アエギスの戦い(その4)
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
「おーしそろそろ次のバトルいく?」
「なら今度はおれが殴りたい」
「じゃあ野良パーティでも組むか」
「「「「「りょ」」」」」
星屑どもがごちゃごちゃ会話していたが、知ったこっちゃない。
「スケルトンにはおれの打撃武器が火を吹くぜぃ!」
「いや火属性の方が有効だろ!」
「いや光属性の方が効くだろ!お札ないけど!」
「まあいいや、鉄則その1『わかんない時には全部のせ』でやっちまえ!」
「よし。準備はいいか?んじゃまず牽制で火球いくぞ!」
「「「「「せーのっと!」」」」」
茶番は終わりだ。
あたしが右腕の骨で鎌刃を一振りしたとたん、彼らの手から放たれ、火球に化けかけていた陣符は真っ二つになった。
あたしはそのまま火球を次々斬って捨てながら、星屑たちの中に突っ込んでいった。
自我の分割状態は解除してしまったが、そのぶんクロックアップ陣を維持するのにも余裕がある。
おかげで武術ド素人のあたしが星屑たちを攻撃することも、彼らの攻撃を剣圧に飛ばされるように最小限の動きで回避し、カウンターを突き入れることも、すんなりといく。
「なんだこいつ、なんで火球をっぐげっ」
「動きも速すぎるっごふっ」
「うわわわ、こっちくんなっぶっ」
もちろん炎なんてプラズマ、武器でなんとかできるわけもない。なみの鋼の剣でやっても炎の中を固体である刃が通り抜けて、それで終わりだ。
だけど、たとえ魔術陣が完全に発動しきり、陣符が燃え尽きたように見えてもだ。それはただの物理現象になりきったわけじゃない。
あたしの鎌杖が魔術にも対応可能な武器として機能しているのには、それだけのタネがある。
火球は、術式によってその存在が維持されている。
早い話が、あのド外道転移陣、地獄門は人間の血肉でこね回された泥を原料としてはいたが、この世界でも人体を構成する元素自体に転移能力があるわけじゃない。地獄門が形や機能、攻撃能力まで維持し続けていたのは、相応の術式が機能していたからだ。
同様に、火球も、単なる空飛ぶ球状の炎ではないのだ。もしただの炎ならば、そんなもんが着弾点で爆発するわけがない。
だが、あたしの鎌刃の刀身部分には、いくつか魔術陣が刻んである。あたしが直接ドレインするよりも威力は低いが、魔力吸収陣なぞも組み込んである。
おまけにずっと発動し続けの静止陣は、接触したもののどんなエネルギーでさえゼロにするのだ。
そう、熱エネルギーでも。
これに結界刃を重ね合わせ、おのおのの魔術陣をつなぎあわせると、『魔力もエネルギーも吸収する結界刃』という、ちょっとおそろしいものができあがる。
想像してみていただきたい。
ただでさえ切れ味抜群、実質厚みゼロの刃とか。
しかも斬ったものから、森羅万象の存在を維持する魔力だけでなく、熱エネルギーも運動エネルギーもぎゅんぎゅん吸い上げるとか。
もはや呪いの武器レベルでしょうが。
火球をあっさり斬り捨てられるのも、結界刃で術式を寸断し、魔力吸収陣が術式に残っている魔力を吸収してくれるからこそ。
だけど、人間相手にこの刃を振るったら、斬られたら最後、力が抜けたあげくに傷口あたりからじわっと氷結する、ってなことにもなりかねんのよ。
あたしがこの鎌杖を、基本的に防御や虚仮威し、別途で振るう結界刃の目眩ましにしか使わない理由でもある。
が、魔術陣破壊にはうってつけなのも事実だ。
たとえ陣符などの媒体を斬り、物理破壊することができなくとも、術式から魔力をすべて吸収することはできる。風や炎といった形を持たない魔術生成物ぐらいなら、エネルギーを消尽すれば消滅させてしまえる。盾にも使える攻防一体の武器というやつだ。
もちろん、工夫は鎌刃だけにとどまらない。
「ぎゃあああああああっ!」
「どけ、邪魔だ」
「おれがやる!」
あたしは右腕の骨で鎌杖を振り回しながら、さらに星屑たちを蹴散らした。
魔術師と見て接近戦闘しかけてくる連中に遠慮などしない。左手にはウーゴの首を抱えたままだし。
さすがに人一人分の――いや、ガワにされた人と、精神の欠片とはいえ、ウーゴの存在を考えると、四捨五入して二人弱ってとこか――遺体全部を持って動けるわけもない。
けれど、斬り捨てのまま野ざらしにしておきたくはなかった。
自分で殺しておいて勝手な話だが、泥にまみれた靴で、その顔まで踏み潰されるのは、ウーゴがあまりに不憫だと、そう思ってしまったのだ。
「おい!この骨ただのノマスケじゃねーぞ!近接戦強すぎ!」
「スケルトンチャンピオンかよ!」
「ならあのファイアーボールなんだよ!?」
「……メイジスケルトンチャンピオン?」
「グリムだろグリム」
「なんでこんなところにグリムリーパー?!てかグリムリーパーってファイアーボール打つの?!」
「魔法じゃなくて人魂顕現スキルじゃね?」
片手で両手剣やポールウェポンのように長い得物を振るうのは、極めて難しい。その柄を握力だけで保持しているだけならば。
これは単純に物理的な理由だ。
まず、重いから。
刀身にしろ、柄の部分にしろ、長くなればなるほど武器自体の重量は増える。耐久性を維持するには、長さだけでなく厚みや太さも必要になるからだ。
長大かつ重量であるというだけで攻撃力は高くなるが、重さは負担になる。特に戦闘が長引けば長引くほど。
加えて、攻撃力と比例したダメージは、それを振るう側にも跳ね返ってくる。
長い得物というのは、間合いが広くなるぶん運動量が増える。同心円を同じ角度に切り取っても、半径の短い小さな円に比べて、半径の長い大きな円の弧の方が長いのと同じ理屈だ。
それが切り上げ、切り下ろす場合の、威力やスピードの差分につながるのだが、つまりそれはそのエネルギーを殺し、止めるべき場所で止めたり、刃の軌道を変えたりするのにも、短い得物より負担がかかるということでもある。
当然、扱うのに相応の技術も膂力もいる。
それでも通常のポールウェポン、杖や槍、薙刀といった長柄の得物は、まだ、取り回しがいい方だったりする。
攻撃範囲の広さという長所を場合によっては捨てることになるが、長い柄の前後を握ることで重心を安定させられるからだ。
たしかグレートソードとかいったっけ、剣身の根元にあえて刃をつけず、柄のように握って運用できるタイプの大剣がむこうの世界にもあったかと思うが、あれはそういう利点を残してあるわけだ。
しかし両手剣の中でも打刀のように、刃の端についた比較的短い柄を握る武器というのは難しい。星屑たちの中にも持ってる連中はいるが。
だが、先端が曲がっている鎌杖ほど使えない武器というのは、はっきり言って、ない。普通ならば。
たしかに長柄であるぶん、振り回すだけならある程度はできる。
が、振り回せる=攻撃力がある、ではないんである。
剣身をまっすぐ叩き込めば刃筋を立てやすく、まともな攻撃になる剣や、穂先の一点に攻撃力を乗せられる槍のように単純な直線状の武器とは、鎌杖は構造からして違う。
刃が内向きについているから、柄の長さより踏み込んできた相手にしか使えず、しかも手前に引く必要があるから、防御可能な間合いより攻撃可能な間合いはかなり短い。おまけに柄に対して刃の角度がついているから、きちんとした斬撃にするため、刃筋を立てるのも難しい。
技術がなければ、たとえ振り回しても、ただの棒の先端についた鉄で峰打ちにひっぱたかれた、ぐらいの打撃しか与えられないだろう。
まあ、長柄だからそれなりのダメージにはなるだろうから、戦鎚で敵を撲殺しといて刃物持ってないからセーフと言い張る聖職者の真似をするつもりはない。
つまり、あたしが使ってる鎌杖っぽいもの、大鎌のたぐいというのは、単純に物理的な武器として見るなら、敵を切りつけるものじゃない。
むしろ足や武器を引っかけて相手を転倒させたり、バランスを崩させたりするためのものなのだ。
ちゃんとした攻撃ダメージを出したかったら、むしろ戦鎚の一種であるウォー・ピックの方がいいのかもしんない。重いけど。
剣や槍より使う人間が少ない理由だ。
そして、それこそが、あたしが鎌杖をこのスクトゥム突入にも選んだ理由でもある。
高い攻撃ダメージを出しにくいから、外見に似合わぬ非殺武器として使えるってだけじゃない。
剣や槍といった一般的な武器というのは、使う人間が多い。
利用者が多いということは、その人間に扱う技術がどれだけあるか、見極める比較対象がたくさんあるということだ。
つまり、上手い下手がわかりやすい。
一方、見慣れない武器というのは比較対象が少ない。ましてや鎌杖なんてけったいな代物、使うのに最適化した技術――つまりは系統化された武術というものだが――が、どういったものか。想像すら難しいというものだ。
つまり、上手い下手がわかりにくい。ということは、脅威として見られやすいということにもなる。
あたしの骸骨外見とあいまって、虚仮威しに使うには十分だろう。
だけど、手加減しやすい武器とはいえ、武器は武器。単に使えないものを持ち歩いても、ただのコスプレ小道具にしかなんない。それでピンチになってたらお笑い草にもならないだろう。
そこであたしが鎌杖の柄に垂直に取り付けたのが、二本のハンドルだったのだ。
むこうの世界でも大きく、重い銃には、取り回しを良くするために複数グリップがついていたりした。それと原理は同じだ。
ハンドルをそれぞれ握って振り回すもよし。だが今のように石突き側を脇の下にかいこんで、もう一方のハンドルを握れば、てこの原理で片手の骨でもそこそこ振り回せる。結界である程度補助をしていれば、かなり使い物になる。
むこうの世界の武器に――特に、日本人が一般的に触れるような武術に使うものや、近代以降の戦闘で使われているものに――刃に対し角度のついた柄を持つ武器というのは、たしかほとんどなかったと思う。
まあ、武器の構造とか強度の問題などもあるのだろう。
だが、それはつまり、長い得物を両手で扱う場合、その攻撃範囲というのは、上半身前の正中線周辺前方に、かなり制限されるということだ。人体の構造的に。
もちろん、足の運び、腰のひねり、いくつもの関節の可動領域を組み合わせれば、攻撃範囲はかなり広がる。
だけど動かす関節が増えるということは、それだけ身体の動きが増え、動作の起こりが読まれやすくなり、ばてやすくなる、ということでもあるのだ。
一方、あたしは武術のたぐいはやったことがなくても、棒を振り回すことならできる。
二つのハンドルを支点と力点に見立ててやれば――それも入れ替え可能なので鎌刃だけでなく、石突きでも攻撃できますとも!――ある程度の間合いは維持できる。
今のように片手で振り回していれば、攻撃範囲は上半身下半身、正中線から外れた真横にまで及ぶ。
その分、反対側がお留守になりがちだけども。
ついでにあたしは骨だ。腱などの物理的なつながりがないのに、どうしてお骨がバラバラにならないのかは自分でも不思議だが、腕を一瞬伸ばすくらいは無問題。
人間離れした挙動はそこそこ目くらましになる。ぬるんと挟撃を回避したりとかね。
「取り囲め!……って、抜けられてんじゃねーよ!」
「なら言い出しっぺがきちんと動けよ!」
「二人ともまず追え!文句ばっか言ってんじゃねー!」
加えていうなら、あたしはクラーワ攻防戦でそれなりに実戦経験を積んでる。
勝てないまでも負けないように戦うのには慣れてんですよ。星屑に集団で囲まれるのも、タコ殴りにあいそうになることも。
もちろん、物理的に脆いことは知ってますから、殴られるのはごめんだ。そうそう攻撃を通してたまるか。
「なんだこいつ、近接戦だけじゃねえぞ!」
「いやそもそもウォリアー系の見た目じゃねえし」
「何のんきな……げぶっ」
時に結界刃で剣身を斬り、石突きをみぞおちに突き込み、鎌先で指を切り飛ばしながら、あたしは群がる兵の間を走り抜けた。
……正直、あたしが直接人を傷つけるというのは、それこそ魔喰ライになる危険を冒すことではある。
だがそれだって慣れてきた。人を傷つけ、殺すこと自体への嫌忌も、魔喰ライになりかけることへの拒絶の念にも、罪悪感にも、後味の悪さにもだ。
これまでだって、あたしは、あたしの意志で、人を殺してきた。なるべく避けてきたとはいえ、避けるつもりだったこと、避けきれなかったことを言い訳にはすまい。
それに、フェルウィーバスで地獄門を破壊した時に比べれば、今は、魔喰ライ寸前ってとこまでいっていない。まだ、大丈夫だ。
ならば、星屑たちも死んでなきゃとりあえずはいい。戦闘不能になっていてくれれば、それでいい。
多少手加減はしてきたが、それでも死地につっこんでくるやつらのために、手の骨を止めてやろうとは、もう思えない。
「おい検証班!検証班はどこだ!」
「検証結果はまだか!近接戦じゃしゃれにならんぞ!」
「ならもっと遠距離から攻めろ!」
「あ、弓やめとけよ。FFのネタにしかならん」
「消されるの覚悟で火球かあ?」
「くっそ、赤字覚悟かよ!」
「コスパ悪すぎぃ!」
「「「「「それな」」」」」
それでも、やつらは、かたくなにリアルを見ようとしなかった。
だって、あたしの鎌刃でぶつかってんのよ?!
それこそ、うっすら刃に霜すら降りかねない、真っ黒い刃が峰打ちとはいえぶつかれば、魔力だって抜けるのよ?!
だのにむしろ傷はご褒美です、とでもいうような、無謀な突進で、後から後から迫ってくる。
それは、クラーワですら見たことのない、自分の損失どころか命を全く省みないような猛攻だった。
歴戦の戦士なら、生命の危険信号であるはずの痛みすら押さえつけて、戦い続けることもできるだろう。
だけど、中身が推定異世界とはいえ、平和にふやけまくってた現代日本人の精神の欠片、なはずだ。
なのに、ここまで脳死で集団アタックしてくるというのは、ちょっと異常だ。
レイド戦だと錯覚してるにしてもだ。へらへら笑ってつっこんでくる連中というのは、ちょっと、いやかなりあたしの精神衛生的にもよくない。
ただでさえ、人間ではなくなっていく感覚があるのだ。
通常あたしは生身だったときの感覚を忘れないために、グラミィに共有してもらった感覚を元に、魔力知覚の精度をあえて鈍くしている。インナースペースも狭く前方に偏らせている。
が、それを元に戻した上、ラームスたちにも知覚拡張してもらっていると……。
「ぐああっ!」
また、一人。
深手を負わせた相手を、あたしは弾き飛ばした。腕一本と胸から腹にかけての傷は、戦闘不能レベルだろう。
胴体の負傷はまだ浅いが、完全に断ち切った腕は……誰か早く止血してやれ!
過敏になりきっている魔力知覚が、傷を、そこから脈打ち流れる血の熱を、濃い魔力を勝手に捕らえる。
剥き出しの神経に熱湯をかけられたかのように、強烈な刺激に餓えが疼きだす。ばりばりと全身から牙がでたらめに生えた顎が生えていくような、異様な感覚。
だけど、まだ、耐えられる。まだ耐えていられるうちに、脱出しなければ。
あたしはさらに一段情報処理の密度を上げた。骨しかない口の中いっぱいに、嗅覚もないくせに血の匂いが充満しているのは、情報過多による処理エラーだろう。
それが信じがたいほど甘く感じられるのも。
が、なめんな、このくらいでぶっとんでなるものか!
「検証班!あの生首ずっと持ってるのって、なんか条件を満たすためとかなわけ?あれから進化すんの?」
「データ不足!も少し待て!」
「りょ~?っ、早くして!」
「また行動パターン変わったぞ!」
「形態変化は?」
「そっちはさっぱり!」
押し寄せてくる星屑たちの動きがまた少し変わった。あたしが鎌杖を不規則軌道を描くように振り回しながら、スタングレネード火球を放ったからだろうか。
それまでも、あたしは鎌杖を牽制に使いながら、防御結界を複数と、結界刃を顕界し続けていた。
だけど魔術師でもなければ、こんな戦闘状態で集中した魔力に気づけるのは、魔術師の素養を持つアロイスのように、よほど特殊な戦士か、それとも魔物なみに鋭敏な感覚を持つ人間だけだろう。
魔力が術式に込められる、魔術が顕界する起こりを感知することは、非魔術師にはかなり難しいはず。
だから、彼らには、あたしがそれまで魔術か武器か、どちらかしか操っていないように見えてたん、じゃかなろうか。
そのあたしが、いきなりフルスロットルで同時に操りだしたように見えたのだとすれば、そりゃ慌てもするわな。
が、危険だと思うんだったら、寄ってくるんじゃない!
「おい検証班!検証はーん!」
「ごくろう!協力に感謝する!特殊モンスターデータ、評価は終了した!」
「これより戦闘検証を始める!検証、武闘1班!」
「配置終了」
「では戦闘検証開始!」
「了解」
ムキにあったように殺到してくる星屑たちに、どうやらあたしは退却のタイミングをすっかり奪われていたらしい。
気がつけば、周囲にぐるりと人の壁ができていた。かなり半径は広い。数十メートルはありそうだ。
さらにその間から出てきた、数人の黒い槍を持った男たちに囲まれる。
「検証対象は魔術戦士型3類。DEX特化と推定。魔術補助のようだが飛行能力ありとの目撃情報もあり。注意しろ」
「了解。では先鋒」
「うす」
……どうやら、取り囲んではいても、全員で一気にかかってくるということはないようだ。
ならばそれはそれでやりようがある。
いいだろう。のってやろうじゃないの。
あたしは黒い槍を構えた男に対峙した。
「集団戦モードから決闘モードへの移行確認」
「観察開始」
……こいつら。あたしをレアモンスター扱いかい。ふざけんな。
そっちがそう出るのなら、あたしがさらに八つ当たってもいいよね?
「紊乱せよ!」
叫びながら突き出された槍を、あたしは鎌刃ではじき返した。
衝撃とともに、火花が散った。
なに?!
あたしは一瞬唖然とした。それを隙と見たのか、さらに突きが伸びてきた。
あわてて回避する。
結界を張るのではなく。
やばい。
今のあたしに汗腺と毛穴があったら、今の一合で冷や汗がぴゅーぴゅー水鉄砲みたく飛び出てたかもしんない。
この槍は危険すぎる。魔力を吸い取って、結界刃をかき消しやがった!
あたしの鎌杖の刃は、物理的には、紋様や透き加工を施した薄い複数層の金属板をでたらめにつなぎ合わせ、鎌刃の形に仕立てたように見えるだろう。
鎌刃といいながら刀身部分しかないようなもので、物理的には刃など研ぎつけていない。強度なにそれおいしいのレベル。
そんなものが今まで傷ひとつついていないのは、直接これで星屑たちの武器を受けたことはないからだ。
鎌刃も杖本体に近い、つまり魔術媒体としての機能がメインとなる。
刻まれた魔術陣を発動し、さらに結界を重ねて刃とするからこそ、無類の斬れ味と耐久力が生じ、魔力吸収や静止などの魔術陣の効果が乗り、ようやっと武器としても機能する。
だがこの槍はあれだ、あのパルスリートスとかの掲示板に手を加えていた『管理人』が持ってた黒い刃と同類だ。
いや、局所的になのかもしれないが、それ以上に強い魔力吸収力を持つ!
つまり、鎌杖は武器としてまったくの役立たずになったということだ。
……どうやらあの槍は、魔力を吸収することで、魔術の顕界状態が維持できないようにするものらしい。
あたしが術式を破壊して魔力を吸収するのとは別物だ。
今は、また結界刃が顕界できていることからして、物理的な魔術陣が壊れさえしなければ、その影響は一時的なものに留まるだろう。
が、問題は、その物理的な魔術陣の破損すら視野に入れなければならないということだ。
魔力を通した物質は強くなり、魔力が吸われた物質はそのぶん脆くなるのがこの世界の摂理。
つまり、あたしが使ってる鎌杖は、あの槍よりもおそらく、格段に脆い。
だのにこのまま攻撃を受け続けていたら。鎌杖そのものすら壊されかねない。
操作によって身体強化している魔力も吸われるだろうな。
ということは、上げ底している身体――というか骨体能力が――素の状態になる、もしくは魔力欠乏で鈍化することになる。生身の人間だったら、下手すると衰弱死するレベルで。
しかも、通常なら鎌刃の存在を目眩ましにしている結界刃も、あの槍に触れたら最後かき消される。
近接戦がやりにくくなる、なんてもんじゃない。
魔術でこの状況をなんとか打開しようとしてもだ。あの魔力吸収強度からして、あたしがやったように、火球を消失させることぐらい、向こうにもできるとみて間違いはない。物理的なエネルギーを吸ってるかは不明確だが。
つまりそれは、これまであたしの攻撃と防御の主軸にしてきた、魔術のほとんどの術式も使い物にならなくなる、ということでもある。
まじめにピンチです。
……ああ、だけど、それでもここは最低の底じゃない。
こんな、魔術師殺しの武器が出てくる前に、アーノセノウスさんたちを戦場から逃がすことができた。
あとは、あたし自身が逃げるだけでいい。
その『だけ』ってのが難しいのは百も承知だが。
諦めてたまるか。やれるとこまでやるしかない。
……しかし、こうなってくると、温存してた結界陣を二人に渡したのは、我ながらファインプレーだったな。
――アーノセノウスさんたちは、船までたどり着けただろうか。
あ
* * *
アーノセノウスが船の上へと帰還した時、ちょっとした騒ぎが起きた。
どうやら、すぐ後ろの船に載っていた舌人の老婆がなにか暴れているらしい。
まったくこんな時にと腹ただしく感じていたクラウスは、出迎えをよこしたはずの王弟クウィントゥスが配下、アロイスがあらぬ方を見たままであると気がついた。
アーノセノウスもいぶかしげに振り返った。そして見た。
蟻のような兵に囲まれながら周囲を圧していた骸骨。
その黒衣の背から、光を反射するものが生えているのを。
絶叫が戦場に響いた。それは誰の喉から噴き出たものだったか。




