開かれた戦端とミニゲーム
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
新章に突入しました。
以前に渡した微細な立体地勢図に点々と位置を記せば、プレデジオさんは唸り声を上げた。
副官のレガトゥスさんの顔にも意外そうな色が強いのは、たぶん、彼らが知ってる最適化された戦闘行動としては、あまりにも型破りな動き方のせいだろう。
なにせ斥候にしては、天空の円環めがけてスクトゥム帝国側から上ってくる人数は多すぎる。しかも隠れる様子もない。あまりにもあからさまなのだ。
そうかといって実際的な侵攻開始と考えるには、少数精鋭にしても少数に過ぎる。おまけにどう見てもてんでばらばらな行動には、統一感も連携も見えない。あと一時間もすれば天空の円環に到達するというあたりでうろうろしている者もいれば、半日はかかりそうなところでどっしりと腰を据えたのか、動かなくなったものもいるとかね。
その理由は、たぶんあたしやグラミィでないと納得できないだろう。
まさか、やつらがフルーティング城砦警備隊のみなさんが考えてるような、訓練された兵士による先遣隊などではなく、冒険者気取りの星屑野郎たち、ド素人な烏合の衆とは想像だにできないだろうから。
だが、あまり迷っている暇はない。
時間差があるとはいえ、一番最寄りにいる数集団は、たぶん今夜じゅうに天空の円環を越えられるところにまで近づいている。
実質的にゲリラ戦が開始される寸前の状態と考えるしかないだろう。
「『夜明けを待って動くことを想定しているのやもしれませんが、このような真夜中に山を登り続ける無謀な者ども。どう動くかは予想もつきません。それゆえ、一刻も早いお知らせをと思いまして御無礼をいたしました』」
「滅相もない。感謝の他に言葉もございません」
「しかし、よくまあスクトゥム帝国側の動きを気取られましたな……」
あたしはレガトゥスさんたちの感嘆に一礼した。
なにも気づけたのは、あたしが偉いわけじゃない。
「『星詠みの旅人の方々がお力によるものでございます』」
というか、正確には彼らの半身、樹の魔物たちのおかげだ。
あたしゃそれをプレデジオさんたちにプレゼンしただけ。
これまで天空の円環周辺に、あたしは積極的に樹の魔物たちを生やすように動いていた。
それこそ崖下まで降りてみたり、スクトゥム帝国側には監視があるかもしれないんで幻惑狐たちに運んでもらったり、クラーワヴェラーレまで運んでって、風で飛ばしたり……。
普通ならば森を積極的に広げるなどということのない森精たちも、同胞の虐殺を起こしたスクトゥム帝国には恨み骨髄だ。偵察で空を飛ぶ時に、彼らもスクトゥム地方には、自身の樹杖から枝や種をふりまいていたようである。
雨の少ない高山という過酷な条件に、しかも根づいたばかりの樹の魔物たちは、まだそれほど成長できているわけがない。どうしても小さな蘖のようにしか見えないほどだ。
だが、それでも彼らは樹の魔物であり、ちゃんとした森の一部だ。
じわじわと、広がる森。
それは森精たちにとって住処であり、その範囲内であればあらゆる情報を感知するセンサ叢であり、どこからでも接続可能な情報ネットワークでもある。
あたしの骨身に絡んでいる樹の魔物、ラームスにも、『天空の円環の南側、スクトゥム地方で人間サイズの生命体の存在を感知したら即座に伝えてくれ』とお願いしてあったからこその現状である。
「レガトゥス。急ぎ王都に報せを!非番の隊も叩き起こせ!」
「はっ」
従者たちに指示を出す副官をよそに、厳しい目でプレデジオさんはあたしの頭蓋骨を見据えた。
「我らが持ちこたえることはかないましょうか?」
スクトゥム帝国という大国が動くのであれば、大軍を編成しての進軍というイメージがどうしても強い。
プレデジオさん的には、星屑たちのこの動きが、大軍の先遣隊である可能性が抜けないのだろう。
そしてプレデジオさんたちフルーティング城砦の守り手は、魔術士団を含めても千人もいない。
戦力差=人数差である以上、いくらフルーティング城砦があり、王都に高速鳥便を出したとしても、救援が来る前に数万の大軍、いや一万の軍勢にでも囲まれたならばまず死ねる。
ま、いくらスクトゥム帝国が潤沢に星屑たちを使い捨てるといっても、天空の円環まではかなりきつい山道が延々と続くし、フルーティング城砦周辺に大人数を布陣できるかっていうと、物理的に無理がある。
しかし、数百人ぐらいであろうと実体を持った敵が来たこと自体が問題なのだ。
人間の血肉も魂もリソースとして使い潰す、あの転移陣みたく、ド外道な手段を使いまくられたらまたさらに話は悪化してくるが、そうでなくてもクラーワヴェラーレやグラディウスファーリー、そして闇森まで戦渦に巻き込むわけにはいかない。
そもそも大軍が来なくても、まとまりのない連中を相手にすること自体が面倒だ。
早期に発見できたおかげで先手を打てるとはいえ、ばらばらとおかわりが、いつ終わるともなく五月雨式にやってくるとか。
防御側からすれば、たまったもんじゃないだろう。いくら国内からの物資補給路が確保されているとはいえ、びりだらと消耗戦を強いられる相手なんて願い下げだ。
しかも、ちょっと考える頭のあるやつならば、これほどあからさまに、しかもスクトゥム帝国一方向から来るとは限らない。姿を隠したり、クラーワヴェラーレやグラディウスファーリーの領地を侵犯し、天空の円環をそれたところから強襲をかけてきたりしてもおかしくはないのだ。
それがイヤだったってのもあって、あたしゃせっせことラームスの一部を撒いてたんだけどね。
ラームスたちの魔力知覚をごまかす方法がない限り、奇襲を受ける可能性は少ないと見て良いだろう。
それに、戦闘の横っ腹を突こうってな戦術眼のあるような人間なら、彼我の有利不利を見極めて逃げてもよさそうなものだ。
が、正直星屑たちに戦意の低下は期待できない。
なにせむこうはこの世界をゲームだと思ってんですよ。
ちょっと不利な戦闘?負けイベントですかね、でもやっちゃうってな感覚で来られると困るのだが、たぶん彼らは自分たちの敗北すら楽しもうとするだろう。
〔ばらけて来るのが困るなら、まとめるってできませんかね?〕
そう簡単に言わないでよグラミィ。
そもそも、まとめたって星屑たちが同一行動を取ろうとすることはないだろう。
行動目的自体がたぶんてんでばらばらなんだから。
……ん?
…………。
………………思いついちゃったかも。嫌がらせ。
〔いやそれ嫌がらせってレベルじゃないですよね?!殲滅とか一網打尽狙いと言いませんか?!〕
あたしが何を考えたか読み取ったグラミィが顔を引きつらせたが、問題はない。
「いかがされましたか?」
「……『星詠みの旅人の方々にも助力を願えば。そして、今天空の円環に近づいている者たちに限るならば。いくつかの条件を満たさねばなりますまいが、わたし以外の数名で時を稼ぎ、朝にはプレデジオどのの手に引き渡すことはできましょう。ある程度ではありますが』」
「!十分です」
強い口調で断言したフルーティング城砦警備隊長と、あわただしく細かいところを詰め、あたしはクランクさんたち外交出張班を叩き起こした。
といっても幻惑狐たちを大騒ぎさせたので、あたしたちが赴く前に彼らは目を覚ましてくれてたんだけど。
クランクさんの従者、というか女性の秘書っぽい人が若干ごねたけど、それも敵襲を察知したと言ってやったら、面白いぐらいに顔色と態度が変わったしなぁ。
あのぶんなら、喜んで早馬なり鳥便なりを出してくれるだろう。
手早く行動方針を伝えると、あたしはマヌスくんづきのイルムス以外、すべての幻惑狐を引き連れて、天空の円環に向かった。
アルガとグラミィとヴィーリが一緒だが、それぞれ行き先が違う。
真っ先に離れたアルガは天空の円環の西側を通り、古巣のグラディウスファーリーへ。
東側を通るあたしたちのうち、森精のヴィーリは闇森へ、グラミィはクラーワヴェラーレへ向かう。
アルガとグラミィをそれぞれ別の国へと送り込んだのは、顔見知りなら夜中の不審な国境侵入者といっても、多少は大目に見てもらえないかという発想だ。
中立不可侵地帯である天空の円環すれすれの場所にいてもらうつもりだし、安全策も渡してある。
ついでに余裕があればそれぞれの国へ警告もするように、でもできない場合には個々の身の安全を優先するようにと伝えておいた。
そして単身、スクトゥム帝国側へ向かったあたしは、いくつかの小道具で仕掛けを施すと身を隠した。
天空の円環のスクトゥム側には、中途半端な高さに突き出た大岩が多い。
あたしはそのうちの一つに登り、下の道からは見えないように貼りついた。
当然こちらからも下の道は見えない。が、かわりに幻惑狐たちとラームスの感覚を共有させてもらっている。
そのままあたしは、時を待った。
(ほね。きた)
空が白んできた頃、天空の円環に複数の足音が近づいてきた。
反応してぴこりと耳を立てた幻惑狐たちが一斉に尻尾を振る。
喰らえ、幻惑狐の最大モフモフ出力を!
「なんだ、これ?!」
動きが止まった連中の顔が一斉に呆けた。
その足元に設置した白いラインは、あたしが顕界した岩石を敷いておいたものだ。
こんなものでも継ぎ目がないと、それだけで、十分自然環境にあっては異質な謎素材に見えるんである。
彼らにとっては、白いラインの向こうにマスコットのようなモフモフの小動物が見えたと思った途端、それまで存在していなかった白い壁が、天空の円環の入り口を塞いで出現したように見えただろう。
【時間限定イベント開始地点へようこそ!
あなた方は当地点に到達したことでエントリー資格が認められました!
時間限定イベント:暁の山道を走りぬけろ!最速は誰だ!
プレイヤー間の妨害可能!
成績上位者にはイベント限定レアアイテム贈呈!
注意!イベント開始時刻より前にスタートラインを踏み越えた時点で、参加資格は失われます!
イベントスタートまでしばらくお待ちください!
日の出グラフィック展開開始とともにスタートです!】
幻惑狐たちは人を化かす。
その能力を使って、彼らには、今あたしが睨んでる石板の文字をそのまま投影してもらっているのだ。
日本語を理解してなくても、画像としてなら、幻惑狐たちはリアルに伝えることができる。
イメージウィンドウみたいな感じだが、それが曖昧にならないよう、ラームスにも顕界した石板を余さずスキャンしてもらったものを心話で伝えている。
城砦で、試しにグラミィにも見てもらったら、『突っ込んでいったら脳震盪起こすくらいリアルな幻覚ですね』というお墨付きをもらっている。
ま、そもそも激突どころか触れそうな所まで近づいちゃったら、一発失格扱いでになるぞとしっかり脅してありますが。
……正直なところ、あたしは皇帝サマ御一行について、最初の頃のように、単純に『運営』にのせられてるだけのお客様と見ることはできなくなっている。
森精たちにやったこと、彼らがアバターとして扱っているのがこの世界の生身の人であることを考えれば、彼らは加害者だ。
もちろん、森精たちに手を出したのが彼ら全員でないことはわかっている。
この世界をゲームの中と勘違いし続けるように、彼らの認識が矯正を受けつけないように歪曲されているのだろうということも理解している。
が、それ以上の理解はできない。する気もない。
それでも、彼らの思い込みを悪化させる手立てぐらいは、あたしにだって思いつけてしまうのだ。
――『侵略行為をミニゲームとでも勘違いさせてしまえ作戦』、発動である。
「これ、隠しイベントかな?」
「秘匿依頼を受けないと出てこないとか」
「まじかー。じゃおれたちが初挑戦ってことになるのかな」
「だったら初クリア特典とかもありそうだよなー」
よし乗ったな。
彼らの会話に、あたしはこっそり安堵した。
どんなゲームにもルールと目的が存在し、参加者はルールに従い、目的を達成するために戦わなければならない。
つまり、この星屑たちがゲームを呑んだということは、彼らに同一の目的を追いかけさせ、こちらから好きなルールを押しつけることができるということになる。
ええ、だったらミニゲームにだって全力を出してもらおうじゃないのさ。
ただし、gameになるのは、お前たちの方だ。
星屑たちに、スクトゥムからランシアインペトゥルスまで全力疾走してもらう。
これがあたしの嫌がらせ方針だ。
あたしはというか、あたしたちは、以前闇森の手前からグラディウスファーリーまで全力疾走したことがある。
天空の円環全体の八分の一にもならない距離だ。
それでも、呼吸不要なあたし以外、生身組は瀕死状態でぜいはあすることになった。
あの時は、単純な個々人の運動不足のせいかなと思ってたんだが。
よくよく考えると、ひょっとして高地による酸素不足的な状態に陥っていたのかもしれないな。あれ。
ならばと今回はさらにその約四倍の距離を走ってもらい、へれへれに疲れ切ったところで、プレデジオさんたちにお相手をしいただこうという魂胆である。
のびたところで捕獲してもらえば、プレデジオさんたちもそう手こずることはないだろう。
……しかし、これでは、『運営』が、星屑たちの認識をゲーム世界に歪曲するわけだ。
自分でやったことながら、思ったよりもすんなりと彼らがミニゲームを受け入れたことに、あたしは嫌な合理性を感じ取っていた。
人間を動かそうと思ったら、命令で強制的に従えるだけでは作業効率は悪くなる。
これは、単純な心理学の研究結果だ。
逆に言うなら気づかれないように誘導して選択肢を狭め、彼らが自分で選び、自由意志で行っていると思わせることができれば、物事はひどく効率的に動かせるということでもある。
これ、実は為政者にとってもっとも都合の良い支配方法の一つではなかろうか。
実際、鼓腹撃壌という言葉がある。
故事成語としては、『為政者の徳を支配される民人が褒め称える』という意味らしい。
が、あれ出典をよく読むと、鼓腹撃壌して老人の歌っている内容って、『オラが暮らしはオラが働いた結果であって、支配者が何してくれるわけでもないぞ』ってことなんだよね。
それを聞いた古代の聖王が、自分のまつりごとのあり方に満足したってことは、つまり。
最上の支配とは、『為政者が誰とか国家なんてのはどうでもいい、自分たちがいるから世界は存在しているぐらいに思わせておくこと』『支配者に支配をされていると気づかせないこと』と言い換えることができるのかもしれない。
それを考えると、『運営』のやり口は極めて合理的な支配方法で、しかも戦争指導にも極めて効果的だといえるだろう。
なにせ声高に『愛国心』や『国家への忠誠心』なんてものを煽り立てずとも、『汝が成したいように成すがよい』と囁くだけで、彼らは喜んで刃を他人に向けるんだから。
……だったら、その力を、あたしが逆に使ったっていいよねぇ?
グラミィが聞いてたら、『ボニーさん!相変わらず後ろ暗い方に全振りですね!』とつっこまれそうな思考を巡らしていたせいで、あたしは気づくのが遅れた。
あたしの目論見はあくまでもあたし視点のご都合主義によるもので、彼ら星屑たちの思考すべてを、たかだか看板の幻想一つで、あたしがいいように誘導できるわけもないということを。
「これ、個人別か?」
誰かが漏らしたその一言に、潮目は勝手に変わった。
「成績上位『者』であって、成績上位『パーティ』じゃないってことはそういうことなんじゃね?」
「装備に関して何にも書いてないってことは、無制限ってことだよな。変則PvPっぽいよね」
いや、そこまで深い意味はなかったんですが。
しかし星屑たちは説明文の裏読みに夢中になった。
「しかも妨害可能かあ……。うまくやれば途中で順位は入れ替えられるってことだよな?」
「まあ、ヤるなら他のパーティが優先に決まってるけど?」
「……当然だろう、そんなこと。まさか身軽なスカウトが有利だろうな、やべえなんて考えてないよな?」
「もちろん、パーティ戦だったら盾役重戦士が足引っ張ってたろうなー、なんて、考えてもいないよ?」
「だよなー」
「「「「「あっはっはっは」」」」」
揃えて笑ったはずの声も目も、ドライアイスなみに乾いて冷たい。
さりげなく一人がしょってた荷物を岩陰に隠すと、全員が荷物を放り出した。
中にはわざわざ鎧を脱ぐやつもいる。
得物だけは手放さない警戒振りに空気が軋みを上げ、和やかな雑談がどんどんと殺伐としたものになっていくのを隠れて聞きながら、あたしはちょっと呆然としていた。
……まさか、仲間であるはずの彼らが『妨害可能』の四文字だけで、ここまで徹底して互いを潰すべき敵と見なすとは思ってもなかったよ。
あたしゃそこまで悪辣なものをつくったつもりはなかった。
いや、時間があれば高低差のある険しい山道の登り口に、持って歩ける巨大サイコロに見立てた立方体でも置いて、三次元等身大人生ゲームでも作ってやろうかなとは思ってた。
そちらはゴールに踏み込んだ途端、振り出しに向かって吹き飛ばされるようにしとけば、シジフォスの責め苦的双六になるかなあとは予測していたけど。
でも、まさか、高地で障害物中距離走をやらかすだけの設定を、そこまで歪曲して解釈するとは。
だが、この状態で訂正事項を看板の幻影に追加するのは不自然だ。
あたしができることといったら、カウントダウンを早めるぐらいだが、予定外の動きはプレデジオさんたちを殺しかねない。
悩むうちにも、スクトゥム側から松明を掲げて続々と複数のパーティが上ってきた。
立ち止まってるパーティと情報交換した挙げ句、ずいずいと前に出てくる。
慌ててあたしは幻惑狐たちにそいつらも化かさせた。
存在しない看板を確認すると、彼らもまた荷物を捨て、身軽な恰好になった。
中にはストレッチを始めたやつもいる。
違うのは武器の種類と、鎧や盾を放棄するかどうかを迷うところだろうか。
(おおきなひ)
あたし同様、山道から死角になるような大岩の上に貼りついていたフームスが、日の出が近づいてくるのを教えてくれた。
もう考えてる時間はない。
【まもなくレースを開始します!】
【レース開始1分前】
【10】
【9】
【8】
【7】
【6】
【5】
【4】
【3】
【2】
【1】
幻惑狐たちの幻惑が、彼らが姿を消した後もしばらく効果が続くもので助かった。
もこもこ尻尾が一斉に退避した後、あたしは柔らかい結界を使って破裂音を轟かせた。号砲の代わりだ。
その瞬間、数十人の集団に膨れあがった星屑は天空の円環へなだれ込もうとした。
の、だが。
「ふぐべっ!」
「ば、何すんだ!」
「あぶねえ!」
一番前に出ていたパーティの一人が、先手必勝とばかりに、持っていた長柄槍で周りの人間の脛を払ったのだ。
当然こけた人間がどんどん将棋倒しの下に埋もれ、慌てて回避した人間が西と東に別れて走っていく。
彼らが最後まで握っていた武器に、長柄のものが多かった段階で嫌な予感はしていたのだが。
まさか、初手でここまで殺意の高い妨害を仕掛ける人間がいるとは。
だけど、それも本当に手始めだったのだ。
……いや、確かに『妨害あり』と付け加えたのはあたしなのだが。
「おおっと手がすべったー!」
前を走る者の背中に投げナイフを雨と降らせる者。
「オラオラオラ、どぉけどけどけーぃ!」
ぶんぶんと抜き身の剣を振り回しながら疾走する者。
……これはもう、ほとんど走りながらの殺し合いに近い。
すでに何人かはうずくまったり、倒れ伏したりしているのが、道から退避した幻惑狐たちの目から見て取れる。
あたしの読みがまずかったか。それとも、よほど星屑たちのゲーマー気質が強かったのだろうか。
たとえ仲間といえども、死がペナルティ対象程度の意味を持たないゲームの中でも、さらにそのデスペナ自体が軽微か皆無のミニゲームにすぎないと思っていれば。
そして物欲センサーが刺激されていれば、勝ちに行くために、他人を攻撃する罪悪感などないも同然、という程度には。
( )
ラームスの一部が、クラーワヴェラーレとグラディウスファーリーにつながる道の前を、それぞれ殺し合い集団が駆け抜けていく様子を伝えてきた。
グラミィとアルガを、クラーワヴェラーレとグラディウスファーリーへ派遣したのは、星屑たちが各国の天空の円環へのとば口をゴールと誤解して、それぞれの国へ侵入するのを防ぐためだ。
薄い岩壁――防御力はあまりないので、一時的に道を塞ぎ、通れないよう偽装するためにしか使えない――を顕界できる魔術陣をアルガにも渡してあるし、もともとカルクスにもドルスムにも植えてあるラームスの一部には、ラームスを通じてコンタクトを取り、二人の気配を隠すよう頼んでおいた。
あたしは森精ではないから、ヴィーリたちの築く迷い森は構築できない。
だから、彼ら樹の魔物たちが快く了解してくれたのは、この状況にあっては本気でありがたいことだった。
死にかけ――身体強化かけて疾走した時の、グラミィたちの白目状態じゃない。ほんとに出血多量とかで死にかけてる――にも関わらず、星屑たちはひどく楽しげに笑っていた。
生命の危険信号である痛覚すら麻痺されているのだろうか?
力尽きて倒れ込んだ者も、血を滴らせながら這いずろうとする。
いたたまれず、あたしはグリグに視覚をつないだ。
天空の円環内はいかなる国家権力も不可侵である。
つまり、星屑たちが天空の円環から出てこなければ、プレデジオさんたちも応戦はできない。
だからこそ、あたしは星屑たちを全力疾走させるという案を思いついたのだ。
疲労困憊させた状態で天空の円環を追い出しますので、あとはよろしくと思いっきり投げたのだが、……プレデジオさんも容赦がない。
ランシアインペトゥルス王国側の出口をゴールと信じて走りぬけた星屑たちを待ちかまえていたのは、魔術師たちと弓兵たちにより、浅めに構築された縦深陣だった。
軍人ではない一般人を徴用した場合、どうしても戦闘訓練をがちな職業軍人のように仕込むことはできない。
そこで、古代ローマ帝国期の戦争から近代戦に至るまで、一般市民が配属される兵種は、大きく二つに分けられるという。
一つは歩兵。いわゆる数合わせの戦力になる。
戦闘能力なぞない一般人に、慌てて戦い方を教え込んだとしても、所詮は付け焼き刃。正規の軍隊にかなうわけがない。
ならばと最低限の武装を与え、敵を消耗させるための捨て石、命令によって動く弾幕とすべく割り切ったもの。
そしてもう一つは一般人の持つ戦闘スキルを生かし、徹底的に戦闘員の損耗を避けるためのものである。
いわゆるイェーガーというやつだ。
射撃スキルのある一般人、猟師あるいはマスケット銃などの扱いに慣れている開拓者を、狙撃手として運用するのはこれ。
一般人の生業とする狩猟の延長上にある遠距離狙撃能力を存分に生かすとともに、接敵交戦を徹底的に回避することで、負傷や死亡による戦力の消耗を最低限に抑えこむやり方だ。
いや、もちろんプレデジオさんたち、フルーティング城砦の警備隊はもちろん正規の騎士団の者たちである。
国境における情報収集能力を見れば、情報将校というか暗部の色合いが強いことははっきりしているが、近接戦闘能力だってそれなりに高い。
だけど、いくら個々人が強かろうとも、戦闘なんてもんは、すればするほど負傷や死亡のリスクが高まるものなのだ。
しかも、このフルーティング城砦にいる人員は、希少だ。
たとえ王都から騎士団長のクウィントゥス殿下がヴィーア騎士団なぞを引き連れてきたとしても、そうおいそれと交代したり、城砦の防衛組織に組み込んで運用までもっていけるわけがない。
おまけに、冒険者気分のスクトゥム帝国の皇帝サマたちは、どこまでも星屑なのだ。
ベーブラであたしが助けられなかった、ゲラーデのプーギオのように、ド外道術式を仕込まれていないとも限らない。
だから、あたしは最後の嫌がらせとして、天空の円環からランシアインペトゥルスに出る場所に、『この先ゴール』と日本語で表記した矢印の形にした、魔力吸収陣をいくつも設置しておいたのだ。
人間サイズの生命体が接近してきたら、死なない程度に魔力を吸い取るようにとね。
そんなわけで、アルガにもグラミィにも、あたしが処理するまでランシアインペトゥルス王国へ戻ろうとすんなと言ってある。
全力疾走でへろへろに失速した挙げ句、魔力をかっくらわれては、星屑たちも行動不能になるだろう、ド外道術式も不発にできるんではなかろうか。
プレデジオさんたちも行動不能に近い人間が相手ならば、捕縛はたやすい。ならば、星屑のガワとなっている人に無用な傷を作ることも減るだろう、という見込みだったのだが。
あたしは、星屑たちにアバターとして使われている人を、できるかぎり助けたかった。
プレデジオさんは、自分の部下をできるかぎり殺したくはなかった。
ゆえに、『プレデジオさんの手に引き渡す』状態の認識は最初から食い違っていたのだろう。『捕縛できるよう態勢を整えてほしい』という要望が、『味方の誤射が起きないほど浅い縦深陣を敷き、一方的に星屑たちを射殺できる態勢を整えて待機』に変わってしまうほどに。
「ってっ!」
もはや上がらぬ足を無理矢理進ませ、存在しないゴールに飛び込もうとする星屑たちへ、次々と矢が降り注ぎ、火球が炸裂する。
武器を手に、血まみれになった人間が、それでもぞろぞろと這いずるように、ランシアインペトゥルス王国の領土へと雪崩れ込んでくる。
途切れなく増え、緩い傾斜を自分たちの方へ転がってくる、意思も生命も失せた人体の数々に、数人の魔術師たちが崩れ落ちて嘔吐した。
確かに、そこにあったのは一つの地獄だった。
だけどこれは最初の地獄でも、最悪の地獄でもなかった。
ミニゲームというよりもデスゲームですね。
真面目に戦争しているプレデジオさんによって、さらに血腥くなってしまった回です。




