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疾風怒濤の密談風景

2500アクセスを突破いたしました。

拙作をいつもご覧いただきましてありがとうございます。

 小部屋は大きめの卓の周りに椅子がいくつも置いてあって、ちょっと小会議室っぽい感じがした。書記席みたいなものまで設けられてるし。

 のぞき窓の裏側なのに、けっこうちゃんとした部屋だ。ちょっと意外。


「アロイスどの、お待たせしてすまぬな」

「いえ。で、賢者さまがわざわざお話したいとおっしゃっていたことはなんでございましょう?」


 アロイスが!アロイスの言葉遣いがきちんとしてるよ!

 アレクくんたちがいるからかね?そーいう話し方してると、君がちゃんとした騎士だってわかる気がするよ。

 いつもは砕けすぎてて、アレクくんたちみたいだもんね。

 ……ひょっとして、それも諜報員としての印象操作の一つだったりするのかね?


「これから話そう。じゃが、その前に、この部屋に目と耳はないじゃろうの?」


 特に大広間方面。のぞき窓があることだし、音漏れを気にするならあっち側だろう。

 だけど、グラミィのその一言に、じつにやんわりとアロイスが微笑んだ。


「この部屋の外部にはわたくしの配下を置いております。ご不満でも?」

「いや、そういうわけではないが。ことは重大なのでな」


  ……あっらー。諜報部隊長としてのプライド刺激しちゃったみたいだなー。

 ううう、めんどくさい男だなぁアロイス。

 背後に雷雲が立ちこめてまっせ。

 

 そこへ、おそるおそる手を上げたのはベネットねいさんだった。


「あの…発言を許していただけますでしょうか?」

「なんじゃ。ベネティアス」

「わたくしは音を遮断する結界を張ることができます。御命令いただければお張りしますが、いかがいたしましょうか」


 無言で見つめるグラミィを、そしてカシアスのおっちゃんを、ねいさんは背筋を伸ばして見返した。


「他意はございません。わたくしとアレクが考えもなく騎士隊の皆様に、そしてグラミィ様とボニー様に杖を向けた愚かさと(おご)りは、ただ謝罪で消えるものではありませんでしょう。ならば、せめて魔術士としての働きで(あがな)えればと。そして、グラミィ様が学ぶに足る力を見せよと仰せなのでしたら、わたくしは魔術師の本分としての力をお見せいたそうと考えた次第にございます」

「……どのくらい張り続けられる?」


 おっちゃんの問いはあたしの疑問でもある。ハイパーショートヘアという名の五分刈り状態から少しは伸びてきたとはいっても、まだまだベリーショートのベネットねいさんが使える魔力はわずかなはずだ。


「そうですね……今のわたくしですと、一回に張れるのはおそらく心臓が200から300打つくらいの長さがせいぜいかと」


 最短2分、最長でも5分ってとこか。微妙だな。だが使いどころを間違えなければ、確かに有効な手段だろう。


「どうじゃな、アロイスどの。念には念を入れておきたいだけという、この年寄りの心配性を笑ってくれぬか」

「……しかたありませんね。よろしいでしょう」

「ではベネティアス、頼むぞ。だが張る前に、おぬしらにも最低限のことは伝えておきたい」


 こっから先はほんとにマジな話なんだ。

 とくにアレクくんとベネットねいさん、二人にとっては出世の糸口か、闇から闇へと始末される陥穽か、どっちかにしかならない。

 ベネットねいさんが結界を張れることをアピールしにかかったのかも、最初に思ってたような、ただ単に重用される機会ではないともうわかっているから、なのかもしれないが。


「まず、言うまでもないかもしれんが、この部屋で語られたことは、わしか、カシアスどのか、アロイスどのの許可なく口外してはならん。した時には命がないと思え。今度は髪ですまぬ」


 二人が息を呑んだ。


「命が惜しくば、今すぐこの部屋を出るかの?」


 グラミィの問いかけは、別に優しさでできちゃいない。

 これから先はあたしもグラミィも、二人の隊長相手に(主にグラミィの)命をかけたマジな話をしなきゃならんのだ。

 あたしたちの足手まといになるようだったら、早々に立ち去っていただきたい。

 本当に、これが命だけは残るラストチャンスだ。


 少しよくなってきていたアレクくんの顔色も急速に青くなっていたが、そこへアロイスが穏やかな声でグラミィに話しかけてきた。


「賢女さま。彼女たちの身分は?」

「平民じゃそうな」

「……なるほど」


 ええ。いざとなったら始末しても、エレオノーラたちに比べて遙かに後腐れがない人材です。

 だから選んだんです。

 そういう裏の意味も、隊長二人に伝わったかな。……確実に伝わったろうな。

 ベネットねいさんのアピールが、少しでも生き延びる確率を上げるためということもだ。

 アレクくんには、まだこのへんの駆け引きは期待できない。だけど、ベネットねいさんにくっついている限りは大丈夫だろうか。


「……いえ。ご配慮はありがたいですが僕は残ります」

「わたくしも。身の覚悟は、ボニー様に助けていただいた夜に、とうにできております」


 おぉ?

 思わぬところでねいさんの好感度、というか忠誠度が上がってた。

 これは、あたしたちの組織対処法に効果があるってことかな?

 ちなみに対処法は分割および分断、あとは競争原理の導入である。


 おっちゃんたちに任されてた魔術士隊の保護と管理だが、じつを言うと管理については、あたしたちはもう匙をぶん投げてる。それはもう砦から崖下に墜落したあの馬車の残骸に直撃させるくらいの勢いで。

 だって、ベネットねいさんたちとエレオノーラたちって、水と油もいいとこなんだもん。

 こんなのまとめて面倒なんか見てらんねーや。


 というわけで、方針勝手に変えました。

 統率とか組織管理なんてまったくしません。もともとゴリゴリの力押しで締め上げるくらいしかできないんですから。ええ。

 でも、四人の方からちょうどいい具合にグラミィの指導というニンジン欲しいです、と全力で主張してくれたので、餌は当分それだ。

 グラミィの出した課題に合格しない限り、知識は教えてやらんもんねー。


 これはベネットねいさんたち平民組だけじゃなく、エレオノーラたちエクシペデンサ魔術副伯家組にもあてはまることだが、彼ら四人に協力しようなんて気は最初っからない。

 基本ツーマンセル。というか応用もすべてツーマンセルで、セル同士出し抜こうとしている感じだ。

 だから、いざという時にも分断さえすれば、あたしと魔術を覚えたてのグラミィでも、一対一ならまだなんとかできるだろうという目算だ。なにせグラミィもさりげなく無詠唱だし。あたしのやりかたを教えちゃったからそうなっただけなんだけど。

 情報を制御して頼る者はあたしかグラミィしかいない、と思い込ませれば、ねいさんのように懐かせることもできるだろう。


 ……自分の娘を洗脳してるらしきエクシペデンサ魔術副伯とどこが違うと突っ込まれたなら、もともと魔術士隊の保護や管理なんてもんは国の仕事であるべきで、あたしたちの仕事じゃないんだと強く言い返したい。

 それにね、命を賭けて働くという意味では魔術士隊の四人だけが駒じゃないのです。

 一番の大駒はあたしとグラミィなのだよ。

 ついでにいうなら、サージ以外の魔術士隊全員には複数の選択肢を示すことにしている。

 どれを選ぶか予測はある程度つくけど、彼らが自分で考えて選べる余地は残すってのが、あたしにできる範囲内での。せめてものやさしさってやつだ。


〔ボニーさんの思惑にはやらしさもありますけどねー〕


 おい。座布団一枚やりたくなるようなツッコミをよこすんじゃありません。 


「よかろう。ではカシアスどの、アロイスどのもしばし口を開かずにこの老体の話を聞いていただきたい。アレクサンダーは書記を。ベネティアスは詠唱を始めよ。何を聞いても結界を乱さず、維持できる限界を感じたら、合図としてボニーの手を握れ」

「「はっ「「はいっ!」」」」


 そして生じた結界の中、グラミィは爆弾を投下した。


「わしがボニーと仮に名づけたこの骨は、シルウェステル師であるものと思われる」


 深刻な面持ちでグラミィが語る内容は、二人で頭と頭蓋骨をつきあわせてまとめ上げたものだ。

 全部嘘で固めたらどこでボロが出ないとも限らんもんね。

 内容としては、


 1.(シルウェステルさんの生前の記憶なんてもんはないため、)死亡に至った経緯も、不自然に骨になってたわけも、グラミィにもあたしにも全くわからない。

 2.(グラミィが蘇生の前に準備を行っていたら)骨格標本状態のあたしが、グラミィんちに歩いてやってきた。

 3.(グラミィがあたしから聞き出した)道のりと、あたしに意識を生じた状況、そして所持品を考えると、骨がシルウェステル師のものらしいという推測ができた。ただし、正誤は不明。

 4.完全な蘇生に向けては、これからも努力をするつもり。


 ほら、カッコの中以外は完全に真実ですから!黄泉がえりの意欲も十分よ?

 主にあたしが、ですが。

 ……と、いかん。ねいさんが限界だ。

 慌てて心話でグラミィに伝えるだけじゃなく、反対側の手を振って隊長たちにもアピールする。


「ではわしの話はしまいじゃ。ベネティアス、まずはご苦労じゃった。しばらく休め。おぬしはじつに堅実な詠唱の織り手じゃの」

 

 グラミィもベネットねいさんの上手さに気づいたようである。

 朝食前の魔術教室の成果が上がっているようでなによりだ。うむ。


「カシアスどの、アロイスどのも、静聴していただき感謝する」

「い、いやしかし!」


 おーおー、アロイスだけでなくおっちゃんもだいぶ驚いとるな。静聴というより顎を落っことしてたから声が出なかっただけっぽい。

 これでかなりグラミィがこの会談のアドバンテージを握ったといえるだろう。


「証になるかわからんが、とりあえずこれがボニーの持っておったものじゃ。短剣と紋章布もそうじゃがの」

 あたしがずっと握ってた杖と、羊皮紙っぽい書類を硬貨っぽいものが詰まった袋につっこんだものと、ひときわ重要そうな書類筒を差し出すとアロイスの顔色が変わった。

 杖を四方八方から見たかと思うと、袋から書類を全部出して食らいつくように読んでいる。硬貨っぽいものは無視だ。

 そして書類筒に手をかけたんだけど……蓋が外れない?

 あたしが中を確認した時にはあっさり開いたんだけどなー?

 

「さて、ベネティアスが落ち着くまでは、しばらく耳があってもよい会話をしようかの。カシアスどのもアロイスどのもいろいろ疑問がおありじゃろう。この身にかなう限り答えよう。アレクサンダーはきちんとすべてを書き綴るように」

「は、はい!」

「……では、賢女様にお尋ねしたい。蘇生術の準備とはいかなるものか」

「さよう。簡単に言うと、蘇生させる者を呼び寄せること、と言いうるかの。以前、カシアスどのには屍操術者(ネクロマンサー)と間違えられたこともあったの。……そういえば、アレクサンダーやベネティアスたちにもじゃったか」

「あ、あの」

「いやそれは。どうか、もうお忘れくだされ」


 あわあわするアレクくんの姿だけじゃなく、眉を下げたカシアスのおっちゃんの顔のせいもあったのか、すこし小部屋の空気が和んだ。


「さて、ひとつ、ここで講義のおさらいでもしてみようかの。アレクサンダー」

「あ、はい!」

「わしらが使う魔術とは、いかなるものかな?」

「は、はい。魔術師の意志と術理によって世界の理をわずかに書き換え、魔力(マナ)によって顕界…この世界に顕すものです」

「まあ、一般的な答えじゃの。……ところで、我ら魔術師がもっとも良く使う魔術とはなんじゃろうな?」

「もっとも良く使う魔術、ですか……」


 カシアスのおっちゃんも真面目な顔で考え込んでいる。おそらく魔術を使えない彼ら騎士にとっては、魔術といったら攻撃系魔術なんだろう。

 きっとこれまで見たことのある派手なやつをイメージしているのだろうけれど、それでは正解にたどり着かないと思うぞ?

 さて。魔術士二人はどーかな?


「わたくしは火球ではないかと考えます!なぜなら、もっとも顕界に必要な魔力の少ない、初歩の攻撃魔術として教えられるものだからです!」

「なるほど。ところでベネティアス、落ち着いたかの?」

「…はい。お気遣いいただきありがとうございます」

「無理はせんようにな。ところで、おぬしならどう答えるかの?」

「はい。わたくしは、微風であると考えます」

「その理由は?」

「確かに、火球は最も初歩の攻撃魔術。ですが、その前に、必ず地水風火の四大元素について知るため、発火などのそれぞれを少量顕界させる術を学びます。中でも最も顕界に必要な魔力の少ない四大元素は風だからです。それに」


 ちょっと目をそらしてねいさんは答えた。


「一度覚えた術は便利なため、つい魔術士は日常でも使ってしまうものなのです。例えば、夏の暑い時期に涼むのに、部屋や服の中に微風を起こしてしまったり……」


 おおう、携帯送風機っぽいことができるのか。亜熱帯化してるとかいうむこうの世界の日本にも欲しい魔術だなぁ。きっと真夏日しかない猛暑にもお役立ち。


「なるほど、そういう使い方もあるのか……。いや、それはいいのですが。それがカシアスの問いにどうつながるのですかな?」


 お?書類筒は開けられ……なかったのね、アロイス。

 グラミィに話しかけてるのも、あいかわらずあたしを見ようとしないからってのが見え見えだよ?

 しかし彼の疑問ももっともだ。


「なに、簡単なことじゃ。魔術は世界を書き換えるものというのはアレクサンダーの言うとおり。それがたとえほんのわずかなものであってもじゃ。じゃが、最も多く使うという発火や微風で書き換えられ続けたこの世界には、一部なりとも炎だけで埋め尽くされておる部分があるのかの?城内や屋敷の中でなくとも、風の吹き止まぬところがあるという話を聞いたことがおありかの?」

「いや、ございませんな」

「ということは、我々が魔術で行いうるのは現象や物質の創造ではないということじゃ」

「……ええと、すみません、グラミィ様。ぼ…わたくしには、お言葉の意味がよくわからないのですが」

「では言い換えよう。世界はわれわれに書き換えられるたびに、自らをさらに書き換えているのではないかということじゃと。例えば、火のないところで発火が使われたなら、世界のどこかで火がそのぶん減るというように。水を作れば水が、風を起こせば風が」

「!」

「ならば、こうは言えぬかの?魔術とは、この世界のどこかにあるなにかをおのが手元に望む形で召喚するものだと」


 アレクとベネットねいさんが息を呑んで聞き入っている。彼らには魔術の深奥に関わる話に聞こえているかな。目の前にぶら下がってるニンジンはさぞうまそうに見えるだろう。

 あいにくと幻影だけどね!


「蘇生術を行うために、わしはある死者を手元に召喚しようとした。単純な元素ならば、この世界のどこかにさえあれば、どこにあるかわからずとも一瞬にして呼び寄せ顕界させることができる。されど、死せるとはいえ人間という複雑な存在を顕界どころか短時間で召喚することすら困難じゃった。結果として、わしは最も直近にあった死体を呼び寄せることになり、それがボニーとのつながりを得ることになったのではないかと、そう考えておる。……これでカシアスどのの問いには答えられたかの?」


 あたしやグラミィが知ってる質量不変の法則や原子の概念を、この世界の物理法則にも適応できないかなーと考えた結果の理由づけです。

 だけど後半の内容は、そう考えれば考えられなくもない、というだけの話ですじょ?

 この世界の魔術が召喚系で組み立てられてるってのも、与太話です。与太。

 だって、ベネットねいさんが作ってみせた結界をどう召喚しろと?

 術式見せてくれたので再現や応用はぜひともやってみようと思ってますが。こっそりと。

 相変わらずこの世界の魔術ってば、奥が深い。

 あたしには未知の領域が多すぎるもんなー。


「……魔術については、まだよくは理解できておりませぬ。が、骨どのの素性についての、賢女様のお考えとその根拠はわかりました」


 さすがおっちゃん、実際的な男。わからんとものはわからんと、とりあえず割り切って、今必要なことにすぱっと頭を切り替えたな。


「賢女さま、ボニーどのに生前の記憶がないというのはまことでしょうか」

「残念じゃがの。今は文字すら読めぬそうじゃ」


 アロイスの問いに、一気に落胆と気の毒そうな雰囲気が小部屋に充満した。

 ちくせう、アレクくんにまでそんな顔されるとな。あたしだって傷つくんだぞぅ?


 ……だがこのままだと、とっとと記憶だけでも甦らせてえなグラミィ様、って話になりそうな感じなのがちょっと困る。

 密使の記憶なんて超重要じゃん。王都から呼び出しとかありそうだけどなー。

 情報を全部渡したと判断されたらあっさり掌返されて、骨は骨だし、と言われてお墓に叩き込まれるとか、ありえそうだしねー。


「骨どのは、いつごろ賢女様のもとへ召喚されたのでしょう」

「わしの家にたどり着いたのは、カシアスどのが尋ねてきた日の夜明け前のことじゃ」

「なんと!」


 ええ、本当です。めっちゃおっちゃんタイミングよかったよねー。


「では、ボニーどのはいつから意識をお持ちなのですかな?」

「カシアスどのが尋ねてくる前の夜、じゃそうな」

「すると、三つの満月の合から一日過ぎておりますな……」

「いや、満月に近い月は見ておらんと言う。最初に見たのは紅金と蒼銀の細い二つの月、そして壊れた馬車と自分以外の骨、だそうじゃ」


 月の名前も覚えておらんとグラミィが言うと、アロイスは眉を寄せて考えていた。

 しっかし、三つも月があるとはねー。

 二つだけでも満月の時期が重なったりすると、湖や海の満潮とか干潮とかの状態が大変心配です。大潮と満潮が重なったりしたらえらいことにならないんだろうか。


「あのう、わたくしも発言してよろしいでしょうか」

「どうした、アレクサンダー」

「わたくしにはボニー様の見た月と日時から考えた月の様子が食い違う理由がわかりません。しかし、三つの月と合についてボニー様に説明をしてさしあげれば、何か思いつかれるのではないでしょうか?」

「なるほど。いいことをいう」

「では説明をいたそう。三つの月はカルラルゲン、ルベラウルム、アートルムという。青っぽいのがカルラルゲン、赤っぽいのがルベラウルム、そして見えづらいのがアートルムという」


 見えづらい?

 かくりと首をかしげてみせると、アロイスがグラミィにむかって苦笑した。

 だからあたしに目をあわせまいとすんなって。


「騎士隊長の表現ではわかりにくいでしょうが、アートルムは黒い月なのです。満ち欠けも星や他の月を隠した形でしかわかりません。星見の者たちはこれら三つの月の満月が重なることを三重合と言うそうですが、それもその都度重なる順番が変わる気まぐれなものなのです」


 んー……つまり……。


 あたしは自分の頭蓋骨の前に、骨の握り拳を作って重ね合わせて、おっちゃんたちに見せた。

 ……だから目をそらすなアロイス。

 そして顔と片方の拳をゆっくりとずらせば……。


「なるほど、ボニーが見たのは新月のカルラルゲンとルベラウルムではなく、ほぼ三重合に近い形でアートルムに隠されていたカルラルゲンとルベラウルムが姿を現し始めたところだった、というわけかの」


 グラミィの言葉に『おおー』と納得の雰囲気が漂う。

 こっちの世界の天体が球形かどうかまでは知らないが、現象そのものは向こうの世界で見せられた日蝕とか月蝕のモデルに似ていたから、ジェスチャーゲーム状態でもグラミィに言いたいことは伝わったようだ。


 しかし、その黒い月はなぜあたしに見えなかったんだろうなー。


 普通の物体なら、あたしはどんな真っ暗闇でも見通すことができる。魔術による疑似視覚ではおそらく色で見分けてない以上、真っ暗闇に真っ黒な物体があっても見通すことができる。はずだ。


 だけど、アートルムはあたしには見えなかった。まるで夜空にぽっかりとあいた穴のように。


「わたくしも質問してよろしいでしょうか?」

「よいぞ、ベネティアス」


 ……のあー、思考がぶったぎられた。とりあえずこの件は後回しにしよう。


「これは魔術師としての疑問なのですが、ボニーどのは今どうやって動いておられるのでしょうか」


 え。そんなこと、あたし自身知りませんが。


「魔力を吸わせておる。この間は、あの裏切り者のサージが隠し持っておった魔力の塊を吸い取った、とか言っておったか」

「魔力の塊……?」


 二人の隊長が首をかしげる。


魔晶(マナイト)のことでしょうか?たしか、地脈のように魔力あふれる場所にたまった魔力が凝縮されたものと聞きます。非常に稀少で、高価なものだと……」

「おそらくそうじゃろうな」


 そーかー、魔晶(マナイト)っていうんだ。あれ。

 しかしそんな高いもの、よく男爵家レベルで持ってたよね。

 ひょっとして内通者というか裏切り者だったから、報酬代わりに他の国からもらってたのかもなー。

 ってことは。そうとうお金持ちな国が相手だったのかしらん。


 などと考えていたら、急に部屋の外が騒がしくなってきた。

 なんだ?

 と思う間もなく扉がせわしく叩かれた。


「アロイス隊長!申し上げます!緊急にお耳に入れたいことが!」

「入れ」


 返答と同時に入ってきたのは軽装の兵士だ。あたしたちを見てぎょっとしたのは、せいぜいがカシアスのおっちゃんとの密談中だとでも思ってたのかな?


「かまわん。ここにいる者たちは必要に応じて口を閉ざせる者たちだ」


 ……ねえアロイスさん。それって、どういう意味かな?

 全員余計な事は言わない判断ができる人間だってこと?

 それとも全員いつでもどうとでも始末できるってこと?

 あたしやグラミィまで含めないでよね?


「では報告いたします!砦にグラディウス地方より大軍が接近しております!」


 おおう。いきなりの大展開。隊長二人の顔つきが変わった。


「発見距離」

「南西50クロチィル、二日ほどで砦に着くでしょう!旗指物は紅、グラディウスファーリーの軍と思われます!」

「数は」

「隊列の長さからして騎士100人程度、荷馬車20ほどかと思われます」

「こちらの警戒に気づかれた様子は」

「ございません」


 どこで判断してるのかね。疲労度とか進軍のめりはりとかかな?


「至急王都に早馬を送る。用意を」

「はッ!」

「そこの、アレクサンダーといったか。すべての紙とペンをよこせ」

「はっ、はいっ!」

「カシアス、補給はまだ届くか?」

「ギリアムに渡す書状を書けばな。俺にも紙をよこせ。ついでだ、早馬にフェーリアイまで届けてもらおう。だがアロイス、まさかこんなところで籠城するつもりか?」

「いや。いい加減なめられる役を演じるのにも飽きたからな。今度こそ国境の向こうまで叩き返してやろう。できれば王都の援軍が届く前に片づけてしまいたいんだが……」


 思わせぶりに言葉を切ってアロイスは小部屋をぐるりと見渡した。その笑み、迫力ありすぎてコワイんですけど。


「グラミィ様、ボニーどの、そして魔術士隊の者たちにも協力していただけますかな?」


 だーから、決めぜりふを言うなら、あたしにも目を合わせてみせろってば。

本日も拙作をご覧いただきまして、ありがとうございます。

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