使う者、使われる者
腹に一物背中にお荷物ってオハナシアイ、もとい談合の末。
砦の中はカシアスのおっちゃんたちとアロイスが徹底的に締め上げるってことになった。肩書き的にも二人で担当してくれるのは妥当なところでありがたい。
当然のことだが、背徳のクズどもは地下牢行きで、王都への護送待ちだそうな。
日和った騎士や従士たちも一から鍛え直しが決定された。
組織の健全化って大変だねー。
と、完全に他人事でいたら、あたしたちにも頼みごとがあるという。
魔術士隊の保護と管理である。
アロイスたちが問題視したのは、サージが使ってみせた、『真名の束縛』である。
あの裏切り者は、ただひたすら魔術士隊に自分を拝跪させるためだけに使ってみせた。身の丈以上の自尊心を満足させることを最優先したためだろう。
しかし、這いつくばるような単純な動作だけしかさせられないのなら、まだいい。
問題は、魔術の行使すら行わせるようにすることができたときのことだ。
いや、敵対行動不可だけでも命じえたなら、この砦でちまちまとやっていた内通者づくりだの諜報合戦だのは、児戯に等しいものとなる。
魔術士一人一人を寝返らせずとも、『真名の束縛』の管理者、つまり魔術士隊の隊長を、もっと言えば最高位の魔術士団長さえ口説けばいいということになるのだから。
一点集中被害甚大。
それは困る。
しかし、軍略的な弱点であることはわかっても、魔術師のことは騎士にはわからない。
ならば、魔術師には魔術師で対応してもらおう。
死者をも甦らせつつある『大魔術師ヘイゼル様』なら、『真名の束縛』を一時的に失った魔術士隊を配下に置くことができるだろう。
力で押さえつける、という方法で。
魔術士団とは無関係である以上、王都に赴いたのちも、場合によっては魔術士団全体の『真名の束縛』に対抗する手段となりうるだろうと。
……無茶言われてるよなー……。
〔それでも、やらないわけにはいかないんですよね?〕
うーん。
その辺の魔術師が束になってかかっても相手にならない、ということになっている『大魔術師ヘイゼル様』が、できないと言うってことは、まずしちゃいけない。
能力的に疑われたら、正体にも疑問を持たれかねん。
そうかと言って、やらない、やりたくないって気分の問題にするのもダメだろう。
そこそこ上層部とつながりがある彼らと(互いの能力を)信じて頼みにできるような友好関係を結ぶには、『ヘイゼル様の偉大さ』を見せつける必要がある。
……しっかし、魔術士隊の管理を引き受けるっていったって、あたしに組織管理の経験はない。
グラミィはどうかと言えば。
〔いやですねー。あたしは普通の女子高生ですよ?そんなことできるわけないじゃないですかー〕
……異世界の婆に突然転生というか劣化して、おまけにとりあえず今のところは『大魔術師ヘイゼル様』の詐称をボロを出さずにがんばってるってあたりで、『普通の』という接頭語はつけちゃいけないと思うんだが。
まあ、主張するのは勝手だよね。うん。
しっかしノウハウがないのは困るなー。
ならば餅は餅屋。
ベネットねいさんに魔術士隊の構成から管理のしかたについて、あらいざらい吐いてもらうのが一番いいかなー。
などと相談しつつ、あたしたちは手近なところから手をつけることにした。
魔術士隊をこき使うところから、である。
ちなみに、魔術士隊の管理権限が着地点不明って状態はさすがにあかんというので、ベネットねいさんはカシアスのおっちゃんに正式に統括権限を譲渡した。
真名の束縛の『媒体』がもうないし、あったとしてもカシアスのおっちゃんは魔術師ではないので、サージのようなやり方で掌握することはできないだろう。
そんなわけで譲渡というのもほぼほぼ名目上だが、きっちりやってもらう。
その名目が大事ということは思い知らされたからねー。
これで、なんか上の方から文句を言われたら責任をかぶってもらうのはおっちゃんってことになった。
その一方で、あたしたちはそのおっちゃんから魔術士隊の統括権限を即座に委譲された。
といっても、とっ捕まえたサージは即刻地下牢行きで、アレクくんとベネットねいさんは無条件で帰順を宣言してくれたのだが。
問題は残りの二人だ。
エレオノーラとドルシッラ、この二人はエクシペデンサ魔術副伯爵家のお嬢様とその乳姉妹兼傍仕えだという。
嫡子に魔術師としての適性がきれいさっぱりなかったため、その代わりに魔術師の道を強制的に歩まされている、側女に産ませた庶子とその従姉妹。
その立場は、ちょっと気の毒に思わんでもない。
だが、彼女たちがとてつもなくめんどくさくてどうしようもないのは、身分制度と階級意識が骨の髄まで染みこんでいるってところだ。
道中の馬車でも、ベネットねいさんサゲがひどかったのはこの二人とサージである。
魔術副伯爵とは、魔術系貴族の副伯爵であることを意味し、副伯爵は子爵と同格の爵位である。らしい。
だが、この国の副伯爵位は、上級貴族の子弟が家を継いだりして、より上級の爵位を授けられる前に授爵することの多い子爵位とは明らかに異なり、そこで行き止まり。
なので、どちらかと言えば下級よりの爵位、として扱われるようだ。
エレオノーラが魔術副伯爵家の庶子というのは、魔術男爵家の三男で自身は爵位を持ってないサージと、どっこいどっこいの身分に思える。
つまり、そうそうベネットねいさんたちを蔑めるような立場になるとは思えない。
……まあ、平民にも目上の中級以上の貴族にも接するから、下級貴族ほどかえって身分差というものにこだわるのかもしれん。
封建社会における貴族にとって、身分というのは彼らの世界の絶対的な基盤である。疑えば自分の正当性が揺らぐ。
そこはわかる。
そこはわかるが、中途半端に魔術師の才能がまったくないわけではないせいで、過信と平民蔑視がひどいのが困りものだ。
アレクくんたちの口ぶりだと、サージも含めてこの三人は能力主義っぽい魔術士隊の中でもいろいろ問題を起こしてきたらしい。
……だから、こんな国境にまで来るような分隊に押しつけられたのだろうな。
分隊の中でも、平民の配下となることへの反発から、ベネットねいさんたちには素直に従えず。
かといって、魔術副伯爵家に潜り込みたい下心を持つ上に、女性というだけで自分より目下の貴族として扱えると勘違いしていたサージに対する嫌悪もあってか、二人で固まって右往左往していたらしいというのが、どうも行動の端々からうかがえる。
グラミィの力(と思っているあたしの力)にびびってはいるが、凝り固まった価値観は変えられないまま現在に至る、というところだろうか。
そんな凸凹カルテットにまず命じたのは、あの、遺体の回収である。
アロイスとカシアスのダブル隊長のおかげで、砦の中が落ち着いたから再開できることだ。
ちなみに、あたしを襲撃した伏兵たちは、崖上に展開していた兵士達を捕縛したあとでとっ捕まえてある。
いちいち氷を割るのもめんどくさいので、騎士隊の面々に捕縛までお任せしたら、いきなり松明押しつけて氷を溶かしにかかってたのはびっくりしたけれど。
もちろん、今回は崖からラペリングなんかしない。
あの襲撃時にあたしが這い上ってきた迂回路も、実は隠蔽性の高いルートを選んだせいで、ところどころ細い枝づたいだったりする。
なので、生身の人間にはまず通れない。骨より重いもんね。
結局、襲撃者たちが回り込んできた比較的ゆるやかな斜面を下ることにしたのだが、そこだってちゃんとした道どころか獣道すらない状態だ。
念のため、エドワルドくんとスピンには崖の上に待機してロープを垂らしてもらっている。荷物を持って上るのは、グラミィにもちときついだろうしね。
四人は大丈夫かなーと見ていたが。
……うん。綺麗さっぱりとアレクくんとベネットねいさん、エレオノーラとドルシッラ組に分かれたもんだ。
ここで、あたしたちが魔力で威圧して「みんな仲良く」なんて押しつけて、彼らが聞くと思う?
〔なりませんよね、絶対に〕
でしょー?
こっちもおててつないでごいっしょに、なんてことは期待してない。
だけど無駄な敵意を抑えて、互いに合理的な判断ができるようには持っていきたい。
この団体行動の中で、協力行動ができないなんて支障出まくりだよ?
無能な味方と潜在的な悪意を互いに持った味方、足を引っ張るのはどっちでしょう、なんて検証は実戦でいきなりしたくない。
こりゃぁどっかで徹底的に折っとかないと難しいかもなー?
〔何を折る気ですかボニーさん?〕
決まってんじゃん。
心。
〔……ゑええええええええええええぇ?〕
あーいう手合いは、反抗心とか自尊心とか、一度べっきべきに折っておくべきだろう。
素直に現実を直視できるように目を開いてあげないと、『大魔術師ヘイゼル様』の言葉すら耳に入れるのはちょっと大変そうだよ?
あたしの個人的な意見だが、他人を下げる言動を呼吸するようにしてる人間ってのは、同じ事を自分がされる可能性を欠片も考えてないやつだ。
周りの人間が自分のために動くのが当然だと考える精神構造してる貴族社会の一員とはいえ、爵位的にはヒエラルキーの下位層にいるくせにだよ?
なら、どんだけ周囲から人望ないかわかったもんじゃない。
ここらあたりでべきっと景気よく折っておいた方が本人たちのためにもなるんじゃないの?
あたしたちのメリットとしては、上級貴族を相手にした時の練習と、忍耐力のトレーニングってことで。
〔うあー……。骨折れそー〕
あたしが?グラミィが?
あ、骨が折れたで思い出した。地下牢に放り込んどいたサージは、あたしが『使う』かんね。
〔ナニやらかす気ですかボニーさん!〕
んー。
強いて言えば、修理?
そんな会話をしているとはいざ知らず、彼らはもくもくと作業をしはじめた。
ようやく、あたしの目的の一つを果たせると思うとちょびっと感慨深い。持って帰るまでが遠足だけど。
遺体に瞑目して、用意の袋に一体ずつ入れていってくれてるのはアレクくんとベネットねいさんだ。
さすがに、じかに触るのはよろしくなかろうというのでぼろ布を手に巻いて作業をしてもらっているのだが、貴族子女ぶりっこ二人はドン引きの表情で近寄ろうともしない。
この二人、崖上までだって、唯一の男性だからってアレクくんに荷物を集中させようとしてたんだよねー。
ベネットねいさんが威嚇したら、しぶしぶ二人分をドルシッラがまとめて持っているというこの状態を考えると、やっぱりアレクくんを体のいい下男ぐらいにしか見てない気がする。
仲間意識とは言わない。せめて運命共同体としての意識だけでも持たせときたいんだが。
……エクシペデンサ魔術副伯爵家ってどんな家なのかも、アロイスあたりに確認しとけばよかったな。
領地を所有し、管理を行う領地貴族ならば、自身も農耕や狩猟を行うこともある。いい領主なら、平民が相手でも経験や知識に価値を認めればそれなりの扱いをするはずだし、その家族だって自然と当主の価値観が身につくはずだ。
それを考えると、ケーシラウス家はよほどダメな領地貴族なのか。
それとも、領地を所有せず、宮廷で権力の間を泳ぎ渡り、平民とふれあうことのほとんどない宮廷貴族なのか。
どっちだろう。
〔どっちにしても、このままほっとくわけにはいきませんよね?〕
だよねー。
それにちょうどいい機会だ。
グラミィ、短剣ちょっと貸して。
〔今度は刃物で髪の毛マルガリータですか?〕
違うわ!
貴族なら、貴族らしく、その教養をあたしたちのために『使って』もらおうじゃないのって話。
心を折るのはいつでもどこでもできるからね。
〔あ、なるほど〕
あたしが取り出した紋章布を見て、グラミィも納得がいったらしい。
そんじゃ、対応よろしく。
「エレオノーラ、ドルシッラ。ちょいとこっちに来て、これを見てくれんかの。ボニーが見つけたもんじゃが、これらの紋章がどこのもんかわかるかの?」
素直にアロイスあたりに訊けば即答してもらえるかもしれないが、情報源は複数あった方がいい。
情報の整合性を考えれば誤情報の確率を下げやすくなるからね。
いつもお読み下さいましてありがとうございます。
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