アエギスの戦い(その2)
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
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※ この箇所は、諸事情により記載がありませんが、EX.ないしは閑話相当の内容です。
「アーノセノウスさま、あぶのうございます!」
「事態が動かねば、危険なのはどこにいても同じだ!」
止めようとするクラウスをはねのけ、アーノセノウスは詠唱を始めた。
魔術師の証である、杖持つローブ姿の者がいないというに、火球が間断なく降ってくる。それもアーノセノウスが自ら進むべく意を固めた理由の一つではある。
陣符とかいう魔術陣を使った、魔術師でない者にも使える魔術武器があること自体は、糾問使団が帰国してから伝えられていた。
しかし、このようなものとは、陣符の解析をすませたアーノセノウスにすら予測しえなかった。
仕様上、魔力寡少による火力低下はまだいい。粗朶の火とて束ねれば燎原をも焼く。いくら些末に成り下がったとはいえ、脅威となりうるものを侮りはしない。
だが魔術士団のように、集団で火球を撃つなら撃つで、それなりに仕様というものがある。このように、のべつ幕なしにだらだらと降る火球は初めてだった。
運用の愚ゆえにかえって隙を見て動くこともできぬまま、連合船団は防戦一方に追い込まれた。
一刻も早く火球を撃つ者を黙らせねばと、アーノセノウスは判断した。
なにより味方も巻き込み降らせるとは。魔術を駆使する者の風上にも置けぬ。
「火球とはこのように撃つものだ」
お返しとばかり放ったのは、術式を調整した数個の火球である。
「あぶね、距離を取れ!」
「追尾式やべぇ!」
「なにこの特殊エフェクト!ボス用アーツとか!」
船端を越えたとたん、地を掃くようにゆっくりと飛ぶ火球に追い回され、敵兵の姿は船より遠ざかる。
羊の群れを追うようにひとところへまとめると、アーノセノウスはとんと杖をついた。
「「「「「時限式メテオストライクうぅうう?!」」」」」
意味のわからぬ言葉をわめいて吹き飛ぶ多くの人影に、しかし船を下りるアーノセノウスの目に感情は動かなかった。
無論、下船が無謀なことはわかっている。魔術師の間合いは兵士の間合いではないからだ。
ジュラニツハスタとの戦いでは、当初、魔術師のそれより遠い矢の間合いですら、恐ろしく感じたものだ。意地で押さえ込んだ足の震えを、悟られなかったのは僥倖だったと思っている。
――だが、これは、贖罪だ。
火球を打ち出しては前進を繰り返すアーノセノウスの杖脇を、クラウスはともに進んだ。
諌止も届かぬ以上は、むしろ逆に思うまま、彩火伯たる主の、その力量を振るわせるべきだと思い切ったからだ。それが船団を、そしてあの骸の魔術師を守ることにもなるだろうと。
前衛となるべき兵士も数人連れて降りたが、ルーチェットピラ魔術伯家の手の者はわずかに二人。
それも魔術師に合わせて戦闘を行うことができると、そう主張したからこそ、ようやく船団の中に入れてもらえた者だ。
だが主を守るには足りぬ。
ならば、いざという時は。
せめてこの身をもって防がんとクラウスが手にした楯は、重みに比べ、ひどく頼りなく感じられた。
クラウスたちがこんな無茶をやって、それでも今なお無傷で済んでいるのは、あの骸の魔術師がよこした魔術陣の装飾品に依るところが大きい。
攻撃は最大の防御というわけか、刻まれた魔術陣の中には攻撃的なものも何点かはあったが、その大半は防御用だった。
中でも特筆すべきは矢留の魔術陣であろう。
いざという時、防御陣は発動が困難ではないかと、クラウスがふと思いつくままに疑問を向けたところ、あの骸の魔術師は真剣に取り合った。
舌人やクウィントゥス殿下の配下の魔術師まで巻き込んで、ああだこうだと試行錯誤を繰り返すのに、クラウスも加わったのは言うまでもない。
結果、構築されたのは、投石以上の速度で接近したものからの防御陣だった。
火球や矢が身体に触れるぎりぎりで力を失い、はたりと落ちていくさまはなんとも肝の冷えるものであったが、それらは凄まじい効力を発揮した。
その防御陣も、見る間に二つ三つと崩れてゆく。
だがクラウスは足を止めなかった。主が足を止めなかったからだ。その理由を知っていたからだ。
グラディウスファーリーの密偵の言葉が、クラウスにも刺さっていたからだった。
十中八九、骸の魔術師はシルウェステル・ランシピウス当人であるのだろう。記憶を失ったとてその本性までは変えられぬ。
魔力も、また。
魔力のいろかたちは千差万別だが、その多くは血に継がれる。双子のきょうだい、あるいはよほど巧妙に存在をくらまされていた隠し子でもあれば、あの蒼薔薇のような、青から紫へと複雑に重なり合う色と曲線と相似たものを受け継いでいないとは言えぬ。
が、いっそ濃艶ですらある魔力とは対称的な、枯淡とさえ見える態度。感情に流されまいとする姿勢の根幹にある諦念は、おそらく。
生前からあのような深い諦念を隠していたのであれば、あの姿になってから振るわれる魔術や魔力が桁違いなのも理解できる。生前からもその力量を隠していたからではないかと。
彩火伯の名を高め、その邪魔にならぬよう振る舞うため、ルーチェットピラ魔術伯家の裡でも現すことはなかったのだろうと。
ならば、すべてを諦め、生前も死後も従順に、ルーチェットピラ魔術伯家に、ランシアインペトゥルス王国に尽くしてきたことを。無私の赤心を態度で行動で示してきたことを。
一度生じた疑念に信頼を喰い荒らされ、自制を失ったあまりのアーノセノウスの罵倒は、そうそうたやすく許されるものではないのだろう。
なればこそ、償わねばならぬ。そうでなくては、顔向けすらできぬ。
本物のシルウェステル・ランシピウスであるならばなおのこと。愛称でよび、都合のいいように、できのいい義弟、反抗など考えもしない使い勝手のいい道具としてではなく、一人の人間としての相手に向かい合うこと。
そして今度こそ彼を守らねばならぬ、知らねばならぬ。彼が一人戦場に立ち続けた意味を。
悲愴な思いを裏書きするように、最後の家人すら斃れた。だが、それでもアーノセノウスの足が止まることはなかった。
この悪夢はいつになったら覚めるのかと、血泥を踏みながらクラウスはぼんやり考えた。
* * *
これは現実だ。ゲームじゃない。
と言われたからといって、すぐさま鵜呑みに信じられるわけもない。
とはいえ、自分の名前を思い出せないというのも、指摘されて初めて気づいたことだったから、どんなにぶっとんだ話でも頭からはねのける気にはなれなかった。
だから試した。
まずは自分の指先をナイフで刺してみた。これまで怪我らしい怪我をしたことがなかったからだ。多少転んだの擦ったのということもあったと思うが、はっきり覚えているわけじゃない。
ならば、意図的に負傷したらどうなるか。それを確認しておきたかったのだ。
傷ができ、痛みが生じ、血が流れ、やがて止まる。
その様子をじっくりと観察する。
これまで流血は外傷ダメージの描写だと思っていた。が、それならなぜかさぶたができて剥がれ、その下の皮膚の再生が、てらりとしたものになる?
ゲームでそこまでリアルに処理するわけがない。必要がないからだ。
フルダイヴ型のゲームはMMORPGに限らず、いくつかやった。はずだ。タイトルは忘れたが。
頼りにならない記憶によれば、ゲームの中でどれだけ負傷しても、傷跡は設定しない限り残らないものだったはずだ。
それはそうだ、死に戻りするたびに土手っ腹に穴が増えたり、頭が半分欠けた状態のままでいるとかたまらない。それがたとえアバターのものであってもだ。
だけど自分が今見ているのがアイオーン空間――メタバース以上のバーチャル空間――ではないとはまだ信じがたいところがあった。
だから、グイドに使われていた冒険者の一人をこっそり抱き込み、広場の掲示板に、『この世界はゲームじゃない』と書き込めと言ってみた。
冒険者は鼻で笑った。だけどおれは他の連中がどう受け取るのかも知りたかった。
だから、そいつに自分が知る限りの情報を与えた。それに沿って書き込んだら、そのままうまく逃げ出せたことにしてやってもいいと司法取引を持ちかけたら、冒険者はうなずいた。
こっちも集団で殺されかけたのを帳消しにしてやるのだから、かなり太っ腹な提案だというのは理解できたのだろう。
取引に乗ったやつがアゴラへ向かうのを、おれは鐘楼塔から見ていた。
いつもの見張りに使っているところじゃない。市街戦や見張り台の死角を突かれる可能性を想定して、いくつか街中に点在している、いわゆる隠し見張り台というやつの一つだ。
だがそこでおれは見た。書き込んだやつが、マント姿の黒い人影に殺されるのを。
その後で掲示板が破壊されるさまを。
その次の朝、人に紛れておれはアゴラへ向かった。
そこにはなにもなかった。いやあった。
広場の塀の一部が新しくなっていた。
それには見覚えがあった。塀を酔っ払いが壊したという理由を付けて、板の張り替えや塗り直しがされたものは。
ただ、人が殺された痕跡だけがなかった。
そして理解した。アゴラの掲示板、あれは害虫誘引用の毒餌と同じものなのだと。
『殺されないように気をつけろ』
耳の穴に注がれたように、あの忠告が生々しく再生された。
『ここにはセーブもリセットもリスポ-ンもない。死んだらそれでおしまいだ』
ぞくりと震え上がったおれは、何もかも捨てて逃げた。罪悪感などなかった。グイドたちを動かした権力者に狙われているかもしれんという、あいつの推測もリトスへの愛着を盛大に削っていたのだろう。
門衛の格好というので、武装をしていたのが幸いだった。
街を出たおれは冒険者になった。収入が厳しいというので、ゲームだと思っていた時には、わりと早い時期に除外した選択肢だったが、背に腹は代えられない。
むろん、冒険者を選んだ連中が、みんな不遇を愚痴ってたわけじゃない。定番のロマン職というやつに満足しきってた、愛すべき馬鹿とでもいうべき連中の方が多かったかもしらん。
リスク回避をしながらそのロマン職の雰囲気を味わいたくて、燧石亭みたいな場末に入り浸っていたおれが言うこっちゃないだろうが。
だけど、おれの選択は正解だったと思い知らされた。冒険者といっても、正確に言うなら腕っ節に自信のあるごろつき周辺、といった連中ばっかりだというのは、燧石亭にたむろしたり、おれを襲ってきたやつらを見れば一目瞭然というやつだ。
世間の評価がそんなもんだからやさぐれるのか、落ちぶれた連中だからこそ、そんなもんと評価されているのかまでは知らん。だが、おれがそれなりの敬意を払われていたのは、街の衛兵という立場あってのものだったのだこと身に染みて感じた。
おれ自身の評価なんて、たいしたものじゃないのだ。見知らぬ土地にあればなおのことだ。
ごろつき同然に扱われる冒険者たちが、スクトゥム本国に入ることは難しいと聞いていた。治安維持のためだとか聞いて納得したものだ。
それでも、おれは比較的楽にスクトゥム本国へ入ることができた。街の衛兵としての知識のおかげだ。
属州境を移動するときには、いくつか抜け道がある。冒険者ならば、一番たやすいのは隊商の護衛依頼を受けることだろう。人の往来が激しければ、それだけ護衛につくやつは多いのだ。
もちろん、普通は隊商も信用と実績のある連中と雇用契約をきっちり結んでいるから、うさんくさい数人の冒険者が護衛をしたいと言ったって、そうそう隊商の中に潜り込むことはできない。
だが、体調を崩したの怪我をしたのという理由で、欠員が補充されることもある。その時信用を保証するのが、その街の冒険者ギルド――ということになる。
そして、おれはリトスから出る時に、燧石亭のギルド員証をかっぱらっていた。
他の街のギルド員証でもあれば、少しは信用の足しになる。
もちろん、最初は疑いの目を向けられた。盗賊の引き込み役か積荷をくすねようとするこそ泥の可能性もあるというので、もっと腕っ節のたちそうな連中に囲まれ、じろじろ見られながらの仕事だ。
それでもそれなりに信用を積んだのか、スクトゥムの帝都レジナで別れた時には、ずいぶんとネィにも色をつけて払ってもらったものだ。
それからおれはスクトゥム本国の各地を転々としていた。本国の中には冒険者が少ないという話だったが、想像以上の数がいた。
が、その大半はどうやら帝国の軍団にいた連中らしい。
軍というのは、その土地の民から構成されるのが鉄板だ。人の土地に入ってくるなという激烈な独占意識と、それを害そうという者への敵意が戦意となるからだ。
愛国心なんてあるかないかもわからぬ抽象的なものより、よっぽど信じられる。
だからこそ、軍を辞めさせるというのはかなり大変なことらしい。それぞれの日常に戻りつつ、いざというときの戦力として担保される、いわゆる予備役というあたりにおさまるなら、まだいい。
自分の家、自分の耕作地、自分の村、自分の街を守るためなら死に物狂いで戦うだろうから。
問題は、帰るあてのない連中、『自分の』何かを持たないやつらだ。
そういう意味では、スクトゥム本国にいる冒険者連中は、大きく二種類に分けられるといえる。
一つは、『自分の』何かを獲得するため懸命になるやつ。わずかにいたニュービーもここに入るだろう。
こいつらにとって、未来は自分の希望通りの何かがきっとどれかに入っている宝箱みたいなものだ。いつか必ず幸運にも『自分の』居場所を手に入れられるだという、根拠のない希望を見ている。
たとえ武装がひのきのぼうレベルで、足の拵えときたらサンダルだったりしてもだ。最初見た時には、なんだよサンダルってと驚いたものだが。
だが、もう一つの、辞めたはずの軍団を『自分の』と認識したままで思考停止したようなやつらというのは、ちょいと厄介だ。
昔はよかったとジジイみたいな考え方をしてるからってだけじゃない。
こいつらときたら、惰性で仕事をして、飯を食い酒を飲み、金を使い切って、また仕事をしている。
それこそどこかの街で門衛にでも雇ってやれば、それで大人しくそれなりに満足しているのかもしれないが、この連中のまいったところというのは、組織に所属していないと不安でしかたがないからなのか、個人で手に入れたものの価値を認めてないんじゃないからなのか、金遣いは荒く、人付き合いが悪い。
……ひょっとしたら、リトスにいた時のおれも、そう見えていたのだろうか。
おれは前者の中になるべく入り混じるようにした。日常的に武器を携帯しているのは冒険者くらいなものだ。気を隠すには森の中、武装を目立たなくさせるなら冒険者の中というわけだ。
おかげでわりとすぐにはなじめたが、紛れていられたかどうかは疑問だ。
なんせ、彼らの見ている未来は、ゲーム的な数値やスキルの数、あるいは報酬で成長や成功がわかりやすく提示されるものだからだ。
とはいえ、きっちり足ごしらえをして、剣にも丹念な手入れをしていたおれは、それなりに腕が立つように見えたんだろう。
各地の冒険者ギルドでは新参だと馬鹿にされることもなく、むしろ優遇されようになるのにもそう時間はかからなかった。
だけどそいつは危険と引き換えで、リトスの燧石亭のようになまぬるいものじゃなかった。
強制依頼と銘打って、いろんなことをやらされた。
レジナでは待機任務ってのを何度かやらされた。戦闘訓練の特殊モードらしいが、寝るときもフル武装でとある大きな建物の中、数日間にわたって待機させられるというやつだ。強制依頼の中では楽な方だったし、報酬も悪くなかったが、スクトゥム本国はやはり対応というか構えが違うのだなとなんとなく感じた。
それより多かったのは、盗賊とやり合わされることだろう。命の危険で飯を食うというやつだ。そういう意味では、冒険者というやつは、闘技場で飼われている剣闘士に似ているのかもしれん。
乱闘の中、味方に背後から撃たれたやつもいた。ミスったと謝って、それでけろりとしている射手に唖然とした。
クロスカウンターをくらったのか、重傷を負わせた相手に「次は負けねえぞ」といって死んでいくやつも見た。相手もその後すぐに死んだ。
命が浪費されていく中、死体が消えなければ、この世界がゲームじゃないって悟るやつも出てくるんじゃないかと思ったこともある。
だけど、腹をやられて飛び出した内臓が糞便のような悪臭を放っていることにも頓着せず、コマンドをタップするような気軽さで、めぼしい所持品を懐から抜き取ると、敵の瀕死者も味方の死骸も、漁り終わった塒に放り込んで火を着けたのには総毛だった。煙とともに吐き出されたうめき声に必死で耳を塞いだ。
――死にたくねぇ。
初めて心底そう思ったのは、その時だった気がする。
それまでおれは、この世界がゲームでなくても、うまくやれば生き延びる手立ては必ずある、そうどこかで信じていた気がする。
だけど、そんな根拠はどこにもない。これまで見てきた死人とおれとの間に、死にやすさの差なんてない。
おれも、いつ、どこで、死ぬかもわからない。
だが、あいつはなんと言った?
『死ぬなよ』
『あんたの命はあんたのものだけじゃない。あんたが死んだら、確実に一人は死ぬ人間がいる』
おれの命は一人分じゃない。ということは、単純に考えても、おれの命は他の奴らの二倍は価値があるということになる。
『人を死なせたくなかったら、まずあんたが死ぬな』
なら、ますます死んでたまるか。こんなところで。
おれの剣筋に凄みが出たと、顔見知りの冒険者に言われたりもした。他の誰かを殺しても、生き延びるのは自分だという覚悟ができたからだろうか。
そして北から大風が吹き、アスピス属州ではなんだか大きな被害が出たという噂が聞こえてきたころだった。
強制依頼が下ろされた。
それも、複数の街にある冒険者ギルドで同じものが発生したらしい。
嫌な予感がしたが、何十パーティもの冒険者の一斉移動から目立たないように逃げ出すことなど、おれには無理だった。
ニュービーどもや、ニュービーからちょっと脳天気が取れたような近隣の冒険者気取りたちの移動に押し流されるように、おれが送り込まれたのはアエギスの野だった。
アエギスの野はアビエス河沿いに広がる。
かつてスクトゥム本国がアスピス属州まで支配下に収めようとして、でかい戦いがあったとかなかったとかいう、無駄に由緒正しい古戦場の一つである。らしい。詳しいことはよくわからないが。
わかるのは、ここが地勢的に戦場になりやすいところだということぐらいなものだ。
そして今も戦場となっているということだ。
「なに逃げてんだよ、腰抜け!」
火球の射程は弓矢より短い。お札で火球を飛ばす連中は、だからどんどん船隊に近づいていっていた。
その隊列か崩れ、雪崩を打って戻ってきたのに罵声が飛んだ。
「いや死ぬあれは死ねる。メテオストライクが降ってくるとか」
「メテオストライク?ばっかいうな」
「じゃああれはなんだ!」
「嘘だと思うんなら、てめえらが自分で見てきやがれ!」
やいやい言い合っているやつらの影が急に濃くなり、気温が上がったと思った時には、もう言葉尻とともに、そちら側の人影がちぎれ飛んでいた。
爆音はその後にきた。
『やつらのお札が火の球に化けたろ?あれの数十倍は威力のあることができる人間が相手だと思え』
冗談じゃねぇ!
燧石亭の連中が使ったお札がライターの炎なら、さっきのはガスタンクの爆発だろうが。
おれは震えた。
「おい、どーすんだよ。どんどん近づいてきてんじゃねえか」
「だけどファイアボールとかどう対応すりゃ――」
いいかけたやつの目がおれの顔にとまった。
「そういやあんた、リトスから来たとか行ってたな」
「『魔術師と賢者の都市』かよ」
「だったら」
「ああ。――決まりだな」
そこにいた複数のパーティ、その全員が奇妙な笑みを満面に浮かべた。
「あんた、魔術師の相手は慣れてるんだろ?一つ頼むわ」
「――い」
いや正面切って魔術で攻撃されたこたねえよ!
そう反論しかけたところで、おれはそのまま突き飛ばされた。
真横に。
気がついたときには、おれも地面に倒れていた。
誰かに押しつぶされながら、目の前で青草がみるまにしおれていくのを見た。髪の先がちりちり跳ね上がっていくのがわかった。
悲鳴もなくのたうち回っているのは、吸い込んだ熱気で肺まで焼けただれたのか。
ピクリとも動かぬ人型のたいまつと化した者と、どっちがましだったのだろうか。
気がつけば、やたらとうまそうな匂いがしていた。
スルメを焼くような、そのタンパク質の焦げる匂いは、周囲の人体から立ち上っている。
前に嗅いだ内臓のやられた匂いじゃない。筋肉や脂肪が焼けた匂いだから、うまそうと感じてしまっているのか。
吐き気がこみ上げてきた、その時だった。
熱された空気にさらされ、干からびそうな目玉に、黒ずくめの、長く裾を引く人影が近づいてくるのがぼやけて見えた。
「お……」
ああ。いやだ。
イヤだ。
「おれは……」
死にたくねえ。
死にたくねえ。
こんなところで、死んでたまるか。
「おれは」
ああ。だから。
だから、死んでくれ!殺す気なら、殺される気だってあるんだろうが!
「おれは、こんなところで死んでらんねぇんだよぉおおお!」
瀕死者の間から跳ね起きれば、数歩の間。
おれは、長剣を振り上げ。
黒い人影めがけ振り下ろした。
長剣は、だが人影には届かなかった。
受け止めたのは、黒く染まった大鎌の刃。
割って入ったその持ち主は。
「……出やがったな、死神め!」
黒ずくめの、骸骨だった。
短めですが切ります。




