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閑話 えげつなさは誰がために

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

久しぶりのグラミィ視点です。

 嵐というか落雷というか、なんというか……。

 この世の災害を骸骨の形にしたようなボニーさんがフェルウィーバスを発った後、クウィントゥス殿下とアーノセノウスさんがあたしを訪ねてきた。

 自分も大忙しなのに、わざわざ取り次いでくれたトルクプッパさんに対応を放り投げるわけにもいかない。


「舌人どの。忙しい時に」

「いいえ、こちらこそお運びいただきましてありがとうございます」


 あたしは丁寧に魔術師の礼をした。

 一方的にちょっと来いと呼びつけられないだけ、扱いとしてはましだ。配慮してくれたってことは理解してますとも。


 ボニーさんが落としてった爆弾――というより、雷撃だよね。慣れてるはずのあたしでさえ、あまりの衝撃に未だにいろいろ麻痺してる気分だわ――のせいで、フェルウィーバスは色めき立ってる。

 みっちみちにやらなきゃなんないことばっか詰まってんのは、あたしだって例外じゃない。

 だけど、アーノセノウスさんがなんとなく元気がないのは、忙しいだけじゃなさそうだ。

 極楽鳥花のような魔力の流れも青みが強くなり、逆に暖色の部分が褪せている。前にも見た色合いだ。


彩火伯(さいかはく)さまはご気分がすぐれませんのでしょうか」


 ちょっと考えたけど、あたしはあえて空気を読まないふりをした。気に食わない相手に話しかけられると思っていなかったのか、アーノセノウスさんは少し目を見開いた。

 アーノセノウスさんに、あたしはあんまりよく思われてない。そのことはよく知ってる。

 もともとボニーさん、というかシルウェステル・ランシピウスさんがらみでいろいろ複雑な思いがあったのに、さらになんかいろいろこんがらがっているせいだってことも。

 だけど、それは正直あたしがどうしようもないことだもん。


「お気遣いをありがとうございます。わが主も少々備えに追われておりまして」


 クラウスさんがかわりにお礼を言ってきたけど、その言い訳はどうかと思う。


「それはわたくしもそうでございますがの」


 だからずばっと切り返したら、クラウスさんがぎょっとしたような顔をした。でもあたしが貴族の迂遠な言い回しとかよく知らないってことは、アーノセノウスさんだって知ってる。どうせ付け焼き刃にしかならないのなら、腹の探り合いなんかに時間をかけてはいられない。

 そもそもあたしだってボニーさんに押しつけられた仕事やら、大急ぎでしなきゃいけない準備やらで大変なんだもん。


「では忙しい者同士、早々に所用をすませるとしよう」


 クウィントゥス殿下があたしを凝視した。


「骸の魔術師――いや、シルウェステルが献じた策。あれは当人のものだろうか」

「と申しますと?」

「グラミィさまがどこまでご存じかは存じませぬが。シルウェステルさまは、ルーチェットピラ魔術伯家に引き取られてからは、魔術師としての修練を積んでこられたお方です」

「無論、家格にふさわしい相応の振る舞い、考え方などは身につけるように育てられてはきたが、それでもあのような戦略眼をどこで備えたものか。――舌人どのなら存じておられるのではないか?」

「……なるほど」


 あたしはよっぽど剣呑な表情になってたらしい。離れて控えててくれたトルクプッパさんが、はらはらした目で見ているのに気づいて、ちょっと頭が冷えた。

 彼女もアロイスさんと同じく暗部の一員ではある。だけど、トルクプッパさんまで王家とルーチェットピラ魔術伯家の抱える事情に巻き込むのはまずいだろう。

 少なくとも、ボニーさんは嫌がるはずだ。


「ではこちらへ。我が主がなぜあのような献策を行えたか、ご不審はすぐに解けましょう」


 あたしは一行を廃園に誘った。ついでに嫌みも忘れない。


「すでにお答えを出されたがゆえの謝罪と思うておりましたが、そうではございませんでしたかの?」


 トルクプッパさんの耳も届かないところまで出て、否定疑問形の反語をぼそっと呟けば、ぐうとアーノセノウスさんは黙ったまま苦しそうな顔になった。クウィントゥス殿下は苦笑した。


「あれには相変わらず度肝を抜かれる」

「わたくしなど、もう抜かす腰もございませぬよ。――さて、こちらにございます」


 この廃園の主は、複雑怪奇に絡み合った一本の樹だ。ボニーさんにずっと絡まっていた、樹の魔物――ラームスとか呼んでたか。

 その根元にこそ見せたいものはあった。


「なんだ、これは」


 胡乱げな表情でアーノセノウスさんが拾い上げたのは、硬貨ほどの大きさの駒だ。

 将棋の駒っぽい台形のものは、ボニーさんが顕界したものだ。

 きちんと積まれているとはいえ、戸外に石素材が置いてあるのは、ただの小石のようにも見えるだろう。

 だけど、駒だけでは意味がない。


「こちらも御覧じくださいませ。――この一帯は、イークト大湿原を中心とした地勢図になっております。星詠みの方々(森精)のお力も得て知ることのできた、非常に正確なものであると我が主は申しておりました」


 あたしが杖先で指し示せば、ようやく草の生えていない足元の地面が巨大な立体図になっていることに気づいたのだろう。三人は驚愕の表情で足元を見回した。


 地勢図ならばボニーさんはクウィントゥス殿下に報告し、いつも模型に情報をアップデートしていた。

 だけど、これはどんなに広かろうと屋内では置けない巨大なもので、それにあたしが見たときは、ボニーさんは水を撒いて、よりリアルなものにしていたのだ。

 机上ではできないほど、精細なシミュレーションが必要だからと。


 ボニーさんがイークト大湿原をさんざん飛び回っていたことはあたしも知っている。そしてラームスの欠片をまだ身に帯びているボニーさんが、ただイークト大湿原の水脈を調べるだけじゃなく、このフェルウィーバスにあるラームスと、闇森、そしてヴィーリさんたちが作った樹の魔物たちの森とで、イークト大湿原とその周辺域を、じつに細かく三角測量してたことも聞き出した。


 泣くことすらできないボニーさんは、クウィントゥス殿下たちに問いただし、タクススさんたちに話を訊いた後、ずっとここにいた。

 それは、アルベルトゥスさんの死に打ちのめされ、ただ嘆いていたんじゃない。

 そうしてはいられないと、状況がそれを許さないと。


「我が主はあの姿になってから、眠りを知らぬ、と申しておりました。たとえ寝台に横になっても夢もやすらぎも訪れぬ身であると。ゆえ、わたくしが熟睡(うまい)を貪っていた間も、食事を摂っておりました間も、あの方はここで、スクトゥム帝国の、クラーワ諸国の、グラディウスの船隊の、ランシアインペトゥルス諸侯の、ありとあらゆる勢力の動きをお一人で考え続けていたのでございます」


 駒は眠れない夜を過ごす、暇つぶしの遊び道具じゃない。彼我の戦力がどう動くべきか、考えるためにボニーさんが顕界していたものだ。

 ランシアインペトゥルスのものは槍、クラーワは棍棒、スクトゥムは盾、そしてグラディウスは剣の形が彫り込まれている。

 そしてボニーさんから直接説明を受けたから、あたしは知っている。

 この盤上には示されていない、敵にも味方にもなりうる存在がいることを。


 イークト大湿原の中でもクラーワの南方というか、さらに南東の沖。

 その一帯には火蜥蜴(イグニアスラケルタ)の大群が棲息しているという。彼らはスクトゥム帝国にとっての脅威にはなるだろう。が、ランシアインペトゥルスの味方というわけじゃない。

 というか、人間の敵にもなりうる存在だとボニーさんは言う。


 ヴェスという、サルウェワレーの象徴のような火蜥蜴の(ぬけがら)をもらっていたからこそ、話ぐらいは聞いてくれたけれど、お願いとか取引というのは無理。というか近づくな危険。

 彼らの領域に踏み込んだら、それが星屑たちだろうがクラーワの人間だろうがランシアインペトゥルスの兵士だろうが識別できない以上、お構いなしに食われかねんと。


 食物連鎖思考の火蜥蜴たちと違い、森精たちの事情はもっと複雑だ。

 アルベルトゥスさんがリトスを陥としたことで、森精たちは人間という種族すべてに警戒をしている。

 ヴィーリさんがボニーさんにくっついてきたのも人間にたいする警戒であり、このラームスに接触することで、どれだけ人間の間でアルベルトゥスくんの理論や技術が共有されているのかを知るため、という理由もあったからだそう。

 そしてボニーさんがヴィーリさんに申し出た取引は、クウィントゥス殿下たちに説明したような、戦力を相互供与する形でリトスに同行し、調査に協力しあうというだけではない。


 そう、ボニーさんてば、ヴィーリさんだけじゃなく、森精たち全員に納得してもらうだけのメリットとして、『ランシアインペトゥルス王国が持っているアルベルトゥスくんの技術と理論をボニーさんが確認し、それについての情報提供をボニーさんがする』と、伝えたのだそう。

 独断で。


 いくら相手が森精とはいえ、国益重視のクウィントゥス殿下たちには呑めない条件だろうから、伝えないとボニーさんは言っていた。

 だけどそれは、場合によってはランシアインペトゥルス王国の機密情報をボニーさんが盗み出して、森精へと渡す、ということだ。

 ランシアインペトゥルスへの裏切り行為にしかならない。それが成功する保証もない。


 だけど、ヴィーリさんは森精の代表としてそれを呑んだ。

 こんな無謀な提案が通ったのは、魔喰ライ寸前から戻ってくる方法を考えついたボニーさんの能力も認められたからだろう。

 そのおかげで、森精たちにとっても、危険理論の情報だけでなく、逆に対処方法までついてくるというのは悪くない取引ということになったわけだ。

 だけど呑んだ以上は、森精たちにボニーさんが情報提供できるようにするため、森精たちもボニーさんに協力せざるをえないことになる。

 悪くない取引だ。ボニーさんと森精との間に限って言えば。


 けれどもそれは、森精たちがランシアインペトゥルスの味方になるということじゃないとボニーさんは言った。

極端な話、危険理論を潰すためには、その情報を持っているであろう人間をすべて殺すという方法だって森精たちには取れるのだからと。

 それをやらないのは、代替策をボニーさんが提示したから。スクトゥム帝国の星屑たちというより多大な危険があるから。そして森精たちがこの世界の管理者を自認しているからにすぎない、そう思っといた方がいいと。


 デスヨネーとしかボニーさんの言葉には返せなかったけど、あたしは疑問に思うのだ。

 あえて売国奴と呼ばれそうな行為をしてまで、相互のメリットを取ろうとするボニーさんは、どこまで自分にデメリットを引き受ける気でいるんだろうと。


 そう、悪辣だが合理的なその策謀は、繰り返されるシミュレーションや徹夜の努力だけでできているわけじゃない。

 骸骨状態のボニーさんは、文字通り血も涙も持たない。けれどそれは人の心を持たないということじゃない。

 むしろ人一倍強く動く心があるからこそ、星屑たちの心理を理解し、彼らが欲望を満たすためにどう行動するか推測できる。共感しているからこそできることだ。

 けれど、理解できる相手を嵌め続けるのって、かなりつらいことだと思う。

 その上、ボニーさんが守ろうとしている人たちは、こぞってボニーさんに疑いの目を向け続けているのだから。


「生前、シルウェステル・ランシピウスさまは魔術師として、ひたすらに研鑽を続けておられたと伺っております。であれば、他の魔術師の方と競うことはあれ、一つの家、複数の国、四方の海と大地を相手にこのような策謀にふけることはなさりませんでしたでしょう。――なれど、ご存じかとは思いますが、あのような姿となられてから、我が主は魔術師としてのみ動くことはできませなんだ」


 王弟殿下が煌めく目をわずかにそらした。

この世界で意識を生じたボニーさんとあたし、ついでにあたしたちにくっついてきたヴィーリさんを庇護する代わりに、ルンピートゥルアンサ女副伯をなんとかしろと政争を押しつけてきたのは、クウィントゥス殿下本人です。

 純粋に知識を与え、それを蓄えるだけの境遇さえもらっていたら、今ごろボニーさんは、それこそじっくりとこの世界の知識を学び、生前のシルウェステルさんの遺した魔術理論でパズル遊びを続けてたんじゃないだろうか。


 たしかにボニーさんは、あたしよりもいろんな知識を持っている。だけどそれはチートじゃない。

 何も考えず異世界人を文字通り搾取し、血とともに絞り出した知識を、数式の変数のようにこの世界へと代入し、失敗の残骸を積み重ねていたトゥルポールトリデンタム魔術辺境伯の一族と、ボニーさんは違う。

 ボニーさんが成果を出してきたのは、この世界の実情を知ろうとし、その上でボニーさんの世界の知識が応用できないかと熟慮を諦めなかったからだとあたしは思っている。

 それをチートだなんて安い言葉で表現すれば、ボニーさんの努力を無価値だとおとしめることになるだろう。

 それは、いやだ。

……まあ、そのボニーさんの努力ってのが、びっくりするくらいえげつない作戦になったりしたんだけども!


「『わたくしが星とともに歩まれる方(森精)と先行し、スクトゥムの都市に被害を与えましょう。進軍なされるのであれば、崩壊した都市を拠点となされるように破壊の規模を抑える必要がございますが、いかがいたしましょう』」


 軍議の席に、さらっと目玉焼きの焼き加減でも訊ねるような口調で出された提案は、電撃戦――ボニーさんに言わせると、二重の意味で不完全な電撃戦、らしい。


 本来であれば電撃戦というのは、敵の前線をぶっ壊して、敵地の内奥に拠点を作り、そこに兵力を集中させて基地とし、さらに前進を繰り返し、拠点を補給路の線でつなぐというスピード命の戦法なんだとか。

 ローラー作戦のように、じわじわと戦線を押し上げて、その地域一帯から敵性戦力を完全に排除していく面制圧とは逆の発想なので、止まってしまったら袋のネズミも同然。押しつぶされたら衆寡敵せず。

 だから、その前に大将首取ったらぁ!という、かなりやけくそな作戦だと、ボニーさんには伝えられた。

 ……と言っても、ボニーさんの提案の方が過激だとあたしは思う。それ以外にうまい方法が思いつかなかったから、これでいくとボニーさんには言われたけれども。


「『最終目的地は、スクトゥム本国、帝都レジナ。皇帝を下し、スクトゥムをランシア、クラーワ、グラディウスの三地方の力を合わせて制圧するのです』」


 ボニーさんの通訳をしながらあたしが驚いてたってことは、アーノセノウスさんやクウィントゥス殿下にはわかってたかもしれない。

 だって、これまで極力戦闘を行わず、可能な限り死者を出さないようにというボニーさんの行動方針とはまるで違っていたからだ。

 だからこその不完全電撃戦なのだそうだが。


 不完全な、というのには二重の意味があるとボニーさんは言った。

 一つは、敵の前線なんてものが、ないに等しいということ。


 前線というのは、戦闘力の高い者が集結している地帯だ。両者が向き合って帯状に展開するのは、互いに敵陣に攻撃をしかげ、あるいは侵入を狙うため、そして自陣を防御するため、敵勢力の侵入を防ぐため、隙を狙い合うためでもある。

 だけど、どんなに一地方の前線に戦力が一極集中してたって、均一に敵の監視や防衛のための体制が整備されるわけではない。必ずムラと穴があるとボニーさんはいう。

 しかもこの世界の戦争って、あんまり野戦はない。どちらかというと城塞都市を根城にして攻撃と防御をしようとするので、いきおい戦線といっても、砦と砦が点々と置かれているだけだったりするそうだ。

 拠点を作ろうにも丸見えで脆弱なものしか作れない、国境の平野に大軍が集まっての混戦になあったという、ジュラニツハスタとの戦いのような例は珍しいらしい。

 帯ではなく点。ならば、こちらの被害を減らすだけなら、敵性戦力を叩くのではなく、可能な限り戦闘を避けて、敵の間をすり抜けるという方法が取れる。


 もう一つは拠点を作ることはできても、それを戦闘によって敵を排除した補給路などでつなぐことはできない、という意味だという。

 ……まあそうだよね。ボニーさんもヴィーリさんも、空飛べるもの。地道な地上戦で補給路を確保なんてやる必要がない。

 それは、まあ、飛んでるなら飛んでるで、道中魔術で空爆みたいに攻撃をしていくことはできるだろうけど……。ボニーさんはしたがらないだろうなあ。

 基本的にボニーさんは人間に、というか、生きている人間の命にとても甘い人だから。


 だからボニーさんは、軍議の前に、クウィントゥス殿下やアロイスさんたちだけに、ヴィーリさんと二人でスクトゥム帝国に向かうことを提案した。それが献策を成功させるには、どうしても必要なのだと。

 殿下たちは、それはそれは渋い顔をしたが、誰も否とは言わなかった。


「これはまた豪胆な案を」


 トリブヌスさんは髭を噛んでぶつぶつ呟いたが、王弟殿下が是としてしまえば、それで行動方針は決まってしまう。


 ぶっちゃけスクトゥム帝国なんて超大国、人員物量その双方を比べただけでも、ランシアインペトゥルスに勝ち目なんて見えない。

たとえランシアインペトゥルスだけでなく、クラーワの各国、グラディウス地方の連合艦隊――というにはちょっと迫力不足だけど――といった複数の国々の力を結集したとしても、遠方から戦力を動かしているこちらが不利だということは、ボニーさんにも教えてもらった。


 おまけにスクトゥム帝国は領地だけでも広大だ。その敵地すべてをクリアすることができるわけがない。

 どうしても地力が違う。土地勘が違う。

 加えてあたしとボニーさんしかその意味を知らないことだけど、この世界をゲームと思って喜んで死ぬ大量の星屑たちがいる以上、スクトゥムに消耗戦に持ち込まれたら圧倒的不利になる。


 だが、逆に、帝国なんて集権国家の見本、権力が一極集中している個人を叩けばある程度動きは止まるのだ。

 もちろん、行政組織の複雑さ精緻さは王国とは比べものにならない。だが元老院みたいな組織に権力が移動していない国家ならば、それで動きは一瞬止まる。組織がばらばらなら、意思の統一にさらに時間はかかる。

 権力の中枢にいる人間は肌身で危険を感じることはできないから、どうしても自身の権力闘争を優先する傾向がある。帝国と呼ばれるほどに膨れ上がった国々の歴史がいい教科書だとボニーさんはうそぶいた。

 頭さえ叩いてしまえば、もともとばらばらな星屑も、組織化にさえ注意すれば対応できるだろうと。


 もう一つ、ボニーさんが急ぐべきだと主張したのは、アルベルトゥスさんがやったというリトスの壊滅のせいだった。

 時間がかかればかかるほど、難民は移動し、より広範囲に混乱が広がる。

 それは食糧を始めとした物資不足が、結果怪我や病気の患者が、そして死者が増えることにもつながる。

 その場合、最も犠牲となりやすいのはフィジカルな弱者――お年寄り、女性や子どもだろうとボニーさんは言った。


 時間の経過とともに広まるのは、噂もだ。

 噂が徒歩の人間と同じくらいの早さで広がるというのはむこうの世界での話なんだそうだけど、この世界では伝書鳥と狼煙の存在がある。

 そうすると、リトスの崩落について情報が帝都レジナに届くには、早くて三日、遅くて十日。スクトゥム帝国の最北端、パルスリーパ周辺にまで到達するには、四日か五日ぐらいというところじゃないかとボニーさんは推測してみせた。


 スクトゥムが玉石混交した情報を整理し、難民の動きに対応し、落ち着いた行動ができるようになるには、それより時間はかかるだろう。

 けれど、楽観視はできない。

 一番いいのは、情報に混乱している間に、こちらの攻撃を敵の急所となるべき存在に打ち込むことだろう。

 ならば、確かにボニーさんの提案は合理的だった。

それが電撃戦と言うよりも、たった二人の超攻撃的破壊工作員の潜入によるゲリラ戦ぽく見えようとも。


 軍議は荒れた。

 諸侯代表のみなさんがごねたからだ、それはもう思いっきり。

 どうやら、各家が手勢を引き連れ、威風堂々行軍し、敵と正々堂々交戦する、というイメージをまだ捨て切れてなかったらしい。

 だけど、ボニーさんは状況分析できっちり文句を跳ね返してみせた。


 クラーワ経由の陸路は狭隘、星屑たちを捕獲していた闇森の森精たちは、人間が闇森の裾に近づくことに不快感を表す。クラーワ諸国もスクトゥム帝国の人間から被害を受けているため、警戒心は高いだろうし、補給の提供を受けることも難しい。

 しかも場所にとっては湿原のきわを通らねばならず、足場も悪い。

 陸路では時間がかかるため、数十日分以上の糧食を携行しなければならない上に、ランシアインペトゥルスから補給線をつなげようとしても困難を極めるだろう。


 一方、イークト大湿原経由は水脈を辿れる小舟は、基本は一人乗り。いいとこ二人か三人乗りで、それもなんとかかきあつめてもまだ足りない。不足を補うため、大工さんたちに金を渡して建造してもらっているというけど、それだって一日二日でできあがるものでもない。

 グラディウスの船隊がコバルティ海からイークト大湿原のきわにまで来てはいるが、コバルティ海から大湿原の間はけっこうな断崖になっている。人が断崖を登ることはできても、航行してきた船を吊り上げようとしたら、大変なことになる。

 たとえ苦労して大船を吊り上げても、北部の比較的水深の深い箇所ならまだしも、浅い南部では小回りがきかない。

 大船だって、船を動かすのに必要な乗組員以外に、乗せられる人間の数は比較的少ない。

 そういった要因がなくても、どうしたって進軍と物資の輸送は大軍であればあるほど遅くなる。


 魔術でなんとかできないのかと訊かれたボニーさんは拒否った。それはそうだ、なんちゃって電撃戦で主力が後衛のスタッフ要員してるわけにはいかないものね。

 そのかわり、パルスリートスと始めとしたスクトゥム帝国側の前線を構築する都市を陥としてきますって!

 いや、主戦力が追いついてくる前に、先行した戦力としてできるだけ敵の抵抗力を弱めておこうという理屈はわかる。

 遅滞戦闘の逆というか……なんと言えばいいんだろう。こういうの。

 そうボニーさんに言ったら、通常の電撃戦が落雷なら、あたしの献策はアーク放電でしょうねという答えが返ってきた。

 ボニーさんの言葉は時々よくわからない。

だけど、ボニーさんのやり口がエグいというかえげつないというのは、よくわかった。


 だからといって、あたしにまでとばっちりが来るとは思わなかったけど!

 またあたしを危険地帯から遠ざけときたいという目論見は、わかるしありがたくはある。でも、グラディウスの船をイークト大湿原に引き上げ、それを使ってスクトゥム帝国までのピストン輸送をするのに協力させますとか。本人が承知してないのに、あたしの貸し出しをあっさり了承しないでほしいと思うの。

 おまけに、ランシアインペトゥルスに対する人質としてのあたしの立場、ってのも維持させる気まんまんらしいし。


 だけど、ボニーさんのえげつないのはここからだった。

 一応理由はある。これまでボニーさんが星屑たちと戦ってたのは基本的に戦場、つまり心が折れるまでは攻撃意欲満々な連中の迎撃にとどめてた。

 それが都市という生活の場に踏み込み、逃げ惑う住民に鎌杖の刃を向けるというのは、かなり抵抗があったんだろう。

 だったら、なるべく死傷者を出さずに、敵の拠点を潰し、自軍の拠点を敵地に構築しやすいようにするべきという結論に達したんだろうな、ぐらいはあたしも理解できる。

 だけど、まさか昔話の逆バージョンをするつもりとかね……。

 

「『すでにパルスリートスその他、イークト大湿原周辺の都市には流言飛語を撒いてございます』」


もともとボニーさんは、しょっちゅう掲示板に噂話を書き込むていで、情報操作をしていた。

泥人形に寄生されて、追い出されたやつがまた都市に入り込もうとしているぞ、要注意なんて偽情報は序の口。

 クラーワから帰還した星屑のふりをして、『リザインってコマンド見つけた』と書き込んだのは降伏への抵抗感を減らすため。

 バトルでも、相手が人間だとリザインを使えば、捕虜という形で保護してくれたり怪我を治してくれたりするらしいぞ。

 戦ってる時、武器を放り投げたやつを見た。

 降伏する、と言ったらあっさる敵の後方につれてかれたぞ。

 というように、具体的に思える情報が、たとえ偽でも多ければ、人はなんとなく信頼性があるように錯覚するんだそうな。


 それに加えて、本当の事もボニーさんは書き込むつもりだといった。

 真実は使いようによっては猛毒だというが、本当の事から出た予測は簡単に人を不安に陥れるという。

 いわく、お気楽に死に戻りなんてできない。キャラロストしたやつが大勢いるそうだ。アバター(遺体)が残るのはそのせいらしいぞ。

 いわく、スクトゥム帝国内部で巨大兵器が使われたようだ。跡形もなく壊滅した都市があるらしいぞ。

 いわく、どこそこの都市に難民が押し寄せてきたようだ。食糧不足になりつつあるぞ。飢餓イベント起こるんじゃね?


 十分不穏な空気と焦燥が凝集されたところに、ボニーさんがするのは逆ハーメルンの笛吹きだという。

 闇森に寄ってたヴィーリさんにお願いして、全身モフモフまみれになるほど幻惑狐たちを連れてったのは、煽った不安に火種を落とし、一気に集団パニックを引き起こして焼き尽くすためらしい。

彼らの能力は、人に幻覚を見せるだけじゃない。土や砂、場合によっては小石も操ることができる。ボニーさんが作ってみせた泥人形とは相性がいい。


 幻惑狐たちに下水道から鼠を追い出させ、それにボニーさんが嵩増しとして 泥人形――人の形じゃないから泥鼠形かな――を混ぜ、大河のような鼠の流れを作り出す。

 それでパニックになって都市から逃げ出してくれるならそれでよし、ちょっとショックが薄いなら、泥鼠に仕込んでおいた発火陣を発動させるつもりだという。

 標的の都市も基本は石造りだ。木造の建造物から離れたところで小火が起きるくらいならば、物理的な被害は少ないだろうという判断だそうな。


 さらにボニーさんは街道側の門から、泥人形の一隊を送り込むつもりだという。

 炭を混ぜた泥に油を掛けておけば、巨大松明がぞろぞろ歩いてってくれるようなものだ、下手に切りつけても周囲に火が広がりそうとなれば、星屑たちでもまず怯む。

 ついでに要所要所に炎の壁を立てれば、わかりやすい通行禁止標識になる上、都市が焼け落ちたと誤認しやすくなるだろう、というね。

 いくらメサイアコンプレックスの持ち主でも、火に囲まれたら、下手な消火をするより逃げる方を選ぶだろう、って、そうだと思うけどさあ!

 どう見ても絵面がホラーか、ダークファンタジーの悪役にしか見えないんですけどー!


 ボニーさんが都市から追い出した連中をどうするつもりかというと、木道を通してクラーワまで泥人形たちに追い立てるつもりだという。

 そして迷い森から隠し森に設定を変えてもらったメリリーニャさんの森へ、追い込み、隔離してもらうそうだ。

 空っぽになった城塞は自軍に提供するから拠点づくりは任せた、という丸投げを追従組のみなさんにさらっとするあたり、ほんとにボニーさんてばたちが悪いと思う。


 超巨大な敵と戦って勝ちを拾おうというのなら、やることは基本的に一つだとボニーさんはいう。

 つまり、敵の戦力を十全の形で発揮させないようにすること。

 そのためには情報操作で引っかき回して足並みを乱し、疑心暗鬼に陥らせて仲違いを起こし、同士討ちに持ち込ませる必要がある。

 もしくは多大なダメージを与えて、人数の多さを戦力の高さではなく被害者の数に変えてしまえば、逆にその多さが今度は負担になると。


 どこまでも人の命を惜しむボニーさんのことだ、アルベルトゥスくんのこともあるから後者の手段は選ばないとは思うんだけど、前者の方法だって、まあ、徹底的で、じつにひどい。

 説明された人たちが全員顎を落っことしてたから、アーノセノウスさんがほんとにシルウェステルさんなのかと確かめに来る気持ちもわかっちゃうんだよね……。

 それだけ覚悟を決めたボニーさんは強い。強くて、怖い。


 これまでもボニーさんのやり口が鬼だと思うことはしょっちゅうあった。だけど今回のことで、それでもやり方を選んでたんだと知り、思わず心話で伝えてしまったけれど、ボニーさんは怒らなかった。

 星屑たちを、そのアバターにされてる人たちをなるべく死なせない、って方針で動いてるから、まだやり方は選んでるよ?と言われた時は、じゃあ、ほんとにボニーさんが手段を選ばなくなったらどうなるんだろうと怖くなってしまった。

 けれども、哀しくもあった。

 それでも他者の犠牲を看過できなくなった瞬間、たとえ敵でも守ろうとするボニーさんの姿が想像できてしまったから。


 自分の物思いに気を取られていたからだろう。あたしは気づけなかった。

 アーノセノウスさんの目に、凝った光があったことに。

骨っ子「エロイとか言うなし」

なお、エロイ=えぐい、ろくでもない、いやらしい(当然)。


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