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一筋縄ではいかぬ道

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 そんじゃいくよ、グラミィ。


〔……あーはい、覚悟完了です〕


 半分諦めたような心話をよこしながらも、グラミィが術式を構築し始める。

 そのタイミングで、あたしは複数の結界球――正確には球というよりボーラっぽい形状な上、柔性を最大限にしたので、ぶよんぶよんと変形している――を、夜空へ向けて射出した。


 すったもんだの末、あたしとグラミィはサルウェワレーの国境近くまでやってきていた。

 ただし、ミーディムマレウス方面ではない。


 ヴェスとの対決を考えて、移動してもらっていた避難民たちには、サウラさんたちが帰還を呼びかけることになった。

 が、避難民の人たちが、たとえ国境を越えていようが越えていまいが、それは迎え入れるサウラさんたちの安心安全にはつながらない。

 サルウェワレー国内ですら、ファシリスさんをガワにしていた工作員がいたのだから。


 そう、帰還指示を出すに当たって、一番の不安材料となっているのが星屑たち(異世界人格者)――中でも、工作員の存在である。

 工作員たちはダークなロールプレイでもしているつもりなのか、むこうの世界の知識を使い、拉致監禁から情報操作、そして国力低下の画策と、手段を選ばず他国への攻撃活動を行う連中だ。

 万が一にでもこの世界の人をゾンビ化したり、星屑たちのガワにする方法がポータブルになっていたら。あたしたちが捕獲した二名以外に工作員がいたとしたら。

 そして、避難民たちに星屑を搭載されていたとしたら。

 帰還の指示が星屑たちの呼び水になりかねんのですよ。

 

 サウラさんたちもねー、これまでの警戒態勢じゃ間に合わないってことはずいぶんと身に染みたらしくて。星屑たちの見分け方を教えてくださいと、ヴィーリやあたしたちに五体投地する勢いで、ずいぶんと熱心にお願いされました。

 確かに、一番危険なのはクネウムさんのように、スクトゥム帝国に行った、もしくは交流がある人物で、ファシリスさんのように、もともと孤立しがちなライフスタイルだったり、単独行動が多い人だろう。


 だが、正直なところ、魔力(マナ)を感知することのできる魔術師や(まじな)い師でない人たちにとって、星屑を外見だけで見分けるのは、極めて難易度が高いミッションだ。

 いや、ほんっとに難しいのよこれ。

 森精であるヴィーリや、森精たちの半身である樹の魔物を託されているあたしやグラミィぐらい魔力知覚能力がないと、たとえ魔術師や呪い師であっても見過ごしちゃうレベルなのだ。


 そこで、サルウェワレーの人たちには、行動から判断してくださいとお願いしておいた。

 見慣れぬ余所者、なれなれしく人の領域に入り込んでくる者だけじゃない。たとえ顔見知りであろうとも、しばらく会わぬうちに人格や嗜好が変化していたり、聞き慣れぬ言葉を喋るようになっていたら要注意ですよ。

 特に、星屑たちは安楽な行動を選びたがる傾向がある。そのへんも確認が必要だろう。

 

「『繰り返し申し上げますが、彼らの中には危険な魔術陣を仕込まれている者がおります。取り押さえる際も重々お気をつけください。彼らはたやすく自害を選びます。それを、阻止しえなかった場合には、その魔術陣が発動いたします。本人を食い殺し、周囲の人間まで飲み尽くすことになりましょう』」


 そうグラミィに伝えてもらうと、サウラさんたちは緊張した表情で頷いた。


星詠みの旅人(森精)の方がなされました、あのあぶり出しというのは、我々ではできぬことでしょうか」


 あぶり出しゆーな。言い得て妙すぎるじゃないか。


「『残念ながら。くれぐれも油断なされぬことが肝要でございましょう』」


 符丁を定められたり、大人数で動いたりというのも、やらないよりはましだろう。

 けれども、避難民たちが一度に大量に戻ってくるとなると、どうしても警戒の網にも穴が空きがちだ。そのタイミングにあわせ、そこそこの人数の星屑たちを突っ込まれでもしたら、危険がデンジャラスですとも。

 工作員を一人でも流入を許したら、大変なことになる。

 てか、そうなったらサルウェワレーは滅亡の一途を辿るんじゃなかろうか。


 そこでサウラさんには、国境に最も近い集落であるオーヴィシェに関所を設けてもらうことになった。ヴィーリともいろいろ相談した結果だ。

 関所に常駐する人に預けるのは、ヴィーリの樹杖の枝。

 そう、ラームスと同じ、樹の魔物である。

 彼ら樹杖の枝たちは、森精が、何千年だか何万年だかわからないほどの長きにわたって、蓄積してきた知識を、混沌録というかたちでクラウド保存している。

 森精の魔術ばかりではない。ヴィーリが見せたような、魔術ではない魔力の繊細な操作方法もだ。


 関守になる人たちには、樹杖の枝を世話してもらうことになっている。

 帰還者たちやミーディムマレウスからの入国者には、関所を通る際に、樹の魔物たちに触れてもらう。

 樹杖たちには、ヴィーリがしてみせたように、通行者に微細な魔力を流してもらおうというのだ。

 一般人なら無反応だが、体表に魔術陣が刻まれている人は悶絶するレベルで痛いらしいからねえ、あれ。

 結果、推定星屑たちが怯んだところで捕獲するのもやりやすいというわけだ。


 いくら流すのは微量の魔力とはいえ、大人数を相手にしてもらうとなると、馬鹿にはなんない。

 樹の魔物たちだって、魔力切れになったらまずいんじゃと思ったのだが。

 ラームスによれば、関守の人たちにもちょくちょく触れてもらうことで放出魔力を吸収すれば、太陽光と水を浴びていればなんとかなるらしい。なら大丈夫か。

 せめてサウラさんには、関守に就く人は重労働になるだろうから、体力に恵まれた人を大勢送ってもらって、交代もしやすいようにお願いしますとは伝えてきたのだが。

 さて、どうなったことやら。


 口調が他人事過ぎるって?

 そりゃ他人事ですよ。

 アイディアを出したり、星屑たちを無害化するための拘束具を作ったげたりと、智恵も手も貸したけれども、関所はあくまでサルウェワレーの人たちの自衛策であって、あたしたちの管轄ではないからだ。

 てかそこまでおんぶにだっこされたら背負い投げをかましますよあたしゃ。


 人の流れは目隠しになる。

 あたしたちは関守さんたちとオーヴィシェまで向かい、帰還者たちを通す道の両脇に樹杖の枝たちを植えた。彼らを隠れ蓑にするためだ。

ついでに魔力(マナ)を多めに枝たちに渡しておいて、そのままあたしたちは街道をほぼ直角に折れ、東の山へと入り込んだのだ。

 道なんてものは、当然ない。けれど迷わず進めたのは、聳え立つ岩壁が目印になっていたからだ。

 そのまま山中で暗くなるのを待って、あたしたちは術式を構築し始めたのだった。


 このサルウェワレー近郊は、地勢がよくわからないので、空を飛ぶのは難しい。

 だけど、お菓子がなければパンでフレンチトーストを作って食べればいいじゃない?

 空を飛べなきゃおとなしく地面を這いつくばればいいだけのこと。

 地面が重力方向と垂直ではなく平行方向だって、何が悪い。

 

 あたしはグラミィともども身体を繭状の結界で覆い、その隙間から柔らかい結界を射出したのだ。

 なるべく遠くまで飛ばしたつもりだが、複数の結界球がべっちょんべっちょんと貼りついたのは、断崖の中ほどだった。

 むう。角度が悪すぎたか。

 まあいいや、高度を稼ぐのは後でもできる。


 そのままあたしとグラミィは、タイミングを合わせてジャンプした。同時にびろんと延びた結界を一斉に縮めることで、崖沿いに急上昇していく!


〔いぃいいいいいやぁああああああああ!やっぱり逆バンジーこわぁああいいい!〕


 半泣きながらもちゃんと術式は維持したまま、声は出さないあたり、グラミィもなかなかやるものだ。

 そのぶん心話の悲鳴が盛大なのはしょうがない。


 上昇が終わり、落下が始まる寸前にグラミィは術式を顕界した。

 あたしと同じように、さらに上方に向かって結界を射出し、岩壁に貼りつかせた――ところで、あたしたちは断崖に衝突した。


「ぴゅぼふっ」

 

 グラミィが潰れた声を上げた。

 あたしたちをホールドしている結界繭そのものも、クッションがわりになるようにと柔らかいものにした上、吸収の魔術陣を刻んであるんだけどなあ。

 それでも慣性の法則までは無視できないようだ。


〔……ボニーさん。もうちょっとマシな方法ってなかったんですかー?〕


 といってもなあ。

 一番これが消耗の少なそうな方法だったんだよねえ。

 それともグラミィ、ここから自力でロッククライミングしてみる?


〔イヤですよ!〕


 じゃあ、もうちょっとだから、がんばれ。


〔へーい……〕


 あたしとグラミィは、そのまま交互に魔術を顕界し、なんとかずるずると絶壁を登り切った。

 この断崖の上はサルウェワレーではない。アルヴィタージガベルという、ミーディムマレウスより前に通った国の領域になる。


 遠回りも小細工の(うち)だ。

 あたしたちは、サルウェワレーから直接ミーディムマレウスに入るのではなく、アルヴィタージガベルまで戻ってからミーディムマレウスへと入ったようにみせかけることにした。

 ミーディムマレウスにいるだろう星屑たちの眼を、少しでもごまかすためだ。

 そのために、サウラさんたちには、対ミーディムマレウス体制を取るように頼むと同時に、あたしたちに必要な情報やちょっとした物資を提供してもらった。

 特に地形を教えてもらったのは有難かった。この断崖絶壁地帯は人もそうそう近寄らないという。

 このまま断崖のへりを伝うように北へと向かえば、ミーディムマレウスの国境まで、いや首都であるカプットまでそんなに時間のロスにはならないはずだ。


〔いやいやショートカットになんないでしょこの険しさ!岩から岩へ飛び移れとか、オーバーオール着たちょび髭配管工のおっさんじゃないんですけどあたし!〕


 グラミィには激しくつっこまれたが、このくらいの高低差ならば、上ってきた断崖に比べりゃ屁でもない。

 それに、上ってきた時同様に結界を使ってごり押しすれば、足元の悪さだって、湿原の木道程度にゃ改善できるのだよ。

 ほら、糾問使やってた時に、船を乗り移ったりしてたじゃん?あの要領。


〔……そこまで織り込み済みだったんですね〕


 そりゃそうでしょうよ。あたしの得意技は人外の魔力量で無謀な魔術を振り回してのごり押しですから。


〔わー。魔術ってスバラシー〕


 平坦に驚いてもらったところで、気がついてるかい?

 囲まれてるよあたしたち。


「え」

  

 声に出てるってばグラミィ。


(さて。出てきたらどうかな?)


 岩壁と砂地の境になっているらしい、丈の高い草叢(くさむら)にあたしは心話を向けた。

 物理的な反応はない。

 んー。


(出てきたら、魔力あげようか?)


 途端に、茂みからいくつもの耳と鼻先がひょこひょこと生えてきた。

 現金だねきみら。


〔な……、ああ、囲んでるって、幻惑狐(アパトウルペース)たちだったんですね〕


 そうそう。ラームスが教えてくれたの。

 だけど、ちょっと警戒心が強いのかな?なかなか近づいてきてくれないし。


〔心話で話しかけられたこと、ないんじゃないんですかね。フームスたちだって最初警戒しまくってたし〕


 そう言いながらグラミィが乾し肉を取り出したとたん、幻惑狐たちはわらわらと寄ってきた。

 ちょ。おまえら。やっぱり思考能力が胃袋にあるだろ。


 ちなみに、幻惑狐たちは肉食寄りの雑食だ。意外となんでも食べるのはフルーティング城砦でも証明済みだ。なにせ駐屯している人たちの主食である、穀物を煮た粘性のある麦粥みたいなのも、残りをやったら喜んで食べてくれるんだもの。


〔ずいぶんとちっちゃい子が多いですねー〕


 グラミィが呟くとおり、灰黒色の成体に混じって少し褐色っぽい、ぽやぽやした毛の子どもが何匹もいた。

 なるほど、子どもを守るためにも警戒強めだったのか。


 あたしは放出魔力を丸めて、ほい、とおとなたちに差し出した。

 勇敢な一匹がおそるおそる首を伸ばしてぱくりと吸い込んだと見るや、あっという間に一斉にわらわらとたかってくるあたり、どうやら心話からも敵意がないってわかってくれたらしい。


(そっち、なに/なぜ/におい)


 えーと。フームスの匂いがなぜついているのか、あたしたちがいったいなんなのか、ってことかな。


(ずっといっしょにいたんだけどね、はぐれてしまったんだ。だから探しに行く途中なんだ)


 本当のことを言うと、年上らしい一匹がおそるおそる近づいてきて、あたしたちをすんすんと嗅ぎ回った。

 

 今のあたしたちの姿は、サウラさんたちに提供してもらったクラーワ地方の一般的な衣服を来ているように見えるだろう。基本が袖のたっぷりしたシャツというか貫頭衣のような中着に、だぼっとした前開きの上着を深く打ち合わせて着るものだ。

 ククムさんたちが国の使者として着込んでいた上着は袖がなく、脇が縫い合わせてなかったし、身体にぴったりする細身のものだったが、構造的には似ているんだろうと思う。


 中に着込めたローブに染みついたにおいに十分納得がいったのか、勇敢な幻惑狐は首を傾げてあたしを見上げてきた。


(なかま?)

(そうだね、フームスたちと仲はいいと思うよ。……だから、早く探しに行きたい。人の通る道に出たいんだけど、教えてくれないかい?お礼はするよ)

 

 ほらほらと乾し肉で包んだ小さなバターの塊を取り出して振ってみせる。

 動物性脂肪は命をつなぐエネルギー補給食だ。この世界でも高地になればなるほど低温低酸素になるのか、山の多いクラーワ地方ではじっとしているだけで体力を消耗するという。

 そのため、高カロリーな食糧は携帯必須なんだけど、グラミィじゃ体温で溶けてくる可能性があるというので、あたしが預かっていたものだ。


(におい、たべる/いつも?)


 さすがにしょっちゅう乾し肉やらバターやらをフームスたちに食べさせているわけではない。


(他のものも食べるけれど、いつもお腹いっぱいで幸せそうだよ?)


 フルーティング城砦でぽんぽこお腹になってスヤァしていたり、ブラッシングしまくられて気持ちよさそうにしていた様子を心話で伝えてやると、なんだかそわそわと落ち着きがなくなってきた。

 お。これは。


(……なんだったら、君らの何匹かも一緒に来るかい?)

〔ちょ、ボニーさん!〕


 グラミィは驚いたようだが、正直彼らが同行してくれるなら、かなりあたしたちは楽になる。

 あたしがお骨というのもごまかしやすくなるのはもちろん、ククムさんたちも見つけやすくなるというものだ。


 あたしたちがミーディムマレウスですべきことは、ククムさんたちとの合流、ヴィーリからの知らせを闇森へ確実に伝達すること、そして星屑たちの一掃である。

 どれも大事だが、おそらく星屑たちと同じくらいククムさんたちは見つかりにくくなっているはずだ。


 十中八九、ククムさんは自分の強みである情報収集能力を発揮し、人脈をこまめに繋ぎ直すためにも、ミーディムマレウスで他の幻惑狐の氏族の人に接触したとみていいだろう。

 だが、クネウムさんのように、ミーディムマレウスの幻惑狐の人は、星屑たちになんというか――汚染されていた。

 そのことを考えると、ククムさんは――別れて行動していなければ、魔術師のトルクプッパさんも、ミーディムマレウスの呪い師見習いのディシーもだ――星屑たちに捕らえられたか、もしくは星屑たちから逃げ出し、今はどこかに身を隠しているか、そのどちらかだろう。

 ……すでに殺されている、という可能性もないではないが。


〔ボニーさん……〕


 なにせ星屑たちは、放出魔力量ではただの非魔術師な人たちと区別がつかない。あたしやヴィーリは辛うじて体表の魔術陣を、放出魔力のムラとして認識することができるが、それだってごくごくかすかな違いでしかない。

 どの魔術師や呪い師たちにも、いや誰の眼にでも明らかにしようとしたら、ヴィーリがやったように刻まれた魔術陣に魔力を通すしかないだろう。

 特に、喪心陣といい召喚陣といい、星屑たちの魔術陣は額に刻まれているものが多い。魔力を通しさえすれば魔術陣は世界の敵(星屑野郎)を示す烙印(スティグマ)となるだろう。

 

 けれど額に触るのは、正直言ってハードルが高い。

 クラーワ地方の人々は老若男女問わず、額に色鮮やかな織帯を結んでいるが、あれは彼らにとって所属する氏族と氏族における位置を示すものであり、他人が触れることを――それこそ夫婦にでもだ――許さないものらしいからだ。

 額の、という接頭語はつくが、互いに帯を解いて向かい合うというのが、男女が契りあうことを意味するというから、重要度はかなりのものだろう。

……この風習があるからこそ、スクトゥム帝国はランシア地方よりもクラーワ地方へ星屑たちを多く送ってきているのだろうか?


 閑話休題。

 ヴィーリのように魔術陣のないところからでも力を流すことができればいいが、正直あそこまで余計なダメージを与えないような、細かい魔力操作に自信はない。そこは断言する。


〔いやしないでくださいよ。あたしもできないと思いますけど!〕

 

 ……いずれにせよ、あたしたちはミーディムマレウスに、辻の街としても知られる首都カプットに入らなければならない。

 そこでククムさんたちを探し――見つからなければ、闇森へ向かうしかないだろう。


 正直、星屑たちに軟禁されていても、ククムさんが自主的に潜伏しているのでも、見つけるのは極めて難航するだろうとあたしは考えている。

 一定の場所に囚われているなら、それこそカプットの街すべてをしらみつぶしに歩き回ることで、かなり発見確率は上げられるだろう。

 けれど、星屑たちはむこうの世界の知識を持っている。捕虜を移動させ続けられでもしたら、発見確率は激しく下がるし、すでにミーディムマレウスの外――それこそスクトゥム帝国にでもだ――連れ出されてしまった後なら、追いかけていくことも難しい。

 ククムさんたちが星屑たちから逃げきっていたとしてもだ。星屑たちの裏を掻くために、どれだけの手練手管を尽くしていることやら。


 あたしたちとククムさんたちと星屑たち、三つ巴の鬼ごっこを制しようと思ったら、この幻惑狐たちは願ってもないワイルドカードだ。

 ククムさんたち、というかトルクプッパさんには、フームスを預けている。サルウェワレーまでの道中、ククムさんてばフームスを見せびらかすようにして連れ歩いてくれと言っていたから、たぶんトルクプッパさんにもそのように頼んでいるんじゃなかろうか。

 それにあたしが連れている樹の魔物、ラームスにもフームスを感知したら教えてくれるように――だじゃれじゃないぞこれ――頼んではあるのだが、これまでしていたように、ラームスの枝を挿し木に探索範囲を増やすという手段は、ちょっと使いづらい。スクトゥム帝国の街中だったら容赦なく使ったんだけどね。

 だったら、別の使いやすそうな手と出会ったんだ、それが人間だろうが幻惑狐の手であろうが、よろしくお願いしますとがっちり握って離さないことも大事になるじゃないかね?


〔なるほど……〕


 納得いったようでなによりですよ。


(それじゃ、いっしょに来てくれるのは誰かな?)


 訊ねたところ、三匹も一緒にきてくれることになりました。

 いや、最初はなんと群れ全部がついてくるとか言い出したんだけど。ちょっと待てとあたしの方が慌てて止めた。彼らを養いきれるような食糧の持ち合わせなんて、さすがにないですよ。

 それに、この断崖付近というのは、常人が寄りつかないおかげで、彼ら幻惑狐たちの群れにとっては長年いい棲処になってたわけだ。

 だったら、このテリトリーを放棄するのはもったいない。ここも維持した上で、新天地の開拓に乗り出してはどうかな、危険がないわけじゃないしと伝えたところ、今は子がいないという雌二匹と、まだ成体になりきれていない雄一匹がついてくることになった。

 子どもなのにいいのかと訊いたら、もうじき子別れが近いらしい。

 成長しきると雌はこのテリトリーを維持する群れに加わり続けることもできるが、雄は必ず放浪に出ることになる。幼体の雄でも一番大きくなってきたからちょうどいいんだとか。

 いやいいんだけどね。君らがいいなら。


 テリトリーのことはよく知っているという成体二匹に先導してもらいながら、あたしとグラミィはその後を追った。

 いや、野生動物の早いこと早いこと。幻惑狐というと、のてーっと伸びてるフームスたちの姿しか最近見てなかったから、ちょっと油断したわ。


〔ところで、ボニーさん。具体的には、どのあたりで何をどうするつもりですか?〕


 グラミィが訊いてきた。

 心話のいいところは、口を使わなくても意思の疎通ができるということだ。たとえ音をなるべく押さえたい隠密行動の最中でも、今みたいにぜいはあ息を切らしていても無問題。


 できれば、カプットの手前、ミーディムマレウスの国境を越えたあたりで、一度幻惑狐の氏族とは接触しておきたいものだ。ククムさんとの面識があろうとなかろうと、その人が星屑入りかそうでないかがわかれば、他の幻惑狐の人たちに対する態度も決めやすくなるだろう。

 ……知識は財産だ。ククムさんから強制的にミーディウムマレウス周辺を回っている、幻惑狐の氏族の人が立ち寄る場所なぞを訊こうとしなかったのは、そのためでもある。

 だけど、こうなってしまうと、たとえ反感を買うことになろうと訊き出しておくべきだったろうか。


〔いやでも。状況がここまで激変してると思わないですし〕

 

 訊いても教えてくれたかわからないけどなあ。あのククムさんだし。

 まあ、『生きてる幻惑狐を連れてた幻惑狐の氏族の人』という目撃情報は辿ることができそうかな。そのへんはグラミィよろしく。


〔ボニーさんには聞き込みできませんもんねー〕


 さすがにフームスたちみたく、あたしが喋っているように幻覚を見せる技術を、出会ったばっかりの幻惑狐たちに期待するのは間違っているだろう。


 ぴょいぴょいと岩棚の上を走りぬける幻惑狐たちの二本尻尾を追いかけ、ようやく街道に出たところであたしたちは一息いれた。

 いや、グラミィの体力回復は必須だし。幻惑狐たちにも水を顕界して飲ませてあげたり、ついでにブラッシングしてあげたりとか。

 明るくなるのを待つのも大事だよね?

 ちなみに、意外と幻惑狐たちはワイルドライフ中でもノミやダニに寄生されていることがあまりない。普段から土砂を操る例の能力で、しこたま砂浴びをしているせいらしい。

 彼らはけっこう清潔好きなのだ。


 ようやく息の整ったグラミィとあたしは互いに恰好をチェックしあうと、ミーディムマレウスへ向けて歩き出した。

 男物を来ているあたしに対し、グラミィの服は女物なぶん、やはりちょっと飾り気が多い。上着の上に飾りエプロンというか、前後に別れたスカートのような布を巻き、上着とともに胸高に締めた帯で留めている。


〔けっこう快適ですねこれ。足さばきも悪くないですし〕


 気に入ったようでなによりです。

 それに、あれだけ走れるんだから、動きやすさは十分みたいだね。


 さて。星屑たちのことを考えると、幻惑狐の氏族を頼らないで呪い師たちとコンタクトを取る方法も探す必要があるだろう。

 星屑たちのガワにされにくい上に、クラーワ地方で一定の信頼や畏敬の念が向けられてる存在というと、呪い師ぐらいしか思いつかないもんなあ。

 だけど、見習いのディシーじゃあ、頼るなんて無理。そもそも彼女は推定ククムさんといっしょに星屑たちから逃走潜伏中だ。

 かといってミーディムマレウスの呪い師なんて、ディシーぐらいしかまだ縁がないしなあ。

 うーむ……。


 考え込んでたせいで、あたしは気づくのが遅れた。


「ああ!ようやくお会いできました!」


 大声に頭蓋骨を上げれば、そこにいたのは杖を持ったちょっと格式高そうな恰好――ただし中身の人間ぐらいにくたびれかけてる――の男性だった。

 てか、誰ですかアンタ?!


「シクルスにございます、いと高き梢(森精)に庇護されしランシアインペトゥルスの方々!」


 ……あ。はいはい。わかりました。

 クラーワヴェラーレから追っかけてきた呪い師の人ですか。よくまあ追いついてきたものだ。ご苦労さまです。

 ……嫌みですよ当然?

 幻惑狐たちがびっくりしてぴょんと飛び退いたのも気にせず、満面の笑みなんだもん。やだもうこの人。


「いかがなされましたか、星詠みの御方(ヴィーリ)はいずこへ?ひょっとしてはぐれでもなされましたか、ご安心くださいこのシクルス、身を粉にしてランシアインペトゥルスの方々のお役に立ちましょう!」


 うん。役に立ってくれるつもりがあるなら、いい加減黙れ。

 ひっそりこっそりの活動を目立たせてどうする。

新キャラ登場です。

あまりの空気の読めなさっぷりに、「うわ、こいつ蹴りてぇ……」と書いている途中、思わず呟いてしまいました。

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