戦いすんで日が暮れて
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
あたしは、この世界で何度も人を殺してきた。
最初は天空の円環を越えて攻めてきたテルミニスの一族――の身体に搭載された星屑たちと、その戦士たち。
あたしは、この世界で何度も命が奪われるところを見てきた。
最初はフルーティング城砦で魔喰ライ相手に戦った騎士たち。
あたしは、この世界で救えないと諦めた命がある。
ボヌスヴェルトゥム辺境伯領、ベーブラ港で捕らえた森精たちの誘拐犯――星屑に身体を奪われていた、ゲラーデのプーギオ。
グラミィには、最初に「『長くなるので、まずはわたしが語ることをすべて聞いてから、信じるか信じないかを決めてほしい』と言ってもらったのが、それでも説明は相当紛糾した。
「『シーディスパタがゲラーデの御仁、プーギオどの。彼と初めて会ったのは、その首が掻き切られた後のことだった』」
「は?!」
わけがわからないという顔をされたが、本当のことだ。
「死人となってから、話をされたと」
「『いかにも。スクトゥム帝国は転移術式を使う。それを用いて、兵団をいずことも知れぬ地よりランシアインペトゥルスまで送り込んできたこともある。だがその術式は人を喰う。――ゲラーデのプーギオどのの身体には、その術式が刻まれていた。その死により発動したと思しい。彼の身体は血肉をすりつぶされて魔術陣の一部にされた。が、それをなしたのは、彼の身体を乗っ取っていたモノだ』」
港湾伯の本拠地、ベーブラの領主館でのことだ。
結界で全身を包んで捕縛していたからこそ、魔術陣の発動はぎりぎりのところで阻むことができた、が、彼の身体は星屑によって殺された。まちがいなく完全に死んでいた。
しかし、彼の心は生きていた。
「『彼の身体に星とともに歩む旅者を掠わせ、彼を殺したモノはわたしが消滅させた。しかし人喰いの魔術陣は残ったままだった。あれは血肉で術式を構築する。魔力を補うためだ。しかし魔力が足りても、あの複雑な術式は、並みの魔術師では顕界どころか、すべての術式を理解把握し、構築することも難しい。通常であれば、陣としても安定した発動を維持するのは至難の業だろう』」
では、その魔術陣がまがりなりにも機能したのはなぜか?
「『あの魔術陣は、喰った人の精神を取り込み、術式の維持と制御を担わさせるのだ』」
とっぷり暮れた夜闇をどよめきが揺らした。
グラディウスの人たちの驚きには、特に魔術師には恐怖の色が混じっていた。ランシアインペトゥルスの驚き一色とは対称的だ。
そこまでばらすのかという顔までしなくても、アロイスたちが言いたいことはわかる。わかるけれども言いますとも。
なにせ、あたしが星屑の精神をふっとばしたせいで、あのときプーギオは地獄門の唯一の維持人格にされてしまったのだから。
他人の人格と直接触れあうこともなく、ある程度安定し続けていたとはいえ。
「……よくわからんが、魔術陣とやらは止められたんだろ?なら、そっから兄ィを吐き出させることはできなかったのか?」
「『同じ事を、プーギオどの当人にも聞かれた。残念ながら、今もって同じ答えしか返せない。すまぬが、魔術は万能ではない。海神マリアムの御前では、身分も、性別も、老いも若きも、違いはないと』」
「だが、マリアムの眷属であるあんたなら!」
あたしは頭蓋骨をゆっくりと左右に振った。
「『確かに、ゆえしらずマリアムは我が身に余るほどの恩寵を垂れたもうた。だが、かの神はわたしに何もかもお許しくださったわけではない。むしろこのような身ゆえ、死と生のあわいは、わたしにはいっそう遠いものとなった』」
魔術陣の術式から、プーギオの精神だけを取り出せというのは、言ってみれば、蝋燭の炎になってしまった蝋をもとに戻せるかと問うようなものなのだ。
まして彼の身体を、ミキサーにでもかけられたような、もはや死体とも言えない粘体をもとの人体に戻すことは、不可能だった。
「『代わりに、わたしはプーギオどのと約定を交わした。願いをできるだけ叶えようと』」
「望み?」
「『まだ死にたくはない、死ぬには早いと思っていた。自分の仇ぐらい、自分で討ちたい。ゲラーデにプーギオどのが海神マリアムの御前に迎えられたことを伝えてほしい。――最後の一つは、シーディスパタの方々はご存じの通り、すでにお伝えをした』」
シーディスパタの面々が頷いたが、一人かすかに眉を吊り上げたノワークラさんがぼそりと呟いた。
「前の二つは叶えられなかったと?いや、約定とおっしゃいましたな?ゲラーデの小さ刀が望みを叶える代わり、なにをそちらさまは要求なされたんで?」
さすがに鋭いな。
「『彼にしか頼めぬことを。――ゲラーデのプーギオのままであれと。飲み込まれた魔術陣に抗い続けよと』」
地獄門は危険な術式だ。そのまま放置すればどれだけの人間を裂き喰らうかもわからない。おまけにあのときはどのような構造なのか、どのように発動するのかもまったくわからなかった。
そんなないない尽くしの術式を放置することはできない。
だから、あの時あたしは最初、彼の精神も、残された血泥のすべてをも消滅させるつもりでいた。
それが最善手だと判断し、割り切れない思いを抱えながら、破壊するつもりで、魔術構造を調べていた。
三重になった結界の中で、機能不全と再試行を繰り返すたびにチラ見えする術式を知覚していて、あたしは見つけた。
書き換え可能な箇所を。
術式には時限式のものもある。それは、一定条件下になければ顕界しないようにという条件式を差し挟んであるのだ。
――うまくやれば、地獄門を発動させることなく、一時停止状態にもちこめるかもしれない。
そのわずかな可能性を彼に伝えたのは、自分が彼を消滅させたくなかった、という利己的な動機からだ。
「『わたしは彼に問うた。海神マリアムが引き潮の流れを引きとどめる力は、我が身にはない。だが、彼の精神を留まらせることは、できるかもしれぬと』」
係留索一本ほどの可能性。
わりとぶるってるんだから、どうせならひとおもいにやってくれ、と言っていた彼に、存在を維持できる可能性――少なくとも、自分の仇を討ったり、ゲラーデの人たちにも、直接最後の別れを告げたりすることができるようになるかも知れない、と説明した。
その後で問題点とリスクを説明したのも、うまい話への警戒を取引という名目で和らげたのも、卑怯な心理学の応用だ。
「『プーギオどのが捕らわれていたのは、わたしも初めて見る術式だった。魔術陣への理解を深めるには、存在する魔術陣の解析が必要だ。されど、術式を安定させることと、彼の精神をまったき身体のあるがごとく安定させることは同義ではない』」
心話で明晰に会話ができていたのは、おそらくプーギオが術式に無理矢理宿らされた残留思念に近い存在になっていたからなのだろうとあたしは推測した。
存在における物理的依存度が低下しているという意味では、あたしに近い存在になっているのだろうとも。
だけど、人の意識が宿った術式なんてものは、あたしだって初めて見たものだった。
同じ一時停止の条件式でも、術式のどこに差し挟むかによって、彼の精神に悪影響が出ないとも限らない。
下手をすれば、思考を停止できないまま、術式を止められ、感覚が遮断される可能性だってある。
無音の暗闇に閉じ込められ、睡眠などで思考を休めることもできなければ、常人だったら発狂しかねない。
危険度的には、制御できているのかどうかもわからない小型核融合炉、てなとこだろうか。
そんなもんを自分の肋骨の中に抱え込んでいたのだ。闇森の森精たちがあたしを正気かという顔で見てたのは、残当というやつなんだろう。
だけど、誰かにリスクを負わせて、自分は安全なところで高みの見物を決め込むのはあたしの流儀じゃない。
プーギオに発狂の危険を押しつけた以上、自分でも相応のリスクを負うべきだろうし、術式を解析するなら睡眠不要のあたしが常時リアルタイムモニタリングできるよう身近に置くべきだ、という判断は、今でも後悔していない。
なにより時間をかければかけるほど、彼には消滅の危険が迫っていたのだ。
考えてみてもいただきたい。自分の身体兼存在維持のリソース――魔力を含む血泥は、術式が再試行を繰り返すたびに消費されて、じわじわと減ってきている状態を。
消滅する恐怖は、たとえ死んだと覚悟したって、そうそう消えるものじゃない。
あたしの提案にしたって、条件式はあくまでも術式が顕界に至るのを止めるためのものだ。
術式に魔力が通り、維持された状態をキープするだけでも、魔力も陣の原料とされている血泥も消費してゆくだろう。
灰塵は、存在に必要な保有魔力をすべて使い尽くした血泥の名残なのだ、あれは。
それでも魔力はあたしが供給することはできる。が、血肉はあたしだって持ってない。
そもそも、他人の血肉を供給したとしても、地獄門の構成要素は増やせるだろうが、プーギオの存在の安定維持につながるかというと……わからない、としか言いようがない。
人一人を救うために他の人間を生贄にする倫理と論理の矛盾はさておいても、むこうの世界でだって、自己同一性の問題はAIへの人格移植から臓器移植、義手や義足によるサイボーグ化にいたるまで複雑怪奇だったのだ。
それに、彼の望みを果たせるまで、どれだけかかるかわからない。
すべての予測は不明としか言いようがなかった。不確実性しかなかった。
そのことを、あたしは隠さずに説明した。それが誠意だとは思わない。ただの説明責任でしかない。
だが彼は乗った。本人の同意と協力がなければ、未展開の術式すべてにあたしが関与することはできなかった。
(魔術師さんよ。わりぃな)
彼の『声』は、最後まで明るかった、が。
……正直に言おう。
あたしの所業は、他の選択肢と言えばその場での消滅しかなかったプーギオに、自分の身、いや自身の存在すべてをモルモットとしていじらせることに同意させ、そして五感すべてを完全に封じた挙げ句、いじりたおしたのも同然だと。
「兄ィをおもちゃにしたと……?」
「……『彼から得た知見は、非常に役立つものだった』」
〔って、それ悪役が言う台詞じゃないですかー!〕
グラミィが心話でわめいたが、あたしはクルテルくんの憎悪から逃げるつもりはなかった。
どんな理由があったとしても、プーギオを楽にしてやるためにさっさと手を下すこともせず、彼と彼を捕らえた術式を観察し、その存在が消滅するかもしれないとわかっていて、その術式を書き換えたりしていたのは事実なのだ。
そもそも、『なぜプーギオが犠牲にならなければならなかったのか』という、クルテルくんの問いには、答えなど出せない。
クルテルくんを納得させるような答えなんて、どこにもない。
どんな意図があったかでも、その結果どんな影響がもたらされたかを評価しても、『なぜそうなった』という問いの答えにならない。
なぜならその問いは、『自分の大切な存在が犠牲になる必要などなかった』という恨みで構築されているからだ。
つまり『あの人が死ぬくらいなら、その場にいたおまえが代わりにそこで死んでいれば良かったのに』という、やり場のない怒りが代償を他に求めているだけのこと。
だったら、あたしが受け止めるのが筋だろうさ。
クルテルくんの、理不尽に対する怒りは正当だ。
〔だからって、ボニーさんがバカ正直に受け止めなきゃならない必要はないでしょ?!〕
あたしがやったのは、人体実験――いや、身体ではなく、存在そのものを毀損するような試行錯誤だ。それを悪と呼ばずになんと言えばいいというのだろう。
必要なことだと、あのときあたしは判断した。だからやったことだ。
たぶん同じ条件を与えられたら、何度でも同じ選択肢をあたしは選んでしまうだろう。罪悪感を覚えないわけじゃなくても。
だから、これは、あたしが浴びるべき罵倒だ。
取り返しのつかないことなら、もうとっくにやり慣れてる。それだけのことだ。
〔…………〕
もちろん、責任追及はあたしでとどめておきたいとは思うけどね。
謝罪の気持ちや罪悪感を政治利用されてはたまらない。ならばランシアインペトゥルス一国や、ルーチェットピラ魔術伯家よりも、個人の方が損切りにはしやすい。それだけの話だ。
真面目な話、プーギオが協力してくれたからこそ、あたしは地獄門について詳しく理解することができた。
おかげで、あの外道転移術式を構築したスクトゥムの魔術師――おそらくは、『運営』の一人だろう――と同レベルぐらいの知識を持っているのは。今のところ、この世界でたぶんあたしぐらいなものだろう。
陣の解析に協力してくれたラームスたち樹の魔物と、彼らの半身たる森精たちを除いては。
「『トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯領都、フェルウィーバスで、彼に刻まれていたものと同じ人喰いの転移魔術陣が発動したことがある』」
あのとき、あたしが地獄門をほぼ一発で閉ざせたのは、術式の構造と弱点を把握できていたおかげだ。
どこを断ち切れば即座に転移が不能になるのか、術式維持のために組み込まれた犠牲者の意識を断ち切れるのか理解できていたからだ。
そして反動なく、いや地獄門の向こうにだけ反動が逝くようにして強制終了させることができたのも、プーギオのおかげだ。
逆に、あそこまで多数の人間を喰らい、転移そのものが機能していた地獄門の解析をできたからこそ。プーギオの精神を飲み込んだ術式から転移機能を完全に切り離し、彼の自我をより安定させることも、魔力すべてを彼の人格の維持だけに振り向けられるようにできた。
術式の禍々しさに嫌悪を見せながらも、森精たちは必要な知識を得られるよう、樹の魔物たちへのアクセス権限をあたしにくれた。
混沌録に溺れきってたら最後、あたしもただじゃすまなかったろうけど。
だがおかげで夢を見せる術式なんてものを拾ってこれたのだ。プーギオの精神安定には多少なりとも効果があったんではないかと思う。
このアエギスの野で彼に助けられたのも。
プーギオの最後の望みを果たすことができたのも。
すべては、彼の協力あってこそ。
正直悪霊召喚にしか見えなかったと思うよ。プーギオの顕現は。
この世界に悪霊とか怨霊って概念はなく、死者はひとしなみに冥界神マリアムの庇護を受け、生者の前に立ち現れるのはその神意を表すためとされているからこそ、畏れだけですんだようなものだろう。
もっとも、あたしはこのアエギスでプーギオを……というか、彼の宿っている魔術陣を発動するつもりは、欠片もなかった。
魔術陣というのは、森精たちが技術の粋を刻んで作ったような、よほどの高品質なものでもない限り、基本的には一回こっきりの使い捨てなのだ。
つまり、完全に発動してしまったら、それでおしまい。
プーギオと意思疎通ができたのは、ひとえに魔術陣が機能不全に陥っており、完全に発動する前の状態だったおかげだ。
だからあたしは、もっと手の骨を入れて、完璧に安全に発動できるようにした上で、プーギオ自身の口で別れの言葉が確実に伝えられるようにしてから、ゲラーデで発動するつもり、だった。
発動するにはまだ早すぎる、だけじゃなく、分が悪い。そう思っていたのも本音だ。
無限に再試行を繰り返さないよう記述をいじり、転移機能こそ切り離せてはいたが、それは削除や消去と同義じゃない。つなぎ直すことは理論上可能なままだったのだ。
もし、万が一にでも、彼の自我が宿ったまま地獄門が開かれてしまっていたら、敵の援軍は山ほどやってきてたろうし、なによりプーギオの精神がもたなかったろう。
そして、彼が発狂して自己保存本能でしか動けなくなってしまっていたなら……。
それは、地獄というものだ。喰らわれていたかもしれないシーディスパタの船乗りたちにとっても、うっかり正気にでも返ってしまっていたら、自分のなしたことに絶望していたろうプーギオにとっても。
ま、その時はあたしが相打ち上等で挑むつもりだったけどね。
あたしにも魔力吸収能力はある。そして接触しないと吸収ができないのなら条件は同等。互いの身を食らいつくさんとするウロボロスの終焉は、共倒れにしかなりはしないと決まっている。
けれど彼は正気でいてくれた。
「『彼の望みが叶うまで、いつまで続くともわからぬ精神の幽閉。それに耐え切ったプーギオどのは、やはり非凡な胆力の持ち主なのだと感服いたした』」
あたしの賛辞は心底本音だ。
石球――プーギオを封じていた外殻が砕け、彼の状態が確認できるまでは、本当に冷や汗ものだったのだ。汗腺ないけど。
だからこそ、彼が正気でいてくれたことが、本当に嬉しかった。
金属帯を、ただの封印ですませずにすんだのだから。
あの金属帯には、封印以外にも複数の機能が仕込んであった。
一つは生成。
一言別れを告げたい。自分の手で復讐をしたい。
プーギオの望みは、身体がなければどれもできないことだ。
だが、彼の身体であった血泥は、すでにほんのわずかに――それこそ、握りこぶし程度の石球に封じられるくらいに量を減らしていた。
血泥が減るのは、含まれる魔力が術式の維持のために使われるからだ。
だから、あたしは日々石球に刻んだ魔力吸収陣にも魔力を注ぎ、それを内側の地獄門へ吸わせていたのだが、それでもじりじりと血泥が減っていくのは防げなかった。
だけどむこうの世界での話だったが、合計70kg程度の有機化合物と無機化合物で、人体というのは構成されているのだ。子どもの小遣いで買い込んだからといって、錬成できるかどうかは知らないが。
その構成要素の半分以上がたしか水分でできてたはずだし、無機物、つまり岩石や土砂に類するものは、周囲にいくらでもあった。
人間の死体だって。
だからあたしは金属帯に生成させた結界の中へ、彼の身体の嵩増しとして水と土砂――炭酸カルシウム主体の鉱物の粉末を顕界、魔力を充填したのだ。
構成要素を似せる手本にするならともかく、他人の血肉など喰わせる気はない。それくらいなら、あたしの魔力を喰わせてくれる。
無から有は生み出せないが、魔力と術式があれば物質の顕界は可能なのだ。
そのときのあたしの魔力?底を尽きかけてましたが何か。魔喰ライにならないための気付けにはちょうどいいってなもんですよ。
金属帯の機能の一つは隔絶と維持。
当然のことながら、人型の結界の中に入れれば、たとえ泥でもひとのかたちになる。
泥人形でもやったことだ。
だけど、ただの人型では、意味がない。プーギオに身体として与えるには、彼が自分の身体であると認知できなければ動かしようがない。
脳の損傷などで自分の腕を自分のものと認知できなくなった人のエピソードを、むこうの世界で読んだことがある。たしか、何度もベッドから転げ落ちるようになった理由が「誰かが自分のベッドに死者の腕を置いてあるのでよけようとした」だったか。
自分の一部でありながら、そうと認知できなくなってしまっているから、動かすという発想がなく、自分がよけようとする。
しかし異物と認識しているのが自分の腕だから、移動につれてどんどん身体にくっつき、そしてまた引き離そうとして転げ落ちたとか。
その一方で、筋電義手ではない、普通の義手を素手同様に扱う人もいる。
通っている神経細胞が文字通り生きているかどうかとは別の領域で、自分の身体の一部であると認知すれば、人間の自我はそこそこだまし通せるのだ。
だから、金属帯に構築させた人型結界を、あたしは彼の自我に同期させた。
認知している自分の身体と同等のものと認識させることは、彼の自我をそれ以上狂わないように安定させるのにも必要だと思ったからだ。
だけどまさか、生前のプーギオとほとんど同じ形になるとは思わなかった。いや、人間のセルフイメージって物理的存在とどっかずれるものだから。
でも、おかげで、彼は、あたしの用意したボディを文字通り自分の手足として星屑たちに立ち向かった。それも飲み込みが早かったのか、よほど思考が柔軟だったのか、彼はかつてグラディウスの海で使っていた投網や小剣すらボディから形作り、そして自在に操ってみせたのだ。
「『先も申し上げたとおり、プーギオどのの望みの一つは、己の仇を、己で討つこと。彼の身体に魔術陣の仕掛けを施し、彼の身体をのっとり、星とともに歩む方々の拐かしにすら関わらせた者への復讐』」
「……星とともに歩む者を攫ってたってぇのは、船を戻していただいた時に伺ったことですな」
片目をすがめたノワークラさんに、あたしは頷いてみせた。
「『プーギオどのは、自分の身体を乗っ取った者が、我が身を使い罪を重ねるさまも、見ておられたそうだ』」
「そいつぁ……!」
息を強く吸い込む音がした。気持ちはわかる。
だからあたしは彼に、自分で仇を討たないかと囁いたのだ。
「『俺たちの海を穢させるわけにはいかない。だから頼む。ゲラーデの、シーディスパタの、海に生きるやつらにも力を貸してやってくれ。それで対等な契約ってやつにならぁ』……『そう、プーギオどのには言われた』」
「……兄ィぃ……」
男泣きに泣き崩れたクルテルくんたちの後ろから、一人の男があたしたちに視線を向けてきた。たしかフーロルセミスパタとかいったか。
「失礼ですが、あなたさまの言葉を証し立てるような、証拠はおありですかな」
「『形あるものなど、何も』」
そんな悠長な修羅場などあるわけがない。
「『――ただ、わたしはマリアムの名に誓った』」
「……ほう」
「『加えて、最期にプーギオどのは、船乗りの方へ言葉を残されたと拝察するが』」
「それは」
「『天に陽があるがごとく我が心に信ありて、そなたらが心に信ある限り、この航海に海神マリアムの恩寵のあらんことを』……そこまでは、わたしも存じておりますがの」
グラミィにも睨まれ、消炭色の髪の船乗りは苦笑した。
「蒼く広大なるマリアムの庭を、我は征き汝も征く。風は後より来たり、魚は前より来たらん。我の得たごとく汝らが海路に大いなるマリアムの導きがあらんことを。――古い頌ですや。マリアムさまに招かれた者しか、してはならねぇもんです。なぜなら、現世でもたらされたマリアムさまの恵みすべてを、残される者に贈り、現世との縁を断ち切る、という意味がございますから」
「……さようでしたか」
「あれをなすったってこたぁ、ゲラーデの小さ刀ぁ、やり残したこたぁねぇ、そうお考えだったんでしょうな」
クルテルくんたちのすすり泣きがひときわ高まった。
……そうか。彼が満足して逝ってくれたのなら、いうことはない。




