EX.運営たちは頭を抱える
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
「頭痛が痛くね?」
「誘い受けか」
「つっこんでやらんぞ」
「放置すんな」
「反応するだけやさしみだと思え」
広げられた地図の上を、投げやりな言葉が飛び交う。
隠された一室に顔を揃えた、年齢も地位もバラバラな男たちは同じ表情を浮かべていた。
「ただでさえ西のケトラ属州から、旱魃に冷夏で不作の連絡が入ってたってのに。なーんで東側でもトリクティムの穫れ高下げるんだよ?!」
「理由があったの、理由が!」
「でもさあ。処理早まりすぎじゃねーの、これ」
「確かに。ここまで計算が狂ってきてるとなー」
「風車小屋の火事も多いし」
「「「「「それな」」」」」
トリクティムの粉挽きは、家畜を挽き臼につないで行うものがほとんどであった。しかし牧歌的だが時間がかかること、他に動力を求めれば家畜を別の用途に使うこともできることから、彼らは少数派だった水車に注目した。
木材で歯車を作り巨大なカムを組めば、後はそれを小屋に収めて水車を接続しておけばいいだけのこと。もとよりこの世界で発達した技術機械ということで、設置は順調に進んだ。
増産に成功すれば、欲も出る。
水車を回せるほどの水流が近くにない?ならば、風の通る場所に小屋を建て、風車をつなげておけばいい。
思ったより強い風が得られず、風車が回らなかったり、風車が自重や風の抵抗に絶えきれずに壊れるということもあったが、川縁や丘の上に小屋が林立する光景は異文化そのもので、彼らは悦に入ったものだ。
「だけどなんで風車小屋ばっか燃えんのよ。粉塵爆発?」
「いや。粉塵爆発は案外条件が厳しかったはずだろ。それに風車小屋の方が類焼被害はでかいし数が多いが、水車小屋も燃えてるだろ」
「確かに」
あーだこーだと異世界の知識を振り回して論じ立てるが、彼らには理解できなかった。
ここではない世界では、石臼は発熱しないからこそ上質な製粉が可能というのが、彼らの常識だったからだ。
しかし、挽き臼の摩擦力は穀物を粉にするためだけに発揮されるわけではない。特に石臼は空回りさせ続けると、摩擦熱だけでなく火花すら発生する。
インフラさえ整えてしまえば、星屑たちに管理を投げてしまえば、その身体に刻みつけられた技術があるからうまくいく。そう考えていた彼らにとって、従事する人間が少ない作業ほど知識も技術も失われやすいことや、マニュアルにも残すことのできない熟練のわざが継承されなくなった時、どのような悪影響があるかなど、考えの片隅にすらないものだった。
星屑たちはこの世界の知識を持たない。
雲の動き、空気の湿り気から、風や雨の予測をすることなどできない。まして嵐の来る前に風車を止め、川の増水前に水路の堰を落とすなどやったこともない。その必要性も知らぬ。
ましてや、風車を止められぬのならば、火事を防ぐため、嵐のさなか徹夜で粉を挽き続けなければならない、ということなど想像もしない。
動力を得る都合上、水車も風車も人里から離れた場所に建てられる必要性があったことも、被害を拡大させた要因だろう。
町外れの粉挽き小屋というのは人の近づかぬ場所だ。
番人となった星屑たちは、仕事場を案じ、粉挽き小屋で寝泊まりしよう、などと考えることはなかった。
仕事から切り離されたプライベートな時間が保護されてしかるべきと固く信じている彼らが、この世界でもそれを適応しないわけがない。
交代要員などいなくとも、星屑たちは集落の中にある自分の家に戻り、断固としてくつろいだ。彼らにとってはそれが当然のことだった。
の、だが。
「粉挽き小屋ごとトリクティムが燃えりゃ、食糧不足から情勢不安にもなるってもんだ。勘のいいやつは転職した気でどんどん別の土地へ移るから労働力不足にもなる。痛いな」
「だから属州の嫉妬がすげえの」
「属州がスクトゥム本国を妬むのはもとからだろ?」
「いやそれがさ。人が多いってだけじゃなくて、納税も出し渋りが増えてんの。トリクティムの物納なんか見ろよ」
「だからか」
溜息をついた男の一人がぽんと卓に巻物を投げ出した。
「なんそれ」
「『管理人』からの報告。掲示板に隠れクエとかいうふざけた書き込みがあったとさ」
男たちが競ってのぞき込めば、搾取を繰り返す悪しき帝国の支配をはねのけろ!というあおり文句で、アスピス、スピクリペウスなどの属州で、スクトゥム本国に対抗しようという書き込みが、複数都市の掲示板で散見されたという。
問題は二つ。
星屑たちは、彼らがこの世界の主人公であると考えている。書き込みに乗っかり、強大な敵に立ち向かう、勇気ある英雄という立ち位置に嬉々として納まる者が出てくる。
書き込みはすぐに消したというが、それがアゴラにあった以上、消されるまでどれくらいの星屑たちが目にしたかはわからない。
たとえ書き込みに踊らされた星屑たちが潰され、属州と本国との亀裂が激化したとしても、それによって帝国が壊れる事自体は、彼らにとって必ずしも不利益ばかりをもたらすものではない。
しかし、帝国の破壊は自分たちのコントロール下に完全にあるべきものなのだ。
それに容喙し、目的達成を損ねられてはたまらない。
そしてもう一つは――これがもっともゆゆしいことだが――、この書き込みの主が誰であるか、特定ができなかったということだ。
「対応が必要だな」
「だな」
男たちはうなずいた。
「北東部を中心に、本国並みにおれらを送る必要があるな。――『管理人』だけでいいか?」
「いや」
一人が考え込んだ。
「『処理』能力も高いやつがいるんじゃねえか?」
「そこまでびびる?」
「いやだってここ見ろよ。スピクリペウスのこれなんて、『ランシアインペトゥルス行きのクエ受けた天空の円環で、他の地方と接触すると解除されるクエだった』――と書いてある」
「……少なくとも、オムマローイ山に向かったやつらがいたってことを知っている、てことか」
「機密ではないが、そこそこ知ってる人間の限られてる情報を握ってると。その主張が本当かどうか確認は実質不可能」
「でも、だからこそ、信憑性があるように見えるわけか」
男たちは沈黙した。人が『ここだけの話』に弱いのは、異世界であろうがなかろうが変わらない。そのことを彼らはよく知っていた。
「少なくとも一人は、頭が回るやつがいる」
「ならこっちも頭が回るやつも混ぜないとならんと。……ついでにトリクティム対策もしとけばいいんじゃね、『宰相』?」
「ふむ」
豪奢な文官といった身なりの男が考え込んだ。
「トリクティムにも、たしかセカレとかいう耐寒性の高い品種があったはずだな。あれを増やそう。冬にも育つようなら秋の収穫を早くすればいい」
「そんなのがあったのか。じゃあそれで」
「新種とかいう豆も、だいぶ市場に出回ってきたらしいな」
「ああ」
数人の男たちがうなずいた。
「あれだろ。ほぼ空豆」
「あれ、莢も食えるらしいぞ」
「マジでか!毛がもさもさ生えてて、クッション性抜群なやつだろ?」
「いやそれがさ。熱をかけるとぬるんとした食感になって、甘いんだって。酒のアテにいいらしい」
「へえ。そいつは知らなかった」
「じゃあ、そいつも頑張って作ってもらおうじゃないか」
「だけどなあ」
巻物を最後まで読んでいた男が顔を上げた
「スピクリペウスは嫌がるだろう?」
「そこはしょうがねえな」
「生産調整という名目で青いうちに刈り取れって通達した直後に、別の作物作れとか。ふざけんなって感じか」
「そこは情報操作でどうとでもなるだろ。だけど下手すりゃイークト大湿原の手前も戦場になりそうってことは、カンのいいやつならとっくにわかってるだろ」
「焼かれる前提で畑を耕せってもなー。そりゃ断わられるわ」
「いいからやらせろ」
きっぱりと『宰相』が突き放した。
「やらなきゃ餓える。死にたくなければやれ、とな」
「りょーかい。……ほんとに餓死させる気かよ」
「ほかに手がなければな」
「そりゃそうだ」
歩兵の姿をした男はあっさり頷いた。彼らにとって星屑たちが何人死のうが人ごとでしかないのだ。
「あ、イークト大湿原に向かわせるのは、戦闘能力の高いやつにしとけよ」
「なんでまた」
「スピクリペウスに近いアスピスの都市に入れてた『管理人』から、冒険者どもの人数が増えすぎてて治安が悪化してるって報告もあったんでな」
「は?北上してないのか、やつら」
「というか、伝わってきた話だと、『イークト大湿原に化け物がいる』らしい」
「化け物?魔物じゃなくて?」
「よくわからんが、生物とは思えない外見で、接触したら最後、スクトゥムへ戻って来れなくなる。らしい」
「へ?木の橋わざわざ拵えさせたろ?戻ってこれるのは当然だろうが」
「いやそれがさ。なんでも今じゃ『北へ行くというと死にに行くのかと、気の毒そうな、つまりいつも見られているような目で見られる』らしいぞ」
「……いやだなそれは」
男たちはさむけでも感じたように腕をさすった。
「つーかイークト大湿原のきわだったら、たしかパルスリートス、だったか。『管理人』入れてる都市もあるだろ?連絡は?」
「それがな、『クラーワに入れてた連中が戻ってこない』『クラーワに、髑髏で仮面をかぶった魔術師』?書き間違いだろこれ。『髑髏の仮面をかぶった魔術師が出没しているらしい』って報告があったあとはなしのつぶてだ」
「は?音信不通ってことか、それ?」
「なんでだよ」
質のいい剣を佩いた壮年の男が眉を寄せた。
「『管理人』には持たせてるだろ、あれ。たしか『ドラクルの牙』とかいったか」
傷を負わせれば魔力を吸い取るため、たいていの兵士どころか人間相手にはほぼ無敵。しかも物質からも魔力を吸収するので、あれさえ持っていれば、万が一捕らわれていても、牢の戸や錠前を壊して逃げ出すことすら簡単なはずだ。
「それと、クラーワの高地を目指してる連中が戻ってこないってのは、まだあれだが。ランシアインペトゥルスへの潜入ルートは確保できてたはずだろ?確か、ほら、トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯とかいう、やたら長ったらしい名前の外見日本人なおっさん。そっちから切り崩せばいいだけの話じゃないのか」
「そっちも音信不通だ。離叛して他のランシアインペトゥルスの貴族たちに攻められてるくらいなら、鳥を飛ばす程度はできるはずなんだが」
「まじかい」
壮年の男は頭を抱えた。
「『宰相』。トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯に、長年仕込みはしてきたんだろ?」
「ああ」
文官姿の男はうなずいた。こちらもショックは隠せない。
「半分以上あそこはスクトゥムだったはずだ」
「そいつがやられたと」
「可能性は高いと見ておくべきだろうな」
「そいつはわかった。――だが、誰にやられた?」
目をすがめた『兵士』の問いに答える者はなかった。
「トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯は、魔術師だったんだろ?ならそっちの方の防御もそれなりにあったはず」
「なのに音沙汰ナシ。こっちにも影響が出そうな動きがあったと考えるべきか。それも、魔術にしろ武力にしろ、何か情報を発信させるような隙も与えず、辺境伯家一つ沈黙させるようなやり方で」
指で卓を叩きながら『宰相』が呟くように言葉を漏らした。
「ランシアインペトゥルスで名のある魔術師といえば、烈霆公レントゥスか、魔術士団を掌握してるとかいう、王弟のクウァルトゥスか」
「あと帝都に襲撃かけてきたやつ。――名前なんつったか」
「糾問使団の正使とか言ってたが。――たしか、シルウェステル・ランシピウスとか」
「だれそれ」
「……『吟遊』はあんときレジナにいなかったか。白い船に乗って、帝都まで宣戦布告しに来たやつがいたって話は知ってるだろ?」
「ああ」
「そいつのこった。そういや、あのときなんか偉そうにくっちゃべってたあの魔術師も仮面をかぶってたよな」
兵士姿の言葉に、男たちは真剣に考え込んだ。
「地域性?土着の文化か?」
「いや。仮面をつける風習なんて、おれたちだって聞いたことあるか?あるか?ねーだろ」
「確かに。一応、後でトゥルポールトリデンタム魔術辺境伯家に接触した記録をさらっておこう」
それは置いといて、と『吟遊』は『兵士』を見た。
「つまりあんたが言いたいのは、クラーワの向こうにいるやつらと、帝都までやってきた糾問使と、何かつながりがあるかもしれないということか?」
「いいや」
「おい」
あっさり『兵士』は首を振って短絡的な結論を蹴り飛ばした。
「糾問使の船、俺は直接見ていたけどな。別に髑髏でもなんでもない、つるっとした感じの白い仮面だったぞあれ。どっちかっつーと、傷跡を隠すためのものだったんじゃないかと思う」
「美形だったって聞いたけど」
「ああー……、顔半分どうにかなってなかったら、そうだったかもな」
かわいそうにと言いたげなわざとらしい口ぶりを、手を叩いて『宰相』が止めた。
「話が脱線してるぞ。とりあえず対魔術師戦を想定した装備を、戦闘能力の高いやつに与えてアスピスに――いや、もっとクラーワに近いスピクリペウスに向かわせる。それとおれらを数人、場合によっては十数人送り込んで、アホどもを抑える。余裕ができたらクラーワにもぶっこむということでいいか?」
「あ、だったら一つ追加だ。治安悪化を訴えてた『管理人』が、妙な魔術師を捕まえたらしい」
「妙って、どういうことだ?」
「いわく、『自分はジュラニツハスタの魔術師である』『ランシアインペトゥルスから来た』『スクトゥム本国へ向かいたい』と主張してるんだとさ」
「……へえ?」
男たちの口元は緩んだ。
「ってことはー、クラーワかイークト大湿原通ってきたってことだろ?地理つーかルートの知識はありと」
「トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯が送ってきたかー?」
「ジュラニツハスタの魔術師と名乗ったあたりが不審だがな」
「なら、どうする?」
一同の目がローブ姿の男に向いた。
「決まってるだろ。燻して歌わせる。いつもの手順だ」
「ですよねー」
「なら、とりあえずリトスに送らせるということで。いいかな、『魔術師』?」
「そこが妥当だろうな」
男は頷いた。
「古びて腐ってようが、干からびてようが、『魔術師と賢者の都市』だ。魔術師一人ぐらいなら、うっかり暴れられても大丈夫な設備ぐらいはあるだろう」
「りょーかいっと」
命令書にサインを済ませた『魔術師』が封蝋に印を押す。
知らせが届いたのは、それから一月も立たなかった。
リトスが砕けた、という知らせが。
運営サイドの話です。
彼らが前魔術士団長のクウァルトゥス殿下しか認識していないのは、情報が古いからです。
情報の入手先だったトゥルポールトリデンタム魔術辺境伯が自分より能力の高い魔術師などおらん!てな人間だったので、魔術士団のことは軽視してました。




