事前準備は念入りに
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
昨晩、寄ってたかってお説教を受けていたところで、グラミィとアロイスが割って入った。
というか、グラミィはアロイスに仲裁を頼もうと探しに行ってくれてたらしい。
それはありがたいんだが、逃げ道塞いどいて開けるとかひどくね?と言ったら、グラミィってば、じゃあ閉めたまんまにしましょうか、なんて言うんだもん。
あたしも怒ってるんですよと心話で伝えてくるグラミィは、……うん、本気だったね。あれは。
アロイスになだめられても、自分を軽んじるな、無茶をするなとまだまだアーノセノウスさんとクラウスさんはお説教したりないようだったが、なに、こっちにだって二人には言いたいことがある。
心配があるからこそのお説教というのはわかっているから、そのお気持ちは嬉しいんですけどね。言行不一致過ぎませんかと。
なんでほいほい勝手に戦場につっこんでくかね。しかも近接戦闘能力皆無な魔術師が(意訳)と返せば。
はっは、ブーメランが後頭部に直撃したようなもんでしょうが。
ぐうの音も出なくなったところで、真面目に段取りの最終チェックはしましたとも。
コールナーは最後までおかんむりだったが、ご一緒に移動するのならばお話もきっちりできましょうとグラミィに囁かれ、納得したらしい。
その時はグラミィめ、何吹き込んでやがると思わなくもなかったが、移動時間も考えたら正解ですよね。
ちなみに、彼のお怒りポイントは、アーノセノウスさんと同じではない。なんで自分の生存を諦めるんだ、一緒に生き延びる道を探すのだというもの。
いつもの心話では周囲に人がいたら聞こえてしまう。だから接触している相手でないと聞こえないくらいの『小声』で話すから背中に乗れと言われて、道中ずーっと耐久怒られっぱなし状態だったのはさておき。
……生き延びろとかお骨のあたしに言うかね。とはちょっと思ったけれど、正論だ。
コールナーの、というか魔物たちの死生観は、やはりどこかしら野生動物のそれに近い気がする。
生きている間はとことん生きるべく努力する。一瞬の油断や弱さが死を招くのだから、死んだらそれはそれまで。
でも、死んでしまったら、こんなふうに心話で話をしたり、いっしょにいたりすることはできない。
だから、生きているうちは、存在をやめない限りは精一杯生きろ、ということらしい。
いっしょにいたいから生きていろ、という気持ちあってのお怒りだというのも伝わってきたから、あたしは素直に受け入れましたとも。
……なんか、あたしが消滅したら、コールナーってば名残とばかりにあたしのマイボディであるシルウェステルさんのお骨を、自分のテリトリーに持っていきそうだよね。
それは、アーノセノウスさんが泣くか激怒すると思うから、やめてあげてくれなさいといいたいが。まあ、いいか。
移動中ずっとぶつぶつ言われながらも、あたしはコールナーに乗っけてもらったまんま、アビエス河から大きく回り込むように移動した。
理由はひとつ、スクトゥム帝都レジナを追い込むためである。
その方法について説明したら、魔術師たちも船乗りさんたちも呆れた顔をしたが、アロイスには冷静に、アルボーによく似てますねと言われたものだ。
だけど帝都レジナは、さすがに一副伯領の領都とは比べものにならない規模ですとも。
そこで協力してもらったのが、樹の魔物たちだった。
あたしのお骨にも、まだラームスの欠片たちがくっついていないわけではない。が、さすがにフェルウィーバスに置いてきたラームス本体ほどの力はないし、挿し木にしようにも枝だって少ない。種なんて取れるわけもない。
だけど、グラミィの腕と杖に絡まっているラームスのきょうだいは、その枝を折ったこともない。
ま、グラミィの樹杖たちに頼るとしたら、それは最終手段だと決めている。
なにせ、ヴィーリの半身たる樹の魔物たちの存在がある。
ラームスの原木とでもいうべきヴィーリの樹杖は、崩壊したリトスの余波を封じるため、半身たるヴィーリが枝を折り取ってはいたが、それで受けたダメージはほとんどない。はずだ。自己剪定のためだけじゃない。
なにせ、リトスは、現在進行形で崩れゆく廃墟から、盛大に魔力を放出していた。アルベルトゥスくんのせいだ。
結果、壊滅後のリトスは、とても魔力が濃い土地になっていた。
そう、周囲を囲むように植えられた樹の魔物たちが勢いよく繁茂し、さらに繁殖のために種子やなにやらをたっぷり作るくらいには。
アビエス河にも、アルベルトゥスくんの結晶は降り注いでいたはずだ。
そこで、ヴィーリは、彼の半身たる樹杖の種子と枝を、アビエス河へと定期的に流したのだった。
それが一番手早く、下流域まで樹の魔物たちを送り届けることができるからだ。アルベルトゥスくんの結晶の影響を食い止めるためだ。
川の流れに沿って樹の魔物たちの種子は流れ、……おそらく、ロリカ内海にも達していることだろう。
種たちが発芽しても魔術を使えるほど成長できているかはわからない。しかし、枝ならば話は多少変わる。
もともとレジナは、その周囲の土地との高低差がさほどない。
ランシアインペトゥルス王国の王都ディラミナムは、高い城壁に囲まれており、中に入るにはそれなりに坂を登る必要があった。
しかし、あいにくと帝都レジナは平城に近い。正確に言うと、宮殿のある中心部は低い丘陵地帯になっているんだが、内側の城壁を越えるとほぼ平坦な土地柄だ。
……このレジナの状況って、壊滅前のリトス同様、都市として繁栄するうちにどんどんと規模が拡大し、外へ外へと広がったせいなんじゃないかなと思われる。
一番外の城壁の内外で高低差がないのは、かつてアビエス河の氾濫によって削られた元川底、というか河原部分にまで都市が広がってきたせいじゃないだろうか。
だけどさあ!港ががっつり市街地近くにまで食い込んでるくらい、アビエス河は近くにあるんですよ。その流れを防御に使うってことは考えないのかね?
そう、けっこうレジナの防御はゆるゆるなんですよ。
むこうの世界でヨーロッパの城と画像検索すれば出てきそうな、中世風の高い石の城壁の見栄えは確かにする。
だけどそれが二枚しかないってなんなのよ。いくら州都とはいえ、属州にあったリトスですら、城壁は四枚もあったってのに。
以前に糾問使で来たときも歩き回ったけど、唖然としたもんである。
確かに一番外の城壁は高い。それはもう厚みもしっかりしたものだ。けれどその内側にあるもう一つの城壁を越えれば、城のある丘の上まで障害物はないも同然。
……狙撃されやすくね?一歩都市の内部に入ったら、かなりやりたい放題できるとか。
いやまあ、そこまで長距離を攻撃できるような弓とか弩とかないのかもしれないけれども。
ひょっとしたら、むこうの世界の知識で銃や大砲を持ち出してきても大丈夫なように、いざというときには何かしら魔術的な防御壁でも展開されるのかなとも思ったんですよ。
だけど、そういうことはなかった。
それはつまり、こっちはやりたい放題。特に城壁の真下は死角になりやすいということでもある。
まあ、一応だけども、宮殿のある丘陵地帯の周囲に二枚目の城壁は築かれているし、どちらの城壁の外側にも堀が構築されてはいるのだよね。
そうやって真下の死角潰し兼、都市の防御能力向上のため、わずかな高低差のかさ上げをしようとしている、のかもしれない。
第一、レジナはスクトゥム本国の首都だ。地理的にも本国の中心部に位置している。
ここまで攻め込まれるってことを想定してないのだとしたら……集中する流通とか考えたら、防御性能よりも利便性を取っての都市計画なのかもしれない。
そう考えると城壁が二枚しかないのも、都市の発展拡張で木々の年輪のように残されていた城壁をとっぱらい、区画整理を施したから、なのだろうか。まあ痕跡がないから真偽はわからんが。
宮殿内にもそれなりに侵入者対策はしかけられていたし、その中には、並の魔術師だったら魔術の発動前に無力化されるようなものもありましたさ。
全部突破して嫌がらせをしてのけたあたしには、意味がなかったけどな!
今後も効かないかどうかはわからないから、油断はしてないですけど。もちろん。
それでも遠くから見て危険性が低いと判断したあたしは、事前に幻惑狐たちの一部をこっそりリトスへ送り込んだ。
人影はまだしも、丈の高い草むらにならすっぽりと隠れてしまうような、ちみっちゃい幻惑狐たちがうろちょろしていても、城壁を守る衛兵――それがそういう役職についている戦闘専門職なのか、それとも住民たちの持ち回りなのかは知らないが――の目にはとまらない。止まったとしても和むぐらいだったらしいしな。実際衛兵たちにおいしく夜食をごちそうになってたやつもいたし。
その幻惑狐たちにお願いしておいたのは、城壁ぎわの堀を、さらに深掘りしてもらうことだ。
近くにアビエスがあるのに、さすがに空堀というわけにはいかないようで、レジナの堀には内外どちらも水がたまっていた。
その堀を全体的に深くしたついでに、東西部分をさらに低くしてもらっておいたのである。
そこまで事前準備をした上で、あたしは霧に紛れてコールナーと一緒に、プロテージット門へと向かった。
北へと向かう街道の始点である。
そこであたしのやったことは至極単純。
夜が明けてきた頃に、城門の前でリニューアル&バージョンアップした鎌杖を振り上げ、振り下ろしてみせるだけの簡単なお仕事です。
門が開くのにはまだ早い。が、門衛たちがいないわけじゃない。
その視線を集める囮ですとも。
その一方で、あたしは船団に預けた幻惑狐たちにもお願いをしておいた。
レジナ自体に仕掛けをするくらいなら、当然のことながらアビエス河にだっていろいろ仕込みはしてある。
といってもたいしたものじゃない。「周囲の水から魔力を吸い取って発動し、周囲を氷結させる」という、単純な魔力吸収陣と氷結陣の組み合わせを、アビエス河と流れ込む、細い支流の合流地点にしかけておいたのだ。
もちろん、その周囲に悪影響を受けそうなラームスたちがいないことは確認済みである。
魔力が少なくなると地は荒れ、水は凍り、風は凪ぎ、火は消える。
そう、水は氷になるのだ。
水よりも含有魔力が少ないということは、氷は周囲から魔力吸収するタイプの魔術攻撃に強い。下手すれば氷が増えるだけというね。まあ打撃には弱いのでそこは別の防御方法と併用しなければならないが、氷結魔術陣を水中にしかけておけば、ある意味永久機関のできあがりですとも。
後は勝手にどんどん氷の堰が大きくなってくれる。
それを、船団に乗せて置いた幻惑狐たちを通じてタイミングを合わせ、破壊してもらったのだ。
なに、氷結魔術陣に『火球がぶつかったら停止する』という停止条件を入れておけば、やりそこなう心配などせずにすむわけで。
結果、大量の砕氷と水がアビエスを一気に流れ下った。
支流がアビエス河に合流する地点に来るたび、同じ事を繰り返してもらえば、そのたびに流れる水の量と砕氷は増え、勢いと質量の増える氷の攻城槌も同然である。
これまで船団を進めるのに、地味に障害となっていた、川底の鎖や縄も杭や留金ごと引きちぎられ、氷がぶつかった衝撃ですっぱり粉砕ですよ。
そして川岸から結界が高さ1メートルほども伸びれば、そのぶん水深を一時的に深くすることができる。
沿岸に流れ着いていた樹の魔物たちは、ラームスと違ってあたしの魔力を吸わせてはいない。ということは、ヴィーリからお願いされない限り、あたしの言うようには動いてくれないということだ。
だ っ た ら 、彼 ら が 自 発 的 に 動 く よ う に す れ ば い い ん じ ゃ ね ?
鳴かぬなら、泣くまでいびろうホトトギス(ぉぃ)。
氷塊に引っかけられたらすりつぶされるよー(意訳)と囁いた上で、彼らが根を伸ばしている川岸にへばりつくように結界を張ったら耐えられるかも?と伝えてあげたからだろう。どうやら両岸は氷に削られることもなかったようだ。
手入れの行き届いた――つまり、枝などの漂流物は定期的に撤去され、石組みを歪めそうな植物は、生えたそばからめざとく引っこ抜かれるレジナの港以外は。
通常の水深でも川幅でもたたえきれない大量の氷水。
それをあたしは、レジナの港湾地区に叩きつけさせた。
なぜ港ではなく港湾地区かって?
なにも川底にしかけを施すのは、スクトゥムの専売特許というわけではない。
川の流れに斜めに氷の堰を作れば、流れは下流ではなく川岸へと、川岸を削り広げた港へと向かう。
埠頭を乗り越えた河の水は港湾地区にまるっと溢れ、周囲の堀にまでなだれ込んだ。
その後を追うように、港を埋める砕氷塊。そして船団は、川の流れを変えた、最後の氷の堰を砕くと同時に、魔術による盛大な一斉射をレジナに放ったのだった。
その様子を、あたしはグラミィたちの連れている幻惑狐たちの目も借りて見ていた。
ええそうです、あたしは帝都レジナの北東にあるプロテージット門の前で一騒ぎを起こしながら、船団と、そしてその外部サポートとして港の南西近くにいるグラミィたちとも連携を取っていたのだ。
ラームスのサポートもほとんどない現状では、正直頭蓋骨がもう三つ四つ欲しいところだ。現在のあたしと同等の思考能力があるならばだが。
一斉射ですませるほど、彩火伯主従は、そして彼らに率いられた魔術師たちは甘くない。
幻惑狐たちの目を借りれば、死に物狂いで舵にしがみついている船乗りさんたちも含め、全員がマストやらなにやらに身体を縛り付けているあたり、なんというかわかってらっしゃる。
なお、操船はグラディウスの船乗りさんたちと魔術師さんたちの共同作業である。
操船用の魔術陣を作って渡しておいたのは、舵が一本じゃ効かないような状況を想定しての緊急用だったんだが。
……うん、プチメテオがまっすぐ行ってぶっ飛ばし、クラスター弾をロケットランチャーでぶち込みつつ反転したかと思うと、次の船が急接近してきているとか。
それを両船とも、グラミィの操船なみのドリフトで衝突を回避するとは。やるな。
間髪入れずにマシンガンのような凄まじさで火球の雨が降り注ぐ。
……現地の幻惑狐たち越しではなく、レジナのほぼ反対側にいるあたしにすら、轟音も聞こえてるというか、振動がお骨に伝わってくるからなー……。港側の城壁、下手したら一部崩れたかもなー……。
レジナからは混乱の騒ぎは聞こえてくるものの、応戦する様子はない。
ええ、船が最初の氷の堰を壊した直後辺りに、あたしはレジナ内部に送り込んだ幻惑狐たちにも、ひっそりお願いをしていたんですよ。
騒ぎが起きたらバリスタや弩の弦をすべて断て、と。
……弩はともかく、中世風味の高い城壁に、バリスタなんて物があるってのは、絶対星屑の魔改造のせいだと思うんだけどね。
以前にレジナで宣戦布告なんぞをやらかしたとき、しっかり撃たれましたからね。そのバリスタで。
あたしの身代わりやってくれてたマヌスくんが。
なので、そりゃあ警戒ぐらいしますとも。対策だってもちろんのこと。
マヌスくんが無傷で済んだのは、ラームスの欠片たちが、何重かに結界を張ってきてくれたおかげなんですもの。
上は大火事、下は大洪水。なんでしょう。
なぞなぞにもならない状態に、門内や城壁の上からあたしに向けられてた意識が、一斉にアビエスへ釣られる。
そのタイミングで、あたしはアエギスの戦いでも使ったスタングレネード火球の群れを顕界した。
細長い結界の帯をまとわせた形で。
そして、結界の端を大きく振るように動かすと……。
はい、火球の雨が勢いよく飛んでいきます。通常であればあり得ないほど遠距離に。
アーノセノウスさんは延伸とかいう、火球射程を伸ばす術式が使えるようだが、なにもそんなことをしなくても攻撃距離は伸ばせる。
なんかのお祭りで、火の付いた木片を鞭で川まで弾き飛ばすとかいうイベントがあったというのを聞いた覚えがあったのでやってみたのだ。
うん、これ、魔術でやってるけど投石帯と原理は一緒だわ。
おかげで二重城壁の上空にまで、スタングレネード火球は届いたらしい。
盛大な爆音にさぞかし宮殿の中の人間は仰天しただろう。
船が本隊なら、こっちは陽動だとおもったかな?でもこちらも本命なんですよ。
ええ。無視も軽視もさせませんとも?
再びこちらに注目と警戒が集まったところで、あたしは巨大な火球を顕界してみせながら、幻惑狐たちに次のお願いをした。
何もレジナの中に送り込んだ幻惑狐たちは城壁だけじゃない。すべての門のところにもいる。
そしてバリスタの弦が切れるのなら。
閉じた門扉のむこうから、ずしーん、と、微妙な時間差でいくつも地響きが伝わってきた。
ええ、落とし格子の仕掛けも落とせるんですよ。
吊してあった縄やワイヤを、幻惑狐たちが自分の土砂を操る能力で構築した砂刃ですり切ったのだ。どうやらすべての落とし格子を落とせたらしい。
幻惑狐たちの目を借りれば、門内では自重でめり込んだ落とし格子を門兵たちが取り囲み、あんぐり口を開けたり、ゆさぶったりしている様子が垣間見えた。
だけどね、仮にも都市の防御用に作られた機構なんですよ、落とし格子って。数人程度じゃぐらつかせることも難しいんじゃなかろうか。
落とし格子を引っ張り上げるなり、解体するなりしない限り、扉板を破ろうともそうそう侵攻はできないだろうけど。
狙 い ど お り で す と も 。
示威に使っていた火球を消すと、あたしは一緒にいた幻惑狐たちに、最後のお願いをした。
彼らがてちてちと門に近づけば、みるみるうちに門の蝶番部分が、幻惑狐たちの詰め込んだ土と砂で固められていく。
ついでに魔術陣を扉にしかければ。
はい、鉄板と鋲でがちがちに防備を固めてた扉板は、みるみる氷結して氷の板になりましたとも。
裸の平城に近い構造だとはいえ、帝都レジナも城砦都市ではあるのだよね。
城砦都市は、攻めるのが難しい。城一個攻めるようなものだからだ。
そして城攻めの基本は攻囲戦――取り囲んで逃げ道を潰す攻め方だという。
が、攻囲戦なんて、大軍でないとできないんですよ。
これが険阻な地勢を防御に使ってるような山城ならば、出入りする門だけ固めればいいって場合もあるんだけど。
攻城戦の別解としては、「少人数で防御側の仲間のふりをして侵入し、防壁の中から崩す」という、一寸法師的な方法もある。
内から崩すバリエーションとしては、「裏切り者を作って寝返らせる」という、獅子身中の虫作戦というのもあるわけだが、利を持って翻心させるにしても、短時間でできるこっちゃないんだよね。
だけど、これらの方法は――前の方は特に――送り込んだ戦力の死を覚悟しなければならない。
ここまでエセ電撃戦をやらかしてきたあたしたちにとって、それは最大の弱点を傷口に変えてしまう方法だ。
寡兵で奇兵。ピーキーなほど移動能力も、潜入能力も、攻撃能力もとんがっている分、防御力がめちゃくちゃ低いんですよあたしたち。
船団全員合わせても、たぶん、重装備の騎士十人程度の足元にすら及ばないと思う。まあ合わせるからいけないんだって話はあるんだけど。
紙装甲ってのは、損耗が簡単に出るってことでもある。
そして寡兵にとって、人員の損耗というのは致命傷。死ぬこと以外はかすり傷という言葉がむこうの世界にはあったが、かすり傷でも虚弱体質には即死攻撃。たやすく死ねる。
だからこそ、あたしたちは死者は、いいや、怪我人だって出せないのだよ、本当なら。
……まあ、その計算づくの判断に、アーノセノウスさんたちはもちろんのこと、ここまでいっしょに来たグラディウスの皆さんも一人だって死なせたかない、という下心が混じってないと言っちゃったら、嘘だけど。
しかし残念ながら、これまでの道中でもすでに負傷者は出ている。
特にアエギスの戦いでは、星屑どもが火球のお札を投げてきたせいで、船もダメージを受けたのだ。軽微なものですんだのは、消火に魔術師たちがいそしんでくれたおかげだ。
が、それでもマストの数本は燃え砕けた。上から降ってくる破片や燃えさし、火の粉を浴びた怪我人が出たのまでは防げなかったんですよ。
首から上の負傷は一段階重傷と判断すべき、ってぇのはむこうの一次救急だかの判断らしい。
それで言ったら絶対安静にしとけというレベルの人も出てはいる。だけど安静になどさせておけない。寝かせておいたら、置き去りにするしか手がなくなってしまうからだ。
今のところ、誰一人として怪我人を置き捨てずに動けているのは、あたしたちの移動手段が主に船だから。それだけの話なのだ。
帝都レジナを陥落させる。『運営』がレジナの裡にいるとは限らない。が、おそらくそれが『運営』を――そして星屑たちを追い詰める一歩になる。それは確かだ。
だが、この少人数で、この巨大なレジナをどう攻める?
ぶっちゃけ、レジナの防御がゆるゆるでも機能している最大の理由は、レジナが広すぎる、ということになるのだろう。
だって、外側の城壁からどんな攻城兵器で責め立てても、王城を囲む内側の城壁を越えられるとは思えないんだもん。
物量人数めっちゃ多すぎ。攻囲戦をしようにも、あたしたち全員が手をつないで一列になったって、レジナの城壁の半分も囲めないだろう。
そんなこんなで、いかにしてリトスを攻めるか、あたしたちはアエギスの戦いの前も後も悩んでいた。
そして閃いた。
だ っ た ら 、 直 接 攻 め る 必 要 は な い ん じ ゃ ね ?
そもそも、アエギスの戦いがあったことだって、レジナへとっくに伝わってておかしかない。
確かに、アエギスの野は、属州との北境に近いっちゃ近いところにある。
だけどね、本国内の中なんですよ。
いくら川の流れのまま下る船や、空の飛べるあたしたちの方が素早く移動できるったって、丸一日戦闘があったってこと、いや、その結果くらいは伝わってるはずでしょうが。
枝街道から脇街道、本街道へと戻れば道はどんどんよくなる。歩兵はまだしも、騎兵ならばとっくにレジナにたどり着いてるころだと思うのだ。狼煙ならばなおさらだろう。
だけど、潜入してもらった幻惑狐たちの目を借りて見た限り、帝都レジナは平常どおりだ。あまりにも平常運転すぎた。
籠城戦の準備をしている気配どころか、アエギスのアの字も出てきやしない。
この世界でも、無駄に正常化バイアスってやつは張り切ってお仕事をしているようだ。過労死寸前の社畜なみに。
……まあ、この世界を相も変わらずゲームの舞台と思い込んでそうな星屑たちなら、イベント告知がない限り事態は動かないなんて勘違いをしているのかもしれない。何かが起こるのは予告を見てからで大丈夫だと考えてるとしたら、指の骨も指さずに哀れむぞ。
だけど、それでも国の上層部――星屑たちを踊らせている『運営』あたりは、とうに気がついていると思っておくべきだろう。
なのに黙っているのは、ほんとに油断しているのか、それとも狸寝入りを決め込んでいるのかはわからない。
が、いずれにしてもレジナを直接どうこうするには、あたしたちでは一本足んない。どころか二本も三本も足らんのだ。
手数と、彼我の人数差をひっくり返せるだけの奥の手が。
置き土産代わりに、あたしは小さな氷塊をさらにレジナ上空にばらまいた。
そのまま自由落下に任せる。
普通なら、多少大きめのひょうと同じ、いや落下距離がそんなにないぶん、たいしてダメージは発生しないだろう。
だが。
一斉に氷塊がはじけた。
驚愕の悲鳴を尻目に、あたしとコールナーは霧の中に姿を眩ませた。幻惑狐たちの一部がその後を追ってくる。
あたしが顕界したのは、二重構造の氷塊だ。
内側は炭酸水を凍らせたもの。もちろんバッキバキの強炭酸ですとも。
さーて、ここで問題です。
水の中に炭酸が溶けた状態で凍らせるとどうなるのか。
答え。
水と炭酸――二酸化炭素が分離しちゃいます。
塩水や砂糖水を凍らせてみるとわかるが、水は凍るときに水分子同士で引き合うため、最後まで凍らなかった部分の濃度がめちゃくちゃ高くなる。
同じ事が炭酸水でも起きるのだが、問題は、水に溶けていたぶんの二酸化炭素が分離すると、気体の状態でいっしょに凍るんですよ。
で、それに衝撃を与えたり、周囲の温度が上昇して、氷がちょっとでも溶けると……。
破裂するんです。スパーンと。
たしか、むこうの世界じゃ、それで爆発事故も起きてたんじゃなかったかな?
氷の癇癪玉は、着弾地点にパニックを発生させるためのギミックだ。スタングレネード同様、殺傷能力は皆無に近い。
だけど、そんなんでも理由のわからない音で動揺すれば意思の統一は崩れるし、なにより情報が混乱していれば、それだけこちらへの対応も遅れるだろう。
帝都内部に散らばった幻惑狐たちも、悠々と姿を隠せるというわけだ。




