後処理も大変です(その1)
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
げっそりとしたグラミィたちを連れ、あたしがフルーティング城砦へ戻ったのは、夕方近くになってからのことだっだ。
いや、途中でグリグんに石板カードを持たせて伝言はしたんだけど。
「お戻りなさいませ!よくぞ御無事で!」
そのせいか、帰城の報せを受けて、真っ先に飛び出してきたのは、満面に笑みを浮かべたレガトゥスさんだった。
「いや、さすがはシルウェステル師!お見事でございました!」
……うん、そりゃまあ防衛に成功したみなさんたちからすれば万々歳ですよね。
おまけにほぼ被害は皆無とあれば、そりゃ喜んで当然でしょう。興奮もするだろうさ。
常日頃、放出魔力をかなり強力にコントロールしている上に、お骨のあたしの表情は、放出魔力を感知できる魔術師たちにも読みにくいという評判だ。
物理的にも魔術的にもポーカーフェースに自信があるのは、同行した二人にも言えることなのだが。
「おや、いかがなさいました?お疲れになりましたか?」
帰城してからまだ一言も口を聞いていないアルガは、密偵のプライドにかけて平常を装って見せている。だが、顔色が悪いところまで隠しきれるものではない。ましてや元ただのJKなグラミィをやだ。
「お疲れならば、軍議に加わられるのは明日にでもいたすべきでしょうか」
問われてあたしは頸の骨を横に振った。
いや、確かに疲れたけどね。
でもあたしたちが暗澹とした空気を纏っている理由はそれだけじゃない。
ついでに言うと、善後策は早い内に立てるべきだ。
軍議は大広間の脇にある小部屋で行われた。
カシアスのおっちゃんやアロイスたちといろいろ悪だくみしたところだ。
そこに集ったのはプレデジオさんたち警備隊のトップ、コギタティオさんたち魔術士団のトップ、それにアルガとグラミィにあたし、プラス外交出張班のトップなクランクさんとマヌスくん。そしてヴィーリが森精の一人として参加している。
わりとぎゅうぎゅう詰めである。
早速何がどうなったのか、報告をしあうことになった。
とは言っても、フルーティング城砦サイドの様子は、グリグん越しにあたしが見ていたわけだが。
迎撃で射すくめられ、足が止まったところを火球で燃やされた星屑たちは、接敵する間もなく谷底へと落とされていった。
あえて魔術的な防御を施した城砦を出て行った戦闘だ。くれぐれもなるべく近づかないようにというあたしの注意をよく聞いたのだろう。
フルーティング城砦のみなさん、特に魔術的な防御策を一切持たない警備隊の騎士たちにとっては、最善のやり方だったといえるだろう。
転んだのなんだのといった、ちょっとした自爆的な負傷はあったようだが、魔術士団にも警備隊にも犠牲者が出なかったというのはじつに幸いだった。
だが、それで話はめでたしめでたしでは終わらない。
迎撃の際、魔術士団に嘔吐した者が出たことも、グリグ越しにあたしは見ていた。
「『コギタティオどのに伺う。麾下の魔術師たちに、体調を崩された方はいかほどおられただろうか』」
グラミィに問われ、コギタティオさんは顔をこわばらせてうつむいた。
直接戦闘に慣れていない魔術師たちのメンタルの弱さ、ふがいなさを責められたように感じたのだろう。
が、そうじゃないのだ。
「我々騎士にはなにも?」
わざと不満そうな顔を作ったレガトゥスさんが口を挟んできたが、えこひいきでもないんです。
「『むろん、警備隊の方々にも大変な御苦労をなされたことと存じます。なれど、魔術師には魔術師の事情がございます。……戦場に魔術師を用いる危険性はご存じかと』」
そこまで言うと、プレデジオさんの眉がぴくりと動いた。
アロイスの報告書を読んでいるならプレデジオさんたちも魔喰ライの危険性は知っているだろう。
相手が一人であろうと、魔術による直接的な攻撃がなくとも、魔喰ライは出ただけで被害甚大になる。塔一つがたがたになるくらいはあっと言う間だからね。
「『コギタティオどのに願う。戦闘中に餓えを、苦痛を感じるほどの飢渇を感じた者はおらぬか、麾下の魔術師たちにお訊ねいただきたい。特に嘔吐した者に』」
血臭と、人が死体に変わっていく恐怖に拒否反応を示しただけの体調悪化なら、まだいい。
「『人を喰らいたいと望んだ自分のおぞましさに動揺してのことでないか、急ぎ取り調べを願いたい』」
「とは、魔喰ライの兆候がないか確かめよということでしょうか」
「『いかにも』」
素直にかっくり頷くと、コギタティオさんは微妙に引きつった顔をあたしに向けた。
「それはもしや、シルウェステル師も……」
「『星詠みの旅人の方々がお力と、幻惑狐たちの助力により大過はございませんでした。このたびは、ですが』」
血に染まった戦場に、魔喰ライは出現すると言われている。
正確には、そのような場所であれば瀕死の人間が多く、魔力吸収がしやすいから出やすいだけなのだ。
それは、表現としてはどうなのかと我ながら思うのだが、空腹で食べ放題の店に入ればついつい食べ過ぎるのに似ていなくもない。
そして、あの天空の円環に築かれた屍の山は、魔術士団の前に倒れ伏した亡骸の数々は、魔術を連打して消耗した魔術師にとっては、腹の減ってきた時に山盛りの皿を並べられたようなものだった。
口に唾が湧くような感覚に見舞われてもおかしくない。それが人肉でできているとわかっていても。
あたしでさえ死者の中に立って、くらっときたのだ。
ラームスたち、そして幻惑狐たちを連れててよかったと心底思う。
魔喰ライは、自分の保有限界以上の魔力を取り込み、魔力制御を行えなくなった自我が崩壊することで発生する。
が、保有限界を超えない程度に負荷を掛けることで、保有魔力量は増えるし、保有魔力量が増えれば放出魔力量も増えるのだ。
放出魔力量が増えれば、術式に一度に通すことのできる魔力量も増え、条件式の記述の少ない基本的な魔術であれば、火球であろうが、飛礫であろうが、顕界した物は即座に強力なものになる。量も増える。
継戦能力の強化に至っては言わずもがな。
つまり、魔術師としては、魔力吸収によって保有魔力量を増やすことは、自身の能力強化につながる、即効性の高いベーシックな鍛錬方法といえる。
むろん、安全マージンはだいぶ多く取っているとはいえ、さらなる高い能力を求めてチキンレースをやらかす魔術師は数知れず。
だが、魔喰ライになる魔術師は極めて少ない。
魔力吸収を行うときには、必ず複数人の監視下で行い、万が一にでも保有限界を超えかねないと見極めた時には、監視者たちが逆に魔力を吸い取るという、きちんとした対処マニュアルが確立しているからだという。
だが、人間の魔術師が魔喰ライとなったことはあっても、魔物たちが魔喰ライと化したことは、ヴィーリたち闇森の森精たちの記憶にすら、ほとんどないのだという。
あたしが連れ歩いている幻惑狐たちも、ラームスたちも魔物だ。
魔物たちは、人間に比べてはるかに魔力吸収能力が高い。おまけに成長率や増殖率も呆れるほど高い。
ラームスの一部は、あたしが魔力を多く注ぐと見る間に成長した。その速度たるや、タイムラプスの数百年圧縮レベルである。
幻惑狐たちは、いつの間にかグラディウス地方とスクトゥム地方の境目、溶岩の積み重なった岩山のようなところに棲息していた幻惑狐たちと仲良くなり、なにやらえらい勢いでぽこぽこと繁殖活動を行っているらしい。
逆に言うなら、保有魔力量の限界を決める体格、あるいは個体数すら自己改変することにより、魔力制御を失うことがほとんどないのが魔物たちだと言うこともできるだろう。
彼らは魔力によって成長し、あるいは強化されていく。
あたしも自身で魔力を吸うのではなく、しょっちゅう使い捨て充電池扱いで作成する魔力吸収陣を今回も撒いていたのだが、効率的に魔物たちには叶わない。
おかげでずいぶんと天空の円環内は片づいた。いろいろな意味で。
「いや、それはしばしお待ちください。シルウェステル師はいったい天空の円環にて、なにをなさいましたので?」
何って。いろいろ後始末を?
かなり大変な思いをしたけど。
まず手始めにやったのは、監視石の廃棄だったか。
星屑たちが殺到する以前から、幻惑狐たちには、スクトゥム帝国側の偵察に動いてもらっていた。
危険がないか確かめながら、じわじわと探索範囲を広げていってもらっていたのだが。
まさか、その途中で見つけた明らかに不自然な丸石が、監視カメラ化されていたとはね。
初めて見た――とは言えない。
なにせ、学術都市リトス、あの川神アビエスの御堂に封じられていた落ちし星、マグヌス・オプスの室内に出力側のしかけがあったのは、フームスの視界越しに確かめていたことだ。
ならばカメラ側はどこだと、映像からおおまかにどのあたりか当たりをつけて、市街地をうろうろしてみたのもリトスでの思い出だ。いいものか悪いものかはわからないが。
何かの飾りのように、周辺の岩壁とは違う石質の丸石が同じようにしかけられていたのをいくつも見つけ、通りすがりを装って近くにラームスの欠片を撒いたものだ。
迂遠な手段を執ったのは、迷子のふりが滞在期間的に難しくなってきていたからでもある。だが、ラームス越しのおかげで、術式をよーく観察することができたのは怪我の功名というやつかもしんない。
リトスともあれば――いや、マグヌス・オプスを捕らえた弟子、『運営』の一人が魔術陣師としてもかなり高い能力を持っていることは知っていたが――、魔術陣のこんな使い方があるものなのかと感心したものだ。
その機能は単純に周囲の魔力を吸い取って、縦横斜め全方位360度、周囲の状況を記録、出力側に映し出すというものだった。
ラームスだけでなく、幻惑狐たちも、魔物である以上は魔力知覚に優れている。不自然な丸石を彼ら越しにとっくり術式を観察すれば、リトスで見かけた術式とほぼほぼ同じものが仕掛けられているのは解読できた。
ならば、無力化する方法も見当がつこうというもの。
幸いにも術式には野生動物による術式発動の空振りを嫌ってか、『人間サイズの生命体の接近』が起動条件として刻まれていたので、それに抵触しない幻惑狐たちにお仕事してもらった。
なに、周囲に星屑たちがいなくなったせいで起動停止状態になったのを見計らって、ちょっと高みに設置されてた監視石を、えーいと蹴り落としてもらっただけなんだけどね。パワー不足は彼らの土砂を操る力で補って。
転げ落ちた石が欠けるのは不自然じゃあんめぇという建前で、ついでに魔力吸収陣からそのまま監視陣に魔力を流し込んでいた部分を物理破壊してもらう。
そんな小細工をわざと事後にしたのは、カメラの位置がずいぶんとスクトゥム側の下方にあったからだ。
おそらく『運営』側は、天空の円環を越えて逆侵攻される危険性を考えて、そんな監視システムを設置しておいたのだろう。
が、あるものは用意した者の意図に関係なく、勝手に使わせていただきますともさ。
監視機能が正常に動いていた段階では、『侵攻しようとしていた星屑たちの動きしか見えていない』。
つまり、彼らが天空の円環に入るまで、ほぼほぼ『運営』の思惑通りに進んだように見えただろう。
ならばそのように思い込んでてもらおうじゃないのさ。
ちなみに、監視陣は実物ごとかっぱらうことも検討したのだが、あの術式がどれだけの距離をつないでいるのかわからない。
いずれ、監視陣が機能しないようになったと気づいたら、盗撮者がえっちらおっちら山登りしてでも新しいしかけを設置しにくるんじゃなかろうかね。
ならば撒き餌がわりに放置するのが得策だろうという判断だ。
それまでさんざかデジタル放送ではもはやお目にかかれない、アナログ放送名物長者番組『砂の嵐』でも、たっぷり視聴するがいいさ。
さらにスクトゥム帝国サイドの後始末はまだある。
垂直方向1km圏内という、ラームスたち蘖の森の感知範囲内に、現在のところ人間はいなくなった。だが第二陣、第三陣がいつまた押し寄せてこないとも限らないのだ。
だったら、まずはニューカマーのみなさんが不審を抱かないように、第一陣の滞在証拠というか痕跡の隠滅が必要になる。
数カ所に結界で作った腕を設置し、連続クレーンのように動かすことで、星屑たちがてんでに捨てた荷は、下から上へバケツリレーの要領で移動させ、全部を天空の円環の中に取り込んでおいた。
そして、スクトゥム帝国側から入れないよう、天空の円環の入り口に一枚の岩壁を立てておいたのだ。
もちろん、壁があるなら乗り越えろ的な行動に出る星屑たちに、ただの岩壁では障壁にもならない。
そこで、スクトゥム側からは重厚な石門に見えるように表面を加工した上に、『イベント開始条件が満たされていません 大変申し訳ありませんがしばらくお待ちください』と日本語で彫り込んでおいたのだ。
これでこの世界をゲーム認識している連中なら、門が開くまで待たねばなるまい、ぐらいには納得するだろう。
本当ならば幻惑狐たちにその都度化かしてもらった方がいいのだろうが、さすがにそれは難しい。なにせ彼らは飽きやすい、というか集団自我を確立できない小集団では短期記憶が揮発しやすいというべきか。
いちおう近隣に植えまくった蘖の森に、『スクトゥム側から上ってきた人間の意識を多少散漫にして欲しい』とはお願いしてある。
あたしは森精ではないから、迷い森も隠し森も彼ら樹の魔物たちに構築してもらうことはできない。
けれども、もともと高地で薄い空気を、もうちょっとだけ薄くなったように錯覚させることは可能であるらしい。
意識が散漫になった星屑たち相手ならば、まだミニゲームの存在をちらつかせての行動操作は通用するだろう、これでしばらくは再侵攻を妨げられるだろうとあたしは見ている。
なにせ彼らは自身を主人公とする物語の中に生きている。主人公であるからしていつか必ず報われる、トゥルーエンディングまでたどり着けると思っている。なぜならゲームの主人公とは、そういう者だからだ。
加えて、星屑たちに見られる傾向だが、彼らは同じ星屑相手にはたやすく気を許し、この世界にないはずのものこそあっさりと受け入れる。
逆に言うなら、石門もどきを見て待機状態に入らず、最初から疑ってかかったり、すぐさま突破しようと企む者がいたら、それはこの世界がゲームではないことを知っていて、この世界にないものに違和感を感じる者――『運営』絡みの人間だと見ていいだろう。
そんな『運営』サイドの人間にも、あの石門もどきは難物なはずだ。いくら門そっくしに加工してあるとはいえ、立ててあるのは一枚岩である。動かすことなどできはすまい。
天空の円環内の後始末も、なかなかに大変だった。
なにせ周囲は血飛沫をぶちまけた上に、死屍累々といった惨状である。
加えて、生存者への処置に手間どったのだ。
生存者といっても、無傷な者はほとんどいない。
最初の頃の相互妨害は武器の柄メインの鈍器攻撃がほとんどだったとはいえ、脛をかっぱらわれて転倒し、膝や脛骨をやったのか立ち上がることもできず、後続者に踏まれ早々に脱落した者。
将棋倒しの下に押しつぶされ、呼吸もままならず気絶した者。一番下に、つまり先頭にいたと思われる人などは、胸骨を折られたのか、吐血すらしていた。
普通なら、さすがにそんな重傷者を痛めつけようという気にはなれないだろう。というか、治療ができる場所まで動かすのもどうかと思う状況だ。
だが、あたしはそんな怪我人に、さらに鞭打つようなことすらした。
星屑である以上、彼らにド外道術式を仕込まれている可能性は捨てきれない。
そして人間を生贄とするあの転移術式は、エラーが発生したら何度でも再試行を繰り返す。
正直なところ、一度発動したら止めようがないほど穴のない強靱な術式なのだが、稼働するには生贄の血肉をと人格すら使い潰すほどに、膨大な魔力と、術式を制御可能にするため演算能力を必要とする。
ならば一時的に魔力だけでも吸い取ってしまえば発動はすまい、という発想で、あたしは彼らに魔力吸収陣を仕込んだ拘束具をつけたのだ。
けれど、魔力は存在力と言い換えてもいい。
魔力の多い生物は魔物を含め体格が大きくなり、しかも怪我の治りすら早くなる。逆に言うなら、魔力の少ない生物ほど、衰弱度合いは生死に直結する。
つまり、魔力吸収陣を長期間くっつけているのは、氷柱に抱きつかせているようなものなのだ。
無傷で健康な人間にするならともかく、相手は怪我人だ。
生命維持に必要なエネルギーを消尽しつくせば、彼らに待っているのは衰弱死である。
あたしの処置が彼らを殺すか。それとも、彼らの負傷のせいで命を落とすか。
それぞれの怪我にあたしでもできそうな応急処置を施しながら、悩んでいたところに来てくれたのは、ヴィーリと、厳しい顔をした森精たちだった。
もともと闇森に向かったヴィーリにあたしが依頼していたのは、捕虜――こんなに生存者が少なくなるとは予想外だったが――の非戦力化だったのだ。
まさかヴィーリ以外の森精たちが、闇森から出てきてくれるとは思わなかったが、正直、これはありがたい誤算だ。
本人の知らぬところで人間爆弾化されているかもしれない星屑たちへの、森精たちの対応能力は、ぶっちゃけあたしと同等、もしくはそれ以上だろう。
つまりそれは、魔術士団の人たちが手詰まりになりかけている、星屑たちへの対応に新たな局面が開けるということだ。
闇森の森精たちには、アエスで入手した完全な喪心陣と、海森の主たるドミヌス謹製の覚醒陣を渡してある。
それをもとにあたしが彼らに願ったのは、ネオ覚醒陣、いやネオ喪心陣の開発だ。
喪心の対象は、星屑たち。
ドミヌスの覚醒陣では、喪心陣でゾンビ化された人を元に戻すことはできる。
だが、星屑たちからガワにされている人を取り戻すことはできない。
ならば、異世界人の意識を眠らせ、アバター扱いされている身体の支配権を、この世界の人間本人に取り戻させる手立てが必要だ。
この目論見を森精たちに初めて伝えたとき、返ってきた反応は否定一色だった。
そらまあそうだ。
森精たちにとっては、寄生虫に取り付かれた昆虫一体一体を捕獲して、寄生虫を摘出してくれって言われたようなものだろうさ。
いちいちそんなめんどくさいことしてたまるか、全部農薬散布で殺しちまえば簡単だものね。
だがそいつぁ、この世界の管理者を自認する森精たちが、その役割を放棄したのと同じだ。それで生態系が崩れたらどうするよとオブラート抜きで突っ込んだことで、しぶしぶだがあたしの提案を、そして星屑とそのガワの人たちの延命措置を彼らは引き受けてくれたのだった。
生存者たちは、これから森精たちの隠れ森へと入れられる。待っているのは完全隔離された実験動物としての余生だ、などと言うと多大な語弊がありそうなのだが、困ったことにその通りなのだからしかたがない。
プレデジオさんたちには、フルーティング城砦の防御を破られないよう、そして可能性は低いだろうが奪還もされないような場所に、出城のような捕虜収容のための専用施設を作った方が良いと進言はしておいた。
だがそれも出番は非戦力化の後だろう。尋問して情報を吐き出させようにも、この世界をゲームとしか理解していない星屑たちからは、プレデジオさんたち尋問のプロにもたいした情報は引き出せないだろうし、それどころか妄言で精神汚染を引き起こしかねない。
ほんというなら、プレデジオさんたちが射竦めて捕らえた人たちも、森精たちに預けてもらった方がいいくらいだとあたしは思っている。
情報の価値をよくわかってらっしゃるプレデジオさんたちが、生の情報源をそうそう簡単に手放すとも思えないが。
なので、次善の策として、捕虜の監視シフトにはあたしを噛ませてもらうようにお願いするつもりである。
ついでに幻惑狐たちにも遠巻きに監視をしてもらおうかと考えていたり。
治験でもテストでもぶっつけ本番一発勝負で、狙い通りの結果を出せることなんて、まずありえない。
ドミヌスが作ってくれた覚醒陣が無事機能したのはほとんど奇跡で、あたしはつごうのいい奇跡を連打するような神などいないと思っている。
だから、あたしはネオ喪心陣の開発のためだけに、森精たちへ星屑たちの身柄を引き渡すことは最初から決めていた。
あたしは一度海森の主に同じ事をした。引き渡した星屑たちが、身体を乗っ取られたこの世界の人間が犠牲になるだろうことを理解した上で、だ。
一度非道に手を染めた以上、何回やっても同じだ、などと頭おかしい理屈を捏ねるつもりはない。
あたしは、人殺しだ。
資格もないのに人の命に軽重をつける、ただの傲慢な愚か者だ。
それでも必要とする人たち、失いたくない存在のためならば、あたしは他人を犠牲にするだろう。
どれだけ悩んでも、最低な人間だと自己嫌悪に沈んでも、同じ選択肢をあたしは選び続けることだろう。
生存者が思っていたよりはるかに少ない人数とはいえ、森精たちの負担も考えなければなるまい。
いくら魔力で森がにょきにょき育つとはいえ、食糧とか大丈夫なんだろうか。
そう思っていたら振り返ったヴィーリに、不審そうに訊かれたものである。
「海森の主に聞いていないのか?隠し森の中は月も歩まず」
……知らんがなそんなん。入ったけど気づかなかったよ!
たしかに空間はどこまでいっても境目がなくて、明るさも変わらなかったけどさあ!
まさか、時の流れすら止まるとか。
いやそれよりヴィーリはいいの?あたしに教えて。
森精は嘘をほとんどつけない。真相をごまかすには沈黙か別の真実を述べることしかできない。だから教えてもらえたのは本当のことだろうが。
そこまで信頼してもらったとみていいのだろうか。
多少混乱していたら、わらわらと幻惑狐たちが寄ってきて、モフモフまみれになったけどな。
「双極の星よ。この地の人に身を返したのちどうしたい?」
ヴィーリは相変わらず淡々とした口調で訊いてきたが、内容は限りなくやさしい。
彼らに取っちゃ寄生虫を取り除くことができた生物をどうするかというようなものだろう。
ならば、あたしのお願いは一つだ。
(では、その身に心の正しく戻った者を、正しき地へと戻したい)
元いた生息地に返すまでが環境保護です。都市や国家といった人工環境だって環境ですよ。
てな冗談はともかくとして。
ネオ喪心陣がうまく機能し、ガワの人の人格に戻った人を、可能な限りスクトゥム帝国に送り返したいとあたしは考えている。
これは、この軍議の席で、プレデジオさんにも願うつもりだ。
正直、この判断はあたしのやさしさから出たものじゃない。グラミィ的に言うならば、あたしのやらしさから出たものだ。
そりゃもちろん、たしかにこれ以上無駄に人を殺したくないからという気持ちもある。
だけど、それ以上に戦略的な意味をあたしは見ている。
なにせ、捕虜なんてもんは閉じ込めておくだけで場所と食糧を食い潰されるのだ。見張りを置けばそのぶんフルーティング城砦の人員管理に負担もかかる。
かといって、ただ逃げ出されても無駄に敵性戦力になりかねない。
ならば殺す、なんてことはしない。もったいない。
むこうの備蓄や戦力を削る一手になってもらおうじゃないの。
骨っ子は本日も平常運転で真っ黒です。




