盗賊狩り。盗賊狩り狩り。盗賊狩り狩り狩られ。
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
だけどグラディウスの船乗りさんたちは、グラミィが心配していたほど粘着的に、あたしたちを自分の国へ引き込もうとはしなかった。特に、直接グラミィとあたしに粉を掛けてくるような動きがなかったのは、やっぱりあたしたちの魔術に対する畏怖のせいだろう。
そのぶん、陰に陽に彼らの間でのオハナシアイは熾烈を極めていたようだが、そこまでは知ったこっちゃない。と思いたい。
敵地に乗り込んでるというのに、実力行使に出て、怪我を負わせあうような、莫迦な真似をする人がいなかったってぇのは、それだけちゃんと頭が回ってたんだろうし。
ならば問題レスですよ。彼らの小競り合いをけしかける真似などないが、あたしたちの利用価値が高いと、向こうが勝手に評価してくれるというのはありがたいことです。
そのおかげというべきか。盗賊たちをしばき倒すのに、苦労することはなかった。あたしやグラミィが前線に立つことなど、まずなかったもんね。
どうやら、船乗りさんたちは、自発的に貢献度で競ってくれたらしい。
むしろ苦労したのは、食糧など物資の入手の方だったかもしんない。
盗賊たちを叩きのめした後、あたしは隠し場所から引っ張り出したスクトゥムのお金、ネィをごそっとグラディウスの皆さんに預けた。近隣の街から食糧を買ってきてもらうためだ。
幻惑狐たちの助けを借りて喋りに違和感を覚えないようにはできるといっても、さすがにライブマスクもナシで、骸骨頭のあたしが買い出し担当するのはまずかろう、というわけだ。
簡単な仮面程度ならいくらでも作れるけど、仮面on覆面ってだけで怪しすぎる。
違和感を軽減してくれる、ラームスの欠片たちの助力もまだ弱いし。
グラミィ?彼女のボディもご老体だからねぇ……。
スクトゥム帝国の中でも、ここアスピス属州とスクトゥム本国は、わりと国際色豊かな土地柄である。
アスピス属州は、『魔術師と賢者の都市』リトスへの留学生が多いせい。
スクトゥム本国は帝国の中心のせい。
特にスクトゥム本国は腐っても帝国というべきか、もともと流通が盛んで、東西南北を問わず人の動きが集中してる感じがある。人の動きが激しければ、それだけ血の混じり合う機会も増える。
だから、船乗りさんたちの見た目だけでばれる危険性は、あまり高くないと踏んだわけだが。
それも顔だちや髪の色に限るというね。
〔そんなに目立ちますかー?〕
グラミィは首を傾げたが、いくら国際都市だって、それぞれの民族衣装で動き回られたら目立つでしょうが。
ぴんとこなけりゃむこうの世界をイメージしなさいって。
和服程度でも人目を引くってのに、ロンジーやドゥティだの、キルトだのを着けてる人がいたら、それだけで驚くでしょうが。
〔ドゥティ……布一枚ですかこれ!〕
イメージを送りつけたら、即座に納得してくれるあたり、やはり心話は理解が早くてじつに助かる。
だが、問題は、そうそう偽装用の衣類など持ち歩いてないってことだったりする。
あたしは空飛ぶ都合で軽量化必須だったし。船も人間がぎゅう詰めだったせいで、グラディウスの船乗りさんはもちろん、グラミィも自分とあたしのものを少し持ってきただけの、着た切り雀に近い状態だ。持ってくるなら衣より食優先という判断もあったろうし。
糾問使団のお仕事の時は……暗部所属のトルクプッパさんが管理してくれてたから、めちゃくちゃスクトゥムの風景に溶け込みやすい偽装ができたのだが。
いや、今回それができない理由が、輸送の問題だけじゃないのはわかりますとも。
フェルウィーバスにいるだろうトルクプッパさんも、あたしたちがスクトゥムの内奥にまで突っ込むことは伝わってたはずだ。
ならば、トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯領を離れる前に、いろいろと準備や協力をお願いするってことは、物理的には可能だったわけだ。
だけどそれをやっちゃったら、今度はランシアインペトゥルスと他の国々との均衡が取れなくなるのだ。
情報戦的に。
偽装に関し、トルクプッパさんの手腕はランシアインペトゥルスのみならず、この世界全体で見ても、相当優れたものなんだろうとあたしは考えている。
が、そのノウハウをあたしたちが使ってしまうということは、ランシアインペトゥルスの暗部なみなさんたちの手の内を、グラディウスの皆さんにはばらしちゃうことになるのだ。
そりゃクウィントゥス殿下は嫌がるわ。
あの腹黒殿下なら、グラミィがトルクプッパさんに協力してもらうことを思いつこうが、彼女に知識を提供させないよう、グラミィがさりげなく接触できないようにするって手も使うだろう。
そもそも偽装の必要性に思い至らせないよう、グラミィに思考誘導をかけることぐらい、平気でやりかねんからなぁ……。
糾問使団の時に、トルクプッパさんから教わった変装のポイントを抑えるくらいなら、見逃して欲しいところだが。
なんせ、グラディウスの船乗りさんたちときたら、立ってるだけで潮風を感じるような身なりなんである。
いくらアビエスが複数の属州を跨ぎ流れる長江大河とはいえ、内陸部でこれは目立つ。
せめて、衣服だけでもごまかせれば、まだましかとも思ったのだが、そもそも衣類を入手するには、ご当地のみなさんと接触する必要があるわけで。
まさに、「服を買いに行きたいのだが、買い物に行くための服がない」状態ですよ。ただしポチることも不可能で、身バレからの命の危険が大というね。
一応だけど、現地の服を調達するなら、現地人からと考えたりもした。叩きのめした盗賊を身ぐるみ剥いでみたりとかね。
〔ボニーさんが容赦なさ過ぎるー!〕
血なまぐさい状況を元JKに見せるのもどうかと思い、船の見張りに割り振ってたグラミィには心話で叫ばれたりもしたが、余裕がないだけだっての。
利用できるものを利用せずして、こんな敵地のまっただ中で死んでなんからんないでしょうが。グラディウスの皆さんもちゃんとお国に返すまでが戦争です。
ま、さすがに斬撃真っ二つとか。血しぶき模様の服じゃ役に立たんってことで、諦めたけどね。
いくら地元民な服装でもそんな物騒柄、逆に警戒してくれって言うようなもんだし。
服がだめなら小道具はどうか。
水気も中身もない頭蓋骨をカラカラ搾ったあげく、あたしは盗賊たちから取り上げた武器も、船乗りさんたちに渡すことにした。
本来、彼らの武器は、船上でも取り回しのきく、コルテラとかいう短めの剣が中心だ。むこうの世界でいう舶刀的な位置にある小剣なんだろうけど、湾曲した厚い諸刃は、どっちかというと大きめのククリナイフに似ている。鉈や鎌のように使うこともできそうだ。
手入れの行き届いたそれに慣れていれば、握りもがたついた粗末な拵えの上、歩くたびに足に絡みそうな長剣はそりゃ扱いづらいだろう。
おまけに粗悪すぎると文句を言われたが、なに、武器として使ってもらうつもりはない。
偽装の一部としては十分ですとも。
幸いにも、これくらいはとあたしと自分の旅装用の外套を、グラミィが持ってきてくれていた。ので、それをボロ隠し、もといボロが出ないよう、買い出し部隊の人には着てもらうことにした。
グラディウス独特の武器や、編紐を使った衣服が隠せればそれで十分というものである。
買い出し部隊の人には恐縮されたが、糾問使の時にランシアインペトゥルスの王サマから賜わった、例の儀礼用の外套ではないので問題はありませんよ?
わりと上等とはいえ、単なる、地方色のあまり出ない――というか、ごたまぜ状態に近いデザインの外套で助かった。これもトルクプッパさんができる範囲で精一杯やってくれた支援なのだろう。
それでも買い出し部隊の人が戻ってきたら、あたしかグラミィのどっちかがとっとと船を動かすことになっている。
いくら服を隠し、小道具でごまかしても、言葉の訛りも違う。
なるべく異邦人がいても比較的意識されにくい、大きめの都市を狙ったのだが、物資を大量購入してるってだけで目立つんですよ。
ならば、リトス近辺からの難民たちの移動がいい隠れ蓑になっているとはいえ、用が済んだらとっとと逃げ出すのが最適解でしょうよ。
いくら盗賊どもを叩きのめしているとはいえ、必要以上に死を撒き散らすことはない。盗賊ども相手ですら罪悪感というか、後味の悪さがひどいのだ。
おまけに、あの魔喰ライへと向かわせる異様な餓えがねぇ……。
〔でもボニーさん?あたしたちが怪しまれるんなら、第二陣の人たちはあたしたちよりもっと苦労するんじゃないんですかー?〕
グラミィが割と鋭い突っ込みをしてきた。
たしかに今後スクトゥムにやってくるだろう、第二陣以降の友軍は、さらなる警戒を向けられるだろうさ。
だけど、交渉という意味でなら、あたしたちより楽になるんじゃないかとあたしは見ている。理由は人数。
あたしたちの買い出し部隊は、偽装に使える外套が二枚しかないから、荷物持ちと交渉役の二人組でお願いしている。本隊たるあたしたちも、もともとたかだか数十人だ。
だけど、少人数ってのは、侮られやすいのだよ。
一方、後続部隊はグラミィがいないぶん、船を動かすのはグラディウスのみなさんによる腕の見せどころになる。
それは逆を言えば船足を揃えやすいということでもある。百人から数百人単位で移動して当然なんですよ。
さて。いくら城塞都市とはいえ、一つの都市がそんな数の軍勢に囲まれた上で、食糧買いたいですとか平和な交渉を持ちかけられたらどうするでしょう?
あたしは「おとなしく交渉に乗る」に一票。
なにせ、今この瞬間はおとなしくしててくれても、いつ気が変わるか、その武力で何してくるかわかんないのよ?
だったらこっちにも対価がもらえるうちに、公明正大な取引にとっとと乗るだろう。その代わり、用が済んだら出てってください、他の都市のことより自分たちの都市の安全確保が先ですわ、ってなもんでしょうね。
〔……それって、脅迫って言いません?〕
威圧です。脅迫じゃありませんて。食糧タダで寄越せ、渡さなきゃ殺すぞ、とは言ってないわけだし。
その段階なら。
〔段階の問題?!あと割と鋭いってなんですか!『割と』って!〕
グラミィの疑問はさておき。
その後も何度か、あたしたちは盗賊たちの塒を襲った。
根城の中には、小さな集落を装ったものもあった。というか、そこの住民はたしかに農夫でしたよ。半分だけ。
より正確に言うと、彼らの生活スタイルは半農半賊とでもいうべきものだったのだ。
領主などの権威者、巡回する兵士たちのような戦闘集団に対しては、単なる牧歌的な小さな村を装う。
だがその実態は、少人数で旅をする者を標的とする盗人宿の集合体。
リトスへの道中、通りかかった時には、出てきた食事に毒が混じってるって幻惑狐たちが気づいてくれたおかげで、手早く反撃することができた。
だけど、また同じ場所で同じ事をしてるたぁね……。
どうやら幻惑狐たちに化かしてもらい、全員脱がせあいっこのすえ素っ裸になったところで、全員の手と足を、他の村人たちのそれと結びつけて放置するという、立体ムカデ競走みたいなオブジェに仕立てあげたげただけじゃ、懲りなかったようである。
もちろん、きっちり念入りに潰しましたけど。ええ。
荒事に慣れているとはいえ、船乗りさんたちがし損じることはなく、誰一人大きな怪我をすることもなかったのは僥倖である。
おかげで実入りにほくほくしたり、畑があるならついでとばかり、前回魔力を大量に浴びせたウィキア豆をばらまいてみたのを追跡調査したり。
トリクティム入りの袋はまだしも、生きてるスースはさすがに持ってくわけにも行かず、断念したりもした。
保存技術的に、生鮮食料品の鮮度を保つのには、いざ食材にするまで生かしておくことが一番いい方法なんだけどね。グラディウスの船では生きたスースは飼えないという判断である。
なんせ下手な人間よりでかいのだよ?暴れられたら大怪我どころか命に関わる。
むこうの世界の大航海時代も、牛や豚サイズの家畜を船に乗せることはあったんだろうか。
そんなことを繰り返していると、次第にルーティンも定まってくる。
朝がた、目当ての都市の門が開くのを待つ間に、幻惑狐たちを送り込んでおく。内部での人出が少ない時間帯に、情報を集めてもらうためだ。
生鮮食料品の搬入ラッシュが一段落し、門衛の気がほどよく緩んだころを見計らって、幻惑狐の情報を渡した買い出し組に、警戒のあまり厳しくない、小さめの門から都市に入り込んでもらう。
市場で持てる限りの食糧を買い込むついでに、幻惑狐たちの回収を最初の組にしてもらったら、後は途中で交代してもらいながら何往復か繰り返す。顔を覚えられ、怪しまれないようにするためだ。
最後の買い出し組が船に戻ってきたら船を出す。
とはいえ、昼間は人目がある。船の速度もあまり上げられないが、流れが広がりゆるやかな岸辺を見つけて船を止め、周囲にラームスたちを挿して、目立たなくなるようにしてもらって休憩しがてら、夜を待つ。
夜になったら速度を上げて距離を稼ぎ、時には盗賊のねぐらを襲撃する。
盗賊どもをしばき倒した後のねぐらは、基本放置に近い。ただ人目のつかない場所ばかりなので、ランシアインペトゥルス側の拠点にも仕立てられるよう、あたしはラームスたちを一本は必ず挿し木しておいたりもした。
空を飛ぶのに比べたら、確かに速度はどうしようもなく落ちた。しかし今後のことを考えると、この時間のコストは、ある程度後発部隊の安全を確保しつつ移動するにも必要だろうと判断したからだった。
この行動サイクルはうまくいっていた。
そう思うくらい、調子に乗ってたところがあるのは認める。
強引に、そして人に手を汚させることも辞さず、ことを進めていたのも認める。
が、このルーティンが成立するくらいには、スムーズに物事が動いていたのは事実だった。
行けるところまで押し通る。隘路を切り開き、向こう側の端にある勝ち目の灯りが誰の目にも見えるようにするのがあたしの仕事だという自認もあった。
でも、何よりも大きかったのは、あたしの慢心だ。うまくいって当然だと思い込んでいた、あたしの失策だ。
星屑たちも莫迦じゃない。
わかってたつもりでも、たぶんどっかで軽く見ていたんだろう。
そうでなければ、あたしの眼窩はただの節穴だったというだけのこと。
それは、じわじわとアスピス属州を抜け、まもなくスクトゥム本国へと入ろうとしていたときのことだった。
その直前にもあたしたちは盗賊たちの根城を襲ったのだが、やたらと相手の数が多かった。
どうやらほかの盗賊団のカチコミにぶつかってたらしい。
とはいえ、あたしがいる以上――幻惑狐たちもか――、数はたいした問題にはならない。直接乱戦に加わって鎌杖を振り回さずとも、足を引っかけたり視界を遮ったり、小技の引き出しを開けたり閉めたりしているだけでも十分な支援になったようで、グラディウスの皆さんはみるみる数倍の人間を斬り倒していった。
圧勝で漁夫の利を占めたところで、あたしたちはまたもや直近の都市へと向かい、思ったよりも大量の食糧を入手することができた。
それも肉が多く手に入ったというので、ふだんは魚ばかりだという船乗りさんたちもよろこんで食べたものだ。
彼らにとって川魚は魚とはよべないものらしい。
〔かなり帝都レジナに近いとこまで来ましたよね〕
休憩中、あたりを見回していると、グラミィが質問してきた。
正街道からはすこし外れるが、確かにこのあたりまでくれば、レジナまでは徒歩でもあと六日ぐらいといったところか。間道もある程度張り巡らされているので、陸路の便はいい。
密偵行動の時、一人身の気楽な旅芸人といったていで幻惑狐たちを連れ、レジナを早朝に出たあたしも、半日ぐらいは敷石の道を歩いた覚えがある。
だけど、夕方近くになって着いたのがとんでもない村でねぇ……。
〔盗賊たちの塒だったんですか?〕
それはもちょっと後。悪役令嬢たちの村だったんだ。
ごふ、とグラミィがむせた。
〔なんなんですか、そのパワーワード?〕
詳しく言うと、『自分を悪役令嬢に異世界転生した挙げ句、村へ逃げ込んで身を潜めていると信じている女性星屑たちの村』かな。
〔ちょっと待ってください!そんなにたくさん、女性の星屑たちがいたんですか!〕
いたんだよ。びっくりでしょ?
それでも、マルゴーを見てたから、あたしはまだ耐性があった。
だけど、幼女に少女に妙齢熟女、ついでに老婆と年齢展開が広いってのは疲れるもんだね、あれ。
〔……えーと、大変だったら話は後でも〕
いいや、ぜひとも語ってあげようじゃないの。
幼女はいいの幼女は。マルゴー見てたから子供扱いですむ。
少女もまだいい。
問題はだ。妙齢と熟女。あと老婆。
とくに老婆が自分を熟女だと信じて、互いの目を盗んで色仕掛けをしかけてくるとか。
お骨はシルウェステルさんの男性物でも、精神的には女性なまんまのあたしにとっちゃ、結構な地獄でしたよ。あれは……。
〔お、お疲れ様です……〕
これはもう逃げるが勝ちって思ってね。深夜にあてがわれた部屋を抜け出して、こっちょり幻惑狐たちに様子をうかがってもらってたらね。
互いにあたしをどこに隠したんだとかなじり合って、挙げ句の果てのキャットファイト開始。
彼女たちの主張が、また判を押したように一緒だった。
あたしに『彼女たちを村から連れ出して復権へと導くスパダリ』役をあてはめるとかね。
幼女も当初子どものふりして人の荷物に勝手に手をかけようとしてさ。その時はまだ星屑と思ってなかったから、子どもの相手ってことで、まあ、甘く対応して、おもちゃは入ってないよーと袋を逆さにしてみせたら「紋章とかないんだ」ってぼそっと日本語でつぶやかれるとかね。
ぞわっとしたよ。『身分の低いただの旅人に見せかけて、じつは高位貴族のお忍び姿』ってテンプレをあたしにかぶせようとしてたなんて思わなかったもの。
〔…………〕
慌ててそこを忍び出て、林沿いに先を急いでいたら、スクトゥム帝国における、盗賊の襲撃記念すべき第一回を受ける羽目になったとか。
そりゃ多少やり返しが手荒になってもしょうがないんじゃないかなぁ?
最初だったから、どうすればいいかも、手加減の程度もわからなかった、ってのもあったけど。
幻惑狐たちの幻惑にひっかかって、積極的に自発武装解除してくれた連中を、林の木々にくくりつけたまんま放置したってのは、確かにちょっとやり過ぎだったかもなー。
〔うわぁ……。うっかりボニーさんを襲っちゃった盗賊たちが気の毒すぎる〕
同情するなら、あたしにしといてくれないかなあ!
一人旅ならあとくされなく、襲って奪って殺すだけ、そんな風に想定してた連中ですよ。相手は。
そんな話に夢中になっていたせいだろうか。あたしとグラミィがそれに気づいたのは、船が引っかかってからだった。
慣性の法則はこの世界でも勤勉らしい。がっくんという衝撃に、不意を突かれた船乗りさんたちが大きくよろめいた。中には川に落ち込んだ人もいた。
なんだ、何が起きた。
〔どうやら、何か……網?っぽいものがひっかかってます〕
グラミィが川岸に突き立てていた結界を消すと、ゆるやかな流れの中、もわりと水面に浮かんだものがあった。
「近隣の漁師がしかけた網かの?」
なら切り破るのはちょっとまずいだろう、そう思っていたらずぶ濡れで這い上がってきた船乗りさんの一人が真顔で近づいてきた。
「まずいですぜ、罠です。獲物は俺らのようでさ」
口早に囁いた。
「漁師がしかけた網なら、仕掛けとわかるように目印を立てるのが習いでさ。ですが、んなもんがねえ。――あれも見てくだせえ」
船乗りさんたちはいっせいに水面に視線を走らせた。あたしたちもだ。
水面には異物らしきものはまったく見えない。が、微妙にひきつれのような、妙な波が立っている場所があった。
「あれはしかけの一部。網を抑えてる杭でさ」
目印どころか、人目にわからぬように仕掛けてある。
となると。これは。
「『総員、防げ!身を隠せ!』」
グラミィに叫んでもらったのが早かったか、岸の土手上から人が滑り降りてくる方が先だったろうか。
つっこんでくる連中とは別に、土手上から膝立ちで弓を構える連中がいた。
咄嗟に張った結界に、衝撃が連打する。
〔なんで、いきなり。しかもこんなところへ〕
グラミィは混乱したが、あたしも動揺した。
遮蔽物のむこうの魔力は、距離と魔力の強さによりけりだが、あたしでも感知は難しい。だけど相手側だってこうもタイミング良く攻撃をしかけてくるには、よほどの観測者と指揮が必要なはず。
いや。たしか川から数㎞ほど離れたところに集落、いや小さな都市があったはずだ。
都市の聖堂や城壁には見張りの塔がある。
だと、したら。
少し川岸からはずれた塔に望遠鏡を持った監視人を伏せておく。そこから川からは土手で遮られるような低地伝いに、連絡を土手下に送れば、視界が通らない以上、あたしやグラミィが魔力を感知するのも難しくなる。極端に。
〔いやそれで襲撃のタイミングが合ったってことはわかりましたけど!〕
ここまで大がかりな襲撃を、しかも昼日中にされるとは思ってはいなかった。
しかも、あたしたちの行動ルートがある程度読まれていなければ、この待ち伏せはできない。それほどの手間をかけるべき相手と見られたということは、あたしたちの進軍がばれたということか?
「相手は盗賊どもの首魁!ここで仕留めよ、本国へ入れるな!」
……どうやら、ランシアインペトゥルスからの軍勢とは見られていないようだ。というよりこれまで盗賊たちをしばき倒してきたのをカチコミの前哨戦、盗賊同士の小競り合いとでも見られたか。
ということは、ここまでうまくあたしたちが監視の面をかいくぐってこられたということか。それとも歯牙にもかけられてなかったということか。
正直たしかにあたしたちの行動は正規軍とは思えまい。あたし一人でやっていたよりも、規模の大きいゲリラ行為ぐらいなものだろう。
〔どっちでもいいですそんなこと!〕
そらそうだ。いずれにしても、ここで足止めされまくってたら、ただのいい的にしかなんないことには変わりがない。
グラディウスの皆さんの名誉は守らねばならないとしてもだ。名誉を守るためには、彼らを生かして帰す必要がある。
グラミィ、スリングショットは?
〔いけます〕
「全員、船に掴まれ!」
グラミィが叫び、ぐんと船が横滑りした。
通常船は前後左右には動けない。グラディウスの船が前後自在なだけでも驚きなのだが、あたしとグラミィならば前後左右も自由……とは言わないが、カーリングのストーンレベルには操作できるんである。
船が左右に動けないのは、川の流れと船体の形のせいだ。ならば結界を船体とは違う方向を向いているように構築し、ジェットフォイル術式の一部で水流を操作してやればいいだけのこと。
常識が破壊される?いらない子ですね!
いきなり目の前に船体の横っ腹が迫ってきたせいで、戦意満々に河原まで降りてきていた連中がわらわら泡食って逃げ出した。
それをいいことに、グラミィは船体をドリフトさせる勢いでさらに下流へと向け……、渋面になると急制動をかけた。
〔ボニーさん、こっちにも仕掛けが!〕
見ればその前方には、丸太の先をとがらせたような乱杭がびっしりと沈められていた。
ご丁寧にもローブでつなぎ合わせてあるそれは、もう隠す気すらないのか、一部が水面から突き出てさえすらあったのだ。
あたしに舌があったら痛烈な舌打ちが漏れたことだろう。悪辣がすぎる。
細心の注意を払って、射手たちに直撃しないよう、火球を投げながらあたしは訊いた。
グラミィ、スリングショット術式で引っ張れば乗り越えられない?
船体は結界で包んでるんでしょ?
〔でも薄いんですよ。川岸とか川底に引っかける部分に魔力回してますから〕
船体を傷つけるわけにはいかない。ならその引っかけ部分を変形させれば、抜け出せない?
刃状にすれば乱杭のロープは切れるし、仕掛けは崩せる。
〔……やれなくはありません。でも時間がかかります〕
当然だろう。いくら水中なら浮力が作用するとは言え、仕掛けを除去して船を通すには手間がかかる。
「どっちにしろ、あの連中を片付けねぇと進めねぇってことですかい。どうやらあっしらにもできることができたようで」
様子を見て取ったグラディウスご一同様が凶悪な笑顔になった。そこはまあしかたない。だけど。
「この距離で使える飛び道具はあるかの。それも一張りや二張りでは足らんぞ」
「……あいにくですな」
それはそうだろう。船戦の距離は陸戦と大きく違う。
矢が届く距離など、風を受ければ速度が出る上、制動距離がやたらと長い船同士では、あってなきがようなもの。みるみる接舷からのボーディング、そして近接戦闘に移行するのだ。たとえ面制圧ができずとも、続けさまに投げつけることもできる刀子のたぐいの方が、よほど役に立つだろう。
さらに遠距離を考えるならばバリスタか、はたまた大砲か。
特に大砲、黒色火薬の先詰め式でもあれば、また話は変わっただろう。
だけど、あたしはそこまでむこうの世界の技術でこの世界を汚染する覚悟はない。誰が使っても同じだけの破壊力が、情報汚染が発生するような技術など恐ろしすぎる。
魔術はまだいい方なのだ。魔術も確かに技術だが、その成否は個人の技量に大きく左右される。あたしやグラミィがやらかすのと同じことが他の魔術師にできるかは謎なので。
〔今は使えた方がありがたいですよ!てかボニーさん、せめて時間稼ぎしてもらえませんか!〕
わかった。
――あたしは、覚悟を決めた。
船上はとうに紡錘状にあたしが結界を張っている。回避陣つきだからまず矢が刺さることはないが、このまま防御にあたしが回り続けているだけじゃ、打たれっぱなしのじり貧だ。
なんせここは敵のホーム。応援を呼べないわけがない。
ならば、専守防衛に見えないやりかたをしなければなるまい。
ただし、できる限り命は取らない。その方針は曲げないで。
「『総員、岸に背を向けて目を隠し、口を開けておけ』」
「へ」
「『早く!耳が破れ目が効かなくなっても知らんぞ!』」
わけのわからんだろう言葉に、慌ててグラディウスの皆さんが従ったところで、あたしは極大の火球を放った。
とはいえ、軽々に人殺しに、魔喰ライになる気などない。
しこたまアレンジを効かせた火球は、強烈な光と音、ついでに爆風を周囲に吐き出した。
早い話が魔術版スタングレネードである。
〔ちょ!ボニーさん、やり過ぎですよ!〕
爆風に煽られ船が傾き、盛大にグラミィが文句を言ってきた。
だけどむこうの世界では、本来であればスタングレネードというのは密閉された空間で爆発させるものだったりする。
こんな野外のように開けた場所でやるなら効果は半減しかねないし、星屑たちが混じっているだろうってことを考えると、スタングレネードという概念を知っているだけで、かなり心理的にも効果は割り引かれると見るべきだろう。
だから、あたしはさらに手の骨を打つ。
船の防御に使っている回避陣つきの結界を、あたしは船体沿いに岸辺へと伸ばした。
千鳥足じみた足取りで、それでも船体に近づこうとしてきたのは、目が閃光にやられてちかちかしているのか、耳が音と衝撃波にやられて平衡感覚がいかれたのか。それともその両方か。
その足が力一杯空を切った。回避陣のおかげで摩擦力がお仕事を放棄し、勤勉なのが重力と遠心力だけになると……はい、盛大にすっころびましたね。
〔なるほど、これならなんとかなりそうです〕
なら急いで。
距離の離れた射手たちにはスタングレネードの効き目も薄いようだし、近接戦闘を挑んでくる連中も一定範囲以内に入らなければ大丈夫と知れば、何をしてくるかわかりゃしない。
〔もっとつるつる術式の範囲、広げられないですか?!〕
広げるにしても、彼らが踏みつけてる地面に結界を張るのは難しい。靴底と地面の間をうまく通せなければ、どっちかを薄くスライスするだけだ。そのぶん顕界に必要な魔力はどんどん消耗してしまう。
あんたが頼みの綱だ。グラミィ。
〔……わかりました〕
結界刃の操作に集中するため、しゃがみこんだグラミィの姿を隠すように、あたしは立った。フードはとうに飛んでいる。
露わになった頭蓋骨にどよめきが起きた。海神マリアムの御名が漏れたのは、船乗りさんたちからか。
このまま時間稼ぎをすること、その間グラミィを狙わせないこと、それが今のあたしの役割だ。
悠然と敵を睥睨しているそぶりを見せながら、あたしは結界を維持し続けた。だがいくら結界があるから当たることはないと言っても、隙間だらけなお骨の身なら、刺されても致命傷にはなりにくかろうと言ってもだ。矢が集中してくるのは不快……というより、二度も三度も撃たれた記憶がトラウマをちくちく刺激するんですよ。
そこであたしは念のため、手を握るそぶりとともに、上空に火の球を顕界した。
さらにじわじわと白く色を変え、大きくしてみせる。
「やばい!さっきのやつがまた来るぞ!」
「リキャ短すぎ!範囲スタン攻撃のくせに!」
「戦闘バランス鬼!さすがリッチ!……リッチ?なんでンなもんがいきなりランダムで湧くんだよぉ!」
「喋ってる暇あんならどんどん攻撃しろ!二度と打たせんな!」
……やっぱり星屑どもか。
おあいにく。
今あたしが維持してるのは、発火の術式だ。
暴発狙いで火の玉を矢の的にするのはいいが、なに、突き抜けても結界にとぅるんとはじかれるだけですよ。回避陣術式つきのうえ、ちょうど曲面のところがくるように顕界してますから。
「打て打て!」
わめいていた人間が急に沈黙した。見れば側頭部に揺れているのは……矢羽根?
「同士討ちか?」
グラディウスの皆さんもざわめいた。
「ちげーな、向きが」
「おい、上流見ろ!」
「味方の船だ!」
あたしも思わず、矢の飛んできた向きに頭蓋骨を向けた。
そこには、船乗りさんたちの言うように、グラディウスの船が連なっていた。
先頭の船の舳先で弩らしい、複雑な機構の弓を手にした射手――の隣にいるのは、アロイス?!
そうと認めた時は、あっという間に近づいてきた船から、彼が飛び移ってくるところだった。
「ようやく追いつきましたよ、シルウェステルさま。――相変わらず無茶をなさる」
(どの口が言う)
あたしは呆れた。今だってあたしが回避陣つきの結界を伸ばさなかったら、乗り移るときにあっさり標的にされてたろうに。
「アロイスどの」
「グラミィどもご無事そうでなにより。レジナに入る前に追いつけるかと彩火伯さまも、焦っておられましたが」
「アーノセノウスさまも?」
「ほら、あれに」
アロイスの指さす方を見れば、奥の船から通常の魔術射程を無視して、巨大な火球が大砲の弾のように飛び出し、土手へと派手に突き刺さるところだった。
――なにやってんのアーノセノウスさんっ?!
骨っ子「盗賊狩りのつもりが逆に狩られかけ、返り討ちにしたでござる」




