罪は数えてやる
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
ここから先は、トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯との接触から得た情報をもとにした、あたしの推測だ。
まず、魔術辺境伯家は墜ちし星に並々ならぬ執着を見せた。異世界人の特徴であるらしい黒髪にすら粘着した様子だったという事実がある。
おそらく、彼らが異世界人の血を積極的に取り込もうとしている。
その当初の目的は、主に二つ。領内を繁栄に導く異世界知識の入手と、魔術師としての力量を底上げする、膨大な量の魔力の継承であったのだろう。
だけど、いつしか、手段と目的は一部混在し、あるいは入れ替わった。試験のために勉強に必要な筆記具を揃えるのではなく、鉛筆を削り尖らせることが目的になるようなものだろうか。
正直なところ、魔術師としての能力は魔力量、特に放出魔力量の多寡ではなく、行使できる魔術の種類と数、そしてどのような状況でどのように身体強化を行い、魔術を行使するかという選術眼によって決まるんじゃないかと、あたしは考えている。
だから、例えば、元糾問使団の中で一番魔術師としての力量があるのは誰だと聞かれたら、あたしはアルガとトルクプッパさんの名前を挙げる。
トルクプッパさんも、魔術師の中ではずば抜けて魔力量が多いというわけではないし、アルガに至っては魔力量をある程度担保してくれる髪の毛が、……うん、その、かなり寂しい状態になっているせいで、これまた心許なくはある。
けれどその使い方ときたら、二人ともいやらしいほどにうまいとしか言いようがない。
これは、ひとえに彼らの戦術眼が優れているからだろう。
加えて、アルガは身体強化しながら魔術を搦め手に使い、魔術師の持つ杖に見せかけた戦闘用の杖で戦うという、近接戦闘能力がある。
トルクプッパさんは近接戦闘能力こそないが、接敵状態に陥る前に、状況を自分に有利なように魔術を使って操作していくという判断力が高い。
だけどじつは二人にとって、魔術による実力行使って下策なのだよ。魔術師としての能力はいざという時の切り札にすぎない。
荒事にならぬように立ち回り情報の収集や操作を行う、密偵としての能力の高さこそが彼らの強みなのだ。
にもかかわらず、あそこまで二人の魔術師としての能力が高いのは、やはり実戦経験によるんだろうな。
国は違えど暗部で実働してたというのは、やはり強い。その強さは、たぶん血を吐くような努力で培われたものなのだろう。
しかし、その強さは、どこまでいっても個人に帰属するものである。
どんなに優れた技術を持っていようと、その個人が年を取って力が衰えたり、老耄の病に罹ったり、あるいは実戦積んでる途中で死んだりしたら、そこで失われてしまうものだ。
一方、魔力量を増やすための手法は、魔術師系貴族によって、かなり確立されている。
正直誤差じゃね?などとあたしは思うのだが、安全弁付き魔力タンクである髪の毛が抜けてかないように、あるいは魔力量を増やすためにいいとされる食べ物を一生懸命食べたり、生活習慣を整えたりとね。そりゃもう一生懸命よ。
王都のルーチェットピラ魔術伯家でも、当主のマールティウスくんがわりと涙ぐましい努力をしてたらしいのは知ってた。彩火伯ことアーノセノウスさんはどうだったか知らない。王宮に行っててなかなか会えなかったりもしたから。
そんな玉石混淆な中でも、特に魔力量を比較的確実に増やせる手法がある。
より魔力量の多い者の血を血筋に混ぜるというものだ。
これは、何度か魔術学院で見聞きしていたし、トルクプッパさんも言っていたことだ。
有望そうな魔術師の卵を学院にいるうちから大貴族が囲い込み、子を産ませる契約を取り付けようとするのは、よくあることだと。
人権とか生命倫理とか、この世界にはない概念をぶっこむのはやめておこう。
その上で、この手法のメリットを論じるならば、たった一人の魔力量をどうこうするものじゃない。子を産みなせる限り、ある程度の数、魔力量の高い人間を作ることができる。これに尽きるだろう。
だからこそ、それだけのコストを支払うことができ、そして支払い続けてでも魔力量を増大し、維持し続けたいと願う一族は、この手法を多用する。
そう、個人じゃないの。一世代ではなく、何世代にもわたって繰り返し繰り返し行われてきたからこそ、魔術師系貴族は脈々とその魔術爵位を受け継ぐことができている。魔術爵位とは一族の執念でできているようなものだといえるだろう。
元糾問使団の中で、一番放出魔力量が多いのがクランクさんだというのも、おそらくはその手法をトニトゥルスランシア魔術公爵家が、本気出してこの手法を取り続けてきたせいなんじゃないかな。
つまり、峻厳伯たちは、もともと魔術師系貴族が伝統的に行っていた魔力量の増大方法を、この世界の人間ではなく、墜ちし星を使ってやっていただけということになる。
そりゃ彼らにとってはやって当然、何が悪いってな感覚なんだろう。
ただ、この貴族の手法。アルガやトルクプッパさんの能力の高さを鑑みるに、複数の人間の魔力量引き上げが可能って以外に採用されてる理由があるんだろうなともあたしは考えている。
たとえばリソースの問題。
アーノセノウスさんレベルできっちりと、魔術の研鑽を重ねている魔術師系貴族は、まずいない。
彩火伯の二つ名のとおり、アーノセノウスさんが室内花火大会を実現できるのは伊達じゃない。既存の魔術に原形を留めないほどアレンジを加えられるような、深い魔術知識を持ってるだけではできないのだよ、あれ。
それこそ、近接戦闘中という妨害入りまくりな状況でも魔術を行使できるアルガやコッシニアさんレベルに、術式の構築や制御能力が高くなきゃできないことだ。
そこまで魔術師としての腕を磨くのは、貴族にとっては確かに大変なんだろうさ。
貴族である限り、領地経営に宮廷政治、その他諸々リソース割かなきゃいけない問題は多い。そうそう魔術師としての技量を高めることだけに専念できないって理由もあるのかもしんない。
それに、戦術眼を高めるために、アルガやトルクプッパさんがやってきたであろう、血を吐くような努力をしても、それで向上できるのは、その人個人の技量でしかない。
負傷や老化によって失われやすい部分に努力というコストを払うのはイヤという者もいて当然だ。
それよりたくさん庶子を産ませて、できのいいのを養子にした方が、はるかに楽なんだろう。
一人のスナイパー養成より、足軽鉄砲隊の作成。たしかにそのほうが一族に対しては貢献度合いが高いのかもしれない。何より命懸けの努力はいっさい不要なんだもん。
魔術師としての力量を高めるため、得た巨大な魔力。
しかしそれは、魔力暴発を起こす可能性が高くなり、その被害も大きくなるということでもある。
それはそうだ、TNT火薬の貯蔵庫容量が増えたようなものなんだもの。
けれど、魔術学院では、魔術師系貴族の子女に魔力の制御方法を教えることはあまりない。あたしが見たのは、初級導師たちがひっちゃきになって、比較的まだ魔力量の少ない、平民の子どもたちに魔力の制御方法を叩き込ところだった。
なぜかというと、生死に直結するからだ。
魔術師系貴族の子女は、生まれた直後に、乳母と魔術師がつけられるという。
魔術師は魔力を知覚し、操作することができる。それも自分の体内に保有する魔力だけでなく、自身の周辺にあるものでもだ。
魔力に働きかけ、制御する方法を知覚させられながら育てられた子どもは、自然と自身の魔力を操作することを覚え、魔力暴発を起こす可能性が比較的低くなるというわけだ。
自転車の乗り方を教えるのに、丁寧に説明して、お手本をやってみせて、補助輪つけて練習コースを走らせるようなものだろうか。
ついでに魔術学院に入る前に、魔力の制御方法を教え込まれたりもするらしいし。
それに対し、平民の子どもたちの周囲に魔術師がいることは、まずない。つまりどうやれば魔力を操作できるかもわからないまま育つのだ。
さっきの自転車の乗り方でいうなら、いきなり車がビュンビュン行き交う道で、補助輪もない自転車にまたがらせて、手を離すようなものだろう。
そこで魔力暴発を起こしたら、子ども自身だけでなく、周囲の人の命も危ない。
だからこそ、初級導師たちは怒声を浴びせてでも子どもたちに魔力制御法を叩き込む。平民の子どもたちも自分の命の危険を知っているからこそ、それこそ死に物狂いで魔術を学び、その前提となる技術や能力の向上のために研鑽を積む。
死に物狂いで技術を身につけた人間と、管理された環境下で育てられた、温室育ちの人間。
さて、強いのはどちらかなんて、考えなくてもわかることだろう。
だけどその差を見せつけられて、魔術師系貴族の子女が発奮することは、まず、ない。
その理由も理解できなくはないんだよね。
貴族である以上、女性に求められるのは魔力量の多い子を産むこと、政略を整えることが中心になるだろうし。男性は男性で、自分は一兵卒としての実働能力が求められているわけではないというエクスキューズが使える。
だけど、多少なりとも学んだからこそ、平民出身者の力量に感嘆すればするほど、エクスキューズで目を背けてきた劣等感は大きくなる。
それが、アーノセノウスさんみたいな魔術師系貴族でしかも技術的にも優れている人を見ればねえ。どれだけその傲慢なプライドは紅葉下ろしになることやら。
前の魔術士団長のことを考えれば、アーノセノウスさんがどれだけの妬み嫉みやっかみを受けてたかは、簡単に推測できるというものだ。
トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯家が、魔力量増大のために、墜ちし星の入手に執念を燃やすのも、その結果黒髪フェチになったことも、まあ、理解できなくはない。
個人的には髪は髪や、色なんて関係あるかいという感じしかしないんだけどね。お骨しかないあたしとしては。
魔力タンクの容量に関係するらしき、髪の長さや量はともかく。
そもそも色なんて表現型は、地域的に偏差する優性遺伝子によって決まる。
クラーワは赤っぽい髪の人が多かったし、スクトゥム帝国、とりわけ帝都レジナというか、スクトゥム本国内は、ほとんどの人が黒髪だったっけ。金髪もいないわけではなかったけど、あれは脱色してるとか言ってたような気がする。
ルーチェットピラ魔術伯家の人たちは、マールティウスくんが黒髪で、アーノセノウスさんも昔は黒髪だったという。
アーノセノウスさんの執事をしてるクラウスさんも、白髪交じりじゃあるが黒髪だったみたいだし。
……あれ?
なんだか有能な魔術師は黒髪が多いような気がしてきたぞ。
いや、でも、魔術学院は白金金髪栗毛亜麻色に黒、いろいろいたはずだ。青い髪の人も見たことある。あれはたしか染めてた、とか聞いた。
コッシニアさんやパルは赤毛だし、王族で魔術師な人は銀髪が多いもんな。トゥニトゥルスランシア魔術公爵もたしか銀髪だし、黒髪最強説には根拠がない。と思う。たぶん。
〔ボニーさん、また話がそれてます〕
おう、すまん。
髪の色の問題はさておこう。
昨日、魔術辺境伯一族の黒髪フェチっぷりに辟易していたあたしは、なぜ彼らがそんな特殊嗜好を持つに至ったか、つらつら考えているうちに、なんともイヤな疑問に辿り着いてしまったのだ。
あたしたちより前に領都に、そして領主館に連れ込まれたはずの黒髪の人間たちはどこにいる?
峻厳伯たちが招いたのはあたしたちだけじゃない。あたしたちより前に、かなり大量に黒髪の人間を、領主館なりなんなりに連れ込んでいるはずだ。それもおそらくは、その血を取り入れようとして。
長期にわたり、延べ人数的にも相当な数の黒髪の人物を連れていきでもしなければ、領主が黒髪フェチだと領民は認識しない。するわけがない。
連れて行かれたその後についても、魔術辺境伯家に好待遇で迎え入れられ、愛妾や愛人兼用の寵臣として幸せに暮らしてるといった噂でも流れていたんだろう。黒髪を見つけたら報告するようにという命令とセットだったかもしれない。
だからこそ領民たちは、よそ者であるあたしやメリリーニャに、魔術辺境伯家の黒髪フェチについて、明け透けに話してくれた。そしてそれに当てはまるあたしの鬘とメリリーニャの髪に、じっとりとした羨望の目を向けた。幸運の分け前でもこぼれてこないかと、えげつないほどに。
だが、あたしが幻惑狐たちを通じて認識した領主館の使用人さんたちに、黒っぽい髪の色の人はいても、メリリーニャのような漆黒の髪の人間はいなかったのだ。
もちろん、あたしがすべての使用人さんたちを認識できたというわけではないだろう。
だけど、そんなに多くの人を見落とすほど幻惑狐たちの鼻は鈍感じゃないはずだ。
あれほどあたしたちの黒髪にも執着を示していたのだ、手に入れた者を峻厳伯たちが手元に置いていないわけがないのに。
一つ疑えば、さらに疑問が生じる。
昨日、峻厳伯たちがあたしたちに、馬の前の人参のようにぶら下げて見せたのは、無制限の好待遇だった。
だけどおかしい。雇い入れるからには、呈示した条件は守る必要がある。
けれど、黒髪の人間がそんなに大勢ではなくても、望むことはすべてかなえようなんて条件で、長期間雇うとか。本気でやったら破産するしかないでしょ。
人権なにそれうまいな平民相手に、貴族が契約を守る必要はないから、絵に描いた餅ならぬ人参をぶらさげてみせた?
だけど、貴族として、他の貴族には体面を繕う必要があるのだよ。
万が一にでも報酬の踏み倒しとかしてごらんな。平民だって不満を持つ。
そしてあたしたちが化けていたような行商人にも、好遇抱え込みの話をもちかけていたとしたなら、ますますおかしい。
行商人って、領民よりはるかに行動の自由があんのよ。いつ他領に行って、うまい話に乗ってみたら報酬出してもらえなかったーとか、あることあること喋るかわかんないでしょうが。
吝嗇という悪評が立たぬようにするためには、何らかの手を打つ必要がある。
大きく分けるなら打つ手は二択。
一つは、不満を持たせないようにする。わかりやすいのは、手中に収めた黒髪の人間すべてに、満足するだけの厚遇を与えるといったことだろう。
だけど、人間の欲には限りがない。うまいものを食べれば、よりうまいものを、より上質な服を、住処を求めるようになる。手に入れた者すべての欲を満足することは、正攻法ではまず無理だろう。
ならば、もう一つの方法の可能性が高くなる。
不満を漏らせないようにすること。つまりは口封じだ。
それが外部とコンタクトが取れない軟禁状態にとどめるか、すでに物理的に口がきけない状態になっているかまではわからない。
どちらも叶えるというのであれば、夢織草でも吸わせておけばすむことだろう。
けれど、それには人目につかず隔離できる、地下牢のような設備が必要になるだろう。錯乱や譫妄幻覚といった禁断症状が出るのは、テルティウス殿下や港湾伯で実証済みだ。
そんな異様な病人状態、使用人たちがどん引きしないわけがない。限られた人間にしか知られないように閉じ込める場所がいる。
だが、この領主館に、そういった設備はほとんどみられない。
……ということは、やはりどんな形であれ、現在彼らの手中にある黒髪の人間の数は、極めて少ないとみるべきだろう。
ならばやはり、どれだけの黒髪の者が、どこへ消えたのか。いったいどうなったのかということになる。
〔不穏ですよ、ボニーさん……〕
何を今さら。
不穏ついでにもう一つ。
もし仮に、魔術辺境伯たちが主張するほどの報酬だけでなく、実際に何らかの権限も黒髪たちに与えていたなら。
領都に着く前に、あたしたちはなんらかの形で襲撃なり妨害なりを受けていただろうね。
黒幕、すでに峻厳伯がモノにした黒髪の人間たち。
〔え。意味がわかんないですよ〕
望みは思うがまま、とまでは行かなくても、甘い汁を吸うどころかどっぷり首まで漬かるぐらい与えられてる人間が、既得権益の侵害を許すとは思えないってことですよ。
黒髪の先輩たちと同じ立場に立とうとするあたしたち新人は、それだけで先輩たちの怒りを買うだろう。
だって、自分と同等の厚遇ってだけでも腹立つのに、自分より魔術辺境伯家に求められてる資質能力が高かったら、自分たちの上を行かれてしまうのよ?
ならば、ちょっと現状が見えてて、今後に不安を感じる程度には回りも見えてる人物ならば、情報を得た段階で、可及的速やかに新人を排除しようとしたって、おかしかない。
だけど、領都につくまで、いや領主館の中に入っても、そういう排除の意図を感じるような、命や身の危険を感じる妨害はなかったのだ。夢織草で燻されはしたけど。
逆に、自分たちの側につけというような、抱き込もうという動きもなかったが。
それはつまり、峻厳伯の手元に招かれた黒髪の人たちは、言うほど権限を与えられておらず、あたしたちの情報を得ることはできない、ということか。もしくはその権限を振るえる状態にないということになる。
その条件を究極的に切り詰めていくなら、やはり、黒髪さんが外部と遮断された状況にあるのか。それとも、彼らの方がすでに排除されているか。どちらにしても動くことができない状態になっている、ということになる。
好遇提示しておいて、領主のお膝元へ大量に集めた人間が、姿を消している。
……エリザベート・バートリの手法かな?
そう、後先考えないやり方だが、死に至るまでのなんらかの搾取が目的で、「その後」なんて作る気がないのならば、自分たちのテリトリーの中でもよそからの目が届かないところへ連れ込み、好き勝手することはいくらでもできてしまう。
つまり、最初から生かして返す気はなかったんだろうね。
考えをつらつらグラミィに語ってもらっているうちに、ヴィーリの放出魔力の威圧に怯えていた兵士たちもじらじわ回復していたのだろう。
動揺を隠せないのは、夢織草の話や、黒髪たちの不在に何やら思い当たることがあったのか。
「それの何が悪い」
魔術辺境伯の子は顔中を口にしてわめき立てた。
「たしかに黒髪の者は貴重。だがいつの間にか消え失せてしまう平民風情などどうでもよい。補充が必要なだけではないか」
人道的に、大いに悪い。
そのごく当然の道理が通じない以上、並みの言い方では、彼らに刺さることはない。
――だから、あたしは毒を吐く。
「『まことに効率が悪うございますな。使い潰して省みないなど。考えが足りぬにほどがありましょう。まあ、そちらのおつむりで考えられる限りを考えつくされたのでしょうが』」
「非礼な」
「『それはお互いさまというものだ――そういうことにしてあげようとの思いやりが届かぬとは遺憾ですね』」
さらに煽りにかかる一方で、あたしとグラミィは不審を感じていた。
〔……なんでこの人、ボニーさんの暴言に怒んないんですかね?〕
そう。グラミィに言ってもらってる一言ごとに、きーきー言ってるのはポイニクスだけ。
肝心の魔術辺境伯は、一歩引いた、冷静な目で俯瞰している。
この余裕は、いったいどこから来ている?
――もっと揺さぶってみるべきだろうか。
「つまらぬことを言い立てて、火のないところに水煙。頭の回りは舌に来たようだが、言いたいことはそれだけかな」
「『いいや、今ひとつございます。――トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯フェネクス・ランシキャビアムどの。いったいいつから魔術辺境伯家は、忠義を尽くす相手をお変えになった?いつからスクトゥム帝国に尾を振るように?!スクトゥム帝国の者に、一族の娘をいったい何人抱かせたので?』」
「!!」
薄笑いを浮かべていた峻厳伯の口元がこわばり、大広間の空気が氷点下になった。
〔ちょ、ボニーさん?!マジですか?!〕
正直、物的証拠は少ない。だけど状況証拠は多いのだ。
もろもろ考え合わせると、そう見るのが一番納得がいくくらいには。
なにより、何度も言うようだが、峻厳伯は決して莫迦じゃないのだよ。いろんな意味でイカレてはいても、利害計算ぐらいはできんのだよ。自分を追い込む利益がないことぐらい百も承知だ。
だから、あたしはずっと不思議に思ってた。
スクトゥム帝国と一戦交えるって時期に、最寄りのフルーティング城砦に喧嘩を売るような上から目線で――それでも一応、戦力の統合ってつもりだったんかな――書状をよこし、その一方でランシア街道を封鎖、王都からの物流連絡網を遮断する。
これは、何をどう言いつくろっても王都を敵に回す行為だ。フルーティング城砦もだ。
スクトゥム帝国と、フルーティング城砦と、ランシアインペトゥルス王都ディラミナム。
二正面作戦どころか三正面作戦。
いや、立地的に魔術辺境伯領が隣国トレローニーウィナウロンへのにらみをきかせてることを考えれば、もう一面増えて四面楚歌ってか。死地にしか見えないんですけど。
だが、彼らがすすんでスクトゥム帝国の橋頭堡となるなら話は違う。
彼らがランシアインペトゥルス王国の最南端領地であることを利用して、スクトゥム帝国の手勢を迎え入れるつもりならば、スクトゥム帝国にとっては多方面への出撃拠点として有用だろうし、峻厳伯にとっては、国内侵攻の戦力を増やすことと同義になる。
天空の円環からスクトゥム帝国が侵攻すれば、フルーティング城砦を挟撃することだって簡単だ。
「憶測で物を言うか。証拠はあるのか」
「『ございますとも』」
状況証拠に比べて少ないだけで、ないわけじゃないんですよ。物的証拠は。
「『我らに使われた毒煙ですが。たかだか二人に一晩中燃やしつけられるほど多量に使われるとは、さぞかし豊富に原料を産せられておるのでしょうな。ではなぜその畑が領内にはございませぬのか』」
ええ、畑で作れるんです。夢織草は。
なのにその畑がないということは、領の外部からの輸入がメインだということになる。
夢織草の出処については、もう一つ状況証拠がある。
夢織草はたしかに強い草で、冷涼な気候のところでも育つが、通年生えることはない。ランシアインペトゥルス王国内では、そんなに大量に収穫できるわけがない。
少なくとも、スクトゥム帝国で見たような無茶な増やし方はできないとは、ヴィーリから教えてもらったことだ。
夢織草の使い方についてもそうだ。
そもそもルンピートゥルアンサ女副伯の毒牙にかけられた、ボヌスヴェルトゥム辺境伯タキトゥスさんと、外務卿テルティウス殿下が発症するまで、このランシアインペトゥルス王国で、夢織草の中毒症状は知られていなかった。
てゆうか、国の暗部の人たちからも出てこなかったんですよ。煙を吸わせるって発想は。
つまり、あたしとメリリーニャを燻しまくった峻厳伯側の考えは、ランシアインペトゥルス王国では普通じゃないってことになる。
加えてルンピートゥルアンサ女副伯は、スクトゥム帝国の人間に便宜を図り、実質的には帝国の手下になっていた。
ならば、その輸入先は、領外どころか国外、スクトゥム帝国と考えられる。
しかもあたしとメリリーニャ、たった二人を燻すのに、あんなにしこたま夢織草を使えるということは、それだけ大量に消費できるほど、安定供給ががなされている――つまりは太いパイプがつながっている――ということになる。
「『我らを夢織草で燻し、何をしようとなさったのかな?それも、こちらから峻厳伯どのに従いますと言わせようとしていたところを見るに、何らかの誓約を課して、魔術的な束縛で抗えないようにするつもりだったのではありませんかな?我らをスクトゥムに売り渡す御存念でも、おありでしたかな?』」
ヴィーリの発する気配がさらに一段重くなった。
大広間のはしっこからのぞきこんでた使用人たちの方から、失禁の匂いを幻惑狐たちが感じたぐらいの威圧だ。
メリリーニャがさっきからずっと側にいるのだが、ヴィーリの激怒はまったく収まる様子がない。
だが、それでも峻厳伯は余裕を失わなかった。
「夢織草というのが、どのような草かはわかりかねるが。薄弱な根拠だな」
「『まだ証立てが足りぬと仰せならば、トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯家の方がたのご尊顔こそが証でございましょう』」
「我が顔がなんだというのだ」
あたしは峻厳伯を指の骨でさした。
「『その容貌が世外の者の血を引いている証というのなら、なにゆえそこまで色濃く引いておられる?』」
世外の者は、ランシアに百年近く落ちてはいない。
これは、ヴィーリが一度闇森に戻り、確認してきたことだ。
彼らの領域内に星が落ちてきた記録は、クラーワヴェラーレでの数十年前、グラミィのガワの人、大魔術師ヘイゼルのものだっだ。
回収するまえにその土地の人間に回収されてしまったから、森精側からの接触はしなかったというが。
ならば、ほぼ濃縮還元100%かとツッコみたくなるくらい、純異世界人と同じだけの特徴を備えたその顔を作り出したほど、魔術辺境伯家に濃い血を与えた異世界人は、いったいどこから来た?
来たというなら、闇森の森精たちの把握できる範囲の外。
ランシアとクラーワ、そしてグラディウスより外。
――つまり、これまたスクトゥムが最有力候補ということになる。
しかも、その平たい顔族の顔は、墜ちし星たち、そのものの血だ。
スクトゥム帝国で驚くほど増えていた星屑ではないのだよ。
星屑たちのガワは、あくまでもこの世界の人間の身体なのだ。星屑から血を得ても、異世界人の特徴まるだしの顔にはなんない。
つまり、それは、この世界をゲームの舞台として理解し、踊らされている人間ではなく、星屑たちを踊らせている人間――おそらくは、『運営』の関係者と、長年にわたり、何世代も続けてどっぷり深い仲になっていた可能性が高い、ということになる。
峻厳伯個人が、じゃない。トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯家一族が、だ。




