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猜疑(その2)

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

「『魔力(マナ)のいろかたちをして、おまえはシルウェステル・ランシピウスであると、それがわたくしの名であるとかたがたからおっしゃられましたこともあり、わたくしはその名を我が物といたしました。ですが名誉導師に任ぜられ、さまざまな名誉を頂戴した後も、肉持てる身であったころの記憶は(よみがえ)ることもなかったのです。わたくしは、おのれが真実、シルウェステル・ランシピウスであるのだと、確信したことなど一度もございません。骨となりまして、初めて彩火伯(さいかはく)さまにお目見えいたしたときに感じました、ふしぎな物思いさえ、どこの馬の骨とも分からぬものの心得違いとおっしゃるならば、……おそらくその通りなのでございましょう』」


 ええ、あたしは嘘は言っていない。

 あたしはあたしであり、生前シルウェステルさんの持っていた思考力も記憶もないし、自分がシルウェステルさんであるなどと思ってもいない。

 

 そんなあたしが生前のシルウェステルさんを完コピできるかって?

 もちろん、不可能だ。

 だけどたとえ、シルウェステルさんの持っていたすべての知識や記憶を得ていたならば、あたしが彼を完全に真似ることができたかというとそうではない。

 どんな些細な立ち居振る舞いさえ、それはアーノセノウスさんのように、彼を良く知り、よく見つめていた者にとって、あたしを他者として識別するに足りる証拠となってしまうだろう。

 

 だけど、そんな欠落だらけの物真似でも、記憶喪失になったシルウェステルさんのふりならできなくもないのだ。

 彼の遺品に触れ、クラウスさんから貴族の立ち居振る舞いを学んだことで、アーセノウスさんが、あたしをシルウェステルさんと認めたころに比べても、その精度ははるかに高くなっているだろう。

 対人関係の基盤、エピソード記憶の蓄積を失っても、記憶と思考によって確立していたであろう人格を大づかみできるのなら、その思考方法はある程度模倣できる。

 

 だからこそ。

 シルウェステルさんの心情を語り(騙り)ながら、あたしはアーノセノウスさんを傷つける。 


「『たとえ、以前の記憶を取り戻しておりましたとて、しかしこの身は骨にございます。現世(うつしよ)幽世(かくりよ)と境を隔てれば、親しき交わりをいたしたくとも、おのずからためらいというものが生じます。――彩火伯さまも、それはおわかりだったのでしょう?』」

「なんだと」


 眉をひそめるアーセノウスさんに、あたしはピンをぎりぎりと刺すように言葉をねじ込んだ。

 

「『海神マリアム(冥界神)のみもとより戻ったからには、ふたたび弟として兄に接しよとおっしゃっていただきましたことは、まことに嬉しくありがたいものでございました。ですが、彩火伯さまには、このような骨をウェールどのらの大叔父として対面させるおつもりなど、最初からございませんでしたのでしょう」

「それは、どういうことだ」


 あたしはクウィントゥス殿下に静かに一礼した。


「『わたくしのように記憶なきものが教えられずして、ルーチェットピラ魔術伯に連なる一族の皆様を知るすべなどございません。――彩火伯さまとその御子マールティウスさま、そしてそちらの前グラヴィオールラーミナ魔術男爵クラウスさま、その御子プレシオさま』」


 不意につらつらと名前を呼び上げられ、わけがわからないといった様子のアーノセノウスさんとクラウスさんに、あたしは容赦なく伝えた。

 

「『ルーチェットピラ魔術伯家に属する方のうち、わたくしがお目通りかなったのは、今お呼びしたかたがただけ。――そのどなたも、それ以外の方々のお名前、つながり、お人柄などをお教えくださらなかったのですよ』」


 じわりと言葉の内に含ませるのは、怒り。


 そうだ、もともとアーノセノウスさんは最初からあたしを、シルウェステルさんを100%受け入れてくれてたわけじゃない。

 もし、半神ともいうべきヴィーリ(森精)という存在が同行していなければ。

 そして、ルーチェットピラ魔術伯家に害になると判断されていたなら――シルウェステル・ランシピウスであると、名乗ることを許さずとも、許した後でも――あたしとグラミィは、おそらく、どこかで、ひそかに始末されていただろう。

 

 その証拠に、ルーチェットピラ魔術伯の血を引く人のうち、あたしとグラミィが面識のあるのは、いまだにアーノセノウスさんとマールティウスくん、二人っきりなのだ。

 マールティウスくんが一人っ子なのか、きょうだいがいるのかすら教えてもらえなかったのだ。

 ましてや、マールティウスくんの子の存在など、なおのこと。

 だからグラミィは彼らのことを知らない。

 あたしがウェールくんの名前を知っているのだって、魔術学院で調べたからにすぎない。

 そしてよほど積極的にでも手に入れようとしない限り、その情報は消極的にとはいえ、ずっとあたしたちから隠匿され続けていただろう。

 

 クウィントゥス殿下に最初に出会い、『肉体を取り戻すまでの庇護』『生前持っていた知識の再習得』『存在理由の知識』を求めた時、あたしとグラミィはルンピートゥルアンサ副伯への対応を課せられた。

 あたしたちが王猟地で缶詰になっていた、あの時から隔離は始まっていたのだろう。


 その後、アーノセノウスさんに直接の庇護は移ったが、彩火伯の名の下に、ルーチェットピラ魔術伯家に迎え入れた後だって、あたしたちに姿を見せ、あるいは話しかけてきたのは、せいぜいがクラウスさんか、その子のプレシオくんどまりだった。

 もちろん、魔術伯の王都の屋敷だ。たった二人だけ使用人がいないってわけはないのにだ。

 よほどアーノセノウスさんたちが信を置いている人たちでなければ、直接接することもないくらいに、そしてあたしたちが遠ざけられているとわからないほどひそやかに、あたしたちは慎重に隔離されていたのだ。 

 いや、庇護と拘束が表裏一体だったというだけかもしれないが。

 

 アーノセノウスさんがシルウェステルさんへ向けてくれた愛情が嘘だったとは、あたしは思わない。

 けれども、アーノセノウスさんは貴族の、それも家門の当主であった人間だ。

 一族の内部でも、他の貴族とでも均衡を保ち、王族からの支配と抑圧も飄々とかわし、自分のスタイルを貫けるほど実力で相手を黙らせてきた人なのだ。貴族としての冷徹な判断ができないわけがない。

 そのアーノセノウスさんが、生前のシルウェステルさんの記憶がないあたしを、魑魅魍魎の跋扈する王宮に放り込めないと判断し、あたしがルーチェットピラ魔術伯家の政治的弱点にならないようにと徹底的に隔離したのだとすれば。

 あたし個人としては、アーノセノウスさんのやり方に、それなりに納得しないわけでもない。その判断が妥当かどうかも、今のあたしには判断できないのだから。


 だけど、アーノセノウスさんの愛情にしかずっと触れてこなかった、本物のシルウェステルさんだったら、どう感じるだろう?

 一度隔離と拘束に気づいてしまえば、これまでの温かい庇護や愛情ですら、すべて拒絶含みの計算ずくに思えてしまってもおかしくはない。

 ならば、怒らないわけがない。


 だからこそ。

 お前なんか知らない、お前は誰だと、そう言われるのであれば。

 シルウェステルさんを騙るあたしも、あんたなんか知らないと反撃するしかないのだ。

 兄弟喧嘩レベルにおさめておきたいと思いながらも、返す言葉にはそれなりの本気がこもっている。

 覚悟してなかったわけじゃないが、アーノセノウスさんの拒絶と敵意は、あたしにもそれだけ痛かったのだ。

 

「『身内に紹介されようとなさらず、股肱の臣にも対面の場を設けてはいただけなかった。ということは、もとよりわたくしを弟などと認めるお気持ちがなかったからではございませぬか?――おそらくは、シルウェステル・ランシピウスが生きていたときから』」

「それはちがう!」


 アーセノウスさんの声は悲鳴のようだった。

 けれど、あたしは、言葉を刺すのをやめなかった。


「『では、生前、シルウェステル・ランシピウスは、なにゆえ魔術学院内に居を構えておりましたのでしょう?違うとおっしゃるならば、どうかこの骨にも得心のゆきますように、わたくしをシルウェステル・ランシピウスであると名指された彩火伯さま御自(おんみずか)ら、どうかことわけてはくださいませぬか』」


 魔術学院には、寮がある。

 外部から通ってくる者もいないわけではないが、数は少ない。

 いたとしてもせいぜいが聴講生たちか、中級導師という箔を飾った卒業生ぐらいなものだろう。どちらもほとんどが王都に屋敷を持つ魔術師系貴族の子女だ。

 平民の生徒は、乳幼児期から中等課程を修了するまで学院の外に出ることはほとんどないし、ほとんどの平民や下級貴族からなる初級導師は住み込みだ。

 寮監という言い方をすればこぎれいだが、乳幼児の世話まで全部しなければいけないというから、初級導師の仕事の半分くらいは子守に近いのかもしれない。

 中級以上の導師であれば、寮に個室を得るのではなく、研究棟に一室を得たり、場合によっては敷地内に四阿(あずまや)サイズの戸建て……といったらいいのだろうか。

 えらくかわいらしい、一部屋しかない小屋を設置し、居住スペース兼研究施設にしていたりもする。

 

 生前のシルウェステルさんは、上級導師でありながら、研究棟の一室で寝泊まりまですませていたようだが、あれだけ暑苦しく血のつながらない弟への溺愛を示していたアーノセノウスさんが、よくそれを許したものだとあたしはこっそり思っていた。

 だがそれも、兄と弟である前に、貴族として振るまい、思考するようにとたたきこまれていたのだとすれば、納得がいく。

 たとえアーノセノウスさんが、どれだけ溺愛する弟としてシルウェステルさんを扱っていてもだ。

 シルウェステルさんは、ルーチェットピラ魔術伯家における異物であったのだろうから。

 ならば。

 

「『わたくしはこう思うのです。――生前のシルウェステル・ランシピウスもまた、ルーチェットピラ魔術伯家から、もしくは彩火伯さまより、距離を取ろうとしていたのではと』」

「嘘だ」

「『嘘だとおっしゃるのならば、まことはどこにございます?彩火伯さま、現ルーチェットピラ魔術伯さまのご負担や御心痛を拝察して身を引いたためやもしれず。それとも功を立てねばルーチェットピラ魔術伯家の一員として在ることを許されぬ身と思い定めていたやもしれず。逆に、功の立てすぎを彩火伯さまたちから疎まれ、不興不信を買い占めていたやもしれぬ身ではありませんか』」

「そんなことはない!」

「『――そもそも、彩火伯さまは生前のシルウェステル・ランシピウスを、そしてこのわたくしをどうなさりたいとお考えなのでしょう?』」

 

 シルウェステルさんの身の処し方を見れば、彼もアーノセノウスさんの――というか、ルーチェットピラ魔術伯家の思惑には気がついていたんだろう。

 ルーチェットピラ魔術伯家の屋敷から、魔術学院に生活の拠点を移すという行動から、シルウェステルさんが何を考えていたかは、ある程度読み取れる。

 もちろん、解釈は数通りもできるだろうが、トレースしてみせたあたりが妥当なとこなんじゃないかと、あたしは睨んでる。眼球ないけど。

 

 あたしはシルウェステルさんじゃない。だからこそ、あたしはシルウェステル・ランシピウスという人間を理解できる。

 生前のシルウェステルさんには、頼れるものがほとんどなかった。すがるべき相手、アーノセノウスさんたちルーチェットピラ魔術伯家の人間とは、血のつながりがいっさいない。

 ということは、盾にできるような、生来の身分というものがなく、アーノセノウスさんたちの意向一つで、そのかりそめの身分すら失いかねないということだ。


 何もないのは、あたしもおなじだった。

 あたしは、シルウェステルさんがゼロから築いたアーノセノウスさんたちとの交流の蓄積や、愛情とか、信頼などには頼れなかった。それはあたしのものじゃないから。

でも、だからこそ、あたしはシルウェステルさんに共感を超えて、共振できる。

 

 身の置き所のなさゆえに、できる限りの実績を積み上げて、信頼を、愛を、居場所を買おうとしたのだろうと。

 ――だからこそ、嘘を一片も交えず、本当の怒りを、事実を伝えても、揺さぶることはできても決定打にはならないことが、わかってしまう。

 なぜなら、不信はアーノセノウスさんのものであり、アーノセノウスさん自身が、納得し、信じなければ、消えることはないからだ。

 そして根本的に、あたしたちがアーノセノウスさんたちをたばかっていることには間違いがないわけで。


「『骨身をこのようにさらす以前を覚えておらぬこと、これまで明言いたしませんでおりましたが、それが偽りであるとおっしゃるのなら、そのとおりなのでございましょう。されど、わたくしが覚えておらぬ、シルウェステル・ランシピウスを遠ざけ、疎んでおられたのでしたら、もはやわたくしがなにを申し上げたとて、その御勘気が解けることはございますまい』」

 

 最初はアーノセノウスさんの錯誤から始まったことだ。

 それに乗じて、都合の悪いことを隠し通してる自覚はある。

 だけど、いやだからこそ、あたしはアーノセノウスさんに、ルーチェットピラ魔術伯家にメリットになることをやってきたつもりだった。

 シルウェステル・ランシピウスの名声を上げようと、それなりに小細工もしてきた。王サマをはじめとした王族たちや、ボヌスヴェルトゥム辺境伯家などの大貴族とも、それなりにコネを作ってきたりもした。

 だが。それでも許せないというのなら。


「『血のつながらぬ身でありながら弟と呼び、親しく扱ってくださいましたこともありがたきことでしたが、それすら過ちとおっしゃるのならば、ルーチェットピラ魔術伯爵家とランシアインペトゥルス王国がために、どうでも今、ここで過ちを正さねばならぬと彩火伯がお思い定めておいでならば、もはや何をも申しますまい』」


 まずは、こちらの実績を放棄するしかない。

 有罪側へ傾いているアーセノウスさんの心情を無罪へ……いや、せめて水平に戻すために。


「『もとよりすでにこの世の名誉を受けるにふさわしからざる骸骨にございます。この身に与えられた称号、身分を一切返上いたしましょう』」


 といいながら、称号の証の達人の輪(ドクトゥス・シルクル)や王賜の外套を、ばっとこの場で返せたらよかったんだが。


 ……潜入任務のつもりだったからなあ……。


 持ってきてないんですよ、名誉導師のブローチとかも。

 グラミィたちに持ってきておいてもらえば良かったかなあ。


〔し、締まんないですね……〕

 

しょーがないでしょ。かわりのものを差し出すしかあんめえ。

 

 外套のフードをはねのけると、あたしは紐を手の骨を使わずに解き、引き剥がした。

 タイミング良くグラミィが受け取ってくれたところで、仮面にライブマスク、そして黒覆面までひっぺがすと、まとめてそれもグラミィに預ける。


 ふと見れば、クウィントゥス殿下たちは棒を飲んだような顔になっていた。

 ……そういや、人前で髑髏を丸出しにするのって、久しぶりかもな。

 骨だっての、すっかり忘れ去られてたんだろうか。


「『王賜の外套も達人の輪も、彩火伯のお疑いを向けられたこの骨身には余るもの。ただいまはフルーティング城砦に置いてございますが。のちほど陛下にどうぞお返しを願いたく』」


 そうグラミィが伝えきったころを見計らって、あたしはなんちゃってローブをはだけた。

 抑えられていたラームスの枝葉がばっと広がる。

 

〔ちょ、ボニーさん。いきなり何をする気ですか〕


 さすがにグラミィまでぎょっとした顔になったけど、別に骨な身体でストリップをお見せするわけじゃないんで。


〔なんですかその精神攻撃〕


 だから、そういうわけじゃないの。

 お付き合いは願うけどな。


 そのままあたしはゆっくりと片膝をついた。めりめりとかぼきといった物騒な音や痛みに構わず、ローブの中に突っ込んだ手の骨に力を込める。


〔……な!〕

 

 あたしが何をしているのか伝わったんだろう、グラミィが声にならない悲鳴を上げて手に持っていたものをすべて取り落とした。

 魔力知覚を通しやすいよう、薄く作っていたライブマスクは跡形もなく割れ砕け、ただならぬさまにアーノセノウスさんまでグラミィに目をやった。

 

「そやつは、いったい何をしておるというのだ!」

 

 言っちゃっていいよ、グラミィ。

 

「あの方は、いくたりもの星詠みの旅人(森精)から預かった樹杖の枝を、我身から引き抜こうとしておるのです!」

「なに?!」

 

 ラームスたちだって、巻き添えにするわけにはいかないだろうが。


 樹の魔物たちへの心話は、あたしから離れてほしい、というお願いだ。

 あたしの肩胛骨や背骨のあちこちに気根を絡ませているラームスたちを抜くには、彼ら自身の協力がいる。

 

 だいたい忘れられてることだろうけど、植物も生物である以上、自発的に動くことができるのだ。

 滅多に動くこともないラームスたちだが、彼らも必要とあらば、植物とも思えないスピードで動くことができる。

 だからあたしとグラミィが長広舌を叩いている間に、にょろにょろ気根や枝を動かしてくれれば、抜けやすいように態勢は整うだろう。

 そう思ったんだが。


 ……さすがに時間が足りなかったようだ。

 すべての枝葉や気根を、物理的に骨を折らずに、無傷で引き抜くのは難しいな、これは。

 シルウェステルさんごめんと、自傷覚悟でさらに力をこめようとした瞬間のことだった。

 

 自分の内臓を引き抜こうとしているかのように重たかった手応えが、不意に軽くなったのだ。

 

 ……ごめん。


 ラームスは自切したのだ。

 火蜥蜴の尻尾のようにはいかないが、木々の枝は、種類によっては葉柄のように取れやすくなるものがある。

 そうやってひっかかるところははずし、気根すら駄目なところは……ラームス自身が結界でちょんと切り取ったのだ。

 無理をさせて、悪いことをした。


(  )


 ラームスがたいしたことはない、と、心話をくれたが。

 ……あたしのやることなすこと、どうも四方丸く収めるってことができないままだな。


 ずるりと引き抜いてしまえば、ヴィーリの樹杖よりもまだ細く短い幹のラームスをあたしは床石に横たえ、そっと撫でた。

 だが、これで準備は整った。


 あたしはアーノセノウスさんへと、ゆっくりと歩み寄った。

 杖を構え直されたが、もうこの段階で、これくらいの敵意や殺意、気になどしませんよ。

 骨の腕を伸ばせば、緊張した表情のクラウスさんまでわずかに身を沈めた。

 いや、警戒すんのもわかるけど、何もしやしませんて。

 アーノセノウスさんたちには。

 

 あたしはアーノセノウスさんの構える杖の先端を握り、胸骨に押し当てると、彼の真正面に膝の骨をついた。


「何の真似だ」


 あたしの答えは、もう決まっている。グラミィよろ。


 ……返事がない。

 

 どした?グラミ〔ふざけんな!〕

 

 うつむいてぷるぷる震えていたグラミィが、いきなり自分の杖であたしに殴りかかってきた。

 って、危なっ、それアーノセノウスさんまで直撃コース!


「グラミィどの!」

 

 すんでのところでクラウスさんが取り押さえ、杖の届かないところまで引き戻されたが、グラミィはなおも暴れモードだ。


「ふざけるな!なんで、なんでそんなこと!そんなことを、言えと……!」


 震え途切れた罵声は、本気で怒っているからなんだろう。

 ……言わないのなら、それでいい。

 というか、そこまで怒ってくれれば十分だ。


 あたしは水を生じると、アーノセノウスさんの足元に文字を書いた。


『彩火伯さまの火球にて再び死の門の向こうへ送られるも、海神マリアムの御神意やもしれませぬ。どうぞ、ご存分に』

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