一難去ってまた一難
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
ちょうどいい機会だったので、クラーワヴェラーレの呪い師たちについて、あたしは主要氏族の長たるアエノバルブスに丸投げることにした。
星屑たちがミーディムマレウスに跳梁跋扈していただけでなく、じわじわとクラーワ全土に入り込んでいるらしいこと、低地の国から森精と呪い師とが星屑たちのあぶり出しをしていることを伝えると、ものすごい勢いで驚かれたけど。
クラーワの中でもクラーワヴェラーレは闇森にかなり近いところにある。北辺は闇森に接しているほどだ。だから森精の姿を見た事がないわけではないというが。
それほど多くの森精が出てきたことは、呪い師たちの口伝えにもないそうな。
だけど、森精たちって意外とアクティブよ?
スクトゥム帝国側から星屑たちが天空の円環に押し寄せてきてたあの時だって、森精たちがわらわら闇森から出てきてたの、見てたでしょうに。
〔いやいや、ボニーさん。あのときは天空の円環自体立ち入り禁止にしてたじゃないですかー〕
……そういや、そうだったっけ。
でも、事情は説明してたよね、グラミィ?
〔おおまかにですけど。森精たちが協力してくれたってことも伝えてましたね〕
じゃあ、その数を誤解してたってことかな?
いやでもさあ。星屑たちの数も多かったし、あの状態じゃあ、少人数でなんとかしようって方が無理難題だと思うの。人海戦術って強力ですよ。やっぱり。
まあ、実際森精たちにそうちかぢかと接したことは、クラーワヴェラーレの現王たるアエノバルブスにもないらしいから。想像もつかなかったってことなのかもしれないとは思う。
が、それで驚いてられたら困るんですよ。額帯の話は伝えたし、クラーワヴェラーレの呪い師たちにはないしょでラームスの枝も渡しておいたんで、ぜひとも頑張っていただきたい。メテオラとカルクスにはこっそりラームスの種葉も撒いておいたから。
ククムさんやラテルさんともカルクスで別れ、あたしたちはフルーティング城砦へと向かった。
一時は樹の魔物たちで埋め尽くされ、まるで植樹したての人工林のような風情になっていた天空の円環も、綺麗さっぱりもとの固められた土の道に戻っていた。
……あの時捕らえた星屑たちも、森精に全部預けたままなんだよね。
今回クラーワ全土で捕獲された数もまとめると、森精たちが捕らえている星屑たちは数百人、いや数千人のオーダーに届くかもしれない。
これだけ実験体がいるならば、ネオ解放陣の開発はぐんと進むことだろう。
だけど、それが今捕獲している星屑たちのガワの人たちを、直接救う事にはつながるとはいえない。
むしろ星屑たちの人格を消去する手段を確立するために試行錯誤を積み重ねる中で、ガワの人たちの人格も崩壊させてしまったり、その身体ごと殺してしまう可能性だってあるだろうとあたしは見ている。
当たり前のことだが、半神話的な存在だといっても、森精たちだって全知全能ってわけじゃないのだ。
スクトゥム全土、いやこの世界すべての、星屑たちにガワにされている人たちに、自身の身体を返すために必要なことではあっても、どうしたって犠牲者は出る。いや、出してしまう。
あたしが決めた行動によって。森精たちが行うことによって。
どんな理由があるにせよ、犠牲者にとって、あたしたちが押しつける理不尽は、星屑たちが押しつけているそれと同じ最悪の不条理になる。
そのことはわかっている。よくわかっている。
それでも、あたしは(骨~♪)
…………。
あたしは飛びついてきた幻惑狐を、べりっとひきはがした。
ええいっ、カロルっ!
出迎えは嬉しいが、シリアスをあたしの頬骨ごと踏みつけるんじゃありません!
もうちょっとで眼窩にあんたの両前足がダブルホールインワンするところだったじゃないか!
カロルだけじゃない。フーゼもネブラも、ランシア方面から次々てちてち走ってきた幻惑狐たちときたら、あたしの頭蓋骨といわず肩といわずとびついてきたのだ。
無駄にジャンプ力がある上に、トルクプッパさんの腕を足場にして三角飛びとかやらかしてくれるというね。
(帰ってきた)
(なかま~♪)
一番落ち着いてそうなフームスですら、あたしの肩胛骨の上で久しぶりに仲間と会えた興奮に我を忘れているようだ。ぶんぶんと二本もあるもふもふ尻尾を振り回してくれるもんだから、あたしの頭蓋骨はバッティングティーに乗っけられたボール状態ですよ。なんという新触感。いや違う。
てか、アウデンティアたちアルヴィタージガベルから連れてきた幻惑狐たちはどうしたのかと見れば、ランシアからきた群れと互いの匂いを嗅ぎ合った後は団子状態というね。それが人の身体の上であろうがおかまいなしとか。
幻惑狐たちがこうやってお互いに絡まり合うのは、互いの匂いをつけあう事で仲間という認識をするために必要な行動、らしいのだが。あんまりにも数が多すぎるぞ。
お骨なあたしはまだいい。が、生身だと窒息するんじゃなかろうか、これ。
〔あたしたちの顔は避けてくれるんで、それはないですけど。なんとかなりませんこれ?〕
あたしの顔の骨だけ無差別爆撃ってのもどうかと思うが、たしかに、肩や頭の上にものられ、懐には縦に積み重なって顔を出されては、グラミィもトルクプッパさんも、狐の襟巻きどころか、たてがみ状態もいいところだ。
あたしも似たようなもんだから、きっと見た目もおもしろくなってるんだろう。
なのに、ヴィーリたちはと見れば、彼ら森精に上る幻惑狐たちは一匹もいないってのはいったい。
足元にはぞろぞろ引き連れてるんだが、肩胛骨や頭蓋骨の上でじゃれ合われてるこっちとは比較になんない規律正しさ。
……なんだろうその美形ムーブ。
てか、なんでこんなに増えてるのさ?!三十匹以上いるよねこれ?!
どけと言ってもどいてくれない幻惑狐たちにまみれたままの状態で、あたしたちはフルーティング城砦の門をくぐった。
絶っ対に笑われると思ったのだが、出迎えてくれたプレデジオさんたちの顔に笑いはなかった。むしろえらく渋い表情である。
……えーと、まさかメリリーニャを連れてきたのが悪かったかな?
「無事のご帰還、まっことにおめでとうございます。我ら一同、一日千秋の思いでおりました」
「ええ、心からシルウェステル師のお戻りをお待ちしておりました。まこと、待ちかねておりましたよ……」
なんでそんなにしみじみ言うかね。
しかもコギタティオさん、なんかやつれてませんか?駐屯魔術士団の取りまとめがそんなにつらかったのだろうか。
あたしたちのオモシロ状態を見てじんわり泣きかけてるって、ただ事じゃなさ過ぎる。
なんかあったんですか?
「大ありです」
いつもは飄々とした態度を崩そうとしない、城砦警備隊長副官のレガトゥスさんすら、真顔しかないとか。どんなんだ。
では、こちらの報告は後回しだ。
フルーティング城砦で何があったか聞かせてもらおうじゃないの。
発端は、あたしが居残り組に丸投げしてった要相談案件だった。
魔術陣の解析と無効化は、やはりどうしてもコギタティオさんたちの手に余る。魔術士団に所属する魔術師たちは、全員が魔術の運用についてはエキスパートでも、理論面まで同様に熟達しているかというとそうではない。たとえて言うなら、自分のマシンの開発を文字通り自分で行い、自身の手で組み上げることができるトップレーサーが……まあ、皆無ではないにせよ、わずかしかいないようなものだろう。
そこでコギタティオさんが王都へ協力を求めたところ、魔術士団長のマクシムスさんから返信があったそうな。
やはり魔術士団全体でも、魔術陣の解析ができるような研究者はほとんどいないらしい。
なので、オクタウスくん――魔術学院長に協力を求めた結果、魔術士団と魔術学院の提携する魔術開発専門機関を立ち上げることになったという。
それはいい。だけど、アーセノウスさんが専門機関の中心人物として、フルーティング城砦に派遣されることになったってのはどういうわけか。
そこまで聞いて、グラミィが盛大に噴いた。あたしも生身だったら危ないところだった。
いや、そりゃ、たしかにアーセノウスさんてば、魔術学院でも上級導師として認められてる。理論面も強い人ですよ。
おまけにジュラニツハスタとの戦いでも、魔術師とは思えぬ貢献をした古強者といってもいい。実践だけでなく実戦でも実績がある人だ。
きな臭くなりつつあるこの城砦に連れてきたって、足手まといになるわきゃない。それどころか、一人で周囲を焦土に化し、ぺんぺん草も生えないありさまにしてくれちゃいそうですよ。
だからって、国のほぼ北端のアルボーの港街整備を仕上げたと思ったら、今度はほぼ南端のフルーティング城砦で仕事しろってぇのはどうかと思うの。
そりゃクウィントゥス殿下あたりにしちゃあ、アーセノウスさんは取り回しの利く使いやすい駒なんだろうけどさあ。シルウェステルさんのお義兄さんを酷使しないでくださいよ。過労死させる気ですかい。
それに、魔術師がプライドの化け物だってことは十分あたしもわかってる。畑違いの人間を放り込めば、また魔術師同士角突き合わせる状況にならないとも限らないってわかってるでしょうに。
「……あの、シルウェステル師?できれば我々の話に耳をお貸しいただきたいのですが?」
ぐちぐちと王弟たちへの文句を内心練っていたら、コギタティオさんたちに困ったような顔をされました。
いや、耳殻はないけどちゃんと訊いてますとも。
ただ、この、いつの間にか個体数が膨れあがってた幻惑狐たちをどうにかする必要もあるんですよ。
こちらもクラーワへ発つ前に放り出してた案件だ。そういえば、天空の円環のグラディウスとスクトゥムの境周辺に、群れがいたとか接触したってことは、幻惑狐たちから伝えられてたような気がする。
が、まさか合流すると思わなかった。
困ったことに、幻惑狐たちは頭数が揃うととっても大変な相手になる。
ある意味幻惑狐は森精に似ている。森精たちほど集団自我が固まっているわけではないが、心話でつながっているぶん、人間などよりよほど互いの結びつきが緊密だ。
そのせいなのかどうなのか、彼らは増えれば増えるほど知性が高まるという、なんとも困った性質がある。
だからあたしも彼らの名前に誓約をのせるようなことはしなかった。魔力や食べ物、住処を提供するという取引によって、ゆるく敵対の芽を摘むだけにしておいたのだ。
そのおかげか、それともカロルやフームスたち、昔っからあたしたちが連れ回していた幻惑狐たちとの間に友好関係ができていたせいか、増えた幻惑狐たちもあたしたちにはわりと受容的な態度だったりする。
ならば今のうちに、彼ら全体との友好関係をがっちり構築しておくべきだろう。
……まさか、新参者たちが最も重視するのが、撫でられまくられる気持ちよさだとは思わなかったけどな!
彼らの懐柔がマッサージテクにかかるとか。どういうことかとあたしも思うが、幻惑狐たちをもにもにわしゃわしゃしてるのは、あくまで話半分だからじゃないんですよ。
そう力説をグラミィに伝えてもらうと、プレデジオさんは額を押さえ、レガトゥスさんは口元を組んだ手で隠し、コギタティオさんは小さく、だが力強くうなずいた。
「……事情は承知いたしましたが」
「ですがまあどうか、今はたいらかにこちらの問題を解決していただきたく」
「後ほどわれわれも協力をさせていただきますので」
よし頼んだ。そんときゃみんなでいっしょに幻惑狐まみれになろうぜ。
しっかし、ここまで来たら、王族のご出馬を願った方がよかったろうに。
いやあたしだって、いくらなんでも外務卿のテルティウス殿下とか、魔術学院長のオクタウスくんとかって贅沢は言いませんとも。
そもそも最初から魔術士団長のマクシムスさんとか、騎士団長のクウィントゥス殿下あたりが来てくれれば、フルーティング城砦内のトラブルはぐっと減ってただろうに。
トップからじきじきに釘を刺されて、それでも他の組織と揉めてみようとする跳ねっ返りは、そうそういない。指揮体系も整っただろう。
今回の派遣にしたって、せめてマクシムスさんがアーセノウスさんを連れてくるって体裁をつけてくれればよかったものを。なんでアーセノウスさん単体なのさ。
でもこれ、アーセノウスさんの横紙破りって可能性も、ないわけじゃなさそうなんだよねえ。
なにせ、アーセノウスさんってば、魔術学院の生徒たちを使っての防衛と実習って名目で、アルボーまでシルウェステルさんを出迎えに来てたもんなあ……。
いずれにせよ、またぞろ兄馬鹿を発動させてんだろうなあとしか思えませんな!
すごい笑顔で王命を受けるどころか、案件がクウィントゥス殿下あたりに届いたところで、横からかっさらってくところが、とってもくっきりはっきり想像できてしまうわ。
マールティウスくんたちにはまた迷惑をかけっぱなしなんじゃなかろうか。
一度謝りに行かないといけないかなあ。
〔ボニーさん、口元が笑ってますよ?〕
と言われても。骸骨はいつでも満面スマイルですよ。
いや、それだけアーセノウスさんが気に掛けてくれてるのだと思えば、ちょっと嬉しくなるのはほんとですよ。過保護気味だとは思うけど。
だけど、プレデジオさんたちが困り果てていた問題は、それだけじゃなかった。
「トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯が、師が発った直後に、使いの者をよこしたのです」
コギタティオさんがため息をついた。
トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯とは、このフルーティング城砦にもっとも近接した領地を持つ貴族家の一つだという。
その魔術辺境伯から城砦の管理責任者――つまり、フルーティング城砦警備隊長であるプレデジオさんに宛てられたその書状の中身はというと。
フルーティング城砦の防衛に魔術士団が絡むのはともかく、魔術学院が噛むのはおかしい。地の利的にもここは当家が責任者となるべきだろう。
だからフルーティング城砦は当家の指揮下に入れ。
というものだったそうな。
……はい?
聞いた瞬間、あたしゃ目が点になるかと思ったよ。点になるような瞳孔どころか眼球もないけど。
いやいやまてまて。前半の主張はわからなくもないが、後半は明らかにおかしいでしょうが。
ランシアインペトゥルス王国として防備を固めてるフルーティング城砦を、魔術辺境伯家がのっとってあげるって言ってるのも同じじゃん。
交渉テクニックとして、最初高圧的に無理難題をかますという手法は確かにあるけど、筋違いにもほどがある。どんなに有力な一族だろうが、ただの貴族が王の持ち物に手を掛けようとしてみせるとか。
自殺願望でもあるのかね?
もちろん、トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯にも、あたしたちが把握してないような事情が何かしらあるのかもしれないさ。
国の防衛網の一部機構であるフルーティング城砦、その防御力に頼らねば自領の防衛が保てないような事態になりそうとか。そんな情報をいち早くつかんだとかね。
スクトゥム帝国のせいでどんどん国境付近がきな臭くなってるから、ありえなくはなさそうではある。
だけど、防衛構想にいっちょかみしようってんなら、そもそも順番が間違ってるんですよ。
フルーティング城砦を現在預かっているプレデジオさんたちにではなく、彼らの総帥であるクウィントゥス殿下に奏上すべきことであって、こんな末端の人間に言ってよこすこっちゃないでしょうが。
プレデジオさんたちもそのとおりと判断し、王都に連絡を送ったという。
が、王都からは、その後なんの返信もない。
派遣が決定されたというアーセノウスさんについても、音沙汰なしのつぶてというやつだ。
ま、王都は遠いですから。たとえ超早な鳥便を使おうと、返信が遅れるのはわかるけれども。
一方、トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯が次に送ってきた書状は、さらにめんどくさいものになっていたという。
今度は魔術士団の駐屯部隊長――つまりコギタティオさんだ――宛てに送られてきた内容はというと。
フルーティング城砦の管理責任者が魔術師ではないので、話が通じないようだったから、そちらあてに書状を送る。
傘下に入れと言ってやったのに答えないとはどういうことか。
魔術師であるおまえたちならわかるはずだ。
魔術辺境伯を無視するのは魔術士団としてどうなのか。
そうそうに返答するように。
また、判断できないというのであれば、話のできる者をよこせ。
そう、シルウェステル・ランシピウス名誉導師ならまだ納得してやろう。
糾問使団を率いてスクトゥム帝国に赴いたたような者なら、多少は話ができるだろうと。
……無茶ゆーなって話だよね。
あたしゃ肩書きやら付随する権限やら何から一切返上してフルーティング城砦に来たんですもの。
正直、プレデジオさんからも、この城砦内では一魔術師として扱うと言われているし、それでいいと思ってる。
外交関係についても、あたしのやることなすことすべては非公式なものになる。正式な国の顔として動くのはクランクさんたちに任せて、あたしは手の骨を完全に引いた状態だ。
国内においても交渉ごととかパスしてるつもりだったから、ほいほいクラーワにも出かけてってんですけどねえ。
だのに、シルウェステル・ランシピウスを出せ、挨拶をしろ、顔を見せろという魔術辺境伯からの書状は、三日と空けずに送られてくるようになったという。
だが、プレデジオさんもコギタティオさんも、その要求をつっぱね続けたという。
それは正しい対応だと思う。
だって、そもそもあたしたちのクラーワ行きは、ククムさんに誘われてのものだったとはいえ、『他国の情勢を探れ』という王命に基づいた、密偵的なお仕事の一環でもあったのよ。
ということは、フルーティング城砦にあたしがいるかいないかという情報すら、渡す相手を選ぶものになっているということでもある。今いないからお会いできませんとか、そうそうぽろっと言えるわけがないでしょうが。
だが、トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯は、フルーティング城砦の沈黙を、体面を踏み躙るものとでもとったのだろう。いっそう躍起になったというからめんどくさい。
シルウェステル・ランシピウスが来ないというなら、従者でもいいからよこせ、ってねえ。
〔なんで、あたしまで狙われてるんですかね?〕
……そいつぁ、グラミィのことをどのレベルでどれくらい知っているかによって、変わってくるだろうね。
それはつまり、シルウェステル・ランシピウスがどういう存在なのか、どの程度知っているかどうかという情報戦でもあるの、だが。
問題が情報戦だけではなくなったということに気づいたのは、レガトゥスさんだった。
「地図をご覧になっていただくとおわかりになりやすいと存じますが、トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯家の領地はランシア街道沿いに及んでおります。ランシア街道そのものは国の管轄ではありますが、魔術辺境伯家が本腰を入れるならば、ランシア街道の事実上の閉鎖はたやすいことかと思われます」
たしかに、ランシア街道を塞がれてしまえば、フルーティング城砦は陸の孤島だ。
伝達手段が少ないから魔術陣の情報を公開しても、情報漏れは起こりにくいとあたしが判断した理由でもある。
だが、それを逆手に突かれようとは。
「王都からの返答はいまだございません」
プレデジオさんは言った。
つまり、それは、このフルーティング城砦にいるメンツだけで今後の対応を決めなければならないということでもある。
それも、可能な限り早く。
……真面目な話、クラーワに赴く前に、あたしがいなくても十分な防御ができるように、フルーティング城砦にはいろんな細工を施したつもりだった。
しかしそれは城砦へ、物理的に敵が押し寄せてきた場合。しかも他地方からの星屑たちの侵攻を想定してのものだった。
まさか国内から、政治的な対応を求められるとは。
だが想定外はあたしの失策以外のなにものでもない。そこまであたしが手を回しきれていなかったというだけなのだから。
トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯家がランシア街道を閉鎖できるというのなら、今、フルーティング城砦に王都からの返答が届かないのも、情報を止められているからだという可能性が出てきた。
下手をすれば鳥便すら撃墜されているかもしれない。
情報を止められるのは危険だ。だがそれ以上に、物流を止められている可能性の方がまずい。
フルーティング城砦は緊急時に備えて備蓄もしっかりしているが、それでも物流を止め続けられたら、まず間違いなく餓える。餓えれば戦闘能力だってだだ下がる。スクトゥム帝国に対する抵抗力すら失う。
けれど国内から兵糧攻めにされたからといって、おとなしく餓えてくままでいる必要はない。とっくにグラディウスファーリーやクラーワヴェラーレとの関係は好転しているし、クランクさんたちに丸投げしてあるせいもあってか、じつに平和裡に維持されている。
食料の購入も可能だろう。対価を払える限りは餓える事はあるまい。
他国への警戒をしてきたプレデジオさんたちにしてみれば、国外に頼って内憂に対応しなければいけないこの状況は皮肉なものだろうが。
いずれにせよ、ランシア街道が閉じられている可能性があるのならば、早急に別途王都との連絡手段を確保すべきだろう。
「『今は、遠回りになっても確実に王都との意思疎通を保ちうる経路を持つことが肝要かと存じますが』」
「そうですね……」
プレデジオさんはしばらく考えていたが、やがて顔を上げた。
「猛獣公の領内を通過させていただきましょう」
猛獣公こと、フランマランシア公爵クラールスさんの領地はランシア山の麓、より正確にいうならばその北西にある山岳丘陵地帯をも含みこむ。
ランシア河ほど太くはないが、ジュラニツハスタを流れ下るハスタ河の源流を容れる広大な土地は、国内でも一二を争う豊かな農地であるらしい。
ならばハスタ河を下るもよし、ランシア街道ほど大きな街道は整備されていなくても、道はいくらでもあるはずだからそっちを通るのもよしということになる。
〔……しっかし、なんでこんなに魔術辺境伯さんにボニーさんが粘着されてるんでしょうね?〕
細かな話を詰め始めたプレデジオさんたちをスルーして、グラミィが心話で呟いた。
それはあたしも知りたいよ。
うんざりしたがしかたがない。
これだけ来い来いと言われてんなら行くしかないだろう。行ける状態になってるんだから。
だが、その前に情報が欲しい。判断材料が少なすぎるし、そもそもトゥルポールトリデンタム魔術辺境伯が、どういう人間なのかがわからないことには、取れる手段もわからない。
「かしこまりまして」
低頭したレガトゥスさんたちが卓上に資料を広げた。
ランシアインペトゥルス王国において、辺境伯とつく爵位をもつ家は、おおまかに東西南北に分けて四つある。
四方辺境伯というのだそうだが、以前夢織草トラップにひっかけられた港湾伯、タキトゥスさん家のボヌスヴェルトゥム辺境伯家もその一つである。
が、その辺境伯の中でも、魔術と冠せられるのは、トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯一家しかない。
理由は簡単、魔術師の素質とされる放出魔力量の多い人というのが、そうでない人より少ないせいだ。
当然のことながら、魔術辺境伯家の人間も、その寄子や家臣の家の者も、すべてが魔術師であるわけではない。
ま、そのせいで、魔術系貴族の家だって、物理戦闘能力が皆無ってことはありえない、らしい。
現在のトゥルポールトリデンタム魔術辺境伯はフェネクス・ランシキャビアムという。現在52歳。
シルウェステルさんの享年が44、アーセノウスさんが今年は58だから、まあまあ同世代といえなくもないか。
しかし、アーセノウスさんだって、とうにマールティウスくんにルーチェットピラ魔術伯爵位を譲ってるのだ、そろそろ代替わりしてもよさそうなものだろうに。
一応、フェネクスにはポイニクスという名前の、従属魔術子爵にある嫡男がいて、それが次のトゥルポールトリデンタム魔術辺境伯といわれているらしいのだが。
「少々よろしいでしょうか」
クランクさんが発言の許可をとった。
「シルウェステル師はアルボーに彩火伯さまが連れてこられた、魔術学院の生徒を覚えておられましょうか」
ああはいはい。コッシニアさんたちがぞろぞろと引率してた子たちね。その中に罪の子と言われていた、火の魔力の強いパルも連れてきてたのは覚えてますとも。
「あの中におりました、ストゥルトゥスという、シルウェステル師に無礼な口をきいていた者が、そのポイニクスの次男です」
〔え?……あ、あー、ああ!〕
アレかあ。
表情筋があったら、あたしはグラミィにシンクロして盛大に顔をしかめていたところだろう。
アーセノウスさんにしばかれた八つ当たりに、あたしにちょっかい出してきたから、プライドを叩き潰したった、すっとこどっこい君な。
確かに、放出魔力は多かったし、そこそこ学院での成績もよかったらしいが、あたしもアーセノウスさんも、一応導師って呼ばれてるんですよ。
生徒に先生が負けたら立つ瀬がないじゃん。そもそも、因縁をふっかけてくるような相手に友好的にはなれませんとも。
ってことは。
〔たぶん、むこうも自分ちの孫がシルウェステル・ランシピウス名誉導師一行と揉めた、ぐらいは情報つかんでますよねー……〕
それも絡んできたアホ目線でね。
ということは、わざわざシルウェステル・ランシピウス名誉導師をご指名ってのも、裏があるとしか思えんな。
〔なんでしょう、ことを小さく納めるために、非公式にでも頭を下げておきたいとかって殊勝な方向じゃない匂いがぷんぷんするんですけど〕
むしろ爵位の差を盾にとって、こっちをぎゅうぎゅうにへこましておきたいって腹が見える気しかしない。
まさか、異世界にまできてモンスターペアレントに出会うたぁ思わなかったけどな!
〔ボニーさん、ペアレントじゃないですよ。モンスターグランドペアレントじゃないかと〕
モンスター祖父母。無駄に新しいな!
しかも一応確認のためにと人となりについて聞けば、これが、もう、モンスター大当たりというね。
「総じて長寿、また子福に恵まれる家系のようですが、他の貴族との縁組をあまりしたがらない一族のようです」
レガトゥスさんの説明に、コギタティオさんが補足してくれた。
一族内での近親婚が多いというのは、まあ、魔術師の素質というのが発現しやすい組み合わせを試すためのものなので、魔術師系貴族には、それほど珍しい事ではないらしい。
魔術学院の卒業生たちを家に請じ入れて庶子を作らせたりするのと同じくらい、魔術師系貴族あるあるらしい、の、だが。
魔術士団の人たちをここだけの話とつっつけば、最初のうちこそ顔を見合わせてためらってはいたものの……いやあ、出てくるわ、出てくるわ。
閉鎖的でうさんくさいとか。性格も悪いとか。
上には烈霆公しかいないような高位の魔術系貴族に対し、ここまで言うかねえ?
「シルウェステル師も、横暴ぶりはご覧になったかと」
叩き潰しちゃったからなあ。
でも、あんなアホの行動が一族のデフォってなんなんだろう。
「彼らは自分を特別な存在と思っております」
イヤな顔をしてクランクさんが言った。クランクさん自身もトゥニトゥルスランシア公爵家一門、カプタスファモ子爵位を持つ御曹司である。その彼がそこまで盛大に顔をしかめるたあどういうことか。
そもそも、魔術師全般に言える事じゃないか、プライドの化け物って。
クラーワ地方の呪い師たちもそうだけど、彼らは魔術という常人には使えない技術を握っているという自信があるせいか、時に驚くほど倨傲だ。
それでも王政であり、階層構造社会における身分制という手綱がかろうじてついているからこそ、社会の逸脱者とはならず、貴族王族といった上位者にはつき従ってるって感じだけど。
誓約という種あってのことだろうとは思うけどね。
「誓約だけではありません。魔術師ならばそれなりに魔術師を見る目というものがございます。身分差、魔術士団内の階級差を重んじるのはもちろんですが、互いの力量を見て判断します」
なるほど、喧嘩を売っていいかどうか、魔術師としての相手を見て判断している部分もあると。
これは勝てないと思えば初めから傘下に下るし、その逆に相手にする必要のない小物と判断することもあるわけだ。
争いは同程度の相手との間にしか起こらないとかいう言葉の、別解釈バージョンができそうだ。
それでもかさにかかる者は、相手の力量すら見極める力がないと公表するようなものってか。
「……まあ、シルウェステル師のように規格外なお方は、なまじっかな者ではよくわからぬ術式をお使いになり、魔力も納めておられますので。初手で判断を誤る者も多いとは存じますが」
控えめな笑いが起こった。
つまりあたしが喧嘩を売られてきてたのは、相手に見る目がなかったせいだけじゃなくて、あたしのステルス能力が高すぎたせいだって?
そんなん言われましても。
自信がつくだけじゃん、魔術師にそうそう魔力の高い、警戒すべき相手と見破られにくいって。
密偵として、あちこと忍び込むには適材な骨材ってことじゃないですか、あたし。
「これは私見にすぎぬのですが、トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯は、烈霆公や王家にすら、頭を下げてやっている、と思っているのやもしれません」
「『相手の力量を見極める目がないわけではない。家格の差も認識できないわけではない。それでもそのように?』」
「はい」
ふむ?
タキトゥスさんち港湾伯家では、そんな王家すら軽んじるような雰囲気は欠片もかんじられなかった。
いやまあ、あの時は、あたしがクウィントゥス殿下に派遣されているというていだったってこともあるだろう。アルボーを水没から守り、女副伯を捕らえられたってこともあるだろう。タキトゥスさんがかけられた毒――夢織草でいぶされてたんじゃないかと推測したのが当たってたってんで、感謝してくれてたってことも、まあ、大きかったんだろうとは思うけど。
二公爵だってそうだ。いや彼らほど王家に敬意を表す貴族はないだろう。
まあ、公爵家は王族との血の結びつきが強いからこその権力でもある。外戚としてふるまうならば、王族という錦の御旗の価値を掲げておいて、自分で貶めるような、あほな真似はしないか。
「愚か者の集まりなのか、それとも、何かしら王家すら何する者ぞと見るほどの力を持っているのか、トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯家は?」
疑わしそうにプレデジオさんが眉をひそめた。
「わかりませぬが、彼らは自らを神話の中の英雄とでも考えているのではないかと思うときがあります」
以前、あまりに不審だったので、こっそりポイニクスの乳兄弟の従兄弟を酔っ払わせて確かめたことがありますと、しれっととんでもないことを言ったのは、トルクプッパさんだった。
「トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯の者は――少なくともその本家の者は、自らをこう名乗るそうです。『この世界の外から来た者の末裔』と」




