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事前準備は念入りに

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 えらいさんの頭って、下げただけでも勝ちだと思うときがある。

 

「『……尽くせるだけの手は尽くしましょう』」


 たとえば、こんな風に言わざるをえなくなるとこまで追い込まれた時とか。


 ランシアインペトゥルスの王サマも詰め将棋はお得意だ。王命なんてはっきりと下さずとも、ハイかイエスで答えるしかできないような状況に相手を追い込むのが実にお上手なのだが、サウラさんも負けちゃいない。

 彼女の場合は真綿でじわじわと首を絞めてくるような怖さがあるけどな。

 

 だが、あたしたちがサルウェワレーまでやってきた目的を達成するのに必要なことだとしても、消極的了解をしたとしても、いきなり自発的に吶喊(とっかん)!なんてしませんがな。

 ついでに言うなら他人にやらせるわけもないし、ましてやさせられそうになんぞなってたまるか。

 事前準備も下ごしらえも根回しも、やるだけのことはやりますとも。もちろん。


 そんなわけで、まずはあらためてヴィーリを紹介してみた。

 そしたら、まあ、彼をナチュラルにスルーしていた火蜥蜴(イグニアスラケルタ)の氏族の人たちの顔が、盛大に引きつること引きつること。

 幻惑狐(アパトウルペース)の氏族であるククムさんや、力ある者(魔術師)として紹介されたあたしたちのような、ローブ姿というわけでもないヴィーリを、どうやら火蜥蜴の氏族の偉いさんたちときたら、単なる従者か何かだと思ってたらしい。

 観察力不足だなー。ヴィーリの方があたしたちより立派な樹杖を持ってるでしょーが。

 まあ、それだけで森精だと見抜けるかどうかというとちょっと微妙だけど、それでも何かしら重要な存在であるらしい、ぐらいには推測できてもよさそうなものだろうに。

 ともかくこれで、火蜥蜴の氏族からあたしたちに無理強いをしてくることはない、だろう。たぶん。

 人為ではなんともならん災厄が『紅の源』以外にも増えた気分かもしらんが、さすがにそいつぁ自業自得ってものだろう。あたしゃ知らん。


 火蜥蜴の人たちの顔色が良くないのには、ヴィーリの『紅の源』に対する評価を聞いたせいもあるだろう。

 自分たちが氏族のシンボルとして掲げていたもんが、森の怨敵とか言われてんですもの。

 ひいては氏族そのものが畏敬の対象でしかない森精に憎まれてるかもしんないと思えば、それはびびるだろう。

 おおむね勘違いだと思うけどなー。

 だけど、あたしたちにとっては、そのまま邪魔をしてくれない方がやりやすいので、誤解は解いてやんないつもりである。


〔ボニーさん……〕


 呆れた目でグラミィには睨まれたが、いやいや火蜥蜴の人たちを脅してなんかしてもらおうって魂胆じゃないですじょ?!

 いくら心理的にあたしたちの『お願いごと』を拒否するという目がなくなったっぽいとはいえ、あたしゃわけもなく他人を搾取する趣味も理由もないかんね。

 それにもちろん、自分たちだって動きますとも。


 そんなわけで、あたしが彼らにした最初の『お願いごと』は、実に些細なものだった。思わず拍子抜けしたような表情になった長老風の人もいたくらいだ。

 なに、なんのことはない。直接『紅の源』に対峙し、失敗したという実力行使から生き残った人たちに会わせてほしい、とグラミィに伝えてもらっただけのことである。

 伝言ゲームで加工度を上げられてない情報というのは貴重ですから。

 

 あたしたちが案内されたのは『紅の源』が直近までいたという湖の最寄りの集落、その外れに組まれた天幕群だった。

 いや確かに、一度に盛大な怪我人が出たから臨時に人を置く必要が出たのはわかるけれど。

 だからって、ほぼ地面の上に怪我人を寝かせるかね?!

 あたしは内心呆れたが、実際のところ、怪我がひどくてそうそう遠くまで運べなそうにない人が多すぎたという事情もあったようで、さらに距離を離して設置された天幕のいくつかは、助からなかった重傷者がそのまま寝かされており、即席の遺体安置所になっていたのだそうな。


 ……そっか、そういや先代の長たちといっしょに、ミーディムマレウスの呪い師も一人亡くなってたんだっけか。

 

 天幕群では、クネウムさんという幻惑狐の氏族の人にも会った。ククムさんが本来であればサルウェワレーに入る前に合流する予定だった人だ。てか、生きのびてたんですな。

 クネウムさんがなぜここにいるかというと、サルウェワレーにククムさんの伝言を伝えた時に、ミーディムマレウスの呪い師たちが同行してたせいらしい。

 結果、先代の長たちの『紅の源』鎮圧と書いて討伐と読むやつに、なし崩しについていかざるをえなかったみたいとか。

 その結果彼も巻き込まれて火傷し寝込む羽目になったんでたんで迎えにこれなかったと聞いて、ククムさんの目が鋭くなった。

 

 そりゃあ、ぜんぜんあたしも同情できないよ!

 だってさあ、ククムさんがあたしたちを連れてきますって情報も、絶対そのタイミングで伝えなきゃいけないようなもんじゃないでしょ?!

 伝えるにしたって、火蜥蜴の人たちに伝えるのなら、呪い師さんたちのいないところですりゃいいことじゃない?


 ……火蜥蜴の氏族の人たちが焦って『紅の源』につっこむ気になったのって、絶対呪い師さんたちがやめろって言えば止められたはずだ。

 少しは冷静に物事を判断しようとか、時間を置こうとか考えたでしょうに。

 それを潰したのは、おそらくクネウムさんだ。

 呪い師たちの前で、異国から彼らと同質の能力を持つ魔術師が来ますと火蜥蜴の氏族に伝えたりすれば、そりゃ呪い師だって焦るに決まってるでしょうが。

 ランシアインペトゥルス王国なんて天空の円環の外から来る、しかも幻惑狐の氏族の一人が誘導してくるなんて聞けば、自分たちクラーワの呪い師よりも幻惑狐の氏族が魔術師を高く評価していると判断せざるをえないもの。

 クネウムさんが意図的にかどうかわからんが、彼らをろくでもないやりかたで焚きつけ死に追いやったことを考えるなら、その火傷はかなりの自業自得だと思う。


 クネウムさんはククムさんにたっぷりお話をしてもらうとして、あたしたちが話を訊いたのは、彼を看病していた背の高い少女にだった。

 彼女はディシプルスといい、ミーディムマレウスから来た呪い師についてきた同行者、というか見習いらしい。

 どのくらい見習いかというと、魔力暴発を防ぐため、魔術の初歩を教えられ、ついでに祭祀の基本的な事を口伝され、十歳になったので、ようやく最近実践に移るというのでお師匠格の人と国内行脚に出たばっかりだったというね。

 大人びた表情と背丈のせいで、十四、五歳ぐらいには見えてたので、年を聞いてあたしもちょっとだけ驚いたのはないしょだ。


 道中クネウムさんと接触したお師匠さんが予定を変更、国外まで出てきてこれに巻き込まれたと聞けば、さらにお気の毒、というより不憫に思える。 

 呪い師は祭祀を司る。温気のせいで遺体が痛みやすくなっていたこともあり、サウラさんに懇願されて、クラーワ独特の鳥葬を行わざるをえなかったと聞けばなおさらだ。

 なんだその状況。

 初心者マークどころか、実際に車を運転したこともない未成年者に、高速を時速100kmキープしたまんま東京から大阪まで夜中に走れって言ってるようなもんじゃないか。

 それはきつかったよな……。

 てかサウラさんも、なんでそんなことを頼むかな。いくら呪い師の一人とはいえ、多少年かさに見えたとはいえ、見習いだってはっきりわかるでしょうに。ミーディムマレウスに使いを出して、別の呪い師を呼ぶとかすればいいのに。

 それができないってのはアレですか、いわゆるひとつの政治的駆け引き絡みってやつですか。

 ……だからヤなんだよなあ。為政者にしがらみができるのって。


〔あたしだってイヤですよ!〕

 

 ならばせめてあたしたちだけでも、政治と関係のなさげなところでも大いに動こうじゃないのよ、グラミィ。


 あたしはトルクプッパさんにディシプルスを任せると、グラミィといっしょに、まだ生きている怪我人の天幕に入った。

 情報収集と――情報収集をやりやすくする下準備のためだ。


 怪我人の世話を押しつけられたかたちになった集落でも困っていたのだろう。あたしたちはけっこう重宝がられた。

 なに、ちょっとヴィーリやタクススさんから教えてもらったことを実践しただけですとも。


 まずは、虫よけの薬草を(いぶ)し、煙を天幕に染みこませるように焚く。傷口に虫がたかると清潔という概念が羽化して飛んでっちゃうからね。

 次に、それぞれの傷の状態を確認する。

 グラミィは盛大に顔をしかめてたし、あたしだって好んで見たいものではないが、これがちゃんとわからないと後々困るもんなあ。しかもそれほど大きくはないこの集落にとって、怪我人の世話は負担が大きかったのだろう。怪我人には最初の手当と日々の食事ぐらいしかまともには施されていないようだったし。

 そこであたしは集落の中でも足の速い人にお使いを頼んだ。

 サウラさんにこの状況を説明して、物資だけでも提供してもらうようにと願ったのだ。

 お使いの人が戻ってくる時間も足りないので、あたしは最寄りの集落の人に頼んで布を提供してもらうことにした。

 魔術でちゃくっと熱湯を出して煮沸消毒をする。その後高温で乾燥。この作業をひたすら繰り返す。

 ついでに水や氷も顕界しておく。魔術で顕界した生成物は、それぞれの概念の抽出に近いらしいので、ほぼ混じりけなしの純度の高い水や氷になるようだ。

 つまりそれは無菌に近いと思われるということで、怪我の治療にも使いやすいということだ。


〔なんだか懐かしいですねー……〕


 そういや、そんなこともあったっけか。

 グラミィと初めて会った直後に、いきなり火球の的にされて、とばっちりで火傷したカシアスのおっちゃんの従士の人を治療したりとか。

 あの時みたいにできたてほやほやというわけではない、それなりに日数が立っている傷ばかりだったので、そのぶんいろいろ違うことはあったけれども。


 途中ククムさんに連れられてやってきた、しゅんとした顔のクネウムさんの腕の火傷もよく洗い、グラミィに薬を塗ってもらう。

 しかし王都でタクススさんにもらってきた、よく効く痛み止めや化膿止めも無限にあるわけじゃないし、グラミィのことを考えれば使い切るわけにもいかない。

 そこで最寄りの集落の人に薬草を提供してもらい、その場で作りながら治療をすることになったりもした。

 いや、細かく刻んだり、乾燥したり、煮出したり、冷やしたりって作業も、魔術を使うと簡単に時短ができるんですよ。じつにありがたいことに。


〔そんなことが『簡単に』できるのなんて、ボニーさんぐらいですよ〕


 治療をしながら見ていたグラミィには呆れられたが、使わなきゃいけない状況で使えるモノがあったらなんでも使いますよあたしゃ。


 最初に比較的軽傷な人の傷を洗って薬を塗り、包帯代わりの布を結び留めた後は、彼らも人手扱いである。治療を手伝ってもらいながら、あたしは天幕の中や彼らの服もざっと綺麗にした。

 なに、服は脱いでもらって、灰を混ぜた水球のなかに投入洗浄、そののちすすいで高温乾燥ってな具合ですよ。

 天幕の床も貼ってあった布も洗い、ついでに怪我のひどい人にはクッション性のある寝床を作成。といっても薬草と一緒に提供してもらった干し草を高温乾燥し、ついでに細く細かく繊維をほぐして荒く綿状にしたものに布を掛けただけですが。

 ……情報収集に来たはずなのになにやってるんだ自分とはちょっと思ったけど。そこは気にしちゃ負けなんだろう。たぶん。

 実際、一息入れた後の情報収集はどんどこ進んだし。


「あのう、お気をつけくださらんか。『紅の源』の舌は見えぬほど速いと申しますで」

「『ご助言、感謝いたす』だそうじゃ」


 閉鎖的なところのある火蜥蜴の氏族の人たちが、黒いローブ姿という見慣れぬはずの恰好をしたあたしたちの心配までしてくれるようになっただけでも、格安に売った恩義の元は十分に取れたと思う。

 さて、彼らの証言と傷の突き合わせはすんだし、『紅の源』がいるという湖周辺の様子も見てとれたことだし。

 そんじゃ次の段階に移ろうか。


 あたしは再びサウラさんに面会を求めた。


「我々の欲するものは、まずは水であるとお願いしたはずですが?」


 開口一番、笑顔で怒られてもなあ。

 水ならちゃんと、供給してきましたとも。怪我人とその世話を請け負ってくれてた人たち優先だけど!

 サウラさんたち長老格の人が住んでる、いわば王都になんかほいほいと提供しませんよ。

 なんせこっちはクラーワヴェラーレの呪い師たちに一度怒られてる。

 その時立てた誓約が『幻惑狐の氏族への水の供給』はしない、という限定的なものであることをいいことにやってんですよこれ。

 だのに、おおっぴらに水を渡したら呪い師たちにバレやすくなるでしょうが。緊急避難ってことでお目こぼしされそうなぎりぎりラインを超えたと向こうが拡大解釈してきたら、サウラさんたちだって困るでしょうに。

 それにだね。

 

「『水を必要とする民人の命もあやういことになるやもしれませんので』」


 ええ。ガス爆発が起きたってのに、元のガス漏れに対応しないでひたすら放水してたって火は消せないのですよ。 


「……どういうことでしょう」

「『鎮めに参加された方々より、詳しい話を訊いてきまいりました。それによれば、かの『紅の源』もまた水を求めるらしいということです」


 ディシプルス――ディスとかディシーなどと呼ばれてたというので、あたしたちもそう呼ぶことにした――見習いの子に確かめたことだ。ヴィーリのせいでものすごい汗かいてたけど。

 

 彼女はお師匠である呪い師の助手ってことで、鎮めの場にいた。

 そもそも鎮めるって何やったのと聞いたら、『紅の源』がいるとおぼしき湖に向かって、みんなで鎮まれー鎮まれーって唱えるだけだったんだとか。

 

 ……いやー、それじゃだめだろ、とそこだけ聞いた時には思っちゃったけどね。

 だって、『紅の源』は人間に傷つけられて湖に逃げ込み、それからずっと湖を煮え(たぎ)らせては転々としてたっていうじゃないか。

 つまり、人間的に表現するなら、あちこち傷があって、痛くて苦しくて安静にできないほど悶え苦しんでるってのに、そこへ騒音公害かまされるようなもんじゃん。

 そら暴れるわ。


 もちろん、ただ鎮まれとだけ唱えてるだけじゃなくって、いちおう『紅の源』を鎮めるための捧げ物も用意はされていたらしい。

 リシオンの実を干したものや家畜の乳などを盛った鉢、呪い師が顕界した水を貯めた瓶なども湖の水際近くに設けられた鎮めの場には置かれていたとディシーはいう。

 そして、それらの捧げ物を次々と湖に投げ入れた時だ。

 数人がかりで瓶を傾け、湖面に中身を空けはじめたとたん、『紅の源』が向かってきたという。

 それが水の存在を感知しての行動なのか否か、またそうだとしてもどうやって水の存在を感知しているのかはわからない。

 ただ、言えるのは、『紅の源』の行動には意味があるのかもしれないということだ。

 魔力を感知しているのかもしれないが、もし本当にそうならば。


「一定量以上の水の存在を、『紅の源』が感じ取れるとなりますと。下手に水を差し上げた集落が『紅の源』に襲われるやもしれませぬ」


 グラミィの声に、サルウェワレーを差配する彼らはそろって青ざめた。

 

 サウラさんはけして無能な為政者ではないのだろう。そうあたしは判断している。

 封建社会の中ではわりと軽んじられやすい女性の身であり、また正式には長として認められてはいない仮長(かりおさ)でありながら、彼女はそれなりに『紅の源』に対する手を打っている。

 もちろん、怪我人たちの天幕まで足の骨を運んだあたしたちのように、現場に直接行くことはないのだろう。

 しかし、報告という形の、他者の目と舌や指で抜粋や編集をされてしまった情報からでも、彼女は被害を減らそうとしていた。

 中でも効果的だったのは、『紅の源』がいる湖の周囲から、人を遠ざけるよう手を打ったことだ。『紅の源』が、鎮め失敗ののち、直近の湖の中で最も大きい、さらに山間に入ったところにある湖に移ったおかげで、さらにサウラさんの策はより強く機能している。

 だが、次の一手を誤れば、もしくは下手に『紅の源』そのものに手を出したならば、最悪の場合、サルウェワレーの土地すべてが更地になりうる危険もあるのだろう。

 

「『まずは被害をこれ以上出さないために手を尽くすべきかと存じます』」


 あたしは具体的なことは何も言わない。この非公式な場にあっても、あたしたちはランシアインペトゥルス王国の人間として扱われている。下手な政治的発言はしちゃいけないし、サウラさんも聞いちゃいけない立場にあるからだ。

 ただ、あたしやあたしの同行者を利用しようと考えるよう、彼らサルウェワレーの上層部に材料を提示することはできる。いわゆる一つのナッジというやつだ。

 

 ククムさんはこれまで通ってきた国々で、集落を巡回して回る呪い師を見つけては声をかけたり、伝言を各集落の人に頼んだりしていた。

 一つは、クラーワヴェラーレから呪い師があたしたちを追っかけてくる予定らしいので、よろしくという連絡をするため。

 そしてもう一つは、あたしたちの素性をそれとなく、『幻惑狐の氏族がサルウェワレーへの助けを請うた相手であり、星詠みの旅人(森精)の加護を受けし者にして、数種の魔物を従えし者である』という、嘘は欠片もないんだが……なんだろうこのコレジャナイ感という肩書きを持つ者として、過剰広告気味に知らせ回るためでもある。

 幻惑狐のフームスを連れ歩いているのをわざと見えるようにしておいてくれという彼の言に、あたしが従っていたのも、そのためだったりする。

 

 権威づけというやつは、するというかされる側には、かなり恥ずかしいものがある。

 しかし、反発を抑えこむのには役に立つ。

 急ぎ足でミーディウムマレウスを抜けた時にも、直接呪い師に会うことはできなかったが、伝言は各地にばらまいてきているんである。

 当然、呪い師たちも面白くはなかろうが、しかしあたしたちが協力を願えば、完全に拒否られるということはないだろう。

  

 あたしの示唆というか誘導が功を奏したのかそうでないのかはわからない。確かなのは、サウラさんたち火蜥蜴の氏族はプライドを干からびた湖底に放り込んで、ミーディムマレウスへ書状を出したということだけだ。

 中身は単純に言うと、魔物が暴れてそっちへ行くかもしれないので、警戒とサルウェワレーの民人の保護をというものだ。

 あたしだったら、ついでに、いざとなったらそのままミーディムマレウスへ駆け込めるように、そして人的被害のさらなる軽減のために、サルウェワレーの人たちを、もっと国境の近くにまで集めておくだろう。

 だが、それはあたしの手の及ぶものではない。

 それに、素直にミーディムマレウスが難民化した人たちを受け入れてくれるかというと、そんなことはないだろうしねえ。


〔ボニーさんって、人の善意を信じませんよねぇ……〕


 などとグラミィには言われたが、いくら形而上学的存在でしかない臍が曲がってるあたしであっても、人に善意があることは信じてるさ。

 ただし、ミーディムマレウスにとって、サルウェワレーの人たちは自国の民じゃない。そして自国を守るためなら他国民を犠牲にするのはよくある話だってこと、一国の為政者の行動として、それはあながち間違っちゃいないってことも知ってるだけだ。


〔…………〕

 

 ま、だからこそ、ヴィーリの存在を匂わせてんだけどね。


 あたしたちの肩書きに『星詠みの旅人(森精)の加護を受けし者』と入れてあるのは伊達じゃない。

 そのあたしたちがサルウェワレーに手を貸すというのは、傍から見れば森精が間接的に一国に手を貸しているのでは、と勘ぐることができる事態でもある。

 森精とはどんな存在であるか、混沌録から知識を得ているおかげで、たぶんこの世界の王侯たちよりも深く知っているあたしから見れば、的外れに過ぎる推測ではあるが、あたしは自分の知っていることをそうそう広めようとは思わない。

 森精が協力してる国へ一臂(いっぴ)の力も貸そうとしないような国があったとしたら、森精たちはその非協力的な国を見捨て、庇護は取り上げるのではないか。

 そういう危機感を持っていただけるのなら、たぶん迅速丁寧に人命救助に動いてくれるでしょうよ。


 ちなみに、なんで火蜥蜴の氏族がミーディムマレウスに送った書状の中身をあたしが知ってるかというと、あたしがサウラさんたちに情報を公開したからだったりする。

 あたしはあたしでミーディムマレウスの呪い師に書状を出そうと考えてますんで、内容をあらかじめすりあわせておきましょう、とね。

 

 あたしが呪い師たちに送るのは、簡単に言うと彼らの領分を侵す許可を求めるものだ。

 サルウェワレーで『紅の源』という魔物が暴れてまして、そちらの構成員の方が一人お亡くなりになりました。見習いの方を、森精より加護を受けし者、幻惑狐と四脚鷲を憩わせるあたしのことですなが対処する予定です。

 そこで、サルウェワレーが求めている、湖一つ分の水を、クラーワの呪い師ではないモノが提供する許可をください。

 ついでに、火蜥蜴の人たちの保護を求めます。

 最後に、森精の加護ある者が失敗した場合、後を頼みます、とね。


〔最後のは、そこまで必要ないでしょう?!〕


 グラミィにはつっこまれたが、思いっきりぶっこんだ内容にするくらい、『紅の源』を危険視してるってだけのことですよ。

 被害を出す気はないが、万が一出すことになったとしたら最小限にするように考えるのも大事です。

 

 あたしはこの書状をディシーに預けた。だけど呪い師見習いとはいえ、ようやく十歳になったばかりの子に全責任をのっけるわけにはいかない。

 そんなわけで、ミーディムマレウス国内についての知識のあるククムさんと、ランシアインペトゥルス側の人間てことで、トルクプッパさんに同行を頼んだ。

 というていで、二人をサルウェワレーから避難させる狙いもあったりするわけだが……。

 

 トルクプッパさんには、あたしがどういう魔術を使うのか、呪い師には求められたら多少は明かしてもいいと伝えてある。ついでにフームスも預けるとトルクプッパさんは無言で礼をした。

ククムさんは、「お任せ下さい。幻惑狐は恩を受けたら必ずお返しいたすものですので」と胸を張った。

 それはとっても頼もしかったんだが、「クネウムにもよくよく言って聞かせましたので、なんなりとお使いください」と言われた時には、いったい何を言ったんだろうとすさまじく気になったもんだが。

 ああいや、よけいな好奇心は持ちませんよー?


 そして今、やれるだけの事前準備を積みに積んだあたしは、サルウェワレーの中に留まっているグラミィとヴィーリからも離れ、『紅の源』が身を潜めているという湖を見下ろしていた。

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