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気遣い、傷つけあい

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

 スクトゥムの手勢を追い散らした後、あたしたちは陸に上がって情報交換をした。

 ほんとは情報操作上、口封じは重要だ。そのことはアロイスたちランシアインペトゥルスの人間だけでなく、グラディウスの皆さんにもわかってた。だけど地理もわからぬ初見の地で、こうも四方八方に逃げられては、打ち漏らしゼロにするのはほぼ不可能である。一人でも都市に逃げ込まれたら、あたしたちの情報を持つ人間の数はそれだけで数百数千に膨れ上がってしまうのだ。

 なので深追いはやめた。その代わり、最小限共有すべき情報を交換し、船止めを引っこ抜いたら、すぐさま移動を始めなければならない。


 なぜこうも突然彼らが姿を現したかというと、アロイスによればヴィーリのせいらしい。

 グラミィにあたしがリトスにいること、先に行くように伝えたヴィーリは、グラミィたちが発った後に闇森から戻ってきたんだそうな。

 アロイスたち、第二陣が着いたばかりのパルスリートスに。

 グラミィのいたトゥルポールトリデンタム魔術辺境伯領にではないあたり、さすがの神出鬼没ぶりというべきだろう。

 おそらく空を飛んでのことだろうが、アロイスたちに急げというとはどういうことか。


 そもそも、森精たちは人間のすることに関与することはない。ぶっちゃけ、ランシアインペトゥルス王国がどうなろうと知ったこっちゃないと思ってても、あたしは驚かない。

 彼ら森精にとって、人間とは生態系の一部でしかないのだ。だから、人間という種が絶滅してしまうような環境変動が起きようとしている、あるいは起きつつあるのならば、その影響を抑えるのに手を貸す、ぐらいのことはしてくれるだろう。だけど絶滅したら、あらお気の毒、ぐらいに思ってくれたら情があるというレベルですよ。

 下手したら、ランシアインペトゥルス王国の人間がスクトゥムに皆殺しにされたとしても、見てるだけかもしんない。だって見た目は多少違うけれども、交雑可能なほぼ同一種。ランシア地方固有種とまで特定できないのなら、スクトゥム地方固有種かもしれない相手から保護ないし隔離をする必要はない、という理屈だ。


 ま、今はあたしが星屑(異世界人格者)たちという、人間種の絶滅、ないし生態系の破壊の危険がある精神体寄生物の存在を伝えたからこそ、警戒し、あたしたちに手を貸してはくれている。

 だけど、それだって、あたしたちを生物農薬として害虫駆除に使いたいから、目的地までスムーズに移送できるようにした、くらいに思っておくべきだろう。

 だからこそ、あたしはヴィーリの行動に少し疑問を感じた。アロイスたちを急かした以外にもだ。


 アロイスたちが出た後も、ヴィーリはパルスリートス周辺にいたという。闇森に戻るでもなく、リトスに追加調査に向かうでも、あたしを追おうというわけでもないという。

 アロイスもヴィーリがなぜそのような行動を取ったのかは知らないようだった。

 まあ、それもしかたのないことだろう。森精たちは嘘をつけない。だけどそれはこっちの思い通り、知らないことを知りたいときに教えてくれる都合のいいウィキア豆……おっと、ウィキペディアとして機能してくれるわけじゃないってことだ。彼らも沈黙は金――森精にとっては黄金の林檎のほうが価値があるのかもしらんが――ということを十分知っている。

 結果、あたしに推測としてできるのは、ヴィーリはメリリーニャが作った森を拠点にしたんじゃなかろうか、くらいなものだ。


 アロイスはヴィーリに同行してもらいたかったらしいが、彼もまた空が飛べるのだ。わざわざ移動速度のとろい船に乗り込んで一緒に移動してくれるわけもないだろう。

 そもそも彼らは彼らの都合で動いている。

 あたしの要望、敵も味方も死傷者はなるべく減らしたいなどという、贅沢というより無謀、狂気の沙汰に付き合って、隠し森へ星屑たちを入れてくれているのも、彼らの都合への影響、あたしの提示した森精たちへの取引の結果でしかない。

 ヴィーリが気まぐれを起こしてアロイスたちを追っかけてこようとする、という可能性もあるが、それだってやろうと思えば、たぶん彼は迷うことなく追っかけてこれるんだろうし。


 ヴィーリからの助言を受け、パルスリートスからアロイスたちは急いで発った。

 アロイス的にはアーノセノウスさんをパルスリートスあたりに置いて、リトスなどへさらに調査隊を向かわせるなら、その後方で指揮を執ってほしいという思惑があったらしいのだが、アーノセノウスさんはそれを拒絶。自分の執事であるクラウスさんともどもついてきた、らしい。


「リトスにはシルが向かっている。ならば問題はないはずだと言われましてね」


 アロイスは苦笑した。


〔だいぶ面倒をかけたようだ〕


 ごめんなさいと頭蓋骨を下げるしかないじゃないですかそれは。

 幸い船酔いなども軽くで済んだはいいものの、ちょくちょく陸上に斥候を出しながら進んでいると、アスピス属州にさしかかった辺りから大量の難民たちにぶつかりそうになり、相当肝を冷やしたらしい。

 ……それは、だいぶリトスから拡散したな。


 主街道とはつかず離れずのアビエス川沿いは、間道副道も多く歩きやすくはある。点在する集落も多いが、あれだけ難民がいては物資の補給もままならない。そう判断したアロイスたちは船の速度を上げた。

もともと船での移動というのは、スクトゥムが防御ラインとして設定したトリクティムの青刈り地帯をなるべく時間をかけずに侵攻するための手段でもあった。

 歩兵を含む軍が陸地を進むより、船の方が遙かに速い。昼夜問わずとはいかないまでも、夜目の利く人間が可能限度まで船を動かせば、さらに一日の移動距離は稼げる。同じ距離を移動するにせよ、消費する食糧は格段に少なくてすみ、たとえ敵や難民たちに目撃されても振り切りやすい。

 搭載人員の関係上、戦力は桁違いに少ないが、もともと擬似的とはいえ電撃戦は、少数精鋭でするものだ。

 こちらの補給路を断つための干し殺し区域も、一日あれば突っ切れる。

 それはつまり、スクトゥムの思惑をうまくかわせたということでもあった。

 さすがの彼らもリトスに近づくにつれ、被害の大きさに唖然としたらしいが……。


 アロイスたちは被害の大きかったところを抜け、時々斥候たちを下ろし、難民たちに交じりながら情報収集をさせていたところで、あたしたちの情報を掴んだらしい。

 って、あたしたちなるべく隠密裡にと進んできたんだけど?よく情報が残ってたもんだ。


「さすがに魔術師でおられるシルウェステルさまに、情報で負けるわけにもまいりませんので」


 アロイスはにやっと笑った。


「シルウェステルさまがおいでということは、おそらく通常ならばありえぬことをなさっておられるだろうとあたりをつけました。斥候たちにも通常ありえぬような話を拾ってこいと命じましたところ、まあ些細なものがちょくちょくと」


 なんだろう?


「大量に食糧を買いもとめる、妙な二人組の話。なんでも不審に思って後を付けたら、ふっと川縁で姿を消したとか」


 あー。


「村が襲撃にあった話。もともと村人全員が全裸で手足を縄で結び合わせてのたうち回っていたり、旅人がその近辺で消えたとかそうではなかったとか、妙な話のあった村が、二三日中に入ろうとしても入れぬようになっているというので領主が人をやったところ、血痕を残して人の姿が消えていたとか」


 ……あー……。


「はたまた人気のない川岸から、煮炊きの煙が上がる話。近づいてみても、それらしき炎のありかすらわからないのに、ただ煙と煮炊きの匂いだけが漂い、あまりの不気味さに逃げ帰ったとか」

〔ぼ、ボニーさん……〕


 あたしはそっと眼窩をそらした。

 そりゃまあ、いくらラームスに頼んで目立たなくさせることができたとしても、煮炊きの煙や臭いが消えるわけがないわなぁ。


〔そらさないでくださいよ!それだけじゃないでしょ!都市伝説とか怪談になっちゃったじゃないですかあたしたち!〕

「グラミィどのがパルスリートスに置いてゆかれた幻惑狐(アパトウルペース)を借りてまいった甲斐もあったというものです」


 フルーティング城砦に詰めていた者たちからも、あらためて世話の方法などをよく聞いてきたのが役立ちましたと笑うアロイスは、ノクスと名付けたという黒毛の幻惑狐を連れていた。

 幻惑狐たちは人間の放出魔力(マナ)をおいしくいただく。アロイス自身から放出される魔力はかなり少ないが、それでもうまく手懐けているあたり、よほど丁寧に世話をしてやっているようだ。


 話を変えるためにもこっちの状況も大まかに話したあと、あたしは場も変えることを提案した。

 アロイスが乗ってきた船の船室を提供してくれたのだが、グラディウスの皆さんもナチュラルについてこようとするのはやめていただきたい。

 アロイスに、「まずは船を動かすことが先決かと。また、ランシアインペトゥルスの話はランシアインペトゥルスでいたしたいものもございます。皆様も国の方々と話がございますのでは?」と言われて、すんなり引き下がったようではあったけれども。


 船へ移り、低い天井に頭をぶつけないよう、全員が座を落ち着けたところであたしは消音の結界を張った。

 グラミィがじろりとアーノセノウスさんたちを見渡す。その目はほんのり冷やっこい。目玉があったなら、あたしも同じくらいの温度の視線を彼らに浴びせかけていたことだろう。


「『それで?なにゆえアーノセノウスさまがここまでおいでなのですかな?』」


 いや、アロイスが来るのはまだわかるのよ。

 確かにアロイスはクウィントゥス殿下の護衛をしてた。だけど彼はいくら王族とはいえ、一貴人の護衛程度じゃもったいないほど有能なのだ。

 以前もフルーティング城砦の警備隊長などをしていたが、通常の騎士がやれる防衛や戦闘だけでなく、斥候と密偵と情報将校と暗殺者のやれることなら、たぶんだいたいできるんじゃないんだろうか。

 そんな使い勝手のいい人間だ、クウィントゥス殿下のよく見える目、優秀な耳として前線に押し出されてきても理解はできる。

 だけど、なぜ、アーノセノウスさんがやってくる?クラウスさんもだ。

 

 慌てたようにクラウスさんが説明したのは、ルーチェットピラ魔術伯爵位をとうに息子のマールティウスくんに譲っているとはいえ、未だ国の重鎮の一人たるアーノセノウスさんが、なぜイークト大湿原を越え、パルスリートスまで派遣されたかという理由だった。

 クウィントゥス殿下の許可により、ルーチェットピラ魔術伯家もトゥルポールトリデンタム魔術辺境伯領へ人を呼び寄せることができたという。

 それは食糧を食い尽くす人間が増えても十分供給を支えられるように、食糧の補給部隊と国外からの輸入を、直接元トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯領や、クラーワ低地の国々に送りつけるルートが整ったということでもある。


 食糧の供給については、殿下とアロイスは、トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯がトリクティムを違法にも国外へ輸送したと判明した段階から、もう手を打ちはじめていたらしい。

 けれども、ラストワンマイルという言葉がむこうの世界にもあったが、どれだけ物資を集めても、消費者に届かなければ意味がない。

 そこで、クウィントゥス殿下は王都と連携を取って物資を国として集めるのはもちろんのこと、スクトゥム領地に踏み込んだ軍勢に確実に届けられるよう、後詰めの軍にも工夫をしたらしい。

 第一陣であるあたしはともかく、第二陣のアロイスたちは少数精鋭の具現化だ。そして第三陣以降の少数精鋭も、たしかに少数だし紛れもない精鋭を予定している。ではあるのだが、人間よりもみっちりと物資を船に積んでくることになってるというね。

 ……もうそれ、優秀な攻撃的輜重隊ってことでいいんじゃないかなぁ?


 なお、ランシアインペトゥルス国内の物資手配を誰がしているのかというと、なんと烈霆公(れっていこう)レントゥスさんが束ねだという。

 なにせトゥニトゥルスランシア公爵家、およびその寄子たちの所領はランシア川流域に広がる。ランシアインペトゥルス国内でも、ジュラニツハスタの戦いでヴィクシウム平原を手に入れるまでは最大の面積を誇ったというポノレウム平野は、農地としても肥沃だ。

 トリクティムをはじめ、食糧を供給してもらうには適任だろう。

 おまけに烈霆公が動けば、いくら傲岸不遜の鉄骨に独立不羈のコンクリを分厚く流し込んで固め、夜郎自大と増上慢を塗ったくったような気性の魔術師系貴族も襟を正す。猛獣公もそれに力を貸しているとなれば、物理的戦闘能力系貴族も競って倣うというものだ。


 王族の頭のいいのは、戦功争いを大将首いくつではなく、どれだけ今回の戦役に貢献したか、互いにどれほど他より優れた働きができるか、という方向にねじ曲げてみせたことだ。

 首級の数を戦場で競えば、魔喰ライの危険がある以上、直接戦闘を避ける魔術師系貴族は騎士にすら劣る。

 だからこの勝負に魔術師系貴族は喜んで乗った。


 食糧が増えればそれなりに一カ所に集まる人間を増やすこともできる。たとえばアロイスの代わりに、クウィントゥス殿下の護衛任務ができるような騎士を揃えるとか。それも暗部の色合いが薄い通常の騎士なら、人数は比較的楽に揃うだろうし。

 ならばと大軍をもって大軍とぶつかり合う、ジュラニツハスタのような戦場を求めていた諸侯たちはいきりたった。

だけどクウィントゥス殿下は人材を分厚く集めたのは、諸侯たちが主張していたような、大軍をもってしての総掛かりをするためではないと、きっぱり拒絶したそうな。


 諸侯たちはだいぶごねたらしいが、大軍での侵攻が困難であるというのは厳然たる事実ですとも。そのことはあたしもだいぶクウィントゥス殿下に訴えたところである。

 殿下ときたら、ごねごねの諸侯たちをうまく丸め込んだのだ。

 スクトゥムに送らんとは言ってない。ただ、精鋭でなければ送り込めないのだ。だから精鋭として認め得る者なら、第三陣、第四陣を許すと伝えてなだめ、その一方で奮起させることに成功してたらしい。

 つくづく王族というやつは、煽動の上手である。


 アーノセノウスさんもようやくというべきか、ルーチェットピラ魔術伯家からマーイウスとかいう人にトゥルポールトリデンタム魔術辺境伯領拠点での取りまとめを任せ、後顧の憂いがなくなったから、足軽く出てこれたということらしいが。


「『パルスリートスにお留まりになるべきでしたでしょうに』」


 グラミィにぴしゃりと伝えてもらうと、アーノセノウスさんは驚いたようにあたしを見た。


「怒っているのだな」

「『御身をお考えくださいと申し上げているのです』」


 真っ正面から年齢を考えろと言わないだけ優しいと思っていただきたいですよ。そもそもこんなお説教、あたしがするべきこっちゃない。

 じろりとあたしとグラミィに睨まれて、アーノセノウスさんは軽く硬直したがすぐに頭を下げた。


「すまなかった」

「『わたくしへの謝罪は筋違いかと』」


 ええ、どっちかっつーとアーノセノウスさんは同行者とか、ルーチェットピラ魔術伯家の人たちに謝るべきだと思うのよ。

 身勝手な行動で一番迷惑してるのは、たぶん、いつでもどこでも影のように随従しているクラウスさんだ。

 てゆーか、足軽くひょいひょいと少人数で移動して、故峻厳伯に夢織草使って捕らえられたのはこないだのことでしょうが。せめて一度で懲りろ。グリグみたいな鳥頭でもないんだから。


 だけどアーノセノウスさんはかたくなな表情で、首を振った。


「いや。一番謝りたかったのは、そなたにだ。誠に済まないことをした」

「『……すでに一度謝罪をいただいております。そうそう彩火伯ともあろう方が、何度も頭をお下げになるものではございますまい』」

「だが、しかし!」


 言いつのるアーノセノウスさんに、瞬間あたしはいらっとした。

 こっちがいいつってんのに、それでも謝罪のごり押しかい。


 ……なんだろうね。謝りたいから謝りに来たと言われても、こっちの気持ちもお構いなしに、自分のしたいことをやるために、押しつけに来たとしか思えないのは。

 さあ受け入れてくれと言われても、ものが謝罪なら無条件で受け入れなければならないのか、だったらおとなしく許すのかと言われると、そいつは違うでしょうよとしか言いようがない。

 あたしは砂を作り出すと、さらさらと書いた。


『たかだか一体の骨よりも、ルーチェットピラ魔術伯家を、国の方を重きとなされるべきでしょう』


 ええ、マーイウスさんなんて人、あたしはどういう係累なのかも教えてもらえませんでしたけど。存在すら調べなきゃ知りませんでしたよ。


〔ボニーさん……言い過ぎですよ〕


 みるみるしおれたアーノセノウスさんの様子に同情してか、グラミィが咎めるようにあたしに目を向けた。

 当然のことしか言ってないんですけどねぇ。

でもしょうがない、じゃあなんかこう言葉をかけておくべきか。


『些事にございましょう。わたくしごときのことなど』


 ええ、気にしなくていいんですって。ほんとに。


「些事だと?」

『よくあることかと。彩火伯(さいかはく)さまのお立場ではお身内にも疑いの目を向けることも、ないわけではないかと存じます』

〔ってやっぱ怒ってんじゃないですかボニーさん。彩火伯呼びのまんまですか!〕


 あー……。まあ、兄上って呼んだ方がたぶん受けがいいんだろうね。

 それはわかっている。だけど。なんか、そう呼べないのは。

 ざりざりする気持ちのまま、あたしは魔術師の礼をした。


「『いえ。失礼をいたしました。火球にて助けていただきました身もわきまえませず。お礼も未だ申し上げておりませず、まこと申し訳ございませぬ』」

「それ以上のことは、どうぞお身内で」

 

目を細めたアロイスが割って入ってくれた。てかクラウスさん、下向いて黙ってないで、こういうのはクラウスさんの仕事じゃないの。


「まずは今後、どのように動くべきかをご判断いただきたく」


 それはとっても大事なことだ。

 基本的には、もうここまで来たのだから、ひたすらレジナに向かうべき。なのだが、問題がある。


「――戦力差、ですか」


 あたしは頭蓋骨を頷かせた。

 アロイスが言うには、第二陣は約千人からなるという。やっとこかき集めてきたというところだろう。頑張ったなとは思う。

 しかし、各属州及び本国にはスクトゥム軍が駐屯している。それぞれの軍団の規模は約五千というから、軍団一つとあたっただけで粉砕されかねん。

 しかも本国と十の属州すべてを合わせれば、それだけで五万五千だ。しかも場所によっては、軍団は一つと限らないというから、なんとも絶望的な戦力差である。かないっこない。


 だが、かないっこないと承知でスクトゥムと敵対すると決めたのは、ランシアインペトゥルスであり、星屑たちの暴虐を、そして星屑たちを踊らせている『運営』を許せないと思ったのはあたしだ。

 それに、こちらに有利な要素だってなくもない。

 あたしは骨の手で撫でるようにして、お盆サイズの石版を作り、地勢図を作り出した。


「『我々の侵攻速度は規模に比べて極めて速い。そううぬぼれてよいだろうか』」

「一月せぬうち8000ミーレペデース近い道のりを、しかもその半ばは水上を踏破できる軍はそうないかと」

「『そして、スピクリペウス属州はすでに遠い。しかも州都コルリスはイークト大湿原からは南西の内陸部にある。アビエス属州の軍団も壊滅しているとみていいだろう」


 だいたい軍団というのは執政府のある土地に置かれる。アビエス属州ならば、壊滅したリトスがそれだ。

 スピクリペウス属州の執政府があるコルリスも、かつての王国の首都かなんかだったのだろう。

 だが、アビエス川に合流する川もないわけじゃないが、曲がりくねっているので一度北東に大きく回らないといけない。街道も意外と帝国になる前の緊張状態がそのまま残っているのか、川に橋がかかってなかったり、これまた州都に直結するものは、むこうの世界の首都高もかくやという状態らしい。

 パルスリートスはおろか、レジナからの知らせもいつになったら届くのやら。


「『また、リトス周辺から逃げ出した難民たちがいる。州の境を越えられるかどうかはわからぬが、越えようと試みる者が出てもおかしくはないとわたしは考えている』」


 物理的にただ越えようとして歩いて行けるのならいいが、州境というのはけっこう面倒だ。あたしもリトスに向かう道中、関所のようなものを夜中に飛び越えたり、間道を通ったせいで盗賊たちに襲われたりもした。

 が、帝国民ともあれば、さらに国法の拘束力というのもあるだろう。少なくとも、奴隷は土地から離れること自体が禁じられているはずだ。

 あえて奴隷に限定したのは、自分でリトスやレジナの賑わいを見ているからだ。眼球ないけど。


 物資に限らず、人や情報の流通が活発で蓄積が可能なほど豊かな都市が成立するには、ある程度交易の自由がなければありえない。土砂を運ぶだけの水流を持つ大河に州はできても、わずかな細流にはできないのと同じだ。


「うまくいけば、我らはスクトゥム本国の五千からやや欠けた程度の敵を相手とすればよいということですね」

「『とりあえずは。――だが、時間はない』」


 時間をかければかけるほど不利になる。それは最初からわかっていたことだ。

 時間をかけるほどに食糧は乏しくなり、周囲の属州から軍勢は街道を進み集まってくるだろう。

 そうなったら、あたしたちは袋の鼠だ。

 その前にスクトゥム本国を落とし、スクトゥム本国の非を鳴らして属州との間に亀裂を入れ、引き剥がす。

 皇帝あたりに罪をなすりつける形で混乱させ、その一方で『運営』を探して星屑たちを止める必要がある。

 サービス停止という言葉を『運営』から引き出せれば、星屑たちは動かすことができるはず。文句は山ほどあるだろうが。


 もうひとつ、時間がないというのは、冬が近づいてきているせいだ。


「『このあたりのフラクシノスはまだ葉が落ちてないのだが、アダマスピカに雪は降ったろうか?』」

「未だその知らせは。ですがいずれは」

「のんびりはかまえておられませんな。この身には朝晩の冷え込みがこたえるようになりまして……」


 きゅっと顔を皺めたグラミィにアロイスは笑った。


「では進軍を続けるということで、クウィントゥス殿下にも伝書鳥を放ちましょう」

「『お願いいたしましょう。――ここまでおいでなのです。御助勢を願いたく』」


 無言のままのアーノセノウスさんたちにも、あたしは頭蓋骨を丁寧に下げた。

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