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スパルタ的ショック療法添え朝食です

 気を取り直したエドワルドくんをパシらせて、あたしとグラミィは二人の隊長たちとこっそり打ち合わせをしておいた。

 その後で、大広間で一緒に朝食を摂るということになった。騎士のみなさんは下座のテーブルで交代制だけど、メニューは同じ。

 正式な食事は昼と夜の二回らしいが、それでは肉体労働している以上身体がもたないというわけか、みなさん朝から健啖です。

 グラミィも騎士たちに負けじとばかりに、くたっとした野草っぽいものが入っているせいで一見七草粥っぽく見える麦粥?をもりもり平らげてる。最初のころは味が薄いとかなんとか文句言ってたのにね。 


〔ボニーさんのせいですー。魔力あげたら、なんかやたらとお腹空いちゃってるんですよ〕


 ……ナルホド。そりゃ失礼。


 比較的食が進んでないのは魔術士隊の四人ぐらいなものか。

 ああ、あたしを忘れてたや。普通の食べ物は食べられませぬ。お骨なんで。

 かなりグラミィから魔力をもらったので、気分的には腹七分目ってとこですが。

 んじゃ、食事も終わりそうだし。そろそろ打ち合わせ通りよろしく。

 

「ベネティアス、アレクサンダー。おぬしらにはこの後、ちょいと文書を書く仕事をしてもらいたい」

「かしこまりました」


 おーおー、エクシペデンサ家組がすんごい目つきでアレクくんとベネットねいさんを睨んどる。

 でも贔屓(ひいき)じゃないからね、ベネットねいさん。ざまあな目つきで見返さんでもよろしい。


「その前に一つ、希望を申し述べてもよろしいでしょうか!」


 お?

 何を言う気だアレクくん。


「アレク!ヘイ…いえ、グラミィ様、ご無礼をいたしまして申し訳ございません」

「かまわん、言うてみい」

「はい!わたくしはヘイゼ……いえ、グラミィ様にお教えをいただきたいのです!」


 はい?


「アレク!」

「なんだよ、姉さんだってほんとは教えを乞いたいんだろ」


 突然の言葉に唖然とするあたしとグラミィ。

 やたらキラキラした目を向けてくるアレクくんの様子に、諦めたようにベネットねいさんも口を開いた。


「グラミィ様は本日も早朝に何か鍛錬をなさっておいででしたご様子。魔力量も魔術の研鑽も遙かに劣るわたくしたちが一朝一夕にその術理の深遠を理解できるなど、おこがましい考えとは存じております。ですが、わたくしどもにもいくばくかのご教授をお願いできないでしょうか。鍛錬のご様子を見せていただくだけでもかまいません!」


 あちゃー。


〔……ばれちゃってましたかー〕


 だねー。

 魔力を隠す発想もなくぱかぱか術式連打してもんねー……。魔術士に魔力感知ができて当たり前、ってのはわかりきってたのに。

 なんで似たようなポカしちゃうかなー。


 彼らとあたしたちの魔力量はただでさえ大きな差がある。それなのに、術式を展開したりやりとりしたりしてたのは、あたしとグラミィ二人分の魔力だもんな。そりゃなんかやってる、ってのは感知しまくれたんだろうね。


「ずるい、あなたたちばっかり高度な魔術を教えてもらえるなんて許さないわ!」


 んっ?


「お願いいたします、グラミィ様。杖を向けた彼らにすらご教授なさるのならば、わたくしたちにも、ぜひ同等のご対処を!」


 ……エレオノーラとドルシッラの二人まで参戦してきちゃったよ、おい。

 これ、下手に断ったら、今朝みたいなこっそりトレーニングは二度と無理だわ。

 絶対覗きに来る。しかもバラバラで。


 どーする、グラミィ?

 地水風火の攻撃魔術の基本と、どこをどうすれば応用できるかは、朝の特訓でそこそこ叩き込んだつもりだけど。

 ずーっとつきまとわれれば、復習もできないし、それ以上のことをあたしが考えても心話以外の方法で伝えることも、練習もできなくなるわな。逆もしかりだけど。

 それとも、心話学習だけで身につけられる自信ある?


〔いきなりな無茶ぶりやめてくださいよ?!無理に決まってるじゃないですか!〕

 

 ……あー、じゃあ、もうしょうがないなー。

 いったんは条件つけといて許可を匂わせるって方向で話をつけよう。

 許可するのも、それほど悪い手ではないしね。

 こっちの手の内を見せる前に、「まずは今の力と知識を見せてみい」とか言って、手の内を洗いざらい見せてもらうことで正規の魔術学習内容を知ることができるだろうし。


 いざ本当に教えなきゃならんって時も、ごまかすことは可能だ。

 魔術の習得はそもそもけっこう感覚だよりなところがある。曖昧な表現を使いまくって、それでわからんのはお前が悪い、ってことにしとけば、変則的すぎてあたしたち以外には理解できない魔術技術の応用編を作っちゃったかもしれんってのも隠せるしね。


〔じゃあ、それでいきますよ?〕


「口争いはやめい。アレクサンダー」

「はいっ」

「学びたいという意欲はよい。じゃが、意欲だけでは足らん。学ぶに足る力を見せよ。すべては、おぬしらに頼んだ仕事のできを見てからのことじゃ」

「しかし、文書の作成など、文官の仕事ではありませんか!」

「ほう?アレクサンダー。複雑な規則に通じ、あやまたず正しい文書を綴りうる文官の仕事は不要と思っておるのか?魔術師には無縁の些事とまで、おぬしは見下しておるのかの?」


 厳しめの口調にアレクくんは沈黙した。言葉に詰まったっていうより、頭が冷えた表情だね。あれは。

 ……ちったぁ他人の言葉に耳を傾けられるようになってるだけ、やっぱり彼も進歩してるのかな。


 そもそも魔術師は生活上いなくても困らないが、商業的にも統治上も文書の作成はなくてはならん仕事である。この世界でだって、ちゃんとした書類を作れるってのは立派な長所だ。そこ重要。

 読み書きは学習の基本だから、書式さえ与えられれば、文官の下っ端の真似事ぐらいは今のアレクくんやベネットねいさんにもできるのかもしれん。

 だけど、髪の毛をちょん切られたりハゲたりして、魔術師として使い物にならなくなったと見なされるようになったらどうする気かね?

 そんなことになっても文官としての能力がそこそこ高ければ、民間の交易でも行政一般でもそこを評価して拾ってもらえるかもしれない。磨いといて損はないスキルだろう。


「申し訳ありません。わたくしが浅慮でした」

「わかればよい。では、アロイスどの。頼みますぞ」

「は」


 アロイスに連れられて大広間を出て行くベネットねいさんたちを見送って、グラミィはエレオノーラたちにも向き直った。


「さて、おぬしらも教えを乞うというのなら、アレクサンダーたちのように、やはりまずは仕事を頼んでみようかの」

「わたくしどもにできることでしたら、全霊をもって事に当たりましょう」


 わたくしどもにできることでしたら。

 予防線つきの、その言葉が聞きたかった。

 警戒心に満ち満ちているあたり、じつにいい。


 グラミィが目配せをすると、カシアスのおっちゃんの咳払いで騎士たちは全員大広間を去り、ぴたりと扉が閉められた。

 食べかけの皿を残して。


「まさか、人払いが必要なほど重要なこととは……!」

「嫌ならよすかの?」

「い、いえ、重任を命じていただけるとは、名誉に存じます」

「うむ。よい心構えじゃの。では、二人には、エクシペデンサ魔術副伯爵家の名代として、ルーチェットピラ魔術伯爵家へシルウェステル師の消息について知らせる書状を出してもらいたい。できるかの?」


 二人は固まった。

 シルウェステルさんの推定死亡についての情報は、ランシピウス家に早急に伝える必要があるのだろう。

 諜報部隊長のアロイスと同業という、シルウェステルさんの裏の任務は他侯の領地どころか国境をも超えて行われたという。

 これ、アロイスが隊で行動してたことを考えると、魔術特化型貴族とはいえシルウェステルさん一人で全部やれたとは想像しがたい。物資の補給から表向きの役割偽装、荒事要員といったなんらかのバックアップは必要なはずだ。

 それをランシピウス家がやっていたんじゃないか、と考えるのはあまり無理筋ではないと思う。その場合の協力者は当主か、隠居した前当主、シルウェステルさんの兄弟あたりといったところか。

 ならば同じく魔術に特化しているらしき下級貴族がここにいるのだから、彼女たちが点数稼ぎに上級貴族に「お耳に入れたいことが」とやるのもありそうなことだ。

 だがカシアスのおっちゃんたちは、国への報告義務を負っている。

 ということは、任務情報の漏洩禁止義務も負っていると考えていい。

 うかつに考えなしに出しちゃいけないような情報まで書いた手紙を出すような、おばかさんなまねをしそうなこの二人には、やらかしてから彼らにズンバラリンと始末されるより、今の時点で警告しておいた方がいい。

 その上で、きちんと正式な書状を出すことを許可してもらって出せばいいのだ。

 草稿ができた時点で一度カシアスのおっちゃんなりアロイスになりに読ませれば、無駄な情報漏洩も起きずにすむだろう。

 だが。


「……おそれいりますが、わたくしにはいたしかねます」

「エレオノーラ様の言葉に、わたくしも同意いたします」

「ほう?この老体の頼みであっても、聞けぬ、と、申すかの?」


 ノリノリで威圧してんぞグラミィ。

 ドルシッラだけでなくエレオノーラも顔を青ざめさせたが、それでも首を縦に振ろうとはしなかった。


「わたくしは確かにエクシペデンサ魔術副伯爵家の娘でございます。されど庶子、しかもいまだなんら個人的な功を認められてもおらぬ身。その庶子がエクシペデンサ魔術副伯爵家を代表してルーチェットピラ魔術伯爵家に書状をお出しするなど言語道断。グラミィ様のお言葉でありましても、わたくしの権限を越えることはいたしかねます」


 青ざめながらも言い切ったエレオノーラに、グラミィも、そしてカシアスのおっちゃんも口元を緩めた。


「よくぞ言い切った。きちんとおのれの分をわきまえることができること、おのれの行動を制御できることはよい魔術師に必要な素質じゃ」

「!で、では、今の言葉そのもので、わたくしたちをお試しに」


 そのとおり。

 そして、この場合には「できません」が正しい答えなのだ。理由はエレオノーラが言った通り。


 家を継ぐ権利も認められていないただの庶子が、一家を代表して書状を格上の貴族に送る。

 これ、現代日本風に言えば、ただのバイトが系列企業のトップに「あんさー、マジ職場の環境わりーんだけどなんとかしてくれね?」と、ため口で、店長と連名のメールを、店長に無断で送らせるようなもんだろう。

 まず間違いなく首が飛ぶね。この世界なら物理的に。

 店長、もとい家長である副伯だってただではすむまい。


 ちなみに。

 エレオノーラが、家の体面にも関わる問題にも関わらず、ノータイムで仕事やりますと言うほど無能だったらどうしたか。

 目の前にアレクとベネットねいさんがいたら、対抗心に目がくらんで受けます、とか言い出す危険性も本気であったんで、その可能性はつぶしてから試しにかかってる。

 なので言い訳に耳を傾ける気はない。いや今のあたしに耳殻も鼓膜もないけど。


 無能ルートなら、今後はカシアスのおっちゃんとアロイスの監視下に置いて、あたしたちはノータッチを決め込むつもりだった。

 やる気のある無能ほど有害な人間はいないからね。何も聞かず、教えず、知らせないのが一番いい。

 貴族階級の端っこにぶらさがってるっぽいから、あたし自身が彼女ら二人を物理的にどうこうすることは考えなかったけれど、騎士隊に対する態度を考えれば彼らが報復しないとは考えづらい。

 それでもスルーするだけのことだ。

 ……まーそれはアレクくんとベネットねいさんにも言えることなんだが。


「ところで、おぬしらシルウェステル師に師事したことはあるかの?孫弟子とかでもよいが」

「でしたら、わたくしもドルシッラも魔術学院で、師の講義を受けたことがございます。それがいかがなさいますのでしょうか」

「なに、簡単なことじゃ。エクシペデンサ魔術副伯爵家の名を用いず、ただシルウェステル師の謦咳に接する機会を得た一人の魔術士が、師の生死に関わるかもしれぬ情報を得たのでご家族のもとへお伝えすればよい。これなら書状を届けても問題はないじゃろう?」

「「……あ!」」


 この代替案を出せるとこまで自分の発想でたどり着けたら満点だったんだけどねー。

 まあそれはできないだろうと最初から思ってた。家名をなにより大事にする貴族意識ガチガチの二人には、家名なしの個人として動く思想自体がなさそうだったからだ。


 じつはこれらの茶番も二人の心を折っとく作戦の一つである。

 彼女たちが素直に現実を直視できるよう、反抗心とか自尊心とかを跡形もなく粉微塵にするには、もっと大きな権威が必要だろう。

 それも、同じ魔術特化型の大貴族がいい。

 王じゃいまいち距離感がありすぎてインパクトが欠けてんのか、王命で動いてるカシアスのおっちゃんたち騎士に対する態度もなっとらんもんな。

 ついでにいうと、騎士ってのは諸侯の子弟が修行中の身ってこともあるから、貴族の縁故者か近親者でないほうが難しいくらいだろう。

 そういった相手にあの態度はない。武力と魔力、どっちが強いか貴族間で派閥争いでもあるから生じてる険悪さ、なのかもしらんがね。

 それでも、ベネットねいさんたち平民はともかくとして、最低限表面上の礼儀ぐらいは整えられないで何がお貴族様かっての。

 というわけで、ショック療法はきっちりと。一発ガツンと入れてガードをサゲさせてから、さらに追撃。とどめをさすまでが遠足です。

 じわじわと、自分の考えが甘いことを思い知らせ、他人をナチュラルに見下げる言動を反省させてやろうじゃないの。


「じゃが、今後もエクシペデンサ魔術副伯爵家へ、わしと、騎士隊長どのと城砦警備隊長どのの許可を得ずして書状を送ることは時至るまで許さぬ。そのつもりでな」

「それは!……いえ、承知いたしました」

「うむ。……少々話は変わるが、おぬしらはいつまでエクシペデンサ魔術副伯爵家にいるつもりじゃ?」

「……それはいかなる意味でしょうか」

「意味も何も、言葉通りじゃよ。確かに今、おぬしらはエクシペデンサ魔術副伯爵家の家の者として、じつに正しい判断をしてみせた。その地位にふさわしいことを身をもって証立てた。じゃが、おぬしらは今後婚姻もせず、ずっとエクシペデンサ魔術副伯爵家にとどまり続け、命果てるまで家のために身を尽くすつもりでおるのかの?いやいやたいした美談じゃの」


 再び二人が固まった。

 自分の未来について全く考えてなかったな、こいつら。

 やっぱりなー……。


 こっちのお貴族さまのわかりやすい参考例が目の前の二人と裏切り者ぐらいしかないので、地球の中世ヨーロッパのイメージで考えてみる。


 まず、貴族である以上、婚姻は男女ともに基本的に避けられないライフイベントの一つである。

 貴族の女性は適齢期前に他の貴族の家や修道院に放り込まれて、裁縫や刺繍、外国語も含めた読み書きといった教養を身につけさせられる。いわゆる行儀見習いですな。

 そして、婚姻が決まるとまた家に引っ張り出されてから他家へと嫁ぐことになる。決まらなきゃそのまま修道院暮らしまっしぐら。

 ……有名なアニメ作品に、大怪盗の三代目に心を盗まれる公爵家のお嬢さんのお話があるが、あれ冒頭で、伯爵と無理矢理結婚させられるために修道院から引っ張り出されたって設定になってるのは、とっても歴史的に正しい考証がされてるからなんだよねー。

 まあ、魔術学院なんてもんがあるこの世界で、宗教と教育機関の関係がどうなってるのかわからん以上、それがそっくりそのまま当てはまるとは思えんが。

 それでも支配の正当性を支える三要素を考えれば、王や貴族の婚姻に恋愛なんて不確定要素、そうそう持ち込めるわけがないだろうってことは想像できる。婚姻の目的は貴族としての立場の維持と繁栄、すべては家格のつりあいと相談のうえ、同盟関係をより強固に、より広大にすることに重点が置かれる。

 中世騎士物語とかでイメージされる貴婦人への騎士の献身なんてのは、あれ、既婚者であることが前提で、不貞を問題視されてた女性の体面上はコトに及ばないのが建前の恋愛遊戯ですから。それをさらにロマンチックなオハナシに仕立て上げたのが娯楽を提供した吟遊詩人や旅芸人ですから。

 リアルじゃないからこそ、成立するオハナシってのもあるもんである。


 それを考えると、エレオノーラだって庶子とはいえ、きっちり適齢期の貴族の女性だ。ならば他家に嫁がされるというのは不思議じゃない。一段下の階級の家か、同じ副伯でも、ちょっと領地とかの格の下がる家とかになるのかもしれんが、もう婚約をさせられててもぜんぜん驚かん。

 ドルシッラは富裕層で庶子の乳姉妹とはいえ、やっぱり嫁げば基本的にはそっちの家の人間となるわけだ。

 普通ならば。


 だったら、それ以上エクシペデンサ魔術副伯爵家に義理立てする必要はないんじゃないのか、ということをグラミィは突きつけてみせた。

 二人は無意識に目をそらしてたのかもしらんが、婚姻に子孫繁栄の目的が含まれる以上、女性にはどうしても時間制限がある。

 この世界ならば、二人もあと数年のうちに結婚できなければ、()き遅れ扱いされかねんのではなかろうか。

 それはベネットねいさんも同じだが、ちょっと今は置いておく。

 今は二人の心を折りまくる時間だからだ。べきべきと。そりゃもう再起不能レベルなくらいに。

 そのほうがリフォーム効果は劇的だからね。


 ……ただ、この時間制限と、エレオノーラの言動を考えるとだね。

 エクシペデンサ魔術副伯としては、別の思惑があるのかしらんという憶測ができてしまうわけだ。

 貴族社会どころかこの世界の部外者であるあたしとしては。


 魔術副伯家なのに嫡子長男は魔術師としての適性なし。だからエレオノーラが家を継ぐ資格のない庶子長女にもかかわらず魔術を学び、魔術士隊で活躍し家名を高めるように命じられているらしいってのは聞いた。

 だけど、長男以外に嫡子がいないって話は聞いてないのだよね。

 いるって話も聞いてないけど、世襲の正当性を血の濃さにみる貴族の家としては、まず、いると考えた方がいいだろう。

 王が国の主なら、彼ら諸侯はその領地の主。王の正当な血筋が途絶えてはならんように、貴族たちも自分たちの正当な血筋を受け継がせねばならんのだ。嫡子というものが数人いない方がおかしい。継承順位の高い方に何かあってもなんとかなるスペアの存在は大切だ。

 で。

 男子継承なのか長子継承なのかどうなのか、家の継ぎ方がいまいちよくわからんので、ここからはあたしの推測になるが。


 長男以外の嫡子まで魔術師としての素質ゼロってことは、魔術特化型貴族間の交配…もとい、婚姻関係を考えると、確率的にはまずないと思ったほうがいいだろう。

 すると、エレオノーラが家格維持のために魔術師としての道を歩まされたというのも、その功績をもって庶子の地位を改め嫡子に加えるための地固め、というのはやや考えがたい。

 むしろ適性ありな次の嫡子が成人して家を継げるようになるまでの、その場しのぎに使われていると考えるほうが筋が通る。


 加えてエレオノーラの言動もおかしい。

 アレクくんたち平民に向かって、「高度な魔術を教えてもらうのずるい」って発言はどーよ。


 貴族の勢力というのは、いざ戦いとなった時にどれだけ力を見せつけられるかで決まる部分もある。この場合の力には、確かにその貴族個人の技量というか戦闘能力が含まれることもあるだろう。

 だけど、それ以上に、その家がいざというときに戦力とできる、つまり戦える人間をどれだけ指揮下に置けるか、どれだけうまく指揮ができるか、というのが重要なのだ。

 傭兵を臨時に大量に雇えるほど裕福だとか、軍師がついてるとか、忠義あふれる騎士がつねに何十人も配下にいるとか。

 この世界なら、優秀な平民出身の魔術士にお金や義理で首輪をつけてあるとか。

 どの場合にも、その家の富裕度=領地や収入の大きさ(爵位と関係あり)が、かなり大きく関係してくる。封建社会ってそういう意味ではわかりやすくていい。

 ……たぶん嫡子として領地経営とか勉強していたら、エレオノーラもその一環で教えられた内容なんだろう。そんでもって魔術学院で自分も学ぶ一方、庶民出身者で優秀な連中に目星をつけて取り込みを画策する、といった方向性に動いたんじゃないかな。

 だけど彼女の発言は、そういった統治者としての貴族の在り方を否定したも同然。

 平民出身の魔術士相手に、同レベルの一兵卒目線で対抗心を燃やしたあげく、もっと強くなりたいです先生!って言い切ったってことなのだ。

 あんだけ魔術士隊の能力主義方針に反発してて、そんなに貴族としては高くもない家柄を錦の御旗代わりに振り回してたのにねー。矛盾がひどすぎ。


 とどめが、あの思考停止状態だ。

 グラミィに問われるまで、結婚して他家の人間になるって可能性すら想像もできない、って。

 一応高度な教育を受けてるっぽい人間としてどうなんだそれは。

 人間なら想像力はあるでしょ、予測はするでしょ、自分の未来予想図ぐらい描こうよ?というか描くでしょ?


 ……それらを考え合わせると、どーも、ひたすら魔術師としての価値を高めるよう思考を誘導されているようにさえ思えてくる。

 うわー、誰にだろうねー?(棒読み)


 何より洗脳とか思考誘導の可能性を考えると、騎士サゲで魔術師アゲ、貴族アゲで平民サゲなところがスッケスケに見えまくってるエレオノーラの態度に一貫性がないのにもすごく納得がいってしまうのだ。

 嫡子より情報を得ることができない庶子という立場で、ひたすら強い魔術師となることだけを考えるよう思考誘導を受けていたのだとすれば。

 魔術副伯の子として認められた唯一の理由である魔術師としての素質に執着し、魔術が使えない人間を蔑むことで、自我を確立してきたのではないかと考えれば。


 貴族なら爵位的には自分より下の騎士が相手でも体面くらいは整えるだろう。

 礼儀作法ってのは、あれ、不快感を与えないようにすることで敵を作らず、隙を見せないためのものとして発展したらしいからね?

 この世界ではどうだか知らんが、一代で平民から成り上がったとかでもない限り、状況に合わせて体裁も整えられない貴族ってありえないでしょ。

 彼女のそういった貴族失格な言動を父親が気づかないはずはない。


 ということは、エクシペデンサ魔術副伯にとってエレオノーラたちの価値はただ一つ。

 時間稼ぎのできる捨て駒として、だ。


 家格の維持という目的を果たすことはこの世界の貴族として、エクシペデンサ魔術副伯にとって、まったく正しいことなのかもしれない。

 そのための道具として、庶子とはいえ我が子を使い潰すことも。

 自分の子が駒ならば、いくら潰そうとも家庭内の問題として片づけられる。弱みを外部に見せないうまいやり方なのかもしれない。

 エレオノーラを家から放り出そうが、さらに教育を施して婚姻を結ぶ駒にリサイクルするか、首輪をつけた魔術士の頭数に入れるかも家長の選択すべきことなのだろう。

 その場合、ドルシッラも自由にはなれない。まず間違いなくエレオノーラの付加ユニット扱いされるだろうな。彼女の方が魔力量多そうだし。

 

 だけど、はっきり言って、あたしは気にくわないんだ。

 エクシペデンサ魔術副伯爵家のやり方も、この世界においては『間違ったことは何もしていない』とみなされるだろうこともだ。

 少なくとも、道具にされてることにエレオノーラは怒ったっていいはずなんだ。

 巻き添えをくらっているドルシッラもだ。


 もちろん、むこうの世界でだって概念的なものでしかなかった平等なんて言葉をこの世界で振り回して、エレオノーラを他の嫡子と同等に扱えとエクシペデンサ魔術副伯に訴えたところで、せいぜい鼻先で嗤われて終わりだろう。

 なにより、今のエレオノーラの精神状態はひたすら父親に課せられた命題を果たし、褒めてもらうことだけを望む子どもと変わらない。

 この状態の彼女が家長の決定に背いてまで意志を通すことはできまい。というか背くことすら考えもしないだろう。

 背くだけの価値のあるものすら自分のものにはできていないのだから。

 

 それでも、彼女たちをこのまま放り出す気にはなれないのは、エレオノーラたちが自分の意志で選んだ道じゃないからなのだ。

 これが彼女たちが未熟なりとも自分で選んだことなら、お家大事でおとなしく時間稼ぎの捨て石になってようが、へーほーふーん、がんばってねー、ですませたよ?

 だけど、これは彼女の意志による選択とはあたしにはどうしても思えない。


 そして、あたしが手を出すことを決めた何より大きい理由は、親というのは子どもよりも早く死ぬということ。

 その時、思考誘導なり洗脳なりが解けたエレオノーラが言うだろう言葉が想像できてしまうからだ。


 「ずるい」という、その一言が。


 何も考えず、決断せず、誰かの望むままに動いた人間は自分の行動の責任を自分で取らない。いや取れない。

 彼らにとって自ら組み上げた状況も、自分の立場も、すべては他人の責任で置かれたものだからだ。

 たとえその手を自ら血に染めていようと、彼らの論理の中では、自分は被害者で、血に染めさせた相手こそが、加害者となる。

 だから、「ずるい」という言葉が平気で言えるのだ。


 ……言わせねーわ。

 それがむこうの世界でさんざん聞いたからこそ、これ以上聞きたくない言葉だという、あたしのわがままによるものだとしても。


 とはいえあたしが今できるのは、エレオノーラが、そしてドルシッラが自身の意志で自分の立場を選び、望む人生を送ることができる可能性を、彼女たちが見ることすらこれまでしなかった、できなかった選択肢があることを示してやることだけだ。

 選ぶか選ばないかは、それこそ彼女たち自身に任せよう。

 選べばそれは、親からの、家からの精神的自立を意味する。

 魔術士としてのキャリアを伸ばそうが結婚しようが、ずっと親や結婚相手に庇護され続けることを拒否し、自分の意志をどう通すのか。格上の貴族である父親や結婚相手との粘り強い交渉だけでなく、相手の想像以上に高い能力を示さなくては達成できない、きっと難しい選択になるだろう。

 選ばなかったとしてもだ。心を折ることで、父親の望みをかなえることが自分の望みになっているという、今の歪んだ状況を認識させれば、彼女たちは変わるだろう。

 『道具に心を生じさせ、操り手に反逆させる』なんて、なんとまあ魔術師らしい裏方作業じゃなかろうか?

 最高の魔術だと思わないかね?


 そして生まれるのは新しい欲望だ。目的意識と言い換えてもいい。

 強烈な欲は一つの大きな波紋となって、家を乗り越え、彼女たちをもっと大きな枠組みへ放り出す。

 その方向性さえ見定めれば、うまく貴族社会の波にも乗れる、かもしれない。

 あくまでも可能性だ。転覆する可能性だってあるけどな。


「ま、いずれにせよ、この砦の中にいる間はまだ時間があるじゃろ。エクシペデンサ魔術副伯家の人間としてだけではなく、おのれ自身が何をすべきか、真に望んでおるものは何かを考えてみい。答え次第では王都に戻るまでも修練を見てやってもよいぞ」

「は、はい……」

「御深慮、ありがたくお受けいたします……」 


 カシアスのおっちゃんがベル(というにはかなりごつい)を振ると、大広間の扉が開いた。

 騎士のみなさん、ご協力ありがとうございました。

 食事を中断させられた上に、ずっと外で待っててもらってごめんね。


 退室していく二人を見送っていると、アロイスの配下の人がこっちに一礼して、足音もなく彼女たちの後ろをついていくのが見えた。

 もう一人がその後を追う。

 じつにお見事なストーキング技術です。


 ……彼女たちもそこまで馬鹿ではないだろうし、ショック療法の直後なのでそうそう馬鹿もしないだろうと思いたいが、サージの例もあるので魔術特化型貴族には彼らの目が厳しいのです。


「さて、わしらも動くかの」


 隣室へ移動すると、そこにはアロイスたちが待っていた。

 アレクとベネットねいさんの顔色は悪い。

 そりゃ、のぞき窓からこっそり大広間の様子をずーっと見せられてたもんねー。

 競争相手がこっそり試験されてましたよ、自分たちもいつさりげなくその対象になってるかわかりませんよ、なんて知れば、そりゃあちょいと世界の見方は変わるだろう。

 だが、きみらの本番はこっからなんだぜい。

ボニーはこの世界に馴染むために、自分を、そして置かれている環境を変える努力をしないわけではないのです。

 その一方、世界を変える努力も怠りません。それが自己満足だってことも重々承知の上で動いているのでいっそう始末に負えない、とも言いますが。




本日も拙作をご覧いただきまして、ありがとうございます。

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