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狼と山羊とキャベツとワニ

明けましておめでとうございます。

今年初の投稿です。

今年もよろしくお願いいたします。

 川渡り問題というものを知っているだろうか?

 論理パズルの一つだが、その中に「狼と山羊とキャベツ」という問題がある。


 狼と山羊を連れ、キャベツを持った農夫が川岸にいる。川には1艘のボートがある。


 ボートを漕げるのは農夫のみ。

 ボートには農夫のほか、動物1頭かキャベツ1個しか乗せられない。

 農夫がいないとき、狼と山羊を同じ岸に残すと、狼が山羊を食べてしまう。

 農夫がいないときに、山羊とキャベツを同じ岸に残すと、山羊がキャベツを食べてしまう。

 すべてを無事に対岸に渡すにはどうしたらよいか?


 要は食べる/食べられるという関係にあるものを一緒にしておかない、というのが解法のコツだ。

 これの変形では、敵対者の数が多いか少ないかというのが問題になることがある。敵対者が多いと味方が殺されてしまう、というものだ。


 あたしたちの場合は、砦の警備隊が狼で、カシアスのおっちゃんたち騎士隊&魔術士隊が山羊、ということになるのかね。

 一応、砦の警備隊長も配下の監督不備を謝罪した上に、積極的に人員を出して『転落事故』の調査に協力してくれている。

 ということになっている以上、こちらがわから無闇と敵視するような姿勢を見せるわけにはいかんのだよねー。

 砦の中よりピリピリした空気が漂ってても。


 となると、崖下に下ろす人間と、崖上で待機していて引き上げる人間に潜在的敵対者を混ぜるべきかどうか、混ぜるとしたら、どうやってそれぞれの状況での優位性を確保するかが問題となる。

 隙を見せないのは当然として。

 そのへんの采配はカシアスのおっちゃんに一任するし、した以上は黙って動くってことは、打ち合わせの際に決めていたことだ。

 ほんでもって、あたしはあくまでもグラミィの従者ということになっている。ベネットねいさんたちを保護したときにも、砦の面々には顔を隠してグラミィの護衛についてるように見せてたから、言い訳としては妥当なとこだろう。


「森の賢女様、従者どのに崖を降りてもらえませぬか」

「うむ、よかろう」

〔ボニーさん、お願いします〕


 どーれ、って言わなきゃならん流れかなこれ?


「お気をつけて」


 崖下には先に一人警備隊員に降りてもらっている。

 おおっとー、いきなり綱が切れたーとかいう『事故』が仕組まれてても困るからね。

 それでも心配そうに、騎士隊のモートンくんが声をかけてくれた。

 ありがとう、君もだいぶあたしに慣れてくれて嬉しいよ。夜中に顔をのぞき込んだらぎゃーって悲鳴を上げられたのは忘れられんからね。


 ちなみに、崖下に降りると言ってもあたしにラペリングの経験なんぞない。

 ので、杖を背中に差し、縄にしがみついた状態でそろそろと下ろしてもらっている。


〔大丈夫ですか、ボニーさん?〕


 今のところ大丈夫は大丈夫だけど、これ、けっこう無防備になるもんだなー。両手もふさがるし。


〔戻る時にはにバックアップがいりますか?〕


 それより、戻れるかが問題か、なっ!


 背骨をゾワっとするものが疾った。

 ノータイムで手を緩めた瞬間、背後から衝撃が突き抜けた。


 縄を滑り落ちながら見下ろせば、鏃がマントを貫いているじゃないか。

 足から着地して、そのまま崩れ落ちたふりをする。


「だ、大丈夫ですか、大丈夫ですか」


 大騒ぎするわりに介抱するそぶりも見せず、近づきもしないってコイツは。


「……やったな。よし」


 走り去る足音。しばらくして、呼び子のような甲高い笛の音が岩壁に反響した。

 やっぱり、潜在的な敵は顕在的にも敵だった、ってことか。あたしじゃなかったらモロ心臓ぶち抜かれて死んでたぞこれ。

 というか、背骨とか腰骨とかに当たらなかったのは、ほんとにラッキーだった。

 肋骨一本折れて、腰のあたりでカラカラいってんだけど。


〔ボニーさん!〕


 あー、とりあえず元気に死んでるよー。折れた骨が痛いぐらいには。


〔助けて下さい!〕


 …はい?


 とっさにクライの目を借りると、崖上の騎士隊たちは剣と槍と弓で囲まれていた。魔術士隊の面々はかなり怯えているようだ。


〔「動くな、手だけでなく口もだ。従わねば殺す」って言われてます〕


 ……なーるほど、いきなりあたしを撃ったのは、崖上の面々への牽制でもあったってことか。

 確かにインパクトはでかいわな。最大火力のあたしが一撃で殺られた、ように思えるもの。

 口も、ってのは詠唱を警戒してか。ベネットねいさんですら、一単語レベルとはいえ詠唱は必要だったもんな。


 山羊と狼とキャベツ。

 ただし、山羊の皮を被った狼や、川の途中に農夫も餌と見るワニが出ないとは限らない、ってか。


(ボニー、敵?)


 うん、そうだよ、クライ。


(ボニー、助ける?)


 ブレイか。助けは正直ほしい。でも君ら崖を降りられないでしょ。

 だから、まずは自分たちを守って。無茶はすんな。

 その上で、カシアスのおっちゃんたちやグラミィを守ってやってほしい。


(助ける)


 オックの『声』だ。いつもは馬車を牽いているが、重装備騎士を乗せての突撃が得意な馬たちのリーダーだ。

 次々と他の馬たちも肯定の『声』を返してくれるのが力強い。

 頼んだ。


というわけで、グラミィ、クライたちを頼れ。これで人数差はだいぶひっくり返せるはず。

 今、この状態で無条件に味方と信じることができるのは彼らだけだ。

 あたしの手助けはないと思って、そっちはそっちで頑張ってくれ。


〔……わかりました〕


 呼吸をしてないせいか、肋骨が折れても動けないほどの影響がないのもありがたい。

 めっちゃ痛いけど。この世界へ来てから一番痛い思いを現在進行形でしてるけど。

 それより問題なのは、矢がほぼ真横から飛んできた、ってことだ。

 間違いなく、もともと弓兵が伏せてあったんだろう。それがどのくらいいるか……


 足音が近づいてくる。三つ。


「無詠唱の使い手だかなんだか知らねえが、あっけねぇな」

 重傷に朦朧としているようにゆっくりと頭を動かす。足音が止まった。

「なんでぇ。まだ生きてやがったか」

「なに、じきくたばるだろ」


 いや、とっくに死んでますがなにか?


 さっきの斥候と、弩を携えたのが一人、ばかでっかい鎚矛(メイス)を肩に担いだ武装兵士が一人。

 鎚矛は戦鎚ともいう、野蛮さも破壊力も抜群な武器である。持ち手は革を滑り止めに巻いているが、どうやら総鉄製のようだ。

 あんなんで殴られたら、あたしなんか粉微塵だろう。


「まあいいや、せめてこれ以上苦しまないようにしてやる、ぜっ!」


 反るように高々と振り上げ、振り下ろす瞬間。

 三人は動きを止めた。

 あたしが創りだした氷塊の中で。


 無詠唱で魔法を使う。

 どこからあたしにそれができると知ったかはわからないが、その意味をあんまりよく知らない相手で助かった。

 ローブAことアレクくんは、杖を手に持って、激しい身振りをしながら詠唱をしていた。

 一単語詠唱の使い手のベネットねいさんも、杖を手に持って、振るという動作が必要だった。

 あたしもずっと手に杖を持っていたから、無詠唱でも手に杖を持ってなんらかの動作が必要だろうと思い込んでくれたんだろうな。

 たしかに杖には魔力が籠められているし、詠唱の際に魔力を制御し術式を構築する手助けに使われてもいるのはわかってた。魔力が見えるって便利だと思う。

 だけど、あたしの骨だって魔力タンクであることに変わりはない。

 念のためシャツに手をつっこんで、こっそり折れた肋骨を握っていたんだが、たぶんそんなことをしなくても氷塊を顕界することはできたんじゃないかな。カンだけど。

 氷にぎりぎり呼吸ができる程度に穴も開けてあるし、裏切りをかましてきたそっちの自業自得だと思えば、罪悪感もそんなに感じない。正当防衛って大事だね。

 凍死するかその前に助けてもらえるかは運次第ってことで、がんばって生きててくれたまえ。

 火球でもかまわなかったんだが、万が一背後の森まで飛んでったら大惨事になるからね。


 さて、これ以上の伏兵がまだいたとしても、とりあえずの防壁はできたし。崖上はどうなっているものか。

 またクライの目を借りることにしよう。


 状況は変わっていた。

 魔術士隊のローブ姿が一人、敵側に立っている。嫌な笑みを口元に浮かべて。

 たしか、あのプラチナブロンドのなりそこないは……。


 グラミィ?


〔ボニーさん、無事でしたか?〕


 いや十分に有事だったけど。そっちこそどうなのよ?


〔魔術士隊副隊長のサージって人が、どうやってか魔術士隊全員に杖を手放させたと思ったら、黒幕宣言したとこです〕


 ……やっぱりそうか。こいつが、情報流出源か。

 灰褐色の髪に見覚えがあると思ったら、やたらと道中すり寄ってきて、ベネットねいさんたち平民組を率先して罵倒してたやつだ。

 黒髪のベネットねいさんより輝きもないくすんだ色合いの髪だったから、魔力はそんなに大きくないんだろうけど。


〔伝統ある魔術男爵家の三男が、たかが商人の娘に顎で使われるのが許せないそうです。だから、見る目のない国には見切りをつけて、グラディウス地方のグラディウスファーリーって国と手を組んだそうです〕


 ……驚いた。めちゃくちゃ驚いた。

 まっさか、そこまで馬鹿だと思わなかったなー。


 男爵って、貴族階級の中でも相当低級なはずなんだけど。

 それも領地のない騎士と紙一重なレベルで。

 しかも三男って。

 つまり、本人は、今、爵位を持ってないってことでしょ?

 長男や次男がいるってことは、まず家督が回ってくることもないってことでしょ?

 そんな能力も権力もないない尽くしな人間が、本気で騎士隊に、ひいてはこの国を相手に敵対するとは思わなかったぞ。

 で、砦の人たちは、いったいなんだってそんな馬鹿の話に乗ったのかな?

 どんなに冷遇されてるって言ったって、国直属の騎士でしょ?


〔もともと、旅商人を通じて、こっそりグラディウスファーリーに買収されて、いろいろやってたみたいですよ。例えば、そこの国に都合の悪い人間を処分したりしてた、とか〕


 ……予想以上に砦の中は腐ってたらしい。


 こんなことなら、あの三人のゲスどもも、ほんっきでこんがり焼き上げておいたほうがよかったかなー。

 あたしもまだまだ甘い。


 しっかし、状況はわかったけど、面と向かって騎士隊を、そしてこっちの国を、今、このタイミングで、敵に回すメリットが思い浮かばない。

 あたしなら、たとえ別の国と手を組んだとしても、後ろ盾としてその力を必ず100%利用できるところまで持ってこない限り、裏切りを公言するなんて怖くてできない。

 こんな地理的条件の悪いところで、砦に籠もってた程度の少人数で、何を言おうがトカゲの尻尾切りにあって両側から潰されるのがオチだから。

 てゆーかそもそも、国家間の裏切り者になったって段階で詰んでる。裏切らせた人間が裏切り者の能力を信用することはあっても、その人間性を信頼することは決してないからだ。

 戦争になったら先遣隊とかなんとか名目をつけて、国内の道案内ついでに使い潰されるのも目に見えてるんだけど、とりあえずそれは置いておこう。


 表だって国を相手に喧嘩できないなら、今回の『転落事故』の調査だって、せいぜいが隠蔽か妨害程度、悪質なところで『事故』を仕組まれてこっちを消しにかかる、ぐらいかと思ってたんだけどなー。


〔サージのせいですよ。魔術士隊員たちの真名を手に入れたから、だそうです〕

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