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小細工で足掻けば

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

 状況は整理できたが、問題が一つある。

 このまま前進すれば、コッシニアさんやパルだけでなく、コールナーすらもスクトゥムとの戦いに巻き込むことになる、ということだ。

 できればなんとか手の骨を打ちたいのだが……。

 ちらっと眼窩を向けたら、蹄で地面を掻いていたコールナーの目と合ってしまった。


(お前はまた、離れようとする気か?)


 憤慨したようにたてがみを振ると、コールナーはのしのし距離を詰めてきた。あたしはあわててその顔を抑えた。

 近い近い、近いってば。あんまり近づくと枝角の先が危険区域なんです。

 

 とはいえ。

 コッシニアさんについては、……あたしは正直なところ、あまり心配はしていない。

 なにせ、彼女は放浪の一人旅を十年近くやり通した人だ。しかも女性の身でだ。

 女性の一人旅の危険性って、めちゃめちゃ高いんですが!

 むこうの世界の女性ソロキャンパーやバックパッカーなどの危険度とは、全く比べものになんない。

 それを十代の少女の頃から続け、なおかつその身を守り通してきた人だ。

 ひょっとしたら、対集団戦闘能力だけ見たら、グラミィはおろか、あたしよりも彼女の方が上かもしんない。


 それに、コッシニアさんはランシアインペトゥルス王国の人間だ。

 それも『アダマスピカ女副伯(サンディーカさん)の妹』ってだけじゃなく、『国の暗部の人間(アロイス)の妻』という立場にもなりそうな勢いだったりする。

 だから、彼女が同行を志願してくるというのなら、あたしは取り込むのをためらう気はない。

 できるだけ安全な場所で、パルの面倒見ながらバックアップとかに徹しててほしいとは思うけれども。


 コッシニアさんに比べ、パルはねぇ……。

 これは完全にあたしの気持ちの問題だが、パルは守るべき存在であって、国と国との戦いに巻き込むような対象じゃないと考えている。

 だって、パルってちみっこなのよ!まだ五、六歳ぐらいなの!

 そんなちっちゃい子を戦力にカウントしようとか。

 村から子どもを掠ってきて少年兵に仕立て上げるような、ゲリラでだってありえない所業ですよ。テロ組織なら爆弾身体に巻いて、自爆テロに見せかけた他爆の被害者にするような真似をするかもしれないが。


 ただ、彼もランシアインペトゥルス王国の人間であり、魔術学院に籍を置く初級魔術師見習いでもあるのだよ。

 つまりそれは知識を与え、魔力(マナ)暴発の危険から身を守るすべを与えた見返りに、魔術によって国に奉仕せよ、と言われたら、従わなければならない立場ということでもある。

 それに、戦力として期待できるだけの力は、確かにあるんだよね。パルの魔力の質は火に偏っている上に、魔力量も普通の成人魔術師と同等か、それ以上にはある。

 魔術知識はまだ少ないだろうが、魔力暴発による発火能力は強力だ。


 おまけに、パルは以前、妹のテネルを守るために魔力暴走を起こした。

 ということは、『テネルを守るため』という大義名分を与えられたら、むしろ進んで敵に向かって行きかねないんですよ。

 アロイスあたりが囁きそうな話だ。

 だけどアロイスがそんなことを言うなら、パルをうまく誘導して、コッシニアさんやアーノセノウスさんの護衛任務、とかいう名目で彼らにくっつけとくためなんじゃないんだろうか。

 任務のためなら非情にもなれるが、たしかアロイスの統括してるアルボー警衛隊は、パルと妹のテネルをめっちゃかわいがってたと聞いた気がする。

 保護してもらえるのなら、それでもいいかもしれない。

 あたしはともかく、アーノセノウスさんは魔術を教えるの上手だし。


 なにより、パルの魔力暴発は強すぎて、自分すら焼き尽くしかねない。使わなければ自分の身が守るかどうか、ぐらいの瀬戸際で使うならともかく、特攻要員になどさせませんよ。

 アルベルトゥスくんの二の舞など、させてたまるか。


 だけど、コールナーは違う。

 彼は一角獣で、魔物だ。人間の利害衝突になぞ、その優美な枝角を突っ込んでいく必要はない。

 そもそも、ランシアインペトゥルス王国最北端に高い彼のテリトリーまで、スクトゥムとの戦いが直接影響を及ぼす危険は、そうそうない。

 しかも、スクトゥムとの戦いは、半分はこの世界とかかわりがなかったはずのものだ。たとえそれがこの世界の人間に搭載された星屑(異世界人格)が相手であり、いやおうなしにこの世界の人々を、森精を巻き込みつつあるといってもだ。

 なにより、あたしがコールナーを突っ込ませたくない。


(お前がいるなら、ともにいる)


 心話は直球だった。


(お前に会いたいから、ここまできた。一緒にいたいから来た。だからお前が行くならば、ともに行く。遠ざけようとするな)


 はぶ、と指の骨を唇ではまれた。

 そこからぬくもりとともに伝わってくる心配は嬉しい。彼が案じてくれたからこそ、あたしが少しは周囲にも眼窩が向けられるようにはなったのもわかってる。

 だけども、そうそう頷けるわけもない。


(身の危険がある。命も危うくなるかもしれない)


 コールナーが傷ついたり、場合によっては死ぬかもしれない。

 それは、いやなんだ。

 わかってくれないかと見上げれば、一角獣はぶるんと鼻息を吹いた。


(だからなんだ。生きていればいつかは死ぬ。ならば生きている間は走る。お前とともに走りたい)

(お前というやつは……ありがとう。大好きだよ)


 あたしはコールナーの首を抱きしめた。

 魔物たちの死生観は、ドライで剛直だ。死は魔物ですら親しい隣人であるということなのかもしれないが、それでもいっしょにいたい、そう言ってくれたことが、そう思ってくれていることが嬉しかった。

 

 そして、あたしはなしくずしに、コールナーへの説得を諦めた。諦めざるをえなかった。

 それはまだいいのだが……。


 コールナーの心話というのは、話しかけられた当人どころか、周囲の非魔術師にすら影響するほど高い出力があったりする。

 つまり、あたしの伝えたことは聞こえなくても、それに応じたコールナーの心話は、グラディウスの船乗りさんたちにも、しっかり聞き取れてたらしい。

 強大な魔物だというので、最初は警戒してかかっていたみなさんも、コールナーをある程度受け入れてくれたのはありがたいのだが。『コールナーが骸の魔術師(あたし)にベタ惚れで追っかけてきた』とか、『骸の魔術師も素直じゃないが、コールナーが大好きだ』という解釈がされるとは。

 どこからどうしてそうなった。


〔正しいじゃないですか、コールナーはボニーさん大好きだし。ボニーさんだってコールナー大好きなんでしょ?抱きつくくらいには〕


 グラミィがせっせこと手を動かしながら、心話で訊いてきた。


 そりゃ好きですよ。好きだけどさあ。

 なんでこう、バカップルでも見るような、なまあったかい目で見られてるかねぇ?

 一人だけ質の違う視線はあったけど……これ、アーノセノウスさんの嫉妬ビームか。


 しかもコールナーってば、あたしの骨をどっかしらもひもひするのがお気に入りになっちゃったようで。

 今もわざわざローブの頭巾を引っ張ってどかしてまで、頭蓋骨を後ろからもはもはされてるんだけどさあ。

 ほどほどにしていただきたい。

 周囲の生ぬるく見守る視線に、もれなくあたしの威厳が滅亡しちゃいそうです。


〔そんなもん、とっくの昔にコールナーに反芻されてると思うんですけどー〕


 グラミィが呆れた目と心話を寄越した。

 って、反芻ってことはとっくに食べられてるんかいっ。あたしの尊厳やーい。


(ほーね~)


 しかも、幻惑狐(アパトウルペース)たちも負けじとたかってくるので、常時もふもふパラダイス状態ですよ。ますますあたしの威厳はMIA(行方不明)である。

 コールナーのはみはみに対抗してか、がじがじと甘噛みしてくるのはやめていただけないかなぁ!

 本格的にマイ威厳のKIA(死亡)が確定しちゃいそうですから!

 ぺろぺろ舐めてくるついでに魔力を持ってくのは、ちょっとくらいなら許容するからさぁ。


 この幻惑狐たちがやらかしたという交渉については、グラミィから聞いた。

 さすがにあたしも驚いたが、ヴィーリがさもありなんという様子だったというのは、どうやら森精の目から見れば、タイミングの問題でしかなかったからのようだ。

 だけど、幻惑狐たちが自分たちの仲間の一員にしてもいいとまで、あたしを認めてくれたのはいいが、それ以外は闇森の森精たちのせいだと思うのよ。


 幻惑狐たちは、群れが大きくなればなるほど知性が上がる。当然のことながら脅威度も上がるのだが、ここまで短時間に増殖したのは――というか、あたしやグラミィだけでなく、アロイスのようにランシアインペトゥルス王国の人間すら連れて歩けるぐらいに増えていたというのは――どう考えても尋常じゃない。そうでしょヴィーリ。


 あたしが見た限りにおいてだが、森精たちは、たいがいの魔物とは共生関係が結べるようだ。

 傷つけられて怒り狂った状態の火蜥蜴(イグニアスラケルタ)とかはさすがに無理なようだけど。

 彼らの半身たる樹の魔物たちはおろか、四脚鷲(クワトルグリュプス)に幻惑狐たち。森精たちが穏やかな話し合いのできない魔物って見たことないのよ。

 相利共生可能な上に意思の疎通もできるのだ。そりゃ幻惑狐たちの群れが膨れ上がり、知性が向上してても問題はないわな。森精たちにとっては。

 その群れを維持できるだけの食糧をどうやって確保するかは、ちょっと疑問だけど。


 だけど、幻惑狐たちが、あたしを仲間だと認識してくれているなら、その恩恵はあたしにも来る。

 ああ、だからこそ森精たちは彼らを増やしたのかもしれない。

 ならば、人間の群れ――この船団は、あたしにとって必要なものであると伝えるだけのこと。

 あたしのような骸骨ですら仲間、群れの一員として認められるというならば、生身の人間なら、なおさらのこと。

 十分、相利共生可能な相手仲間とみなしてくれるんじゃないかなあ。というか、そうであってほしい。

 幻惑狐たちはなでくり回されることもけっこう好きだったりするのだ。そのあたりが突破口にならないだろうか。


 その一方で、人間サイドの警戒もなるべく早く解いてもらえるように働きかけなきゃならないだろう。

 なにせ、幻惑狐たちのやらかしがやらかしだ。こじれないうちになんとかしとかないといけないんだが、人外から脅されたと思われてたら、ちょっと、ねえ……。


 そこで、あたしは幻惑狐たちにいくつか頼みごとをすることにした。

 彼らがその通りに動いてくれれば、人間たちにとっては、幻惑狐たちはあたしの使役するモノである――少なくとも、あたしの制御下にある存在であると見えるだろう。少しは反発も解消されないかなという下心は満載である。

 もちろん、そんなことはないんだけども。幻惑狐たちとあたしの関係は基本も応用もほぼ対等だ。


 まずあたしは、幻惑狐たちに、停泊中の見張りの一部をお願いした。

 彼らは夜目が利く、が、獲物を狩るときのような集中は長時間続かない。だけど船の近くまで不審なモノが近づいてきたら、警戒の鳴き声ぐらいは立ててくれるだろう、という読みだ。

 さらに、戦場の後処理も頼んだ。

アエギスの野もかなりの広さがある。幻惑狐たちの群れとて、散開すればかなり密度は下がる。

 それにまだ、戦場には死者が――もちろん、あたしが殺した者のもだ――がごろごろと転がっている。

 

 あの乱戦の最後、あたしは構築途中の泥人形に、周囲にあった遺体を組み込んだのだ。

 死者の冒瀆だと言われたら、それ以外の何ものでもないだろうさ。

 だけど、あの状況で星屑たちを退けるには、必要で、最善の手立てだった、そう今でも思っている。

 泥人形とスクラムを組ませた格好で、それまで肩を並べて戦っていた仲間の死体が白目を剥いたまんま、武器を構えて迫ってくるというのは、この世界を仮想空間だと未だに思い込んでいる星屑たちにとっても、かなりの恐怖だったんじゃなかろうか。

 実際、戦意を喪失した星屑たちが退却してってくれたおかげで、あたしや、ゲラーデのプーギオも船までなんとか戻れたわけだし。


 魔術を解除するときにある程度調整はしたから、利用させてもらったご遺体だけは、ほぼ完全に泥の山に埋もれているはずだ。

 ぶっちゃけ、死体というのは危険物である。病原菌を撒き散らすだけでなく、いわゆる屍毒と言われる毒物の発生源にもなってしまう。そんなもんが露出してたらやばいでしょうが。

 おまけに野ざらし状態の遺体はそれだけ肉食動物にも喰われやすいし、腐敗臭もひどくなる。


 なにより、あたしがそのまま放置しておきたくはない。

 ウーゴの首は埋葬したし、ついでにその周囲のご遺体も土に埋めては来たが、たぶんウーゴの胴体は、あのままのはず。

 だけど、ウーゴの首を刎ねてしまった場所がどこだったか、胴体がどこにあるか、死体の山を一つ一つひっくり返して確認することも、戦場に残された遺体のすべてを処理することも、正直あたし一人の手の骨や魔力が及ぶところではない。


 だから、あたしの『お願い』は、実質埋葬代理だったりする。

 土を操る能力を持つ幻惑狐たちなら、遺体を土砂で覆うくらいのことならできるだろう、というわけだ。


(ほねはなかま~)

(なかまのおねがいならきく~)


 あたしが人の群れ(味方)から離属する気はないと伝えてたこともあってか、幻惑狐たちはわりと素直に二つの頼みを聞いてくれた。

 が、幻惑狐たちに頼んだのはそれだけじゃない。


 彼らの半数ぐらいには、そのままアエギスの野を突っ切って、脇街道から本街道経由で、レジナに向かってもらうことになっている。

 播種のためだ。

 種まきの協力をしてくれるのは、あたしたちとの同行組も、なんだけど。


 あたしがグラミィにもぶん投げたのは、コールナーの血を洗った水から、彼の魔力を吸ったラームスの欠片にも葉っぱを提供してもらい、片っ端から幻惑狐たちの頭に乗せてゆくという簡単なお仕事です。

 ただ、幻惑狐たちが増えてたせいで、ちょっとした手間になったというね。

 でも、必要なんですよこれ。


 都市を攻撃目標にするなら、包囲戦が定石である。

 だけど、帝都レジナを包囲するとか、基本少数精鋭……精鋭?まあ精鋭ってことにしとこう。もふもふ度合いがひどいけど――のあたしたちだけじゃ、無理がある。

 だが、ラームスたち、樹の魔物で囲うことはできるのだ。


 もともとアビエスの下流側とレジナの港湾地区、そして王宮の周囲と内部には、あたしが前回の潜入時にラームスを撒いてきている。

 もちろん、そのすべてがうまく育ったわけではないようだが、それでも一部が根付けば蔓延(はびこ)るのが植物というものだ。

 あたしなぞよりよっぽど深く樹の魔物たちとつながっているヴィーリによれば、下流に点々と存在している同族(おなかま)と、レジナ内部の彼らはとうにつながっているらしい。

 あたしにもアクセス可能なエリアを拡大するにはあと一歩、ってなとこまでネットワークの構築はできているようだ。

 ならば、ついでに全方位からの完全包囲といこうじゃないの、というわけだ。


 樹の魔物たちは、攻撃手段をほぼ持たない、らしい。

 だけど、存在しているだけで周囲の情報を収集してくれるんですよ、彼らは。それを提供してくれるだけでも御の字だ。

 なお、混沌録様式の上、アクセス権限持ちも限られるので、他に漏れようがないというね。情報セキュリティとしてはほぼ完璧なんじゃなかろうか。


 そして、あたしたちも二手に分かれることになっている。

 敵の領内で寡兵を分けるのは、正直下策としかいいようがないのだが、しょうがないんですよ。


 なにせ、何度か迎撃に遭ったように、とっくに船を移動に使ってることはスクトゥムにばれている。

 それでもアスピス属州あたりまでなら、まだ多少はごまかせた。水系が網のように広がっていたからだ。

 だけど、この一帯の水系はアビエス川にほぼ統一されてる。らしい。

 合流する細い川はあっても、分流は存在しないようなのだ。

 そして基本的に川というか、岸から生えた植物に覆われないほど広い水辺というのは、けっこう開けていて身の隠しようがないものだ。


 おまけに、ここは敵地だ。

 川の水量とか流速といったデータを、むこうが握っているのなら――それが正確な数値じゃなくって、経験則的なものでもだ――、あたしたちの移動速度だの、この船団の船のサイズで行けそうな場所だのぐらいは、すぐに割り出せるだろうし。


 結論。船は襲撃される危険性が高い。というか、いい的にしかなんない。


 しかも、魔力を吸う例の槍の存在がある。

 あんな魔術師殺し、その辺に放り出しといていいわけがないので、あたしはおもいっきり刺さったまんまの槍を持ち逃げしてきた。


 もちろん、百舌鳥の早贄状態でお持ち帰りしたの以外にも、何本かは退却ついでに拾ってきてあったりする。

 泥人形に運ばせてたんだけど、途中で魔力の残量が本気でヤバくなったので、維持しきれなくなった泥人形にそのまま埋めといたのを、後で掘り出して、改めて船まで運んできたというね。

 だがまあそんな経緯はどうでもいい。


 ぶっちゃけ、あの槍単体ならばそんなに怖くはないのだ。

 いや、対人戦闘に限っていうなら、魔術師だけでなく、普通の騎士が相手でも、ものめっさ危険な武器ではあることに間違いはない。

 なにせ、強力な魔力吸収のせいで、武器や防具が壊れやすくなるわ。かすってうっかり傷でもつけられようもんなら、馬でも人でも体力が減少するくらいなら軽い方で、失神どころか衰弱に近い死に方をしかねないとか。

 なんという超強力なデバフ付与装置。


 だけど、槍なんて得物、そこそこ広い間合いにも対応するとは言っても、基本的には人体サイズの直接戦闘にしか使えないものなんですよ。

 矢のような飛び道具や据置弩砲(バリスタ)のたぐい、あるいは攻城用投石機(マンゴネル)のように、長距離からの攻撃に使えるわけでもないし、城壁一つ崩せるほどの破壊力があるわけでもない。


だけど、そういった武器に、あの槍の技術が応用されていない、という保証はない。

 それが恐ろしい。


 想像してみていただきたい。一見何の変哲もない矢が見る間に城壁の強度を削り、あるいは一撃で矢狭間周辺の薄い石壁を破壊するという状況を。

 はっきり言って、破城槌とか大砲なんてもんはいらないでしょうよ。そんなもんが実用化されてたら。


 おまけに、通常、魔術師による結界は、城壁よりも弱いのだ。

 もし、この船団がそんな攻撃を受けたら、たぶんひとたまりもない。

 船が破壊され、沈没、全員死亡。という嫌な状況が幻視できちゃいそうである。


 それを踏まえて考えるならば、たぶん、一番スクトゥムに対する嫌がらせになるのは、ここで全員が下船することだろう。

 ついでに火球の魔術陣でも船に山と積んで送り出し、レジナの港あたりにさしかかったタイミングで起爆させる。

 爆発で混乱したところへ斬り込めば、いかな帝都とはいえ、相当なダメージを与えられることだろうさ。


 だけど、グラディウスの船乗りさんたちにとって、船は単なる移動手段じゃないのだ。

 家であり、財産であり、何より彼らの誇りでもある。

 捨てられるわけもない。


 だったら、彼らが大事な船をちゃんと持ち帰れるように――無傷ってのは無理かもしれんが、それでも傷は浅く済ませたげたい。

 ――なら、それなりの手を打とうじゃないの。


 あたしはヴィーリと相談した上で、すべての船にいろいろな仕掛けを施した。あたしたちがいなくても十全に機能するように。


 そう、あたしは船を下りて、コールナーといっしょに、岸伝いで街道を外れて進むことになっている。

 上流ではくっついていたアビエス河と街道はそれぞれ弧を描き、州境が近くなるにつれ、大きく距離が離れる。蛇行を続ける河は、レジナでようやく街道と合流する、というわけだ。

 なので、岸伝いに行けば、当然街道からは身を隠すことができ、なおかつ船を陽動に使いながら進むことができるというわけ。


 道沿いに移動していない非地元民というのは目立つし、それだけで不審人物扱いされてもしかたないのだが、目撃するような人間が通りがからない場所を行くなら、逆に痕跡をくらましやすいとも言えるというわけだ。

 もちろん川の上は見通しがいいので、他人の船や対岸からは身を隠す必要があるのだが。

 

 そんなわけで、同行するのはグラミィに加え、自力で身を隠せるアロイスとコッシニアさん、そして彼らが庇護するパルというアルボー組である。

 なお、パルはあくまで庇護対象ですとも。『シルウェステル師に同行をさせていただきたく』というコッシニアさんの乞いと、『おししょー(コッシニアさん)といっしょがいい』というパル当人の希望を容れた形だ。

 アーノセノウスさんたちも同行したがったようなのだが、これ以上人員を連れて歩くとその分スピードが落ちる。

 おまけに、ほとんど魔術師ばかりのこっちに、さらに魔術師を入れたら、さすがに船団の方が手薄になってしまうのだ。


 確かに、あの槍のような、強力な魔力吸収能力を持つ武器を向けられたら、魔術師の防御は役に立たない。

 が、攻撃能力は完全に死ぬわけではないのだよね。


 槍の穂先が触れたらかき消される?

 ならば手数を増やし、槍の数本程度では迎撃不能な飽和攻撃をしかけてやればいい、ってなもんですよ。

 アーノセノウスさんぐらい精密な術式操作ができてれば、火球の雨が槍をかいくぐって炸裂するとか。


 もちろん、遠距離攻撃に物理手段が混じってもいいのだが、船団の射程武器はかなり乏しい。

 数張りの長弓と二張りの弩弓はあるのだが、矢が残りわずかだと言ってはいなかったろうか?

 魔術で矢状に岩石を顕界しようにも、弩弓の矢はまだしも、長弓の矢は無理だ。一度試したことはあったが、重すぎて飛ばないというオチになったはずだ。

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