表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
215/372

悪事を潰す謀略

本日も拙作をお読み戴きまして、ありがとうございます。

 魔術陣は一度発動すると、停止条件が満たされない限り、流れる限りの魔力(マナ)をひたすら消費し、結果を顕界し続ける。

 流れるのが接続した他の魔術陣の魔力だろうが、周囲から吸収した魔力だろうが、区別をすることはない。たとえ製氷陣にヴェスから火の魔力を多めに吸収した魔力吸収陣を組み込んでも、顕界されるのは氷であって、温水シャワー陣になったりはしないのだ。魔力は魔力やということだろうか。

 だが、人間は魔術陣のようにはいかない。

 なみの魔術師、いやこのあたしですら、他人から同意もなく放出魔力でさえ啜り取れば、ひどいダメージをくらう。いわんや保有魔力をだ。


 もちろん、魔術師ではない一般人が、他者からそうそう魔力供給を受けられるはずもない。

 というか、魔力知覚操作能力のない者というのは、体外から意図的に魔力だけを取り込むことなどできないし、自分の体内にある保有魔力をどうこうすることも、魔術陣や陣符に頼りでもしない限り無理なのだ。

 仮に、魔術師が自身の魔力を与えたとしても、常人がそれを体内に吸収することなどできはしない。そのまま大気や地表に流れて霧散するだろう。

 術式を通さない限り、受けても得にはならないが損にもならない。一般人にとって他者の魔力とはそういうものなのだ。

 例外はあたしの知る限りただ一つ。魔術陣が非魔術師の身体そのものに刻まれている場合である。

 

 星屑(異世界人格)のガワにされていた人たちがされていたように、人体に刻まれた魔術陣は、たとえるならば、絶縁板に通電性の高い金属で刻まれた電子回路のようなものだと言えるだろう。

 与えられた電流は否応なく回路を流れるが、回路を構成するのが超電導物質でもない限り、電気抵抗が生じる。それにより発生した熱エネルギーは基板全体にじんわりと伝わっていく。

 魔術陣も魔力を動力として発動し、発動し続け、その影響は魔力陣の刻まれた身体すべてに及ぶ。

 それが、魔術陣を刻まれている人間の魔力ならば、特に問題は起きない。

 しかし、他者の魔力を魔術陣に多量に流された場合、魔術陣の刻まれている人体はダメージを受ける。

 ガワにされているファシリスさんの額に魔術陣が浮かび上がった理由が、コレだ。


「『これが、スクトゥム帝国が彼らにしかけていたものにございます』」


 彼の額にヴィーリは触れちゃいない。ただ身体に刻まれた陣の一部に触れただけだ。

 それでこれなのだから、たぶん、服で見えないところにも、魔術陣は赤く浮き出ているのだろう。

 

 ちなみに、他人に魔力を流すだけならあたしにもできるのだろうが、これをヴィーリにやってもらったのにはわけがある。

 あたしの魔力は凍えるほど冷たい。らしい。

 自分のことなのに伝聞形たあどうなのかとは思わなくもないが、こればっかりはどうにも自分では確認ができないことだ。

 けれどそんな魔力を流したら、ただではすまないだろうということは推測できる。液体窒素とまではいかないまでも、氷レベルの低温だって、凍傷にはなりえるし、最悪の場合、負傷部位が壊死してしまう可能性だってある。

 少なくとも、ヴィーリよりもいっそう深刻なダメージを与えてしまうだろうと言われてしまっては、納得するしかない。

 

 もちろん、ヴィーリが魔力を流すのだって、ダメージが生じないわけではない。

 星屑の証明手段として使えないかというので発案されたこの手法、ためしにどんな感じになるのか、事前にあたしにも魔力を流してもらったのだ。

 なにせ、海森の主(ドミヌス)曰く、あたしの頭蓋骨にも星屑たちとは別のモノらしいが、何らかの魔術陣が刻まれているらしいので。

 確かに、魔力を流してもらっている間、なんというか、静電気がずーっとバチバチいってるような感じが続いたものだ。


 星屑たちに流す魔力は、あたしにやったよりも微量に抑え、さらに操作を加えることで、せいぜいが蚊に刺された程度のダメージしか残らないように調整できるとヴィーリは言っていた。

 数千年か、数万年かは知らないが、長の星霜を経て蓄積され続けた森精の知識と実力には、この世界で一年も生存していないあたしなどがかなうわきゃないと、つくづく思い知らされる。

 が、これ、たぶんわけもわからないままやられたら、恐怖心もあってかなり強烈な痛みに感じるんじゃなかろうか。

 現に、ファシリスさん……の顔をした星屑は、怯えた顔で周囲を伺ってるし。


 舌打ちの音が響いた。

 見れば、幻惑狐(アパトウルペース)の男の顔が、これまで見たこともないような笑みを浮かべていた。

 

「クネ…ウム、どの?」


 一気に年を取ったような顔のマイアが、声をかすれさせた。


「ばれちゃあしょうがねえや。いかにも俺たちはスクトゥムから来た」


 グラミィとヴィーリが目を見交わした。魔力を見れば一目瞭然、嘘じゃないことは二人にもわかったのだろう。


「なぜ、こんなことを!」

「さてね」


 険しい顔をしたサウラさんの随身が厳しい声を飛ばしたが、星屑はへらへらと人を嘲るような薄笑いを貼りつかせたままだ。

 ……イラッとくるな、こいつ。

 多少痛めつけられたところでそうそう音など上げないぜ、ってアピールならば、別方向からつつこうじゃないの。

 

「『成功せずとも叛乱や暗殺が起きたともなれば、氏族の長の権威は大きく傷つく。同様に、氏族紋章たる火蜥蜴の方(ヴェス)を人間が襲えば、殺すことはできずとも傷つけることはかなう、もしくは人間に被害がでるだろうとでも見たかな』」


 グラミィの声に、へらへらしてた顔がきゅっとこわばった。淡々とした調子で言ってちょうだいと伝えたのが、いい効果を上げている。

 

「『確かに、猜疑を撒き、腕に覚えのある者が多く死傷し、長も動きが取れなくなれば、サルウェワレーの国力は落ちるだろうな。そうして弱ったところにスクトゥム帝国が侵攻すれば、侵略も略奪も、併呑すらもたやすくなろうというもの。ついでに近隣諸国へ仕込んだ手の者も動かせば、他国の反応も読め、手の者の能力も評価ができる。……じつに、つごうのいい夢だな。現実とするには、少々構想が甘すぎたが』」


〔ってほんとですか?!〕


 たぶんね。

 ランシアインペトゥルス王国に送り込まれていた星屑たち、特にワルいオレカッケーって自分に酔ってたのか、違法行為をばりばりやりまくってた連中がどんな悪事をやらかしていたか。

 あたしが把握してるだけで、森精の殺傷に、他国民の拉致暴行。追加するなら魔薬汚染。

 特に魔薬……というか、夢織草(ゆめおりそう)については、悪徳領主と癒着して、大貴族と王族に毒を飼ったも同然な状態になった。

 それも影響を見るなら、国力の低下がメインの目的としか思えないのだよ。

 ならばこのクラーワ地方で、しかもサルウェワレーの国内外で、御同類が起こせそうなことっていったら、こんなとこじゃないかなあ?


〔まあ、たしかに〕

 

 このクネウムさんをガワにしてる星屑が夢織草を懐に呑んでいたのは、煽動するときの精神コントロールとかに使ってただけじゃないかもしんないけどね。

 なにせ、あれだけの量を一度に焚けば、随行の人たちから全員まとめて昏睡させることだってできそうだし。いざという時の緊急脱出用としてはじゅうぶんかな。自分たちが吸わないように対処可能ってのが前提だけど。

 他に用途があったとしたら……、スクトゥム帝国に帰る途中、どっかで新たにガワ用の人材を拉致してくのに使うつもりだったりして。


〔は?〕

 

 人を材料にすると書いて人材な発想をする連中ですよ、スクトゥム帝国の皇帝サマ御一行は。

 難易度は激高だけど、サウラさんとか長老ズあたりをまとめてガワにすることに成功してたら、さほどの苦労もなく、サルウェワレー一国がスクトゥムの手に転げ込むってことになってたかもな。


〔こわっ!いろんな意味で、二重三重に、こわっ!〕

 

 他人事じゃないんだよ?

 あたしはともかく、グラミィ、あんただって夢織草を使われたら危険だったと思いねえ。

 呪い師や魔術師に夢織草を使われていたら、一般人でも起こす意識混濁や昏睡もより危険になる。

 だが、それより不安定になった魔力と削れた理性の詰め合わせで、いつ何時魔力暴発を起こすか知れたもんじゃなくなるとか。やばすぎでしょ。

 夢織草中毒にされたなら、魔力暴発に精神錯乱を起こすのは確定だ。テルティウス外務卿殿下っていう実例がある。

 熟練の魔術師でさえ、いや腕に自信があればある魔術師ほど、魔力を多く必要とする、複雑で威力の大きい魔術を行使する可能性は高いのだ。それに比例して、術式を制御できずに魔力暴発を起こす可能性は大きく、被害もいっそう大きなものになるだろう。

 夢織草を使われたと知らなければ、いや、その効果を、存在を知らなければ、なおさら状況は悪化するだろうさ。


〔うわあ……〕

 

 だけど、まあ、この星屑の目論見は、正直サルウェワレー国内においては、ほぼほぼ瓦解していると見ていいだろう。

 それもひとえに『紅の源』が正気を取り戻し、脱皮も終わったせいだ、というのは言い過ぎかもしれない。

 けれど、緩やかにでもヴェスがこのまま回復していけば、テリトリーを守るのにも、これまで以上に力が込められるというものだ。

 

 そもそもわりと他国に対して警戒心高めなクラーワの、それも単氏族国家のサルウェワレーの人たちが、こうもあっさりひっかかったのは、工作員が身内の顔をしていたせいという部分も強い。

 ファシリスさんは氏族の人だし、クネウムさんも昔からサルウェワレーに太い繋がりがあった人なんだろうなとは思う。

 だけど、サルウェワレーの人たちだってバカじゃない。一度工作員の手口を知ったんだ、次からは身内に対しても厳しい目を向けるだろう。今回叛乱襲撃未遂をやらかしたのも身内なんだし。


 マイアさんたち叛乱襲撃未遂犯たちも、クネウムさんをガワにしていた星屑の自白で、自分たちがいいように他国から踊らされてたことを知ったわけだし。

 承認欲求とねじり合わさった彼らの復讐の念も、危険察知能力と保身本能ほど強くはなさそうだし。そもそも叛乱未遂犯には、今後ずっと厳しい目が注がれることだろう。何かやらかそうもんならヴェスが出てきて、一対一でガチンコバトルと脅したしね。

 死の運命しか見えない。そう思えば下手な(やぶ)はつつかないだろう。たぶん。


〔あれ?でもボニーさん、さっきヴェスさんがいなくなった時の話をしてましたよね?ヴェスさんにはこの国を出ていく選択肢だってあるとか……は、まだ心話でしか話してませんでしたっけ〕


 そうそう。 

 でも、それはあくまでも想定内の話。ヴェスの第一希望はこれまで通りの生活だ。

 だったら、彼が望む状況を整えようじゃないの。

 火蜥蜴(イグニアスラケルタ)の氏族の人たちとの反目も、今後の交渉をうまくやれば無問題、とまではいかないが、かなり影響を軽くできるだろうし。

 それもこれも、この星屑たちの始末をつけてからのことだが。


「てめぇ」


 イヤな匂いでも嗅いだような顔になった男が、唾を吐き捨てた。


「魔女かよババア。人のクエ読むんじゃねーよ。てか、森のやつとかこいつらが言い出したから、やべえと思ってたら。やっぱりエセルフかよクソが。国のことに関わらないって言うから安心してたのに」

〔ボニーさん、この言い方……〕


 やっぱり星屑だよね。それも悪態のつき方がガキっぽい。下手すると中学生ぐらいかも。

 リアルで厨二かどうかは知らないが、ベーブラでのことを思い出すよ。

 ゲラーデのプーギオの身体を乗っ取っていた、あの名前もわからない、最低最悪の魔術陣を起動させたあいつにそっくりだ。ダークな任務を請け負ってたってところまで、じつによく似ている。


「そもそも強制デッドエンド発生フラグなエセルフは単独ポップのはずだろ木の枝振り回してんのが三人もいやがるとかどんなバグだってんだGMコールもんだろいやそもそもネームドがリポップしないとかどんだけクソゲかよてかてめえらも死んどけよばーかばーか!」


 周囲が見えていないような据わった目、ぶつぶつどんどん句読点のなくなる異様なしゃべり方に、トリたちも大きく後ずさる様子が見えた。ちょうどいい。

 あたしは、ヴィーリに眼窩を向けた。

 了承の頷きに応じ、クネウムさんとファシリスさんの身体全部に施していた結界をがっきんと締め上げなおす。

 手足を動かせないようにするだけじゃなく、舌も噛めないよう、悪いが強引に口の中にも結界をじ込ませてもらった。見た目はムンクの叫びっぽい表情で固まった安っぽい蝋人形ってところだろうか。

 リスポン気分で地獄門など開かれてたまるか。


 あたしが救うことのできなかった船乗り、ゲラーデのプーギオ。

 彼の身体に入っていた星屑は、あっさりと死を選んだ。

 もともと星屑たちは大怪我を負うこと、それによって死は(まぬが)れても、身体が元通りにならないリスクがある事を現実ほど重く見ない傾向がある。そのことはスクトゥム帝国でさんざん見てきた。

 それは、やはり、彼らにとって、この世界はゲームの舞台にしか思えないせいなのだろう。

 

 死や怪我をコストの一つとしてしか捉えることができないということは、簡単に死兵になれるということでもある。

 自白を狙うには心理的な逃げ場を奪うことが必要なのだが、やりすぎると緊急脱出手段がわりに、簡単に死を選ぶ相手を下手に追い詰めるのは、非常に危険な方法だ。

 なにせ、舌を噛まれでもしたら地獄門――魔術陣を刻まれた者の精神も肉体も陣の素材として喰らい尽くす、あの最低最悪の転移陣――が開く可能性が高いのだ。

 ついでに言うなら、星屑たちにまた来世があるなんて保証はない。セーブデータをリロードするのとはわけが違う。

 

 ヴィーリは、いつの間にか手に持っていた白い毛玉のようなものを、クネウムさんの顔に押し当てた。

 それが結界球だと理解したときには、クネウムさんもどきの星屑は白目に逆戻り、がっくんと全身の力が抜けた様子で結界に寄りかかっていた。

 見れば、ファシリスさんも、蔓に絡められたままぷらんとぶら下がっている。操り手のいないマリオネットのようだ。


「夢織草の煙を吸わせた」

「『なるほど』」


 結界球の中身はそれか。

 下手な真似をされるより先に、意識不明になってもらってた方が、こっちとしても都合はいい。


「『星詠み(森精)の方の迅速な対処に感謝申し上げます。――火蜥蜴の氏族の方にもご協力を』」

「な、なんでしょう?!」

「『今のうちに捕縛をしたいのですが、手をお貸し願えませぬか。自死のできぬように、厳重に』」

「え、ええ」


 指示をしながらも、腹の据わっているはずのサウラさんが動揺を隠せないのは、ヴィーリの形相のせいだろう。

 ふだんは感情をおもてに表すこともない森精の険しい顔は、あたしたちも滅多に見ることのないものだった。ゲラーデのプーギオら、グラディウスやスクトゥム地方の船乗りさんたちの身体をのっとっていた星屑たちに、スクトゥムからはるかランシアまで拉致されて、森になることを選んだペルのことを思っているのだろうか。

 ……夢織草の煙で魔力酔いを起こすと、魔術師ではない一般人でも魔力暴発を起こしかねないらしいが、そこはあたしがフォローできる範疇だ。衰弱死しない程度に魔力吸収陣で吸い取っておこうかね。

 

 火蜥蜴の氏族の人たちには、直接星屑たちに触れないように気をつけてもらいながら、星屑のガワにされている二人をぎちぎちに拘束してもらった。

 ついでに完全武装解除してもらった二人に、あたし謹製の結界陣を記述した腕輪と足輪だけじゃなく、光吸収陣を記述した目隠しと音吸収陣を記述した耳栓も装備してもらっている。

 これで、彼ら星屑たちが意識を取り戻しても、変な情報は渡りにくくなるはずだ。おまけに万が一自死されたとしても、あの最悪魔術陣を発動することは難しいだろう。二人の荷物も全部見なけりゃいけないんだろうけど、とりあえず今は後回しでいい。

 あたしはサウラさんに向き直った。


「『申し訳ないが、これはサルウェワレー一国のことではなくなりました。サウラさまの許しも得ませずいたしましたことにつきましては、どうかご容赦を願いたく』」

「いいえ、謝罪をせねばならぬのはこちらの方ですので。……まさか、こんな悪心をサルウェワレーの者まで持っていたとは」


 へ?

 ああそうか。サウラさんたちから見れば、中身が別人なのではなく、別人のようになったクネウムさんとファシリスさんがこの国を危機に陥れようとした、と見えているわけか。

 それはちょっと訂正をしておかないと。


「『いえ。これはスクトゥムのなしたる悪しき所業。おそらくクネウムどのとファシリスどのの(とが)ではございませんでしょう』」

「とは?」

「『我々が把握しておりますスクトゥム帝国の侵略の手口に、少人数の武装した集団を送り込み、殺傷、拉致、破壊活動を行うものがございます。それに使われるのはスクトゥムの者ばかりではございません。ランシアインペトゥルス王国でも、民人がいつのまにやら洗脳され、彼らが手先として使われていたという事例がございました。そうなってしまっては、外見の同じ別人も同然。話す言葉、考えること、理解の及ばぬものとなるのはご覧いただいたとおり。星とともに歩む方が目にも明らかにお示しくださったのは、そのためにクラーワの方々の身体に仕込まれました仕掛けの一つ』」


 予想していたざわめきは起こらなかった。理解がおいついてないせいかな、これは。

 あたしはサウラさんたちの混乱が治まるのを待つことにした。 


〔ボニーさん。そこまで丁寧に説明してあげる必要あります?〕


 ありますともさ。

 今もヴィーリたち闇森の森精たちには、ガワにされている人たちに自分の身体を返せるよう、ネオ解放陣とでもいうべき魔術陣の開発に取り組んでもらってる。

 どのくらい先のことになるかはわからないけれど、身体を取り戻した持ち主たちが、それぞれの故郷に帰ったとき、星屑たちの悪行の報いは受けるのは間違ってんじゃないかなと思うわけだ。

 そうなってから、あたしたちになんとかしろと言われても困るし。


〔それ一番最後が本音ですよね?〕


 失敬な。

 最初から最後まで本音しか言ってませんよあたしは。

 それに、彼らがスクトゥム帝国からクラーワ地方へと送り込まれた、最後の星屑たちとは思えないんだよね。


 クネウムさんになりすましていた星屑は、サルウェワレーとミーディムマレウスを行ったり来たりしながら、情報収集をしていたと見ていい。ヴェスの脱皮祭りの情報を得たからかどうなのか、そのタイミングでサルウェワレーへのしかけを動かし始めた。

 ファシリスさんをガワにしていた人は、おそらくヴェス襲撃の手引きがメイン。

 たぶん、単純に冒険者気取りだった星屑たちをサルウェワレー国内へと引き込み、あれこそ狩るべきモンスターだとヴェスにけしかけたのもファシリスさんもどきだろう。

 ヴェスも人間に圧勝したとはいえ怪我をしたことで、クネウムさんもどきは未熟な幻惑狐の氏族を装い、先代の長たちの暴挙をさりげなく後押しし、マイアたち仮長反対組を扇動した。

 自分も負傷したのは目くらましのためにわざとか、それとも本当に偶然だったかはわからないし、どちらでも関係ないことだ。


 単純な一狩り行こうぜな冒険者気取りの星屑たちに対し、もどき組のように、人狩りも含めた他国への工作を行う星屑を工作員、と仮称するとしよう。

 ゲラーデのプーギオらをのっとっていた工作員たちは、パルたちの拉致の実行犯でもある。

 クネウムさんとファシリスさんのふりをしていた工作員たちも、サルウェワレーの弱体化を図り、人の死を前提とした外道な手段を平然と取っていた。

 そして、同じようにリセットと称して自死を選ぼうとした。

 ……これ、工作員の全員とは言わないまでも、かなりの人数に、永久に口封じができて、しかもそれを本人たちが選び、しかも大軍を送り込む窓口扱いができるような相応の仕掛けとして、あの地獄門の魔術陣が施されてるんじゃなかろうかね?

 自殺というか、自分を攻撃してHPを一撃でゼロにすれば、本国なり自分のセーフィティエリアに設定した都市なりにリスポンできるよとか吹き込んでおけば、使うのにためらいは減るだろうし。

 そんなもんが国の中に入り込んでくるとか、危険すぎる。

 

 だから、こっから先は、クラーワ地方の安定のためにも、サウラさんたち火蜥蜴の氏族の人たちと、ヴェスをがっちり結びつけ、対スクトゥム帝国戦力としたいところだ。

 

 ……とは言っても、すでにオーバーヒート気味なサウラさんたちに、説明しても理解してもらえるとは思えないことも多い。『今喋っていたのは洗脳されたクネウムさんではなく、クネウムさんの身体をのっとってた異世界人です』とか、『異世界人がこの世界をゲームステージと思っているのがこの状況の原因です』とか。

 なので、知っておいてもらいたいことに絞ろうじゃないの。


「『スクトゥム帝国の異変についてはどれだけご存じでしょうか?そもそもククムどののお誘いに乗じて我々がサルウェワレーへ参りましたは、スクトゥム帝国の暴虐より守りを固め、ともに力を合わせるため、国同士の同盟を呼びかけるためでもございます』」


 ええそーなんです、お悩み解決トラブルバスターが本業ってわけじゃないんです、あたしたち。

 呪い師たちに睨まれるために水を造りに来たわけでも、火蜥蜴を鎮めた報酬が目当てでもじゃないんです。

 ついでに言うならサウラさんとも雇用契約なんて結んでないからね?そもそも詳しい報酬の話とかしたことないんですが。

 

「確か、クラーワヴェラーレの王が同盟については熱心でおられるとか。ククムどのから伺いました」

「『いかにも、我らがランシアインペトゥルス王国もまたその同盟に加わっております。そしてまた、星詠みの旅人(森精)の方々も、同盟にこそ加わっておられませぬが、わたくしどもにお力を課してくださっております。と申しましても、方々はクラーワヴェラーレ一国に、またランシアインペトゥルス王国一国に、肩入れをなさっておられるわけではございません。方々はスクトゥム帝国の凶手により、数多の同胞を(しい)されたのです』」

「なんと!」


 ようやく理解が追いついたのか、素直な驚きが広がった。

 火蜥蜴の氏族の人たちが森精たちの動機が復讐にあると知った途端、ヴィーリに対する分厚い畏敬の壁が共感と納得にみるみる溶けていくのが目に見えるようだった。

 やはり復讐の感情は、クラーワの人にとって、とても共感がしやすいものなのだろう。彼らが自ら厳しく森林資源の利用を制限するほどに敬い恐れている相手、森精が――神話の中から出てきたような神秘的な存在が、卑俗な欲によって引き起こされる人と人、国と国との争いに介入するかに見えるこの状況すら、あっさりと受け入れたほどに。


「我々サルウェワレーからも、星詠みの方々への危害についてスクトゥム帝国へ抗議を行うこともかないますが。いかがいたしましょうか」

「『いえ。それは危険かと存じます』」

 

 下手に人を遣ったら、それが魔術師だろうがそうでなかろうが、ほぼ確実にむこうに取り込まれるから。

 ファシリスさんたちの二の舞になることうけあいですとも。

 

「『ですが、サルウェワレーの方々にもお力添えをいただけるとはありがたい限りにございます。少々望みを申し上げてもよろしいでしょうか?』」

「うかがいましょう」

「『まずは、スクトゥム帝国の傀儡と化した、そのお二人の身柄を預からせていただきたい』」

「……それは。わたくしの一存では」


 サウラさんが口ごもるのも当然だ。

 そらそうだ、ファシリスさんは火蜥蜴の氏族の人だが、クネウムさんは幻惑狐の氏族の人だもん。半分身内的なところにまで入り込んでいたとしても、所属を辿れば彼女の権力の及ぶところではない。


「『ああいえ、クネウムどのにつきましては、ククムどのにも話をいたしまして、幻惑狐の氏族には御理解いただけるようにはからいたく存じます。サウラさまにはそのお口添えをいただければ十分かと』」

「なるほど」


 ククムさんに話を通せば、たぶん了解してもらえるだろう。

 なにせ彼もスクトゥム帝国でガワにされかけた経験の持ち主だ。ゾンビ化した仲間の姿を知っているからこそ、まず間違いなくうんと言ってくれることだろう。

 

卒爾(そつじ)ながらお聞かせ願いたい。彼ら、スクトゥム帝国の手先として使われていた者ですが、どのような扱いをなさるおつもりですかな?」


 長老格の一人が口を挟んできた。下手な扱いをすれば、こちらの失点としてねじ込んでくるつもりかね。

 だったらおあいにく。

 

「『星とともに歩む方へお預けいたします。森に棲まう星詠みの方々は、スクトゥムの術式を打ち祓い、元通りの者へと立ち返らせる術をお持ちです。方々のお力添えを頂戴し、もとのファシリスどの、クネウムどのにお戻しできればと、我々も心から望んでおります』」

「かなうのですか!」

「『保証はできませんが』」


 火蜥蜴の氏族の人たちの顔が、一斉に明るくなった。だが、あたしの伝えたことは嘘ではないが真実のすべてではない。

 あたしは、異世界人人格からこの世界の人たちが身体を取り戻すために必要な、仮称ネオ解放陣の開発を、森精たちに依頼した。これはほんとだ。

 さいわいというべきかどうか、あたしも頭蓋骨を抱えて大いに悩んだところだが、天空の円環での防衛戦で、それなりに試験体要員(モルモット)となる星屑たちを捕らえることができている。

 その多くを森精たちに預けているからこそ、開発はさらに進んでいるだろうという推測もできる。


 けれども、それがどこまですすんでいるかはわからない。

 つまり、失敗の可能性もどのくらいあるのかわからず、成功するとしてもいつ成功するのか、部分的成功となった場合、どのラインをもって成功とするのか、までは確定していないのだ。

 最悪、身体を取り戻して精神を奪われる――星屑どもの記憶と思考のクセに影響されすぎて、身体の持ち主の精神が星屑化しないとも限らない、という危険だってあたしは警戒している。

 

 以前、魔術陣を用いない形でなら、あたしは、星屑たちを犠牲者から引き剥がすことだけはできた。

 偶然に近い状態で、血泥と化したゲラーデのプーギオの身体から星屑を吹き飛ばしたことも、夢織草の濃縮エキスとアルコールの相乗効果でバッドトリップを引き起こし、星屑たちを船乗りさんたちから弾き飛ばしたこともある。

 だが、そのどちらもが力技であり、しかも手法として確立させるにはいろいろ問題が多すぎるやりかただ。

 プーギオは意識があったのかなかったのか。自分の身体が他人の意志で拉致をやらかしてたことは知ってたみたいだけれども、それ以外の、星屑が吹っ飛んでった後の船乗りさんには、星屑の記憶は残っていなかったのだ。

 それではこちらの情報収集手段が潰れてしまうことになる。

 身体の持ち主が星屑たちの記憶を持ちながら、その記憶に呑まれ星屑化することなく、この世界の人間として、スクトゥム帝国に敵対してくれるようになれば万々歳なのだが、そんな都合の良い結果を導き出すのはとても難しい。

 

 ならば力技に頼らない方法をとればいい。

 だのに、なぜあたしがネオ解放陣の開発に加わらないかというと、その理由は至極簡単だ。

 あたしにはその能力がないからだ。


 確かにあたしは魔術陣を構築することができる。ただし、極めて単純なものに限ってのことだ。

 例えるならば、あたしは『星が出た』というような、単文を書いているようなものだ。

 主語があって、動詞があるだけのシンプルな術式で、ある程度なら複雑な効果を上げることができているのは、条件式を副詞や形容詞のように、いやというほど挟み込むという小細工をしているだけのことだ。

 けれどもそれは、文法的には正しい文なのかもしれないが、ただそれだけのものにすぎない。

 複文も重文も構築できず、ましてや文を束ねた文章に等しいものは記述できていない。

 加えて、古典文字が表意文字であることがさらに難易度を上げている。読みが違えば同じ文字でも意味が違う。

 日本語ネイティブではない人が『(ただ)しく』と『(まさ)しく』を文脈から判断して読み分けようとしても、その精度と速度が、どうしても日本語ネイティブにはかなわないようなものだろう。

 そこもまた、あたしの限界で、森精たちの優れているところだ。

 異なる基盤を持つ文化形態における『常識』は多言語文化圏の者には『教養』となるのはよくあることだが、外国語学習に悩む学生と同程度の躓きすら乗り越えられていないのが、ごたいそうに魔術陣師でございと言って回っている、ぺらっぺらに薄っぺらいあたしの中身なのだ。


 ついでに言うなら母国語ではない言語というのは、どうしてもニュアンスを説明するのが難しい。陳腐化されてはいるが、『月が綺麗ですね』が名訳になるのはそういうわけであり、翻訳が創作の一形態と位置づけられている由縁でもある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ