足下掘れ
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
異世界もので定番なのが、いわゆる一つの知識チートというやつだろう。
魔法だの魔術だの、現代日本の科学技術よりも使い勝手がよさげな技術が発達し、それによって社会インフラが整備されていてもだ。
なぜか現代日本よりも未発達な技術がたくさんあって、たまたまそれが主人公の得意分野だった、というところから、オレTUEEEE坂が始まるというやつですね。よくわかります。
もちろん、平凡な一般人ですよ、専門知識なんかありません、的な話も多い。
お菓子などのレシピでチートをしようとしたら、とっくにあったとか。
技術知識皆無なせいで、開発が頓挫しまくる、なんて状況が描かれたりすることもある。
そんな状況でも、転生主人公の前世が社会人歴がけっこう長い系だったりすると、ちょっとしたテイストが加わることがある。
社会人マナーだのプレゼン能力だのといったビジネススキルを活用してるせいで、対人関係が向上するというやつ。
が、あれだって立派に心理学的なチートなんじゃなかろうかと思うのだよね。
たとえば、人に不快感を与えない=好感を与えるための手段というのは、印象操作の一種にあたる。
難しいことを言っているように思うかも知れないが、軽いものなら、女性のメイク仕様などの外見整備がそれにあたる。
その人の肌質、色合いをまるっと無視してでも、流行にあわせることで個性を感じさせないように仕上げることもたやすい。
だったら、その人の本質を覆い隠して、まったく違う性格の持ち主であるように見せかけることだって可能なのだ。
その背景にある心理学的知識というやつは、人間の感情の動きを分析し、相手が何を見たらどのように感じ、何を考え、行動するかを推測するだけじゃない。
印象操作のように相手の感じ方をねじ曲げ、思考もある程度誘導することができるものだ。
もちろん、外見と行動から与える印象をすべて意図的に操作できるとしても、100%思うように誘導することも、それによって周囲から受容されることもできるわけじゃない。なんだその強力魅了状態。
だけど逆に、その知識の対象を自分自身にすることは、自分自身のことだけにすることはできるのだ。
思考や印象を誘導するのではなく、自己の心理状態の分析や考察だけに回すのならばなおのこと。
だけどそれは絶望の道だ。
自分は、なぜこの人に好感を覚えているのか。
自分はなぜ、この相手を信じているのか。
より有利に立ち回るため、あるいは頭を冷やすため、自分の立ち位置を合理的に検証しようとすればするほど、外界から孤立した自我は脆く崩れていく。
同じ人や物に接触する頻度や回数が増えれば増えるほど、またそれが友好的なものであればあるほど、その人や物に対する好感は強くなる。接触効果といわれるものだ。
信頼すらも一方的な、自分の内側にしか評価基準をクリアし続ければ強くなるものだ。
親身になってくれる相手、反応良く自分の話を聞いてくれる者、自分とどことなく似通ったところのある人間、距離感がバグってるんじゃないかと思うほどに近い者。
そういったものにも、人は心を開きやすくなる。
他人の印象や感情と同様に、自分の印象や感情も操作可能なもの。自分が作り出している対人関係は、ただの人形劇に過ぎず、自分が感じているこの親しみは、ただの条件反射でしかないのだと。
分析してしまえば、自己は計算尽くの行動か、もしくは誰かに仕組まれたと思えば説明のつくような、安っぽい感情のままに動いているのだと思い知らされる。
計算すらも正しいかどうかはわからない。思考など与える情報を操作すれば、簡単に善悪の認識すらひっくりかえるからだ。
感じた好悪も正しい保証なぞない。なにせ情報を認知する機能、自分の耳や目だって信じ切ることはできない。自分の記憶すら人間はたやすくねじ曲げる。偽記憶というやつだ。
――それを、あたしに当てはめてみれば?
この世界で育てた信頼や好感も、対人関係も。
あたしがこの世界で存在し続けるため――人間として、生死不明状態から生存状態へ移行するために必要だと考えていたから、そのためのリソース作りにほかならない。
あたしがグラミィを相棒と呼ぶのは、この世界の人間に憑依だか寄生だかしている異世界人同士であり、なおかつ互いの不足を補い合えるから。
あたしがアーノセノウスさんを庇ったのは、アーノセノウスさんがあたしをシルウェステル・ランシピウスであると認め、溺愛と庇護を与えてくれたから。
あたしがアロイスを重用するのは、有能だから。
アロイスやカシアスのおっちゃんに協力して、ルンピートゥルアンサ副伯家を潰したのも、彼らの復讐の大義を信じたわけではなく、彼らから使える人間であるという評価を勝ち取るため。
今はそれなりに信頼関係ができてはいる、と思う。
だけど、あたしは、未だに彼らを完全に信じ切る気にはなれない。
自分が信じていたものすべてが偽りであったと知るのは、恐怖だ。
だから、あたしは最初から信じない、というスタンスを取った。
たとえ真実が含まれていたとしても、それは数式の解答のように、常にどこから見ても100%正解とは限らない。
自分は常に間違っている危険がある。ならば、どんな相手にもずっしりと心を預けることなど恐ろしくてできない。
どれだけ状況が有利であったとしても、それが偽りである可能性も、崩れ去る未来も否定はできない。
だからあたしは十重二十重に対策を考え、人も関係も事物の継続可能性すらも不確実と疑い続けてきた。
……まあ、それが完全に成功することはなく、けっこういろんなことで打撃は受けてきているんだけども。
そのくらい信頼は甘く、そのぶん裏切られたという衝撃は苦くなる。
もちろん、警戒はやりすぎても、自己嫌悪と他者への不信に食い殺されるだけだ。
だから、あたしもほどほどにはしているつもりだ。場合によってはゲシュタルト崩壊へつながる『お前は何者だ』という問いのように、『意図的に考えない』という対抗手段を取ったりもしている。
ダメージ調整と不安定な安楽さ。バランスを取ろうとして取りきれないのは、あたしの内部の問題だ。
そういうことにしておけばいいのだ。
そういう意味では、森精たちは人間よりも付き合いやすい相手といえる。
最初からずっと、彼らはあたしとグラミィを、異界から落ちてきた星として、この世界を管理する上で最重要――とまではいかなくても、そこそこ意味のある要素であると見ている。
それ以上でもそれ以外でもないと見ているから、こっちはまだラクなのだ。
好悪ではなく利害の一致。じつにわかりやすいじゃないか。
森精とは違うわかりやすさを持ち、この世界で唯一、考察対象として客観視することができない相手が魔物たちだ。
自分が根拠のない理由でふらふら動く人間だと自嘲し、のめりこまないように自戒していても、友好的な魔物たちがくれる安らぎからは離れがたい。
彼らの思考はシンプルだ。したいからする、ただそれだけのこと。されたくないみたいだからしない、というオプションはあるけれど、自分のためにのみ動き、悪びれもしないのは、彼らにとってそれが当然のことだからだ。
心話のつながりがあるため嘘をつくという概念はなく――自分に都合の悪いことはごまかしたり、伝えないということはできなくもないのだけど――、あまり裏表のない彼らの心話、行動、感情のままに動く魔力のうねりはひどく暖かく、それだけで気持ちの良いものだったりする。
それにくわえ、コールナーには高い感覚共有能力がある。
彼に抱きついていたほんの少しの時間で、あたしが安定を取り戻すことができたのは、その魔力のうねりに包まれていたからだけじゃないだろう。
感覚共有というのは互いの個の独立を損ねるものじゃないが、彼我の壁がどこまでも薄くなるようなものだ。互いの快と思うことを快とし、感情の好の部分だけが合わせ鏡のように膨らんでいく。
つまりそれは操作無用の無条件の信頼であり、好感であり、肯定である。
おかげであたしも肩の骨からだいぶ力が抜けたようだ。周りを意識するだけのゆとりが戻ってきたのは僥倖だった。
グラミィの気遣いにも、幻惑狐たちの心話のぬくもりにも、ようやく気づけるようになってきたのだから。
逆に言えば、どんだけ視野狭窄に陥っていたんだって話だけども。
まだ大丈夫だと思ってはいたが、信じないというのは存外自己肯定感を削るものだったらしい。
自分が立っていることを信じ切れなければ、自分の立ち位置すら不明確になってしまう。
まだここにいていいのだと――シルウェステル・ランシピウスさんを騙ってはいても――、そう思えたことは、とても大きい。
ならば、騙るに見合うだけのことはしなければならない。
覚悟を決めたあたしは、さらに情報を集めることにした。
まずは現状確認である。
そもそもなんで、コールナーといっしょに、コッシニアさんやパルまでアエギスにやってきたかというと、概ね王族の判断によるもののようだった。
トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯に夢織草を使われ、アーノセノウスさんがあたしをシルウェステル・ランシピウスではないと拒絶した後のことだ。
アーノセノウスさんの暴発を止めきれなかったということで、いろいろクウィントゥス殿下も頭を抱えたらしい。
そのあたりのことは、あたしも魔喰ライになりかけたり、二次被害を避けるための単身任務が続いてたりしたから、あまり詳しいことはわからない。
悪い選択肢じゃなかったと思うんだけどね、単身任務。
ただ、戦線をあたし一人で支えているようなやりかたと、その特攻なやり口――むしろ危険を減らすための方法だったんだけどなぁ――をクウィントゥス殿下やアロイスは、グラミィの手を借りて見ていたわけで。
彼らの出した結論は、『骨身を省みないで戦線を維持するようなあたしの精神状態は、相当ヤバい』だったようだ、というのはその当時を思い返したグラミィの心話だったりする。
早急に魔術師の増員が必要だと判断したクウィントゥス殿下……が直接したためたのか、その意を受けたアロイスがまとめたのかは知らないが、王都に現状報告と人員の増加を願ったわけだ。
その結果の一つが、アルベルトゥスくんの自死とリトスの崩壊でもあるのだが。
一方、魔術学院長オクタウスくんは、さらに別の手も打つべきと考えて、独自に動いていたらしい。
なぜなら、彼らのところへは、アルボーについての情報も届いていたからだ。
ちなみに、あたしが魔物たちと友好関係を築いていること、コールナーがとてもあたしを気に掛けていることなどをレポートしてたのはコッシニアさんである。
そこでオクタウスくんは、コールナーの有効活用を考えたようだ。
……どうやらオクタウスくんにも、しっかり王族特有の腹黒遺伝子が搭載されているようで。
しかもまだ二十歳にもなってないっつーに、そこまでがっつりと発現してるとか。
思わず将来を危ぶんじゃうぞ?
その一方で、クウィントゥス殿下の手もアルボーには延びていた。
正確に言うなら、そのおとなり、アダマスピカ副伯領にだ。
なにせアダマスピカ女副伯のサンディーカさんの配偶者――副伯配、とでも言えばいいのだろうか?――、カシアスのおっちゃんは、あたしとグラミィが最初に出会った第一村人、もといこの世界の人間であり、そして王の統べるヴィーア騎士団の一員でもある。
ランシアインペトゥルス王国には王が握っている騎士団がいくつあるのか、未だにあたしもよくは知らない。だけどそれを一手に束ねているクウィントゥス殿下にとっては、カシアスもアロイス同様、使い勝手のいい部下であるのだろう。
なのでクウィントゥス殿下ってば、任務上あたしやグラミィの情報に触れることの多かった暗部のアロイスにはもちろん、カシアスのおっちゃんにも、ちょいちょいあたしたちの消息を流していた、らしい。
情報漏洩じゃないか、いいんかそれでと突っ込みたい。
が、現状を考えると、むしろそれはカシアスのおっちゃんがサンディーカさんに伝えたり、アロイスからコッシニアさんに情報が流れたりすることを想定してたからこそ、あえて流したんじゃないか疑惑まで生じてくるのだ。怖いことに。
いつからどこまで計算してたのやら、あの内臓ベンタブラック系王弟殿下は。
おかげで過剰に心配してくれてたコッシニアさんは、会話するうちそこそこ仲良くなったコールナーにあたしを訊ねないかと誘いを掛けて巻き込み、けっこう寂しがり屋なところのあるコールナーは、お誘いにほぼノータイムでうんといった。らしい。
コッシニアさんがそんな決断をするまでもいろいろあったらしいが、特に最後まで彼女がためらっていたのは、お姉さんのサンディーカさんの臨月が迫っていたためだとか。
あれだけ医療の発達したむこうの世界でも、出産は命がけだったのだ。ましてサンディーカさんは、この世界ではかなりの高齢で迎える初産となる。
もちろん多産な女性の中には、今のサンディーカさんぐらいのお年で出産する人もけっこういるのだが。
問題は初産ということだったりする。
初産というのはそれ以降のお産に比べても、難産になりやすいらしい。
しかも、サンディーカさんとコッシニアさんには近しい親族がいない。
ご両親はおろか、兄弟もジュラニツハスタの戦いで十年以上前に亡くなっている。
遠い親族がいないわけではないが、男性の多くがやはりジュラニツハスタの戦いで亡くなっている上に、女性も他の寄親についている家に嫁いでいたりする。心細いから助けてくださいとか、負担を考えたらうかつに言えない、言っても頼りにならないまである。
コッシニアさんは悩んだ。
季節の移ろいを考えたら、移動は早くするべきだろう。
けれどお姉さんを置いていくのも気がかりだ。
悩んでいたコッシニアさんのお尻を(比喩表現だが)叩いて送り出したのは、サンディーカさん本人だという。
それ聞いたときには、あたし周りの情報を伝えたのはコッシニアさん本人なのか、それともカシアスのおっちゃんなのかと突っ込みたくなっちゃったけどね。
誰が伝えたにしても、妊婦に心配させるというのはどうよ、負担かけてどうすんねんと。
だけど、アダマスピカ女副伯は強かった。
カシアスのおっちゃんといろいろ手回しよく、王都から必要な許可を得ておいて、コッシニアさんの前にずらっと並べたんだそうな。
「『あなたはあなたのなすべきことをなしなさい!』と怒られました」
とコッシニアさんも苦笑したが、おかげで事前準備はトントン拍子にまとまったらしい。
まずはカシアスのおっちゃんが、副官のエンリクスさんにヴィーア騎士団の一部を預けて、アルボーへ向かわせる。
隊長権限の濫用かよと思ったが、秋の税の徴収と監査も兼ねてるんだそうな。
中級導師であるコッシニアさんがアルボーを離れるのに必要な、魔術学院長のオクタウスくんの許可も、当然得られたわけだが、そこで彼女が指導――という名目だが、半分くらいは庇護だ――しているパルと、その妹テネルの処遇も問題になったりしたらしい。
パルは、魔術師見習いとして魔術学院に正式に所属する時、学院内部でも魔力暴発しかけたことがある。
その前にも一度魔力暴発をやらかしているということもあり、誰か抑えられる人間がいないと危険だと見られているわけだ。
パルの妹のテネルのこともあり、コッシニアさんもパルの処遇についてはいろいろ悩んだようだ。
コッシニアさんの後任ということで、オクタウスくんが、以前魔術士団と魔術学院の学生が整備したアルボーの再調査、という名目で派遣してきた上級導師に預けようかとかね。
だけど、上級導師はコッシニアさんともあまり面識がないというので、結局コッシニアさんは、パルを連れ歩くことにしたという。
いや、それ正解だと思うの。
そもそもパルは魔力暴発の時に周囲の人を傷つけ、孤立した。赤ん坊だったテネル以外に味方がいないというところまで、一時は追い詰められたのだ。
だのに、上級導師だからってだけで預けようとしたら、パルはコッシニアさんに捨てられたと思い込んでたかもしれない。今のように安心しきって寝落ちたりはしていない。
それに、その上級導師さんを派遣してきたのは、腹黒王族の仲間入りをしっかり果たしているオクタウスくんだ。コッシニアさんのかわりにアルボーの魔術師を――魔術師系貴族が外務宮からも派遣されているので、けっこうアルボーの魔術師人口比は高いのだ――きっちり締められるような、アホぼんたちの『恩師』あたりを送り込むとかしてそうだし。だったら本領発揮してもらうのに、慣れない負担は掛けない方がいいだろう。
ちなみに、テネルはいうと、すっかり大きくなって赤ん坊とはいえなくなってきたが、それでも長旅をできるほどではないだろう、という判断と、最近ではある程度離れていても、パルが安定してきているということもあるので、テネルがなついているアルボー警衛隊の人たちに預けてきたんだそうな。
しっかし、それでもよくここまで来れたものだ。
ランシアインペトゥルス王国を北端から縦断するってだけでも大ごとですとも。
それに通常、魔物が人の前に姿を現すことはほとんどない。あるとしたら狩りの獲物として目を付けたから、ぐらいのもの。
しかもコッシニアさんが誘いを掛けなければ、いつかしびれを切らしたコールナーは、あたしを呼んでくるように要求するか、当てもなくあたしを探しにさまようつもりだったらしいし。
いやそれ、気持ちは嬉しいけどさあ!
視点を変えれば災害級の危険な魔物が人身御供を要求してきた!から、国内を荒らし回りにかかった!になるもんなぁ……。
下手するとコールナーVSランシアインペトゥルス王国になってたかもしれない。
実際、あんまり人に頼る気のなかったらしいコールナーを、人間のテリトリーでは人間のルールを守った方が、スムーズにあたしに会えると、うまくなだめてくれてたというコッシニアさんには幾重にも感謝すべきだろう。
こんな無茶な道中がなんとか無事にいったのも、コッシニアさんが放浪の経験から得た、その土地土地の抜け道に関する知識のおかげでもあるからだ。
人目に付きにくく、なおかつ安全に通り抜けられるルートを、コッシニアさんとパルは馬に乗って走り抜けた。 二人の大きな放出魔力にも耐えられるような馬ということで、より抜きの軍馬を替え馬としてその要所要所に用意したのも。
事前に知らされたそのルートを、うまく理屈をつけて、コールナーたちが通過するその時間帯だけ、さりげなく通行止めにし、なるべく不審がられないように処理をしてくれたのも、ヴィーア騎士団のみなさんだ。
騎士のみなさんにも、みなさんに名を下したクウィントゥス殿下にも感謝はすべきだろう。
たとえランシアインペトゥルス王国としてもコールナーを利用する気満々だったとしてもだ。
(我が身だけでもこれたのだぞ)
そう伝えても、コールナーはすねたように、あたしのローブをはみはみと噛んだけど。
人間の連携に対し、コールナーの南下に気づいた闇森の森精たちは、さぞかし仰天しただろう。
なにせ、森精たちにしてみれば、南のスクトゥムでアルベルトゥスくんがやらかしたリトス破壊とその手段について、ようやく緊急性の高い調査が終わった、と思ってたら、今度は北から強力な魔物が急激に接近してきたわけだし。
そりゃヴィーリが慌ててコッシニアさんたちに合流するわけだわ。
ヴィーリから心話で聞いた限りじゃ、他の闇森の森精たちも手分けしてかかってくれたらしい。
それはそうだろう。イークト大湿原には『紅奔の騰原』というカプシカムたちのコロニーがあるし、サルウェワレーにはヴェスもいる。
火蜥蜴たちのテリトリーは相当広い。うっかり入ろうものなら、問答無用で戦闘になる。領域から外れても下手をすると火蜥蜴たちと争うことになる。
そんなことにはならないよう、かなり頑張ってくれたらしい。
思わず心話でありがとうと伝えたら、(稀有の星)と呼ばれたけどね。
どうやら、魔物が人間に、それも従属の誓約で縛られているわけでもない相手のために、自発的にここまでの大移動をすることは、やはりかなり珍しいことのようだ。
それも、樹の魔物たちの混沌録の中にもそんな記録があるのか探し出せないレベル。
そのぶん森精的には観察するだけの価値があるという扱いになるんだろうか?
なるといいなー、いくら森精たちがあたしたちや人間の味方とは言い切れなくても。
ちなみに、他の魔物のテリトリーに入ってても攻撃されない魔物たちもいないわけじゃない。
あたしの知る限り、樹の魔物たちと幻惑狐たちだけは、他の魔物と共生関係を構築することができていた。
おそらくだが、幻惑狐たちが化かす能力を持っていること、樹の魔物もふわっと印象を和らげたりできること、ほとんどの魔物が肉食であることがその原因ではないかと、あたしは推測している。
いくら魔物でも、植物である樹の魔物たちを食べたがる肉食獣はおらんと思うの。
雑食な一角獣のコールナーぐらいですよ。植物食べるのって。
幻惑狐たちは人間の残したトリクティムのお粥をたいらげるくらいはするけれども、基本的に肉食です。
理由はともあれ、結果的に森精たちのサポートを受けたコールナーたちは、伝書鳥すらも追い抜きそうな勢いで、イークト大湿原を、そしてアビエス川を走ってきた。らしい。
コールナーは水を操る能力を持つ。湿地帯や川べりといったずくずくの泥地も、いやそれどころか水面すら、コールナーにかかれば公道も同然となる。
そしてコッシニアさんは馬に乗れる。彼女はパルといっしょに馬を変えながらランシア街道を走り抜け、トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯領までたどりつくと、クウィントゥス殿下に小舟を一艘もらって乗ってきたんだそうな。
その船底には、あたしが前に何枚か渡しておいた水流の魔術陣を貼って。
……って、あれ、河や潮に流された時の緊急脱出手段のつもりだったんだけどな。
コッシニアさんだけでなく、パルもそれなりに魔力量が多い。二人は交互に魔力を流しながら、コールナーについてきたんだそうな。
コッシニアさんはもちろん、パルも泣き言一つ言わずついてきたのには、コールナーも感心したらしい。
「パルはシルウェステル師に、アーノセノウス師にまたお会いしたい、ご指導をいただきたいと楽しみにしておりましたようでして」
……そりゃまたえらく懐いたものだ。




