誘われてクラーワ
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
これまで何度かクラーワヴェラーレには訪れているとはいえ、あたしたちが天空の円環に最寄りの地、カルクスからさらに踏み込むのは初めてのことだ。
ましてやクラーワ地方のさらに奥とか。いくら森精たちに地勢的なデータを分けてもらっているとはいえ、わからないことばかりだってのはわきまえといた方がいいだろう。
なにせ、森精ってば人間同士、国同士の関係性なんて理解してない、てかどうでもいいと考えてるっぽい節があるもんなぁ……。
そんな未知の土地へ踏み込むのはあたしとグラミィ、ユニセックスな魔術師のローブに、髪を一つにまとめただけの恰好のトルクプッパさん、そしてヴィーリという組合せである。
至急の要件で、しかも遠い国なら、いっそのこと空を飛んでけばいいのにとグラミィはぶうたれたが。
却下に決まってるでしょうがそんなもん。
情報があんまりない土地の空を飛ぶ。これって、ものめっさ危険な行為だからね。
詳しい地勢はまったくわからん場所というのは、風が読みにくい。せめて視界がほぼ全方位360度開けてないと大気の流れってわかりづらい、んだが。
カルクスの突端からクラーワヴェラーレを見下ろせば、標高の低い場所はきっちり雲海に埋まってるんだもん。見えない山脈の中を飛べと申すか。
おまけにグリグんもお留守番とばかりに、天空の円環に置いてきたからなあ。先に飛んでもらって、どう風に乗ればいいか教えてもらおうなんてのも無理。
そもそもこの人数を結界の翼で包んで飛べとか、ラームスたちのサポートしかない状態じゃ無理だかんね?
ヴィーリは自力で飛べるだろうが、あたしとグラミィだけじゃない、トルクプッパさんやククムさんまで運べとか、冗談じゃないかんね。
ククムさんてば、道案内のついでにお仕事する気満々なのか、行商用の大荷物を背負ってるんだもん。
〔ヴィーリさんに手伝ってもらえませんかね?〕
グラミィは首を傾げたが、おばーちゃんが小首を傾げても、意図するほどかわいくならないからよしなさい。
そもそも彼を下手に頼ろうと思うなよ。頼るってのは依存につながる。
ヴィーリはあたしたちと行動を共にしちゃくれているが、彼は森精だ。森精には森精の思惑があるんだから、あたしたちの思惑に乗ってくれるかどうかはむこうの勝手。よりかかった状態で、すかされたらこけるのは、あたしらなのだよ。
などと心話でやりとりをしながら進んでいるのにも理由がある。
あたしたちが徒歩だからだ。
いやあ、速度が出ないこと出ないこと。グラミィが焦れるのもわかるよそれは。
だけど、馬車なぞが使えないのにも理由があるのだ。
まず、そもそもクラーワヴェラーレに……というか、クラーワ地方に馬はあんまりいないものらしい。特に高地には。
山羊や羊みたいに見える家畜はそこそこいるんだけどね。
ランシア山の反対側、グラディウスファーリーが、天空の円環よりも低い位置にあるとはいえ、ドルスムの辺りまで大きな牧を抱えていたのとは対照的だ。
推測だが、この家畜の種類の差には、雨の量も関係するのかもしれない。
馬が水を大量に必要とするってのは、ボヌスヴェルトゥウム辺境伯家の寄子さんたちの領地を見せてもらった時にも教えてもらったしねえ。
あとは斜度。カルクスはドルスムと同じくらいの高さにあるんだが、グラディウスファーリー側は切り立った崖の上に多少傾斜の緩い平地があり、そこに牧や領主館があったのに対し、クラーワヴェラーレからこっちは平地というものが湖沼地帯周辺にしかないというね。
当然、景観はすばらしい。
むこうの世界でも高原に湖ってぇのはよくあった地形だが、それが遙か彼方で、小さな鏡を貼り付けたようにきらきらしているのを見下ろしながら歩くのはちょっとした感動もんだ。
〔余裕があるっていいですねー〕
高地なせいか、グラミィは身体強化しながらもしんどそうだったが、ま、いいか。
〔よくありません!〕
だってさー、樹木の希少なクラーワヴェラーレに馬車、というか荷台でもいいけど作る余裕はないのだよ。
斜面転げ落ちてってぐっしゃり潰れでもしたら、そのまま廃材、薪直通よ?
そんなもの、誰が貴重な木材を消耗してまで作ろうと思うかね?
なら直接乗るといっても、あたしたちをのっけてくれそうな動物って、そうそうないんだぜ?!
ちなみに、滅多にいない馬の代わりに、クラーワで荷運びに使われるのは、ラゴアシヌスという、尻尾の短い驢馬のような動物である。
けれど、馬もラゴアシヌスもあたしたちが持ってるわけじゃない。売ってもらおうにも貸してもらうにしても、持ち主がうんといわなきゃそれまでだ。
運良く借りられたとしてもだ、借りたら借りたで、ちゃんと無傷で返す必要があるんですよ。
そもそも、ラゴアシヌスの体格は他の家畜たちと同じくらい小さい。頑丈だし、自分の数倍あるようなかさの重荷にも耐えるとはいえ、人間が乗ると下手すりゃ足が地面につくのは、ちょいと、ねえ。
そうかといって背中に乗ってて正座やあぐらをかいたりしたら、急な坂道で踏ん張りがきかず、転げ落ちそうな気もするし。
足元岩盤が露出してんですよ。ひっくり返ったら、グラミィは紅葉下ろしに、あたしは全身粉砕骨折どころか骨粉化の危機ですとも。
それになにより、放出魔力量の調整がきくあたしやグラミィ、そして動物に好かれる森精のヴィーリはともかくとして、トルクプッパさんがかわいそうなことになってしまう。
魔術師って、動物たちに警戒されたり、嫌われたりしやすいんですよ。放出魔力量が多すぎて。
クラーワヴェラーレの呪い師たちが、他の氏族たちに家畜の世話という役務をさせてるのも、ひょっとしたらそのせいもあるのかもしれないな、なんてね。
……呪い師と言えば、クラーワヴェラーレを出る時に妙なトラブルがあったしなあ。
〔なんだったんでしょうねー、あれ〕
ねー。
いきなり杖を寄こせとか。
あたしたちについてきたいという呪い師の人と、メテオラという赤毛熊の氏族の土地で合流した時のことだ。
見送りに来ていたらしい呪い師の連れていた子どもが出てきて、あたしの杖を寄こせと言い出したのだ。
あっけにとられてたら、いきなりひったくられそうになるということが起きたのだ。
幸いなことにというべきか、あたしの杖はシルウェステルさんの持ち物に、ヴィーリの樹杖からもらったラームス、森になったペルの一部、そして海森の主であるドミヌスの森の一枝が組み込まれている。
樹の魔物たちの自我は薄いが、それでも状況判断ができないわけじゃないのだよ。
たとえば自分たちに危害を加えられそうになったと見なせば、即座に反撃と自衛を行うぐらいにはね。
重量操作で激烈に重くなった彼らってば、なんとひったくり犯にのしかかって、自重で押さえこんだ上に魔力をちゅうちゅう吸い上げて拘束したんですよ。
あたしの出る幕なんてなかったっすわ。
あたしとグラミィの杖が森精との、というかヴィーリとの深い関わりを示すものだと教えといた呪い師たちときたら、もう真っ青でしたとも。だけどまさかプライドの高い彼らが、頭を下げまくるとは思わなかったけどね。
なんせ彼ら自身が星詠む森の加護を受けたと称してたんですもの。祭祀の司たる氏族ならぬ氏族、選ばれし者という自意識がばきばきに強いのにねえ。
ま、まともな対応見せてくれたんで、あたしは二度とこのようなことをしないよう、よく教えといてくださいと伝えて、基本無罪放免扱いにすることにしましたとも。
〔正直甘いと思いましたけどねー、あれ〕
いやー、だってさあ。あそこであたしが厳正な処罰をとか言ってみ?
見送りに来てたのは、呪い師の人たちだけじゃない。
ククムさんの見送りに来ていた幻惑狐の氏族の人も、当然のことながら赤毛熊の氏族の人、というか、クラーワヴェラーレの王たる赤毛熊の氏族長、アエノバルバスまでお忍び状態でいたんですもん。
いくら祭祀を司る者、社会的身分が高い氏族の者たちだとはいえ、やっていいことと悪いことがあり、しかもこの状況でやらかしたのは、『呪い師たちが子どもを使って、クラーワヴェラーレの王の面子を他国の人間の前で潰そうとした』と解釈されかねんことだ。
だったら呪い師たちがやろうとすることは目に見えている。蜥蜴の尻尾切りですよ。
あたしから杖をかっぱらおうとした実行犯は子ども一人、折檻だか拷問だかの果てに殺してしまえば死人に口なし。誰が杖を強奪しろと吹き込んだかは知らないが、ひたすらあの子のしたことですと責任を個人に凝縮して押しつけることができるのだ。
〔そこまでしますかね……〕
しないという保証はない。するという保証もないけど、そっちはするかもしんないというおそれがある。
だから、あたしはグラミィに『教育の成果を拝見することを楽しみにいたしております』と伝えてもらったのだ。
これで呪い師たちは、あの子どもをきちんと育て直す必要がある。こっそりどんどんしまっちゃうわけにはいかなくなったということも理解しただろう。
まさかそのせいで、あたしたちについてくるはずだった呪い師がいなくなるとは思わなかったけど。
同行予定だった呪い師が、その子の保護者らしき人物だったってことも関係してるのかねえ?
呪い師たちは、同行者の人選をやり直し次第、後から追いつくとか言っていたが、知ったこっちゃない。
待ってなんかいられないので、あたしたちはどんどこと進んでいる。
ククムさんからも、前払いってことで話をいろいろ聞いたりしながらだ。
領地や領土の境目には、地図じゃ線が引かれているが、実際の国境なんて、超えたところで風景が切り替わるわけじゃ、もちろんない。せいぜいが標識に定められた岩に刻まれた文字ぐらいなものだろう。
クラーワ地方でもそれは同じ事で、だからこそ地域によっては、国境を超えてやってくる見知らぬ人間というのは侵略者と同義となりかねない。どんなに少数であろうと、問答無用で攻撃対象にされることもあるとククムさんはいう。それは見るからにクラーワの外からやってきたと見えるあたしたちだけでなく、ククムさんもそうなりかねないと。
だからこそ、幻惑狐の氏族は目立つ恰好をするのだとか。
行商人然とした背中の大荷物と、そこに刺した二本の旗。往来する土地によっては小さな鈴をちりちり鳴らしながら行くこともあり、それらすべてが国境を越えてもよい者の証として認識されているとかいないとか。
その説明を聞いて、なるほどーと一同納得したね。
あたしゃてっきり、ククムさんてばあたしたちの道案内ついでに自分の行商もする一石二鳥を狙ってたんかいと思ってた。誤解してごめん。そうじゃないんだね。
そう伝えてもらうと、ククムさんは商人の笑みを浮かべた。
「いえ、商売ももちろんいたしますよ?」
するんかーい!
内心つっこけそうになったククムさんのしたたかさはともかく、クラーワ地方全体の地理についての話はなかなかに聞きごたえがあった。
ウングラ山脈の果て、イークト大湿原に面した国は、スカンデレルチフェルムというそうな。
実質スクトゥム帝国に対する最前線ということになる。といっても大湿原という場所が場所だから道なんぞはないし、帝国への定期便なぞあるわけもない。
じゃあ往来は皆無かといえばそうでもなく、漁師の小船に乗っけてもらって渡してもらうという手が使えるんだとか。
って、それは。
「『スカンデレルチフェルムからイークト大湿原を超える道筋でも、スクトゥム帝国へ行商にいらっしゃっておられたのですかな?』」
グラミィに聞いてもらったら、ククムさんてばにっこりと笑みを深めてみせるというね。
やっぱり実体験かい。てかその時はよく無事で済んだものだ。
「スクトゥムと一口に申しましても、地域によっては余所者への接し方というものが違いますようでして。中でもスカンデレルチフェルムとイークト大湿原を挟んで接します、スピクリペウス属州などはずいぶんと開けた土地柄のようでしてねえ。わたくしどものような行商人にもお気軽に声をかけてくれるような人が多かったんですが。……まさか、アエスであのような目に遭おうとは」
なるほど。ククムさん的には東側の土地でのフレンドリーな反応が普通だったってことか。それでアエスに至るまで、そんなに警戒することなく行商に歩いてたわけか。
しかしまあ、推定星屑たちが気軽に話しかけてくるっていったい。
「『スピクリペウスではどのような声のかけ方をされたのですかな?』」
「? ええ、そうですね……」
念のためにと訊いてはみたが。
いやあ、ひどいのなんの。聞いた瞬間あああああと悶絶したくなったわ。
同じ異世界人のはしくれとして、ククムさんに五体投地で謝りたい気分ですよもう。
ごめん。それ、フレンドリー違う。人間扱いされてないやつだわ。てか完全NPC商人扱いされてるやつだわ。
数日しかいない街の広場で店を広げているところへ、何度も通りかかるたびに『最近どう?』としか言わない声かけとか。なんやそれ。『品物を見せてもらおう』パターンも以下同文、一日に何度も何度もおんなじように声を掛けられたからって、『こういうものもありますが』なんて都合良くレアアイテムを安く売るようなわけがないじゃん。
なのに、何度も何度も声を掛けるってこういうことだよね。
『声を掛ける→噂を聞くor買い物をする』の無限試行で、ランダムか回数条件の反応変容待ち。
……なんでこうも、星屑たちって、やることなすことすべてが残念すぎるかねえ?
星屑たちが、本当にこの世界を、臨場感ばっちりなフルダイヴ型MMORPGだと思ってるのなら、PC同士であろうがNPC相手であろうが同等に、生身の相手に接する対応が必要だろうに。
昔のドット絵RPGでもあるまいし、イベントの発生条件を探しているような奇行を晒すでない!
なんかもう、いろいろ諦めたくなってしまうじゃないか。
異世界モノだけじゃなくてゲーム系――いわゆる電子的異世界モノから異世界恋愛乙女ゲーム系に至るまで――の主人公というのは、結構なコミュ力お化けだったりする。
これ、ぼっちや陰キャ設定であっても口八丁手八丁で実力者に気に入られるところから成り上がりロードまっしぐら、てのと同じくらい、わりとあるあるな設定かもしんない。多少ご都合主義だとは思うけれども。
特にMMORPG系もののコミュ力は相当なものがあると思う。
少なくとも、擬似人格AIであろうと、相手をただのプログラム扱いして会話をスキップしようとするような行動って、見たことないんだよね。
星屑たちだって、その真似ぐらいすればよかろうに。相手を人間として扱い、真剣に向かい合うことが、重要だってわかってんなら。
異世界モノの主人公にコミュニケーション能力が必要なのは当然だろう。既知の情報がほとんどない状態で、『俺には俺のやり方がある!』とか人の話を聞かずに危険へ飛び込んでけば、問答無用で死ねるんですから。
むしろその行動は、『異世界キター!チートでTUEEEするぜー!とひゃっほいしながら真っ先に飛び出してって真っ先に死ぬモブ』のパターンだ。
乙ゲー系ならば、『転生者ヒロインが立場に甘えて何も努力をせず、ゲームどおりの台詞を吐き散らしても、生身であるがゆえに精神的に変化した攻略対象には刺さらず、かえって拒否られて処刑されるざまあ展開』ってやつになるだろうか。
何もわからぬ世界で生き延びるためには、情報収集能力がいる。それは複数の情報源を確保する能力、情報の裏づけを取る能力、そして情報に含まれた虚偽と真実を選り分ける能力でもある。
で、こういう能力って、基本的に対人能力でもあるんですよね。
血の通った生身の人間と正面から相対する。それも相手の話をよく聞くだけじゃ足りない。相手の立場を考え、思考をトレースできなければ、向こうが混ぜてきそうな嘘など見抜けるわけがない。相手の表情を深く読み取ることができなければ、嘘をついている生理的反応など見抜くことなどできない。
つまりは、相手がどのような人間であるかを理解し、どれだけ深く踏み込めるか。それがすべてだといってもいい。
現実世界でもよくあることだ。
人間は社会的動物の一種であり、コミュニケーションはコマンド選択ですべてが終わるものではない。当然のことだ。
なのにそれをしない、あるいはできないというのはなんでだろうね?
そりゃ、人間の大脳って情報処理の効率化のために、認識するものすべてを『かくあるもの』と枠組を作って定義づけ、概念化することに長けてるっていうけど。
このパターン化認識は自動的に行われることらしいけれども。
それでも、『かくあるもの』への対応は、目の前の存在への適切な対応と同じモノではない。
もし仮に自分が『無能力引きこもりニート内弁慶』ってなステロタイプで片付けられるのを嫌がるなら、『老害()』だの『ま(ry)』だの、ネットの言説を鵜呑みにして人をカテゴライズして叩かなきゃいいというだけの話だ。
叩かれた相手が親切なら猛反発十倍返しでぼっこぼこにしてくれるだろうが、そこまで面倒見切れないって人には非存在として扱われるだけのことだ。
そんな話をしながら山岳地帯を下るにつれて、いろいろなものが少しずつ変わってきていた。
たとえば空気。お骨なあたしじゃよくわからんが、グラミィに聞くと冷たく乾燥していたクラーワの風が、じわじわとゆるみ、潤んできているのだとか。
たとえば気候。雲海のあった辺りまで降りてきたからだろうか、クラーワに入ってきてから初めて雨に降られたりもした。
雲行きを読んだのか、ククムさんは事前に荷物の上に覆いをかけていたし、あたしたちも結界の傘はわりと簡単に顕界できる。
いや、完全透明な上に、さすのに手を使わなくていい身長サイズの傘ってのは、正直むこうの世界でもありえない使い勝手のよさだと思う。
じつは当初、この結界をテント代わりにした野営続きの行程も覚悟はしていた。だけどククムさんのツテで、毎日どこかしらの集落でお客としてもてなしを受けられるとは、ちょっと嬉しい予想外ではあった。
けれども道中で唯一困っていたのがトルクプッパさんだった。
彼女にも結界の術式については教えたんだが、どうにも盾のイメージが強すぎるのか、うまく作れずにいたのだ。見かねたグラミィがずぶ濡れになる前に自分の結界の中に入れたげてたけどね。
あたしが入れてやらないのはなぜかって?
トルクプッパさんに丁重にお断りされたからですよ。
それも当然かもしんないな。
シルウェステル・ランシピウス名誉導師って、けっこう偉い人と認識されてるみたいだし?
トルクプッパさん的には近づきたくないらしい男性だし。骨だけど。
そう、この道中でようやく確信が持てたことだが、トルクプッパさんはどうやら男性を苦手としているらしい。
それでよくまあオプスクリタス騎士団に所属して任務をこなしたり、タクススさんたちとも付き合いをこなしたりできているものだと思うが、それもどうやらトルクプッパさんは、服装によってなんらかの心理的な切り替えをしているらしい。
彼女に最初に会った時は宮廷の侍女スタイルだったのだが、その時はあたしですら3メートル以上近づくこともできなかったもんなあ。
いや、まあ、身分的なあれこれとかがあるから、礼儀作法上とるべき距離としては実にまっとうなもので、それゆえに目立ちにくいものではあるんだが、それでもぴりっと張り詰めた空気が伝わってきたもの。
糾問使団ではグラミィ以外に女性はいないという状況だったのだが、その時彼女は基本的に、むさい兵士っぽいおっさんの変装や、エミサリウスさんのような文官の男装をしていた。
わずかな例外は魔術師のローブ姿ぐらいだろうか。あれも、まあ、中性的というか、彼女としては男装の領域に入るのだろうか。
おまけに、船室もなにかと理由をつけてずっとこもっていることはなかったし。
マルゴーにはぴったりくっついてたし。あれも今にして思えば、彼女が単なる幼女スキーというだけではなく、救命ブイがわりにしがみついていただけなのかもしんない。
フルーティング城砦でもトルクプッパさんは基本的に魔術師のローブ姿だった。
しかし、服装はどうあれ、彼女が一番くつろいでるのって、幻惑狐たちしかそばにいないか、もしくはグラミィが男性の盾になっている時ではなかろうか。
〔あたしが思うに、トルクプッパさんのあの態度って〕
根が深そうだよね。
〔先に言うなしー〕
いや。グラミィの目から見てもそうなんだなと思っただけですとも。
あたしもそうかなーとは思っていたけど。
〔にしても、あたしだって、ひたすら盾にされるのは困るんですけど。特にごりごりの騎士の人って体格も大きいし、怖いですよやっぱり。……そりゃまあこのおばあちゃんな身体ですから。そういう目で見られることってないってわかってますけど。それでもカシアスさんとか、最初はめちゃめちゃ怖かったですから〕
だよねえ。
カシアスのおっちゃんたちには、あたしがグラミィの盾になってたこともあったっけ。
だけど、グラミィとトルクプッパさんでは微妙に緊張する相手が違うんだよね。
〔どういうことですか?〕
これまでのことを思い返してみて感じたことだが、彼女的に近づきたくないのが、生身の男性(魔術師>魔術師以外)>男性の骨=ヴィーリ>女性、なんじゃないかなと。
男装というか、魔術師のローブ姿でも、マヌスくんやクランクさんといった外交出張班や魔術士団に対する男性への対応は、笑顔であってもどこかが硬いのだよ。やっぱり抑圧の上に努力を重ねてる感じだ。
フルーティング城砦に詰めてる人たちとはだいぶ気心が知れてきてるんだろうけれども、それでも魔術師は一人部屋を与えられてるから、そこでようやく安心できる空間を確保できてる感じだろうか。
まあ、ヴィーリに対する態度は……森精たちって、基本的に外見が中性的だもんね。心話でもどっちか真剣にわからんからのあたし並み対応なのか。
しかし、トルクプッパさんが、ごっつい威圧感のある、物理戦闘能力メインな男性より、魔術師の男性に身構えてるってのは。
……そういうことなんだろうな。
〔…………〕
詳しいことを訊いておくべきなのかもしれないが、こういう問題は踏み込み方が難しすぎる。
だけど、まあ、グラミィもちょっと気に懸けてあげてほしい。メンズなお骨のあたしじゃあ、どうしても隔意が抜けないだろうから。
〔あたしだって、たいしたことできませんよ?〕
それでも、話に耳を傾けてあげることはできるでしょ。
それでいい。それだけでもいい。
傾聴って大事なコミュニケーションだと思うのですよ。




