帰還も一苦労
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
「スクトゥム帝国の手先どもの掃討は、じつに首尾よく進んでおります。とりわけ、シルウェステルさまがご同行されておられました、黒髪のいと高き梢の御方の手際たるや、まことすばらしいとしか申し上げる言葉がございません。アルヴィタージガベルからおいでのベックスどのまで手放しで賛嘆なさっておりました。他のどなたよりも真っ先に手先どもの中に入り込んでいかれるので、奴らの動きが乱れたと見た時には、すでに御方が右に左になぎ倒された後という有様。わたくしどもはというと、お恥ずかしい事に、御方の後ろについてゆき、捕らえては死の谷まで運ぶくらいしか能がございません」
フィディリスさんに力強く熱弁され、あたしは内心頭蓋骨を抱えた。
他の森精たちとしばらく行動するとか言ってたけど、そんなことやってたんかい、メリリーニャてば。
森精たちは本当に容赦なく、星屑たちを追った。それを見たクラーワの人間は、ミーディムマレウスもアルヴィタージガベルも、呪い師もそうでない者も、すさまじい勢いで星屑たちを追い詰めることに熱狂した。
魔女狩りってのはこうやって起きるんだろうなと思ったくらいだ。
だが、その狂騒ぶりが今はありがたい。星屑たちってば、ほんとうにどこに隠れ潜んでいるのかわからないものな。
もちろんあたしだって、ただこうやって、んぼーっとカプットで留守番しているだけじゃないんですが。
「『油断召されるな。好事魔多しと申しますゆえ』」
「はい!」
グラミィに伝えてもらうと、フィディリスさんは目をきらきらさせながらうなずいた。そうしていると、当初のイメージよりずいぶんと若い、というか幼い感じがするのはなぜだろう。
しかし真面目な話、星屑たちを捕らえれば、そこで試合終了じゃあないんですよ。
どのくらい夢織草が持ち込まれているのか、星屑たちがどのくらいいるのか、どうやって増やしたのか、どの国にどう食い込んだのか。
彼らがクラーワになにをやらかしたのか、少しでも明らかにしとかない限り、怖くてスクトゥム帝国とあからさまに事を構えるなんてできませんがな。
おそらくメリリーニャは、そういう情報収集にも関わっているのだろう。
なにせ、闇森の中であたしは彼に会った記憶がない。あれだけ特徴のある森精ならば覚えていてもよさそうなものなのにだ。
ひょっとしたら、彼の墜落がなければ、彼があたしたちと邂逅することはなかったのかもしれない。森の外から来た異物には、存在することすら知らせてはならなかったのだろうか。
そこは推測だが、特殊な存在には特殊な任務が割り振られているのが森精だってことは、あたしだって知っている。そしてメリリーニャは森精らしからぬ表情筋の持ち主だ。樹杖さえ隠してしまえば、普通の人間に見えるだろう。
普通の星屑にもだ。
あたしは彼に、ヴィーリに伝えたのとほぼ同等の星屑たちに対する知識を与えている。
うまくやれば会話から情報が抜けるだろうという程度には。
そのおかげもあってか、星屑たちはどんどこと捕獲できていた。
だからこそわかったこともある。たとえば星屑識別法には大きな欠点があった、とか。
一網打尽式にとっ捕まった星屑たちの中には、まだ魔術陣に魔力を流されていない者もいた。
実験体は多種多様であり、なおかつ母数が多ければ多い方がいろんな実験がしやすいものだ。比較対象が多いってそういうことだ。
その結果、異世界人格を搭載する魔術陣の性質というものもわかってきたのだ。
ガワにされたグラディウス地方やスクトゥム地方の船乗りさんに刻まれていた魔術陣というのは、心臓爆裂陣とかを見るに、身体に直接刺青で刻み込まれていた。
それに対し、ほぼすべての星屑たちに施されているらしい抑圧陣や異世界人格召喚陣というのは、陣符で体表を覆うことで、ガワの人自身の魔力によって、なんというか、焼き込んだようになっている。
これはおそらく、陣の効力対象である脳に最も近い場所――額を含めた頭全体に――魔術陣を構築するには、いちいち刺青なんかしてらんないという理由だけでなく、陣符を印刷することで大量生産し、星屑たちを増やすことができるというメリットもあったのだろう。
が、どうしても、焼き込み式の魔術陣は刺青式に対して、物理的な構築要素が一本足りない。
だからこそ、あたしが星屑たちの人格を比較的簡単に吹っ飛ばしちゃうってこともできたんだろうが……。
星屑たちの存在証明のために、あたしやヴィーリ、そして樹の魔物たちは、その異世界人格搭載用の魔術陣に魔力を流した。
もともとガワの人の魔力で発動し、維持がされている魔力陣にだ。
結果、額に紋様の浮かび上がった星屑たちの魔術陣は、より強固に構築されてしまった。らしい。
それ聞いた時にはがっくりしたもんなー……。なんだろうこの三歩進んで二歩下がってる感じ。よかれと思ってやったことが、悪い結果になってるというのは、けっこう落ち込むものである。
ちなみに、額に魔術陣が浮かび上がった状態の星屑たちに夢織草とアルコールを摂取させることで、人工的に微弱な魔力暴走を起こすという実験も森精たちはやったそうな。
だが、それにより、陣が吹き飛んでガワの人に身体のコントロールが戻るかというと、残念ながらそういうわけにはいかなかった。
少なくとも、他人の魔力の影響が抜けないと、難しいらしい。
とはいえ、あたしや森精たちじゃクラーワのすべてを掌握するなんてことはできないわけで。
結局の所、呪い師たちに森精は樹の魔物の枝を預けて、人海戦術をしてもらうという方針はそのまま変わっていない。
とりあえず識別はできるし、痛みの強さを調整して悶絶させておけば、取り押さえるのもかなり楽ではあるもので。
言ってみれば歩く森というやつだ。ダシネーンの森じゃないけれどね。この世界はシェイクスピア悲劇の舞台ではないのだ。
おかげで霊樹を授けられた!という呪い師たちの盛り上がりっぷりといったらなかったねー。「いつなりともいと高き梢の御方、そして方々に同行を許された樹杖を持つ方々の御下知に従いましょう」とか言われた時には内心慌てたけどね。なんだろうこの森精教の熱狂的信徒化。
一応、「『あなたがたはわたくしたちの配下でも弟子でもおられない。ただ、スクトゥム帝国の危機にあたるに、呪い師の方々のお力も必要となる。ともに事に当たろう』」とは言っておいたんだが。
暴走しないでくれるとありがたいなー。
「しかし、皆様方はいったい何をなさっておられるのですか?」
ひとしきり報告を喋り終えたフィディリスさんは不審そうな顔になったが、みてわからんかな。
「『償いといったところかな』」
「は……?!」
フィディリスさんはぽかんと口を開けた。
ただいまあたしたちがいるのは、あのウクソラさんちである。
いや、囀り鷹の氏族の長老さんたちには、もっと別の所を用意しましょうかとも言われたんだけどね。
正直、星屑たちによって、なにがしかけてあるかわかりゃしないとこに、逗留なんてできやしませんもの。
それは、サルウェワレーのサウラさんたち一行も同じだったようで、顔見知りだというウクソラさんに、仮住まいをお願いしていた。
おかげで、わりときゅうきゅうです。
とはいえ、襲撃に遭ったせいで、ウクソラさんちってば、お邪魔した直後は、惨状を絵に描いて色を塗ったような状況になっていた。
あたしたちを捕らえ損ねた星屑たちは、どうやらその鬱憤をウクソラさんちにぶつけたらしい。
戸口の扉ははずれて凹み、部屋の中は土足で踏み荒らされた痕まみれ。
綺麗に片付けていった鉢や壺といった什器はかたっぱしから壊されていたというね。
もちろん、お片付けには協力しましたとも。
魔術的なしかけがされてないか、サウラさんたちにくっついてきてたヴィーリといっしょに確認しーの。
裏口も開けてもらって、風であらかたの埃を吹き飛ばしーの。
それでも汚れた床を綺麗にするのに、水を顕界しーのとね。
ウクソラさんの様子を見るだに、いろんなもんを壊されただけじゃないらしい。
盗まれたものもあったみたいだ。うっかり家自体を燃やされたりしなくて、まだマシだったということか。
てか、書類の類いを盗まれたらさすがに困るんじゃないかと思って聞いたら、「こそ泥ごときに見つかりそうなところになんて隠しませんよ」と、すっごい笑顔で言い切られました。
どうやら、書類にもダミーをしかけてあったようだ。ウクソラさんてばつよい。
……このままいけば、カプットの幻惑狐たちを締め上げ、立て直すのはウクソラさんになるかもしれん。
今回、ウクソラさんとククムさんにはかなり危ない橋を渡ってもらった。
星屑たちの立ち回り方、そのガワにされた幻惑狐たちとつながってた囀り鷹の氏族の動き次第では、逆に二人が罪を着せられ捕らえられるルートもあったとあたしは見ている。そこまでいかなかったのは星屑たちの詰めの甘さか、それとも事を荒立てるのを嫌ったからなのか。
加えて、ウクソラさんたちには見たくないものまで見せたもんなあ。
文化的には露出狂集団と同等なモノの強制観察とか。なんだその精神的ブラクラ。
ウクソラさんちまで戻ってきた直後、あたしはスライディング土下座な勢いで謝罪した。
事前に『星屑たちの額に紋様が刻まれているという情報を、ミーディムマレウス側だけでなく、その場にいる星屑たちにも与える』ことについては、ウクソラさんにお願いしていた通りだった。
だが、あたしはククムさんに、さらにそれを隠れ蓑にした人心操作をお願いしていた。『星屑たちを焚きつけ、裁定の場で額帯を外させる』ために。
クラーワの人にとって、額帯を外すというのは真っ裸になるのとほぼ同義。だからククムさんもためらったし、焚きつけても外すとは思えないんですがと異論ももらった。星屑たちについて、まさか異世界人格に乗っ取られてますとほんとの事を言っても信用されないだろうからと、洗脳されてスクトゥム帝国の手先になってるとしか伝えていなかったから、そこは当然のことだろう。
だが、あたしには目算があった。サルウェワレーで捕まえた星屑たちの様子からして、彼らは額帯の意味は、ただの地域的ファッションぐらいにしか認識してないだろうという自信もあった。
だからこそ、事前に呪い師さんたちにも協力してもらって、額帯にはしかけがあるという噂も流してもらっておいたのだ。
もちろん、根っからのクラーワの人には、単なる裏側の紋様に織り込まれたID機能のこととしか解釈はできないだろう。しかし星屑たちの耳に届けば、それは彼らのあぶり出しに使われる、かもしれないという疑心暗鬼を生じるだろうというね。
結果として、星屑たちはものの見事にボロを出し、リアルな女性の嫌悪感ってものが、囀り鷹の長老たちの心を盛大に彼らからひっぺがした。
その後、ククムさんは懇切丁寧に星屑たちへ説明をしてやったのだ。お前たちのやったことは、ただの露出狂行為だと。
これはあたしの推測だが、普通にミーディウムマレウスに捕らえられ、あるいは裁かれたとしても、彼ら星屑たちの中での正義は揺るがなかっただろう。この世界がゲームの舞台だと思い込んでいるというのもあるのだろうが、彼らに取ってはヘタをするとクエストの一環でしかないのかもしれないからだ。
犯罪者扱いされてもそれだけじゃ折れない、無駄に強靱な精神は迷惑だが、国家の敵とかいうかっこいい名前をつけられたところから、這い上がる系の物語に酔っ払ってるせいもあると思えば、やりようはある。
なぜなら、人間は悪になるより正義でいたい存在だからだ。盗人にも三分の理とかいうけれど、自己正当化の欲求って、案外強い。
だからあたしはそこに泥を浴びせる。
悪法を破って自分の正義を貫く政治犯、的な体面の取り繕いかたなんてさせてたまるか。お前たちはただのけちくさい犯罪者だ、それも大義なんてもののかけらもない、猥褻物チン列罪を複数の国家元首レベルの人間相手にやらかした愚か者だとね。
このやり方を選んだのは、それがあたしの趣味嗜好ってわけじゃない。いやそれもちょっとあるけど。
星屑たちを貶め、晒し者にした、そのことにも後悔はない。
だが、そのために利用し、迷惑を掛けたウクソラさんたちには、あたしの思惑なんて関係がないんですよ。
というわけで、洗い浚いぶちまけて謝罪したとたん、ディシーには涙目で睨まれました。ウクソラさんにはすっごい冷たい目で見られました。サウラさんには溜息をつかれました。
うん。ほんとごめん。
――でも、それで、当然だ。それが、正しい。
あたしは正義の味方じゃない。彼女たちのひやっこい視線が正義にのぼせた頭蓋骨を急速冷凍してくれるというのなら、これほどありがたいことはない。
あたしのやっていることは、正直、かなりどす黒いものばかりだ。
サルウェワレーでも、アルヴィタージガベルでも、あたしはほとんど本当のことしか言ってはいない。けれどもそれでも印象操作は十分にできてしまう。
余所者として国の上層部に敬意を表すことは当然だが、さりげなく彼らのプライドをくすぐり、森精という権威を借りて取り入った。問題を解決した手柄を使って食い込みもした。
おまけに、スクトゥム帝国という共通の敵を提示して、団結を呼びかけるとか。
都合の悪い情報を隠し、都合の良い情報だけを与え、敵の悪だけを示す。
これは、戦争指導のためのプロパガンダとまったく同じやりかただ。
ならばあたしは、煽動者である自分まで騙してはならない。それが煽動する彼らへの最低限の礼儀だと思う。
たとえクラーワ地方のためと正義を語ってみせてはいても、あたしは自分が正義の味方でないことを知っている。
でも知っているだけじゃ足りない。内臓が存在しようがしなかろうが、肝に銘じておかなければならない。
さもなければ、あたしは、この世界をゲームの舞台と思い込んでる、星屑たちと同じ轍を踏む事になるだろう。
なぜなら人は、基本的に、自分のやっていることは正しいと思いたいものだからだ。
そして、人は、報われたい。
努力には、勝利や成功、承認、報酬で。
好意には好意で。善意には感謝や称賛で。
星屑たちにとって、プレイヤーである自分の行動というのは、『運営』などから警告されない限り、すべて容認された正しいものであり、ゲームの舞台である以上は、何かしらの達成報酬が与えられるべきものなのだろう。
だけど、この世界は現実だ。現実は報われない事も多く、かくあれかしという理想の形をしてはいない。
この世界はあたしのものじゃない。ましてや星屑たちのものではない。この世界を動かすのはあたしや星屑たちのような異物ではなく、この世界の人々や森精たちであるべきなのだ。
ならば、どんな理由があったにせよ、迷惑を掛けた相手が納得してくれるとは限らない。あたしの目論見が達成できた事を、ウクソラさんたちに、終わり良ければすべてよしと負担を押しつけたことに批判が返ってきても当然なのだ。
巻き込んで迷惑を掛けた相手に償う必要があるのと同じくらい、泥を浴びせるのならば、浴びせていることを自覚して、もろともに泥をかぶる覚悟は必要だ。
だから、あたしは、あえて不面目を演出し、相手を陥穽に突き落としては、ばーかばーかと舌を出してやる。
あ、いや、実際には舌なんてないわけですが。骨ですから。
ま、そんなわけで、今も家主であるウクソラさんのご希望のままに、うにうにと岩石生成の術式で、壺やら鉢やら椀やらと顕界しているわけですよ。
あたしが作っているからといって、ボーンチャイナではない。けっして。
アレは材料に動物の骨灰を使うものです。
〔どっちかというと、『これが本当の骨壺』ってやつですかね〕
並んでうにうにと器を顕界していたグラミィが心話で突っ込んできたが、やかましいわい。
実用的な器なら、壊されたものの代わりにすぐ使ってもらえそうだし、詫び料代わりとしてはちょうどいいやと思ってたんだが。
どうも、何にも考えずに顕界した岩石って、そんなに表面がつるんつるんじゃないのよね。素焼きの陶器みたいな感じの仕上がりになるので、ウクソラさんには釉薬のかかったもののようにはなりませんかと聞かれてしまった。
試行錯誤してみたら、さらに価値が上がったと喜ばれたのはいいんですが。サウラさんたちにまで欲しいと言われるとは思わなかった。
いや、作りましたよ?持って帰るのは大変かもしれないけど、がんばってね、と思ってたら、物々交換のようにとんでもないお土産が渡されたのには驚いたけど。
サウラさんが差し出してきたのは、なんと、あの、ヴェスの抜け殻で作った、外套である。
グラミィの分もと二着あわせて渡されたのは、持ち重りのする、じつに美しいものだった。
裏地は黒いトリコルヌスカルプの毛織だが、取り外ししやすいように作られているという。控えめな艶のある黒みがかった表の皮が裏地の色を透かすので、色合いを変える事も可能だとか。
柔らかい手触りも素晴らしいが、なにより、とんでもなく防水性能がいいのだという。
でもいいのこれ?と聞いたら、作る際にヴィーリ経由でヴェスに直接許可を求めたのだとか。
与えたモノは好きにしろと言われたというので、ヴィーリにも一着渡してあるのだとか。
なるほど、それは悪くない手だ。第三者とはいえ、あたしやグラミィよりも森精の方が人間側にも火蜥蜴の側にも抑止力にはなるだろう。
「『フィディリスどのにもたいそう世話になったが、我々は、まもなくクラーワを発つ』」
「カプットを?ミーディムマレウスをではなく?え?」
フィディリスさんは多少混乱したようだが、もともとここはあたしの居場所じゃない。仕事が終わったら帰りますとも。クラーワのことはクラーワに任せますって。
いや、だって、正直なところ、これ以上あたしたちが絡めるところなんてないのよ。
あたしはミーディムマレウスにスクトゥム帝国の手先が潜んでたって問題を顕在化しただけだし。
あたしたちは通ってきた南のサルウェワレー、西のアルヴィタージガベルの一部に、ラームスの一部を撒いてきた。
それに対し、森精はあちこちから樹の魔物の枝を置き、呪い師たちに渡した。
東のイークト大湿原のみが穴のように思えるかもしれないが、そこも彼らの目が届いていてもおかしくはない。
てか、むしろ、とっくの昔に地方境は閉鎖状態というか、防御用の監視センサ叢――生物的にも草むらなグリーンインフラが構築されていてもおかしかないと思ってますとも。
呪い師たちは森精の命令によく従っている。治安維持その他もろもろはずいぶんとよくなっている。
首都のカプットがあれほどの星屑たちに占拠されていたミーディムマレウスがいまいち不安材料ではあるが、そこは隣国のサルウェワレーやアルヴィタージガベル、スブテラバクルスといった国々の有力者に呪い師さんたちがぎちぎちに監視してくれている。
文化的フルチン集団に横行してもらいたくないからですね、よくわかります。
なら、あたしのすることはこれ以上ない。
〔無責任じゃないですかー?〕
いいや、あたしの手の骨から余って漏れそうなことは、とっとと丸投げしとくべきですとも。
そりゃあもちろん、己で動くのでなければ、誰に頼んでもどこかに必ず不安が残るものだ。
逆に、自分が動いて、それでも対応できなくても、そこは自分の力不足で納得がいくというものだ。
だけどそれは、まわりに迷惑をかけないですむ状況限定だ。
失敗が人命にストレートに関わる事態ならば、話は別。
そして、クラーワのことなら何があってもどんとこいと今のあたしが言えるかというと、否一択でしょうが。
額帯の意味すらククムさんに聞かなければわからないまんまだったのだから。
だったら、自分の無知を認めるしかない。
スクトゥム帝国に対してランシアインペトゥルス王国と手を携えましょうというところまで持ってきたんだ。
現時点で打てるだけの策は、それで打てた、はずだ。
フルーティング城砦に戻るあたしたちといっしょに、ククムさんもカルクスまで帰るという。
いやでもミーディムマレウスの幻惑狐の氏族たちの問題もあるし、ウクソラさんを残していくのは心配ではないのかと聞いたら。幻惑狐の巣穴に入り口はいくつも必要なのです、もちろん巣穴の底も深くなければならないのですがと笑顔で言い切られたというね。
〔逃げましたよね、あれ〕
うん、逃げだよね。
ウクソラさんのお怒りが怖いんよね、わかります。なにせあたしも怖い。フードをそっとかぶって眼窩をそらすくらいには怖い。
彼女がククムさんに激怒してるのは、彼がウクソラさんに星屑たちを嵌める方法を全部説明していなかったせいだったりする。
同じ事をしたあたしに対するお怒り度合いが違うのは、たぶんまだビジネスライクに近い関係のあたしたちと、曲がりなりにも配偶者であるククムさんという立場の違いみたいだけどね?
幻惑狐として、彼らは人を騙すことも、人を利用することもある。だけど身内に騙されたり利用されたりするってのはやはり我慢がならないことのようだ。
あたしのせいにしていいってククムさんには伝えておいたんだけどね。いずれにせよ、出発までに彼女を宥めることができるのは、ククムさんだけだろう。なんとか頑張っていただきたい。
あたしたちはランシア山――こっち側からだとクラーワ山になるのか――を黙々と登った。
アルヴィタージガベルでは、クラーワヴェラーレから来たラテルさんがククムさんの無事を熱烈に喜んでくれたりとか。ぞろぞろと同行していた森精たちと呪い師さんたちを見て、シクルスが満面の笑みで気絶しかけていたのはちょいと怖いものがあったが。
アルヴィタージガベルのテナーチで星屑たちが捕らえられていたというのは、やはり森精たちにとっても懸念すべきことだったらしい。これだけ多くの森精たちがあたしたちについてくるのは、より高地にある国々へ、星屑たちが拡散してはいないかを警戒してのことだという。
それにしてもよくこの峻険な山肌に刻まれた細い道を、森精たちが登ろうと思ったものだ。
闇森の中では梢から梢をひらひら飛び回ってるイメージしかなかったのに。
クラーワ地方がグラディウスファーリーに比べて交通があまり発達していないのは、やはり道の険しさもあるのだろう。グラディウスファーリーはまだ馬車で上までこれるもんなあ。
それに比べ、クラーワ地方は、馬車が使えるのはせいぜいがミーディウムマレウス、それもカプットぐらいまでだろう。家畜を使って荷運びをするとしたら、アルヴィタージガベルより一つ二つ国の上までくらいだろうか。
スクトゥム帝国側はちらっとのぞいてはみたが、なんというかつづら折り、もしくはスイッチバック式というかジグザグに山肌を刻んで道ができている。中型の馬車がようようすれ違えるような細さなんだけれども。
こうしてみるとずいぶんとランシアインペトゥルス王国側はよく整備されていたのだなと思う。
なにせ、城砦があんなに近くにあるのはあそこだけだもの。
アルヴィタージガベル、クルリヴァスタトル、スカンデレルチフェルムと国を通り過ぎるにつれ、森精たちはふらっと離れていった。呪い師さんたちもいっしょだ。
各所で出会うその国の呪い師さんたちもわかっている感じというか、目がきらきらしてんのが若干怖いが、ひょっとしたら森精たちにも先遣隊がいたのかもしれない。
とはいえ、あまりの人数の減りように、クラーワ地方には闇森以外にも森精たちの大きな集落はあるのかとヴィーリに訊いたとたん、森精全員に睨まれたのには、実在しない肝が縮んだ気がした。
「梢に渡った風をどこへ向ける?」
と言われてもねえ。正直なことしか言えませんが。
(助けを求められないかと思っただけです)
協力を求める、なんて言い方はできませんとも。協力というのは、こちらにもあわせる力があって初めて言えることだ。
今の状況であたしやクラーワ地方の人たちのできることなんて、一方的に助けてもらうだけだろうさ。
呪い師さんたち以外の人間に対しては、ククムさんと、驚いたことにメリリーニャが先頭に立って、交渉してくれたもので、あたしたちどころか、森精たちや呪い師さんたちまで出る幕がほとんどなかったというね。
少なくともかなり快適な旅路だったのは、メリリーニャのおかげがあると思うのだ。
だが、森精たちの彼に対する態度は、どうにも冷ややかなものだった。
その理由がわかったのは、あと一日もすればクラーワヴェラーレを通り抜けてフルーティング城砦に戻れるだろう、というところまで来た時のことだった。
話があると森精二人に誘われて、宿から出たあたしに、彼らは二つの願い事をしてきたのだ。
一つは、ペルマーネンシィヴシルウァ――星屑たちに拉致された末に、ランシアインペトゥルス王国の最北端ともいえる地で、身体を捨て、森となった森精――についての記憶をメリリーニャに見せること。
もう一つは、メリリーニャも今後同行すること。
言われてみれば、たしかにメリリーニャのような黒髪は、闇森の森精には珍しい。そしてペルの記憶を知りたがるということは。そういうことか。
(悟ったか。いかにも、この同胞は南の地に根がある)
それは、知りたがっても不思議はないだろう。だが、ヴィーリの方が、ともに過ごした時間は長いだろうに。
(風は流れた)
なるほど。なら別視点での記憶も知りたくなるだろう。
(ついでといってはなんだが、わたしは南の海で孤森の主とも会っている)
(!ぜひ、その風も!)
それはいいんだけど。
(かなり、つらいものとなるだろうが。それでも?)
(かまわない)
あたしは、ラームスに協力してもらって、メリリーニャへ記憶している限りの二人の森精の姿をすべて伝えた。
自分の肉に埋め込んだ樹の魔物に魔力を吸い取らせ、仕掛けられた魔術陣を無効化しながら森となった――ならざるをえなかったペルの最期を。
全身に凄まじい暴力を浴びながら、それでも生き延びていたドミヌスマレシルウァンの姿を。
メリリーニャは泣いた。森精が涙を、それも感情的な涙を流すのは極めて珍しいことだ。
(感謝する)
(気持ちはありがたいが、どうかわたしに感謝などしてくれるな)
彼は不審そうな顔になったが、偽らざるあたしの本心ですよ。
(わたしは、何もできなかった。ドミヌス――海森の主である方のことだ――の傷を癒やす事も、島から森ごと安全に連れ出す事もできなかった。ペル――森となった同胞の方のことだって、今でも、あれでよかったのかと思っている。いや、森の中の木々である君らのあり方というのも、他の人間より多少は理解している方だと思うが、だがそれでもペルの、個体の――いや、個人の死というのはどうにもつらい)
たとえ今もピノース河口の森にペルの自我が保存されているとはいえ、それは生身のペル自身ではない。
それは、お骨のあたしだからこそ、生身だった時の私との同一性を感じながらも、そのかつての自己との不同性を感じてやまないあたしだからこそ、痛烈に感じることかもしれなかったが。
(喪われた存在は、取り返しのつかないものだ)
(悼んで、くれるのか)
(だからこそ、願いたい。この同胞をともに伴うことを)
どこか呆然としたメリリーニャの心話に、ヴィーリが割り込んだ。
(どういうことかな?)
(この同胞に名があることを、不思議に思わなかったか)
それは最初から思ってたものだ。
森精たちは、基本的に個人名を持たない。
名前をつけられることは彼らにとり、所属する森精集団で共有している自我から『切り分け』られることを意味するものだからだ。
……と、いうことは。
(この同胞は、森の中から切り分けられた存在だ)




