表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/372

鬼か蛇か

 ベネットねいさんとローブAことアレクくんを襲ったのが砦の兵士ということで、カシアスのおっちゃんは砦の警備隊長をぎゅーぎゅー絞り上げたそうな。

 うん、『転落事故』について快く調査協力してもらったり、あたしが墜ちていた崖下を捜索してもらうには、命令一つぶんくらいの貸しは必要だろう。

 けど、それもほどほどにしとこうね。

 自業自得かどうかはわからんが、不遇の身を嘆いてひんまがった人間から逆恨みを買う可能性はどうやったってこの状況じゃ無視できないほど高い。

 だからといって、わざわざ高価買い取りしてもらう必要はないから。


「そのあたりはそれがしも手は打っております」


 あ、おっちゃんもそれなりに懸念は持ってたんだ。


〔あんまり叩きのめすと敵意を生みますからねー〕


 イヤそれはベネットねいさんたちを襲ってきた時点で手遅れだと思うけどねー。

 集団でなけりゃ女性を襲えないとか。馬鹿でしょ?

 馬鹿は死ななきゃ治らないってか?

 ならいっぺん死んどけ。


〔ボニーさんは死んでも治りませんでした!ってオチですか?〕


 …言うようになったねぇ、グラミィ。


〔げふげふ。それはさておき、砦からも今回の騒ぎで少しは変わってくれる人は出てきてくれませんかねぇ。敵対関係は無二の親友が仲間に加わるフラグでしょ〕


 ……あいかわらず夢見がちってゆーか、考えが甘いねグラミィ。

 

 カシアスのおっちゃんが言っていたが、砦の警備隊も騎士隊の一部である。

 その一員ということは、ベネットねいさんたちを襲ったあいつらだって、ただの兵士じゃない。

 人間性やその行動を比べるべくもないとはいえ、カシアスのおっちゃん同様の騎士階級の人間か、その従者たちだ。

 それなのに、魔術士隊の人間で国の命令をたまたま受けて派遣されてるとはいえ、戦闘能力もないようなたかが平民に手を出したら、反撃を喰らった。

 ここが彼らのお怒りポイントだ。


 従士などの経験を経て、そこそこの戦闘能力を認められたからこそ叙勲された騎士たちにとっちゃ、一生もんの逆恨み骨髄に徹する恥辱だろう。

 もっとも、戦力うんぬんってのは、血筋とかも関係あるだろうから一概には言えないが。

 それよりもっと厄介なのは、これが砦の警備隊とカシアスのおっちゃんたち騎士隊&魔術士隊のメンツの問題になりかねんってところだ。

 警備隊全体の問題ではなく、女っ気に飢えたダメ兵士数人が魔術士に襲いかかり、返り討ちにあった、という、個人のモラルと戦闘能力の問題として片づける方向性に持ってくよう、カシアスのおっちゃんも警備隊長に持ちかけてはくれたらしいが。

 組織の対立なんてものは、なかなかにめんどくさいもんである。


〔でも、魔術士隊の人たちは、わりとあっさりあたしたちよりになってくれましたよね?〕


 ……いやあれ心底からのもんじゃないでしょ。

 ベネットねいさんの髪の毛を焼いちゃった時点で、魔力(マナ)タンクを奪われると思って、魔術士隊の面々が勝手にガタブルしただけだから。

 そんな化け物をけしかける『大魔術師グラミィ様』の存在もあったと思うけど。

 ねいさん自身も、一撃でたたき伏せちゃったあたしの方が、実力がはるかに上だと思ってくれたからこそ、一回身の危険から救ったげたくらいですんごく好意的に接してくれるようにはなったんだと思うよ?

 役に立ってもらえそうでちょうどいいけどねー。


〔ボニーさんが黒いです〕


 いいことでしょ?


〔……はい〕


 ついでにひとつ忠告しといたげよう。

 グラミィ、あんただって憎まれることを覚悟しときなさいよ?

 『大魔術師ヘイゼル様』になりすましてるんだから。


〔それだけで?!〕


 うん、それだけで。


〔だって不可抗力ですよ?〕


 そんなもん、第三者にはわからないし、関係のないことだ。

 実力者のベネットねいさんだって、身分ゆえに反抗的な魔術士隊の面々を黙らせるのに、権威のある魔術士隊長の地位を振りかざさざるを得なかったようだし。

 しかもそれで反感を買って、さらに孤立するって悪循環にはまってたみたいだし。

 それを考えたら、ぽっと出の『ヘイゼル様』ってのは相当危険な立場になる。

 魔術士隊には初対面の際にうさんくさがられるだけですんだけど。この先もっと魔術師と顔を合わせるようになったら、名声を嫉むのやつも足をひっぱるのも出てきておかしくないんだから。

 変なのに絡まれたら詐称もばれかねんのだぜ。


〔だから早く魔法が使えるようになりたいんですー!〕


 ……といってもなー。魔術士隊の面前で初歩から魔術を実習するのはさすがにまずいもんねー。

 とりあえず、短剣は必ず身につけときなさいね?フォローはするけど。


 そんなわりと真面目な話を心話でしながら、あたしはせっせとブラシかけをしていた。

 警戒の協力をしてくれたクライたちへのお礼の一部だ。

 騎士隊の人間が固まって作業してる馬小屋の前なら、あたしがこっそり馬車から出て混じっていても大丈夫。砦の人間が近づく前に馬車に戻ればいいだけのことだ。

 加えて、カシアスのおっちゃんとグラミィが密談しているのに見せかけて、作業をしているあたしも参加できるというわけだ。

 言いたいことは心話で伝えればグラミィが自分の言葉として口に出してくれるし、効率的でいいよね。


(スピン、おいしい?)

(おいしい/うれしい)


 マールムをもらったスピンはご機嫌である。

 もとの世界の馬たちも甘い物は大好きで、ポピュラーなごほうびは角砂糖だというが、さすがにこっちの世界で角砂糖は見当たらない。

 きっと高級品なんだろう。

 馬にやるとか、想像もつかないんだろうね。

 赤鹿毛の身体にはきれいにエドワルドくんがブラシをかけた直後なので、銅で作ったようにつやつやと輝く毛並みが美しい。

 あたしにブラシかけのお手本を見せてくれたんだが、エドワルドくん、やっぱり上手だなー。


(おいしい/うれしい/たのしい)


 もぐもぐとまだご飯中のクライ。

 ……いや味覚は共有してくれなくてもいいから。

 思ったより味は悪くない、ってか、固形の青汁って感じだったけど。草は草だから。

 干し草はまた味が変わるって?

 いやいらないいらない。


 ちなみに穀物類は雑穀米っぽい感覚だった。

 ただしどれもこれも硬いのなんの。

 食感も味覚の一部ということなんだろうか。歯ごたえまで伝えてくれるんだが、実際には何も口には入れてないはずなのに、あたしまで顎がだるくなった気分だった。

 疲れるような筋肉なんてないのにね。ふっしぎー。

 こりゃあ、馬の場合、すり減った歯が年齢を示すって納得だわ。


(ブーラーシー)


 ……ブレイ。気持ちいいのはわかるし、手を止めちゃったのもあたしが悪いんだが。

 おねだりついでなのかグルーミングがわりなのか、はみはみと腕の骨を囓るのはやめれ。

 痛くはないけど布きれが解けるし唾液でべちょべちょになるでしょが。


「……どうしてクライ以外の馬たちも、こんなにボニー殿に懐くんですかね?」


 エドワルドくん。疑問を通り越して恨めしさのこもった目でこっち見んな。

 クライたちと会話をするようになってから気づいたが、エドワルドくんは相当な馬好きだ。

 敷き藁に落ちた馬糞を拾ってる時すら幸せそうなあたり、なかなか気合いが入ってるよねー。

 だが、そんな彼にもできないことがある。

馬の視界は340度ぐらいはあるというが、目と目の間などはさすがに死角に入る箇所だ。

 普通なら、よほど慣れた相手でもなければ警戒して触れさせることはない。

 なのに、あたしがあっさりそういったところにも触れられたり、ブラシをかけてやったりしているこの状態というのは、エドワルドくんにはめちゃくちゃ不思議でうらやまけしからん情景のようだ。

 だからって、凝視すんのはやめてくれなさい。

 馬たちが警戒しない理由は簡単だ。

 今はあたしの視界を彼らに逆共有しているからだ。

 死角が消えている以上、警戒することなどないもんなー、そりゃ。


 馬小屋は貧相な上に、先客はほんの数頭しかいなかった。

 修理の予算はどこへいったのやら。そして馬もどこへいったのか。

 彼らの世話もエドワルドくんはせっせとやってあげていた。

 ブラッシングテクのおかげか、すっかり懐かれている。エドワルドくんのご機嫌も直ったようでなによりだ。

 

 聞けば、砦の警備隊は総勢五十名ほどらしい。

 うち騎士は警備隊長を入れて二十名近く。その従士が二十数名。荒事には向かない下働きが数名。

 もともとここの砦は国境の防衛拠点だ。それを考えると、馬が少ないのも不自然ではないのかもしれない。

 籠城戦じゃ騎馬隊の機動力は役に立たない。

 とすれば、馬をそれほど揃えておく必要もないのかもしれないかな。

 維持費用と世話の手間を考えれば、砦周辺の警戒や麓との連絡用に必要な最低限の頭数しかいないというのも納得がいく。

 ……しっかし、乗る馬がいないのに騎士とか。ちょっとオモシロかわいそうな感じがする。

 

 水飼い場だけは立派だった。

 石造りなことを考えると、砦には精鋭が詰めていたとかいうころの遺物だろう。

 馬が一日に飲む水の量というのもけっこうなもんだが、それを峠とはいえ山の中で確保できるというのは、谷川の流れをここまで引いているから、らしい。

 位置関係を考えると、おそらくあたしが沿ってグラミィの身体の人の家まで下ってった川なんだろね。

 ……一月もたっていないはずだが、なんかここまで来るのにえらく時間がかかった気がする。


 ブレイの尻尾を梳かし終わったころ、おどおどびくびくしながら砦の兵士がやってきた。


「カシアス騎士隊長殿。調査隊、準備完了いたしました」

「そうか、ご苦労」


 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 骨が出るのは確定だけどな!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ