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覚悟

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 シルウェステルさんを騙った責任は、取らなきゃなるまい。

 それがあたしの結論だった。


 封建社会において、自分より高い身分の人間に逆らうことは死を意味する。逆を言うなら、王侯貴族は下位者に対する絶対的な権限――それこそ、生死すら左右するほどの――を恒常的に有する存在であるとも言える。

 この上位者の権限から身を守ろうとするなら、対抗可能な別の上位者の、それも身分や権力的にほぼ同等かそれ以上の庇護下に入る必要がある。

 だが、そのためには、相手へ一時的な利益を提供するだけでは足りない。自分の生殺与奪の権限を引き渡すことすら覚悟しなければならないということを意味する。

 

 家門の長が一族の待遇を任意に決定する権限を持つのも、同様の理屈による。

 もちろん、決定される待遇には庇護から私裁まで含まれるのだが、逆に長には、何か問題が持ち上がった場合、一族に関わる者すべての振る舞いの責がかかってくるのだから、それはある意味当然のことだろう。


 そうとわかっていて、それでも、あたしはクウィントゥス殿下に、そしてルーチェットピラ魔術伯家に庇護を求めた。正直、あたしたちの自由以外に売れそうなものがなかったからだ。捨て身の策だ。

 自由を売り渡す代わりに得たのは、この世界で生き延びる――お骨でもだ!――のに必要な、知識と身分の保証。それを手がかりに、生身に戻る術を得ること。だった。


 それがかなわぬというのなら。

 辻褄合わせのためとはいえ、とことん騙り尽くす覚悟はとうにできている。『あたしがシルウェステルさんの偽物ではないか』という、アーノセノウスさんのとっても正しい疑念を、『あたしがシルウェステルさんの偽物であるかどうかではなく、処断すべき人間であるかないかの方が重要だ』という認識にこっそり書き換えようじゃないの。

 そこでさらにシルウェステル・ランシピウスを騙る矛盾は、初めから承知の上。あたしは最後の最後までシルウェステルさんの名を騙り、そしてアーノセノウスさんを煽り続けようと決めていた。

 アーノセノウスさんの怒りを一手に引き受け、鎮め、クウィントゥス殿下が混成部隊をまとめる捨て駒になるために。

 シルウェステル・ランシピウスとしてあたしが死ぬまで。

 

 もちろん、あたしだって、こんなお骨ボディでも死にたくはないという思いはある。

 いのちだいじに、たとえ骨でもが行動方針表明のスローガンがわり。殺しにかかってくる他人を、この手の骨にかけても生き延びてきた程度には、自分の生存を他者のそれより優先してきたわけだ。


 だけど、アーノセノウスさんは、他人じゃない。

彼があたしたちを庇護下に入れ、友好的に――グラミィは一部目の敵にされてたけど――接してくれた時間が、あたしにも思い入れや好感を育んだ。

 敵対を選んだり、殺し合ったりはしたくないと思うほどには。

 

 それに、あたしには引け目がある。

 どれだけアーノセノウスさんから愛情を向けられたとしても、返すことができなかったというものだ。

 それはシルウェステルさんへ送られるべきものであり、あたしに対するものではない以上、それに応えることはできないと思っていたからだ。

 だけど、溺愛に溺愛を返してほしいと乞うアーノセノウスさんに答えることもせず、やらずぶったくりのまま一方的に搾取するままというのは、何かが間違っていると思うわけで。

 偽物へ不信を向けられたからといって、怒るのも悲しむのも筋違いだというだけだ。ただ、それだけだ。

 

 だから。

 シルウェステル・ランシピウス、あるいはそう名乗っていた骸骨の消滅。

 決着をつけるためには、これが十分で、必要な落とし所だろう。

 そう、覚悟を決めたのだ。


 あたしは、計算することしかできない。

 単一の国力だけで見るなら、ランシアインペトゥルス王国はスクトゥム帝国とは比較にならないほどに小さい。

 そのランシアインペトゥルス王国が、スクトゥム帝国と戦端を開くならば。

 その前に、おばかな仲間割れなんて事態の芽をとことん潰していく必要がある。

 こうまで荒れまくった状況を、あたしという存在ひとつでなんとかできるのならば、安いモノだと算盤をはじくことしか。


 あたしは全身の骨に張り巡らせていた結界をすべて解いた。

 防汚防水補強目的の結界が全部消え失せ、シルウェステルさんの遺骨が久しぶりに大気に触れる。

 アーノセノウスさんの手が震えたのか、ごりっと胸骨に杖が当たった。痛い。

 だけどこれで、あたしが身を守ろうと、何か魔術を使うことはない、という姿勢だけはわかってもらえる。と思う。

 そして、骨の物理防御力など、魔術で上乗せなどしてなければ、本当にたいしたことはないのだ。

 アーノセノウスさんの魔力なら、たぶん一発でシルウェステルさんの骨はばらばらになる。

 それで、終わりだ。


「この……馬鹿!骨!馬鹿っ骨!」


 クラウスさんに取り押さえられたまま、グラミィの罵声は途切れながらもけしてやまない。

 ああ、怒れ、泣け、存分にあたしを責めるがいい。

 

 ――だけど、たぶん、本当のシルウェステルさんが同じ立場に置かれ、疑われたとしても、今のあたしと同じ事をしただろう。

 それくらいには彼を騙ってきた人間として予測がつく。


「シルウェステル!いや、名誉導師!本気なのか!」


 本気じゃなきゃここまでしませんよ、殿下。

 急いで抜いたラームスはもちろん、あたしにもダメージは入ってるんです。

 

〔ほんとに死ぬ気ですか!〕

  

 悪いなグラミィ。今のあたしには、これが限界で、デッドエンドだ。

 だけど、あんたは助かる。

 あんたの流した涙が、そしてあたしへの罵倒があんたを守る。


〔あたしを、守る?!〕

 

 シルウェステル・ランシピウスの実母である大魔術師ヘイゼルの、我が子に向けた悲嘆は激しい。

 あんたが泣きわめけば泣きわめくほど。クウィントゥス殿下に、そしてアーノセノウスさんに与える印象はそのように固定される。

 結果、グラミィ。あんたの立場は『ペテン師の片割れ』ではなく、『子を誅された母』になるだろう。

 ただのビジネスライクな関係なら、相手にそこまでの思い入れはないはず。そのように判断されるだろうよ。

 

 おまけに、どうやらアーノセノウスさんは、あたしがシルウェステルさんではないという明確な証拠は持っていなかったようだ。ただ疑念ばかりが膨れあがっている状態だったのだろう。

 だけど、今、あたしが問答無用に撃たれていないということは、その疑念も揺らいでいるのかもしれない。

 なにせ魔術師の杖って武器ですからね。今のあたしは他人の手にある銃や抜き身の銃口や剣先を握って、自分の胸骨に押し当ててるのも同然なんです。

 つまりいつでもどうぞ殺して状態。

 

 このまま手に掛けてくれるなら、どっちつかずの半信半疑で十分だ。

 シルウェステルさんを、溺愛する血のつながりのない弟をアーノセノウスさんが己の手にかけたと思ってくれるなら、罪悪感はこの首の骨一つに対し、十分なおつりといえるだろう。

 アーノセノウスさんを止めきれなかったとクウィントゥス殿下が、わずかなりとも悔やんでくれるなら、グラミィに対する庇護は厚くなる。

 ましてや、アーノセノウスさんの後悔は溺愛ほどに深いだろう。

 いくら宮廷で策謀陰謀に揉まれちゃいても、アーセノウスさんの性根はわかりやすいほど真っ直ぐで、善悪に対する感覚も十分に高い。代償を求めれば無条件で従ってくれるだろう。多少の誘導は必要だろうけれども。


 万が一にでも、あたしがシルウェステル・ランシピウスではないという結論が出たとしてもだ。

 あたしがグラミィ、あんたを利用していた、と思わせることはできるだろうよ。

 だまされた善人として立ち回れば、それでもグラミィ、あんたの身は十分守れるはずだ。

 最後の最後に、あんたが通訳を拒否してくれて助かった。

 あたしとグラミィが一心同体ではなかったことの、いい証拠になる。

 うまく使って、生き残れ。

 あんた一人になってもだ。


 クラウスさんの腕から、グラミィがずるずると崩れ落ちた。

 

〔~……この骸骨!鬼!悪魔!骨!〕

 

 なんとでも言うといい。

 

 ラームスには、あたしが消滅し、保有している魔力の制御ができなくなったら全部吸収してくれと伝えてある。それだけ膨大な魔力を吸収すれば、まだ骨にひっかかってる彼の枝や気根たちはアーノセノウスさんの魔術にも耐えられるだろう。

 つまり、暴走も暴発も起きない。起こさせない。後始末もきっちりできる。めでたいことじゃないか。


 ――ああ、だから。

 くちびるも、ほおもないくせに、ひきつっているのは。単なる感情の余波にすぎない。

 この胸骨の中で、激しく震えているものなどない。心臓を持たないのだから。

 アーノセノウスさんが半信半疑を振り切って、気が済むまで威力を抑えた無数の火球で嬲り殺しにしたいというのなら。それも仕方のないことだ。

 だけど、できればひと思いにしてはくれまいか。そう、こっそり願うくらいはいいだろう?

 

 必死に動揺を抑えこんで――ようやく気がついた。

 アーノセノウスさんの息もまた、肩を上下するほどに荒くなっていたことに。

 グラミィの泣き声をBGMに、杖越しにもわななく手の震えが伝わってくる。

 

「お前は、なぜ、自分を殺せという。死ぬ気か。死にたいのか。死なせたいのか?!」

 

 ……アーノセノウスさんも、おかしなことをいう。

 あたしは炎で中空に文字を描いた。

 

『シルウェステル・ランシピウスとは、そういうものでしたでしょうに?』


 初めから。


 だが、文字を読んだアーノセノウスさんの様子が変わった。

 一瞬目を見開いたのも、驚愕のあまりか魔力が大きく揺らいだのも、まだわかる。

 だけど、杖から完全に手を放して後退(あとずさ)るとは。


「……お前は、何を、言っている?」


 字義通りのことですよ?


首の骨を傾げてみせた時、グラミィがとうとうクラウスさんを振り切ってやってきた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔のままだ。

 その老躯に似合わない怪力――ではない。グラミィだって身体強化は使える。そして身体強化は魔力量が多ければ多いほど強力なのだ。クラウスさん程度じゃ対抗できるわけなどない。

 それはいいんだが。

 なぜ、あたしとアーノセノウスさんの間に割って入る。


「この子を!殺すとおっしゃるならば!わたくしも殺されるがよい!」


 いや。いやいやいやいや!ちょっと待って。

 グラミィ。あんたいったい何言ってるの?!

 焦ったあたしはグラミィの手を握りしめた。アーノセノウスさんの杖から、母と子が互いに互いを庇おうとしているように見えたかもしれない。


〔何言ってるのはこっちの台詞ですよ!勝手に人を生かそうとするのなら、あたしが死ぬのも勝手ですよね?〕


 そうだけど!そうじゃない!

 てゆーか。

 なに人が積み上げてきた勝利条件どころか、結末までひっくり返そうとしてくれんのあんたは!


 あたしの考えた勝利条件は、『あたしたちが、これまでとほぼ同等の、行動の自由と立場を獲得し続けること』だ。

 そのためには、シルウェステルさんとして積み上げてきたこれまでの名誉や実績の放棄、ルーチェットピラ魔術伯家との断絶は許容できるダメージだ。

 あたしがここでアーノセノウスさんに討たれることもだ。


 グラミィが生き残るのなら、それで勝利条件の主語は残る。そもそもあたしはお骨だ。あたしの方が死に近い。


 そう伝えたら、アタシを背にしていたグラミィが半分振り返った。とことん据わりきった目で。

 ……かなりコワイ。

 ま、納得はできないだろうね。それはわかる。それでも説得はしますとも。


 あのねグラミィ。あたしは骨でいるこの状態でさえ、生きているのと同等に活動できるんですよ。

 てことはアーノセノウスさんに火球を喰らい、依代たる骨を失ったとしても、ちゃんと自我を保って活動できるんじゃないんですかね?

 ほら、いわゆるひとつのレイスとか、ゴーストってやつで。


〔自分でも信じてないこと言わないでください!〕


 ……これだから心話ってやつは使いにくい。嘘にならないよう言葉を選んでも即バレするんだもの。

 だけどグラミィ。あたしは許さないよ。あんたが喜んで巻き添えになろうというのなら、排除するまで。

 あたしはグラミィをそっと結界で囲い込むと、そのまま横へと動かした。猛獣公の巨大にゃんこを引き離した時と同じやり方だ。

 あの時同席していたグラミィも、もちろんこの術式と使い方は知っている。対抗しようとするのも計算のうち、だがあたしの方が構築速度は速い!

 床にも結界を敷いておいたおかげで、ずるずると動いた結界は、あっという間にグラミィを壁際に押しつけた。

 彼女も諦め悪く暴れ続けてはいるが、そこでしばらく大人しくしてなさい。


 さ、変な泥仕合になったが、仕切り直しといきましょか。


 あたしが再度アーノセノウスさんの前に跪いた時だ。慌ただしい足音が近づいてきた。


「クウィントゥス殿下!申し上げます!」

「何事だ。その場で申せ」

 

 むしろほっとしたようにクウィントゥス殿下が叫んだ。


「は」


 跪くお骨に、非魔術師には見えないボックスに閉じ込められ、暴れる老女。カオスな室内を見て固まっていた軽武装の騎士は、慌てて答えた。


「護送準備中の峻厳伯が襲撃を受けましてございます!」

「なんだと」


 これにはさすがのグラミィの動きも止まった。クラウスさんまでぎょっとしたように目を見開いた。


 謀叛の大罪である以上、峻厳伯が受ける刑罰は死罪以外にない。

 だが、単に死罪と言っても、この領内でずんばらりんと切り捨て御免にして、それで終わりってものじゃないのだ。

 国王への叛逆である以上、王都へその身柄を持っていって、大々的にその非を鳴らし、死刑に付随する名誉刑――爵位の剥奪、平民への降等といったあれこれだ――をすべて行わなければならないのだが。

 この処置がめんどくさい。

 

 そもそも、爵位の剥奪といった大貴族への処断は、すべからく王の権限だ。

 クウィントゥス殿下が王弟で騎士団長とはいえ、代理権などもらってきてない以上、王権を侵すわけにはいかない。

 つまりそれは、今現在、王子サマが身柄を拘束していても、峻厳伯はトゥルポールトリデンタム魔術辺境伯のままであるということだ。王都で処断されるまでその身分に変わりはない以上、護送する際にも格が必要、それなりの待遇を与えなければいけないということでもある。


 だからといって、まさかそれまで領主館で通常通り悠々自適に過ごさせるというわけにもいかない。

 そこで、あたしとクウィントゥス殿下は、聖堂に峻厳伯の身柄を移し、他の近臣たちもろとも閉じ込めていたのだ。

 聖堂も領都内にある。彼らの本拠地だから、なにをしでかされるかわからないという危険は当然ある。

 だけど、領都民も出入りする聖堂だ。忍者屋敷状態の領主館よりはましだろうという判断である。

 仮の牢獄に設定した場所は、あたしも抜け道がないかを確認し、脱走可能なルートを片っ端から潰すというお仕事をしてきてたのだが。

まさか、襲撃されるとか想定してなかったよ!

 

「牢番役は誰だ。いったい何をやっていた」


 クウィントゥス殿下が鋭い目で伝令を見た。

 

「貴人ということもあり、身の回りの世話を行う者をあてがうことになっておりましたが、その、アロイス隊長の報告に触れた者から嫌忌が広がりまして」


 ああ……。

 アロイスのことだ。自分が突入する前、大広間で何があったか全部克明に聞き取って報告を上げたんだろうな。

 自分の嫡男を刺し殺し、その血を啜ったってとこまで。

 そりゃ触るのも嫌になるだろうけどさ。お仕事しましょうよ暗部。


「そのうち、使用人の一人が峻厳伯の身の回りの世話をさせて欲しいと願い出てまいりまして」

「聖堂に捕らえていた者か?」

「いえ、さすがにそれはございません」


 ということは、領主館で拘束していた下級の使用人ってことか。


「身体を改め、いっさいの武器、杖などないことを確認し、監視する者とともに室内に入れましたところ、やにわに峻厳伯に躍りかかり、爪でその身体を切り裂いたと」

「爪だと」


 さすがにそれは想定外にすぎる。


 加害者が領主館の下級使用人というなら、魔術師とは思えない。峻厳伯の領内において、魔術師と非魔術師のヒエラルキーは超えようがないものだ。

 しかし爪で人体を切り裂くとか。なんだその鉄身ぶり。

 だが、下級使用人の中に魔術師が紛れ込んでいたなら。

 その魔術師が身体強化を極限まで行ったのなら。……もろもろ仮定が多すぎるが、ありえなくはない。かも、しれない。

 

 身体強化を行えば、身体能力は上昇する。しかし、それは単に筋肉だけを強化しているわけではない。筋肉がつながる骨や腱といった身体組織すべてを強化しなければ、その出力に絶えきれなくなるからだ。

 だけど、まさか爪で人体を引き裂くほど強化するとは。

 そんなことをやる人間がいるとは思ってもみなかった。

 つくづくこの世界の魔術について、あたしは知らないことが多すぎる。


「だが監視者がいたなら、すぐ対処したのではないか?」

「いかにもさようにございます。しかし爪に毒が仕込んでありましたようで。急ぎ報告を」

「わかった」

「――申し上げます!」


 さらに緊迫した声の兵が戸口に跪いた。


「金髪の星詠み(森精)の方がシルウェステルさまとグラミィさまをお呼びです!至急聖堂にお越しください!」

「どうした」

「トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯が」


 知覚を伸ばしてあたしは驚いた。国の暗部の人間とあろう者が、身体の震えを抑え切れていない。


「峻厳伯が魔術陣に呑まれ、周囲の者を引き裂き、武装した者を吐く血肉の門と化していると!」

「なんだと」


 アーノセノウスさんが、クラウスさんが、そしてトルクプッパさんも息を呑んだ。グラミィもだ。

 まさか、あの最低最悪の転移術式、地獄門が開いたというのか!

 しかもヴィーリがその近くにいるというのは、諸刃の剣だ。対処できればよし、さもなくば逆に呑まれて術式の構成要素とエネルギーにされる。

 森精を喰らった門など、魔術士団まるっと持ってきたところで太刀打ちできるかどうか。


「現在星詠みの方のご助言を受け、アロイス隊長が指揮により、後退して遠くから射撃、火玉、其の他で応戦しておりますが、門の拡大とともに、敵の噴出は止まず」


 それは、やばい。


「魔術師たちはどうした」

「辺境伯家の魔術師どもの見張りに追われています、門に触れさせてはいかぬと杖を奪って移送を」


 王弟はガラ悪く舌打ちをした。

 

「事は急を要す。彩火伯(さいかはく)

「は」

「尋問は後にせよ。彼は、逃げる気などないようだ」

「この者を使うおつもりで?」

「他に誰がいる?焼き尽くそうにも、そなたは夢織草(ゆめおりそう)がまだ抜けておらぬ。人形では人の血肉で創られた門が吐き出す兵を相手にはできぬ」


 そういうとクウィントゥス殿下は、あたしの頭蓋骨を直視した。

 

骸の魔術師(スケレトス・マギウス)よ。そなたは一度人を喰らう転移術式に対面し、処理を施したと聞く。同じ事ができるか」


 あたしは無言で床石に文字を描いた。

 

『力は尽くしましょう』


 絶対なんとかしますなんてことはいえないよ。可能性はゼロじゃないと思うけど。

 

「ならば骸の魔術師に命ず。急ぎ行きて、(わざわい)がこれ以上広がらぬよう、敵を叩け」


 ……うまいな。そう、あたしはちらりと思った。

 あたしを王が与えた称号で呼ぶことで、アーノセノウスさん以外の人にも、あたしを私裁しないようにとガードにかかった。このへんの政治的なバランス感覚の鋭さはマヌスくんにも見習わせたいくらいだ。

 

「お待ちください殿下!それはなりませぬ!」

 

だがそこに口を挟んだのは、なぜか血相を変えたアーノセノウスさんだった。

 

「彩火伯。事は急を要すのだぞ」

「存じております!ですが、万が一でもその者が魔喰ライになりましたらいかがなさいます!」

「そのときは」


 ひどくゆっくりと、クウィントゥス殿下は薄く冷たい笑みを浮かべた。


「彩火伯。そなたがルーチェットピラ魔術伯爵家の名を負うのだ。(たお)せ」


 為政者の酷薄さにアーノセノウスさんは絶句した。

 だけど拒否はできないだろう。もともとあたしを始末しようとしていたのだから。


「疑いをひとたび向けた以上は、最後まで疑え。疑いを向けるというのは、そういうことだろう」


 目を爛と光らせた殿下は、秋霜のように言い放った。


「わたしは信じる。骸の魔術師が魔喰ライとならぬことを。……そなたもそれでよいか」 

『承知いたしました。この身が砕け散りましても殿下の命を果たしましょう』


 白く石で文字を並べれば、王弟は皮肉げに唇をゆがめた。


「……嫌みか、それは」


 いえいえ。

 支配者として、じつに当然の判断を効果的に下したことを賞賛するだけですよ。あたしは。


 魔術師の礼をクウィントゥス殿下に向けてすると、あたしは部屋を出た。

 アーノセノウスさんたちの顔は見なかった。

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