暗雲
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
アロイスによれば、事態はアーノセノウスさんの暴走から始まったという。
クラーワ地方に赴いたこと、加えて湿地帯のあたりから星屑たちが流入してきていたことについて、あたしはフルーティング城砦に戻ってから、プレデジオさんたちに詳しい報告をしている。
が、あたしたちが戻ってくる前にも、クラーワ地方の状況については王都に報せが届いていたようだ。
どういうルートなのかは知らないが、やはりクラーワ地方にも、ランシアインペトゥルス王国の目は伸びているらしい。
結果、王都ディラミナムでは、スクトゥム帝国に対する警戒を強めたそうな。
それは正しいとあたしも思う。
だってやばいもんなー、あのミーディウムマレウスに増殖してた星屑たちの数とか。その影響とか。
王サマは、戦争準備にもさらに力を入れ、フランマランシア公とトニトゥルスランシア魔術公をはじめとする、国内の貴族すべてにも協力を願ったという。
が、それだけではもちろん終わらない。
王族が食い込んでいるという聖堂にも改めて協力を依頼し、巷間に噂を流して、国内の意思統一を図ったらしい。それっていわゆる戦争指導というやつじゃないかと思うが、詳しいことはよく知らない。
ただ、あたしがわかるのは、食糧や武器などの備蓄、城砦などの防衛設備の整備なんて巨額の資金を必要とするようなことは、国が主導でもしない限り、実現は難しかろうということだけ。
そもそも、安定した経済活動を維持しながら、なおかつ備蓄を増やすというのは、実はけっこう大変なことだ。備蓄は欠乏への備えであって、生産物の余剰ではない。必要十分とはいえない、不足ばかりが目立つところから、無理に無理を重ねるようにして絞りだされたものだ。
整備だって、今現在使用に耐えるのならばそれでいいじゃんと思えば、労力税金その他の負担はただの重荷にしかならない。
当然、不満が出て当然、あわよくば巨額の資金に手を出そう、備蓄をぽっぽないないして私腹を肥やそうって連中だって出てくる。
むこうの世界でも歴史を振り返れば、非常事態になった途端、品薄というだけで買いあさり、暴利をむさぼろうとする連中が出るってのは、よくあったことだ。
この世界では、ほどほどにしないと物理で首が飛ぶから、あんまりあくどいのはいないだろうけど。
それでも、そういった不満や軋轢を減らすためには、情報操作というのも正当な手段の一つなんだろう。
戦争への協力を願う書状は、四方辺境伯にも出された。
とりわけ、ランシアインペトゥルス王国の南端に位置し、最もスクトゥム帝国の脅威にさらされる危険が高いと思われたトゥルポールトリデンタム魔術辺境伯には、フルーティング城砦に協力し、スクトゥム帝国に備えよという特記事項がついてたらしい。
これはあくまでも、まだ王命ではない。依頼の段階だ。
しかし、日数的に、王都を発った使いが魔術辺境伯領へ入ったと思われたあたりで、フルーティング城砦からの連絡が途絶えた。
その異変は、当初たいしたものではないと思われていた。
はるかランシア山はフルーティング城砦からの連絡手段は、馬か鳥だ。使者は雨などで数日から十数日は遅れることも珍しくないし、騎馬より早いとはいえ、天候次第なのは伝書鳥も同じ事だ。
異変の対応が後手に回ったのには、その前にフルーティング城砦から送られてきていた、魔術師の応援依頼をどう処理するかという問題もあったという。ただまあ城砦の防御強化及び、魔術陣研究の人員増員のためという目的がある以上、アルボーから戻ってきていたアーノセノウスさんを中心に派遣される方向で決まってたようだったが。
でも、だからこそというべきか。アーノセノウスさんはその異変にすばやく反応した。
それが自分は出立の予定を早めます、腹心のクラウスさんだけ連れて、先に王都を発ってるから、同行予定だった人間は後から来なさいってやり方だったのは、どうかと思う。
いくらなんでも無謀が過ぎると思うの。
シルウェステルさんが好きすぎて、早く側に行きたかっただけなのかもしれないけど。わりと前からそういうところあったけど。
そのアーノセノウスさんの行動に焦ったのは、クウィントゥス殿下だけじゃない。現ルーチェットピラ魔術伯である、マールティウスくんもだ。
とりわけ彼らが案じたのは、アーノセノウスさんの身の安全だった。
〔いやいや、これまでだってアーノセノウスさんてば、わりと好き勝手にランシアインペトゥルスの国内を動き回ってたじゃないですか。今さらでしょ〕
グラミィはこっそり心話を寄こしたが、あたしもそれはちょっと思う。
だけど、アロイスが言うには、これまでアーノセノウスさんが移動していたって、国内でも、ある程度安全が確保された場所だったらしい。
アルボーだって、ランシアインペトゥルスの北端の一つとはいえ、とうに完全にルンピートゥルアンサ副伯家の影は排除し、新たな星屑の流入についても、アロイスたちアルボー警衛隊が目を光らせてたという。
だから小人数にもほどがある一行が南下するのに、クウィントゥス殿下は部下、というか国の暗部に近い者を動かしたらしい。マールティウスくんも、ルーチェットピラ魔術伯家の私兵というかお抱えの魔術師を数人送りだすことにしたらしい。
どちらかというと、念のためという意味合いが強かったようだが。
まさか、トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯がスクトゥムに懐柔されてたなんて、予想もつかなかったのだ。
アルボーから警衛隊長であるアロイスが王都に赴いたのは、ちょっとした私事と通常の諸連絡のためだったらしい。
彼が王都に着いたときには、相変わらず彩火伯にも困ったものだと、苦笑しながらクウィントゥス殿下が言うくらいの状態だったようだ。
そこへ、フルーティング城砦からの知らせが、猛獣公領を通って届いた。それも伝書鳥によるものがだ。
フルーティング城砦がトゥルポールトリデンタム魔術辺境伯から突きつけられている理不尽な要求、それについて何度か王都へ伝書鳥を飛ばしたものの返信が届いていないこと、王都からの通信が届いていない可能性。
それらをようやく知ったクウィントゥス殿下は、魔術辺境伯がランシアインペトゥルス王国への背任行為を行っているおそれありと、ヴィーア騎士団のみならず、アロイスの所属するアートルム騎士団にも出動を命じ、自ら率いて王都を発った。
その道中のことだった。
前グラヴィオールラーミナ魔術男爵クラウス。アーノセノウスさんのおつきであるクラウスさんが半死半生で保護された、という報せを持った伝令が、王都から追ってきたのは。
彩火伯アーノセノウス・ランシピウスの危難の報せとともに。
一気にアロイスたちは緊迫した。クウィントゥス殿下の判断は素早かった。
問答無用でアーノセノウスさんが拘束されたということは、交渉のプロトコルが通じない相手であるということ。
ならば、さらなる使者を送ることは無益。それどころか、アーノセノウスさんに価値があるとみなせば、以後の取引を悪化させる有害なものとなる可能性がある。
クウィントゥス殿下は何人かの部下に指示を出し、猛獣公領と王都へ向かわせた。同時に一行の移動速度を上げた。
あっという間にトゥルポールトリデンタム魔術辺境伯領に隣接する領地に着き、その領主に保護されていたクラウスさんたちの下まで辿り着くと、彼らから詳しい情報を聞き出したという。
クラウスさんの話によれば、アーノセノウスさんはゆるゆるとランシア街道を南下したのだそうな。
あまりにもゆるゆるすぎて、道中クウィントゥス殿下の部下やルーチェットピラ魔術伯家の家人たちが追いついてきたことに、クラウスさんは安堵したものの、いたくアーノセノウスさんは機嫌を損ねたとか。
どうやら、アーノセノウスさんとしては、あたしの真似がしたかったらしい。
いやそりゃ確かに、あたしゃ幻惑狐たちを連れ、ほぼ単独でスクトゥム帝国内へと潜り込んだこともある。学術都市リトスでいろいろ調べ物をしたりもした。
シルにできたことが、自分にできぬわけがないというのが、アーノセノウスさんの言い分だったようだが……。
茶目っ気が過ぎるとというか、稚気が溢れてこぼれまくってるというか。
ただ、アーノセノウスさんには、このほぼ単独行モドキに別の思惑もあったようだ。
移動速度がゆるゆるとしていたのは、貴族としての礼儀を守り、街道を通り抜ける領地には挨拶をしながら進んだせいもあるという。
どうやら、王サマから出た協力依頼を裏打ちするつもりもあったのではないかとは、クラウスさんの推測だ。
彩火伯のネームバリューを使い、各地の領主から協力的な態度を引き出そうというわけだ。
確かに、かつて他国との戦いで名を馳せたアーノセノウスさんが、スクトゥム帝国の危険を直接語れば、少しは聞く耳も大きくなるだろう。
事前にどんな軍事行動を取るか、目的と予定をすりあわせておけば、いざという時誤解や意見の対立から亀裂が生じ、仲間割れが起きる、なんてことも減るかもしんないし。
あの彩火伯が、クウィントゥス殿下の命によりフルーティング城砦へ向かうというのも、それだけ王族が南を危険視しているという証拠と見えただろう。
それが峻厳伯たちを警戒させたかもしれない。
一行の人数が増えたということは、取れる手数も増えたということだ。
老獪なアーノセノウスさんは、かなりの成果を出しつつ南下していた。
トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯領との境まで来たところでも、これまで同様、まずは領主へ書状を送るところから始めたらしい。
領内を抜けますがよろしく、お目にかかれたら幸いですという程度の、じつにあたりさわりのないものだ。
だが、領地に足を踏み入れた直後に、トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯の迎えとかいう連中がやってきたのだという。
さすがに魔術辺境伯のように、爵位の高い魔術師系貴族からというのは初めてだったが、それまでの道中でも、書状を送りつけた相手に敬意を表されること、逗留の申し出や領主館などへの迎えがあること自体は少なくなかったと、クラウスさんはいう。
これもその伝かとアーノセノウスさんは鷹揚に受け、当座の御休息にと、近隣の寄子だという男爵だかの屋敷に案内された時も通常以上の警戒はしていなかったのだそうな。
だが、部屋に通され、しばらくしたところでクラウスさんは意識を失った。
……おそらく、夢織草を焚かれたんだろうな。
気がついたときには、クラウスさん以下おつきの人たちは、一室に閉じ込められていた。
アーノセノウスさんの姿はなく、クラウスさんもそれ以外の人も、帯剣や帯杖……というのか、身につけていた武器や魔術師の杖をあらかた取り上げられていたという。
クラウスさんたちは愕然とした。まさか、王族の命を受けた彩火伯一行に、このような監禁などという無体なことをしでかしてくるとは、想像だにしていないことだった。
彼らは、即座に脱出を決意した。
クラウスさんは、アーノセノウスさんの従者として身なりを整えていたこともあって、上衣の下に仕込んでいた小剣は奪われていたものの、脚に仕込んでいた短杖だけは奪われずにいたらしい。
他にもクウィントゥス殿下の部下の中には、靴に仕込んでいた小さな短剣などが残っていた人もいたとかで、クラウスさんたちはそれを使って屋敷から抜け出した。
途中、追っ手を振り切るために使った魔術が暴発し、怪我を負うというアクシデントはあったものの、彼らは隣の領地へ逃げ込むことに成功した。クラウスさんたちが捕らえられていたのが、魔術辺境伯領の端だったことも幸いした。
そして、隣の領主経由で王都に緊急の報せが届けられたのだそうな。
クウィントゥス殿下は、それをもとにさらに命じた。
暗部の中でも密偵の技術に優れている者を数名、そして放浪騎士としてランシアインペトゥルス国内を一時期彷徨っていたため、トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯領の土地勘のあったアロイスを先遣隊として、領内に送り込んだのだ。
先遣隊が魔術辺境伯の寄子の中でもめぼしいところを調べては、本隊をひそかに進ませる。
これを繰り返し、アロイスたちはわりと早くに領都周辺まで入り込んでいたそうだ。だからグラミィたちがフェルウィーバスへと入ってくる様子も見ていたんだとか。
「ならば、声をかけていただければよかったものを」
「それは失礼を」
アロイスは頭を下げてみせた。が、失礼とは思っていない角度だよねこれ。
てか、これはグラミィの方が無茶を言っている。隠密行動の最中に、声なんてかけられるかい。
というより、これはグラミィがアロイスたちにも陽動扱いされていたってことなんだろう。トルクプッパさんがさりげなく王都が峻厳伯領内の情報握ってますアピールとかしてたのも、暗部同士こっそり情報共有がされてたからなのかもしれないな。
裏事情はともかく。
グラミィたち一行が通過し、門衛たちの緊張が緩んだタイミングでアロイスたちはしかけた。
結果、街門はあっさり制圧できたらしい。
クウィントゥス殿下たち本隊に伝令を飛ばし、街門を閉じたところで、領主館への伝令や警報を飛ばすような隙も与えなかったことで、アロイスたちはさらに大胆にも領主館へと忍び込むことを考えたという。
封建領主の家臣というのは、先祖代々仕えているので、一族郎党全部顔バレ状態というのが当然だ。
そんな濃い主従関係が構築されている場に、まったく見覚えのない顔の人間を忍び込ませるというのは、難易度が高すぎる。
だから、それまでフェルウィーバスに出たり入ったりしながら情報を集めてた暗部の人たちも、そうそう領主館の中には入れずにいたらしい。
だがこの状態をうまく使うことはできないか?
そんなことを話しあっていた時だった。
領主館の尖塔が崩れた。んだそうな。
「……は?」
グラミィは呆気にとられた顔をした。あたしも唖然とした。
「いや、は?はないでしょう。尖塔一基がずどーんと音立てて突然崩壊したのには、こちらの方こそ驚かされました。グラミィどのでしょうか、それにしてもまた思い切ったことをなさったものだと」
「それは冤罪にございましょう!」
グラミィが悲鳴のように叫んだ。ついでにラームス経由で心話を飛ばしてきた。
〔どーせボニーさんの仕業なんでしょ?!〕
いやいやまてまて。あたしゃ何にも知らないぞ?
「シルウェステル師がなされたことでもないと?」
アロイスには片目をすがめられたが、だって、尖塔ってその家の爵位を示すものだもん。そうそう崩せるもんでもないけど、崩すとしたら相当なことが起きたってことでしょ。
そんなだいそれたことをした覚えは、
……。
…………。
………………あったかも。
「『尖塔とは、どれのことかな?』」
「表棟の端にありましたものですが」
あー……、それは……。
「『……そこは、わたしと星詠みの旅人の方が、一晩閉じ込められた挙げ句に夢織草で燻されたところだ』」
アロイスはグラミィともどもやっぱりという顔になったが、尖塔がぶっ倒れたのって、あれ、故意じゃないですから!
メリリーニャを夢織草から守りながら、いざというときの脱出孔作ったり幻惑狐たちのお散歩通路を作ってたからなあ。うっかり壁の強度を見誤って、弱くしすぎたかもしんない。
〔そこへ魔力を二回も噴出したと〕
い、一回はヴィーリだからね!なんでもかんでも全部あたしのせいにしてくれないでくれなさい。
〔ですけど、ボニーさんは天井にすごい勢いでぶちあててましたからねえ。伝わった振動の強さは段違いなんじゃ?〕
……あああ。そうかもしんない。
何が起きたか解らないが、ともかく猶予はならないとアロイスたちは判断した。
だが、非常事態は斥候や密偵にとって、混乱と煽動を広げる好機でもある。
隠密性の高い連中数人が、領主館に向かった。領主館の建物に忍び込むことは難しいが、その敷地内に入ることは比較的たやすい。
彼らは外廓の内側に忍び込むと、尖塔の崩壊に目を奪われている使用人たちの死角を縫うように、敷地の外へと数人を拉致った。
彼らの口からは、フルーティング城砦からの急使が入っていった後に何かが起きたらしいということ、午前中に裏門から飾りのない馬車が入ったということ。そしてその前日、これまた同じように裏門から荷馬車に乗せられた黒髪の人間が二人入ったこと。さらにそのすべてが出てきてはいないことが聞き出せた。
ならばと門衛の一人から鎧を引っぺがし、アロイスが一芝居を打ったというわけだ。
「髪の色に執着するという話は聞いておりましたので、念のために色を変えまして」
「『その、鎧の血は』」
「鎧の持ち主のものです。ああ、鎧の借り賃代わりに手当はしてやりました。――それと、出てった連中は、今ごろクウィントゥス殿下の指揮で捕縛されているでしょう」
噂をすれば影と言うべきか。大広間の正面から数人の騎士に囲まれて入ってきた古代銀の髪の美丈夫に、あたしはうやうやしく魔術師の礼を取った。
「御苦労であったな、アロイス。そしてシルウェステルどのも」
「『わたくしなど、なにほどのことがございましょう』」
そうグラミィに答えてもらうと、あたしはクウィントゥス殿下たちの後ろから入ってきた、顔色の悪いクラウスさんにうなずいてみせた。
「『クラウスどの。兄上をたのむ』」
その後は本気で忙しくなった。
アーノセノウスさんの看護をクラウスさんに任せたのはいいが、安心してアーノセノウスさんを休ませることのできる部屋を見つけるまでがまず大変だったというね。
なにせ大広間は昼食途中な状況だったのに、峻厳伯の息子の遺体が転がってるし。
あたしとメリリーニャがいた部屋と言われても、塔はべっきり中折れしてるし。
そうかといって領主の部屋とかは、もっと不可。
なぜかというと、この領主館てば、いろいろなしかけがされまくっていたのだ。いやそれでも抜け穴や武者隠しの一つや二つぐらいなら、あって当然ってとこなんだけど。
落としシャンデリアに、石造りの壁に見せかけたどんでん返しとか仕掛けてあったりすんの。忍者屋敷かっての。
あ、いや。忍んでなさげだから忍者じゃなくてNINJAかもな。
何を仕掛けられているかわからない部屋なんて、安心して休めるわけがない。
最終的には、あたしとメリリーニャが最初に通された応接間――壁のあちこちに張り巡らされていたのは、伝声管というよりガス管ぽい気がする。全部塞いだけど――を、緊急の病室にすることになった。
アーノセノウスさんを頼むとは言ったけれども、クラウスさんだって夢織草にかなりやられているのだろう。
魔術の制御が不完全で魔力暴発を起こしたってのは、そういうことだ。
だから、あたしはトルクプッパさんにもついていてもらうようにお願いをした。
彼女は毒薬師のタクススさんから、多少の専門知識を教えてもらっている。二人分の看病をよろしくってのは、ちょっと大変かもしんないけど。
その一方で、あたしとグラミィは、かなりまじめにお仕事をした。
クウィントゥス殿下やアロイスにさんざん協力をして、トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯の犯罪について証拠固めをしたりね。
使用人たちは、峻厳伯たちの魔術師至上主義にすっかり洗脳されたようになっていたので、魔術士団の人たちのローブ姿を見ると、実に素直に喋ってくれたらしい。
峻厳伯は、猿ぐつわに染みこんだ夢織草の成分のせいか、昏倒しているので後回しになり、アロイスの愉快な仲間たちが分断を繰り返して捕縛、身ぐるみ剥がして杖も取り上げた近臣たちはというと、ヴィーリとメリリーニャのお怒りをかっていた。
そもそも、メリリーニャに対する峻厳伯とその息子の暴言の数々には、すっかりヴィーリが怒ってたもんな。
おかげで、森精たちの尋問にはあたしかグラミィ、どっちかが立ち会ってくれとアロイスたちに泣きつかれたりもした。抑止力扱いですかい。まあいいけど。
その結果、あたしたちはなんともうんざりするような情報の数々を知らされた、わけだが。
〔かなりキますね。これ〕
げっそりした顔のグラミィが呟いた。
確かに、峻厳伯たちってば、代々どんだけ世外の者について幻想見てたんだろうな。
というか、彼らってばスクトゥム帝国の皇帝サマ御一行とはまた別の意味で、人材と書いて人間を材料にしてたってのがねえ……。
峻厳伯たちの衣服には、世外の者たちの黒髪が希少素材として、必ず織り込まれていたと知らされて、さすがのあたしもぷちっと切れた。
「『世外の者の魔力量を得るためと、子を産ませ、血肉を啜り喰らっただけでは飽き足らず、髪まで身に纏わずして心安んじ得ぬとは。……それらよりも効果があるぞと吹き込めば、世外の者の糞便すら、すすんで喰らいたがったやもしれませんな』」
「なるほど。きゃつらの罪状を明らかにせねばならぬのなら、そのような噂を撒いてやるのも良い手だな」
クウィントゥス殿下が大笑いした。
噂にしてやれば、『血肉を啜った』から『糞尿を喰らった』には簡単に変換される。
魔力量増大のためならなんでもできるという魔術師系貴族も、さすがにスカトロとかいう高度な趣味にはどん引きだろう。
〔ボニーさん、それ、峻厳伯たちの尊厳が死にません?〕
あえて生物学的生死に関わるようなことをしてやろうとは思わないが、アーノセノウスさんにあそこまでひどいことをしてくれたんだ、尊厳にトドメを刺しといてもオーバーキルにはならんだろうよ。
ついでに言うなら、二次被害を出さないようにしときたいなと。
〔……二次被害ですか?〕
峻厳伯たちは、魔術師としての力量を求めて世外の者への執着を拗らせた。
だけど、彼らが取った手法を知れば、同じ事する魔術師系貴族が出てこないとも限らんのだ。
だったら、再発防止策ぐらいは手を打つべきでしょう。峻厳伯たちが世外の者たちの血を啜ってた、なんて情報は抹消すべきなのよ。
下手すればグラミィ、あんたの血だって狙われかねないんだから。
〔うわー、こわぁ……〕
震えたグラミィを不思議そうに王子サマは見やった。
「そういえば、アロイスがなぜディラミナムに戻ってきたか、知っているか?ただの状況報告ならいちいち警衛隊長が戻ってこずともよかろうと思わなかったか?」
〔言われてみれば……〕
クウィントゥス殿下はにやりと笑った。
「あやつはな、アダマスピカ女副伯の妹御との婚姻を願い出てきたのだ」
サンディーカさんの妹というと、コッシニアさん?
「『それはまた。めでたいかぎりにございますな』」
カシアスのおっちゃんだけじゃなく、アロイスも古巣で愛を育んでたってことか。よきよき、幸せになればいいさ。たっぷりいじったげるから。
和んでいたところに、嬉しい知らせがさらに届いた。
アーノセノウスさんが意識を取り戻したというのだ。
あたしたちは、病室へ早速向かった。
ようやくこれで、すべてが好転すると思っていた。
だから、本当に理解ができなかったのだ。
「お前は、誰だ」
なぜアーノセノウスさんが、あたしに杖を向けているのかを。




