泥舟になるのは許さない。
更新が遅くなりまして、申し訳ありません。
インフルエンザにかかって家族もろともぶっ倒れておりました。
起きてるかなーと、馬たちにそっと『声』をかけてみると、スピンが快く見張りを承諾してくれた。
(ブラシー)
……りょーかい。後でね。
嬉しそうな気配を後ろに、なるべく足音をたてないよう、二人で見通しの利きづらい場所に歩いていく。
といってもここは砦の中である。
塀と堀に囲まれていて、石造りの倉庫やらなにやらがびっしり立ち並んでいる上に、籠城戦をすることも想定してあるせいか、馬車を出ると他人に見られにくい場所ってなかなかないんですな。
クズどもがベネットねいさんたちを襲ってたとこぐらいしか。
だーから、ヤな顔をすんなグラミィ。
大魔術師ヘイゼル様の魔術教室(ただし大魔術師ヘイゼル様の方が生徒役)なんて、見られたらもろもろばれちゃうでしょーが。
さて。
目に見えぬ物を見て、操る者こそが真の魔術師であるというのは、どこぞのファンタジーの大家の言だったか。
そしてまた別のとある科学者は、魔術を高度に発達した科学と区別がつかぬものと定義した。
つまり、魔術とは、目に見えぬ物を操り動かすものであり、理論を知らん人間には高度に発達した科学と区別がつかぬほど系統だった技術なのだと言えるだろう。
だからこそグラミィにはこの世界の魔術を基礎の基礎からきちんと学んでおいてほしかったのだが、この期に及んではしょうがない。
あたしと同じように、ひたすら見て覚えてもらうしかないだろう。
それ以外の学習方法を知らんのがイタいなー。
〔え、いきなり火球をぶつけられるんですか?〕
……グラミィ、あんた、あたしをどー思ってるわけ?
ンな理不尽すぎるスパルタするきゃないでしょ。
してほしいってんなら話は別だが。
あたしが要求してるのは、あたしが構成した術式を見て、自分で構築して、発動するとこまでやれってだけだ。
ちょーど地水風火、西洋文化圏的な四元素分類の魔術もコンプリしてるしね。
ちなみに四元素魔術の難易度は、あたしの感覚的なものだが、基本的には風→火→水→地の順になる。
なんで風の魔術までさらっと覚えているかというと、石弾同様サージのアホのせい、というかおかげになるのかな。
あの裏切り者め、砦までの道中に、グラミィから「なんかおもしろいことをやれ」と言われて、宴会芸のノリで風を起こすだけの魔術を見せたのだ。
女性たちのローブを盛大にめくり上げるという、さいってーなやり方で。
仕掛けた本人はにたにたしていたが、アレクくんは顔真っ赤にしてひたすら下向いちゃうし、騎士隊は目をそらしたまんま、両脇に寄って目隠しにわざわざなってあげてたくらいだ。
この世界ではむこうの日本のポロリもあるよ!なノリとはまるで違う、ひどい恥辱だったらしい。
言ってみればズタズタに切り裂かれた水着で放り出されて、残りの服を全部汚物まみれにされたようなもんか。どんないじめだよ。
それなのに、ベネットねいさんなんか、両手が拘束されてたから足むき出しにされたまんまきちんと直すこともできずにどうしようもなかったんだぞ。
あまりのことにベネットねいさんのローブの裾をドルシッラが直してやるという、実に珍しいことまで起きたもんなー。
……追憶はこれくらいにしておこう。
魔術としての難易度の差は、魔術による生成物の違いによるもんじゃないかとあたしは推測している。
風は大気圧の違いにより起こるものだし、炎はプラズマ、水は基本的に液体、地は固体だ。そう考えるとわかりやすい。
生成物が後に残りやすいものほど、術式の発動に魔力量が必要になる、ということも難易度の裏打ちになっているのだろう。
……しかしそこから考えると、この世界的には水より石が硬くて強いのは、物体に含まれる魔力量の違いってことになるのかね。
物体に魔力が宿ると強固になるって仮説がますます補強されてくなー。
逆に、魔石()という物体から魔力を吸い出すこともできたことを考えると、あれは魔力そのものが結晶になっているのか、それとも魔力の濃いところにもともと固い物質、石があったから吸収したのか、どっちだろう。
いずれにせよ、魔術というものを知らない世界から来て、これまで攻撃を向けられたことがあっても、自分で術式の構築なんてやったことのないグラミィにいきなりやれというのは確かにスパルタに思えるかもしれん。
だけど、できない方が難しいんじゃないかとあたしは思っている。
理由は簡単だ。
魔術を使うには、そのエネルギーである魔力を感知して操作する必要があるが、グラミィはどっちもできるからだ。
魔力の知覚は生身の五感とずれる。らしい。
あたしは真っ暗闇でも目が利く。日没以降の時間帯になると色合いらしい色合いがわかりにくくなるけど、これは太陽光と月や星の光といった波長も捉えているからだ、と考えると納得がいく。聴覚もかなり鋭敏だ。
なので、グラミィにもまずは外界の認識を五感に頼らないって訓練をしようかと考えもしたんだが。
……よく考えたら、グラミィってばまだ真っ暗な時間に馬車まで灯りナシでやってきてたんだよねー。おまけに窓締め切ったまんまの車内でわりとスムーズに動けてたって段階で、知覚について心配すんのはもうやめた。
魔力操作についても、不安要素がいっこもない。今のところ対象があたし限定とはいえ心話が使えるからだ。
あれ、言葉を魔力に乗せて飛ばしてるようなもんだからね。
というわけで、馬車の中でいくつか術式を展開して見せた後は車外で実地訓練です。
さすがに馬車の中で火球を顕界するわけにもいかんからね。
ああ、あたしにぶつける気でもかまわんよ?
〔その前に発動止めちゃうつもりですか?術式壊しちゃって〕
そーだけど。なに。なんか文句ある?
〔いやー、文句というより質問なんですけど。ボニーさん、ひょっとしてお腹空いてませんか?〕
……あ?
はぁ?
あたしが胃袋もなんにもないって知りながら腹具合を聞くとは喧嘩売ってんのかグラミィ。
〔物理的にじゃなくて、魔力の問題で、ですよ。だから術式壊して生魔力吸い出すなんて発想になるんじゃないかと〕
……。
…………。
あー。そう言われたらそうかもしんない。
セルフデ○ゴに相当使ったし、その前からのことも考えたら、けっこう減ってるかも。
……空腹ならぬ魔力減衰でも人間イライラするとは思わなかったなー。骨だけど。
〔よければ、先渡しであげときましょうか?あたしの魔力〕
……マジで?
グラミィ、あんだけあたしがアレクくんたちから吸い取ってるの見てたでしょに。
〔そりゃ、吸われるのに苦痛があるらしいってのはわかってますよ。でも、ボニーさんが今動けなくほうが大変じゃないですか。あたしだって困ります〕
そりゃそーだけど。だからってあんたが身を削るまねをするとは思わなかったなー。
〔あのですね。ボニーさんはあたしを足手まといとしか思ってないんでしょうけど!それは正しいんでしょうけど!相棒だとか運命共同体だとか、ボニーさんがそう言ってくれるっていうんなら、ちゃんとあたしだって負担できることはしますよ!〕
……ちょっと見直した。
ただ流されるまま生きてるだけの子かと思ってたよ、グラミィ。
〔流れに逆らう力も、方法も、今はわからないからですー。それでも流れを居心地よくするくらいはしますよ。見捨てられないためには全力で努力するって言ったじゃないですか〕
……これはこれで、生き方を選んでるってことなのかね。
覚悟はわかった。
なら遠慮はしない。
最後の最後までとことん使ったげようじゃないの。勝手に泥船になるのは許さないかんね?
沈みそうになるなら、浮力をかせいで応急処置した上に、板を打ち付けまくって内張してくれるわ。
速度が出なければエンジンと流体力学にあわせたカウルでもつけちゃる。
〔えーと……ほんのりコワイんですが〕
え。
一蓮托生って、そーゆーことでしょ?
だいじょぶ、あたしは骨だから軽いよ?
とりあえずは魔力を外に放出してみてちょーだいな。
そのままだと吸いにくいから。
〔どうやって、ですか〕
だーから、さっきあたしが構築してみせた術式で魔術を発動させなさいな、ってこと。
たらたらしたやりかたばっかしてたら、片っ端からぶっ壊して生魔力吸うぞ、こら。
〔いきなり殺る気レベルが上昇してませんかー!〕
いいからしっかりやんなさい。
覚悟を決めたとあんだけ言い切ってみせたんでしょうが。
そしてあたしに朝ごはんぷりーず。
〔本音だけが特出してます!〕
やらなきゃこっちからいこうかー?
ご希望通りに火球でドッチボールとか。
〔いーやー!〕
……ばーちゃんの悲鳴は絵にならんと思うが、それでも心話に限定しているあたり余裕があんのかね。
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