後処理も大変です(その3)
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
「『ところで、此度の戦いにて、警備隊のみなさまがお困りになったことはございませんでしたか。魔術士団の方々はいかがでしたかな?』とのことにございます」
〔いやいやボニーさん、その言い方じゃ遠回り過ぎてわかりませんよ欠片も!〕
ぼかしすぎたかなあ。
コギタティオさんもプレデジオさんも意味が取れなかったのか、曖昧な表情だし。
そんじゃ補足よろしく、グラミィ。
「『改めるべきことは改め、難渋なされたことは今後平易に行いうるようにすべきかと存じます』」
ええ、問題解決の基本ですね。反省点の洗い出しとブレインストーミングによる実現可能な改善策の提示は。
魔術士団への梃子入れといっても、あたしにできることは限られている。
なぜなら彼らは、あたしやグラミィ、森精たちのように、術式の魔改造が比較的得意ということもなく、魔力量が人外レベルに多いわけでも、樹の魔物たちの助力を借りることができるというわけでもないからだ。
魔術学院の導師たちのように、個性的で一芸に秀でる――というか、エキセントリックかつ一方向にだけ尖りに尖りまくってるような、熱狂的な力強さや変態的なまでの専門性があるわけでももない。
魔術士団の人たちはごく普通の、システム開発とか縁のない、魔力量も術式の知識も質が揃っている――といえば聞こえは良いが、わりと平均的な実務メインでたたき上げてきた魔術師たちである。とあたしは見ている。
だからこそ、彼らには集団として安定的な運用がしやすいという長所があるのだが。
たぶん、このフルーティング城砦を拠点とした戦闘が発生したとき、今後も戦力の核となるのはプレデジオさんたち物理で殴る人たちと、魔術士団の、魔術で顕界した炎などの物理現象で殴る人たちだろう。
どちらも指揮官の指示に従って、集団行動を――集団戦闘をすることに長けている。
彼らに比べれば、確かに、どうしても、あたしたちのような規格外存在によるスタンドプレイはめっちゃ目立つ。だけどそれは強いて言うなら薬味レベルでしかない。そう、あたしは考えている。
なぜなら、少数戦闘員の個人の力量に依存した危険な戦術なぞ、まともな指揮官や参謀はよしとしないからだ。一騎打ちの代表に出すといった、よほど特殊な勝利/敗北条件のある戦闘でもない限り、互いに互いを揉み潰し合う集団戦闘のさなかにおいて、単一個人が集団より戦果を上げることは、まずほとんどないだろう。
個人は組織よりたいてい弱い。あたしだって、ランシアインペトゥルス王国で築き上げた地位とかしがらみとかいろいろしょってなければ、スクトゥム帝国が大軍率いてやってきたら即座に全速力で逃げ出すだろうさ。正々堂々真っ向勝負とかやったら数の暴力で潰されて終わるのが目に見えているからだ。
個人は組織より寿命だって短い。おおよそは。
〔ボニーさんの寿命?……って、ありましたっけ。そんなの〕
あると思うよ。あたしも見たことないけど。
ともかく、そんな危うい物に頼りきっていたら、それがなくなった時にあっという間に壊滅してしまう。
そうさせないためには、あたしがいなくなっても効果の継続するような梃子入れをしておくべきだろう。
〔……あのー、ボニーさん?ちょっといいですか?〕
各々の視点から今回の防衛について述べている卓上をよそに、横目でグラミィが心話を向けてきた。
〔いいんですかそれ。ボニーさんがいなくても魔術士団の人たちや、警備隊の人たちが困らないようにってのが、ランシアインペトゥルス王国とか、この城砦の防御に必要なのはわかります。でも、これまでボニーさんって、あたしたちにしかできないことを作れ、他の人では代わりにならない、あたしたちの価値を高くしろ、見せつけろって言ってたじゃないですか〕
うん、言ってたね。
確かに、あたしたちの価値を高くするのはいいことだ。
この国の為政者たちにとって、あたしたちを抱え込むメリットがデメリットを上回る限り、ランシアインペトゥルス王国での生活、地位、そういったものをある程度保証してもらえるだろうと思ってるから。
その方針は変わっちゃいないよ?
〔じゃなんで!あたしたちにしかできないことがあたしたちの武器になるって言ってたじゃないですか。あたしたちがいなくても、困らないように手を打つって、あたしたちの価値を低めることになるんじゃ〕
まあ、ねえ。
あたしたちの価値が他者のそれとの相対的なものである以上、あたしたちにしかできなかったことができる人間が増えたら、あたしたちの価値は低くなるってのは、グラミィ、あんたのいうとおり。
だけど、それを恐れてあたしたちが知識や技術を独占し、その結果、あたしたちを肯定的に評価している組織――ランシアインペトゥルス王国だったり、このフルーティング城砦だったり――が弱くなったり、その結果滅亡したりすんのは本末転倒なのだよ。
〔えっと?〕
あたしたちが『大魔術師グラミィ』や『名誉導師シルウェステル・ランシピウス』という大看板をしょって、派手にでかい魔術を連打したりしているわけ、価値を見せびらかしている理由を見失うな、ってところかな。
あたしたちが必要としているのは、心強い後ろ盾なのだ。
一斉に拍手し賞賛の嵐をあびせてくれるだけのガヤ、ちやほやしてくれるのはいいが、こっちから一方的に庇護を与え続けなければならない、取り巻きだの足手まといだのが欲しいわけじゃない。
そういうことだ。
駐屯している魔術士団の使命は、このフルーティング城砦の魔術的な防衛。
プラス、あたしの頼んだネオ解放陣の開発である。
森精たちにも頼んであるんだから、技術畑じゃないマジカル脳筋相手に余計な負荷をかけてどうするよって話もあるけどね。
だけど、山に登るルートは何本確保しておいてもいいものだ。
十分なリソースと能力持ちという意味では、確かに森精たちは安心できる相手だ。おまけに喪心陣や星屑召喚陣に対するカウンター策の情報が、むやみにスクトゥム帝国の皇帝サマ御一行へと漏洩する心配がないってのが一番ありがたい。
だけど、基本的に人間とあまり関わりを持ちたがらない森精に負担を願うことができるのは、星たるあたしとグラミィがいるからなのだ。
つまり、これまたあたしたちの存在が頼みの綱という、危うい状況なんである。
魔術士団にできることを増やすには、彼らをあたしたちレベルの規格外に引き上げる――のは無理でも、多少は鍛えて能力の底上げを図る――か、あるいは能力そのままであっても、できることを増やせるようにするか。そのどちらかだろう。
能力の引き上げは、正直難しい。
鍛錬にかかる時間、その間手薄になる城砦の魔術的防衛のために必要な代替人員、その他もろもろのコストがかかることは確定だ。
おまけに、あたしが彼らをぎゅうぎゅうにしごいたからって、それで即座に彼らが強くなるという保証はない。
むしろ突出して強くなる人が極少数出た場合、逆に連携などに不都合が生じ、戦闘集団としてはかえって質が悪くなる可能性だってあるのだ。
今回の防衛における遠距離からの攻撃と死体処理は、ほぼ文句のつけようのないできだった。それはプレデジオさんも認める発言をしていたとおりだ。
こちらから近づかなければ、たとえ星屑たちに例のド外道術式が刻まれていたとしても、それ以上術式が人を食うことはかなわないもんな。
ただしこれ、最もお手柄なのは戦闘行動をおこなった魔術士団より、うまく彼らを動かしたプレデジオさんだと思う。
プレデジオさんが、星屑たちを追い落とす場所として選んだ谷の底が、地盤の緩い湿地になってると聞いた時にはひっくり返りそうになったもんだ。
さらっと容赦なくえぐいことをなさりおる。さすがはアロイスの同僚と言うべきか。
谷に落とされた死体からあの人喰いの転移陣が起動し、どんな大軍が転移されてきたとしても。いや大軍であればあるほど、足元の悪い、陣形も広げられない谷底など、ただの死地にしかならない。
そうかと言って谷を上ろうにも、上から矢でも火箭でも油でも、好きに妨害のかけられる警備隊がやらないわけがない。
相手側にすれば、下手に滑り落ちれば再度転移陣に突っ込みかねんわけだ。
それは、転移してきた彼ら自身が転移陣の餌となりかねんということでもある。
どれだけ人喰いの転移陣が拡大再生産をしたところで、一方的に損耗を強いられるだけ。
谷から溢れるほどの大軍を転移させ、そのまま死体にされる前に、まともな指揮官なら手を引くだろう。
ゲーム気分の星屑たちに、まともな思考回路を期待できるとしての話だが。
だが、こちらの損耗もゼロではない。転移陣の起動が起きなかった今回でさえそうなのだ。
おまけに星屑たちが閉鎖した天空の円環を再度突破してこないという保証もない。あたしが嫌がらせに仕込んだミニゲーム的仕掛けに惑わされず、本気で戦闘をしかけてくる可能性だってある。
そしてその時に転移陣の刻まれた星屑が送り込まれ、谷に落とす前に陣が発動したなら。
〔……考えたくもないですね〕
考えたくもないが、考えておかねばなるまい。
再襲撃に対しどのような対応をすべきか。想定訓練ができるのはかろうじて時間を稼いだ今ぐらいなものだ。
現在の能力のまま、駐屯魔術士団の人たちができることを増やすことは、できなくはない。
指揮のプロであるプレデジオさんの命令に則した行動を即座にできるようにするよう、集団戦闘の練度を高めるのも一つの手だろう。
だがそれは、駐屯魔術士団が完全に警備隊の傘下に組み込まれるということだ。
これ、下手するとフルーティング城砦崩壊につながりかねんのよ。人間関係的な意味で。
マクシマムさん率いる魔術士団と、クウィントゥス殿下率いる騎士団――といえば聞こえは良いが、国の暗部的な部署は、非常時こそ協力し合うが、通常は相互不可侵に近い関係にあるようだ。
そらそうだ、プレデジオさんたちだって、表だって暗部でございと行動してるわけじゃないもんな。
当然、それぞれの出先機関である駐屯魔術士団も、フルーティング城砦警備隊も、それぞれの組織の主義主張をこの砦に持ちこんできている。それが城砦内のギスギスした空気を生じる原因の一つになっていたのだと思う。
そんな実態はどうあれ、名目的には平等な協力関係であること、内紛などやってられない緊急事態だったことで一応の団結が保たれている現状を考えると、この組織間バランスを崩すのは、うまくないやり方だ。
あたしから行動しやすく、駐屯魔術士団に益のある案としては、情報提供だろうか。
プレデジオさんの指揮を支えているのは、警備隊の集めた情報だろう。うぬぼれるなら、あたしが提供した地勢図、グラディウスファーリーやクラーワヴェラーレの情報もそこに含めていいかもしれない。
魔術師たちにも同等に有力な情報を提供できれば、そしてコギタティオさんがそれをうまく使って有効な指示を出せば、それだけでもかなり彼らの行動は変わるはずだ。
ただし、彼らが必要としている情報は何か。それをあたしが推量するのは難しい。
たとえば、星屑たちに仕込まれている魔術陣への対応は、警備隊の騎士たちより魔術師の方が適任といえる。餅は餅屋というわけだ。
正直言うなら、防護服もない状態で放射性物質の取り扱いを一般人がするか、きっちり装備を固めた放射性技師がするか。そのくらいの差ではあるのだろうけれども。
しかもあたしの経験からして、魔力陣をどうこうするには、まず戦力としての星屑たちを無力化しなければならない。警備隊の手を借りて拘束するなり意識を奪うなりするような段階で魔術師にできることは、あたしが彼らに提供できる有益な情報はそこにはない。
魔術師の本領発揮はその次になる。
発動中の魔術陣を停止させるのは、実際には魔術陣の破壊とほぼほぼ同義であることが多い。
なぜなら、魔術陣が停止するには、『魔術陣から発動に必要な魔力を失わせる』か『魔術陣の停止条件を満たす』ことが必要になるからだ。
だが、あたしの知る限り、スクトゥム帝国が星屑たちに仕込んだと思われる魔術陣には、発動条件式の記述はあっても停止条件式はほとんどなかった。
ということは『魔術陣の停止条件を満たす』ことはできない。『発動中の魔術陣に外から干渉し、停止条件式を打ち込む』というしちめんどうくさいやり方か、『魔術陣の術式そのものを破壊する』という方法を取らざるをえないのだ。
前者は簡単に言うと、ブレーキのない暴走列車に飛び乗ってスピードを落とさせるようなものだし、後者は暴走列車のレールを爆破して止めようとするようなものだ。
魔術師がそのたび身体を直接張らなくてすむぶん、比較的安全なのは当然のことながら後者ということになる、わけ、だが。
これ、魔術陣の素材にされたモノ――まあ人喰いの転移術式の場合は、ガワにされてた人のご遺体やその自我そのもの――に干渉し、破壊することが必要になるのだ。
以前説明した時には、グラミィは激しい拒絶反応を示した。それも当然だろう。
天空の円環での始末をあらかたラームスたち樹の魔物にやってもらったあたしが言うこっちゃないとは思うけど。
魔力的なだけでなく、物理的にも遺体損壊必至とか、相当メンタルやられるからなー……。
より穏健な、『保有魔力量を枯渇させる』って方法を魔術士団が取るのも、じつはけっこう難しい。
あたしは、ラームスたち樹の魔物に、魔力を吸い上げてもらうようお願いするだけではない。自力でも『魔力吸収陣を豆まきよろしくばらまいて、対象となるモノに含まれる魔力をからっけつにする』というやり方で、対応している。
だがこのあたしのやりかたを、魔術士団の人たちに教えたとしてもだ。おいそれと彼らが踏襲できるわけじゃないのだ。
なぜかというと、あたしが『魔力吸収陣の作成と運用』という一つの問題として捕らえ、解決しているものが、彼らにとっては複数の問題の複合体である可能性があるから。
魔力吸収陣の作成に限っても、まず知覚の問題がある。
感覚器も脳もない、今のあたしの五感は、そもそも魔力知覚を応用した擬似的なものだ。
魔術や魔術陣の術式認識も、視覚によるものではない。ダイレクトに魔力を知覚しているがゆえのこと。
自我の変容をなるべく抑えるため、通常は生身の感覚をなるべく再現しているとはいえ、それでもあたしがこの世界に落ちてきてからこっち、この短期間で術式を魔改造できるほどに魔術を理解できたのも、魔力を操作できているのも、この魔力知覚能力の高さによるところが大きいのだろう。
それに対し、生身の魔術師にとって、魔力知覚は学院で叩き込まれて、後天的に身につけたものだ。
あたしと一番強いつながりを持ち、あたしが直接魔力の捉え方を心話でレクチャーしてあげたグラミィですら、魔力知覚能力はあたしよりもかなり低い。感覚的には目をつぶって指で刻まれた文字を辿って読むようなものらしいが、これは生身の五感に逆に魔力知覚能力がマスキングされているせいなのかもしれない。
次に、魔術陣の作成方法の問題がある。
あたしは陣の素材たる石を魔術で顕界する際に、同時進行でその魔術陣を素材に刻み込んでいる。
これ、あたしとしては餃子の皮と具を同時生成しながら具を包んでるような感覚なのだが、最初に見せた時、グラミィには『ボニーさんは変態です』と言われてしまった。なんでだよう。
そもそもふつうの魔術師だって、魔術を顕界する時に、魔力で作った術式に、さらに魔力を通してるでしょ。それを一歩進めただけじゃん。
そう伝えたら、なんだか生ぬるい目で見られたもんである。
ちなみに、ヴィーリはちゃんとできていた。
魔術知覚が鋭い樹杖に目を借りてたみたいだし、陣の記述順を間違えると、作成段階で術者が魔力吸収陣に魔力を吸われまくって気絶する、なんてこともありえるとは言われたけど。
運用に至っては言わずもがな。
魔力吸収陣の発動条件を、『固体として接触していること』『接触固体が空気よりも含有魔力量より多い場合』と指定することがあたしは多いのだが、停止条件を打ち込むには陣に直接触れる必要がある。
当然のことながら、あたしの魔力も陣に吸われるのだが、正直あたしにとっては問題にならない。
減っていたら適度に陣を砕き、放出された魔力を今度はあたしが吸って回復すればいいだけのことだからだ。
しかし、術式は基本的に術者でもない限り破壊することはできない。
お片付けよろしくーなどと魔力吸収陣の回収を彼らに頼んだら、ちゅうちゅうと魔力を陣に一方的に吸われることになる。魔力欠乏で気絶どころか死にかねん。
……つまり、規格外レベルらしいあたしが『これくらいならできるだろう』と、かる~く考えてたことが、魔術士団に所属する平均的な魔術師の人たちにしては、けっこう難易度ヘル案件だったりするわけだ。
そんなものをいきなり押しつけるとか、それなんてパワハラですかね?!
もちろん、あたしゃそんな無理難題の押しつけとかやるつもりはありません。
だけど、意図せずやらかしちゃう可能性はある。
自分のできることは他人もできて当然だという思い込みで人は動いてしまうからだ。もちろんあたしも。
だからといって、無自覚パワハラを事前に防止するために、『これならできるかなあ?』などと、あたしが彼らに直接リサーチするのも、実はアウトだったりする。
なぜかというと、魔術師たちってのは、もれなくとんでもなくプライドがエベレストな人種なんですよ。
ゆえに、魔術方面で、自分にできないことがあってもまず認めようとしない。たぶん、ほぼ100%近い確率で、『できます』って答えが戻ってくるとあたしは見ている。
たとえそれがグラミィやヴィーリですら手こずるような魔力吸収陣の作成とかでも。そしてそれに魔力を吸い殺されることになろうと!
ゆえに、魔術師への質問は慎重に慎重を重ねて行う必要がある。
そのことはいろいろ骨身を持って理解していたので、質問すら慎重にしすぎて、ぼけぼけにぼかしたのはまずかったが。
人の心をへし折るのにズバッと火の玉ストレートに言い切るのは簡単なんだが、心を傷つけないようにするのは難しい。
なんか、こう、もっとうまい言い回しがないものか。
グラミィ、できる?
〔あたしにどうしろと?!〕
……ですよねー。元JKに頼ろうとしたあたしが間違ってた。
てか、元JKに社会的スキルで負けるとか。いくらなんでもお骨になったとはいえ、大人の端くれからこぼれ落ちないようにへばりついている身としてはあまりに情けなさ過ぎる。
〔それがボニーさんのプライドなんですねー。大人じゃなくて今は大骨ですけど〕
う。うううりゅしゃいやい。
内心ちょっと凹みながらコギタティオさんたちを見ると、彼はきっと口を結んであたしたちを見返した。
「シルウェステル師の御心配はありがたく。ですが」
逆接でくるってことは。
やっぱり、プライド高すぎて弾かれたか。
「現在、魔術士団経由で学院に研究者を派遣していただくよう願うよう、手続きを進めているところでございます」
……へっ?!
なにそれ聞いてない。研究部署の拡大増員とか。
城砦管理責任者ー?!
あせって眼窩を向けると、プレデジオさんは落ち着いた様子で頷いた。
「シルウェステル師が星詠みの方々と城砦を出られたのち、魔術士団と戦について打ち合わせる際に伺いました」
そうなの?!
……いや、プレデジオさんが納得してるんなら、フルーティング城砦に所属する一魔術師って扱いのあたしには、何も言えるこたないんだが。
でも、同じ魔術士団の人間の間でさえ、足の引っ張り合いをする様子は、あたしも何度か眼窩にしている。
正直、魔術士団どころか組織の枠を越えて、コギタティオさんが魔術学院に協力を依頼するなんて思ってもみなかったよ。ましてや魔術士団長のマクシムスさんがよく許可をしたものだと思う。
プライドの高い魔術師には信じがたい行動だ。
なんでまたそういう発想に至ったのかな。
頸の骨を傾げたあたしに、コギタティオさんはきっぱりと言い放った。
「我々は、実践においては魔術学院の上級導師にもひけはとりません。そのように自負しています。ですが、それだけでは師がお求めの魔術陣の開発も、王命たるフルーティング城砦の魔術的防衛もかないますまい。なればより詳しき方々に協力を求めるだけのこと」
……そっか。
そうだよ、クランクさんやエミサリウスさんだって、ちゃんと呉越同舟状態の糾問使団で、折り合うだけの柔軟性はあったじゃないか。魔術士団の人たちがエベレストなプライドってところにとらわれて、ぶつかるしか能のない石頭のように見ていたのはあたしの先入観だったんじゃないのか?
自分の得手不得手をちゃんと抑えて、次に何をすべきかちゃんと考えて、コギタティオさんたちは動いてたんだ。
彼らが魔術師として、もっともあたしたちより勝っているのは、その人数なんだもの。その長所をさらに増強して、一人当たりの労力とを危険性の分散を狙ったというわけか。
ならば、まず言うべきは。
「『コギタティオどの。貴殿らの判断と決意に敬意を表します』」
あたしは魔術師の礼をとった。
彼ら自身が折れるべき所は折れての改善案を出したのだ、魔術士団の技術的な方面はこれでいいだろう。
魔術学院側へ喪心陣や星屑召喚陣の詳細な情報が漏れることは避けられないだろうが、それほど多くはない協力者たちが、このフルーティング城砦という陸上の孤島めいたところまで、わざわざ足を運んでくれるんだ。
彼らが王都に戻るまでの間、じっくりしっかりねっちりとお話しあいをすれば、喜んで口を噤んでくれる人も出てくるんじゃないかなあ。
〔脅迫じゃないですかそれー!〕
さあ?
どんな相手が来るかも今の段階ではわからないのだ。あたしゃとりあえず、魔術学院の名誉導師としても、誠心誠意対話を心がけるだけですよ。
〔それに付き合わされる方の身にもなってくださいぜひやりましょう!〕
……変なところでグラミィもノリがいいやね。
これで、人員増強はよし、ということになるのか。
残るは物量。だが、ものが足りないのであれば、作ればいいだけのことだ。
幸いなことに、条件式さえいじれば、あたしは他人に使える魔力吸収陣も作ることができる。
お助けアイテムに近いが、コギタティオさんにまとめて預けて、運用をお任せすることにしよう。
なにせあたしがフルーティング城砦を離れていてもきっちり対応できるだけの態勢は、人的にも物的にも整えておいてもらわなければならないのだから。
そういう意味では、外交出張班にもこの場で改めて、ちゃんと言っておかないといけないことがある。
「『クランクどのには、クラーワヴェラーレとグラディウスファーリー両国への書状を、深夜にもかかわらず急ぎ用意して戴きまして、ありがとうございました。今後も相互協力を強めるよい契機となりましょう』」
書状の内容は、出がけにクランクさんにさくっと現状をまとめてもらったものだ。
スクトゥム帝国侵略の予兆を感知しましたんで、ランシアインペトゥルス王国の方で緊急で対処します。いざというときはお声がけしますが、まずは国内だけでなく近隣諸国にも助力を求めて防衛を固めていただきたい、特に天空の円環からは玄関口にあたるドルスムとカルクスは、こちらからも人手を派遣しますが、重々お気をつけいただきたく、という、ある意味事実の箇条書きに近い、警戒警報のようなお知らせである。
ちなみに書状をもたせたグラミィとアルガには、最初に内容を説明しておいた。
ぶっちゃけ二人を回収するまでこんなに時間がかかると思わなかったんで、それぞれの国の人たちに誰何されたら、ランシアインペトゥルス王国の使いだと名乗って口頭で説明してね、書状は偉い人に渡せるようだったら渡しといて、というノリだったのだ。
文面にしとけば、警戒をお知らせしましたよ、自分だけでも対応できましたけど今後よろしくという、ランシアインペトゥルス王国のスタンスを後に残る形で示したことになる。
それを見れば、さらに心情こっちよりになってくれんかなーという程度のもの、だったのだが。
おかげで不審者として殺されずに済みました、とは、一番迎えに行くのが遅くなってしまったアルガの言である。いろいろすまんかった。
……そらまあ天空の円環方面が騒がしくなって、様子を見に行ったら、何でか石壁がぺらぺらっと突っ立ってるとか。国としても警戒すべき異常事態ですよねー。
アルガにも何度か使者としてマヌスくんともどもドルスムには行ってもらっていたのだが、いくら顔見知りでも怪しまれて当然か。
ちなみに、もういいよとアルガを呼び出すのは、喋れないお骨なあたしじゃ不可能だったのだ。あんまり喋ったことのないヴィーリの声では逆にアルガ当人にも警戒されかねんというので論外。
結果、クラーワヴェラーレにいたグラミィを心話で呼び出し、理由を説明して、グラディウスファーリー側まで移動してもらい、彼女からアルガに呼びかけてもらうという手間が必要になりました。
だがそのへんの事情はさておいて、この場であえてことさらに、あたしがクランクさんたちに感謝を言ったことには意味がある。
あたしのやらかしを、天空の円環という天険によるボトルネックあってのこととはいえ、強国スクトゥムの攻勢第一波すらはねのけてみせると、コレジャナイ感満載の真実で飾り立て、他の二国に対し、より有利に動くための外交材料としてうまく使えるだけの犀利さを示して見せたのは、外交出張班の手柄以外の何物でもない。
それをあたしが認めたことで、城砦内、いや国内に対しても、クランクさんたちがさらに動きやすくなるというわけだ。
状況を整えるのに手の骨は貸したんだ。クランクさんたちには、さらなる外交努力をよろしくお願いしようじゃないの。
「特にクラーワヴェラーレとは、良き絆が結ばれましょう」
「とは?」
「これは、わたくしがクラーワヴェラーレはカルクスのククムどのよりお預かりしました書状にございます」
グラミィは一通の書状を満座の人に示した。
「軽く内容を伺っておりますので、その際の口上をご披露いたします。……『此度の戦功、おめでとうございます。直接お祝いをのみ申し上げたく参上の願いをいたしたいところですが、無粋なことにクラーワヴェラーレの意思をお伝えせねばいかぬ身となりましてございます』」
こくりと、誰かが息を呑んだ。
国の正式な使節として、ククムさんが命じられたということを悟ったのだろう。
「『かなう限り早く、貴城へクラーワヴェラーレの王、アエノバルバス・ルブルムルシ・クラーワヴェラーレの名代として伺うことをお許し願いたい』とのことにございます」
「グラミィどの、なぜそれを真っ先にお出しくださらぬか!」
プレデジオさんの怒号とともに、大騒ぎになった。




