兜の意味(その4)
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
あたしは柔らかい結界を貼り付けると、竪坑へ二度目のラペリングを始めた。懐に幻惑狐たちが三匹いるのはもちろん、さらに小脇にラミナちゃんを抱えてなので、鎌杖は背中に挿してずれないように刃の付け根を、たすきにかけた紐でくくっているというね。
なんともしまらない格好だが、しょうがない。
先遣隊としてあたしが行くと同行者一名を募ったら、なんと全員が手を上げた。いや、コールナーが挙手したってのは、あくまでも比喩だけどね。
だけど、あたしが抱えて降下するよと伝えたら、アロイスってば、なんかものすごく葛藤した挙げ句に候補を降りたのよ。
……やー……、まだ直ってないのね。死体恐怖症というか、魔喰ライ恐怖症。
あたしが頭蓋骨さらしてても、まともな会話もできるようになって久しいから、すっかり気にもとめてなかったんだけど。ご愁傷様です。
なお、ラミナちゃんに決定したのは、消去法というやつだ。決してセクハラを疑ったトルクプッパさんの目が、怖かったからではない。ないんだってば。
幻惑狐たちが嗅ぎ取った、いろんな人間の匂いという件もある。下手をすると荒事になる可能性は否めない。
ならば、いくらあたしが直接戦闘耐性があるとはいえ、前衛になってくれる人の方が選択肢の幅が広がるというもの。
さすがに、泥人形を維持しながらラペリングなんてできません。漢探知要員がいないぶん、斥候能力もあると嬉しい。
だけど残りの三人の中で、斥候もできそうでなおかつ物理戦闘能力のある人というと、ラミナちゃんしかいなかったのだ。
コールナーには拗ねられたが、あたしの魔力でも、さすがに一角獣の巨体を安定して支え続けてられるかっていうと……難しいんですよ。
一方ラミナちゃんは、小柄なので持ち運びにも安心である。
〔いや、人間をポータブル機能で評価するのはどうかと思うんですけど!それと、あたしたちはボニーさんたちが戻ってくるまで、ただここでぼーっと待ってるだけなんですかー〕
グラミィがぶうたれたが、ぼーっと待機なんてとんでもない。
背後を守ってもらえてると思わなきゃ、あたしだって逃げ帰るのが手間そうな場所に突っ込んでくのはちょっとためらうってば。
だがどうしてもというならば、やっといてねといくつかお願いをしておいた。
まずは、ゴンドラの制御装置の確認だ。
エレベータ同様、利便性を考えたら、動かすためのスイッチは各階とゴンドラの中にあるはず。
だけど、柵の周辺には見つからなかった。ということは隠しスイッチの可能性もあるかもしれない。
スイッチを隠すというのは、確かに外部からの侵入者を食い止めるにはいい方法だと思う。いやー迷惑なんですけどねー、侵入者としては。
なお、この昇降装置、利用者と制御者が別々な場合――しかも制御者の常駐場所が隠されている場合もありうる――、どの階へ移動するかを伝えるのに、伝声管とかあってもおかしかないと思うのよ。利用者も警戒対象ならば、監視カメラとかもあるかもだけど。
これまた侵入者としてはありがたくない機能でしょうが。
なので、侵入を気づかれそうな物があったら潰しておいていただきたいというわけだ。やれることはやっておいていただけますか。手遅れかもしれないけど。
あと、スイッチを見つけても、触るのはあたしたちが戻ってきてからにしてくれと厳重に注意した。
いやだって、身体半分竪坑からはみ出たところで、上がってきたゴンドラに押し切られる大惨事(物理)とか。
お骨のあたしはまだしも、ラミナちゃんがそうなっちゃったらスプラッタ過ぎるでしょうが。
もうひとつ、グラミィたちにお願いしたのは、このゴンドラ以外の、地下との移動手段への警戒だ。
「お言葉とはいえ、見たところは階段もなにもないように思うのですが」
トルクプッパさんが当惑した顔になった。当然だろう。あるかないかもわからないものを警戒しろとか言われても困るわな。
だけど、ないとは思えないんだよね。
別の移動手段ってのが、階段じゃなくて別のゴンドラか、はたまた非常はしごか滑り棒かもわからないけど。
むこうの世界にだって、エレベータはあっても必ず階段はあった。
あれって消防法だかなんだかで非常階段の設置が決められてたのかもしれないが、合理的なのよ。設置スペースと考える力があるなら、星屑はもちろん、この世界の人だって作るだろう。
なにせ、なんらかの原因があって、このゴンドラが動かなくなっちゃったら、外に出られなくなるとかイヤでしょうが。
故障しない機械はないし、そもそもここは湿地ですよ。湿気があれば金属ならば錆びもしよう、木材だって腐れも狂いもするだろうさ。故障しやすくなって当然だ。
おまけに、あたしたちはこの階層すら、100%全部見たわけじゃない。
一応構造解析はしたけれど、あれだって対象範囲は限られるんですよ。
グラディウスファーリーはドルスムでも、脱出坑を見つけられたのは、移動しながら数回使ったからだし。
それを考えると。
(あるとしたら、『食料庫』か『クローゼット』の中だろう)
そう伝えると、ごふっとアロイスがむせた。
いやだって、あたしたちの移動ルートは直線の通路一択だったんだもん。その周囲は壁越し扉越しでも一応探知してきたんだから、その範囲外だとすると、各倉庫の奥ってことになるでしょうよ。
みちみちに詰まった集積物資をかき分けて、なんて確認なぞも行えてないし。
それを考えると、アロイスが各扉に楔を打ち込んどいてくれたのは、つくづくファインプレーだったと思うのよ。
扉を破壊でもされない限り、探索の途中にバックアタックとか逃走とかされる危険が少なくなったわけだし。
〔そこは皆無になった、じゃないんですか?〕
グラミィにはつっこまれたが、外の湿地直通の隠し通路がある可能性もあるからなー……。
考えすぎかもしれないが、もしそうだとしたら、ぜひともラームスたち、樹の魔物のバックアップも期待したいところだ。
なお、グラミィたちにお願いしたのが『警戒』であって、『発見』や『確認』でないのは、彼らの最優先かつ最小限の行動方針が、あくまでもあたしとラミナちゃんの後方防衛だからである。
なにせこちとら、地下に降りるのに身を託すのは、以前グラミィと岩壁登りをした時に使った、例のロープ状の結界である。
魔術なんですよ。顕界の維持が必要な。
命綱の維持にちょっかい出されたら、当然のことながら、あたしもラミナちゃんも、もれなく墜落するわけだ。
最凶武器:母なる大地の偉大さを、骨身をもって理解させられるのは、ぜひとも勘弁していただきたい。重力改変とかできないんですよあたし。
そろそろとあたしは結界を延ばしていく。
若干ラミナちゃんが死んだ魚の目になってるのは、お骨なあたしにホールドされてるせいもあるのだろう。
実際、下降手段を説明したら、盛大にやがられたし。
わたしは自分で降りられますって。
ラミナちゃんがそう言うのにも、ちゃんとした根拠がある。なにせ引っかかりのない壁や天井にも張り付けるレベルだもんな、彼女の身体強化って。
初対面というか、アルガを暗殺しようとしたときもそうだったし。
あのときも天井板が貼ってあるわけではなかったので、梁とか、掴まれるところはたしかにあったんだけども、それでも指の力だけで重力に逆らえるというのは、すごい話だ。
片手どころか指一本でも、逆立ち腕立て伏せができそうなレベルだと思う。
だから、自力で昇降できるか確認したいと言った彼女を手助けしたりもしたのよ。最初は。
竪坑をちょっと降りたところで壁に貼り付けるかテストしてもらったり。
おかげでつるつるな壁に歯が立たないってわかった時、ラミナちゃんてば盛大に放心してたもんなー……。
いや、彼女の自信も根拠レスではなかったし、そんなに過剰だったわけでもない。
自前の身体強化が通用しなかった場合も想定して、ラミナちゃんは、ちゃんと登攀にも使えるような武器を身につけていたしね。
むこうの世界にも、バグナウとかいう格闘暗殺用の鉤爪があったらしい。が、ラミナちゃんが両手足の甲につけている鉤爪は、虎の爪というより羆の爪だろう。
一目でかなりの攻撃力がありそうとわかる。
身体強化かけた状態で、下手に細い木を攻撃したら、一撃で剔り倒しかねんレベル。
ただ、つるつる壁でラミナちゃんの体重を支えられるような摩擦係数を生じることはできなかったってだけで。
じつは、こんなつるつるした加工の壁では、物理的なロープよりたぶん強靱で、かなりの信頼性があるはずのあたしの結界ロープも、張り付きの力が足りない。
なので、アンカーとなるようなものを用意するのには、すでにラームスにも協力してもらっている。
あたしが直接結界をつなげているのはゴンドラ脇のラームスだが、彼は彼でさらに建物の外の同類ともつながりを強固にしているらしい。
きっちり根を張れた屋外のラームスたちは、頼りがいもバッチリですよ。
だけど、ラミナちゃんは直接あたしのようにラームスたちには頼れない。
あんまりなラミナちゃんの落ち込み具合に、一度もとの階に戻ったら、トルクプッパさんが代わろうかと申し出てくれたりもした。
意気消沈してる相手を同行させたって、役には立たないだろうということらしい。
だけど、登攀能力が封じられてても、ラミナちゃんの戦闘能力は十分有用なんですよ。
さらに結界ロープを延ばし、あたしとラミナちゃんは地下一階とほぼ同じ高さまで移動した。
数瞬静止する間もなく、ラミナちゃんは左手で石弾を放った。この階の最奥の一つにまで到達し、かちんと跳ね返ったのをあたしは知覚した。
〔ボニーさん、どうですか?〕
グラミィがラームス伝いに心話を送ってきた。
……あー、ひょっとしたら、地上部分は偽装だったかもしれない。
〔どゆことです?!街道から建物が見えないような偽装がされてた以上に、何かあるってことですか?〕
まずは、シャフトとその周囲がまずおかしい。
今もグラミィたちがいる地上部分では、この縦坑の開口部は建物の奥にあったように見えていた。
だけど、ラミナちゃんが石弾を打ってくれた通路は四本。シャフト周囲の広いスペースから四方へ放射状に伸びた通路は、ほぼすべてが同じくらいの長さであり、しかもそれが地上部分でいうところの、入口から開口部までの距離以上に長い。
結界ロープを維持してる今の状態じゃ、さすがのあたしも構造解析の術式まで顕界するのは難しい。だから推測しかできないんだけど。
おそらく、地下部分の構造は、地上と全く違うと見ていいだろう。
ラームス経由で心話を伝えると、グラミィの唖然とする気配が伝わってきた。
そりゃそうだろう、通常サイズのシフォンケーキだと思ってたのが、せいぜいが歯形の付いたドーナツだったとか。それをちょこんと端っこに乗っけた形で、さらにその下に、バケツサイズのシフォンケーキが型ごとずどーんと埋まってたようなものだとか。
深さはゴンドラの位置を確かめてあるから、最低値ぐらいは予想がつくけれども。それだってさらに下層に行くための乗り換え用ゴンドラがご用意されてます、という可能性だって出てきちゃう。
だが、どっちにしろ、探索は一歩一歩順繰りに、地道にしていくしかないわけですよ。それも急いで。
ぐるっと一周回転が終わり、ラミナちゃんは再び投擲を始めた。
右手で。
宙ぶらりんで踏ん張れる足場があるわけでもない上に、大ぶりなモーションはとれない。それでも矢継ぎ早の投擲でそれぞれの最奥まで石弾が届くあたり、ラミナちゃんの戦闘能力は中距離でもかなりのものと言えるだろう。
さきほどと同様に石弾が――魔術陣が転がっていき、起動する。
「……シルウェステルさま」
無声音にあたしは首の骨を頷かせ、さらに下降を始めた。
ラミナちゃんには、二種類の魔術陣を投げてもらうようにお願いしてある。
どちらも打ち合わせ通り、窒息を防ぐための気流陣なのだが、右手で彼女が投げたのは、周囲の魔力を吸収して発動するよう、魔力吸収陣と気流陣をシンプルに組み合わせただけのもの。
一方、左手の魔術陣は、わずかな魔力でも動くようにはしているのだが、「人間の放出魔力のみを吸収する」「吸収エリアは半径五メートルぐらい」という記述を条件式に入れ込んでおいたのだ。
つまり、簡単な人感センサーつきなんですよ。
あたしは幻惑狐たちの鼻を信じている。それを考えると、多少古いとは言え、人間の匂いの大量発生源がどこにあるかなんてわからない以上、最小限の警戒はいたしますとも。
ゾンビ映画じゃあるめぇし、集団とバッタリ遭遇、数で圧殺される恐怖なんて味わいたくもない。
そもそも屋内のような閉鎖空間というやつは、戦術級であっても攻撃力の強すぎる魔術というのは使いづらいのだ。バカ魔力でごり押しというあたしの得意技が封殺される、極めて相性の良くないフィールドといえる。
ならば、集団と出くわさないようにいくらでも小細工はしますとも。
ラミナちゃんには、次の層でも同じように石弾を打ってもらった、のだが。
「シルウェステルさま」
びくりとラミナちゃんの肩が強ばった。
そう。人感センサーつき魔術陣がいきなり発動したのだ。
(ほね?)
(大当たりみたいだね。頼んだよ、フームス)
頭蓋骨をかっくり頷かせると、器用に懐から這い出してきたフームスがぴょいと地下二階へと飛び移る。
(ラミナリアどの。打ち合わせ通りに)
「承知しました」
微出力の接触心話で短く伝えると、あたしは降下スピードを上げた。
地上での打ち合わせでは、人間の存在を確認するまでは比較的慎重に、確認したらそこから先は速攻と決めている。
なのであたしたちのやるべきことは、すべての階で人間の有無を確認しながら、移動手段であるゴンドラを確保することである。
最下層からゴンドラを上げたら、次にすべきはこのシャフトを封鎖すること。
相手の移動手段を奪いつつ、自分たちの物にするってのは常套手段でしょうね。
だからこそ、相手の物にされる前に破壊工作をするとか、破壊工作に相手を巻き込んで、ついでに被害を与えるというカウンターアタックなどが効果的なわけだ。
それら破壊工作もまた、常套手段になる理由でもある。
なので、カウンターアタックを回避するのに生きてくるのが、幻惑狐たちの存在だ。
彼らは人の気配を感知した階層で、その能力を使って身を隠していてもらっている。
人がいるから、彼らが待機している階層では、二種類の気流陣が動いている。
ゆえに、彼らが炭鉱のカナリアよろしく窒息の危険に見舞われる危険も少ない。
おまけに彼らが見たものは、樹の魔物たちが中継してくれるので、あたしたちは直接接触の危険を冒さずとも、この建造物に潜む人間の観察ができる。
相手が何をしようとするかわかれば、こっちは一歩早く手が打てるというものだ。
次の階に打たれた魔術陣に、人間の反応はなかった。
そして、地下四階。
このシャフトの終着点でもある。
「シルウェステルさま」
(わかっている)
気流陣を動かすまでもなく、新鮮な空気が流れているのがよくわかる。おまけに、その動いている空気には。
(ほね~)
カロルが教えてくれた。人間の匂いが、それも残り香ではないものがついていると。
(カロル、ターレム)
ぴょいぴょいと走り去っていく幻惑狐たちを見送る間もなく、あたしとラミナちゃんはゴンドラの周囲を調べ始めた。
……やっぱりというべきか。この建造物を作り上げるのにも、星屑たちが関わっていたらしい。
シャフト近くに無造作に転がされていたコントロールキューブには、がっちりと日本語で「上」「下」「開」「閉」と書いてあったのだ。
キューブに両手の骨をかざすと、あたしは構造解析を顕界した。
……魔術陣に余計な記述もないようだ。罠はしかけてないとみるべきだろうか。
が、念には念を入れておこう。
あたしはラミナちゃんとゴンドラ部分に乗ると、「閉」のボタンを押した。
柵が閉まったところでその外側、シャフトの開口部までをすっぽりと覆う防音結界を張る。
ゴンドラの駆動で発生する振動は、残念ながら完全にはごまかすことができない。だけど、せめて音だけでも感知できないレベルに落としておこうというわけだ。
戻ってきたカロルとターレムは、結界の向こうでゆらりと尻尾を振った。
万が一感づかれて、この階層にいる人間が飛び出してきた時には、彼らが幻惑狐の本領たる幻惑の力を発揮して、足止めをしてくれる予定になっている。
でも、無理はしないでね。
(しない~)
(はやく~)
わかったわかった。またなるべく早く降りてくるから。
そんじゃ、今戻るからね、グラミィ。
〔りょーかいです!〕
あたしは「上」のボタンを四回押した。
……いやあ、制御装置が見つからないわけだわ。この手のひらサイズのコントロールキューブ、持ち歩きができるようになっているって。建造物内で使えるリモコンかよ。
ということは、正規の利用者は多くても数人程度と見るべきか。
「お帰りなさいませ。ご無事で何よりですじゃ」
〔なにぶつぶつ言ってるんです?〕
あいかわらず心話と音声での会話の格差っぷりがひどいぞグラミィ。
〔口に本音が出たら危ないからに決まってるじゃないですかー。で〕
「いかなる状態にございましたか」
あたしは全員を見回して――コールナーや、グラミィに預けた幻惑狐たちも、もちろん含む――、リアルタイムでは伝えきれなかった最下層の様子を心話で伝えた。
(ここの首魁とおぼしきものはただ一人。それも、どうやら病んでいるようだ)
カロルとターレムが嗅ぎ回ってくれたのだが、最下層にいるのは一人であり、しかも、匂いからは衰弱している感じがするという。自室から出てくる気配もないらしい。
だというのに、彼らってば(ねんのため~)とかいって、扉と戸枠を貼り付けとこうとしたので、少しだけ土砂を作って渡したげたついでに、完全に塞ぐなよと言っておいた。
いざ首魁との対面!って時になって、寝たきりの相手が窒息死してました!というのは、さすがに残酷がすぎると思うんだ。
(喫緊の問題は地下二層だな)
大量の人間の匂いがするとフームスが言ってくれた階だ。
あたしたちが戻ってくる途中でも教えてもらったのだが、どうやら四方の通路で四つの部屋に区切られた部屋のすべてから大量の人間の匂いがするらしい。
ただし、その大半は過去のもの。
今も使われているように感じられたのは、その部屋の一つだけだという。
どのくらいかと聞いたら(いっぱい)という答えが返ってきたんたけどね。
幻惑狐たちは、群れが大きくなればなるほど知性が上昇する。
人間の数の単位を認識はしていないが、数量の把握はできるんですよ。
なので、比較対象を出して聞いてみたら。
「『レジナの人口よりは少なく、なれどそこらの寒村が一つ二つではかなわないほど多い』……ですか」
……つまり、数万とかってほどじゃないけど、下手すりゃ数十人どころか百人単位、ひどければ千人単位で人がその部屋にいるということらしい。まじかよ。
〔ボニーさんたちだけでつっこまなくてよかったですね〕
グラミィがぼそっと心話で伝えてきたが、ほんとにその通りだと思う。
数は力だ。それも暴力的なまでの、圧倒的なものだ。
あたし一人で何も考えずにつっこんでたら、コールナーや幻惑狐たちを巻き添えにして盛大な被害を出してたかもしれん。
「では、まいりましょう」
さいわいにもゴンドラの部分はかなり大きかったので、人間はもちろん、コールナーまで一緒に乗り込むことができた。
地下一階を過ぎ――ついでに人感センサー付き魔術陣は、地上に戻る時に一瞬だけ開けた結界の穴から、多めに撒いといてとラミナちゃんに伝えておいた。たとえ隠し通路の類いがあったとしても、この階に人が移動してきた気配はないことは確かだ――急いで地下二階へと移動する。
(アロイス)
「は」
ゴンドラのコントロールキューブをグラミィに預けると、あたしはアロイスといっしょにゴンドラを下りた。きゅうと鳴き声をたてながら、フームスが飛びついてくる。
(こっちー)
シフォンケーキのたとえをまだ使うならば、輪切りを四分割したようなスペースは、両脇にいくつもの扉がついていた。
素早く一つに近づいたアロイスが触れる。
「……鍵はかかっておりません」
あたしは頷いて、開けるようにとしぐさを送った。星屑たちの技術が使われているのか、この建物の中の扉はどれもこれも軽い。音も立てずに開けられる。
僅かに開いたとたん間髪入れず、その隙間にするりとフームスが入り込む。
濃厚な見知らぬ人間の匂いにどっぷりつかり、フームスの背の毛がぴりりと逆立つのが伝わってきた。




