なけなしの良心
本日も拙作をお読みくださいまして、ありがとうございます。
〔ほっとしたところでなんですけど、本題です〕
そう言うとグラミィは真面目な顔になった。
〔クウィントゥス殿下からです。口頭で伝えろってことなので、文書はもらってきてません〕
まあ、証拠を残さないようにするのは重要だろう。でもどんだけ機密をグラミィに負わせる気かね、あの腹黒殿下。
〔いやそこは、勝手にぱっかぱか機密やホラーを山盛り作りまくってるボニーさんが、言えることじゃないでしょ!?〕
あ゛ー……それは置いとこう。
〔眼窩をそらさないでください!……まあいいです。『斥候を増員。スクトゥムに送るので、その援護および陽動を行うように』だそうです〕
いやいや待ってよグラミィ。
生身の人間をスクトゥムに送るとか?!それは危険すぎるでしょ!
星屑搭載体候補を送ってどうすんのさ。
何考えてんだあの王弟殿下。
〔いえ、そこはちゃんとするそうです〕
どうやってよ。
〔ほら、前にボニーさん、王様にもスクトゥムの危険を伝えたじゃないですか。糾問使を魔術師だけにしましょうって言ったときに〕
あ、そか。
〔なので、抵抗力のない騎士とか、平民に近い密偵さんじゃなくて、魔術師を送るそうです。それが魔術士団の魔術士か、それとも腹黒殿下の配下の魔術師さんかはわかりませんけど〕
それなら、最少限に危険は抑えられる、か。
だけど魔術士団の人は融通がきかないからなあ……。
誰が選定するって?
〔そこまでは。でもアロイスさんが言い出しっぺでしたから〕
なら、少しは安心か。
アロイスならアルボーで魔術士団の一部と結びつきができている。アーノセノウスさんやコッシニアさんを通して、魔術学院ともつながりがある。
派閥より能力で人材を選べるだろう。
〔援護も、ボニーさんが木道の向こうまで見て回ってるのなら大丈夫でしょ?〕
いやいや。
そりゃ陽動や露払いぐらいはしますよ。しますけど。
木道の向こうに斥候を送るにしても、周辺の街に滞在して、情報収集だの工作だのするってのは、あんまりおすすめできないな。
〔ボニーさんはこっそり情報収集に行ってるくせに、ですか?〕
だからだよ。
あたしはたしかに街の広場の掲示板を使って、情報収集に努めてた。
だけど、そのせいで『管理者』――書き込みを発信者ごと削除するような、『運営』の末端としか思えない存在にもぶちあたったんですよ。
〔そんなのがいたんですか!〕
もちろんしばいたけどね?
ついでに、星屑たちの集まってるあちこちの街に『管理者』がいたから、そっちも同じ対処をしといたけどね?
あたしがした『対処』の中身を心話で伝えると、グラミィは顔を引きつらせた。
〔……まったえげつないことを……。星屑たちを煽動したり動かしたりしてるフィクサーを、星屑たちの手で街から排除させるとか〕
えー、たかが情報操作ですよ?あたしがしたのは。
それぞれの街の対応は、その街の人間の危機管理意識によるもんでしょうよ。
そりゃまあ当人がぶっ倒れてる間にやったもんだから、反論なんてしようがないけどね?
そんなわけで、『管理者』がいなくなったぶんはマシになったとはいえ、それでも木道のむこうは要注意なのだよ。
まず『管理者』の交代要員なり補充なりが、いつなんどきやってこないとも限らない。
なにより、冒険者気分の星屑たちが多すぎる。
〔え?木を隠すなら森の中的に、人が多ければ多いほど、斥候さんだって紛れ込みやすいんじゃないんですかー?〕
あ、それ違う。
特徴をうまく隠すことができるなら、たしかに母数が多いほど集団の中には紛れやすくなるだろう。
だけど、そこで斥候役の人が魔術師ってことが、ネックになる。
目立つんですよ、魔術師ってだけで。
この世界で、魔術師の素質がある者、つまり放出魔力量がなみはずれて多い者というのは、ごくわずかだ。
これはランシアインペトゥルスの魔術学院で知ったことだが、あたしが潜伏してたとき、スクトゥムでも同じ事がいえそうだなってことは見てとったさ。
そしてもう一つ、あたしがスクトゥムに潜入したときに知ったのは、星屑たちが魔術師になれる可能性は皆無に近い、ということだ。
落ちし星、マグヌス・オプスの存在もあるし、あたしたちの例もある。
異世界人の自我を持った者が魔術師になれない、とは言い切れない。
本来の身体ではないものに入っている者にも同じ事がいえる。
が、あたしは星屑たちの中に、魔術師になった者を見たことがない。
それが異世界に身体ごと、もしくは自我が転移した者と、人格、それも、その一部を召喚された者の違いに由来するものなのかはわからない。
ただ、魔力を多く持ち、魔力知覚の高い魔術師が、その素養のある者が、星屑のガワにされにくいというのなら。
それは、星屑たちが搭載されているこの世界の人は、非魔術師である可能性が高いということでもある。
そのことを考えると、星屑たちが魔術師になれないのは、ガワの人の特性によるという仮説が立てられなくもない、ってなところだ。
逆に言うなら、あたしとグラミィが魔術を顕界できるのは、魔術師と呼ばれた人の身体を使ってるからかもな、ということにもなるだろう。
〔……えーと、だらだらしたボニーさんの推測をきゅっと結論づけるならば、魔術師の絶対数が少ない星屑たちの中に紛れ込むには、送り込む斥候さんが魔術師とばれにくいようにする必要がある、ってことでいいですか?〕
め、めっちゃひっかかる言い方だなー……。
だけど、あたしはそう見てる。
〔……わかりました、アロイスさんにも伝えておきます〕
よろしく。
まあ、アロイスが選ぶ斥候というのなら、魔術師といっても一癖二癖あるような人物なんじゃないかな。
魔術以外の知識も豊富で、変装とかも得意で、世故に長けてるような。
〔トルクプッパさんとか、アルガさんみたいにですか?〕
……トルクプッパさんはまだしも、アルガ本人が斥候しに来るとは、さすがに思えないけどね。
いくら真名で縛ってあっても、彼はグラディウスファーリーの人間だ。そのへんの線引きはアロイスたちもきっちりするでしょ。
ただ、問題はだ。
魔術師がいなくても、星屑たちが魔術を使えないというわけじゃないということだ。
そこは気をつけないと。
〔なんで、……ああ、陣符がありますもんね。油断は大敵と。でもそのへんは、ボニーさんがなんとかできるんじゃないんですかー?〕
え。どして?
〔だってほら、木道のたもとまで林が迫ってる、ってことは、そこで星屑たちの侵攻を止めることがでるってことですよね?なんで逆侵攻しないんですか?いい陽動にも、援護にもなると思うんですけど〕
……グラミィ、あんたふっきれすぎでしょ。
ひょっとして、これからあたしがどんどん人殺ししてってもいいと思ってるんじゃないでしょね?
〔いや、そういう意味じゃ〕
そこまで考えてなかったってだけかい。
言っとくけど、迷い森で星屑たちを捕獲してもらってるのは、MIAの人数調整のためだけじゃない。情報操作もかねてなんだからね?
スクトゥム帝国から補給物資を運んできたら、その都度都度適当な人数をぺっと出しておけば、勝手に星屑たちは自分が真実と信じたものを語るだろうし。
クラーワの森林地帯はやばいって星屑たちが思えば、それがスクトゥムにも伝わる。森の探索ときどき強敵って感じで、それでもクラーワ攻略が進んでる、って考えているならば、そんなふうに。
なお、ゲーム慣れしてる彼らが、迷い森に気づいてないのは大湿原方向の視界が開けてるせいらしい。
拘束した相手に閉じ込められたと思わせない監禁方法って、完璧ですよね?
〔…………〕
それとね。
あえて、あたしがクラーワ以外で姿をさらさないようにしているのは、星屑たちの勘違いをほっとくためでもある。
この世界をゲームの中と思ってる連中にとって、あたしはモンスター、クラーワはスクトゥムとは違う難易度のフィールドという認識のようだ。
だったら、泥人形の影をちらつかせるくらいならまだしも、下手にあたしがスクトゥムで目撃されたら、彼らのその思い込みは崩れるんじゃなかろうか。
現実が見えるだけならいいが、グラミィ、あんたを口説いてたへっぽこ三人組を忘れたとは言わせない。
アルボーであたしをエネミーモンスター扱いしやがった星屑たちは、グラミィが、この世界はゲームじゃないと伝えても、『リアルすぎるゲーム』という思い込みから最後まで抜けることはなかった。
それを考えると、クラーワ直近の街まで押し寄せてる連中の思い込みを壊したら、どういう方向に跳ね返るかわからんのよ。
たとえば、トリクティムを刈り取った耕作地とか。輪作を繰り返せば繰り返すほど貧相になる農作物とか。
これまでのねじ曲がった認識じゃ、時間ポップして当然と思ってたもの。
それが、じつはきちんと手間暇かけなきゃできないもので、技術と知識を持った人間が、労力や時間といったコストを払わない限り、手に入らなくなる、その生育を無駄にしたやつがいた、あと一年は収穫できない、なんて正しく理解してみ?
むこうの世界でもよくあったことだ。サプライチェーンの寸断やら異常気象による不作やらで、食料品その他必需品のたぐいが高騰したあげく、ごっそり店頭から消え去るってのは。
あれ、買いだめさえしなければ需要に供給がわりとすぐ追いつくはずだったのに、買い占めやら高額転売ヤーやらが増えたことで、パニックが一層強くなったって話。
どこそこがやばいって噂一発、取り付け騒ぎから銀行の経営破綻が起こったのは、なにも世界恐慌の時代だけじゃない。トイレットペーパーの奪い合いが起きたのは、石油ショック以降も、何度だって繰り返し起きてる現象だ。
つまりそれは、人間は百年やそこらじゃ進歩してないって証拠でもある。なんてこった。
星屑たちが噂に踊る気質なのは、掲示板の書き込みで十分わかってる。
ここでエリアボス相当とみなされてるらしきあたしが、スクトゥム帝国内でなんかやらかしてみ?『脅威度高モンスターが、バトルエリア抜けて侵攻を始めた』という情報が出回るだけなら、まだいい。星屑たちがパーティ単位じゃ間に合わない、ユニオンとかレイド組まねば、と思うくらいならば。
だけど、『調達可能な物資がない』って情報と結びついてでもごらんな。
整然と撤退してくならまだしも、付和雷同の連中がパニックに陥ったら、物資は抱えて逃げるか放り出すかの二択だ。
放り出してってくれるならまだいい。場合によってはぺんぺん草も生えない略奪上等、弱肉強食的世紀末の情景が広がりかねん。
ケツは拭けないのよ。貨幣じゃ。ヒャッハー。
〔……モヒカンですか?〕
やるならあんたが髪立てなさいねグラミィ。あたしゃ髪の毛なんてありませんよ。お骨ですから。
冗談はともかくとして。
そんな状況になったら、まっさきに犠牲になるのは、自分の身を守る力のない一般市民。それも、力の弱い女性や子どもだろうね。
許してたまるかそんなこと。やらないからね、絶対に。
〔りょーかいしました……〕
……ま、状況によっちゃ、都市や集落をスクトゥムの民が捨てて逃げ出すぐらいの事前工作をしてから動くくらいのことはするけどね。
だけど、少人数の斥候だか密偵だかを潜伏させるのに、そこまで難民を増産するつもりはないのだよ。
事を荒立てる前に、するべきことは裏工作に下準備、謀略談合根回し実弾。その他諸々、やってからの武力行使ってもんでしょが。
〔さすがはボニーさん、汚い大人ですね!〕
褒め言葉感覚かよ。
人殺しするよりゃましだろうって、比較の問題にすぎないけどな。
それでも、あたしはどの口が言うかと言われようが、人死には見たくない。
そもそも、今の、この防衛戦の状況だって、偶発的にできたものだ。
あたしがしたのは、『クラーワの国に所属する集落を襲撃している者を叩きのめし、追い払った』だけ。
クラーワ的には、『余所者に追い払われた襲撃者たちがどんな目に遭ったか』なんて知りません、で済ませられるようにしてあるのだよ。
だから、この状態でスクトゥムが『クラーワが宣戦布告してきたランシアインペトゥルスと手を組んで、旅していた帝国民に理由なく暴行を加えた』とか文句をつけてきてもだ。『言いがかりで戦争に持ち込もうとしている』と批難できるわけ。
防御しながら停戦交渉を続けるって道筋も、残ってないわけじゃない。
そこをうまく使ってもらえば、クラーワ諸国はのらりくらりとした外交戦もできるはずだ。
〔あ、そのへんの理論武装は終了して、武力で殴る準備はできてるみたいですよ。クラーワ全体〕
――なんだって?
〔いやほら、あたしがクウィントゥス殿下から預かって、クラーワの国々に預けた書状があるじゃないですか〕
あれは、『あたしのクラーワ内部での滞在、および騒動発生を看過せよ』とか、そういうものじゃなかったの?!
〔あの腹黒殿下が、そんな簡単なものですますわけがないじゃないですかー。ランシアインペトゥルス王国軍勢の南下許可を、さもなくばボニーさんの戦闘行為を支援するようにってものらしいですよ?〕
マジで?!
〔スクトゥム帝国に人を入れて攪乱しようとするか。それともボニーさんの勢いを借りて、それぞれスクトゥム帝国に侵攻しようとするかは、各国のご判断にお任せしますとか。でもアロイスさんが言ってましたよ。ボニーさんにだけ任せるってのはないだろうって。クラーワ地方の民は、復讐するは我々にあり、って人たちですからって〕
……ああ、うん。
確かにクラーワの人たちは血が熱い。サルウェワレーの氏族紋章たる火蜥蜴ヴェスに対し、イークト大湿原を渡って入り込んできてた、スクトゥム帝国の連中が何をしたかとか。ミーディウムマレウスを始めとした諸国に入り込んだ工作員の存在とか。
いろいろ伝えてたもんな。警戒だけじゃなく、憎悪とか憤怒だって抱いてもおかしかない。
〔だったら、ランシアインペトゥルスの利になるように動くんだそうです。あたしもクラーワの人たちを利用するようで、それはどうかなって思ったんですけど。逆に、復讐相手が知らないうちにいなくなってたって、後で知らされた時の方が危険なんじゃないかって〕
あー……。
あたしは頭蓋骨を落とした。
なんだろう、敗北感がはんぱない。
いくら助けたいと願っても、命を全部助けられるとは思っちゃいない。
いっくらあたしが積極的専守防衛をがんばってたからって、兵力の派遣をしないよう具申してるランシアインペトゥルスはまだしも、ここクラーワの地に生きる人たちすべての財産や生命まで、スクトゥム帝国――というか、星屑たちから守りきれてるかっていうと、そんなわけではないのは、わかりきってたさ。
星屑たちが襲撃していた集落の中には、すでに壊滅状態になってたところもあった。
あたしは、星屑たちもなるべく殺したくないと思い、殺さないように動いている。だけど、あたしの刃はあっさり星屑たちの命を刈り取っている。
それでも、いや、だからこそ、これ以上被害を大きくしたくない。
ならば、巻き込む人数も範囲も限定すべきだ。
そう考えて動いてた。
だのに向こうから巻き込んでくれって、それが望むところだってどうなのよ。
しかも、クラーワの人たちにすれば、自分の手で復讐をしたがるだろうなってのは、……すごく納得できてしまう。
〔あ、そだ〕
グラミィが振り返った。
〔落ち込んでるところあれですけど。ボニーさんに、アーノセノウスさんが会いたがってるそうです。いろいろ謝りたいって〕
あー……。
それ、断れない?
〔会いたくないんですか?〕
顔も見たくないレベルかな。
〔そんなに悪化?!〕
ぶっちゃけ、アーノセノウスさんの距離の詰め方は好きじゃない。
謝罪といっても、自分が楽になりたいだけに見えちゃう。
〔あー、まあ、前回はそうでしたよね……〕
それに、うやむやにしてくるなら拒否られるけど。謝罪されたら許さないといけない立場じゃん。こっちは。
なにせ、もともと愛しのマイボディことシルウェステルさんだって、名誉導師じゃあっても、爵位を持ってるわけでなし。
その名前を名乗ることのできない今のあたしは、平民以下なんですよ。
権力で潰されたらひとたまりもない。
たとえ、本人的には無意識でも、アーノセノウスさんがぐいぐい来てるのってそういう傲慢さのせいもあると思うのよ。
そんなことをされてたら、なんか本気で嫌いになっちゃいそうだ。
そうはなりたくないのだよ。
アーノセノウスさんが良かれ悪しかれ根本的にまっすぐで、自分に正直な人だってのはわかってるし。
なにより、シルウェステルさんの家族なのだ。いつかは愛しのマイボディを、シルウェステルさんのお骨を返すべき相手なのだ。
〔うーん……。ボニーさんが嫌がってるって伝えることはできます。けど、それ無視して、アーノセノウスさんが会いに来たがったら、どうします?〕
ありそうだね、それは。
逃げたいぞ、それは。
うん、逃げようそうしよう。スクトゥムの侵攻まかせろどんとこい。
〔ちょ。待ってくださいよ。だって、ボニーさんさっき、星屑たちの思い込みを壊すのは危険だって言ってたじゃないですか〕
瓦礫も残らない爆破解体式なぶっ壊し方じゃなくって、ちょっとねじ曲げるぐらいなら、なんとかなるかなと。
ほら、あまりにリアルすぎて、強いモンスターが弱いモンスターを襲いにじわじわ奥地から出てきた状態なんじゃないかとか。
もっと簡単にするなら、何もあたしがスクトゥム帝国に直接姿を見せなくてもいい。掲示板を使って、ダンジョンスタンピード式にモンスターがトレイン組んでやってくる、ぐらいの噂をまき散らすだけでも効果はあるだろう。
……そういや、木道通ってモンスターが渡ってこないとも限らないんじゃないか、的な書き込みのあった掲示板があったな。
あれをうまく使えばうまくいきそうだなぁ……。
〔うわ。ボニーさんじゃなくて鬼ーさんですね〕
なにそれ。座布団一枚。




