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大湿原の隅っこで

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

 あたしは大湿原を潜行した。そのまま数百mは沈んだまま、水脈をたどるように沖へ出る。


 星屑(異世界人格者)たちは宵っ張りだ。

 むこうの世界では、夜も明るいのが当然だった。日が暮れてもかなり長いこと騒いでいる星屑たちは、その感覚を引きずっているのかもしれない。

 だけど、どこもかしこも明るいなんてのは、建物の中や、いいとこ都市エリア、それも平和な時期だけのことだ。

 日本だって、ちょっと山あいに入ったり、田園地帯に踏み込めば、驚くほどに夜は暗いものだった。ましてやインフラ整備のおっつかない紛争地域とか、自然災害でせっかく構築されたインフラも壊滅した地域の夜は、とっぷりと蒼くなる。

 まして、この世界の夜闇が深くないわけがない。


 かつて、日没以降、人が夜間にほとんど外に出ることがなかったというのは、時代によっては治安維持のため、他出禁止令が出ていたということもあるだろう。

 だけどそれも本来は、夜が危険な時間、悪の跳梁する時と見なされていたからでもあるとか。

 夜行性の猛獣への恐怖によるものもあったろう。だけど、単純に周囲が見えないというだけで、世界は一変する。

 感覚の喪失は感情と想像の暴走を招く。暗闇におばけを投影して泣きわめくのは子どもだけじゃない。

 狼や盗賊といった実在の恐怖が、狼男や悪魔、幽霊を生み出し、結果、夜が宗教的に悪のイメージと結びつくようになったのだという。光が正義と結びつきやすいのもそういうことなんだろう。

 そのせいで、あたしが街中に侵入しようとすると、真夜中過ぎの短期決戦勝負になってしまうのだが。


 あいにく今日は晴れまくっていて、細いとはいえ蒼銀の月(カルランゲン)も中空にかかっている。星の光もあって、いくらあたしが全身黒ずくめとはいえ、蒼い空を背景にすると逆に見つかる危険があある。

 そこで街の灯りが届かないところまで泳いでって、杭のような足場を顕界。そこからよっこらしょとリベルラっぽく飛び立つというね。


 つーいと湖面の上を滑空していくと、あたしは東南に妙に白っぽく霞んでいる領域を見つけた。

 結界の外に手の骨をちょっと出してみると、ほんのり湿り気を感じる、ということは、霧かなにかってことか。魔力の流れも異常を感じないから、星屑たちや『運営』どもの仕掛けではないようだ。

 が、イヤ待て。


 たしかに、水辺に霧や霞というのは立ちやすい。

 ただしそれは、水温に比べて、ぐっと気温が下がる明け方、それも地面が冷えている秋から冬、いって春先ぐらいの現象だ。

 だが、あたしが展開している結界羽が結露するほど、濃い霧がかかってるってのが謎だ。

 けあらし?あれ気温が氷点下ぐらいにならないと発生しないんじゃなかったか。


(さむい?)


 懐に入れてきた幻惑狐(アパトウルペース)のフームスがこきゅ、と首をかしげた様子が伝わってきた。だよねえ。

 そりゃあお骨なあたしに皮膚感覚はないから、正直寒暖差なんてわかんないよ。だけどこのあたりの植生から判断するに、まだ初秋といってもいいんじゃなかろうか。

 おまけに一日のうちでもっとも冷え込む明け方には、まだ時間がある。

 そもそも、そんなに冷え込んでたら、フームスがとっくの昔に四肢の肉球に尻尾ガードをした挙げ句に、あたしに感覚共有をしかけてるはずなのだ。


 あたしはもやの手前で水面に降りると、魔術陣と結界を併用して舟を構築した。ここまで結界羽がびちょぬれになっていると、どうにも飛びづらい。どっちにしろ、一度は解除しなきゃならなかったし。

 おまけに、空を飛ぶのは一地点の監視や確認作業には向かないのですよ。どうしても移動速度が出すぎているので、一瞬で飛び過ぎちゃうのだ。

 もちろん、グリグん式の飛び方に比べて、こっちの飛び方の方が多少融通は利くけどさ。ホバリングも低空飛行もできないわけじゃないけどさ。

 だけど、風が抑えられないのだよ。

 このまま近づいたら、間違いないもやは吹き飛ぶ。自分の存在をアピールしながら移動するようなもんだ。

 ここまでやってきた隠密行動の意味がなくなるじゃん。

 だったら、水面を行った方がまだましという判断だ。


 しっかし、視界が悪いなー……。

 いちおう、この辺では湿原特有の腐敗ガスといったものの噴出は確認されてない。はずなんだが、悪魔の証明は否定し続けることでしか近似値的な実証もできない。

 おまけに、あたしは嗅覚皆無な上に呼吸をしていない。有毒ガスが噴出しててもわかんないだろうなあ。

 警戒はセルフでよろしく、フームス。


(む~~)


 不満なのはわからなくもないが、尻尾をぱたぱたしないでくれなさい。中着が煽られてぶわぶわ膨らむんですよ。


 あたしは結界の上に腹ばいになった。

 もやは水面から直接立ち上るわけじゃない。空冷されて水の微粒子の粒が大きくなってから白っぽく見えるのだ。つまり、水面近くの方が、まだかろうじて視線が通る。

 疑似視覚だから、そりゃつったったまんまでも、足首あたりの視界が獲得できないわけじゃない。だけど足の骨でものを見ているって感覚は、やっぱりちょっと気持ちが悪いのだ。

 おまけに、もやの向こうには妙に頑丈そうな城塞がそびえている。あれがアゴラ(広場)(掲示板)でも触れられていた、パルスリーパって城塞都市なのだろう。


 下手に目撃されて騒がれるのもよろしくないだろう、という判断もある。

 想像していただきたい。深夜、月明かりにもやにけぶる湖上をすかし見たら、人影がぬぼーっと湖面に立ってる情景を。

 怪奇現象以外のなにものでもない。


 それでも、この世界の騎士なら、自分の常識と価値観に縛られる。目を疑った後は、他人に伝えた場合どうなるか――見間違いか怖じ気づいたかと(そし)られる可能性を考える。

 その場合考えられる行動は、口を(つぐ)むか、目撃仲間を作ることだろう。度胸がある人なら、自分の見たものが実在するのかどうか、確認しにくるか。

 だけど、星屑たちは、そうは動かない。まず間違いなく板に書き込むという行動に出るだろう。

 怪奇現象の目撃情報が信憑性のない与太として消費されるだけならまだいい。だが、『運営』どもの存在を考えると、甘い考えは持たない方がいいだろう。

 ならば、情報が発生する前に怪奇現象を消すのが最善策なのだ。


 あたしは腹ばいになったまま、結界舟をもやの中へと突っ込んだ。動力はオール状に顕界した結界である。

 ひょこっと懐から出てきたフームスが、ひこひこと鼻をひくつかせた。水面から泥でこね上げたお椀のふちのようなものがたちあがっていた。

 全体的に赤褐色に近いのだが、その上部は夜目にも妙に白っぽい。いや。

 ずるりとそのてっぺんが滑り落ちて、ようやくわかった。

 あれ全部、積み重なった生物だ。

 おそらくこいつらが、アゴラの板に記載のあったスタンピードなのだろう。

 カエデっぽい葉っぱに似ているかといわれたら……。

 う~ん、尻尾と四肢と頭があるっちゃあるけど……わかるかーいっ!


 むこうの世界で、ワニというやつは成長曲線が死ぬまで上昇し続けると聞いたことがある。

 簡単に言えば寿命のある限り巨大化するということだ。

 つまり、この群れがすべて同一種であるのならば、小さいのが成長すると、この大きいのになる、という可能性がある。

 濃くなるもやが邪魔だが、小さいやつと大きなやつを見比べてみる。

 ……泥塗れなので誤差はあるだろうが、アゴラの板の書き込みにあったように、確かに見た目はよく似ている。

 やっぱりかなー……。


うねりうねりと大きいのから小さいのまで重なり合っているのには、いったいどんな意味があるのやら。

 どうやら基本的には水の中で過ごしているらしいのだが、時々てっぺんに乗っかっていたやつがずるりと滑り落ちていく。

 白っぽくなっていたのはどうやら彼らが身体にくっつけていた、水底の泥が乾いたせいのようだ。


 ひょっとして、乾いた泥が全身から剥がれるごとに入れ替わり立ち替わりすることで、積み重なった泥で、この土盛りはできているのだろうか。

 まるで溶岩か炎のようで、じっと見ていると幻惑されそうだ。

 てか、集合体恐怖症(トライポフォビア)の人が見たら、発狂もんかもしんない。


 ……しっかし、こんなにくっつきあって生活しているということは、よっぽど仲がいいんだろうか。

 幻惑狐たちも狐団子になってることがあるし。でも彼らスタンピードたちの、互いに関する感情は……なんというか、かなりフラットに感じる。


 などと考えていたあたしの眼窩前で、大きいのがぱくりと口を開き。

 間近にいた小さいのを丸呑みした。

 …………。


(ほね……)


 フームスがぷるぴる震えはじめた。


 うん、いや、なんだかなあという気分になるが、むこうの世界でもコモドオオトカゲとかは自分の子を食べることがあるのは知ってた。子どもが親に食べられないよう、親が登れない木に登るとか、自分の身体にうんこを塗りたくるとか工夫するのも知ってた。

 だから、共食いも想定範囲ですよ。ええ。


 てか、それ以前に重要なのは、やっぱりこいつらは肉食、ないしは肉も食える雑食だということ。

 しかも同類すら食うということは、同類ではない生物なんざ、餌以外の何者にも見えんわけで。

 生身のフームスとしては、身の危険を強烈に感じて当然だわな。相手が魔物である以上、あたしだって餌に見られてもおかしかない。


 ――それもすべては承知の上。


 あたしは起き上がって居住まいをただすと、全身――というか、骨身を覆う外套に魔力をまとわせた。

とたん、ぐりんとスタンピードたちの頭があたしたちに向いた。

大騒ぎになった。


 周囲の泥が温泉のように沸き立った。いや、沸騰しているわけではない。あたしの指の骨ほどもないような小さなやつが押し合いへし合いしているのだ。

 途中で食い切られたのか、中途半端にちぎられた水草の茎がゆっくりと傾いで倒れ、土手のように積み上げた半乾きの泥――その一部は夜目にもつやつやテッカテカなのがわかるほどだ。いったいなにをどうやったらそうなるのか――を蹴り散らかし、大きくその形を崩しながら滑り落ちるやつ。

 水面というより、もはや泥面めがけてちゃぽんじゃぽんと飛び込んでいくやつ。


 だけど、恐慌をきたしたように逃げていくのは小さなものばかりだ。驚きと警戒はあっても、好奇心とか興味を向けてきている居残り連中は、さらに小さなものを押し出して、どんどん大きなものばかりになっていく。

 フームスの尻尾の太さぐらいなものから、あたしの両手の指の骨を合わせた輪ほどに、両腕の骨の輪に、そして――

あたしが円形の土手のへりにまでたどり着いたところで、泥を割って出てきたのは、軽自動車サイズの頭だった。

フームスがしゅぼっとあたしの懐に潜り込む。その様子を、きろりとおもしろそうに真鍮色の目が追ってきた。どうやらこの群れの長老格らしい。 

 

(我ラga(WOヤ)ノ力持TSUモノ。yoーこソ)


 ……肺があったら、あたしは大きく安堵の息をついていただろう。

 ヴィーリの忠告に従って、あの火蜥蜴(イグニアスラケルタ)ヴェスの抜け殻で作ってもらった外套を着てきて正解だったよ。


 彼ら、スタンピードと呼ばれているものの存在は、スルスミシピオーネどころか、クラーワの沿岸地方南部の人たちにも、広く知られていた。

 クラーワの人たちがカプシクムと呼ぶその正体は、メリリーニャが知っていた。

 イークト大湿原に棲む魔物の一種であり、熱を操ると。

 だけど、外見を教えてもらっても、ヴィーリは首を傾げた。

 彼は、ヴェスのことすら『木々(森精)覚えにある(知ってる)もの(魔物)と、同じ枝の葉(同一存在)であるかはわからぬ』と断言を避けた慎重派だから、そこはわからなくない。

 だけどよくよく考えれば、ウングラ山脈に流れる川で、イークト大湿原とサルウェワレーはつながってるわけだ。

 同じ水系に棲む水棲の爬虫類で、全身が赤く、熱を操るってさあ……。

 ヴェスの同族じゃないのと、あたしが訊いても首を傾げっぱなしだったのはどうかと思うの。

 いや、そりゃ、あたしも、スクトゥムの街で見てきた、毒があるかもしんないという星屑たちの書き込みには、完全に同族と認定していいかどうか、ちょっと悩んだけどね。


 もう一つ疑問に思ったのは、ヴェスについての認識だ。

 たしかヴィーリってば、唯一の火蜥蜴とか言ってなかったっけとね。

 でも、よくよく思い返してみれば、『サルウェワレーに棲んでいる火蜥蜴はヴェスだけ』と言っていたような気もする。

 ……絶滅危惧種扱いはあたしの早とちりであって、種としてはちゃんと存続できてたというなら、めでたい話だよね。うん。


(わが朋友の(すえ)よ。まずは、わたしの訪れを受け入れていただいて感謝する)


 心話をそっと返しながら、あたしは興味津々こちらを眺めている火蜥蜴たちの顔を見渡した。

 ヴェスが貨物列車――それもアメリカ国内や国際路線を爆走するような、超ロングなやつ――ならば、ここに並んだ連中は、いいとこミニバスの連結サイズといったところだろうか。

 サイズ感のせいか、なんだかむこうの世界の駐車場にでもいるようだと、ちょっと思ってしまったのは内緒である。


(何ヨuかNA)


 真鍮の目の火蜥蜴が、再度心話を飛ばしてきた。

 今のところヴェスの外套のおかげか、彼らの思念は穏やかだ。

 好奇心はあっても、警戒とか敵意、恐怖というものがあまり感じられない。

 これならうまくいくかもしれない。


 『紅奔の騰原』の火蜥蜴たちは、彼らが祖と呼ぶヴェスに、確かによく似ている。

 基本的に穏やかで、人間は肉を食糧にするより感情を嗜好品として楽しみたいという、どこかおもしろがりなところが、特に。

 だが、彼らが人間を観賞対象にとどめていてくれるのは、彼らの身が脅かされない限りにおいてのことだろう。

 ヴェスだって、生命の危機に陥れば、冒険者気分の星屑たちを爆発的な破壊力で叩きのめし、喰らったのだから。


 ヴェスより小さいとはいえ、『紅奔の騰原』の火蜥蜴たちもそこそこの体格のある連中が揃っているようだ。

 そんな彼らに、下手にバーサークされたらたまったもんじゃない。数が揃ってるぶん、洒落にならない被害が出るだろう。

 ――だけど、それはつまり、戦力としてはかなりの頼みがいがあるということでもある。

とはいえ、あたしは彼らを人間同士の戦いに引き込むつもりはまったくない。

 とりあえずお願いしたいのは――


(あなた方に警告をしにきた)

(警KOク?)

(南側より危険がせまっている。気をつけていただきたい)


 いきなり爆弾をぶつけたのは言うまでもない。スクトゥム帝国で見た書き込みのせいだ。


 ムルキベルと呼ばれる、半島状にイークト大湿原へと突き出した場所に、パルスリーパの城砦は立っている。

 その周辺は、コバルティ海との境となっている絶壁まで平坦な湿地が続いているのだが、泥湧きという、流砂よりもっとタチの悪い、天然の罠だらけの難所として有名なところでもある。

 パルスリーパが『泥の街』と呼ばれているように、泥湧き以外の場所も柔らかい泥が厚く堆積しているらしく、足場はきわめて悪い。

 が、そのぶん未活用の土地は広大だ。


 加えて、クラーワにまで架けられた木道を考えれば、スクトゥムの土木技術はかなりの水準に達していると考えられる。

 ならば、多少困難とはいえ、パルスリーパ周辺に港湾設備が整えられないわけがないのだ。


 もし、とうにパルスリーパが難所の名前を返上するような水運の拠点となっていたとしたら。

 遠回りとはいえ、星屑たちがイークト大湿原に、そしてクラーワにアクセスできる絶好の足がかりとなる。『運営』どもは、さぞかし盛大に侵攻を進めていただろう。

 そのようなことが起きなかったのは、ひとえにこの火蜥蜴たちの棲息域があったから、なんじゃなかろうか。


 ここ、火蜥蜴たちの棲息域は、パルスリーパの周囲でも『紅奔の騰原』と呼び慣わされている難所中の難所だと、ヴェロカラドゥリーデの長老さんたちからも聞いた。

 パルスリーパの城砦からも、さらに数㎞は離れているが、この一帯の水中はすべて彼らのテリトリーだ。

 そんなところに星屑たちが下手に漕ぎ出しても、火蜥蜴たちにおいしくいただかれてしまうだけというわけだ。


 ……だったら逆にもっと警戒しとけよと、あたしなんざ思うわけですが。


 岸より遠浅の湿原内部とはいえ、都市からの距離はたかだか数㎞ですよ。

 これだけの数の火蜥蜴たちが本気で餌を探しに散らばっていったら、あんな城塞都市一つでなんとかしのげると思う方が間違いだ。

 だったら、どうせパルスリーパ周辺の泥濘まで開拓する気なら、せめて大湿原との間に堤防でも城壁でも築くべきでしょうよ。


 驚くほどぬるいスクトゥムの対応にもかかわらず、火蜥蜴たちによる人的被害は、じつはあんまり出てないらしい。

 クラーワの人々をはじめ人間サイドが危険区域に近づかないよう、よくよく注意しているってことも、たぶんあるのだろう。

 だけど、火蜥蜴たちだって、餌がなくなればテリトリーを広げるだろう。

 ……ひょっとしたら、人的被害が少ないのって、火蜥蜴たちが共食いをしているおかげもあるのかもな。

 彼らが放熱してるせいか、フームスまで水温の上昇や活発な魚の気配を感知してたところをみるに、暖かさや放出された魔力に惹かれて寄ってきた水棲の魔物というか魔魚的なサムシングを食べてるのかもしれないが。

 

 そんなことを頭蓋骨の片隅で考えながら、あたしは丁寧にお願いをしていた。


(南の危険は、わたしや、わたしの仲間である人間たちにとっても危険だ。なので、あなた方へ頼みがある。あなた方の領域を通らせてもらいたい。そして襲わないでほしいのだ)

(huむゥ……)


 火蜥蜴代表たちは考え込んだようだった。

 確かに、今現在のところ、スクトゥムからの被害を彼らは受けていないようではある。

 だからいくら危険だなんだとあたしがいくら煽ろうが、反応が鈍いのは当然だろう。

 だけど、すでに、彼らは星屑たちに狙われている。

 モンスターデータとして。


 モンスターについてのアゴラの板で、イークト大湿原の火蜥蜴たちは、スタンピードと呼ばれていた。

 つまり、すでに星屑たちは、火蜥蜴たちの存在を認識している。

 それも大量の、暴走する、攻撃的な魔物たちとして。

 (たお)すべき存在として。


 スタンピードという言葉は、モンスターが巣やダンジョンからあふれ出る現象という扱いをされてたこともあったはずだ。

 名は体を表す、いやそう思っている限り、火蜥蜴と出会った瞬間、星屑たちが武器を抜かないわけがない。

 

 星屑たちは、自分たちが積み上げた火蜥蜴たちの死体を見ても、この世界がゲームのステージだという思い込みから逃れられないだろう。

 ポリゴンになって空気に溶けないのは、別イベントのフックだろう、ぐらいに考えそうだな。

 屍の山を放り出しといて感染症などが蔓延しようが、その時になってようやく、伝染病に対応しろ、なんてクエストを見つけたつもりで試行錯誤を始めるとか。すごくありえそうだ。

 させてたまるか、そんなこと。


 ならば、あたしにできることは?

 火蜥蜴たちに情報を与え、スクトゥムは危険と理解してもらい、あたしやランシアインペトゥルス、クラーワの人たちとは友好関係を――せめて中立的な関係を築いてもいいと思わせることだ。


(我raガ巣に入り込muつもriカ)

(そんなつもりはない。ただ、空から落ちてしまうようなことがないとも限らない)

(空wo通ルなra、我raが水wo通raズとモ)

(あいにく、わたしの仲間である人間たちに空は飛べない。わたしも空が飛べなくなることはあるだろう。――鳥も空を飛んでばかりはいられない)


 丁寧に、正直に答えていくと、戸惑ったような気配が伝わってきた。

 ……まあ、無理難題は当然なんだよね。


 彼ら火蜥蜴も魔物であり、魔物の記憶は未来改変の原動力にはならない。冬になって餌となる魚が減ってきたからといって、たぶん彼らはいつもより住処を暖めて魚を呼び寄せようと考えることはないだろう。

 断罪からやり直そうとする転生悪役令嬢が、原作記憶と別のことをやらかそうとするのは、彼女が魔物ではないから。そんな理由づけをしたら、ふざくんなと言われそうだが、そのくらい魔物と人間の思考経路は大きく違うんですよ。


 彼らが、スクトゥムの危険を訴えるあたしの言葉を信じないとしたら、それはあたしが嘘をついている可能性を疑っているからではなく、あたしの認識に錯誤があるのではという可能性を疑うからだろう。

 そして彼らがあたしの言葉をたとえ信じても、彼らの行動が変わることはまずないだろう。

 だからこそ、あたしがぶっこんだのは、彼らに行動を促すのではなく、許可を求める、というものだったのだが、それでも交渉は難航した。


 なんとかあたしだけでも彼らのテリトリーにまた行ってもいい、という許可をもらったところで、クラーワ側に戻ることにした。

 あ゛~~~~、疲れた。


 ぐってりのびていたら、グラミィがやってきた。


〔おはようございまーす、ボニーさん〕


 もう昼だけどな。


〔そこはまあ、今日最初に会った挨拶ってことで。……なんか疲れてます?横倒しにされた骨格標本みたいになってますよ?〕


 骨格標本ゆーな。こっちはいろいろあったの。


 というわけで、この前グラミィが帰ってからあったこと――イークト大湿原の火蜥蜴たちに会ってきたことから、闇森まで行ってきたら、森精たちにどん引きされたこと、スルスミシピオーネから廃墟と化した集落を借り受けたことまで伝えて、ホラーテーマパーク状態の集落を見せたところ、盛大に怒られました。

 また何やってんですか、ってねえ。平常運転じゃないですか。

 クウィントゥス殿下がクラーワの国々に要請した、『あたしへの協力』をしてもらっただけですじょ?


〔まあいいですけどねー……。そうそう、クウィントゥス殿下から。『斥候役を通過させてもらった』だそうです〕


 え。

 いつのまに?

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