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戦支度は赤の女王のように

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 ククムさんが辞した後、二次会のような流れであたしたちは上階の一室に集められた。

 お茶会の二次会ってなんだよと思わなくはないが、他国の人間の前じゃ喋れないことがあるのは当然ですね。うん。

 ……あたしたちを加えた段階で、他国どころか異世界、ワールドワイドってよりユニバースワイドレベルになってるのはさておいてだ。


 プレデジオさんとその副官のレガトゥスさんに加え、魔術士団のまとめ役であるコギタティオさん、外交出張班のリーダーなクランクさん、そしてあたしとグラミィという面子で、まずはククムさんからもたらされた情報とあたしが集めてきた情報のすりあわせが行われた。


 ククムさんの視点で集められた情報は、クラーワヴェラーレを中心とするクラーワ地方メインのものだ。なにげにグラディウスファーリーから入ってきたとおぼしき情報が混じっているのは、自国に戻ってくる間にククムさんが作った人脈によるものらしい。

 広く浅くとはいうが、通りすがりにククムさんも顔を売ったくらいの浅さだ。面識ができたかなレベルに近いんじゃなかろうか。

 だのに、それまでまったく足を踏み込んだこともない国で、一発でコネを作るとか。どんなコミュニケーション力の高さだよ。やっぱ侮れんよな。

 一方、あたしが集めてきた情報というのは、基本的にはスクトゥム帝国に対するものがメインだ。国境が障害にあまりなってないのは、情報源の半分以上が森精たちだからだろう。残りのほとんどもラームス経由だったりする。

 索敵範囲が拡大できたのも、ラームスのおかげというね。

 

 遠出のたびにあたしはラームスの一部を蒔いてきた。風に乗れる森精たちも、少しずつ飛行距離を伸ばす練習がてら、空中から闇森の種を散布しているようだが、今回あたしが地上に降りてラームスの枝を蒔いてきたのは、グラディウスファーリーとランシアインペトゥルスの間だ。

 地方と地方の境というのは、山の稜線、あるいは川のように人力では越えがたい場所に設定されることがほとんどだ。無断侵入とかで問題が起きにくいようにするせいなのかね、あれ。

 グラディウスファーリーとランシアインペトゥルス間も、天空の円環こそ分厚い岩盤に支えられているから平坦に見えるのだが、その下は抉られたようにがくっと落ち込んだ崖になっていた。

 グラディウス側から岩壁がそそり立ったようになっているため、日射しは極めて悪い。

 一応、他の植物が生えているような岩棚もあったので、多少の日射不足ぐらい魔力(マナ)が吸収できればものともしないラームスたちならば、十分根を下ろすことができるだろうという判断だ。

 地図……というか、以前に作った地勢図にいろいろ書き込まれた印を見る限り、ぎりぎりランシアインペトゥルス内にはなると思うので、グラディウスファーリーと領域侵犯だなんだと揉める可能性はないと判断したからなんだけど。


「それは問題はないと思われます」

「到達できない場所は実在しないのと同じですからなあ」

 

 ですよねー。

 プレデジオさんとレガトゥスさんが保証してくれたのにほっとしていると、コギタティオさんが心配そうな顔で尋ねてきた。

  

「枝をお分けいただいた星詠む旅人(森精)の方々が、お気を悪くなさるようなことはございませんか?」


 魔術士団の人たちにも、ラームスが最初に放出魔力(マナ)をフルオープンにしてかました挨拶はこたえたようだ。

 あれで、神話の中の存在というか、むしろ半神的な存在が間近に生活しているという畏敬の念がたっぷりしみついたのだろう。彼らは森精たちのことには実におっかなびっくりな様子だったりする。

 だけど、ヴィーリたちが不満を持つという心配はまずない。

 ラームスたちも闇森の一部である以上、森精たちにもその半身である樹の魔物たちにとっても、彼らにとっては仲間=自分たちが増えたという感覚しかないようだし。それは彼らにとって望ましいことだし。

 ついでにいうなら闇森がある以上、あたしがする小細工は、彼らにとってたぶん誤差の範囲でしかないだろう。

 闇森は天空の円環を感知範囲にすっぽりと含んでいる。四地方の境界が含まれてるこの地勢図だって、あたしがもらったデータでしか作ってないのだよ。彼らがこの数十倍は広大な領域、たとえばランシア山まるっとぐらいをリアルタイムでVR(仮想現実)に再構築できるくらいな情報量を持ってても不思議はないと思うよ。


 闇森の森精たちとの関係も、異種族異世界人に対する隔意はあるものの、平坦に良好な状態を保っていると言えるだろう。

 彼らにとって価値あるものとは、一に同胞、二に半身たる樹杖たち、三四がなくて五に情報ってな感じみたいだ。あたしたち落ちし星(異世界人)たちはさらにその次、人間は世界の一部としては必要なんだろうなあ、くらいの位置づけなんだろうね。

 そんなわけで、彼ら森精に何か恩を売るなら、困ってる森精を助けるか樹杖を増やすか、彼らにとっての未知なる情報を与えるのが良策だ。

 そこであたしは学術都市リトスの図書館で読み取った文書データを、まるっと差し出すことにした。なにせ記録媒体になってもらっているのはラームスだし。

 さすがに全部の記録を一度に譲渡するのは時間がかかるというので、闇森に行くたびにちょくちょくと渡している。なにせラームスにも文面の記録方法を教えないとならなかったのだ。イメージ的にはjpegデータをpdfデータにするようなものだろうか。

 問題は、オール手書きなんですよこの記録文書。

 そのせいで、ラームスが画像から文字認識に変換する際、ちょいちょいバグってたらしいということも確認できたりもした。

 もちろん、こんな図書館に所蔵されるような本の作成に関わるような人の筆耕能力というのは、単に文字が書けるだけじゃ済まない。誤字脱字が少ないことはもちろん、活字レベルに整った美しい文字を書ける技術を持っていなければ、まず選ばれないらしいんだが。

 それでもちょくちょくエラーが発生するのは、どうも近代文字の書き方に地域差があるせいらしかった。

 そこであたしは、データの見え方を画像から文字認識する方法とバグの訂正、加えてコピーデータの頒布権限を森精たちに丸投げした。これ、かなり森精たちにとって大事件だったらしい。

 でも、これはあたしにとってもある程度メリットがあることだ。なにせ目録などなんにもない、というかあるのかもしらんがそれも文書データとして持ってきた以上、どういう内容のものが含まれているかなんて精査はかけらもできていない。そんな状態であたし一人が読み手となって抱え込むとか。意味ないです。

 情報をため込むことそのものに熱心な森精たちと違って、あたしたちにとっては情報を利用可能な(使える)状態にしておくことは、その内容が有益な(使える)ものであるかどうかと同じくらい重要だ。使えないデータに意味はあまりない。

 森精たちには譲渡の報酬として、情報の中身確認が終わって、目録できたらちょうだいねーと言っておいた。うまくすれば今後の情報検索もラクになるだろう。

 そうなれば、魔術陣開発も進むんじゃあなかろうか。

 もちろん、この世界の識字率的に考えるならば、この図書館データから欠損している知識や情報の方が多いだろう。

 布の織り方、紙の漉き方、そういった技術知識は身体で覚える経験知として捉えられているだろうし、技術知識のある職人がなんとか読み書き知識を持つことがあったとしても、後世に伝えるべき知識として、獣皮紙などのコストを払ってまで残そうとするかどうは別物だ。

 得てして、そういう技術の方が実用的だったり有益だったりするのかもしれないんだが。

 

 陣と言えば、魔術士団の人たちに頼んでいたことがあったっけ。

 魔術の達人とは、実戦でどれだけ火力をたたき出せるか――たとえ土木隊の岩石顕界だって火力ですよ火力。強火調理が基本で応用レベル――が判断基準という、マジカル脳筋であるみなさまに、新しい陣の研究を依頼するってえのが結構な無茶振りなのはわかってますよ。ええ。

 たとえていうなら、銃火器の扱いや手入れは目をつむっててもできるって人に、じゃあ新型の銃や火薬を開発してねって言ってるようなものだもの。

 だけど、ぶっちゃけそんな甘えたことを言ってる暇はない。シルウェステルさんとして積み上げた記憶が魔術知識含めてすっぽりないあたしがここまでできるのだ、だったら彼らもできるでしょという方向で煽ったら、プライドにかけてやる気になってくれたのは、実にありがたいことである。


〔プライドを盾に断崖絶壁までじりじり追い詰めてたのはボニーさんじゃないですかー〕


 えー、別に飛び降りろなんて言ってないじゃん。

 どっちかっつーと、断崖とはいえ絶壁は頭上にも続いてるんですもの。ロッククライミングするのもお好きにどうぞと言ってあるようなもんだ。

 岩にかじりついてでもさらなる高みを目指そうと思えるぐらいには、彼らのプライドは強靱だよ?

 たとえ飛び降りたってアイキャンフライ的にあたしの予想斜め上であろうと成果を出してくれるんならば喜んで褒め称えますともさ。


〔ここに親でもライオンでもないのに、他人を千尋の谷めがけて突き落とそうとしている人がいまーす〕


 失敬な。

 てか、この世界って獅子はいるのかなあ?訊いたことないけど。


 あたしが魔術士団に構築を頼んでいた陣とは、以前からお願いしていたネオ解放陣である。

 だがこれ、無効化すべき人格の召喚陣なるものが相当にヤバすぎるものなので、これを打ち消すための陣作ってねーとお気楽に完全版を参考資料として渡すことはできない。

 ドミヌスが犠牲者の額に刻まれていたものを解読してくれたもののうち、その一部だけをあたしが彼らに示し、それをもとに解放陣を改良してもらうというね。

 こんな迂遠なやりかたをしているのは、ひとえに魔術士団の人たちをあたしが信じ切れてないからなのだ。


 いやね、こんな陣の開発とか、研究者たちの総本山とも言える魔術学院にぶっこんだ方が話が早いってのはわかってるんだ。もちろん。

 だけど、今の魔術学院には、王族大貴族の紐付きではなくて、なおかつあたしが信頼できるような魔術師がいないのだ。困ったことに。

 というかだ。

 いらん紐のついていない有能な人間、しかもそこそこ信じられるような相手なんて都合の良すぎる存在は、あたしたちには最初っからいないのだ。

 これ、あたしとグラミィの最大弱点の一つだと思う。

 

 紐付きであるということは、彼らの判断は王侯大貴族の存在がもとになるということだ。そんな相手を信じて頼るなんてできんのです。

 よっこらしょっと全体重かけた椅子が、不意にべきっと逝ったら転げ落ちるのは自分だ。

 優秀なのはわかってるんだから、機密に関わってもらう全員を一人一人説得(洗脳)して、あたしやグラミィを代々に渡って忠誠を誓った寄親や主君よりも必ず最優先にするように従える?

 絶っっっっっ対に、ムリ。


 ついでにいうなら信用できない相手に、本気でヤバい喪心陣だの人格召喚陣だのを渡した場合、何されるかわかんないってことは、クラーワヴェラーレとの交渉でシミュレートしたとおりだ。

 フルーティング城砦で、魔術士団にネオ解放陣に必要な情報を、一部だけとはいえ渡したのは、ここが物理的に情報封鎖可能な国境のどん詰まりだからだ。加えて、不用意に王都や各自の寄親に情報を流せないよう、魔術士団の人たちには誓約をしてもらっている。 

 もし仮に喪心陣や人格召喚陣が無差別に人間へ渡ったと判断したら、森精たちは封印のためと称して、知識のある人間の駆逐(抹殺)とかやりねんからなー。同胞たるドミヌスたちの惨劇の原因の一つなんだもん、その間にいくつ国が潰れようが、森精はきっと気にしない。

 あたしゃそんな惨劇の端緒なんざ開きたかねーぞ。グラミィにも言われたことだがあたしゃ小心者なんだ、自分じゃ責任も取りきれなくなるような爆弾なんぞ、だれが他人にぶん投げるものか。


 ちなみに、魔術士団内部では術式の開発部署というのはないんだそうな。ブレインといっていいのは指揮系統のみ。戦術研究とかもしないんだって。

 ってもしもーし?とならずに、あ。そう。と納得してしまったのは、たぶん前魔術士団長だったクウァルトゥス(あんぽんたん)殿下のやり口を思い出してしまったせいだろう。

 彼らが魔術学院や彩火伯(アーセノウスさん)を無駄に敵視してたのって、魔術士団が思うような華々しい戦果を上げられなかったせいだった、ってとこまでは聞いてたけど。

 ……ひょっとしてさあ。それって、戦闘用の魔術開発ってのをやんなかったせいでもあるんじゃねーの?!


 確かに戦場においても数は力だ。といっても直接的な暴力だけが力じゃない。だからあたしは高い土木技術を持っているとみた、あのアルボーに派遣されてた土木隊を純粋にすげーなと思った。

 だけど、直接的な暴力そのものをぶつけあうのなら、より質量共に高い水準にあるものが勝機を見いだしやすくなるというものだ。

 たとえ三千丁の鉄砲があっても、それが先込め式の火縄銃なら、それより射程も長い重機関銃数丁を相手にしたら、鉄砲側の勝ち目ってのは低くなって当然だと思うんだ。

 そう、クウァルトゥス殿下がそのランシア山より無駄に高いプライドに見合った戦果を上げられなかったのは、従来の魔術攻撃以上の戦果を上げられるような術式の改良とか開発って努力もしないで、自分が魔術士団を動かしさえすれば、絶対無条件で勝利できるとでもいうような幻想を抱いていたから、ただそれだけなんじゃないかとあたしはこっそり考えている。

 

 結果、戦果を上げられなかった自分が評価されなかったからって、やるこたマールティウスくんをはじめとするルーチェットピラ魔術伯爵家の揚げ足取りとか。それで傷ついたプライドをなだめてたつもりなんだろうか。


 ば か じ ゃ ね ?

 

 高いプライドを守るなら、他人の価値を認めてこそとあたしは思うんだよね。だって、見下したい相手の価値を下げるってことは、その上に位置づけたい自分の価値も一緒に下げてるってことになるんだもん。

 たぶん、気に食わない相手の恥辱を見て笑ってやりたいという性格の悪さと、どう足掻いてもまともなやりかたじゃ他人に追いつくこともできないという諦めが無意識にでもあったからこそ、そういう方法に出るしかなかったんだろうけれども。

 ……そう考えてみると、あの前魔術士団長(アホンダラ)も、自分の無能さを悟っていた人間に思えてくるから妙に哀れだ。

 

 考察が明後日方向にそれたので本筋に戻してと。

 もう一つ、陣のことでコギタティオさんたちに以前からお願いしていたのは防御陣の選定や作成、及びその運用についてである。

 

 彼ら魔術士団の駐留部隊は、その岩石を顕界する術式を持って、城壁や塔の補修に携わった。

 でもさー、せっかく今後は城砦の防衛全般に携わることになってるんだからさー、もちょっと魔術師らしい方法で戦闘中も支援してみてはいかがでしょうか?

 ってなわけで、あたしは巨大な防御陣を仕込むことを提案してみたのだ。

 ちなみに候補として上げた魔術陣は、生前のシルウェステルさんがてがけていたものをあたしがさらに魔改造したものだ。

 ざっくり説明したらプレデジオさんはすごい乗り気になった。城壁を加工する許可もすぐに出たくらいですよ。

 だけどどうせなら、より効果的なものを仕込むべきだろう。運用できないものを仕込んでも意味ないし。


 ちなみに、単純に結界陣を城壁に重ねるだけでも、たぶんそれなりに防御性能向上効果が出るとは思う、のだが。

 ぶっちゃけそれって、けっこうな魔力の無駄遣いだしねえ。

 これ、盾を腕で構えるんじゃなくて、盾の内側に身体をぺったり密着させた状態を考えればよくわかる。どんなに盾自体を頑丈な物に変えたって、衝撃は密着している内側にそのまま十分なダメージとなって浸透するんですよ。

 いくら魔術のおかげでオール石積みというより、どっちかっつーと巨大なコンクリブロックを重ねたような構造に近いものになっているとはいえ、ここの城壁は衝撃を吸収するような柔構造にはなっていない。はずだ。

 

 あたしが構築してからも割とこまめにマイナーチェンジを試行錯誤している防御陣は、主に三種類ある。

 反射は魔術陣に一番負担がかかるので、基本的に一発こっきり使い捨てである。しかもこれ、攻撃側にその運動エネルギー自体は全部跳ね返すというコンセプトで組んでいるのだが、どうやっても反作用が消しきれないでいる。

 つまり、下手すると魔術陣を刻んでる城壁すらダメージを一極集中で受けてしまうかも分からないという、けっこうな自爆術式だったりする。

 ただし、攻撃の瞬間という一番無防備になった体勢へ、ノーモーションでのカウンター攻撃が可能なので、対人戦闘においてはダメージを逃す対策さえしておけばわりと使えるんである。

 回避は逆に魔術陣への負担は一番軽い。ただしこれ、運動エネルギーのベクトルを逆進させる反射とは違い、より外側へとそらすだけというね。はたから見てると攻撃してきた武器が……あー、濡らした石鹸のような勢いでぬるりんつるりんと滑っていくような感じになる。

 なのでこれ、流れ弾がどこへ飛んでいくかがわからないのだ。対人運用的には、結界を球形もしくは曲面状にすることで、さらに攻撃を明後日の方向へすっとばすのに役だった。

 だけど、城壁に施した場合、普通ならぶつかって跳ね返って落っこちるはずの敵の矢がつるりんと跳ね上がって、その上の歩廊や近くの側防塔上にいる味方に、その勢いでぷすりと刺さる、とかありえそうなのが怖いんですよ。

 吸収は、まあぶっちゃけ反射と回避の中間程度の負担だろうか。むこうにもこっちにも損害を出さないためには、いちばん使い勝手が良い。

 

 吸収と反射は実際にクラーワヴェラーレで使ったし、回避もスクトゥム帝国から逃げ出す時に使ったりしてたので、効果や陣を見たことのある、クランクさんをはじめとする外交出張班の人たちにならすぐさま納得してもらえたんだろうけどなー、さすがに説明だけじゃよくわからんというので、プレデジオさんにちょっとお相手を貸してもらって、魔術士団の人たちには実演を見てもらったりもした。


 その後、いろいろ試算を重ねたとかで、魔術士団の人たちが選んだのは吸収の魔術陣だった。

 うんうん、実際に運用するのは君らだもんなー。術式の効果や性能を存分に確認するのは大事なことだ。

 それでは、魔術陣の構築に必要な素材を決めて揃えてねーとグラミィに伝えてもらったら。

 えーって顔されましたよ。その反応にはこっちがえーだったけどな。


 どうやらこれ、彼らのイメージする魔術陣の運用ってのが、対人戦闘での使用を城壁サイズに拡大したものだったってのが原因らしい。

 いや対人ではノーコストで擬似的完全防御っぽく見えるかもしれませんよそれは。

 だけどそれは、あたしが顕界した結界に魔術陣を刻むという、魔術on魔術な運用をしてるってのと、守りを分厚くしてるってだけのことです。万が一にでも殴られたら痛いだけですめばめっけもの、お骨が折れたら治癒しないんですよあたしは。

 でもさあ。


 魔術陣の構築には絶対に素材が必要だ。

 正確には、いつでも発動ができる状態で魔術陣を安定させるには、それ相応の素材がどうしても必要になるのだ。

 スクトゥム帝国でパチッた……げふん、証拠品として押収してきた喪心陣や火球陣の陣符も、魔力を多く吸収蓄積しやすいインクで刷られていたし、用紙にされてた夢織草の紙にも何かあるのかもしれない。

 さすがにそんなインクまでパチ……いやいや押収してきてないので、成分の分析や製法の確認はまだできていないけど。


 魔術陣の素材ってのは、ぶっちゃけあたしもいつも苦労しているところではある。

 基本的にいつもあたしが素材としているのは、顕界した結界や岩石という、それ自体があたしの魔力で構築されている生成物、ないしはその影響を受けた結果物がほとんどなのは、自力で用意できるものだからだ。

 だが結界ってのは、顕界するのを止めれば消失するんですよ。岩石ならば確かに後にも残るが、城壁サイズなんて作ったことはないぞ。

 

 そこで第一の案として出したのは、彼ら魔術士団が修理した城壁に、あたしが生成した岩石を埋め込み陣を描くというものだった。

 魔術に不慣れだったグラミィは一時期以上、魔力だだもらしの岩石を量産していたことがある。

 周囲に威圧を撒き散らす岩とか、呪われてるか魔物でも封印してあんのかよって感じだけど、あれ意図的に作ろうと思えばあたしにも作れちゃうんです。魔力のロスが多いってだけで、別に強度が変わったりするわけでもないんで、普通はただめんどくさいだけなんだけどね。

 ただし、問題はどうしても、城壁に巨大な魔術陣を一個の岩で作って設置することはできない、ということだったりする。

 魔術陣はある意味エネルギー回路なので、つながっていることが前提だ。だけど岩を岩に埋め込むって、どうやってもドット絵とかモザイク画状態にしかならんのだ。

 つまり、繋がりが切れやすく、耐久性があまりない。

 だからこそ、一回こっきり使い捨てな魔術陣を作る時には逆に重宝したりもするんだけどね。余計な衝撃がかからないように、陣自体が破壊されることで反作用を押さえ込めるように。

 アロイスの剣に反射の魔術陣を仕込んだときは、剣にひっかき傷程度の深さで彫った溝に、グラミィの作った魔力だだ溢れる石の粉末をすりこんで固めたりしたのも、そのせいだったりする。

 

 そこで次の素材として上がったのが髪の毛だった。

 魔術師にとって髪の毛は魔力タンクでもあり、かつ魔喰ライにならぬための安全弁でもある。

 つまり、髪の毛ほど人の魔力を通しやすい素材はないということになる。

 試しにグラミィの髪の毛を一本だけもらい、実験してみるとすごい勢いで魔力が馴染んで流れた。

 そういやむこうの世界でも、メラニン色素が含まれていない髪の毛は光ファイバーにできるという、嘘かほんとか分からない話を聞いたこともあったっけか。

 素材は決定した。

 問題はどこから調達するか、そして長さは足りるのか、どこにどう仕込むか、だった。


 魔術士団の人たちは髪を奪われたくないと盛大に抵抗した。中には騎士からも提供してもらえばいいじゃないかという声もあったくらいだ。

 だがプレデジオさんたちを見れば分かるが、騎士の髪の毛は短いんですよ。人間サイズの魔術陣を構築するのにも足りないっての。

 しかたがないので折衷案として、魔術師たちには抜け毛を溜めておくようにとお願いをしておいた。もちろん魔術士団の人たちにだけじゃないですよ。クランクさんやグラミィたちどころか、薄らハゲなアルガの抜け毛まで提供されています。涙ながらに。


「『わたくしも残っていればお出ししたのですが。申し訳ない』」


 そうグラミィに言ってもらったら、どういう顔をしていいのかわかんないという風情で、コギタティオさんたちには目をそらされました。

 別に笑ってもいいんやでー。

 彼らには秘密だが、じつは残ってたんだよね。シルウェステルさんの髪の毛の実物って。

 ただし、すでに魔術陣の素材にされていたけれども。


 そう、あたしがいつも着ているローブに仕込まれた魔術陣て、シルウェステルさん自身の髪の毛で構築されていたものだったのだ。

 表地と裏地の布はさておき、その中に縫い込まれてる魔術陣部分がやたらキラキラした糸だなーとは以前から思ってたんだが、それがえらく太く長く一本にまとめ上げられた髪の毛だったというね。

 ひょっとしてこのローブ、生前のシルウェステルさんが自分で刺繍したのか疑惑まで生じてしまったんだが、この世界、成人男性と刺繍技能は結びつかないんだよねえ。

 あの弟大好きアーセノウスさんもそんな(シルウェステルさんは)こと(刺繍が上手とか)言ってなかったし。

 ……なんか別の技術なのかもなあ。


 いずれにせよ、城砦の防御を行うには、対人用とは比べものにならないほど、巨大な魔術陣が必要となる。

 外部からの攻撃を最も受ける最外廓に効果範囲を絞ったとしても、縦横人の背丈以上の大きさの魔術陣を構築する必要があるのだ。

 もしくは小さい魔術陣をいっぱい構築しておいて、それを同時に発動するか。

 だが、魔術陣は、数があればあるほど、そして一つの大きさが大きければ大きいほど魔力を大量に必要とする。仮にあたし一人で発動して維持しろと言われたら、たぶん十分もすればあたしが消滅しているレベルですよ。

 アルボーを守りきったじゃないですかとグラミィには言われたが、あの時なんとか魔力切れぎりぎりであたしが守りきれたのは、結界を維持していたのがあたしではなく、ヴィーリの樹杖たちだからだ。

 

 しょうがないので、あたしはプレデジオさんとラームスの助けを借りることにした。

 プレデジオさんには、この城砦が攻められた時、最外廓の中でも、一番外部から人力では止めづらい、被害を受けそうな場所を探してもらうようにお願いをした。

 プレデジオさんたちが選び出したのは城門だった。

 このフルーティング城砦には、立地条件的に、投石器や攻城塔のような、(たけ)があって重心の高い攻城兵器は使いにくい。だが、重心が低く、つまり使われる可能性の高いものはその限りではない。

 その中でもよく使われる破城槌を叩きつけられては、さすがにダメージ皆無というわけにはいかないからという理由だそうな。


 一方ラームスに頼んだのは、混沌録への接触だ。

 森精は国に助力はしない。だけどあたしやグラミィに手は貸してくれる。闇森と同期できるこの周辺でならという制限つきではあるが、いつでもいくらでもお好きに混沌録へアクセスしていいよと言われたのは、そのおかげでもある。

 もちろん、それに有頂天になったあたしがほいほいとWi-Fi感覚でつなぎっぱなしにしてたら、たぶんもうとっくの昔にあたしの自我なんて消し飛んでるんだろうけどな。

 森精の助力はメリットしか存在しないような、そんな都合のいいものじゃないのだ。


 そこでラームスには、『効率よく魔力を通せる髪の毛のつなぎ合わせ方』という条件に絞って混沌録の情報を探す協力をしてもらったのだ。ついでに闇森でアクセスすることによって、少しでもラームス自体にかかる負荷を減らすようにしたりとかね、あたしにできることはいろいろやった。

 多量の情報に自我を消し飛ばされないよう二重三重の安全策をとってはみたが、やっぱりそれでもきつかった。さすが混沌録。

 だが、しんどい目にあっただけの価値はありましたとも。


 おかげでようやく城門を中心として魔術陣を設置する準備は整った。少しはスクトゥム帝国(仮想敵国)より早く対処ができているといいのだが。

 そんじゃ後はあたしがしますんで。コギタティオさん、あとは戦闘時に、どんなふうに人員配置するかも考えといてくださいねー。


「かしこまりました。ありがとうございます、シルウェステル師」


 うん、よろしく。

 設置作業は人目を引かないようにしないとならんだろうから、深夜かなー。

 

〔物音に見下ろしてみたら、城壁に骨が貼りついてましたとか。魔術師じゃない人って夜目があんまり利かないじゃないですかー。巡回の兵士たちにはたぶんかなりのホラー体験になるんじゃないかと思うんですけど〕


 それはよろしくない。

 真面目に職務を遂行している人たちを無駄におどかすとか。

 グラミィ、プレデジオさんにそのへんの心配を伝えといてくれるかな?


〔りょーかいです〕


 あ、作業にどれだけかかるかにもよるんだけど、あたしは相変わらず外交関係手出しはしないからね?

 クランクさんたちに外交はまかせた。クラーワヴェラーレはフルーティング城砦訪問の要望を却下した(まじな)い師たちの反応が気になるけど。

 そうグラミィに言ってもらうと、クランクさんとプレデジオさんがはっきり呆れたような顔になった。

 

「そこまで御心配なさることはないでしょう。もともとご機嫌伺いなのですから」


 ……って、ええっ?

 呪い師たちがフルーティング城砦に来たがったのって、……あたしに対する表敬訪問?まじで?


「思い至っておられなかったのですか」


 うん、さっぱり。せいぜいが物見遊山半分だと思ってた。

 

 言われてみればたしかに、呪い師たちの態度は最近わりと軟化してきていたと思う。たぶんククムさんたち幻惑狐(アパトウルペース)の氏族がタイミングを合わせてカルクスに四脚鷲(クワトルグリュプス)の氏族たちを呼んでくれたせいもあるのだろうと思ってたけど。

 グリグんがあたしに寄ってきた上に、幻惑狐たちと争いもしない様子はやはり目を引いていたらしい。そしてやっぱり紋章である四脚鷲がなついたのが異国人というのは、相当なインパクトがあったようだ。

 なにせ四脚鷲を紋章とするは孤高なる司法の氏族。司法ということは公平性が求められるわけですよ。その紋章が従う相手が異国人ってことは、その個人どころか個人の所属する国も公平なる正しい存在、という解釈ができるらしいし。

 今さらながらグリグに先触れというか、お邪魔します的なことを書いた石板のメッセージカードを運んでもらったことにも、『公平な交渉を望んでますのでよろしく』という意味が生じたらしいし。

 とんだ買いかぶりだが、今はそれがありがたい。


 そういえば、四脚鷲は鳥葬においても、なかなか上等な存在でもあるらしい。

 これがあたしが骨だとばらしたことにもうまく噛み合った。

 まるっと頭蓋骨から踵の骨まで一揃いのあたしをクラーワヴェラーレの人たちが恐怖していたのは、鳥に運び去られることのない、死に拒まれた存在という、鳥葬独特のものの見方に基づいていたからだ。

 だけどそれもあたしがグリグんにがしがし腕の骨を掴まれてる様子を見れば、鳥に拒まれてるなんてことはまずないとわかるわけで。

 あれ、解釈間違えた?となってもおかしかないわな。それは。

 気まずさのあまりこれまでの対応を挽回するため、クラーワヴェラーレの人たちがあたしたちに対して丁重に出てくれているというのなら、それはそれで活かして有利な交渉を進めるのが外交出張班のお仕事だろう。

 

 いずれにしても、外交関係ド素人なあたしたちはこれ以上口を挟まない方がいいみたいだな。

 特にクラーワヴェラーレには。

 なにせアエノバルバスが教えてくれた話だが、シルウェステルさんの父親ってば、出奔するときに、盛大に魔術で血路を切り開いて逃げたらしいのだ。

 クラーワヴェラーレでは有名すぎる話だと聞いて、あたしは思わず頭蓋骨抱えたね。

 被害に遭ったのはほとんどが赤毛熊(ルブルムルシ)の氏族の人間だそうだが、問題は血のつながりのある人間がいれば復讐にいっちょかみするクラーワヴェラーレ人の気質である。

 シルウェステルさん(あたし)がイニフィティウスの子だって知られたら、外交どころじゃなくなるよ、それは!

 

 ……そうと気づいてるアエノバルバスが氏族内にあたしの正体をばらそうとしないのが不思議になって、そのへん気にしないのかと訊いたら、負けた人間に語る正義はなく、しかも生まれてすらいなかったシルウェステルさん(あたし)に責任はないのだから問題はないという、実に理性的なお答えが返ってきた。

 それが統一見解として通れば良いのだが。


 ……たぶんムリなんだろうなあ……。


 ああもう仕事しよう、仕事!

 あたしにどうにもならんことは、知らない見てない訊いてない!

 あたしにできる仕事をしよう!

骨っ子、思考停止に逃げました。

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