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地上の星たち

 固い音に、裏切り者がはっと顔を上げた。

 鉄格子の外に転がされているのは、杖だ。

 夢にまで見た杖だ。


 罠でしかない。


 そう知りつつも、手を伸ばさざるを得ない。それ以外の力を知らず、持っていないのだから。

 鉄格子で腕をすりむき、必死に岩床を掻きむしる。火傷した手の火膨れが裂けるのもおかまいなし、爪が割れ、血が滲んでも必死にあがく。


 だが、その様子に同情はしない。

 それだけの執念があるんなら、もっと早くからまともな方向性で努力をしとけばよかったろうにと思うだけだ。

 他人事だし。


 指先をかろうじてひっかけ、何度か失敗しながらもようやく手元に引き寄せることに成功した杖を握りしめたその口の端がつり上がっていく。


「ク、クハハハハ、クハーハハハハハハハ!ようやく手に入れた、取り戻したぞ!」


 牢の岩天井を振り仰ぎ狂笑する。

 振り乱そうにも髪はない。まー牢に放り込む前に、あたしが燃やしたんだが。


「髪を奪われた程度で、このルヴィーゴスピキャポット魔術男爵家のサージ・スペルブクラッススが諦めると思ったか!我が奥の手を見せてやる、この腐れたランシアインペトゥスにも、グラディウスファーリーにもだ!」


 舞台俳優のような大仰な身振りで、サージは握り拳ぐらいの大きさの石をつかみだした。

 どこに隠してたんだあんなもん。

 取り押さえる時に、一応、身体検査したよねアロイスさん?


「身体の中までは探れまい!」


 なるほど、そういうことか。

 よく切れなかったなー。

 ナニが、とはあえて言わないが。言いたくもないが!


 杖が血に汚れるのにもかかわらず、サージは据わった目で杖を振りながら詠唱を始めた。


「『固きもの、地の骨、母に宿りしもの、我に力を与えよ』」


 ふむ、これは……。

 初めて見る術式だけど、なんとなく何をしようとしているのかわかる。気がする。

 よく覚えておこう。

 浮かぶ術式をじっくりと見てから、あたしはそこへ伸びる導管を破壊した。

 やっぱり生魔力おいしいです。いや味なんて感じないんだけど、様式美的に言っとかないといけない気がするので。


「ぐ、ぐぉおおおおおおおおお!」


 絶叫とともに、みるみる身体が崩れていく。

 どうやら、魔力を失うというのは、魔術師にとってものすごい脱力感と虚脱感をくらうものであるらしい。

 髪を失うショックはさておき。

 ベネットねいさんもあたしがスキンヘッドに仕上げちゃった時には、ぺたんと女の子座りになったまま、なかなか起き上がれなかったもんね。

 それに比べると、裏切り者のくせにサージはなかなか健闘してると言えるんじゃないかな?

 膝はかわいくない子鹿のようにぷるぷる震えているが、杖と石を離そうともしない。


「く、そ、こんな、ところ、で……」


 ……ん?


 石から光が放たれている。

 というか、なんか最初からほんのり光ってた?松明の炎が反射してるんだとばかり思ってたんだけど。

 ……これ、ひょっとしてファンタジー系ご都合主義に良く出てくる、魔力結晶とか魔石とかいうやつだろうか。

 その魔力を活性化させてるってことは、……そーゆーことか。


 この大きさなら、まだドコかにスペアを隠してあるような可能性は低そうだ。奥の手とか言ってたしね。

 まー後顧の憂いを絶つために可能性をゼロにしとく手段ってのも、やれないわけじゃないけどさ。

 他人のドコかから掘り出すなんてあたしはやりたくないぞ。臭そうだし。嗅覚ないけど。

 これは、自発的に出してくれるのを待って、魔力だけもらっとくってのが、一番手を汚さずにすみそうだ。

 よし、次の仕事のモチベーションが上がったぞ。

 では、今の仕事を終わらせよう。


 全方位に制御されることなく放たれている石の魔力ともども、サージの魔力もすべて吸い取ると、みるみるうちに石の光は消え、ひびが入っていく、

 石が砕けきったところで、裏切り者も意識を失って崩れ落ちた。

 うむ、やっぱり吸引力は決めてだね。


 魔力を枯渇させておかないと、下手に力を持ってるアホというのは何するかわからないから、というのは建前でもあり本音でもある。

 あとは見せしめ?

 サージの絶叫のおかげで、他の牢の中も大入満員のわりにはずいぶんとおとなしくなっていた。

 ごちそうさまでした。


 杖を回収して地下牢の入り口に向かうと、そこに蒼白い顔のアロイスが待っていた。


「もういいのだな?」


 あ、はい。お迎えご苦労様です。

 ほい、とサージの杖を渡したら、血の染みにほんのり顔を引きつらせながら受け取ってくれた。

 ……幼なじみというわりに、見れば見るほどカシアスのおっちゃんとは似ても似つかぬ方向性だよねー。

 優男系というか、チャラ系というか。

 おっちゃんの方が老けて見えるせいかもしらん。髭のせいかな。


 だけど、アロイスの器量もおっちゃん同様、本物だとあたしは思う。

 隠密活動の能力も、部隊長でありながら先頭切って諜報活動してたってだけあって、結構な腕前だし。目的達成のためには手段を選ばないってところも、とことん徹底している。

 たとえば、あたしがサージにやった魔力吸収も、魔術師にとっちゃある意味拷問なんだろうけど。

 サージみたいに、どんな隠し球を持ってるかわからん相手じゃ、注意は必要じゃないかとグラミィが伝えたら。

 定期的に魔力を抜き、魔術が使えないようにしておくためにってことで、あたしが牢に入る手続きから、砦内を移動しても見つかりにくくするためにって下働きの服まで用意してくれたりね。

 そもそも、この砦内で諜報部隊の存在がばれた瞬間、寡兵として切り刻まれる可能性だってあったんだ。

 諜報中に裏切り者の一味とみなされることもあったかもしれない。

 自分を犠牲にする覚悟がなきゃ、そんな裏の部隊長なんてできないか。

 あたしにまだびくびくしているのはさておいて、だけど。


 地下牢の入り口の鍵をきっちりと閉めると、あたしたちは衛兵の詰所に向かった。

中で手持ち無沙汰そうにしていたカシアスのおっちゃんが、急におもしろそうな顔になる。


「大胆不敵の『放浪騎士』がそんな顔になるとはな。何があった?」

「……聞かんでくれ。頼むから。おれの口から言いたくない……」

「だったら、最初から骨どのに任せておけばよかろうに」

「そういうわけにもいかんだろが。おれの立場も考えろ!」


カシアスのおっちゃんにわめくアロイスの図というのも珍しい。逆はさんざん見たけどな。


〔おつかれさまです、ボニーさん。なんか収穫ありました?〕


 まあ、そのへんはおいおい。

 てゆーかグラミィ、寒くなかったのかね?息が白いよ?

 まだ松明がいくつかあった地下牢の方が暖かかったんじゃないか?


〔移動してきたのはついさっきですからー。けど、ボニーさんは寒くないんですか?〕


 それが感じないんだよねー。

 おそらくは、体温自体がないせいだと思う。

 なにせ骨だし!

 あたしが服を着ているのも、防寒ではなく見た目の問題だ。


〔周囲が石壁のせいですかね。すんごく寒いです。外気と同じくらい〕


 ……言ってもらわないとわからんよそんなもん。

 ま、寒いのは部屋の奥に安置してあるものにはありがたいのだけど、生きてる人間まで冷え切るのはよろしくなかろう。

 特にご老体(グラミィ)。 

 それなら、なるべく早く答え合わせを済ましてしまおう。


 卓上に短剣と紋章布を置く。酒のシミだらけなんで、正直なところ直置きとかもヤなんだけどね。

 このテーブルを見る限り、衛兵たちもろくでもない連中ばっかりだったのかもなー。


「遺体と馬車の周辺に飛んでいた荷物は、すべて回収した。その際、この紋章を見せたエレオノーラによれば、間違いなくルーチェットピラ魔術伯爵家の紋章とのことじゃ。短剣は現当主の叔父にあたる、シルウェステル・ランシピウス魔術学院上級導師のものじゃと」

「やはりか…」


 グラミィの言葉にアロイスは天井を仰ぎ、カシアスのおっちゃんは深々とため息をついた。

エレオノーラも一目紋章を見るなり蒼白になっていたっけ。さすがは腐っても魔術副伯の子どもということか。


 庶子とはいえ魔術士団に放り込まれたということは、それなりの出世を求められてのことだろう。ならば各貴族の紋章に始まり、血族、王族とのつながり、爵位、政治的立ち位置、派閥といった基礎教養的な情報も頭に入れているんじゃないかなと睨んだのは正しかった。

 エレオノーラの知識によれば、シルウェステルという人は膨大な魔力を持ちながらも出世欲を持たず、一介の魔術師として魔術研究の道を歩むためだけに魔術学院に籠もり続けた人らしい。

 宮廷魔術士団にも教え子を相当数輩出しており、魔術学院長候補に何度も名前を挙げられたり、魔術伯の爵位の授与なども打診されたりもしたらしいが、それらをすべて辞退し続けた。という。

 そこまで聞き出したところで、エレオノーラと、彼女にくっついていたドルシッラには口外禁止をグラミィが命じといたけどね。


 しかし、そんな名誉欲のなさそうな人が、なぜこんなとこで白骨になってたんでしょね?


「シルウェステル師はスクトゥム地方へ親善使節として派遣されていた。表向きはな」


 つーことは、裏は?


「おれと同じような役割をお持ちだったと言えば、わかるか?」


 なるほど。それならわからなくもない。

 身分がそこまで高くない方が動きやすいだろうなとか。

 研究馬鹿という評判が高ければ、相手も油断してくれそうだなとか。

 しかし裏の事情を知る魔術師ともなれば、あの書類入れの中身も相当な重要書類なんだろう。

 その伝達をグラディウスファーリーという国が妨害、ついでに暗殺をしたということになるわけかなー。

 下手に情報操作されてたら、あさっての方向に宮廷魔術士団の復讐意欲は燃え立たされて、泥沼の戦いに引き込まれてたかもね。

 うまく隠蔽されていたらアウトだったろう。

 肝心の書類入れが放りっぱなしで封蝋もしてなかったってあたりが罠くさいけど、全体的に工作が杜撰で助かった、と言えるのかな。


「骨どの?」


 部屋の奥に歩み寄るあたしに、カシアスのおっちゃんがいぶかしそうな声をかけた。

 アロイスが目をそらしているのは、安置されているのが、エドワルドくんたちにひっぱりあげてもらったご遺体だからだ。

 いちおう、遺体だから痛まないように寒いとこに置いとくってのは間違いじゃないんだろうけど。すっかり骨になってる以上は常温でも問題ないんじゃなかろうかと個人的には思う。

 それはともかくとして。

 気になってたことがあるんだよね。指し示したとこ、見てもらえないかな?

 骨の砕けたここに残ってるのって。


「これは……弩の太矢、ですかな」


 うん。ついでに言うと、狙撃したのは、おそらく、あたしを撃った、あの弩兵じゃなかろうか。状況証拠的に。

 直接本人を尋問するのもいいが、口を割らなかったり、情報を最初から知らされてなかった場合には、こっちも洗うべきだろう。

 弩というのは弓より技量を要求されない飛び道具だというが、機構が複雑なだけに、どこの誰が作ったかはわかりやすいはずだ。

 直接黒幕に結びつくような手がかりになるかは微妙なとこだろうけど。


「……しかし、傷はともかくとして、これらの遺体は二重に妙ですな」


 何が?

 首をかしげるあたしの前で、カシアスのおっちゃんは指を立てた。


「一つ目、賢女様は人だけでなく、馬たちの骨もきれいに揃っていたと仰った。通常であれば、地中に埋葬でもされていない限り、死体がこのようにきれいに揃った状態で白骨化することは、まずありません。その前に四散するのです」


 グラミィはきょとんとしてたが、あたしはなんとなく理解できた。

 肉食の野生動物にとって、死体どころか生きてたって肉は肉だ。

 そんなやつらに白骨化するまで綺麗さっぱり肉を食われていたならば、そりゃ骨は食い散らかされて散乱するわな。骨自体もバラバラどころか噛み砕かれてボッキボキだろう。骨髄だってりっぱな栄養源だもん、喰われないわけがない。


「二つ目、食い散らかされる前に遺体を回収できたのだとすれば、なぜすべての遺体は白骨のみになっていたのか」

「…確かに妙だな。下働きの連中からは、馬車が砦を通過したのはカルラルゲンとルベラウルム、アートルム全てが満ちた日か、その前日ぐらいのことだったと聞いたぞ」

「なら一月たつかたたないかくらいだな。夏場でもあるまいし、それほど早く肉は腐り落ちん」


 服はボロボロになってたけどねー。

 てか、あたしは完全骸骨オンリーの()()だったし。

 これは、他のご遺体が着ていた服も、下手に触れたら崩れそうなほど脆くなってたから、最終形態に突入してたってことなんじゃないかと思ってる。

 だが時間経過と肉食動物のオヤツになってた説、どっちにしても、骨だけがきれいに残るってことは、まず、ありえない。そのことはわかった。


「いや、待て。三つの月がともに満ちた日というのは……たしか星の墜ちた日ではなかったか?」


 うあー、そうつながるのかー。ヤな偶然だなー。


 ……いや、ちょっと待て。

 これ、墜ちた星をあたしやグラミィに紐付けられるより、襲撃に紐付いちゃった方がラクにならんかな?

 シルウェステルさんとかいう偉人の死を意味していたに違いない、とか。

 そう思ってくれないかな?


「星は二日続けて墜ちたという。カシアス、お前が言うのはどっちの方だ?」


 ハイダメでしたー!

 だよねー、二日続けて墜ちたって言ってたもんねーちきしょー!


「たしか一日目の方だ」

「そっちなら、暗森の方に墜ちたらしいぞ。二日目なら、確かにここから見て崖の方角だったようだが」


 ……ん?んんん?


〔……っていうことは。墜ちた星ってば、やっぱりあたしたちのことですかね?〕


 方向的にはそんな感じがするんだけど。三つの満月ってのが謎だよね。

 あたしが見たのは蒼銀と紅金の二日月だった。はずだ。

 そもそも、グラミィ、三つ目の月って見たことある?


〔ないですねー。ベネットさんたちにそれとなく聞いときましょうか?〕


 よろしく。頼んだ。


「それに、妙なことはまだある。グラミィどの、人の遺体は全部引き上げたと仰ったな?」

「いかにも」

「ならば、謎は三つだ。携帯品からして、御者と随行の文官たちの遺体はわかった。だが、肝心の、シルウェステル・ランシピウス師の遺体はどこにある?短剣はあれども杖も見当たらんとはな」


 ……すいません。それたぶん、どれもこれも現在進行形であたしが借りてます。

本日も拙作をご覧いただきまして、ありがとうございます。

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サージの家名、「スペルブクラッスス」は、ラテン語のアグノーメン(個人を特定する愛称的な姓名の一部)に使われている言葉のうち、「傲慢な」と「肥満」をつなげたものです。

つまり、「傲慢デブ」……。

おっかしーなー、もっとヒョロガリな体型をイメージしてたんだけど。

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