星屑を喰らうもの
あけましておめでとうございます。
本年も拙作をお読みいただきましてありがとうございます。
グラミィが来た。珍しく一人だ。
どしたん。アロイスとかと来たんじゃないの?
〔あのジェットフォイル術式使って水の上を来ましたー。漁師さんから小舟を一艘借りまして〕
なるほど。でもあれ、一人乗りじゃなかったっけ?
よく単独行動許可してもらえたねー。
〔ボニーさんのせいですよ〕
いつものように心話で伝えてよこすと、グラミィはよっこいしょと腰を下ろした。
なんであたし?
てか、なんでもあたしのせいになってないかい?
〔だって、クウィントゥス殿下が来なかったのって、めっちゃ忙しかったからみたいですし。クラーワとかランシアインペトゥルスの諸侯やらとの折衝とか。なんかいろいろ〕
……まあ、それはそうか。
トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯領に溜まってる人たちにしてみれば、斥候兼敵の足止め役とはいえ、なんであたしだけクラーワどころかスクトゥム帝国にも足の骨を伸ばしてるのかと不満に思われてもしかたがないわな。
一国の王弟が、そうそうほぼ単身で、何度も国境越えて、こんな最前線まで出てくるわけにもいかないって事情もあるんだろうし。
〔だから代わりに、スカンデレルチフェルムとかスルスミシピオーネとか。クラーワの沿岸諸国に書状を届けたりもしてたんですよ、あたし。アロイスさんたちはアロイスさんたちで、なんか、こう、いろいろ。深くつっこんだらやばげなお仕事らしくて。最近姿もあんまり見かけないくらいでしたから〕
……なるほど。
やるな腹黒殿下。
そういう理屈がつけば、グラミィはお使いに出ざるをえない。
たしかに、ジェットフォイル術式なら、空飛ぶよりは遅いが、それでも超高速度で移動できるもんねえ。
しかも、馬での移動と違って糧秣の心配ナシだし。
でも、殿下的にはクラーワで顔が売れてるグラミィをお使いに出す、というのが一番のポイントだったんだろうな。
元JKのグラミィに、外交という名のヘルモード交渉なんてできない。だけど、あたしやヴィーリたち森精といっしょに行動してたから、そうそう軽くは扱えないとむこうが勝手に考えてくれるだろう。
ミーディウムマレウスでもサルウェワレーでも、他のクラーワの国々でも、書状を受け取って読んでくれる、ぐらいはしそうだ。
忙しいのに嘘はないのかも知れないが、グラミィを使者にすれば交渉は上手く運ぶと考えたクウィントゥス殿下の作戦勝ちだね、これは。
……古典文字知らん側近が見なかったふりして廃棄するとか、そんなこともないか。
基本沿岸部は通商路だし、持ってる知識ごと長老だの呪い師だのといった国の知識階級が、軒並みお亡くなりになるような危険性のあるような紛争とか疫病の流行が起きたって話も聞いたことないし。
星屑たちの勇者行為?
あれ、物的損害に比べりゃ人的被害はかなり少ないからなあ。
〔たぶん、今、一番、ランシアインペトゥルスとクラーワの間を往復してるのって、あたしじゃないですかね?〕
そう心話をよこしたグラミィは笑ったが、十分ありでしょそれは。
クラーワから逆にランシアインペトゥルスの方へ向かってる人は……いても闇森あたりで森精たちに止められてそうだな。
なにせ、彼らは星屑たちとそれ以外の人の区別がついてない。
〔まあ、正直、トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯領にずっといたりもしたくないですし。だいぶぎすぎすしてきてますよ、トリブヌスさんたち〕
まあ、そうだよねえ。
戦争だといいながら兵士はこっちくんなだもん。理由をしっかり伝えても、各領主や家門の総帥たちが不審がるに決まってる。
裏があるんじゃないかと探り回すくらいならいいが、クウィントゥス殿下たちの足を引っ張りにかかられるのは困る。暴発されんのはなおのこと。下手にクラーワへ突っ込んでこられないように、手を打っとかないと。
〔あ、それはないです。だってボニーさん、トリブヌスさんたち脅したでしょ?〕
脅したってなにさ。人聞きの悪い。
そう思ってたらグラミィが半目になった。
〔あれだけ魔力を放出してみせて、何言ってるんですか?〕
……そんなこともあったっけな?
〔……ま、いいですけど。最近どんなんです、ボニーさんの方は?〕
一進一退ってとこかな。
見てもらうとわかるけど、ほら、木道のたもとに、木々があるでしょ。
あれ、ヴィーリたちが頑張って森を作ってくれたの。
〔森?どっちかっていうと、林っぽいような……〕
森なんですよ。あれでも。
いちおうスルスミシピオーネの領地ではあるので、そっちにも植えていいか訊いてねと言ったんだけど。
むこうはむこうで、なんか無条件で許可というか、ぜひともお願いしますと土下座な勢いだったらしいよ。
木道のたもとは木々のおかげで見通しが悪い。
ぐっと張り出したみぎわの近くまで盛大に生い茂ってくれているせいで、むこうからこっちの方はかなり見えづらい。
〔それこっちから向こうも見えづらいってことじゃ?〕
それがそうでもないんだなー。あたしと森精たちにとっては。
〔どうして……ああ、このこたちですか〕
グラミィは手首をさすった。
そこにはあたしのラームス同様、ヴィーリの半身たる樹の魔物の枝で作り出されたバングルが両腕にはまっている。
林が同じ樹の魔物たちである以上、林側で感知した魔力の流れ――星屑たちがこっそり接近してきたとかね――が、樹の魔物を半身としている森精たちや、ラームスのさらに枝しか今は同行してないとはいえ、あたしにわからないわけがないんである。
樹の魔物たちといっしょに行動してるグラミィにだって、あたしと同じ事はできるのはずだ。
もっともグラミィは、あたしや森精たちほど、樹の魔物たちの心話を鋭敏に知覚できてないらしいので、同じレベルでできるかはわからない。
せっせこと魔力をあげたり――まあこれは別の理由もあってのことだけど――したおかげで、樹の魔物たちはすくすく伸びた。おかげで最近になって、迷い森を発動することもできるようになった。
星屑たちの侵攻をしっかり止められるめどがついたというわけだ。
なので、あたしも前よりちょくちょくイークト大湿原を渡って、スクトゥム帝国に潜入できるようになったのよ。
なお、夜中にこっそり街中の掲示板流し読みするのがマイブーム。
掲示板の中には、生産職やってるつもりの星屑たちの書き込みがあってね。今の注目は『ツル性大豆を見つけたんだが助けて』ていうの。大爆笑ものよこれ。
〔なに楽しんでんですか〕
いやだって、暗くなると基本的に星屑たちの動きは止まるし、見つかりにくいから。
それに、これけっこう面白いのよ?
簡単に言うと、枝豆っぽい莢の蔓豆を見つけたんで、畑に植えたら土地の収量が悪くなったんだけど、なんで?って内容なんだけど。
星屑たちの持ち込んだむこうの世界の知識レベルがよくわかるのだ。
確かに、大豆に限らず、マメ科の植物は、土地を肥やしてくれる植物として認識されている。
知識チートでおなじみの三圃制を通り越した四圃制、いわゆるノーフォーク農法でも、緑肥としてクローバーが採用されてたりする。
だけどねー、マメ科植物を植えれば、それで即地味が肥えるかっていうと、そいつは違うのだ。
あたしもむこうの世界でちょこっとやったから知ってるが、豆類は、むしろ肥沃な土地で育てるべき作物なんですよ。
いや、たしかに共生根粒菌のおかげで、マメ科植物は窒素化合物を生成できる。人間にはハーバー・ボッシュ法でも考えつかない限り無理なことだ。
だけど、マメ科植物がそれらを作り出すのは、彼らが、消費するために、必要だから、なんですよ。
マメ科植物が子実体にたっぷり栄養素を蓄積するのは、貯蓄タンクとしての運用ではなく、次世代を発芽から成長まで支援するための、未来への投資だ。
そもそも、子実体に栄養分をため込むということは、それだけの栄養分ないし、その原料を他から持ってきたということでもある。
確かに同定される炭素も窒素も空気中に存在する分子だ。だけど、豆類が豊富に含んでいるのはタンパク質や脂肪、炭水化物といった有機栄養分だけじゃない。無機栄養――リンとかカルシウムとか――もそうだ。
それ、どこから持ってきたと思ってるんですかね?
大地からなんですよ。
ええ、もともと豆は、というか作物ってのは、作れば作るほど土地の養分を吸い上げ、疲れさせるものなんです。
それもわからず豆が穫れたと喜んでる、つまり栄養分を収奪してるばかりじゃ、地力は落ちて当然てもんだ。
マメ科植物が緑肥になるというのは、文字通り、緑色した植物体を、それも成長しきった植物を、根っこから葉っぱの先まで全部大地に埋め、肥やしにするということだ。
植物が生成したすべての栄養分を大地に返すからこそ、有機化合物ぶん地力の収支はプラスになる。
だけど、窒素化合物――アミノ酸とかタンパク質とかが蓄積されてる子実体を収穫、つまり還元対象にしないというのなら、当然大地に戻されたのはその残りカスということになる。
地力の収支がプラスになるわけがない。
ついでにいうと、共生根粒菌だけで生命活動成り立ってた原種と違い、商品になるレベルの栽培種というのは、品種改良により、実が大きく、おいしくなっている。
それは、蓄積される栄養分も増えているということだ。
つまり、根粒菌により、空気中の窒素を固定してるだけでは間に合わないということでもある。
だから、肥料が――窒素化合物を含む、いわゆるチッソ肥料ってもんも必要になるわけだ。
窒素化合物不足は、三圃制ではあまり問題になることが少ない。
なぜかというと、地産地消ならぬセルフマッチポンプ状態だから。
ムラサキウマゴヤシのように、緑肥兼牛や馬などの家畜の飼料に使われる植物を生やしておいて、そこに放牧するというスタイルならば、一度収奪された栄養分は家畜の体内を通って排泄物として還元されるんですよ。ある程度は。
これ、都市化があまり進んでいない、つまり小さな集落の中だけで食物ピラミッドが完成するような文明状態における人間の食糧にも、同じ事がいえる。
ヒント:下肥。
一度人間が大地から収奪した栄養分――穀類や豆類に蓄積されたものも、何割かは確実に畑に還元されるというサイクルを作ることができてれば、地力はゆるやかに維持されるというわけだ。
けれど、スクトゥムは――あたしの見た限りにおいてのことだが――ぶっちゃけ都市化がかなり進んでいるようだった。
もちろん、都市の周辺にも農地は広がってはいるものの、流通は活発だ。
言い換えるならば、生産エリアと消費エリアが完全分離してんですよ。
加えて排泄物は川へと垂れ流し。
結果、生産エリアとは名ばかりの農地は、どんどん土壌の栄養をリンやカルシウムといったものを含めて消費しつくし、消費エリアは消費エリアで、食糧から得ていた栄養分をどんどん廃棄していく。
……これ、富栄養化した川の水を灌漑にでも使える下流の土地はともかく、上流の土地はどんどん貧栄養化が進むと思うんだが。
ロリカ内海も相当な富栄養化はしていると思うので、むこうの世界的には赤潮発生なんかも気になるところではあるが……まあ今はおいておこう。
問題は、将来的にスクトゥム帝国の土地がさらに痩せ、収量がもっと落ちるだろうってことだ。
ただでさえ自国のトリクティムを青いうちに刈り取って、大湿原に投げ込んで木道こしらえるなんて、すかぽんたんなことをしでかしているのだ。
餓死者が出るだろうな。大量に。
というか、その前に、飢餓から逃げるためにもスクトゥム帝国の人間が周囲の国に流出するだろう。
だけどクラーワ地方もグラディウス地方も、農作物を輸出できるほど豊富に生産してるわけじゃない。
結果として、人間の移動が飢餓をも広げることになる。
〔うわぁ……〕
グラミィが身震いした。
〔それ、殿下に伝えた方がいいですよね〕
だね。ただ、理由を説明して理解してくれるかどうかわかんないし、いつごろ起きるかなんてのもわかんないから、ふわっとそんな予兆があるようだ、ぐらいでよろしく。
〔りょーかいです〕
あっさり頷く相棒を、あたしはじとっと見た。表情筋があったら、さぞかし微妙な顔つきになっていたことだろう。
〔なんです?〕
グラミィ。あんたさー、なんであたしを怖がんないの?
「……は?」
出てる出てる、口に出してる。
あ、なんでわかったかって?
気づいてないかもしれないけど、こないだ殿下たちと一緒だったときと距離感違うからね。相当。
だけど、なんで?
前から一度は確認しておきたかったんだよね。心話が聞けちゃうアロイスとかいたから、あえてこれまで聞こうとは思わなかったけど。
あたしは、人殺しだ。
地獄門を破壊した時にも言ったが、術式の素材にされた人を殺し、侵攻してきた敵を斃すよう、クウィントゥス殿下に命じられた、あたしはそれを受けた。
ここクラーワでだって、ゲーム感覚で武器を振りかざしてやって来る星屑たちを、もう何人も殺してる。
一度してしまったことというのは、選択肢として、そこにあるものだと実証してしまったということだ。
つまりそれはこれから先、問題解決策として、選んでも選ばなくても『相手を殺す』という選択肢があたしには存在することだ。
一度選んだ以上、再び、そしてみたびあたしが選ぶかもしれないと、周囲の人間が思ってもしかたのないことだ。
あたしの中にある、人を殺すことへのハードルだって下がっているのかもしれないよ?
あたしは魔喰ライになる危険がある。
これは何度も言ってるけど、人を殺すってのは、魔喰ライになる危険と隣り合わせだ。
どんなにきちんと被害を出さないといけないと思っていても、やっぱり後味がよくない。断末魔の悲鳴を笑って聞いていられるわけがない。
だけど、瀕死の人の、そして死者の魔力というのは。
――オイシソウニミエテシマウ。
えーと、たとえていうとその辺の野草が『たべられる』と理解しちゃって、なおかつお腹空いてる感じ?
前にグラミィはどんびきしてたけど、正しい反応だったと思うよ。うん。
なのに、なんで、魔喰ライなりかけ風味なあたしと相対して、そんなに平然としてられんの?
真面目に訊いたのにグラミィは吹き出した。
〔いやだって、何を怖がれと?そりゃトリブヌスさんたち連れてきた時は、まだ魔力が安定してなかったですけど。でも、今、ボニーさんって相当安定してきてるじゃないですか〕
……バレたか。
〔バレたかじゃないですよ。なにをどうやったのか、誰のおかげか知りませんけど。トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯領に入る前ぐらいにはなってますよね、魔力の流れとか動きとか〕
まあねー。
魔喰ライになるというのは、人間の獣性……本能である食欲や自己生存欲が自我や理性を呑み込み、喰らい尽くすものだから。
言ってみれば氷で作ったコップの中の水が突然熱湯になり、跳ね上がってコップを溶かし、外へ飛び出ていくようなものだ。
だったら、熱湯に水をさしてぬるめたり、水が飛び出ない高さまでコップの縁を高くしたりすればいい。
――もしくは熱湯になる前に、水を減らせばいいだけのこと。
そう考えたあたしは、ラームスたちに協力をお願いしてみたのだ。
餓えを感じた瞬間、何がなんでもあたしの魔力を吸ってね、ただしあたしが消滅しない程度によろしくと。
実際、星屑たちと斬ったはったをやった後、あの林の中まで撤退してところでやってもらったりもした。
さすがにおなかがすいて動けないよ状態では、反撃もへったくれもできないので、迷い森も併用してもらってね。
そしたら、じわじわ魔力を戻してもらったところであら不思議。通常営業に戻れたというね。
今、あたしは、あんなにきつかった餓えをほとんど感じていない。
メリリーニャとヴィーリにも伝えたら、なんだか不審な挙動してたから、あれは相当びっくりしたんじゃなかろうか。
〔そりゃびっくりするでしょうよ。ヴィーリさんたちがボニーさんを経過観察?してたのだって、魔喰ライ寸前で踏みとどまれたってのが珍しかったからだって言ってましたよね?だったら相当な捨て身とはいえ、魔喰ライにならずにすむ方法を確立できたってのは、相当すごいことなんじゃ〕
でも、あたしが人を殺してることには変わりがないでしょうが。
そこは怖くないの?
〔……ボニーさんが、あたしを殺すかもしれないから、怖がれと?逆に訊きますけど、ボニーさん、あたしを殺す気あるんですか?〕
あるわけないでしょんなもんは!
少なくとも、今は。
〔今は?!〕
……魔喰ライになる可能性が捨てきれないからなー……。
〔…………〕
地上で近接戦すんのって、ほんとつらいのよ。
一狩りしようぜ感覚の星屑たちは、よってたかってあたしをどつきまわそうとするわ、斬り倒した敵が間近で痙攣しながら息を引き取るのを知覚しているうちに、餓えがじわじわと強くなるわ。
自己嫌悪でなんとか立ってたようなもんだけど、これはやばいと思ったね。
地上戦だけやってたら、早晩あたしは魔喰ライになると。
だから、あたしは空を飛ぶことにした。
なるべく星屑たちを殺さないですむ、窮余の一策でもあった。
だってあいつらって、『横殴り反対!』とか言いながら、あたしそっちのけでお互いに殴り合い始めたりもするんだもん。
ま、飛ぶと言っても、実際に飛ぶのは、せいぜいが星屑たちの前に現れたり、去ったりする時だけのこと。
なにせ飛び続けるには速度がいる。一瞬で星屑たちの頭上なんか通り過ぎちゃうんですよ。
いやリベルラの羽根を真似たら、ホバリングもできるようになったけどね?ラームスたちが少ないんですもの、一度にあっちもこっちもって複数術式の同時顕界とか、維持とか、ちょっと意味わかりませんからね。
ならばと地表近くに風を起こして視界を悪くしたところで、だすっと巨大な結界を地面にぶっさしたわけだ。
あとは、結界の上に立ったまま、風に先導させる形で結界刃をずずっと変形させながら直進していくだけ。敵陣を抜けるところまで。
ゆっくり動かしてるのだって、逃げてくれよと思ってのこと、なのだが。
なんで、割られた盾も捨てないで、そのまま突っ込んでくるのかね?!
開きになって倒れていく星屑たちの姿に、なんともいえない気分になったものだ。
そして理解せざるをえなかった。
たとえ空を飛んでも、星屑たちが逃走を選ばず、自爆のような行動をした結果といえども、あたしが星屑たちを殺してることには変わりないということを。
それが無辜の、無関係な、この世界の人の身体を持っていても、異世界人の人格が入ってるってだけで、殺せるということを。
まだためらいも罪悪感も感じるけど、押さえ込めてしまう。無視すらできる。
だったら、グラミィ。たとえ魔喰ライにならなくても、あんたに対して同じ事ができないと思うかい?
それにだ。
いろんな心的ストッパーが外れ、相対的に感覚の鈍化と鋭敏が発生し、いつもはやらないことをやり、やっていることを選ばなくなることを酔っているというのなら、戦闘中のあたしはまさしく酔ってるんだと認めざるをえないのよ。
星屑たちの血に。
〔……知能あるゾンビと会話できても、次の瞬間襲ってこないとは限らない、だから怖がれって理屈ですよねそれ〕
かもね。
〔これから誰がどう行動するかなんて、わかるわけもない。それでもゾンビよりも生身の人間の方が安全、だから距離を置くなら生身の人間よりもゾンビに対しておくべきって?でもそれ、ただの思い込みですよね〕
ぐ、グラミィ?
〔これまで人殺しをしていない人の方が、人を殺した人より、これから先も安心できるような相手かっていうと、そんなわけないでしょ。お互いの関係の問題でしょ〕
言い切ったグラミィの目は昏かった。
〔ああでも、友達だったらずっと友達ってことだってないですもんね。敵になるのはほんの一瞬あればいい。同級生なんて中立のふりしててもペットボトルの鳥よけ風車とおんなじで、自分に影響がなければ風で動くだけ〕
……あー。それは。
実体験なんだろうな。グラミィの。
〔それに比べたら、戦闘に自分からつっこんでってるとはいえ、殺されそうになるから反撃してるボニーさんは、正当防衛でしょ、ただの。だったら、何を怖がれと?他国に飢饉が起きる可能性を心配してるボニーさんを?退路を断つどころか、逃げ道を盛大に作っておいて、自分が危険だ近づくな警戒しろって言ってるボニーさんの方がよっぽどマシかなと〕
てか。比べられたくないな、そういうのには。
そう考えてるのが伝わったんだろう。グラミィはまだ昏い目のままだったけど、なんとか笑った。
〔そうですね。ボニーさんはもともと星屑たちを救いたいとか言ってましたし。王弟殿下もそのへんわかってたみたいで〕
マジで?!
〔アロイスさんにも和まれてましたけど〕
……うあー。
思わずあたしは頭蓋骨を抱えたが、その一方でひどくほっとしていた。
グラミィが人殺しとなったあたしを受容してくれてることだけじゃない。
グラミィが、人殺しであるあたしを受容するのに、『戦争だから』『相手が星屑だから』しかたがない、などと思考停止した理由付けをしなかったことに。
グラミィなりに、きちんと考えて答えを出してくれたことに。




