嵐の前(その1)
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
「『……そのようなわけで、リトスの状況はある程度聞き取れるようになった次第』とのことです」
あたしたち下船組が船から離れて三日後。
ラームスたち経由でリトスの情報がつかめるようになったこともあり、あたしは船へと空を飛んで報告に戻っていた。
グラミィたちは別途戻ってくることになっていたが、まだのようだった。
なので、たまたま別行動から戻ってきていたアロイスを捕まえて通訳を頼んだのだが。
「それはよろしいのですが……」
トルクプッパさんが口ごもった。
「失礼ですが、なぜ星とともに歩む方々にウィキア豆もお預けに?」
「『必要だから』とおっしゃっておられます、が……」
代弁をしてくれてるアロイスも納得いっていないらしい。わかるぞその気持ち。
ウィキア豆は、彼らにとっては食糧の一種でしかないからなあ。
理由はちゃんとあるんだけど、例の収穫周期バグを起こしたウィキア豆を、ヴィーリに空から撒いてもらおうというあたしの行動は、彼らにしてみりゃ確かに謎だろう。
だったら、無駄な行為になぜ森精の助力を借りるのか、疑似電撃戦と称してここまで非常識なスピードで移動してきたというのに、芽が出て豆が収穫できるまでの間滞在する気かという疑いを持ってもおかしかない。
悪く取れば、食糧不足なスクトゥムへの将来的な食糧供給という利敵行為に見えなくもない、かもね。
グラミィにも不審がられてたんで、『ピタゴラスの死に場所』とだけ教えてあげたら、かえって混乱していたしなあ。
……まあ、事前準備はいろいろしてきたけど、ウィキア豆については正直、どこまで影響が出るかわからない。だったら余波はゼロと見て動くべきだろう。
星屑たちの好みが、搭載された身体の人のそれに影響を受けていない、という証拠もないのだし。
なにせ食の嗜好というやつは、時に驚くほど保守的だ。異世界もののグルメでもそこははっきりしている。
ヨーロッパ風異世界でも、味噌や醤油がぱっぱか出てくる癖に、日本において万民受けしづらい食材って、出てくることがないのだよね。
マヨネーズ作成はあっても、いわゆるカース・マルツゥはおろか、納豆はあんまり見たことがないとか。
醤油と同じアジア圏の発酵食品でも、しょっつるやナンプラーに代表される魚醬とか、テンペに類するものは出てこないとか。
果物にしたってドリアンのように匂いのきついものは皆無というのはなんでだろねー?
「トルクプッパどの。魔術師でもないものに、そのように詰め寄られることもないでしょう。シルウェステル師はアロイスどのには伝えるべきではないこととお考えなのでしょうから」
やんわりとトルクプッパさんをたしなめるふりで、さらっとアロイスへの軽視を煽ったのは……魔術士団のサルヴィスという人だ。
……戻ってきて気がついたのは、船組の人たちに、じわじわと不満がくすぶり始めていたこと、思ったよりも下船組への妬みがひどくなっていたことだ。
ぶっちゃけあたし、というかシルウェステルさんに対する船組の好感度というか、評価は高いと思う。
グラディウス地方の人たちにとって、あたしは海神マリアムの眷属に近い存在であり、死せるゲラーデのプーギオと邂逅し、その望みを叶えた者ということになっているしね。
ランシアインペトゥルスの人たち、特に魔術師の度肝もかなりの勢いで抜いているし、人数比的には少なめの騎士たちも、真っ正面からあたしに不満をぶつけてくる人はいない。
畏敬とか畏怖は……コールナーにはみはみされてるあたしの姿に死滅したっぽいが。
ま、まあ、逆に考えるならばちょっとした人間味とか親近感を持ってもらえたのかもしんない。
だけど感情の弛緩の後に残るのは、下船組との扱いの違いを不服と見る目だ。
特に魔術師は無駄に高いプライドがある。暗部の騎士とはいえ、非魔術師であるアロイスを、今のように見下してかかるのは基本に近い。同じ魔術師にしても、魔術学院の中級導師であるコッシニアさんはともかく、パルのようにちみっちゃい子を同行者に選んだくせに、自分は選ばれなかったのはえこひいきだ、ぐらいのことは考えてそうだよね。
あたしにしてみれば、そのとおりですが何か、身びいきにして何が悪い、ってなもんだけど。
あたしが同行者としてアロイスたちを選んだのは、ともに行動したりする間に、あたしについてこれるだけの能力があると直接確かめてきたってこともある。
が、気心も知れているってところもポイントだったりする。
手加減なく意見を出してもらえるのは、確実にできることを互いに見極められているというのは大事なのだ。
あたしの発案が突飛なことは十分承知、だけど目的を果たすためにしなければならないことをやるのなら、同行者に、そしてスクトゥム側にどのくらいの影響が出るかを計算し、確実に、そして味方の犠牲なくすすめられる手立てを実現するには、彼らでなくちゃならなかった。
単に自分がしてないことをしてるって妬みだとか、そもそもあたしに同行したいというのも評価稼ぎ狙いという目的があるから、という私欲丸出しな無関係者にはご遠慮願いたいんですよ。
「サルヴィスどの。『わたしの人選に何かご不満でもおありかな?』と師がお尋ねです」
だからあたしはすぱっと切り込んだ。
この忙しい時にいちいちカウンセリングみたく、じっくり時間掛けて一人一人の不満を聞き取って解消、なんてやってらんないんですよ。
だったらでかい文句の一つ二つは聞いといて、ある程度のガス抜きをしとくべきだろう。
あたしが出てったことで、いやいや不満などございませんと、あっさり引っ込んでくれるのならばそれはそれ、と思ってたのだが。
サルヴィスは嫌なふうに目をすがめた。
「アロイスどの、それはまことにシルウェステル師のお言葉なのですかな?」
「わたくしが、師のお言葉を騙っているとでも?」
不穏な空気に、じわじわ押されていくように、人の動きが変わる。
「わたくしが最も不満に思うのは、師のお話を直接伺えないということです。舌人たるグラミィどのは確かにおいでではない。だから代理を師に頼まれた、とアロイスどのはおっしゃいましたが、それがどこまで真実か、師のお言葉を直接伺うこともできぬ身には判じえませんのでね」
あー……、少数精鋭でまとめられた弊害もあるのか、これは。
彼らには、自分たちが選りすぐりの人間だって気負いがある。特にランシアインペトゥルスの魔術師は、グラディウスの中でも小国の魔術師たち――魔力はそれほどないが、学問と言うより生活手段として魔術を身につけてきた実践のエキスパートの力量を見せつけられ、認めざるをえなかった。
他人の長所を認めることは、自分の欠点を抉ることと同等ではないと思うんだが、彼らのプライドがうっすら傷ついててもおかしかないか。
おまけに、エリートの自分が下船組の選抜に漏れて、しかも魔術師でもないアロイスが、自分にも聞こえない心話を聞き取って通訳ができるくらい、あたしに近しいとか。
そりゃ、二重三重にプライドがざくざく傷ついてもしょうがないわな。
「ですが師は」
「さよう、そのお身体ゆえ、お声も出すことはかなわぬとは存じております。されど我らも魔術士団のはしくれ、魔力によって師が何かをお伝えになっておられるのでしたら、我らにもそれがわからぬわけがございません。ならば、魔術もご存じない騎士アロイスどのに、過分なご負担をかけることもございますまい」
「それは」
……まあ、推論としてはありそうか。
コールナーの心話にも巻き込まれたことがあるなら、魔力感知能力のある魔術師なら、とうにそのくらい、思い至っていてもおかしかない。
重要なことは抜けてるが。
「前の魔術士団長に思うところはおありでしょうが、だからといって我らまで排斥なさるとは。いささか筋違いではありませぬかな」
じろりとアロイスを見たサルヴィスに、同調を示してる連中は……けっこういるな、これ。
その一部が現在進行形で。クラウスさんたちをなんか掣肘してるっぽいことを考えると、下手をすれば船組の中でも深刻な内部分裂が起きかねん。
……しょうがない、ショック療法といこうか。
(アロイス。わたしが代わろう)
「シルウェステルさま!」
あたしが呼びかけると、トルクプッパさんまでもがぎょっとした顔で振り返った。いや、そこまで引きつらなくてもいいじゃん。
「……その、どうかお手柔らかに」
だいじょぶ。手加減はするから。
アロイスの囁きを背後に聞きながら進み出ると、あたしは魔力を彼らに向けた。
(ふむ。そこまでおっしゃるのならば、直接このようにお話しいたそうか)
とたん、サルヴィスは突き飛ばされたように大きく尻餅をついた。彼の背後にいた、なんとかたたらをふむだけで済ませた人たちも、全身が硬直しきってる。
あたしとグラミィがやってるように、ラームスたち樹の魔物伝いに心話をやりとりするという特殊なやりかたはさておき。
基本的に心話というのは、自分の魔力を操作して、眼前の相手にぶつけるものなのだ。
だけど魔力をぶつけることは、威嚇行為でもあったりする。四脚鷲のグリグんや、幻惑狐たちにも最初は警戒されたもんなー。
その一方で、身体強化を身につけてない人たちは、ほとんどの場合なぜか心話を聞くことはできない。
そして魔術士団に所属している魔術師というのは、基本的にフィジカルな鍛錬というものをしてないせいもあるのだろうが、あまり身体強化を身につけてる人はいない。暗部に属するアロイスやトルクプッパさんが身体強化できるのは、体質的なものがあったり、それなりに修練を積み重ねてきたからだったりする。
そりゃ心話の聞けない魔術師たちより心話を聞き取ることのできるアロイスたちを重用するよ、それは。
幻惑狐たちのやらかした集団交渉では声が聞こえたという証言があったが、あれは、あたしが彼らに教えた技術の逆用だろう。
化かすことで物理的に声が聞こえたように錯覚させるやり方は、あたしが心話で伝えたいことを絞っていたからこそできたことだ。
それを、数が増えることで知力を高めた幻惑狐たちが、集団で放つことで出力を上げておいた心話を、化かすことで声に認識を変換させていたからこそ、突入船団全員に聞こえた、というわけだ。
つまり、アロイスたちへの不満をぶうたれてたサルヴィスたちは、身体強化ができない以上、あたしが普通に心話を発したげても聞き取れないんですよ。
だから、あたしはそんな彼らでも心話を聞き取れるようにわざわざしてあげたのだ。
心話のための放出魔力量を、コールナーと同程度、いやそれよりちょびっと強めぐらいに跳ね上げることで。
(さて。わたしの声が合わぬ方には多少の不都合が起きるやもしれぬが、そちらから不満があると、わたしと話をしたいとおっしゃったのだ。このまま続けてもよろしいかな?)
心話を放ちながらたった一歩、あたしが踏み出しただけで、サルヴィスは震えが止まらなくなったようだ。
だけど涙を流しながら、ぷるぷるかぶりをふられてもなあ。命乞いする被害者予定に斧振りかぶって近づく殺人鬼にでもなった気分にしかならんのですが。
やや離れたところで悲鳴を上げたり、這いつくばったまま逃げだそうとしている人がいるのは――腰が抜けたのか。
あたしとコールナーとのやりとりを漏れ聞いて、心話とはそんなもんかと甘く見ていた人には、今の状態は、突然至近距離で巨大な肉食獣とにらめっこを強いられ、咆哮を浴びたような気分かもしれない。
魔物レベルに魔力放出したあたしの心話は、威嚇の意図を込めなくても、憤怒や憎悪の感情を乗せなくても、そこそこ威力があるんですよ。近距離限定の範囲精神攻撃に近いんじゃなかろうか。
ていうか、コールナーの心話だって、もともとそういうものなのだし。
たとえて言うなら、スピーカーを通して空気の振動に変えられた音声になる前の電気信号を、直接びりっと浴びたようなものだろうか。
だけど、あたしはそいつが通常営業なんですよ?
幻惑狐たち魔物や、グラミィたちのようにあたしの心話が聞けている相手なら、低出力でも十分意思の疎通ができるから、お互い苦痛を感じずにすむってだけのことで。
ついでに言うなら、彼らとあたしとの間には、小さな不満はあっても負の感情ってほとんどないのよ。
船組も聞いたであろうコールナーの心話は、わざわざ追いかけてくれるほどには心を傾けてくれているあたしに向けられたものだ。しかも、その余波のかなり減衰されたものが漏れたにすぎないのだよ。
直接対象にとられたならば、それほど好意を持っているわけでもない相手に向けられたならば、どうなることか。彼らもようやく身をもって知っただろう。
が、どんだけ後悔しようが知ったこっちゃありませんとも。ええ。
あの戦場の最中、強い指向性を持たせたとはいえ、アーノセノウスさんやクラウスさんはきっちり受け止めきれてたんですから。
多少あたしも疲れるが、お莫迦さんが懲りるには必要なことだ。
さーて、もうちょっと締め上げておこうか。
反応がないんなら、近づいて返答を求めちゃったりしようかなー。
「シルウェステル師、どうかそのあたりで」
困ったような顔でアロイスが止めに入ってきたが、その口角がくっと上がってるのは……おもしろがってるのか、それともいいぞもっとやれ、なのか。
いずれにしてもアロイスの仲裁であたしが矛を収めたって方向に持ってけばいいのかな。
いやそれだとまたアロイスにだけ魔術師たちの反感が向かうか……。
(ほねー)
いろいろ考えていたら、きうとフームスが鳴いた。
「これは!」
「いったいいかがしたのですかな?」
〔ボニーさん、いったい何やってるんですか!〕
見やれば、グラミィたち残りの下船組三人が小舟で近づいてくるところだった。
「ご無事でなによりです、グラミィさま」
「お、アロイスどのも息災なようでなにより。……で、何があったのかの?」
「じつは……」
とアロイスが手短に伝えた理由に、グラミィはみるみるあきれ顔になった。ようやく自分たちのやってたことを客観視できたらしきサルヴィスの仲間には、視線をそらす者もいたが、グラミィは容赦しなかった。
「わたくしがシルウェステルさまの舌人をいたしておりますのにも、ゆえというものがございます。心話は受けるも放つも、それなりの構えが必要というもの。我々のように、シルウェステルさまのお声を聞きたいというのなら、精進なさいませ」
「われらは」
「シルウェステルさまは手心を加えてくださったのでしょう。――なんともおやさしいことですのぉ」
言い負かされたサルヴィスたちの目は、擬音にしたら「え゛」一択だろう。
だけど、不愉快という感情を乗せないようそこそこ気は遣いましたとも。
いくら少数精鋭(笑)な人たちでも、頭数は頭数。さすがに次の戦闘がいつ起きるかというこの状態で、ぺっきり心を折り過ぎて再起不能になんかしてられませんから。
〔ボニーさんだって、四日前にはよろよろしてたくせに~〕
心話でグラミィがおちょくってきたが、余裕なんてものは、なかったらつくるものですよ?
アエギスの野での戦い直後、からっからに涸渇しかけてた魔力も、まあ、ちょっとした発想の転換でたっぷりと手に入れられましたから。
〔だからって人を無駄に威圧しないでくださいよー〕
建設的なオハナシアイができるようにするにも、多少下準備が必要だったからねえ。
とはいえ。
あたしだって、なにも、お莫迦さんたちの目と耳を塞いで突撃させるようなことがしたいわけじゃない。なんだその懲罰に見せかけた死刑行為。
作戦を完遂するならきっちり情報も共有しておきたいし、なにより今後の行動方針ってやつも示しておきたい。
分離行動をする前は、それこそ不満を軽減するために、なるべく情報はリアルタイムで公開するようにしてたんだけどな。
だがまあそれにも限界があったのだろう。だからこその現状がある。
結果として、現在船組からすれば、あたしが下船組を贔屓し、ひどく優遇しているように見えるというのであれば、なんとか状況の改善にも努めますとも。
今回は魔術師たち中心の暴発だったが、船乗りさんたちだって憤懣を抱いていないとは限らない。
なにせ船団の航路を隠すためとはいえ、彼らにしてみれば、あっちに行けこっちに行けと、船乗りですらない連中が一方的な指示を出してくるわけだし。
魔術師同士だってわかり合えないのだ。魔術師の理屈が通じない船乗りさんたちなら、よけいに、わけのわからぬままいいように頤使されてるように感じてもおかしかない。
あ、グラミィもちょっとアロイスの説得手伝ったげて。少しは聞く耳もできたと思うし。
今、あたしたちがいるのはレジナ直近にある河の合流域……のちょっと上流である。
アビエスに注ぐ別の河の流れにより生じる水流の乱れの影響を受けない、ぎりぎりの地点だ。
これから船団の船たちにはばらけてもらう。
いくつか仕掛けを施したポイントに移動してもらうのだ。
〔しっかし、ボニーさん、よく考えますね、こんなこと……〕
複数の船に複数の魔術師がいるこの状態じゃなきゃ、提案なんざしませんでしたとも。あたしだって。
敵地で寡兵を分けるのは下策なのだが、もちろん対策はしっかりしてある。
ヴィーリが離れる前に、すべての船にラームスたち樹の魔物の枝を挿してもらったのだ。
さすがに代償もなくあたしが隠れ森を構築することはできないが、これまでもさんざんお世話になってる認識阻害でも、森精であるヴィーリが直接関与したことで、あたしがラームスたちを株分けするよりも、ずっとその効果は高くなっている。
これなら、船組の人たちの安全も十分に確保できたと言えるだろう。
「おい」
仏頂面でぐいと近づいてきたのはシーディスパタのクルテルくんだった。
さりげなくアロイスが警戒態勢を取ろうとしたが、あたしはそれを止めた。
アエギスの野での戦いの後、彼の兄貴分、ゲラーデのプーギオの死について余さず伝えてからこっち、あたしが船に戻ってきても、あえて近づいてこようとはしなかった彼だ。
それがこのタイミングで寄ってきたってことは、ある程度の整理も踏ん切りもついた、ということだろうとあたしは思った。
だけど彼が訊ねてきたのは、プーギオのことじゃなかった。
「あんた、どういうつもりで囮を請け負うような真似をしたんだ」
……さっきの打ち合わせのことか。
それが最も勝機を見いだせそうだったから。そもそもあたしは自分を囮とは思ってない。陽動を請け負っちゃいるが主戦力だと思ってますとも。
ただ、確かに、リスクは大きい。正気じゃないと思われてもしかたがないだろうとも思う。
だけどこの役割は成功するとかしないとかって前に、あたしでなければできないことなのだよ。
だから、そこはあたしがやるしかない。コールナーがつきあってくれるというので喜んでお願いはしたけど。
たとえ、少数精鋭でやってきたあたしたちの人数と、しかけねばならない戦術がかみ合わなくても、やらなければいけないのならば、あたしが矢面に立つ。
それが画策した者の責任の取り方だ。
なにより、あたしが矢面に立つのならば、他の人が立たなくて済む。
兵を引くときの指示を出せる頭の温存にもなるってものだ。
ついでに言うなら、あたしの策はむこうの世界の知識をある程度利用したチートだ。そうそう多用していいもんじゃない。
ならば再現不可能性を高めつつ、実現可能性を広げるのは大事なことですとも。
「……あんたの理屈はさっぱりわからん。だけどあんたまで勝手に死ぬな」
と言われましても。このお骨ボディでそいつは難しい注文なんですが。
「兄ィが死んじまったのはあんたのせいじゃない、とは言えん。だから、あんたにはシーディスパタまで来てもらう。そんで、きちんとみんなにも兄ィのことを話してやってくれ。――そんで、話は終わりだ」
…………。
これは、許してくれた、のかな。
プーギオの生命と精神をもてあそんだと言われてもしかたがないと思ってた。
怒りの捨て所、八つ当たりの的ってことで憎まれたり、プーギオ殺害の黒幕として敵対されることも、それこそ首の骨を差し出せと言われる可能性まで考えてたから、少し意外ですらある。
だけど、そこまで踏み出してくれるのなら、それに応えるのが筋ってもんでしょう。
「『機会を与えていただいたこと、感謝いたします』」
「……ふん」
グラミィに伝えてもらい、丁重に魔術師の礼を取ると、クルテルくんは肩をそびやかして去っていった。
いや、もうクルテルくんなんて呼べないな。
シーディスパタのクルテル。彼は十分に思慮深く、自分の感情を抑えることのできるタフな交渉相手で、そして仁義を重んじる海の男だ。




