというのは。

 ちょっとただ事じゃない感じがする。


「安心なさい。礼を尽くせばいいのです」


 トルクプッパさんもラミナちゃんをなだめるのに回ってくれたのか。すまんが、そっちは任せた。


「星よ」

(よくここがわかったな)

「森が呼んだ」


 森……ってああ、ラームスの欠片たちのことか。ここの施設(カッシウス)回りにも蒔いておいたものな。

 森精サイドで蒔いた覚えもないところに樹の魔物たちがいれば、異常だと思うよね。それは。


 しかし、それにしてもなんというか、近くにいるだけで雷雲を纏っているかのようにピリピリとした感じが骨身に突き刺さる。

 いつも林のごとく静謐な雰囲気のヴィーリだが、その魔力(マナ)の攻撃的な様子はどうしたことか。


(突然どうした。何かあったのか)

「これを」


 ヴィーリはサークレットを差し出した。


「星屑を人に戻す鍵だ」

(完成したのか!)


思わずあたしは彼の前に片膝の骨をついた。

 受け取る手の骨も震えるわ。


 これは、魔術具の一種だ。

 ざっと斜め読みすると、星屑(異世界人格)以外に効果のない魔術陣が記述されている。

 というか、星屑に憑依された身体に刻まれた、持ち主の人格を抑制する陣と、異世界人格――正確にはその一部――を召喚・憑依させる陣がない人に着用させても、発動しないように作られている。

 星屑に憑依された身体に着用させた時にだけ、それぞれの陣の働きを逆転させる。

 つまり、異世界人格を抑制し、もとの人格を覚醒させるように働くのだ。


(さすがだな。感服した)


 このサイズに、よくこれだけの性能をまとめたものだ。


「効果が発現した後は、戻った人の枝変わりを待てばいい。芽に傷は残らぬ」


 この方式では、結局異世界人格が搭載された状態は解除されない。

 しかし、それでも、この世界の人に身体制御を戻してやれば、生活の営みのなかで、やがて子どもが産まれ、代替わりしていく。

 魔術陣は後天的に獲得した身体的特徴……つまり、怪我と同じようなものであり、当然のことだが遺伝はしない。

 ならば、次の世代まで待てば、スクトゥムから星屑は消える、というわけだ。

 なんとも森精たちらしい思考スパンの解決策である。


「しかし、問題があるのでは?」


 いつの間にか寄ってきていたグラミィが口を挟んだ。


「これをすべての民へ着用させねばならぬというのは、相当に困難かと」

〔それに、ゾンビさんたちって一つの魔術陣しか刻まれてないじゃないですか〕


 まあ、ゾンビさんたちについては、以前ドミヌスに作ってもらった覚醒陣を使えばいいだけのことだ。

 どのみち対象者全員に使わなければいけないという問題はあるけれども。

 しかし、こんな陣を持ってきてくれるとは。


(これまでどこに行っていたのだ?)


 あたしはヴィーリを見上げた。アエギスの野で別れてからは、全く互いの状況を知らないんですよ。

 もっともヴィーリたち森精は、ラームスたち経由であたしたちが何してたかぐらいは知ってそうな気もするんだけど。


「南風の流れのままに」

(ああ)


 なるほど。アビエス河の流れのまま、ロリカ内海まで出たのか。


 この湿地も西に抜ければロリカ内海ではある。

 が、ウンボー半島の西側は、セグメンタタ諸島と呼ばれる島が点在する海域の中でも、さらに小さな島と、小島とも呼べないような細かい岩が突き出た岩礁が広がることで有名だ。

 当然、大きな船も利用できるような船着き場や港を作るのには、とことん不向きである。

 帝都レジナからロリカ内海まで最短距離にありながらも、このトラスアビエス街道が寂れた理由の一つだろう。


「大きな森と海で会った」

「海に?」


 森精の言う森とは、ラームスたち樹の魔物の集合体を意味する。

 なお、あたしは、ラームスの欠片を撒くことはできる。だけど撒いた後、彼らを統合して、森にする――一つのネットワークにまとめ上げる、なんてことはできない。

 ラームスたちにもそれぞれ自由意志があり、根を張ったり枝を伸ばしたりしたいという欲がある。枝のぶつかりあいを避けて仲良くしようとかないんですよ。

 あたしのできることなんて、せいぜいが彼らを蒔くときに位置を離してやったり、日当たりを良くしたりして、伸びる方向を誘導するくらいなものだ。


 一方、森精たちは樹の魔物の半身でもある。

 樹の魔物たちを森としてまとめあげ、個体の生存より種の存続、もっというなら森という生態系の拡大へと広げることで、森精たちは大量の情報の収集と集積手段を手に入れた。

 彼らの精神構造も、人間の近縁種というよりは、半身たる樹の魔物たち、というか森に近い。


 基本的に森精たちは、個々の生存より群体としての自我を維持するために動いている。

 自己保存本能がないわけではないが、自己犠牲も、彼らの社会存続のためならためらわない。蟻や蜂のように社会性の高い生物のあり方をイメージさせるほどだ。

 逆に言うなら、社会存続を脅かすような存在、はっきり言うなら彼らの同胞全体への害意に対しては、苛烈に反応する。


 社会性の恨みというのは、怖い。なにせ直接被害を受けた人が誰もいなくなっても――いや、だからこそと言うべきなのだろうか――、いっそう強まるという性質があるからだ。

 むこうの世界でも見られたことだが、森精たちの場合は、それに加えて樹の魔物たちの存在が、さらに問題を激化しかねない。


 混沌録――樹の魔物たちの蓄積した記憶は、単なるその体験者視点の五感リプレイに留まらない。

 体験者がその時に味わった断末魔、嘆き、怒り、そういったものもすべて我がこととして伝えられるのだ。


 つまり、虐殺の記憶を伝承する者は、その虐殺を生き延びた、いや殺された者となる。

 しかも、森がそれらの記憶を保存している限り、ほぼ半永久的にその記憶は受け継げるんではないか疑惑もあるというね。

 社会性の時代世代を飛び越える恨みに、強く死にざまにすら食い込む個人の怨み。その双方がどろどろに入り混じるのだ。

 ……下手したら、森精全員が同胞を殺した相手への復讐をやりかねん。

 それも、自分が殺されたのと同じだけの熱量をもって。


 しかし、森が、樹の魔物たちのネットワークが大きくなった。しかも海で、とはどういうことだ。


「海森の主が森になった」

(!……そう、か)


 あたしにまぶたがあったなら、しばらく瞑目して、ドミヌスの冥福を祈ったことだろう。

 けれどあたしに閉ざすべき目はない。文字通り、森の主となった海森の主(ドミヌス)もまた、森として身体を変えつつも生きている、ということになるのだろう。森精的には。


「ドミヌスどのが亡くなられた……いえ、森になられたと?」


 グラミィの声に、トルクプッパさんが振り向いた。


(ああ、彼の方に直接対面をさせはしなかったが、彼女も海森の主の怪我については知っている)


 そう伝えると、ヴィーリは無言のまま見返してきた。だけど魔力が軽い驚きを示している。


(彼の方に、服とクルキタ(クッション)を作ってくれたのは彼女だ)

「そうか。……海森の主は、北の海で森となった枝に導かれ、さらに森を広げつつある」


 北の森……ペルのことか。彼に託された枝を届けた意味はあったのだろうか。

しかし、森を広げているというのは。

あたしは思わず骨身を震わせた。

 

〔どうしました、ボニーさん〕


 いやね。ロリカ内海で森が拡大する意味を考えると、ちょっと怖いんですよ。

 

 もともとロリカ内海には、潮流に乗って漂う樹の魔物たちがいた。

 ぱっと見には海藻の塊にしか見えなかったが、あれはおそらく浮力を得るための形態変化だろう。

 問題はだ。そのうちの一部に、虐殺された森精たちの半身がいたことだ。


〔あ、あー……。アエスでボニーさんが呑まれそうになりましたね!〕


 やな事まで思い出さんでよろしい。


 だけどラームスたち経由で混沌録に接続したあたしまで、スクトゥムの……というか、人間という種族そのものへの敵意に呑まれそうになったこと、そして接続したからこそ、樹の魔物たちがあたしに海に漂う同胞たちの存在を教えてくれたことを考えるとだ。

 スクトゥムに残っている樹の魔物たちは、基本的に人間を信用していない。下手をすればすべてが憎悪を記憶していても不思議はない、ととるべきだろう。


 そして海森の主もまた、人間たちによる虐殺からかろうじて生き延びた存在だ。

 その彼らが繋がりあい、一体化した森が人間への恨みや瞋恚を抱えていないわけがない。


 そんな森が、南方からじわりじわりと潮流に乗って広がりゆくわけですよ。

 そのままロリカ内海を埋め尽くしてごらんな。

 これまでのように、無事に行き来できる船がどれだけあると思う?


〔う……わぁ……〕


 それでも海森の主は、ロリカ内海に繁茂する樹の魔物たちは、人間全体への敵対を選ぶ可能性は低いとあたしは見ている。

 森精たちへ攻撃をしたのが星屑たちだということを、あたしたちが伝えたからだ。

 人間すべてが森精への敵対を望んでいるわけではない。スクトゥムの、もっと言うなら異世界人格に乗っ取られたがゆえの行動であり、元凶はこの世ならぬ者だと。

 同じくこの世界の者ならぬあたしたちもまた、この世界に仇なす者を敵としているのだと。

 ヴィーリがドミヌスに会ったということは、おそらくそのあたりの情報交換もしてると思うのだが。


〔でもそれって、どっちにしてもスクトゥムの人、というか星屑たちなら、ドミヌスたちの報復に問答無用で巻き込まれるってことですよね?!〕


 でしょうね。

 直接攻撃を受けずとも、ロリカ内海が封鎖されれば、それだけでも流通は滞る。

 スクトゥム本国がいくら救援を要請しても、属州からの移動はさらに困難かつ時間のかかるものになるだろう。

 とっととレジナをなんとかしないことには後がないあたしたちにとっては、敵の増援が困難というのはありがたいことではあるのだけれど。

……できるだけ、レジナの裡にも餓死者は出したくないなと思う。


 ただ、ひとつ疑問が残る。

 

 ドミヌスの島は、ハマタ海峡にも近いアエスの沖合にあった。

 つまり東南端もいいところのはず。

 しかしヴィーリがまっすぐウンボー半島を南下したのだとしたら……。


〔あ〕


 そう、このウンボー半島はロリカ内海の西南端に近い。

 そしてロリカ内海は広大に過ぎる。東西の幅は下手したらレジナからリトス、いやイークト大湿原までの距離に相当する……とはいかないかもしれないが、それでもかなり広い。船でも十五、六日は軽くかかるというから、800ミーレペデースぐらいはあるんじゃなかろうか。

 それを、いくら森精としての肉の殻を破り、森そのものになったとはいえ、ドミヌスがたった一人でカバーできてるとは、ちょっと考えにくい。

 だって下手したら、太陽が自分の上を通過していくことで、時差を文字通り()()できるだけの距離ですよ。800ミーレペデースって。

 

 ついでにいうなら、暗森、闇森は全体的に葉の色の濃い、針葉樹に近い形の樹の魔物たちが多かった。

 だけど針葉樹って基本的に標高が高いところ、あるいは寒冷地に生えるものなんです。

 一方、このスクトゥムの、しかも本国はかなり南にあるせいで、紅葉しない広葉樹が多い。


 いや、もちろん、樹の魔物たちが周囲の環境に合わせて外見を著しく変化させることができるのは知ってる。

 だけど、考えすぎかもしれないが、もし針葉樹形態が彼らの本性に最も近いものであったとしたら。

 闇森のように巨大データベースを維持構築できるよう、ネットワークを広げるのに特定の条件、たとえば針葉樹に似せた姿にならなければならない、なんてものがあったとしたら。

 かなり樹の魔物たちの負担も大きくなるんじゃないだろうか。


 ただでさえ、ロリカ内海の樹の魔物たちは、海を漂流できるように生態を変化させている。

 アルボーで、樹の魔物たちが耐塩性を獲得するのに、排出する塩分を貯めておく器官なんてもんを作り出せるってことは知った。

 だけどそれは樹の魔物たちだって、適応するまで相当な負担があるってことを示しているわけで。


〔ということは、森になったドミヌスさんに、他の森精たちも何人か、いや十何人ぐらいは協力して、樹の魔物たちを支えて、そのネットワークを広げてるってことですか?〕


 もしくは、森になったのがドミヌスだけではない、ということなのか。

 あたしたちの疑問に気づいているだろうに、ヴィーリはそれには答えず、別のことを言ってきた。


「双極の星に森を預けたい」


 あたしとグラミィに預ける樹の魔物たちを増やしたい、と?


 ぶっちゃけ、今のあたしに絡んでいる樹の魔物、ラームスの欠片たちは、末端に過ぎない。

 現状は骸骨にひっからまった立体蜘蛛の巣の連合体って感じだろうか。瘤を中心に、細っこい気根や枝が張り巡らされるので、ますます巣の主つきのそれに似ている。


 それが末端というなら、本体というか、幹や梢はどうしたかって?


 置いてきましたとも。イークト大湿原の反対側、ランシアインペトゥルス王国はフェルウィーバスの領主館の庭に、たぶんまだ植わっているはずだ。


 ラームス本体に依存してたせいで、あたしも分離直後はさんざん悩まされもした。

 何せ彼らときたら、魔術特化型支援能力がめちゃめちゃ高いんですもの。

 おかげであたしも一時は、ラームスの助けを借りてとはいえ、異なる術式の顕界と維持を二桁は同時並行するという、わりととんでもないことをしれっとできたりもした。

だから、ラームスたち同様、あたしに力を貸してくれる樹の魔物たちを預かるというのは、単純にパワーアップ可能という意味だけでもありがたいことではある。


 加えて、森精たちから、その樹杖の枝を授けられるというのは、彼らの信頼を示されていると取られることでもある。

 ごくまれに王や王族が枝を授かることは、これまでもあったことらしい。

 だけど同じ人間が二度も枝を授けられた事はあったのか。

 少なくともあたしが知る限り、なかったはずのことである。

 つまり、人間社会においても相当名誉なこと。なのだが。


〔……どうしたんですか、ボニーさん?〕


 あたしに表情筋と皮膚があったら、きっと眉根を寄せていたことだろう。


 喜んで無条件には受け入れられない理由の一つは、重量にある。

 樹の魔物たちも、大きければ大きいほど保有する魔力も増え、情報を蓄積したり処理したりする能力も高くなるのはわかる。わかるがその分重くなるんですよ。なにせ生きてる樹ですから。

 あんまり重たいと携帯することだって無理になるんですが?こちとら空を飛ぶことだってあるんですから。

 実際、フェルウィーバスにラームスの本体を置いてこなければ、その後の斥候任務だって身軽にはやれなかったと思うのだ。そのまんま置いていったのは、森精たちにとっちゃ予想外だったのかもしれんが。



 ……いや、それよりも。

 このなんともいえない気持ち悪さをなんとかさせてもらおうじゃないの。


(ヴィーリ。いったい、何があった?)

〔ボニーさん?〕


 グラミィが仰天したように心話をよこしたが、あたしはヴィーリの手首を離さなかった。


(まさか、森は育っても、おまえの同胞、森精はそれ以外に南にはいなかったのか?)


 森精の無表情は変わらなかったが、接触心話にびくっとしたのをあたしは見逃さなかった。

 

〔どういうことですか、ボニーさん!〕


 どういうこともなにも、そういうことだ。

 ヴィーリが差し出してきた魔術陣も樹の魔物たちも、あたしが確かに欲していたものだ。

 だからこそ、彼の提案はおかしい。

 あたしに都合がよすぎるのだ。


 何度も言っていることだが、自らをこの世界の管理者と位置づけている森精たちは、あたしたちの絶対的な味方ではない。

 そこはこの世界の異物として、わきまえとくべきことだ。


いや、ヴィーリやメリリニーニャとは、それなりに仲良くやれていると思ってますよ、あたし。

 好意だってないわけじゃない。お互いちょっとした融通を利かせ合うくらいには。

だけど、彼らが決してゆるがせにしないことがある。森精全体を巻き込むような決断を下すべき時に、情に負けるようなことをしないという形で。


 ヴィーリがフェルウィーバスでアロイスに協力し、地獄門を止めにかかってくれたのも、たまたまその近くに居合わせ、自身の身にも被害が及ぶかもしれなかったから。

 魔喰ライになるかもしれないという状態になったあたしを保護してくれたのは、なりおおせてしまった瞬間に()()するため。

 あたしといっしょにリトスに飛んだのは、アルベルトゥスくんの自爆の影響を調査するため。

 アエギスの野で合流してくれたのは、コールナーがあたしに合流するまでの見張りとして。


 どれもこれも、森精たちにとってすべきこと、あるいは利益のあることだったからしたことで、力を合わせた方がいいと判断したからこその一時的共闘にすぎない。

 そもそも最初にラームスをあたしとグラミィに渡してくれたのだって、魔力を与えるかわりの助力というバーターであり、森精的には、さらに監視対象へ記憶保存機能付きカメラを携帯させるのに近い意味あいがあったわけだし。


つまり、それは、あくまでも利害が一致しているからこそ協力を得られている現状は、森精たちに利がなくなったと判断されれば、いつ消滅してもおかしくないものだということだ。


 だからこそ、あたしはヴィーリたちにずっと利益を――協力的な姿勢を見せている。

 樹の魔物たちが欲しがる情報を渡し、世界の管理者を自認する森精たちが求めるもの、侵略者同様にこの世界を今も消費している星屑たち、『運営』――ラドゥーンたちの存在、アルベルトゥスくんの自爆術式、それらの情報を渡し、星屑たちの駆除にも力を貸すと言っている。


 計算尽くの誠意で、彼らとの友好関係を買っているのにもわけがある。

 彼らは亜人(人間の一種)ではなく、異種族(近縁種)だ。

 同じサル系魔物の進化形態として、外見こそ限りなく人間に近いが、人間ではない。

 特にその精神構造が違う。

 個別の肉体が個としての自我を支えている人間に対し、森精たちは精神的群体だ。


 その森精たちとの共通理解ができるのは、論理性、合理性だとあたしは判断した。

 彼らは森精全体としての目的があり、れっきとした理由があるからこそ行動に出るのだと。


 もちろん個体の感情が、精神的群体である森精全体に影響を及ぼすこともあるだろう。しかしそれはインク一滴をどのくらいの量の水で希釈してもなお、もとの色が残るのかと問うのに似ている。

 それはつまり、あたしが人を死なせたくない、死なせるのはイヤだという気持ちがあることを、仮に森精たち全体に理解はしてもらえても、共感してもらえることはないということだ。

 あたしの自己満足、ただそれだけの感情のためだけに、彼らが行動を曲げることはないということでもある。

 ならば、彼らが重視する合理性、損得勘定を共通理解の土台にするしかないじゃないか。


 そう考えたからこそ、あたしは、スクトゥムの人間をすべて、異世界からの侵略的外来種である星屑たちに寄生されているからといって、星屑たちもろとも()()してはいけないと森精たちに訴えた。

 それは彼ら森精たちが保全しようとしている、この世界の環境の一部、地域的な()()()()()()()()()()()()()だからと。

 どこまで森精たちが一介の星(異世界人のあたし)の言葉を、本気で取ってくれたかはわからない。

 だけど、その確かな結実が、あのサークレット型魔術陣なのだ。

 そりゃ骨だって感動の一つや二つしますとも。内心ガッツポーズで吠えたくなるくらいには。


 サークレット型魔術陣の完成が、このタイミングで伝えられたのは、まあ、たまたまとしてもだ。

 この状況でヴィーリが、森精たちが、半身たる樹の魔物をあたしとグラミィにもっと預けようというのは、あきらかにおかしい。

 だって、あたしを嬉しがらせるようなニュースと実物を一つ持ち込んだのなら、それでも十分あたしが喜んで動く対価になるのだ。そしてそのことを森精たちも知っている。

 監視カメラ要員?とうの昔にラームスたちがくっついてるんですよ。それも現在進行形で。


 なのに、あたしたちにさらに樹の魔物を預けることで生じる、森精たちの利益とはなんなのか。

 あたしたちにしか利がないように見える、その行動原理がわからない。だから落ち着かないのだ。


 グラミィが呆れたように息をついた。


〔ただの好意だとは思わないんですか?ボニーさんてば、心底人の善意を信じられない人なんですねー〕


 人の善意に値するような人間じゃないからね。あたしは。


〔…………〕


 さらっと打ち返すと、グラミィは表情を作り損ねたようだった。


 だからあたしはさらに心話を向けた。


 そう言うと、謙虚でいい人に見えるでしょ?

 森精たちを人扱いしていいのかはさておいても。


〔!……こ、ん、の……〕


 …………グラミィから心話で伝わってきたのは、彼女にぎりぎりと両手ネックハンギングツリーされてる骸骨のイメージだった。

 なお実際にやったら、背丈の関係であたしが引きずられることになる。


〔リアルに首根っことっ捕まえて、奥歯がたがた言わせてあげましょうか?〕


 クルテルくんにやられたみたいにか。さすがにあれはお断る。

 それと、心配してくれるのはありがたいが、あたしゃ精神的にはそこまでフラジャイル(割れ物注意)ってわけでもないからね。大丈夫だよ。


〔いや、ボニーさんてば、ないはずの心臓にワイヤーロープの毛が生えまくってそうなのはわかりますけど!……いったいどこからどこまでが本気なんです?〕


 この世界でこの姿になってこのかた、あたしゃ坊主の髪と、心話で嘘はゆったことはありませんとも。


 なおこの世界の坊主というか、聖職者の方がたは極端なツーブロックヘアです。上半分は伸ばすけれど下半球は刈り上げというか、剃り上げというか。じつに攻めたヘアスタイルである。

 お禿げみあそばされた人はというと、潔く全部つるんつるんに剃るのが普通だったりする。


 だけど魔術師系出自の人は髪の毛を失うことにすっごい抵抗するし、そもそも聖職者になりたがらないという裏がある。

 なるのは魔力ナシと判断された人など限定らしいのだが。家から完全に捨てられると、聖職者にもなれないというね。むしろアロイスなどは殺されてなくて良かったと言うべきか。


で、ヴィーリ。実際のところはどうなのよ?


〔脱線しといてからの不意打ちですか〕


 グラミィは盛大に呆れたが、あたしたちに樹の魔物たちの増援をつけてまで、無駄にパワーアップさせておかねばならない理由があるのならば、それは聞いとくべきでしょうが。

 悪いニュースは聞くべきだ。もっと悪いニュースならば、さらに早く聞いておくべきだってだけのことですよ。


「……星見はるかす目も、星読む腕もそこまでとは」


 珍しく溜息をついて、ヴィーリはあたしたちをドームの外に誘った。

 洞察力も理解力もあるのが困りものだと暗に言われたわけだが。


(褒めてくれるのは嬉しいが、わたしにあるのは想像力ぐらいなものだよ?)


 なんなら妄想力と言い換えたっていい。


〔も、妄想力……。いいですけどね別に。だけどシリアスとコミカルを混ぜないでください〕


 そう言われましても。本当のことなんですが。


 ……付け加えるなら、あたしは都合のいい『偶然』とか『奇跡』ってやつは信じない。

 それだけのことだ。

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