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アルヴィタージガベル

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 ふと気づけば、(まじな)い師の杖をふりふり近づいてくるシクルスの後ろで、なんだか見たことのある人が、すまなそうにこちらに頭を下げていた。

 あの深みのある赤い髪の色は、クラーワヴェラーレの幻惑狐(アパトウルペース)の氏族の人だろう。あたしたちを追っかけてきた呪い師の道案内にでも駆り出されたかな。ご苦労様です。

 

 ……そんじゃ、ついでにもうちょっと御苦労してもらいましょうかねぇ?


〔なんでそこで悪そうな顔をするんですか、ボニーさーん……〕


 グラミィには呆れた眼を浴びせられたが、お骨なあたしに表情筋はありません。悪い顔?錯覚でしょ。

 幻惑狐の人には、道連れがアホだったと諦めてもらうってことで。


 あたしはやあやあと友好的な仕草をしながら二人に近寄った。つられて向こうも距離をさらに詰めたところで術式を顕界する。

 なんちゃらの一つ覚え、力でごり押しは、彼らとあたしたちだけでなく、幻惑狐たちもすっぽり囲んだ消音障壁、いや物理的強度もある結界だ。


「これはすばらしい!さすがはいと高き梢(森精)に庇護されしランシアインペトゥルスの方々!」

 

 ……魔術の行使に即行気づくあたりは、腐っても呪い師ってことか。

 だが、なんのためにあたしが魔術を顕界したのか、わからないくせに――というより知るつもりもないみたいだけどさ――テンション爆上げでこっちの魔術の腕前を褒め称えにくるのってなんだよ。空気読め。頼むから。

 危機意識のない相手って、害意があってもなくても、ほんと苛つくんだよね。むこうの世界でもよくあったことだけどさ。


「『お二方は、いつアルヴィタージガベルに?』」

「どうぞラテルとお呼びください、グラミィさま。わたくしどもも、つい先ほどこちらについたばかりのところでして。これよりミーディムマレウスを通りサルウェワレーに向かうところでございました。……ところで、お連れの方はどちらに?」


 ククムさんのことも気になるだろうに、トルクプッパさんの安否を先に気づかうあたり、やはりラテルさんの方が脳天気な呪い師よりも話が分かりやすそうだ。


「『そのことで少々お話が。ああもちろん、ラテルどのにもシクルスどのにもお伝えせねばならぬことですが、話は一度ですませたく存じます。……アルヴィタージガベルの(おさ)たる方に至急お目にかからねばなりませぬ。伝手がおありなれば、お力添えをいただけませぬかな?』」

「それは」


 困惑の表情を浮かべたラテルさんに、あたしはグラミィに(ささや)いてもらった。


「『我々は今朝がたサルウェワレーより、このアルヴィタージガベルに急ぎ入ったのです。ミーディムマレウスを通ることなく。……意味は、おわかりですな?』」


 ラテルさんの顔がはっきりと固くなった。

 クラーワヴェラーレ国内にどんと尻を据えている呪い師集団と違い、地方すら越え、いろいろな国々を行商に歩く幻惑狐の氏族になら、これで伝わると考えたのは正解だった。

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 なにせ、断崖絶壁で隔てられてるんですから。


 そこをあたしたち二人きりでやってきたという異常事態が、ククムさんの不在と結びつくのは当然だったのだろう。

 まあ、最初からそのつもりで誘導したんだけどね。


 いやー……、そこからのコネと伝手を縦横無尽に駆使しまくるラテルさんはすごかった。

 幻惑狐の氏族というラテルさん自身の存在だけでなく、呪い師として、あまりまだよく状況のわかっていないらしいシクルスの尻を蹴飛ばす勢いで使い倒す手腕の見事なこと。

 おかげで、あたしたちはその日の昼過ぎには、アルヴィタージガベルの首都ともいえるソヌスタブラムで、この国を見張る人々と対面することができたのだった。


 ここアルヴィタージガベルも、クラーワヴェラーレ同様、複数の氏族から構成されている国だ。

 なかでも主力となるのは、孤高なる司法の氏族とも言われる四脚鷲(クワトルグリュプス)の氏族であるという話は、サルウェワレーに向かう道中、ククムさんから訊いた話である。


 クラーワ地方のお国柄には、その統治の中心となっている氏族の特色が出るという。

 クラーワヴェラーレは、まとめているのが赤毛熊(ルブルムルシ)の氏族であるがゆえにか、そのお国柄も、微妙に脳筋というか、拳こそ正義というところがあるらしい。

 それと同じく、アルヴィタージガベルは、法と公平性というものをかなり重視するんだそうな。

 それゆえ一人の王が統治するのではなく、合議制なのだとか。

 重要な案件は、それこそアルヴィタージガベルすべての氏族の長たちを集めて討議がされるが、今のように緊急案件だったり、そんなに重要ではないものについては、四脚鷲の氏族の長老たちによる会議――というか、規模的には『寄合』だよね――で定められるんだとか。

 むろん、そのような場所で行われる裁定だって、四脚鷲たちの視点から見ての公平さであると、ククムさんは声を潜めながら教えてくれたが。

 くれた武器はちゃんと、ありがたく使わせてもらいますよ。もちろん。


舌人(ぜつじん)としまして、我が主、シルウェステル・ランシピウスの言葉を言上いたします。『早速にこのような席を設けていただきまして、アルヴィタージガベルの高みにある皆様に、深謝申し上げます。されど時は黄金の滴。まずは至急にお伝えせねばならぬことがございます。クラーワの地にスクトゥム帝国の凶手が及んでおります』」

「ほう」


 眼光鋭いおじいさんたちは(ふくろう)のような声を上げたが、それだけだ。

 ……やっぱ、これくらいじゃ動揺してくれないか。

 

 そりゃまあそうだわな。

 正直、あたしたちがこの場に立つことができたのも、ラテルさんとシクルス、つまり幻惑狐の氏族と呪い師という身分に対する、クラーワ地方における社会的信頼あってのこと。

 あたしとグラミィ、クラーワ地方の外からやってきた余所者に対する信頼なんて、いいとこゼロでしかない。悪けりゃ妙なことを言い出したってことで、マイナスに落ち込んでたって不思議じゃないのだ。

 だからよく考えろ、クラーワヴェラーレやサルウェワレーでの成功体験でかかってるバイアスを外せ、どうやったら信じてもらえるか、何を伝えたら彼らを動かせるか。


「それは、どのようなものかの」

「『過日、我々ランシアインペトゥルスの魔術師は、クラーワヴェラーレはカルクスのククムどのに招かれ、サルウェワレーに赴きました。魔術師は呪い師と相似たるもの。かねてより親交のありましたククムどのより、彼の地の氏族紋章たる火蜥蜴(イグニアスラケルタ)の方を鎮めうるかとご相談がありましたゆえ』」

「ふむ、そういえば湖に異変があるとか、ないとか?」


 そのくらいは耳に入ってたか。

 

 サルウェワレーを離れる前に、サウラさんたちといろいろ話をしたのだが、その中に『サルウェワレーの現状をどれだけ他国に説明するか』という問題もあった。

 なにせ、サルウェワレーであったことすべてを説明してしまうと、どんだけサルウェワレーが弱体化してしまったのか丸わかりなんである。

 他国人の不法侵入を許した上、国の象徴とも言うべき火蜥蜴(ヴェス)の負傷に、工作員の奸計にあっさりはまった長の身内たちの存在。

 どれもこれも大きな被害であり、しかもその影響がいつ失われるかはさだかではない。


 だが、サウラさんはあっさり、全部話してしまってかまわないと言ってくれた。

 被害のひどさを語らねばスクトゥム帝国の脅威をわかってもらいにくいだろうという、あたしたちへの配慮だけではない。

 そもそもが、あたしたちがサルウェワレーを訪れたのもククムさんの誘いがあってこその話。

 つまり、幻惑狐の氏族にサルウェワレーの現状がすでにある程度は流れていておかしくないのだと。

 そのサウラさんの読みは正しかったようだ。さすがは一国の長である。


「『詳細は省きますが、火蜥蜴の方を害し、サルウェワレーに混乱を招いたは、スクトゥム帝国の者と判明いたしました。されどそれを手引きした者はサルウェワレーの国内の者のみならず。ミーディムマレウスの者もまた』」

「ほうほう。サルウェワレー一国の災禍にあらずと?」

「『なれど、国と国とが相争うべきではありますまい。我らに同行なされた星詠みの旅人(森精)の方によれば、かの者らは薬毒を使い洗脳を施されたがため、クラーワの民でありながらクラーワに仇成すような真似をしたのであろう、とのことにございました』」

「は?」

「い、今なんと。星とともに歩む方が同行なされたと?」

 

 それまで半信半疑っぽかった彼らが顔色を変えるのも当然。

 クラーワ地方において、森精の存在は、北に山脈のように(そび)える闇森の存在と同じくらい、疑いようがないものだ。

 つまり、あなたの身近にある神威なんですよ。

 ま、実際に見たことあるかっていうと、話は別なんだろうけど。

 

「いかにもさよう。こちらのランシアインペトゥルスの方々は、いと高き梢に庇護されておられます」


 なぜかシクルスがそっくりかえった。いやあんた部外者でしょ。てかあたしたちに同行してもなかったでしょうに。


「では、同道なされたという星詠みの旅人の方は、今はどちらに?」

「『未だサルウェワレーに逗留なされておられます。我らが鎮めえました火蜥蜴の方の容態を診、また人より薬毒を抜き去らんがために』」


 そうグラミィが答えると、長老たちは呆然とした顔になった。

 だけど、シクルスは腐っても呪い師。その言葉には重みがある。

 長老たちの心証は、ぐんと信に傾いたようだった。

 

「……そういえば、しばらく前にクラーワヴェラーレでは幻惑狐の氏族が四脚鷲を呼んだとか訊いておったな」

「おお、さようさよう、幻惑狐どころか四脚鷲まで腕に呼びよせたとか。眉唾もいいところじゃと思うておったが……幻惑狐については、この目で見ては真実を疑いようもないの」


 あ。そういや懐に幻惑狐たち入れたまんまだったわ。

 人間の匂いに警戒したからって、すぼっと入り込んだまんま、あたしの放出魔力吸収してんだものこいつら。

 一度あたしが移動式安全基地として使えると判断したとたん、とことん自由にふるまいおってからに。


 ちなみに、氏族紋章たる生物を、その氏族の者ではない人間がどうこうすることは、クラーワ地方において最大の禁忌になるという。

 仮に、あたしが生け捕った幻惑狐たちを無理矢理拘束して連れ歩いていたら、この場に出る前にフルボッコ間違いなしなんです。

 ま、新しい人の気配に慣れてきたとたん、あたしの懐から顔を出したり引っ込めたり、子狐にいたっちゃあたしの身体をよじ登って脱走しようとして、他の二匹に捕獲されたり叱られたりしてるというフリーダムっぷりを見てもらえば、そんな誤解は木っ端微塵になるだろうけれども。

 

「……いやはや、年は取るものじゃ」

「されど、火蜥蜴の方を鎮めたとは。いや、さすがは、いと高き梢に庇護されるにふさわしい方々のご功績」

「『そのようにおっしゃられてはいささか面映ゆうございます。そもそも真に恐ろしきは人かと存じますが』」


 強引にあたしはグラミィに話の軌道を修正してもらった。称賛に酔っぱらってる場合じゃないんですから。

 

「『手引きの者らが、薬毒にかけられ洗脳を施されていたことが判明いたしましたのは、ミーディムマレウスの地へ、クラーワヴェラーレより道案内を願いました幻惑狐の氏族の方、そして我ら同行のクラーワヴェラーレの魔術師、ミーディムマレウスが呪い師の見習いがミーディムマレウスへと先行した後のことにございます』」

「それでは、隊頭(たいがしら)は!」


 大きな音を立ててラテルさんが立ち上がった。

 隊頭ってククムさんのことか。


「『申し訳ないことですが。我々にも彼らの消息は掴めておりませぬ』」

「……そんな」

「火蜥蜴の方を害する手引きをなしたという、ミーディムマレウスの者の氏族を伺ってもよろしいかの?」


 眼を細めたおじいさんたちの一人が訊いた。


「『幻惑狐の方にございます』」

「……なるほど。それゆえの御扮装か。ミーディムマレウスやサルウェワレーにそのような慮外者が現れたということは、ここアルヴィタージガベルにすら、すでに潜んでおっても不思議はないと」

「『ご明察の通りにございます』」


 二重のショックに打ちのめされたのだろう。ラテルさんはもう真っ青だ。


「……お話の真偽をアルヴィタージガベルの呪い師に(はか)ってもよろしかろうな」

「『いかようにも。にわかには信じがたきことでありましょうし。また、こちらもアルヴィタージガベルの呪い師の方には知己を得たいと願っておりました。どうぞご遠慮なくこの場にお招きください』」


 グラミィに即答してもらうと、長老たちはしばらくあたしたちを凝視していた。

 いや、ここまでの話は前振りにすぎないんですよ。

 信じてもらえないとそれ以上の話ができない。

 だったら、魔力知覚による嘘発見検査ぐらいはお付き合いしますとも。

 それに、本題はまだこれからなのだ。


「『アルヴィタージガベルの方々に最もお願いしたき儀とは、ミーディムマレウスより至りし者への警戒にございます』」

「警戒でよろしいのですかな?」


 殺してでも阻止してくれじゃないのかって?

 いやいや、国内に入れないことが肝心でしょ。取りあえずは。


「『いと高き梢に庇護を受けていると、シクルスどのはおっしゃいましたが、我々は星詠みの旅人より杖を授かりしもの。そして洗脳を施された者を一目で判別しうる術を星とともに歩む方より授かっております』」

「なんと、まあ」

「『その術をしかるべき呪い師の方にお渡しいたしたく存じます。高みより万物を公平にご覧になる四脚鷲方々におかれましては、ミーディムマレウスよりアルヴィタージガベルに入り込んだ者らすべてに、その術を受けるよう命を発していただければと』」


 ええ、自助努力って大事だよね?


 あたしはアルヴィタージガベルに腰を据えたまんま、推移を見守る気はさらさらない。

 かといって背後から撃たれる趣味もない。

 だから、最低限の安心安全を確保するため、サルウェワレー同様関所に必要なラームスの枝を渡したら、とっととククムさんたちを探しに行きたくてたまんないのです。

 ここアルヴィタージガベルは黒っぽい岩盤が露出しており、それを岩の割れ目に生えた植物が根を生やしながら砕くことで砂地に変えつつある土地だ。道中連れてきた幻惑狐の毛の黒さは保護色だったりする。

 ……ほんとは彼らぐらい地味に行きたかったんですよあたしも。派手な人助け、いや国助けなんてしてらんないんです。あたしだって腕の骨は二本しかない。できることは限られている。


 何事か考えていたシクルスが、無駄にきりっとした顔をあたしたちに向けた。

 

「ランシアインペトゥルスの方々に一つお伺いしたいことが」

「『何事でございましょう?』」

「ミーディムマレウスの呪い師の見習いを、配下の魔術師の方と同行させたとおっしゃいましたな」

「『いかにも』」


 ディシーのことを訊けば、ミーディムマレウスの呪い師たちのことに気が向くのも当たり前か。

 そりゃあ国は違えど同じ呪い師、交流もあるだろう案じもするだろうと、あたしも考えた。

 が、シクルスは思っていた以上にアホだった。


「今後、そちらの見習いも引き取られるおつもりでしょうか?」


 は?

 あたしは思わずグラミィと、顔と頭蓋骨を見合わせた。


「そちら『も』というのは、どういうことかの?」

「ああ、これはアルヴィタージガベルの方々にもお聞きいただきたく。我々クラーワヴェラーレのラクスに居を構えます者が育てております子を、このランシアインペトゥルスの方が見込まれまして。いずれはいと高き梢より授かりました杖をも継ぐことになりましょうかと」

「『何をおっしゃっておられる?』」


 冷え切った超低音の声に、ようやくシクルスの舌は止まった。

 てか、思ったよりグラミィもぶちきれてたのね。いかんいかん。あたしもだけど放出魔力が漏れてるよ。

 

「『わたしも魔術師としては(みち)も半ば、未熟なる者。弟子を取るなどおこがましい身。そのような申し出など、いたしたこともございませんが』」

「で、では、マルスをお引き取りにならないおつもりで?ではなぜ彼の養育を我々に?」


 いや、そもそもマルスって誰よ。


〔……そーいえば、杖泥棒の子がそんな名前じゃなかったでしたっけ?〕

 

 あれか。しかしなにがどうしてそんな話になるのかねえ。

 ともあれ、ここではちゃんと言明しておいた方がよさそうだね。


「『四脚鷲の氏族の方々は、天空の高みよりすべてを見はるかすその紋章の方にも似て、公平な視座をお持ちと伺っております。まこと申し訳ございませぬが、国難について申し上げている場をお借りして、今しばらく私事にも耳をお貸し願えませぬでしょうや。――クラーワヴェラーレで、我々は罪を犯しました』」


 グラミィがそういうと、長老たちはちょっと驚いたように眉を動かした。

 注意を惹くにはインパクトが大事。ついでに、こっちの弱みはさっさと潰すに限る。

 

「『呪い師の方々のお役目ということを存じ上げず、幻惑狐の氏族に水を差し上げ、呪い師の方々の領分を侵してしまったのです。水の差配は呪い師の方々が行うべきこととは、クラーワでは赤子ですら知ることではありましょう。どうぞ他国者の無知とお笑いください』」


 あの時はたいそう失礼をいたしましたと、ことさらにシクルスに向かって丁重に頭蓋骨を下げると、慌てたように彼は両手を振り回した。

 だがこれはジャンプの前にしゃがんだだけだ。

 

「『ですが、二度とクラーワヴェラーレの幻惑狐の氏族の方々に、我らが水を差し上げることはしないと誓約することで、我々は呪い師の方々に、寛大にもお許しを戴いたと考えておりました。……寛容には寛容で返すが筋と考えたのですが、これはあやまちでしょうや?』」

「何が起こったのかの?」

「『わたくしどもの杖は、星詠みの旅人の方より授かっておりますもの。それを、サルウェワレーに向けていざ出立せんとした時に、クラーワヴェラーレの呪い師の少年が奪おうとしたのです』」

「なんじゃと!」

「それはまことか」


 長老たちは騒然とした。

 

「ラテルどのは事情をご存じか」

「クラーワヴェラーレを方々が出立される際、騒ぎが起こったことは存じておりましたが……」

「『森の御方より授かった樹杖を奪おうとした者は、まだ幼き者でありました。出立をそれ以上妨げられるも、血に彩るのも我らが本意にはあらず。また呪い師の方には寛容を返すべきかと命を許しましてございます。これはさらなる我々の罪にございましょうや?』」

「いやいや、それは最善を尽くされた結果でございましょう。罪などでありましょうものか」

「『四脚鷲の氏族より頂戴したお言葉としては、無上のものにございます』」

 

 あたしは魔術師の礼を深々ととった。

 いやほんとありがとう。これであたしたちはクラーワ的には無罪を裁定されたってことになる。

 

「『幼き者のあやまちは、育てた者の失策でもありましょう。責はクラーワヴェラーレの呪い師の方々が負うべきと、改めてよくよく育てるようにと願ったのですが。……よもや、知らぬ間にその盗人を押しつけられることになっていようとは思いも寄らぬことでありました』」


 やれやれと頭蓋骨を振ってみせると、長老たちからもラテルさんからも、それはそれは気の毒そうな眼が向けられた。

 そりゃねー、情けをかけたら美談を嘘で固められそうになるとか。冗談じゃないですわ。

 

「それは、いかんなあ」

 

 のんびりした口調とは裏腹に、シクルスに向ける長老たちの目が細く糸のように細められ、鋼のように鋭くなっていく。

 呪い師ははくはくと口を動かすだけで、反論も出てこないようだった。

 だが容赦はしないよ?裁定は下ったんだ。次に来るのは刑の執行だと思いねえ。

  育て直しの理由をよくよくその脳味噌にたたっこんで、もっぺん圧力鍋で煮直すぐらいにはわかりやすく説明して、誤解の欠片も生じないようにしてやるかんね。

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