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〔なんで、ボニーさんはここまで魔法が使えるのに、わざわざあたしに正規の魔法を学べって言うんですかー……〕


 報酬代わりのブラッシングをスピンにしてやってると、へれへれにのびきった『声』でグラミィが話しかけてきた。

 なんかこう恨み節が混じってそうな心話だが、そんなにつらいんだったら、まだ馬車の中で大人しくのびてりゃいーのに。

 なんでわざわざずるずる這い出てまでこっちをじーっと見てるかね。

 ちょっとコワイんだけど。


〔前にもこっちの世界の魔法とか技術を過小評価するなって言ってましたけどー。理由はそればっかりじゃないですよねー〕


 や、だってなにもかもが足りなさすぎるでしょ?

 あたしは見た魔法しか再現も応用もできない。

 つまりあたしがグラミィに教えられるのはこれまで見て覚えてきた四元素魔術、それも攻撃魔法オンリーだということだ。

 ……ほとんどが攻撃として受けたものだというのを考えると、どんだけ敵意を持たれてるのかと落ち込みたくもなるが、それはともかく。

 この世界には他にどんな魔法があるのかすら、よくわかってないのがあたしたちにとって一番の問題だろう。

 操屍魔法とかいうものがあるらしいのは、カシアスのおっちゃんの言動からして推測はできるが、見たことがない以上再現しろとか言われてもどうにもできない。宗教もあるみたいではあるけど、いわゆる神の奇跡っぽい神聖魔法だとか、その逆の呪詛系魔法とかあるのかどうかもわかんない。

 そんな攻撃馬鹿の知識なし状態で、グラミィに『大魔術師ヘイゼル様』が名乗れるかっつーと、心配以外のなにもんでもないでしょうが。

 そもそもあたしもグラミィも、気配や危険に対するカンがない。魔法は魔力感知ができる以上、なんとなーく魔法が使われる気配、というのは感じられるんだが、弩にやられた時のように、武器に対する防御が難しいのだ。

 お互いわりと平和にぼけぼけした日常にいたっぽいってのが大きいんだと思うけど、危機回避能力がまるでないこの状態で身を守らにゃならんのだ、少しは自分の身を守るための方法探しぐらいは危機感もってやっといたほうがいいでしょが。


〔そういう言い方するってことは、ボニーさんはこの世界の防御魔法があるって考えてるんですね〕

 

 というか、なきゃ困る。

 あたしは魔術師相手ならば術式を破壊したり顕界前に不発にしたりすることもできるが、正直格上に通じるかどうか。やってみたことがないからわかんない、としかいいようがない。

 この世界にあたしより魔術に熟達した人間がいないってことはありえないでしょ。

 チートで最強なんてことはナイナイ。つーことは生前のシルウェステルさんみたいな人とやりあったら負けるかもしれんってことだ。

 それにこっちは骨しかない身だ。たぶん今持ってる魔力の量も1グラミィぐらいだろう。


〔なんですかその単位!〕


 便宜上つけただけだから許せ。

 ちなみに、1グラミィは300サージぐらいだから、魔力量的に考えたら、あたしもグラミィもサージには負けようがない。

 普通ならば。


 だが、この世界には魔石()があるってことが確認できてしまった。

 あの大きさで500サージくらいだったろうか。

 つまり、外付け魔力タンクがあるってだけで、格下認定してた一人の魔術師にもあっさり負ける可能性があるのだ。いくつか魔石()を揃えられたら、それだけで魔術士隊の面々にも瞬殺されかねんかもしれんくらいには考えてる。

 数十人単位の魔術師によってたかって攻撃されたら、それだけで、あたしとグラミィが揃ってたって勝ち目はどこにも見えません。

 しかも、術式だって同様のブースト装置がないとは思えんしなぁ……。


 これが兵士相手だったら、もっと悲惨だ。

 腕力という地力がない、身体的に脆弱なあたしやグラミィが対峙したら、まず負ける。

 つーか死ぬ。この状態のあたしがさらに死ぬのかはさておき。


 だったら、対峙しない方法か、ズルでも勝てる方法を考えておかなきゃアホでしょ。

 あたしが困るってことは、鎖かたびらと鍛えた身体能力で防御面も万全そうな騎士とは違って、どんくさ……いや、運動があまり得意そうではなさげな体型で、ローブと杖ってかっこの魔術師だって困ることだろう。

 なにより、必要は発明の母って言葉もある。

 あたし一人が考えることより、この世界の先人達の脳味噌をお借りした方が、よほど効果がありそうなもんじゃないか。使えるか応用ができるか、なんてことはあとで考えればいい。

 今は一つでも手段がほしい。


 正直なところ、弩にやられたのだって、防御魔法一つ知ってるか、伏兵を感知できるような長距離の情報収集手段があるかすれば回避は可能だったろうと思ってる。

 骨をあれ以上破壊されて死亡状態というか行動不能にされないためとはいえ、その後不透明な氷の壁を創って射線を通さないようにしたりとか、グラミィに囮になってもらって炎をまき散らしたりとかしたが、それだってしないですんだはずだ。

 つーことはいちいち魔力を無駄遣いしないでもコトは納められたということだ。


〔でも、あの炎の壁で十分防御になるんじゃないんですか?〕


 ンなわけあるかい。

 ゲームとかいろんなファンタジー系作品に出てきている魔法のイメージと、この世界の魔法の法則をごっちゃにしてるぞグラミィ。


 正直なところ、ある程度この世界の物理法則も地球に類似している以上、あれは視覚と肌の感覚に訴えた脅しにすぎない。

 真面目な話、水でもかぶって勢いつけて突っ込んでこられてたら、少々の火傷とひきかえに突破されてたろう。

 この世界じゃ、燃えたらダイオキシンとかの有毒ガスを大量に発生させるような化学物質なんてないだろうから、むこうの日本で火災が発生した建物から逃げ出すよりも安全なくらいじゃなかろうか。

 ほいでもってあたしも人質(骨質?)の仲間入り、というオチでもついたんじゃないかな。


〔えー……。そんな綱渡り状態だったんですかー……〕


 もっとがっかりすることを教えてあげよう。

 そんな冒険野郎がいなくても、矢の一本でも撃たれてたら、それでも十分危なかったんだよ?

 矢は当然炎につっこむから多少焼けたかもしんないが、視認性を優先してたからあの炎の壁の火力は、ロケット打ち上げ直前のエンジンレベルどころかガスコンロの強火以下だ。

 矢自体の運動エネルギーと、まとってる空気の層まで燃やしきる前に、的であるあたしに燃える矢が突っ立つ、という状況になっていただろう。


 まあ、そんな勇猛果敢すぎることをしでかす兵士がいたら、もれなく火球をプレゼントしていたけどな!

 顔を庇わなきゃ焼ける以上、視界は不十分だ。それをさらに炎でふさいでおいて、足元にそっとでかい石も置いてみる。

 こけたらカシアスのおっちゃんたちの出番、ってことで。

 矢だって一本でも痛かったんだから、これ以上ヤられる前にヤれ、ってことで弓弦をぶった切っておいたりしたんだけどな!


〔カウンター攻撃案まできっちり考えてたんなら十分じゃないですかー!〕


 イヤイヤ。

 だってこれ、殺す覚悟があって殺しにかかってきてるんなら、殺される覚悟があって当然だよねってだけのことだから。

 逆に言えば全身骨格標本状態のあたしだって、これ以上死にたくないのに殺しにかかられたら、殺す覚悟は決めなきゃならん、っていう最低限の覚悟レベルの話だよ?

 ヤるなら徹底的にヤる手法の問題は、単にあたしが臆病者だってだけのことだし。


〔ウェエエエェェェェ……。ボニーさんがおーくーびょーものー?〕


 臆病者ですじょ?

 わざと剣気を発してた、カシアスのおっちゃんにすらびびってたレベルの。

 そんなヤツが殺気満載の血まみれ火傷だらけのスプラッタな相手に殴りかかられることを想定してみ?

 反撃されたら嫌じゃん、怖いじゃん、(替えがないのに服が汚れりゃ)困るじゃん。

 だからその前に反撃されないようにする。じつにシンプルな思考過程じゃないか。

 物理的にか精神的にかは、その時取り得る方法手段によりけりってだけだ。


 んーと、グラミィにわかりやすいたとえで言うとだな……。

 あれだ、Gの黒い悪魔の苦手な人間って、いざ出てきたら絶叫しながらでもモザイクかけるレベルのシミになるまで連打したり熱湯ぶっかけたりするじゃん。

 あと殲滅戦にかける熱意が尋常じゃなくなるとか。

 それとおんなじ。


〔いやそれ敵とはいえ人間相手にG扱いはちょっとー……〕


 人類の敵はあたしの敵!対処法が同じで何が悪い!


 話を戻そう。

 もちろんほしいのは防御系魔法に関する知識だけじゃない。

 転移系とか移動系の魔法を知ってて感知系と組み合えせて使えてたなら、それもいい。

 弩を撃たれようが当たらなくなるわけだし。

 狙われる前に狙う人間を潰すって意味では幻覚系も悪くはないが、それはグラミィに覚えてもらえないと意味がない。

 なぜなら、あたしに、五感は存在しないからだ。


 あたしの五感はあくまでも魔法的な疑似感覚だ。

 この世界における五感の記憶――生前のシルウェステルさんのものも含む――もない。

 感覚共有してくれた馬たちから伝えてもらえたものはあるけど、あくまで彼らの感覚によるものであって、人間の感覚とどんだけ似てるかどうかもわからない。

 しかも味覚がほとんどというね。

 どんだけ食い意地が張ってんだ、おい。

 逆にあたしの疑似感覚には味覚も嗅覚もないけどな!


〔なんか理由があるんですかねー?〕

 

 考えてごらんな。

 あたしに肺がない以上、呼吸ができない。嗅覚細胞に分子がくっつくこともない。

 体内に入るなり身体である骨に変化を及ぼすなりしなければ感覚することができないのは痛覚で理解している。

 もし全身に付着したものに分子に味覚と嗅覚が刺激されてたら、触覚と入り交じって情報処理過多になってたかもしれんな。

 ……想像したら全身を燻製にしたら煙の味や匂いを感じ取れるって、かなり怖い状況だけどな!


 ここまではあたしの推測にすぎない。

 だけど、たぶんそんなに事実から外れてはいないんじゃないかなと思ってる。


 で、この状態で、あたしが幻覚魔法を使えるようになったとしてもだ。

 リアリティある幻覚を作れると思うかい?

 飛び出す3D画像を作るには、立体視の理解が必要だ。

 片目でそれぞれ得た情報を脳が統合して、両目で見た感覚を作り出していることを考えれば、目玉のないあたしにその分析ができるか?

 ついでに言うと、もっと幻覚にリアリティを出すには複数の感覚に同時に訴える必要がある。

 アトラクション……はハードルが高いか、学校の文化祭レベルのお化け屋敷を例に挙げて考えてみよう。

 そこそこのできの幻影に、糸に吊したコンニャクレベルの冷感とか、ちょっとした匂いとかを付け足すことで、十分『異様な雰囲気』を盛り上げることができるだろう。

 暗闇でちょっとした痛みを与えたっていい。

 そうすれば、人間の想像力は簡単に『恐怖』を創り出す。

 だけど、嗅覚も痛覚もない今のあたしに、それができると思うかい?


〔無理ですねー……〕


 だから、そんなわけでグラミィ。

 あたしは、あんたに、この世界の魔法を正規に習得してほしいのだ。

 この世界を生き抜くためにも。


 そう言い切るとグラミィはしばらく沈黙していた。


〔……いくつ手札があれば満足するんですか、ボニーさんは?〕


 いっぱい。


〔うわ。想像以上に頭悪い即答キタ〕


 うっさい。本音だったから思わず脊椎反射で答えちゃっただけじゃないか。

 切り札は何枚あっても困ることはないんだもの。

 敵に見えなければなおさらだ。

 そーいう意味では外見的な強さに左右されない魔法は、見えづらい手札としては実に優秀だ。


〔はぁ……。まあ、あたしがボニーさんに幻覚をかぶせれば、魔術師以外の人には、普通の人間に見てもらえるようになりますかね……〕


 ……………………。


 おおおおおおおおおおおおおおおお!

 そっち方面は欠片も考えてもなかったや。ぜひとも実現ぷりーず。

 よーし、特訓(させる側)のやる気もみなぎってきたぞー!


〔はぁ……〕


 ニュアンスの違うため息をつくなよグラミィ。器用なやっちゃな。


「おはようございます、ボニー……様、ってえええええええ……」


 おう。おはよ、エドワルドくん?

 いきなり膝から崩れ落ちて、どしたん?


「スピンのブラッシングはぼくの朝の楽しみだったのに……。あんまりです……」


 ……えーと。それは、なんつーかごめん。


〔……うわー。さすが『変人』のカシアスさんの配下だけありますね……〕


 いや、おっちゃんの二つ名は『変幻』だからね。明らかに事案発生っぽい方向には間違えないように。

 『変態』とか。


本日も拙作をご覧いただきまして、ありがとうございます。

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