馬車は人生相談や密談に使われる。
アロイスとカシアスのおっちゃんに言うことって。
あたしの骨が、推定シルウェステルさんのだってこと?
それとも、あたしらが二人が墜ちてきた星らしいってこと?
〔どっちもですよ。重大じゃないですかー〕
そらそーだ。
……ただ、問題は、どっちも事実と確認されたことじゃないってことだ。証明もできない。あくまで推測どまり。
骨の話はそう考えればつじつまが合うってことだし。
墜ちた星の話だって、あたしらから見れば偶発的なものというより、関係があると思える、ってだけだ。
なぜこの世界に墜ちてきたのがあたしたちだったのか。
もとの世界へはどうしたら戻れるのかは、さっぱりだ。
〔戻りたいんですか?〕
戻りたいと思うことと、戻れないと思うことは別だよ、グラミィ。
最初っからあたしはもとの世界には戻れないと思ってる。
だから、戻るために行動を起こす気なんて、さらっさらないし、この世界で何をどうしたらいいのかだけを考えているつもりだ。
戻れるならば戻ってみたいなとは思うけど、それは生きる上での最優先事項じゃない。
生きてるとは言いがたい骨格標本状態だけどな!
もし、もとの世界に戻ればちゃんとした生身になれるというのなら。
……そりゃあ、戻りたい気持ちは今よりきっともっと強くなるだろうね。
それでも、やっぱり戻るための行動は、最優先事項にはならない。
これがあたしの答えだ。
グラミィ、あんたは戻れると思ってた。
それが難しいというのも、もうわかってきてると思う。
じゃあ、あんたはどうしたい?
〔「あんたはどうしたい?」って。……ボニーさんの問いかけは、いっつもそうですね〕
……そうかな?
そうだったかな。
〔そうですよー。騎士隊長さんと出会ったときも〕
しばらくうつむいてたグラミィは、ふぅ、とため息をついた。
〔戻れる可能性は、たぶんほとんどないんでしょうね。それはさすがにあたしだって、もうわかってます。でも、〕
でも、なに?
〔戻るのを諦めたわけじゃないんです。……というか。よく考えたら、戻りたいと思えないんですよ。最初から戻りたいなんて思ってなかったのかも。もとのあたしに戻るんなら、なおさらです。なんか、ボニーさんと正反対ですね〕
そりゃまた、なんで?
〔あたし一人いなくても、あの世界は、きっと簡単に回っていく。朝が来た24時間後には地球が一回転して、また次の朝がくる。そう思ったら、戻れたとしても戻る意味、あんのかな、って思えてきちゃって〕
……じゃあ質問をひっくり返そう。
グラミィにとって、この世界にとどまる意味はあんの?
別にこの世界だって、異世界から人間二人落っこちてこようがこまいが毎日朝は来ることに変わりないんだろうし。
あ、観測者が存在しなければ事象が発生しているかは不明だから、あたしらの存在がこの世界を存続させていると考えることもできないともいわないとかいう、『森の中の倒木』理論や、観測によって事象の発生確率を収斂させるとかいう『シュレディンガーの猫』的なとこまでつきつめてらんないから一般論どまりにしとくよ?
〔そんなの、そんなに深く考えなくたっていいじゃないですか。この世界からもとの世界に戻れるかどうかと同じくらい、また別の世界に飛ばされるかどうかなんて、ありえるかどうかわかりませんし。あたしの意志でどうこうなるようなことでもないですし〕
うん、それは確かに。
でも、流れに任せてそのまんま流されてくのがグラミィの望む生き方だとしたら、ちょっとあたしはつきあいきれない。
〔だって、王道の異世界ものだったら、とりあえず異世界に来ちゃったものはしょうがないからって、周りの人の助けを借りて生きてくじゃないですか。そのうち戦争とかライバル出現とか、多少のイベントがあっても基本的には現代日本の知識とチート能力と、あと足りないところを助けてくれる人が出てきたりして、勝ち組人生わっしょいって感じのハッピーエンドって感じになってますし?〕
……まだ現実逃避してるのか楽観気味なのか、それとも娯楽作品と今の状況を混同してるのからなのか。そんなうまくいくわけないじゃん。
そもそも、あたしたちにとっての『エンド』の意味をわかってんのかね。
終了すんのは物語じゃなくて人生とほぼ同義語になるんだけど!
あたしの現状を考えるとほんのり疑問が混じっちゃうけどさ!
それに、スペックがよければ、どこの世界でも深く自分の人生に考えなくてもすむとでも?
どんだけ知識があろうが、チート能力があろうが、それじゃあ周囲にさあどうぞお好きに利用して下さいませ、ってまな板の上にのって包丁差し出すようなもんじゃない。活け作り必至。
問題は、「この世界で生きるために何をするか」よりも、「この世界をどう生き抜くか」だとあたしは思ってる。
世界と自分、どっちに重きを置くかでスタンスも変わる。
世界に自分をあわせて、むこうの世界の常識を捨て、考え方を変えて生き方を変えるか、自分に世界をあわせて革新をもたらすか。
簡単に言うなら、「人の命は地球より重い」って言葉を「自分の命」に置き換えてみればいい。人殺しになっても生き延びる事を選ぶか、「殺さない」ことで人の命の価値を高めるか、どっちを選ぶか、だ。
自分の命を他人のそれより優先するなら、それだけの力をつけなければならない。
「殺さない」を押し通すなら、世界を変えるつもりなら、やはりそれなりの力をつけなきならない。
どっちにせよ力は必要なのだ。現代日本の知識とかチート能力とは別の力が。
〔力、ほしいですよ。何回も言ってますけど〕
……ほー。
じゃあ、今のうちに、がんばっとこうか。
〔何する気ですか、ボニーさん?〕
特訓に決まってんじゃないの、大魔術師ヘイゼル様。
あたしと契約して魔術少女になってよ。
もとい。
あたしの特訓についてきて魔術おばーさまになりやがりくださいませ、ってこと。
なるべくなら、この世界の正規の魔術を、正規の方法で覚えておいてほしかったんだけど、しょーがない。
タイミングもいいことだし。
〔なんのタイミングですか、なんの!〕
まあ、いろいろ?
〔その言い方がよけいに不安です!〕
だいじょぶだいじょぶ。特訓を始めたらそんな不安、すぐに吹き飛ぶから。
ごちゃごちゃ考えてる暇もなくなるし。
流れに任せて流されていくのが好きなら、あたしがダムを何個か決壊させてでも激流を作り上げてじゃんじゃん流してあげようっての。
喜びなさいよ、相棒?
ついでに話も戻そう。
あたしらが二人が墜ちてきた星らしいってことは、言っても信じてもらえるかどうか。
ワタシは宇宙からきました、とか言い出す人間がいたら、どう思うよグラミィ?
〔……冗談と思われるか、正気かどうか確かめられそうですね〕
つまり、口に出してもまず真実とは思われない。
まあこれは墜ちた星の探索なんつー任務に、カシアスのおっちゃんを送り出した王都に行ったら、どうなるのかはまるっきりわからないけど。
下手に墜ちてきた星本人です、って戯言を信じられたら信じられたで、今度は生体標本一直線って可能性だってないとはいえん。
〔じゃあ、王都に引っ張り出されない限り黙ってるってことでいいですか?〕
とりあえず、今はそれでいいんじゃないの?
墜ちた地点と覚しき場所が、グラミィの身体の人ん家や馬車の墜落現場あたりだってことが判明したり、それに意見を求められたら薄めの反応を返すってくらいで。
推定シルウェステルさんの骨をお借りしてる件については、いつかは伝えなければいけない以上、早いほうがいいとは思う。
書類入れの件もあるしね。
少なくとも後出しじゃんけんよりは誠意を見てもらえるんじゃないかな。
ただ、あたしも、あんたも、うまく言い抜けるよう話をしなきゃいかんのよ。グラミィ。
そこんとこわかってる?
〔下手すればまた屍操術師扱いですか〕
その場合グラミィは処刑されて。あたしは邪悪な屍操術師に操られてた哀れな故人の骨扱いで、どっちも最終的には冷たい土の中と。
だが断る。
〔あたしだっていやですよ、そんな死に方!〕
それなら、相手にしなきゃなんないのはルーチェットピラ魔術伯爵家ということになる。
爵位を考えると、けっこうなお貴族様の「家」だ。
シルウェステルさん本人はそれほど高い身分ではないとはいえ、直系血族。
ならば、実家が出てくるのはまず間違いがないだろう。
家というより、一族とか一門といった方がわかりやすいかもしらん。兄弟だの従兄弟だのといった血縁関係者、それぞれと主従関係にある貴族やまたその陪臣、みたいな人たちの集団がよってたかって文句を言ってくるだろう、というのはたやすく想像できる。
お貴族様の面倒っぷりはエレオノーラたちでうんざりだ。個人の下級貴族であんだけ面倒なのに、上級貴族の総当たり的団体戦ともなればもっと面倒な上に、権力的にもこっちが不利だってことも予想がつく。
〔トップを押さえ込めたら、一族全部静かになってくれたりしません?〕
目の付けどころはすんごくいいよ、グラミィ。
ただ、それをやるなら上級貴族一人を完全に黙らせるだけの力が必要だ。
あたしたちが一番手に入れやすい力といえば、魔力か。
もしくは、アロイスとカシアスのおっちゃんからさらにその上司へつながるだろう、武力と権力。
だったら、やっぱり早いとこグラミィには大魔術師ヘイゼル様にふさわしい実力をつけてもらわないといけないし、アロイスとカシアスのおっちゃんには、ぶっちゃけられるところはとことんぶっちゃけて、味方になってもらうしかないでしょ。
ただ、嘘は最低限にすべきだろう。
つくなら徹底的につきとおさないと、必ず、どこかで齟齬が出る。
そのぶん、これまで築いた信頼はどんどん減ってくだろうからね。
〔やっぱり黒いですよ、ボニーさん〕
あたしだって必死なんだよ?
生身を手に入れるまで、これ以上不本意な死に方したくないかんね。
本日も拙作をご覧いただきまして、ありがとうございます。
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